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第5話 ゲスト




「……今日も収穫は無し、か」


 深夜。まもなく日付が変わるかといったところ。

 俺は無断で寮棟から抜け出し、街灯と自前の懐中電灯を頼りに夜の学園をふらふらと彷徨っていた。ふらふらと、という表現には語弊があるかもしれない。これにはちゃんとした目的がある。但し、その目的が曖昧なのだ。


 幽霊が出る。


 曰く、乾いた鈴のような音色が聞こえた。

 曰く、青い影のようなものが見えた。


 その噂が囁かれるようになってからそろそろ一ヶ月になる。目撃証言が決まって夜だった事から(相手が本当に幽霊なのだとするとそれは当たり前)、最終下校時刻あたりから日付が変わるギリギリまで、毎日時間を意図的にずらしながら監視を続けてきた。

 しかし、一向に収穫が無い。


「……もともと幽霊なんざ信じちゃいなかったが」


 闇夜、1人呟く。

 そう。俺は幽霊なんてものが存在するとは思ってない。どうせ聞き間違いや見間違いの話に尾ひれが付いて回っているだけだと、そう考えている。

 ただ、俺は一度聞いてしまっているのだ。噂の中の1つ、乾いた鈴のような音色を。

 だから笑い飛ばして終わらせる事ができない。100歩譲ってあの時感じた視線が気のせいだったとしても、あの音だけは間違いなく聞いた。最終下校時刻をとうに過ぎた真夜中に。あれは自然に発生するような音ではなかった。

 だからこそ、これまでどれだけ忙しくてもこの幽霊探索だけは欠かさずに行ってきたのだ。


 が。

 ここらが潮時なのだろうか。あれから一切の尻尾が掴めなくなっていた。

 会長は魔法警察に任せるのが適切な対応だと言った。学園に侵入している者がいるのが事実なら、それはもう学生が扱う範疇を越えてしまっている、と。


「……その割に魔法警察が動いているようにも見えないんだがな」


 真夜中の学園で鉢合わせするのもまずいと思い、そちらにも注意を割くようにしていた。しかしその気配も無い。

 もう一度この件に関しては会長と話してみるべきかもしれない。

 そう考え、俺は本日の幽霊探索を打ち切った。







「ふあぁ……」


 欠伸を噛み殺す。

 人によってはまだ寝ている時間であろう早朝。静かな通学路を1人で歩く。今日は生徒会館で早朝会議の日だ。昨日は恒例の幽霊探索をしていたせいであまり寝ていない。完全に寝不足だった。

 幽霊探索がここまで長期化するとは思っていなかったというのが本音だ。


「おはよう、中条君」


 後ろ手に声。


「……あ、おはようございます」


 会長だった。こんなところで会うのは珍しい。


「昨日は酷い事をしてくれたねぇ」


「……何かしましたっけ?」


「俺の持っていた書類をシュレッダーにかけただろう。大切な挨拶文だったんだよ? まあ、パソコンに元データは残ってたからさして問題はなかったけれど」


 ああ、そう言えばそんな事もしたな。しかし、それよりも引っかかる単語を聞いた気がする。


「挨拶? 文化祭の責任者は貴方じゃないでしょう」


 今年は副会長が責任者のはずだ。先日の文化祭実行委員会議も副会長が先頭に立ってやっていたわけだし。


「生徒会会長としての挨拶文さ。文化祭を最後に、3年は引退だ」


「……なるほど」


 もうそんな時期になるのか。

 正直、入って来たばかりの俺としては実感が湧いてこないのが率直な感想だ。

 会長がいなくて、蔵屋敷先輩もいなくて。そんな生徒会を想像できそうにない。……前者はともかく後者がいなくて生徒会はやっていけるのだろうか。


「まあ、頑張ってくれよ」


 感傷に浸るのは好きじゃないんだ、とでも言うように会長は明るく笑った。


「それにまずは目先の一大イベントに集中しないとね」


「……そうですね」


 新参者である俺でも、ここまで下準備に追われれば愛着が湧くというものだ。文化祭を無事に成功させたいなんて気持ちも出てくる。


「っと、そうだ。君に伝えたい事があったんだった」


 教会や生徒会館へと繋がる階段へ足をかけながら、会長は今思い出したという表情でこちらを向く。


「何です?」


「1年A組から依頼だよ。今日の放課後、話し合いに立ち会って欲しいってさ」


「ああ、……そう言えばそのクラスの担当は俺でしたっけ」


「……頼むよ中条君。あれだけ張り切っていたんだからさ」


「……はい」


 自分のクラスの担当になる事ばかり考えていたせいで、他に気が回っていませんでした。なんて事は言える雰囲気ではない。

 会長からの苦言は素直に聞き入れておく事にした。


 結局。

 会長からの話に意識を持っていかれてしまった俺は、幽霊騒動の件について切り出すのをすっかり忘れてしまったのだった。







 昼休み。

 舞と可憐に声をかけられ、咲夜も交えて学食へ。このメンバーで食事をするのは意外と久しぶりだったりする。舞・可憐・咲夜の3人はいつも一緒に学食へ向かうそうだが、俺は生徒会やら将人たちやらその日その日で変わる事が多く、最近はまったくと言っていいほど一緒ではなかった。


「……相変わらずの小食だな」


「はい? 何か言いましたか中条せんぱい」


「いいや、何でもない」


 わざわざ言い直して相手に理解を得なければならないほどの内容ではない。うどんを一本一本丁寧にちゅるちゅると啜る咲夜に、手を振って応えた。


「で、何の用だ」


「いきなりね」


「そりゃあ最近は無かったのに、急に声掛けられたんだ。何かあると思うだろう」


 俺の指摘に舞は肩を竦めてみせる。


「まあ別に勿体ぶる事じゃないからいいんだけどさ」


 そう言いながら視線は可憐へ。アイコンタクトを受け取った可憐は咲夜へと視線を向けた。


「えぇと、実はですね……」


 姉からの促しに応じ、咲夜が箸を置く。


「中条せんぱいに、私のクラスの出し物について意見を頂きたいと思いまして」


「はぁ?」


 何の話を持ちかけられるかと思えば。


「何でまた急に」


「いえ、その……。前もってお話を聞いていた方が、今日の話し合い(、、、、、、、)もスムーズになる、ってクラスの代表の人が」


「はぁ。……それで、咲夜のクラスは何をするんだ?」


「縁日です」


「……縁日か」


 縁日。日本で言うところのお祭り。つまりは細々した屋台をいくつか運営するという事だ。その出し物にもよるが、まあ無難なチョイスと言えるだろう。


「じゃあ咲夜のクラスも魔法は使わないのか」


「え? 使いますよ?」


「どんなところに?」


「た、例えば……。射的の的は魔法でふよふよ浮きます」


「ほう」


 無属性の浮遊系魔法か。無属性魔法は魔法使いの登竜門。確かにまだ魔法に不慣れな1年でも扱えるし、役どころとしても悪くない。案外面白いモノになるかもしれない。


「他は?」


「え、えと……。輪投げの的は、魔法でふよふよ浮きます」


「……ほう」


「あ、あとは……。あ、ボール投げというのもありまして。それも――」


 的が浮くのか。


「的が魔法でふよふよ浮きます」


 寸分の狂いも無く実に面白味の欠片も無い回答だった。


「魔法は浮遊系だけか」


 ちょっとばかり安直すぎやしないだろうか。

 そう考えていたのが顔に出ていたらしい。舞が俺の表情を見てしかめっ面をした。


「何言ってるのよ。1年で見世物になるような魔法がそう多く使えるわけないでしょ。安全性の問題もあるし、魔法を取り込もうとしているだけ立派ってものよ」


「そういうものか」


 舞の苦言に頷いてみせる。


「皆、浴衣姿でご案内するんですよ。中条せんぱいも是非来てくださいね」


「ああ」


 楽しみなのは咲夜の浴衣姿だけだな。

 ……、って。あれ? なんかこの内容の出し物、どこかで聞いた気が……。

 ……あ。


「もしかして咲夜のクラスって1年A組?」


「はい? そうですけど……」


 今更どうしたみたいな感じで首を傾げられた。


「中条せんぱいが担当してくださるんですよね?」


「お、おう」


 今まで気付いてませんでしたとは言えない。何か会話に違和感があるなと思っていたが、そういう事だったのか。


「それで? 生徒会で何か駄目出しとか無かったわけ?」


 舞が頬杖を付き、「さっさと本題入れ」という視線を向けてくる。


「ああ。確か……」


 蔵屋敷先輩が指摘していた「安全性の問題」、そして副会長が言っていた「屋台内容の具体性」。俺の言葉一言一言を熱心にメモする咲夜をしり目に、思い出せる限りの内容とアドバイスをして、この場はお開きとなった。







「中条君、やったよ。褒めてくれ」


 外が薄暗くなり始めている時間に、ようやく1年A組での立ち会いが終わった。その足で生徒会館に顔を出せたと思ったら、会長がそんな事を言ってくる。


「何スか。遂に警察沙汰になるような事をやらかしたんですか? それはおめでとうございます。今までお世話になりました。さようなら」


「その文脈は明らかにおかしいと気付くべきだね。自分で」


 俺としてはまったくおかしくないから構わない。


「で。何かあったんですか?」


「そうなんだ。聞いてくれ。っと、まずは中に」


 会長に促され会議室の中へと足を踏み入れる。他のメンバーは既に定位置に着いていた。


「全員集合か」


「兄さんがどうしても全員揃っている時に話したいって言うからね」


 キーボードをカタカタ鳴らしながら副会長が言う。対面に座る蔵屋敷先輩も同様で、何かしらの作業に追われているらしい。


「さて。皆揃ったところで始めようか」


「これで内容がお粗末なモノだったら逆に面白いかもな」


 自分の椅子を引きながら呟く。

 副会長も蔵屋敷先輩も、かなり無理をして参加しているようだ。これで内容がただのギャグだったら、ボコボコにされるのではなかろうか。


「……まあ軽く輪切りにするでしょうね」


「怖ぇよ」


 呟きの意味を正確に理解したであろう片桐が見事に乗ってきた。かなり猟奇的な内容で。


「そこ、会議は始まったよ。私語は慎むように」


 早速会長に注意された。


「さて」


 俺と片桐の気の無い謝罪を聞き入れた会長が一同を見渡す。


「青藍魔法文化祭、2日目。メインステージにお招きするゲストが決定した」


 その言葉に。

 話半分に聞き流し、自らのPCへと意識を向けていた副会長と蔵屋敷先輩の手が同時に止まった。


「……ようやく?」


 副会長がジト目を会長へと向ける。


「本当ならあと1週間早く決まってないといけなかったのに。外の商店街に発注を掛けていたビラや告知ポスターには間に合わなかったわ」


「まあまあ、それだけ相手が大物だったって事さ。正直な所かなり手こずったんだ」


 副会長の苦言に、会長は悪びれもせずそうのたまう。


「その大物とやらはどなたなのでしょう」


 これ以上野放しにしておくと兄妹喧嘩に早変わりする。隣に座る片桐も同じ見解に至ったのか、先手を打って両者の会話に割り込んだ。


「ん? ふふふ、聞いて驚くがいい。それはもう凄いぞ。絶対に驚――」


「前置きは結構ですわ」


「――はいすみません」


 蔵屋敷先輩の容赦無い一言に、会長が珍しくしゅんとなった。今のは割と本気で落ち込んだようだ。ざまあみろ。


「こほん。『アイ・マイ・ミー=マイン』。今年のメインステージは彼らにライブを行ってもらう事になったよ」


 ……。

 ワザとらしい咳払いと共に放たれたその一言に、会議室がしんとなった。


「……は?」


 長い沈黙の後、一番最初に再起動した片桐が気の無い声をあげた。会長はその反応を見て満足そうに頷く。


「分かっただろう? 俺が勿体ぶった理由」


「ちょっと待ってちょっと待って!」


 副会長が椅子を鳴らして立ち上がる。


「『アイ・マイ・ミー=マイン』ってあの『アイ・マイ・ミー=マイン』!?」


「他に何があるかは知らないが、恐らくその『アイ・マイ・ミー=マイン』だろう」


 妹の反応にニヤニヤしつつ会長が答えた。


『アイ・マイ・ミー=マイン』。

 今、結成3年目にしてアメリカを舞台に大活躍している4人組のロックバンドだ。


「中条君も知っているよね?」


「まあ、魔法使いの中で(、、、、、、、)、流石にそのバンドを知らない人はいないんじゃないですか?」


 そう。

 音楽を聴く人の中で、じゃない。魔法使いの中で。

 バンドメンバーの内、ギタリストが特殊な身分なのだ。

 魔法世界を統べる王族、その直属の護衛団員が一。


 魔法世界と言葉で言っても、どこかの物語のように異次元にあるとか空に浮いているとかではない。それはアメリカにある。遥か昔、魔法使いという存在がこの世に浮き出た頃の事。アメリカは、その膨大な領地の一角をとある魔法使いの集団に貸し出した。魔法使いの集団は、その土地に独自のライフラインを整え、1つの国として機能させたのだ。

 その領地を統べる王に仕えし直属の護衛集団。『アイ・マイ・ミー=マイン』のギタリストは、その護衛団員の1人だった。


「何でそんな大物がわざわざ日本に?」


 ていうか王の護衛してろよ。国跨いじゃ守れないだろうが。当たり前の事だが、魔法世界を出てアメリカでバンド活動をする事にすら相当な反発があったと聞く。


「あのバンドのボーカルが日本人だって事は知っているかい?」


「え? ええ」


 急な話題転換に自分の眉が吊り上った事を自覚する。


「そのボーカルがウチの卒業生だって事は?」


「……あれ、そうなんですか?」


 魔法世界側の魔法学生という話のはずだが。


「卒業生ってのは語弊があるか。何せ魔法世界ただ1つの魔法学校、エルトクリア魔法学習院に引き抜かれて青藍を中退しているからね」


「まさかそのコネを辿ったの? ……その程度のコネで辿れたの?」


 副会長が自分の質問を敢えて言い直した。


「まぁね。大変だったよ。向こうは青藍魔法学園の生徒会長って程度の肩書じゃビクともしないところだし、何より電話が通じない。直筆の手紙なんて久しぶりに書いた」


 わっはっは、と軽いノリで会長が笑う。


「よ、よくそれで拾って頂けましたね」


 花宮が未だに信じられないという表情で口にした。ただ、皆心境は同じだろう。


「向こうもまだ学生ってのが幸いしたのかもね。エルトクリア魔法学習院は12年制、日本で言うところの高校や大学という概念は存在しない。そもそも魔法世界にあるただ1つの学校だからね。そして彼らはまだそこを卒業していない。今は9年生だと書いてあった」


 木製の長机に、会長が折りたたまれていた1枚の紙を広げて置く。日本特有の形式的な挨拶文の後には、今回会長が持ち出したであろう文化祭メインステージ出演への回答、及びその条件等がつらつらと並べられている。後半には魔法世界とバンドの簡単な近況、そして今後の連絡手段が記載されており、その最後には――――。


 今井修(いまいおさむ)

 間違いない。『アイ・マイ・ミー=マイン』のボーカリストの名前だ。


「いやぁ、魔法世界にもこちら側から掛けられる電話があるんだね。正直知らなかったよ」


 会長がボーカリストの名前と共に記されている電話番号を指差して言う。


「それは仕方が無いんじゃないですか。回線を引いているところはわずか3か所。魔法世界の(ゲート)にある関所と各国魔法協議会のトップ・世界魔法協議会の理事長室、そしてエルトクリア魔法学習院の院長室のみ。そして番号が公開されているのは関所だけです。公開と言っても、今回のように向こう側が許可した場合のみ秘密裏に教えられる形ですし、当然他言は厳禁。ほぼ無いも同然ですよ」


 許可を得た人間・団体・国だけが魔法世界の関所へ電話が許される。そして、内容に応じて関所がエルトクリア魔法学習院か世界魔法協議会かのどちらかに回線を繋ぐ。

 つまりは私的には使えないという事だ。


 魔法世界には一度師匠と入った事があるが、まあ一言で言うともう別世界だ。日本からアメリカに渡った時の「外国に来た!」という感じではない。本当に別の世界に来たかのような錯覚に陥る。


「中条君って帰国子女だったのよね。魔法世界に入った事は無かったの?」


「仕事で一回入っただけだな。あそこ一応はアメリカの領地とは言え、治外法権だからさ。何をするにしても許可がいる」


「……仕事? 仕事って何の仕事?」


「そりゃあ……、って。……あ」


 そこまで言って固まる。完全に失言をしていた。生徒会役員全員の目が俺へと注がれる。


「……。あー。アメリカで通っていたスクールが、魔法世界にあるエルトクリア魔法学習院と仲が良くてさ。たまたま文書を届ける役目が俺に回ってきた時があったんだ」


「仲が良いのに回線を繋いでは貰えなかったのですか?」


 うるさいぞ片桐。余計な口出しするんじゃない。


「そんな事でいちいち繋いでいたら特例だらけになるって認識なんだろうな、向こうは」


「……そういうものですか」


「そういうもんだ」


 分かったら口閉じろ。心の中でそう毒づいておく。


「魔法世界は通話機器の為に専用の回線を引いてる。外から持ち込んだ携帯電話なんか、当然圏外だ。他にも魔法世界内で自己完結しているツールはいくつもあるから、外の身分の人間としては結構不便だし肩身が狭い。観光として行く場所には不適切だろうな」


 実際のところは月一で開かれる魔法大会やオークションなどで結構な旅行者はいるようだが、そういった部分は割愛しておく。会長の思わせぶりな笑みを無視し、強引にまとめておいた。


「へぇ。なんかイメージと違うわねぇ」


 副会長が苦い物でも口にしたような顔をしている。


「実際、『夢の国』と比喩されるような場所じゃあないな」


「でも、図書館があるじゃないですか学習院に。『この世の全てがそこにある』と謳われている図書館が」


「エルトクリア魔法大図書館のことか? それも噂に尾ひれが付いているだけだろう?」


 片桐からの指摘に肩を竦めてみせた。


 嘘か真か。

 その大図書館には、果ての無い本棚が広がっているらしい。それも前と後ろ、右と左だけではない、上下にも(、、、、)。足元に広がられては真っ逆さまに落ちてしまうし、頭上に広がられては飛ばないと目的地までたどり着けない。物理的法則を持ち出すまでも無く、あらゆる意味でぶっ飛んだ噂だ。内情を知らぬまま足を踏み入れれば、帰ってこれなくなるとも聞く。

 そんな噂が噂を呼び、片桐が言っていたように『この世の全てがそこにある』だとか『魔法使いという存在はそこから生まれた』だとか、挙句『世界を管理する大図書館』とまで囁かれるようになっている。


「まあ、俺も見た事ないから何とも言えんが」


 その大図書館を使えるのはエルトクリア魔法学習院の院生と許可を受けた人物のみ。その利用者も口留めされているのか外に一切の情報を漏らさない。それがおかしな噂を助長させる要因の1つになっているのは間違いない。


「むぅ」


 片桐にしては珍しく、分かりやすく口を尖らせた。


「何だ、お前。本に興味があったのか」


「別に。そういうわけではありません」


 ぷいと顔を逸らされてしまう。どうやら違ったらしい。となると、大図書館にまつわる噂の方に興味があったのか。こういったミステリーに興味を示すとは。片桐の意外な一面を垣間見れた気がした。


「そろそろお話を戻しませんこと?」


 頃合いを見計らってか、蔵屋敷先輩が手を叩く。


「中条さんが仰ったように、魔法世界へ繋がる番号は門外不出です。会長はみだりに出したりしないよう」


「もちろんだよ鈴音君。俺と同じ立場である生徒会役員には知らせておいた方がいいと思っただけさ。俺が向こう側とコンタクトを取れる立場にいる、って事をね」


 会長は手紙を大切そうに折りたたむと、便箋の中へしまった。封を閉じると僅かにだが便箋から光が漏れる。


「鍵は会長の魔力ですか?」


「ふふ。魔法が仕掛けられている事に気付いたかい? 流石だね。だが惜しい。鍵は俺の指紋だよ。俺が送った手紙から採取したらしい」


「……なるほど」


 向こう側が会長の魔力を知っているはずがない。だが、特定の指紋に反応する魔法なんてあっただろうか。


「さて。鈴音君の言うように話を戻そう」


 とりあえず、会長の仕切り直しの言葉に、思考しようとする頭を一度ストップさせて従う事にした。







「珍しいじゃないか。君の方からこの俺を指定してくるなんてさ」


 会長席に身を沈めながら会長がそう口にする。


 21時。

 最後の最後まで業務に追われ粘っていた副会長が帰宅した。会長には会議の終わり際に時間を取って欲しいとお願いしていたのだ。

 無論、話の内容は決まっている。


「幽霊捜索の件で」


「ほう? 聞こうじゃないか」


 興味を惹く内容だったのか、会長は少しだけ身を乗り出した。


「先に断っておきますが進展したわけではありませんよ。これは確認です」


「何だいつまらないな」


 言葉通り、乗り出した身体を会長席に深く沈めた。実に不愉快である。


「……魔法警察への依頼はどうなったんです? 一向に姿が見られないようですが」


「あぁ、そのことかい」


「まさか、忘れていたわけではありませんよね」


「もちろん」


 会長は1つ頷くと、


「その件は姫百合美麗(ひめゆりみれい)に預けてある」


「……」


 完全に予想外だった発言をした。


「中々に面白い顔をしているね、君は」


「目つきが悪い自覚はありますが、面白いとまで言われるのは心外です」


「表情の話だよ」


 会長が軽く笑った。


「で、話を戻そうか」


「姫百合美麗、……あの姫百合美麗ですよね?」


「もちろん。知ってるのかい?」


「それはこちらのセリフです。会長にどのような繋がりが?」


「おいおい、この学園の理事長は誰だと思ってるんだい?」


 ……そう言えばそうだったな。この学園は可憐の父親・姫百合泰造ひめゆりたいぞうが理事長だった。母親が興味を示すのも頷ける。


「それで、先方は何と?」


「その話はこちらで預かります、だとさ。具体的な内容については一切聞けはしなかったが」


「その言い分だと、『氷の女王』と直に話したように(、、、、、、、、)聞こえるのですが」


「おっと、失言だったか」


 言葉とは裏腹に余裕の笑みだ。ワザとか。


「つまり、会長は『氷の女王』と直に話せる立場にいる、と」


「深読みするのは自由だけど、面白い内容は転がっていないよ。たまたまこの学園にいらしていた時に話してみただけだから」


 会長の俺に向けてくる目はそう言っていない。そもそも、何の意味も無いならワザと失言してみせる必要も無い。何かあるな。これで俺の反応を見るのが狙いだったか?


「……つまり、幽霊騒動の件については『氷の女王』に投げたということでいいんですね?」


「そう捉えてもらって構わないよ」


 会長は不敵な笑みを浮かべたままだ。

 こちらの目的は果たせた。これ以上この話題を続けるのは得策ではない、と頭が警告を発していた。


「分かりました。わざわざ時間を取らせてすみませんでした」


「いや、気にしないでくれ。俺もまだやる事が残っているからね」


 そう言いながら会長は引き出しの中から資料を取り出す。どうやら本当に仕事が残っているらしい。


「中条君はどうするんだい?」


「今日はこれで失礼します」


「そうか。お疲れ様」


 会長へ一礼し、下がる。

 鞄を手に取りそのまま会議室を後にした。







 背中越しになびくカーテンをそっとめくる。その先には、今まで会話していた少年の歩き去る姿が見て取れた。


「メリーの言い分は、妄言じゃあ無かったという事だ」


 姫百合美麗。

 その名を出した時の反応を思い出しながら1人ごちる。そうしている間にも、闇夜にぼんやりと輝く白髪の少年は見えなくなっていた。


「さて……」


 デスクの上に広げられた資料を指で摘み上げながら縁は笑う。


「鬼が出るか、蛇が出るか」

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