第5話 魔法模擬実践
属性付加という技法がある。
それは読んで字の如く、魔法に属性を付加するということだ。無属性魔法(何の属性も持たぬ魔法の総称)よりも難度の高い技だが、それ故に付与された属性に準ずる独自の強さを発揮する。一般的に、付与できると言われている属性は以下の7つ。『火』『風』『雷』『土』『水』『光』『闇』である。他にもいくつか確認されてはいるが、それは魔法使いの中でもある特別な血族たちでしか扱えておらず、そのメカニズムは不明である。よって、ここでは先に挙げた上記7つについての説明だけに留めたい。
下記に記すのが各々の特徴、そして強弱についてである。
『火』(『風』に強いが、『水』に弱い)
攻撃系の魔法に特化する。
回復、防御、操作、移動、視覚、回帰、重力、捕縛に適さない。
『風』(『雷』に強いが、『火』に弱い)
移動系の魔法を得意とする。また、攻撃にも優れる。
回復、回帰に適さない。
『雷』(『土』に強いが、『風』に弱い)
操作系の魔法を得意とする。また、攻撃、移動にも優れる。
防御、視覚、回帰、重力に適さない。
『土』(『水』に強いが、『雷』に弱い)
防御系の魔法を得意とする。また、攻撃にも優れる。
移動、視覚、回帰、重力に適さない。
『水』(『火』に強いが、『土』に弱い)
回復系の魔法を得意とする。
操作、移動、視覚、回帰、重力に適さない。
『光』(『闇』に弱い。『闇』を除く全ての属性に強弱関係は生じない)
視覚系・回帰系の魔法を得意とする。
闇との合成ができない(無属性へと戻ってしまう為)
『闇』(『光』に弱い。『光』を除く全ての属性に強弱関係は生じない)
重力系・捕縛系の魔法を得意とする。
光との合成ができない(無属性へと戻ってしまう為)
もちろん、適さないと記されてはいるものの、絶対に扱えないというわけではない。
例えば火属性で回復、防御、操作、移動、視覚、回帰、重力が絶対に使えないとは言い切れない。
但し、それはその属性の限りなく極みまで上り詰めた者でなければ実用はできないだろう。特に『火』の「特化」とは、そういう意味合いも込めて使用されている。全ての属性には、それぞれの長所・短所があるというわけだ。
そして、今まさに。
攻撃特化・火の魔法を纏った舞の拳が、俺の腹にめり込んでいた。意識を刈り取らんとする激痛と共に、宙へと舞い上がる感覚。舞の驚愕している表情と周りの景色をスローな映像で捉えつつ、俺の意識は闇へと消えた。
……どうしてこうなったんだろうね?
☆
昼休みが終わり、午後の授業。今日の5・6時限目は、2限続けて魔法実習の時間だった。
数々の運動施設が校舎向かって左側に集中しているのに対して、魔法実習ドームだけは右側。つまり学生寮の近くに立っている。
着替えて、向かって。
それを休み時間10分でこなすことは不可能。かといって午後の部だから昼休みを削らねばならないわけではない。魔法実習は初めから更衣・移動に時間がかかることを承知済みで、通常授業開始時間から20分後に始まる。そんな特殊な事情もあり、魔法実習がある時は必ず2限続きになっているようだった。
「へぇ……。結構様になってるな」
MCが術者の魔法発動を補佐する武器であるのに対して、魔法服は術者の身を守る防護服となる。服には複雑な魔法が編み込まれており、術者の魔力に応じて効力を発揮する。それだけならどれでもいいじゃんと思うかもしれないが、そういうわけでもない。やはり、個人個人に合う魔法の編み方というものがあり、自分に合っているものを着ていた方が効力を発揮しやすいのだ。
よって、生徒は例外なく、オーダーメイドの魔法服を所持している。
黒を基調とした魔法服。それを身に纏った俺の姿を見て、将人は感心したと言わんばかりに頷いた。
「そうだね。聖夜って名前によく合ってる。真っ黒な魔法服に映える真っ白な髪」
「ぴったりの名前を付けて貰ったってことだな」
とおると修平も、俺を見ながらうんうんと頷いている。それには、流石に苦笑せざるを得なかった。
俺は魔法が使えたから捨てられた。そんな親の心情は余所に魔法服に名前が合ってる、とは。残念ながら名付け親に対する皮肉にしか聞こえない。まあ、もうあんな親への感情なんてとうに廃れちゃったけどさ。
「じゃ、いくか」
「おう」
ロッカーを閉めて、俺たちは更衣室を後にした。
☆
「それでは、魔法実習の授業を開始します」
5限目開始から、丁度20分後。魔法実習としては時間通りに授業は開始した。まずは、担当の教師を囲い円状になりながら教師の話を聞く。
「前回までは魔法球に、属性を付加させる授業でした。もちろん、まだできていない人も大丈夫ですよ。1年では魔法球の安定的な発現を。2年では属性の付加を。3年では応用を。2年の終わりまでに自身の得意属性を見つけ、発現できるようにしていきましょう」
……なるほど。泰造氏が不安になるのも無理はないか。つまり、3年になるまでは満足に魔法など使えないということ。そりゃ、とおるが魔法大戦と称するくらいだから、舞やら姫百合可憐やらはちゃんと魔法は使えるんだろう。おそらく、見た限りでは将人やとおる、修平もそれなりの実力は有しているはずだ。
それでもクラス全体からすればほんの一握り。そしてその程度の人数しか、魔法は扱えないということ。
「……日本の魔法教育カリキュラムが、ここまで遅れているとは」
「ん? 何か言ったか?」
無意識のうちに、ぼそっと声に出ていたらしい。何でもないと答えると、将人はさよかと言って再び視線を教師に戻した。
エリートと称される私立・青藍魔法学園。多少腕がある魔法使いが誘拐犯として潜り込んできたとしても、意外と何とかなるんじゃないかと思っていたが……。どうやら当ては外れたようだ。
「――と、いうわけで。今日は少し魔法を使った実践を行ってみましょうか」
「おっしゃ、聞いたか聖夜。実践だってよ実践」
「ん、聞いてたよ」
将人の問いにおざなりに答える。どれだけ戦いに飢えてるんだお前は。
「但し、折角属性付加という魔法を勉強したのです。できれば、それを実践で再現できる生徒が望ましいですね。まだ属性付加が使えないという生徒たちに、どう属性付加が魔法として利用されるのかを魅せてほしいものです」
教師が難度を上げてきた。
「聖夜。お前、属性付加使えるか?」
「ああ。一応な」
聞いてくるということは将人自身については無論、ということだ。やっぱそれなりにできるみたいだな。
「では、挙手制にしましょうか。立候補はいますか?」
教師がそう述べてぐるりと見渡す。
「おっしゃ、じゃあ――」
「……聖夜。前に出なさい」
「は?」
はしゃぐ将人を尻目に、仕方が無いなと思いつつ手を挙げようとしたところで、思わぬところから声を掛けられた。
舞は動揺する俺含むクラスメイトは気にも留めず、悠々とバトルフィールドへと足を進める。そのまま何の躊躇いも無く光に包まれたフィールドへと踏み入った。
「何をしているの? 早くしなさい」
……。
「お、おい……。聖夜?」
呼ばれてるぞ、と修平から小突かれる。いや、もちろん知っているわけだけれども。
けれど、最初の実践は将人とすると約束した。困惑している表情を隠そうともしない将人と、既にバトルフィールドでスタンバイしている舞。どうすべきかと考えていたところで。
「先生。最初の模擬実践は、私と中条聖夜で行います。よろしいですか?」
「え、ええ。構いませんよ」
勝手に試合を取り付けていた。
「……しょうがない奴だな、あいつは」
舞の我が儘は、やっぱり2年という月日では治らなかったらしい。
まあ、それでこそ舞なわけだけれども。
「行ってくるわ」
将人・修平・とおるに、それだけ告げて踏み出した。それを見た舞が、いつも通りの勝気な笑みを浮かべる。
だがな。
勘違いしてるぞ、お前。
俺は将人には戦うって約束をしたし、真面目に相手をすると心の中で決めていた。でも、相手がお前になるなら話は別だ。お前と真面目に戦おうものなら、多分俺はかなりの手の内を曝け出すことになる。転移魔法が明るみにでるどころの騒ぎじゃない。そうなれば本来の仕事に支障が出る。
俺は呪文詠唱のできない欠陥品であり、それ以上でもそれ以下でもない。ノーマークで問題ない存在だと思わせておく必要がある。敵がどこに潜んでいるか分からない以上、
バトルフィールドへと足を踏み入れ、舞と対峙する。教師を中心として輪になっていたクラスメイトたちは、バトルフィールドから少し離れたところで、思い思いの観戦場所を作っている。
「聖夜」
「何だ?」
「本気で来なさい」
……何だって?
「貴方、今の自分がクラスメイトからどんな評価受けてるか知ってる?」
「さぁてね。お前は知ってるのか?」
「愚問よ」
「そうか」
とりあえず、先を促しておく。
「女子更衣室での会話もそう。相当、気の毒に思われてるわね」
「……お前、会話してるのか?」
「立ち聞きしてるだけよ」
「会話しろよ。だから友達できねぇんだよ」
「ほっときなさい」
俺の忠告を舞は一言で綺麗に払った。
「あんな評価、納得いかないわ。そうでしょ?」
「……一生徒として言うならばそうだが。俺の立場として言えば、罪悪感は感じるが他は特になにも」
「嘘っ!!」
舞が突然叫ぶ。他の会話は聞かれてなかっただろうが、流石にこれは誰の耳にも届いたようだ。何事だとざわめき始める。
「……大丈夫ですか?」
審判役の教師がバトルフィールドに入ってきた。
「はい、平気です」
舞は教師に目を向けることなくそれだけ告げ、俺を睨んできた。
「私は認めないわ。貴方のあんな評価、蹴散らしてやる」
「蹴散らす、て。……もっとお上品な言葉を使えよ」
ふんっと鼻息荒く、舞が踵を返した。後は魔法で語れということらしい。俺もそれに倣いスタート位置へと歩を進める。
……分かってる。
不器用だけどこれは舞の優しさだ。我が儘なのもそうだが、その優しさも昔のまま。少し、安心したし嬉しかった。
その優しさを、踏みにじってしまう行為であることは重々承知の上で。
それでも。
「……悪いな、舞」
俺は、本気ではやらねぇよ。
★
「くっそ~、やりたかったぜ~」
「さて。これは予想外の展開になったね」
隣で呻く将人に反応は示さず。ゆっくりとした足取りでバトルフィールドへと歩いて行く聖夜の後姿を目で追いながら、とおるは逆サイドに座り込み観戦を決め込む修平に話しかけた。
「ん、そうだな」
「あれ? 修平はあまり興味無しかい?」
「いや、そんなことはない」
「その割には反応薄だね」
「そりゃ聖夜のこと言ってんだろ?」
「え?」
ますます意味が分からない、といった表情をするとおるに、修平はぼーっとした視線を聖夜に送りつつ再度口を開いた。
「花園のお嬢さんからの名指しだ。普通なら敬遠するとは思わないか? 相手はこの国五指に入る名家のお嬢さんだぞ」
「……そういえば」
聖夜は面倒臭そうな表情は見せたものの、特に畏怖した様子もなかった。とおるは先ほどの聖夜の態度を思い出しながら頷いた。
「あいつが花園の御嬢さんの実力を知らないっていうなら話は分かる。けど、昔からの顔馴染みだったそうじゃないか。そうでなくとも、昼飯でとおるが魔法大戦の話はしてたんだからよ」
「んじゃ何か? 聖夜って実は相当凄い?」
将人が話に割り込んでくる。
「……本人曰く凄いのは魔力容量だけらしいけど」
「手練れの魔法使いならば詠唱なんてそうしないだろ? 大魔法とかは流石に無理だが」
とおるの呟きに修平が直ぐ切り返す。
「詠唱ができないってのはハンデには成り得ないってことか?」
「ハンデにはなるよ、それは。特に僕たち学生なら余計にね。手練れじゃないんだから」
「けど、修平は聖夜に限ってはそうじゃないと思ってんだろ?」
「……さぁてね。ま、それはこれから分かるんじゃないか?」
修平が目線を前へと戻す。そこでは、舞と聖夜がお互いにスタートラインにてスタンバイしたところだった。
☆
「バトルフィールドは、フィールド外部に影響を及ぼさぬよう障壁が展開されているだけではありません。内部には緩衝魔法が働いています。改めて説明するまでもないとは思いますが……。強力な魔法を体に受けたとしても、ある程度は緩衝魔法が自動的に発動し、身を守ってくれます。が、あくまである程度は、です。痛いものはやはり痛い。無理だと感じたら、直ぐに棄権すること。いいですね?」
上半身を、半分以上俺に向けての説明だった。
当たり前か。俺が呪文詠唱できないことは既に周知の事実。相手はエリートどころの話ではない名家のお嬢様。結果は正直見るまでも明らか、ということ。
これが、舞の言っていた俺に対する評価。
……俺だって、別にできた人間じゃない。癪に思う気持ちは確かにある。だが、それとこれとは話が別だ。
「ではお互い、構えて」
構えてとは、MCを起動してという意。
特有の機械音と共に、俺と舞のMCにスイッチが入る。
舞の、あの勝気な目が俺を射抜く。少しくらいはやり合うとするか。
……少しだけ、だ。あまりやり過ぎると、俺も熱くなりそうだし。
「始め!!」
教師の手が、試合開始宣言と共に振り下ろされる。
その瞬間には、もう。
舞は俺の後ろにいた。
「うおっ!?」
紙一重のところで、後頭部目掛けて突き出された足を躱す。
「危ねーな!!」
殺るつもりだっだたろ、今!!
「本気で来なさいと言ったはずよ!!」
「買いかぶんじゃねぇよ!!」
そのまま軸足を蹴り上げ、回転しながらもう一度伸びてくる足を肘で受け止めて、弾き返す。
……めちゃくちゃ魔力込めてやがる。
身体強化魔法。
その名の通り身体を強化する魔法だ。全身に魔力を循環させ、スピードやパワーを向上させる技術。これは、決して簡単にできる魔法ではない。少なくとも、2年生の段階で発現できる奴などそうはいないだろう。舞はそれを無詠唱で瞬く間に発現して俺に特攻をかけてみせた。
で。
この時点で。
俺がそれなりの魔法使いだということは証明されてしまった。舞の身体強化魔法のスピードに反応し、応戦。こちらも咄嗟に身体強化を発動させてしまった。
仕方が無い。
あれを生身で受けてたら骨が砕けてる、と割り切る他無い。
「ふっ!!」
「おっと」
数回拳を交えた後、舞が後方へと跳躍し距離を空けた。
「ルー・ルーブラ・ライカ・ラインマック――――」
MCに手を掲げ、魔力を練る。……呪文詠唱、か。何を放ってくるかね。ひとまず、傍観を決め込むことにする。
魔法はすぐに完成した。
「『
舞がそのキーを唱えきるのとほぼ同時。天にかざした手元から、膨大な魔力を纏った魔法球が発現する。
付与された属性は、火。
「……いきなり攻撃特化属性かよ」
適当なところで適当に喰らって適当に負けようと思っていたが、あれは無いな。緩衝魔法が発動しているフィールドとはいえ、当たればただじゃ済まないだろう。
「……ん?」
フィールドの外で観戦しているクラスメイトから、動揺の声が上がっている。何かあったのかと不思議に思ったが直ぐに理由は分かった。
学生の立場から見なくともこの魔法は相当レベルが高い。向こうで師匠と仕事こなしている間に、このレベルの魔法は見慣れていたから気付かなかった。
「余所見なんていい度胸じゃない!!」
その声と同時に舞は手を振り下ろした。それに倣い、火属性を纏った巨大な火の球が向かって来る。
「んな、真正面から撃って当たるわけねぇだろ」
転移魔法を使うまでもない(と言うか、使っちゃいけない)。それを横目で見ながら、舞の元へと迂回するような形で回り込む。
……これで躱せるはずだった。
「甘いわね」
これ以上、この魔法に手が加わらなければ。
舞がパチンと手を鳴らす。瞬間、火属性の魔法球が
「うおおっ!?」
避けたと思った魔法球からの、予想外の攻撃。後方から襲い来る無数の火球のつぶてを、身体強化で纏った足を使い、躱す。が、そちらに気を取られていたのがいけなかった。
「はぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
その咆哮を聞いて視線を前に戻した時には、もう遅かった。俺の眼前では、既に距離を詰めていた舞が眩い炎を拳に纏わせ構えているところだった。
……言い訳させてもらえるのなら。
俺がこの試合に本気で取り組んでいれば、難なく躱せたと思う。転移魔法に頼らずとも、ある程度の身体強化に体術さえあれば俺だってそれなりに強いはずなのだ。
意識の差。
意欲の差。
最初からどこかで負けるつもりだった俺に、本気で俺を倒しに来た舞の攻撃をあしらうことはできず。
攻撃特化・火の魔法を纏った舞の拳が、俺の腹にめり込むところを。
そんなどうでもいいような言い訳に頭を巡らせながらぼんやりと眺めていた。
次いで襲い来る、意識を刈り取らんとする激痛。同時に、体が宙へと舞い上がる感覚。
この程度の一撃で倒せるとは思っていなかったのだろう。嘘でしょと驚愕している舞の表情と、まるで目の前で大型トラックに猫がはねられた瞬間を目撃したかのような表情でこちらを見ているクラスメイトをスローな映像で捉えつつ、俺の意識は闇へと消えた。