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第7話 外出の許可を頂きに。




「どこかで見た名前だと思ったら……」


 自室に戻り、シスターから貰った『番号持ち(ナンバー)』のリストを眺めていてふと気付いた事。ほとんど確信を持った上での検索だったが、携帯電話に表示された文字を見て改めて愕然とした。


「二階堂、白岡、そして岩舟。花園、姫百合と並ぶ……」


 そのいずれもが日本五指に入る名家、日本魔法協議会の常任理事を務めるビッグネームだ。


 二階堂菫。

 白岡紗雪。

 白岡美雪。

 岩舟禊。


 まさかそのご子息ご令嬢全員が俺と同年代だとは思っていなかった。完全に予想外。師匠からの警告があった手前、正直なところ学園同士のいざこざなど好き勝手にやっててくれという認識だったがこれはまずい。大和さんの時のように「喧嘩売ってきたんで返り討ちにしちゃいました」じゃ何の言い訳にもならない。最悪牢獄行だ。




★ご子息ご令嬢相手でなくても立派に傷害罪は成立します。注意しましょう。★




「まいったな」


 椅子の背もたれに深く身体を預ける。漏れた声は意図せずして呻き声に似たものとなった。

 会長たちが危惧するのも頷ける。学園間の些細ないざこざが、大袈裟ではなく日本の魔法バランスを根本から崩しかねない事態に発展する可能性もあるということ。


「舞や可憐にそういった思想があるようには見えないんだけどな」


 日本に帰国してからまだ数ヶ月。それほど長く付き合ってきたわけではないが、あの2人が青藍至上主義のような考え方をしていないことくらいは分かる。それも考えてみれば普通だろう。他の学園より優秀でありたいという欲求は、生徒よりもどちらかと言えば教員・学園の運営側の方が強いはずだ。……むしろ、上からの圧力で生徒が利用されるという可能性を考えた方がいいのか。


 立ち上がり、そのままベッドに倒れ込んだ。

 現状では情報が少なすぎる。師匠の言う嫌な予感とやらが実際に当たるかも分からない。他学園の学園生が乗り込んでくるかも分からない。


「……どうしろってんだよ」


 坐して待てということか。現状何か対策ができるわけでもない。

 ただ。


『あいつも色々と心配しているわけよ。青藍の不安要素であるチミが、文化祭にいったい何を持ち込んで来るのかってさ』


 シスターの言っていた意味だけは分かった。

 会長が何を危惧しているのか。大和さんで前科を作ってしまった俺としては、頭を下げるしかなさそうだ。







「おっはよぅ聖夜君!!」


 元気な声に呼び止められて振り返る。そこには朝日よりも眩しい笑顔をした鑑華がいた。


「おう。今日も元気だな」


「それが取り柄っ!!」


 最後の一歩は大袈裟なジャンプで締め、俺の横へと着地した鑑華は両手でVサインを作って見せてくる。結構なことだ。

 最近はようやく俺とこいつの組み合わせに慣れてきたのか、周囲もあまりざわつかなくなっていた。


「文化祭まであと一週間だね」


「ああ」


 あっという間に一週間が過ぎ去っていく。一回目の文化祭実行委員会が開かれたのが先週。あれやこれやとしているうちにもう残り一週間だ。今日の放課後は二回目の文化祭実行員会が開かれる。これである程度の方向性が決まり、残すは3日前の最後の文化祭実行委員会のみ。うちのクラスの出し物が大々的にお披露目されるのはそこになる。


 ……今のうちに夜逃げの準備をしておくべきか。青藍の誇る“一番手ファースト”を一撃で沈める副会長に勝てる気がしない。


「聖夜君のクラスは何するの?」


「別に……。大した面白味も無い普通の喫茶店だよ」


 そうだったらどれだけ良かったことか……。


「へぇー! へぇーへぇー!! じゃあじゃあ!! 聖夜君もウェイターやるのかな?」


「えぇと……」


 それはどうだろう。メイド喫茶の給仕係に男の出番は無いような気がする。いや、あってたまるか。


「俺は多分裏方かなぁ」


「えー」


 面白くないと言わんばかりに鑑華がふくれっ面になった。


「せっかく聖夜君のカッコいい姿が見れると思ったのにぃ~」


 ……返答に困る発言はやめてほしい。切に。


「まあ俺の場合は立場が特殊だからな。生徒会として文化祭は見回んなくちゃならないし、戦力としてカウントしておきながら突発的な事情で抜けたらクラスに迷惑掛かるしさ」


「うー」


 言っている意味は分かるが納得できない。そんな感じの表情で鑑華が唸った。


「んで、鑑華のクラスは何やるんだ?」


「んー? メイド喫茶!!」


「ぶっふ!?」


 何も口にしていないにも拘わらず咽る。


「げほっ!! ごほごほっ!?」


「ちょ、大丈夫!? 聖夜君!?」


 水色のハンカチが差し出された。それを手で制し、何とか気合で立て直す。


「……ごめん。何だって?」


 気を取り直してもう一度聞いてみる。どうか聞き間違いであってくれ。


「メイド喫茶だよメイド喫茶!! これで聖夜君も私にメロメロだね!!」


 右手でピストルの形を作った鑑華が、俺の胸に向けて発砲の真似事をした。可愛いのは間違いないが、残念ながらこちらとしてはそれどころの騒ぎではない。


「お前のクラスの担当は誰だ」


 俺ばっか悪者にしておきながら他のクラスもやるんじゃねぇか。誰だ担当している奴は。会長じゃないだろうな。


「石橋先生だよ~。せっかくのお祭りなんだから好きにしなさいだって~。太っ腹!!」


「違う違う、生徒会の方」


 その教師にも一発喰らわせてやりたいがとりあえず置いておく。


「生徒会? ん~と、片桐さんだったかな」


「……」


 まさか。あの片桐の審査を突破した、……だと。


「OKが出たのか……?」


「あははっ、まっさかぁ~」


 鑑華がケラケラと笑う。冷や汗が背中を伝ったのを感じた。


「生徒会の人が立ち会う時は普通の喫茶店で通してるも~ん」


「その話を俺にするんじゃないよ!!」


 絶叫する。言わせたのは俺かもしれないけど、悪いのは俺じゃない。


「あっ、そうか。聖夜君も生徒会だったよね」


 舌をチロリと出してウインクされた。何の真似だ。


「うぅん。これはまずいことしちゃったかなぁ~」


 まったく困った声色が含まれていないセリフだった。こちらへ視線を向けた鑑華は、目を細めてゆっくりとにじり寄ってくる。

 そして。


「……何の真似だ」


 正面から抱き着いてきた。近くを歩いていた男子生徒がこちらを二度見したあげく気まずそうな顔をして走り去っていく。周囲を歩いていた学園生も俺たちから露骨に距離を取った。


「んふふ~。何をしたら黙っててくれる?」


 小悪魔のような表情を浮かべながら、至近距離で鑑華が囁く。状況が状況なだけにムラッとくるよりも先に頭痛がきた。


「まずは離れろ」


「きゃん」


 押しのける。それほど力を入れずとも大人しく鑑華は俺から離れた。


「絶好のチャンスだと思ったんだけどなぁ。聖夜君って紳士なんだね」


「お前の頭のネジが緩んでるだけだ」


 目頭を押さえながらそう答える。

 どうしたものか。いや、もう取るべき道は1つしかない。


「俺は何も聞かなかった。お前は何も言わなかった。それで話は終わりだ」


「え~、つまんないな~」


 鑑華が口を尖らせる。つまらないって何だつまらないって。こっちはこれ以上厄介事を抱えたくないんだよ。


「おら、とっとと行くぞ」


「はぁ~い」


 本当に残念そうな顔をしながら鑑華が続く。少しだけ空気が弛緩した気がした。そこで1つ引っ掛かりを覚える。


「鑑華」


「なぁに?」


「どこで服を仕入れるつもりだ?」


 これだけは聞いておかねばならない。鑑華のクラスも保管室にあるものを目当てに動いているのだとしたら、色々と面倒な事になる。学園が保管しているのは一クラス分だ。


「えー、聞かなかったことにしてくれるんじゃなかったの?」


「これがその条件だ。早く答えろ」


「んーとねー、今日買いに行く」


 無意識で足が止まった。それにつられて鑑華も歩みを止める。


「は?」


「みんなでお金出し合ってね、買いに行くんだ~。ほら、外出許可証!!」


 スカートのポケットから取り出されたそれは、確かに学園が外出を認めるという旨が書かれているそれだった。


「よく学園側が許可出したな」


「表向きは保存の利く材料と、喫茶店に必要な備品を仕入れに行くことになってるからね」


 聞かなきゃ良かった。どんどん泥沼にはまっているような気がする。


「聖夜君も一緒に行く? 私に似合う服一緒に見て欲しいなぁ~」


「行かねーよ!!」


 共犯扱いされてぶっ飛ばされるわ。







「それではお疲れ様でした。文化祭まで残り一週間です。皆さん、良いイベントにできるよう全力を尽くしましょう」


 副会長の一礼に合わせ拍手が鳴る。

 文化祭実行委員会2回目が終了した。現段階でボツになった企画は無し。どれも順調に準備が進んでいるようだった。鑑華が在籍するクラスも特にボロを出す様子も無い。このままいけば無事(という表現が正しいかどうかは激しく疑問)に3回目で副会長の度肝を抜いてくれそうだ。


「どうしたの? 中条君」


 眼前にひょっこり顔を出してきた副会長から問われる。


「いや……何でも無い」


 見れば多目的室からはあらかた退出し終えており、未だに座っているのは俺だけだった。


「ちょっとぼーっとしてただけだ」


「寝不足ですか?」


 その問いかけで片桐と目が合うが、直ぐに逸らした。


「さぁてね」


 視線の先では、扉の外から将人が朗らかな顔で手を振っている。どうやら話したい事があるらしい。


「少し席を外す」


 立ち上がり、副会長と片桐にそう告げる。


「構わないわ。ここを施錠したら私たち生徒会館に戻るけど」


「こっちも終わったら戻るよ」


「おかしな悪巧みはやめてくださいね」


「お前は俺を何だと思ってるんだ」


 会議の片づけは2人に任せ、将人の下へと急いだ。







『今日暇か?』


 そんな文面のメールが届いたのは、2回目の文化祭実行委員会を無事に切り抜けた翌日。2時限目の授業が終わり、一息ついたところだった。舞と鑑華が何やら揉め始めたのをいつも通りの風景として割り切り、席を立つ。


『また立ち会いか?』


 廊下へ出てからそう送ってみたら直ぐに着信が来た。通話ボタンを押す。


『今平気か?』


「ああ、授業終わって休み時間だよ」


『んじゃあ直ぐ行くわ』


 通話が切れる。視線を上げてみると、ちょうど3年クラス=A(クラスエー)を挟んだ先にある教室の扉が開かれた。

 2年クラス=B(クラスビー)。将人たちの教室だ。案の定出てきたのはその3人組だった。


「はーっ、あと昼飯まで2つあんのかー。つれーなぁ」


「なんだ、愚痴をこぼしにきたのか?」


 出てくるなりそう言う将人に聞いてみる。欠伸を噛み殺しながら「んなわけあるか」と突っ込まれた。


「今日、クラスで暇な奴を掻き集めて買い出しに行こうかと思ってな」


「暇なら聖夜もどうかと思ったんだ。こういう機会がないと学園の外には出られないからね」


「あー、昨日言ってたやつか」


 修平ととおるの提案に頷く。文化祭実行委員会が終わるなり、将人に持ち出されていた件だった。


「確かに良い機会だよなぁ」


 敢えて悪い表現をするなら、今の生活は軽い軟禁状態だ。絶対数の少ない魔法使いの養成施設なのだからある意味当たり前の事なのだが。外出許可証さえ受ければ外に出てもいいと言うのだから、むしろ甘い方なのかもしれない。


「こうして誘って来るってことは、やっぱり目的は買い出しだけじゃないわけだ」


「おっと、人聞きの悪い事を言わないでくれ。メインは文化祭に向けた買い出しさ。多少の自由時間は設けるつもりだけどな」


 修平はおどけながらそう言った。どう見ても胡散臭い。


「自由時間って言っても出るのは放課後からだし、あまり時間は取れないけどね」


「ま、そりゃそうだな」


 苦笑するように言うとおるに相槌を打つ。


「で、どうよ」


「そうだなぁ……」


 暇なわけでは無い。生徒会館へ行けば何かしらの作業がある事は間違いないだろう。ただ、絶対に来いと言われているわけでもない。特に今日は2回目の文化祭実行委員会が終わり、少しばかり空白の時間ができるタイミングだ。


「ちょっと副会長に確認取っておくよ」


 駄目だと言われたら素直に引き下がる事にしよう。


「オッケー。放課後は正門にある守衛室辺りに集合な。駄目ならメールくれ」


「分かった」


 ニカッと笑う将人に頷く。


「行くなら放課後までに許可証貰っとけよ」


「了解」


 確かに許可証の発行を放課後に回していたら、買い出しの時間なんてほとんど取れなくなる。修平からの助言に答え、そこでお開きとなった。







「あれ? 聖夜君?」


「お、鑑華か」


 昼休み。外出許可証を貰いに教員室へと足を向けた俺は、その教員室前で鑑華とばったり出くわした。


「いつになったら私のことファーストネームで呼んでくれるの?」


「それなりの仲になったらな」


 指咥えて物欲しそうな顔をするな。


「それなりの仲かぁ……。うん、そうだね。早くなれるといいね!!」


「俺たちがそれなりの仲になる事は確定事項ではないからな」


 問題なのは時間では無い。

 ひとまずこの話題を打ち切って扉をノックした。


「聖夜君は何しに来たの? 生徒会?」


「いや、外出許可証を貰いに」


 扉を開き、一礼して中に踏み入る。鑑華も直ぐについてきた。


「え? じゃあ私と一緒だ」


「はぁ? お前、昨日行ったんじゃないのか?」


 後ろ手に扉を閉める鑑華の発言に思わず突っ込む。すると鑑華はわざとらしく声を潜めてこう言った。


「いやぁ洋服って結構かさばるねぇ。一度に密輸しきれなくて」


「密輸言うな」


 聞いた俺が馬鹿だった。


「それじゃ今日は一緒に回る?」


「回らねぇよ」


 そう告げて鑑華とは別れた。外出許可証は担当の教員から発行してもらう決まりだ。

 つまり。


「あら、中条君じゃないですか~。私を訪ねてここへ来るのは久しぶりですねぇ」


 白石先生はにこやかに出迎えてくた。自分に与えられたデスクから顔を上げ、キュルキュル古臭い音を立てながら椅子を回転させてこちらへと向き直る。


「何の御用ですか?」


「外出の許可を頂きに」


「あぁ~、中条君も買い出しに行くんですね?」


 将人たちは既に発行を受けているという事だろう。皆まで言わずとも白石先生は意図を即座に理解してくれた。


「ええ。文化祭ギリギリだと生徒会の仕事で手一杯になると思うので。できる時に手伝っておかないと」


「そういう考えは素敵だと思いますよ、先生は」


 ニコニコしながら引き出しを開け、一枚の紙を取り出した。学生証サイズのそれには『外出許可証』の文字。それに白石先生は本日の日付を書き加えサインした。


「はいどうぞ」


「ありがとうございます」


 礼を言って受け取る。正直、拍子抜けするほどすんなり発行してもらえた。


「え~、大丈夫大丈夫。ハメを外したりなんてしませんよ~ぅ」


 反対側のデスクでは、まだ鑑華が担当教師に外出許可の打診をしている。見たか鑑華、これが信頼の差ってやつだ。


「中条君中条君」


 白石先生からつんつんと脇腹を突かれた。


「何でしょう」


「悪い事しちゃダメですよ」


「……」


 あんま信頼されてなかった。ていうか心配度はこっちの方が酷かった。一応生徒会なんですけど、俺。







『青藍魔法学園前』というバス停は存在する。

 が。

 そのバス停の名前が忠実にその場所を指しているか、と問われるとそれは別問題となる。


「おっ、来た来た」


 俺の姿を見付けて将人が大きく手を振ってくる。それに応え、小走りで近寄った。


「悪い、待たせたか」


「いや、それほど待ってはいないさ」


 集まったのは8人。俺や将人、修平、とおるを含めた男子5人に、女子3人だった。一応、舞や可憐にも声を掛けたのだが、あの2人は咲夜も交えてお茶をするつもりだったらしく断られた。


「中条君来れたんだー」


「生徒会平気なのか?」


「おう。ま、束の間の休息って事で」


 クラスメイトと無難なやり取りを交わしつつ、守衛室へ向かう。外出許可証を提示してから門をくぐった。


「久しぶりだな、学園の外に出るのは」


「本当だね。長期休暇で帰省するくらいしか外出しないから」


 修平ととおるがそんな事を話していた。


「おーい、早く行こうぜ。バス停まで歩くだけで日が暮れるぞー」


 将人の号令に従い、歩き出す。

 そう。

『青藍魔法学園前』というバス停は、青藍魔法学園の前には無い。青藍魔法学園は山の中。バスの路線はそこまで網羅していないのだ。この辺りの山をいくつか所有している青藍だが、その校舎自体は山の中心部にあるわけではない。よって、麓までは歩けば20分くらいで着く。

 バス停があるのもそこだ。


「んじゃ、テキパキ歩くぜ」


 将人を先頭にして、計8名の元2年A組はバス停を目指す。

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