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第1話 登場、鑑華美月!!




「ぶはははははははははははははははげぶべっ!?」


 昼休み。学食にて。

 人目を気にせず大笑いの本城将人(ほんじょうまさと)を殴り、黙らせる。


「……まあ、なんつーか」


「聖夜らしいっていえばらしいのかもね」


「俺らしいって何だバカヤロー」


 勝手に納得し頷く杉村修平(すぎむらしゅうへい)楠木(くすのき)とおるに凄みを利かせてみる。

 が。


「頬にもみじ付けてる奴から睨まれてもまったく怖くないな」


「……くっ」


 今朝の会議で副会長に引っ叩かれた頬は、未だに完治していないらしい。


「それも両頬に、ね」


「……」


 そう。今の俺は、シンメトリーかと突っ込みたくなるほど左右対称にもみじマークが付いている。先に断っておくが、副会長から貰ったのは一発だけだ。では、もう1つは何なのか。話せば長くなるが話さなければ先に進まないので説明しておこう。







 クラス=A(クラスエー)にて。


「おはよー」


「あ、中条さん。おはようございま……ええ!? どうされたんですか、その頬は!?」


「聖夜!! アンタ朝っぱらからナニやって来たのよ!!」


「え? ちょっとまっ」


パァァァァァァンッ









 以上、説明終わり。

 こういう長く複雑な経緯を経て、俺は両頬にもみじを咲かせる事になったわけだ。


「……にしても。改めて結果を考えてみりゃ、完全に予想外の展開になったよなぁ」


 殴られた部分を擦りながら、将人が感慨深そうに言う。とおるもそれにうんうんと頷いて、


「本当だよ。まさか聖夜がクラス=A(クラスエー)、しかも生徒会入りに“2番手(セカンド)”襲名だからね」


 俺の胸ポケットから伸びる金色の鎖に目を向けた。

 エンブレム。

 青藍魔法学園が正式に認めし上位5名に与えられる、証。

 そして反対側の襟首には青藍魔法生徒会の紋章のバッチが付けられている。

 選抜試験を経て無名の帰宅部から一気にランクが上がり過ぎだ。


花園(はなぞの)の御嬢さんや姫百合の御嬢さんとグループを組むか否かでうじうじしていた頃とは雲泥の差だよな」


「お前は俺に喧嘩売ってんのか、あ? やんなら買うぞおら」


「ははは、うまくやれているのなら何よりだ」


 俺の安い挑発を受け流し、修平は笑った。


「それで? 生徒会はもう動き出してるのかい?」


「あん?」


「文化祭の話さ。裏方でいろいろやり繰りしないといけない身としては、何かしらの作業が始まってるんじゃないかと思ってね」


 とおるが矛先を変えるようにそう問うてくる。修平との微妙なやり取りの回避、そして純粋な興味。その半々の質問なのは分かりきっていたが、そこは素直に乗せられてやる事にする。


「まぁな。だからこその早朝会議ってわけだ」


 実際のところは“1番手(ファースト)”の処刑で有耶無耶になったけどな。


「今年は何するかなー」


 将人が頭の後ろで手を組みながら、そんな事を言う。


「去年は何やったんだ?」


「ん? 去年は確か――」


「ここにいましたか、メイド好きな2番手さん」


「そのネタを引っ張るのはもうやめろ」


 振り返らずにそう告げる。短い付き合いだが、この声色を聞き間違える事も無い。音も無く俺の背後に付ける人間も限られている。


「こんにちは、片桐さん」


「おっす」


 修平と将人が挨拶する。とおるはペコリと頭を下げるだけに留まった。修平の言う、女性が苦手というのは本当のようだ。


「どうも」


 対する片桐は、特に気にした様子も無く一言で挨拶を済ませる。


「では、皆様。お食事のところ申し訳ございませんが、ここにいるメイド命2番手は預からせて頂きます」


「そのネタを引っ張るのは止めろと言った。なに? お前、俺に何か用事でもあるのか?」


「ふぅ」


 思いっ切りため息を吐かれた。ムカつく。


「何を優雅に昼休みを過ごしているのです? この文化祭が差し迫った時期に、生徒会が休み時間なんて取れるはずないじゃないですか」


「当たり前でしょみたいな顔するな。初耳だぞ」


「ああ、そうでした。そういえば貴方は新入りさんでしたね」


「……」


「……」



「え? 何、この空気」


 将人が俺と片桐の顔を交互に見る。

 というより、こいつ。まさか。


「なあ」


「何です?」


「お前、俺に負けた事まだ根に持ってるわけ?」


「っ!?」


 片桐の顔が沸騰したかのように、一瞬で真っ赤になった。


「そ、そんなわけないじゃないれすか」


「そうか。じゃあ目を逸らさずセリフも噛まずに返答しろ」


「くっ、何たる屈辱っ」


「お前、真面目なクセにそういうところ可愛いよな」


「か、かわっ!?」


 真っ赤になった顔が更に赤くなった。


「ひゅーひゅー。真昼間からこの大観衆の中でナンパかよ。“青藍の2番手”ともなると、やる事が派手ですなぁ」


 将人が低レベルな茶々を入れてくる。


「こ、この痴れ者が!!」


「俺のせいかよ!! ……。まあ、……俺のせいか」


 顔を赤らめたままの片桐に、俺は無理やり連行された。







 長いように感じた選抜試験も、振り返ってみれば過去のお話で。

 気が付けば新クラスになり別館へと教室が移動してから、早半月が経過していた。


 別館は5階建ての作りとなっており、教員室や保健室、そして実習室・実験室等の一部が1階に。2階から4階にかけては各クラスの教室、5階は実習室・実験室、その他機材置場となっている。

 2、3年の教室は階によって決められているわけでは無い。選抜試験によって計6クラス(2、3年合わせて12クラス)へと振り分けられた学年生は、その総人数が多いクラスから順に大きい教室へと振り分けられる。2階に大教室が2つ、3階に中教室が4つ、4階に中教室が1つと小教室(小と言ってもこれが本館にある教室のサイズと同じ)が6つ。階が上がるごとに小さくなっていく計13の教室。1つは予備教室になるらしいが、そんな事はどうでもいい。


 小教室が全て4階にあるという事は、必然的に人数の集まらないクラスが4階となる。

 つまり。


「それじゃあ中条君、放課後に」


「それでは皆さん、ごきげんよう」


「……はい」


 会長と蔵屋敷先輩の挨拶に、副会長、片桐、そして花宮と同じように軽く頭を下げる。

 そう。最悪な事に、会長とは隣同士のクラスになってしまったわけだ。これが中々に面倒臭い。

 俺たちと別れの挨拶を交わした会長が手を掛ける前に、3年クラス=A(クラスエー)の扉が勝手に開かれた。


「お」


「……ちっ、てめぇか」


 扉を開け会長と鉢合わせするなり、唾でも吐き捨てそうなほどに嫌悪感をむき出しにする男。

 豪徳寺大和(ごうとくじやまと)


 在籍数僅か3名の3年クラス(クラスエー)の1人。2年後半から執り行われる選抜試験より、一度も自分の『番号』を譲らなかった男。そのことから会長、蔵屋敷先輩、そしてこの大和は非公式に『不動の三席』とまで称されていたらしい。

 もっとも、非公式と言いながらも学園自体その功績は認めていたようだ。なぜなら、俺が大和の『2番』を奪った事で新しく大和が与えられた番号は『4』。本来ならば1つ繰り下がるだけのはずなのに、蔵屋敷先輩が持つ『3番』には触れられず、大和は2つ分降格した。不動の一角である蔵屋敷先輩にまで影響を与えたくない、と学園が考えた結果だろう。ちなみに元の『4番』は順当に『5番』へと降格し、『5番』は番号を失った。


「どこへ行くんだい? そろそろ午後の授業始まるよ」


「黙れ、てめぇにゃ関係ねぇだろうが」


 するりと会長の横をすり抜け、大和が廊下へと抜け出す。そこで目が合った。


「よぉ聖夜。俺と一緒にフケねぇか?」


「……」


 いや、ちょっと時と場所を選んで誘ってください。

 俺は生徒会の出張所で文化祭に向けた打ち合わせを生徒会のメンバーとしてきた帰りなわけで。そして生徒会のメンバーと言えば、選抜試験を受ける事無くクラス=Aの配属が決定している特別待遇の人間なわけなのです。つまりは全員がこの4階に自分のクラスがある。


「中条君、まさかサボったりしないよね?」


「あらあらあら、まあまあまあ」


「ふぅん、中条君にはお説教が必要かしらねぇ」


「そのまま永久にいなくなるのなら構いませんが」


「……う、うわぁぁ」


 結論を言うと、同僚に囲まれてるわけです。今。学園自治を任されている同僚に。


「ま、また誘ってください」


「あっそ。まあ、予想はしてたけどな。急にいい子ちゃんになりやがって」


 予想してたなら最初から言わないでくれ。それと、俺は生徒会に入ったからいい子ちゃんになったわけじゃねぇ。生徒会に入る前だって、授業をサボった事は……、サボった事……、あったな。残念、説得力が無い。

 俺の答えに大和は特に追及する事は無く、ひらひらと手を振りながら階段を上って行った。大和の午後の予定は屋上での昼寝で決まりのようだ。


「止めなくていいんですか?」


 クラスメイトとして。


「止めて欲しいのかい? この俺に」


「……いいえ、やっぱりやめておいてください」


 爽やかに聞き返してくる会長に俺は力無く首を振った。そうだ。この男に話しかけられただけで激昂する大和に、それは逆効果でしかない。それを何度もこの目で見ているからこそ、このクラス配置が嫌なのだ。

 まだこのクラス配置になって半月しか経っていないのに、この2人の仲裁に入った数は既に10を超えている。


「いやいや、でも中条君がこっちに来てくれてから助かってるよ。前は鈴音君に頼り切りだったからねぇ」


 全部人任せにしてんじゃねぇ。自分で蒔いた種は自分で処理しろ。

 ……と、声を大にして言いたい。

 もちろんそれを言ったところで何かが変わるわけでもない。この半月で会長と大和が聞いていた通り残念な関係を築き上げている事は身に染みて分かった。むしろ2人を近付けないようにする事が一番の方法だろう。







 今度こそ会長と蔵屋敷先輩に別れを告げ、同じクラス=A(クラスエー)、しかし2年3年と別々の教室へとようやく足を踏み入れる。

 新クラスとなって俺の頭を悩ます問題はもう1つ増えた。

 それは。


「お帰りなさ~い、聖夜君っ」


 自分の席に座っていたにも拘わらず、わざわざ立ち上がり俺のところまでぱたぱたと寄ってくる。

 鑑華美月(かがみはなみつき)

 舞や可憐と同じ、己の実力でクラス=A(クラスエー)の座を勝ち取った女子生徒。

 ポニーテールにした地毛である金髪が、その活発な動きに合わせてぴょこぴょこ揺れた。しかしその限りなく直線に近いなだらかな胸は、残念ながら微動だにした様子も無い。

 父は日本人だが母はアメリカ人。

 容姿は見ての通り母の遺伝子を色濃く受け継いだ、……かに思えたが一番重要な要素である胸だけは日本産。

 らしい(、、、)

 俺の考察じゃ無く、本人談。重ねて言うが本人談。クラス替えした初日、自己紹介をするなりカミングアウトされた情報である。


「お休みの時間なのに打ち合わせって大変だねぇ、お疲れ様っ!」


「……あ、ああ」


 容姿に似合わぬ流暢な日本語。それに対する違和感はもう無い。

 が、どうにも落ち着かない。


「近い!!」


 俺が言葉を発するよりも先に、俺の幼馴染でもある花園舞(はなぞのまい)が割り込んできた。鑑華を押しのけて俺の目と鼻の先で叫ぶ。


「毎回毎回近いのよ、貴方は!!」


「え~、そうかなぁ。アメリカじゃこのくらい普通だよ?」


「貴方、アメリカにほとんど行ったこと無いとか言ってたわよねぇ!? 『私の国じゃ普通』ってスタンスは通用しないのよ!!」


「……ぶぅ」


 舞の正当な言い分に鑑華が口を尖らせた。

 クラス替えしてまだ半月しか経っていないのに、もうここまで言い合えるような仲になっている件について。

 舞の友達を作るスキルが上がったと純粋に喜んでやるべきか、それとも単純に犬猿の仲で両者相容れない関係だったのだと嘆いてやるべきか。

 非常に悩むところだ。

 ついでに。


「……お前も近いんだけど」


「っ」


 ちょっと本音を呟いてみただけだったが、舞から全力で睨まれてしまった。


「相変わらずモテモテですね。メイド最高の2番手さん」


「お前もうかかって来いよ。相手になってやるから」


 冷淡な声に凍てつくような視線で言う片桐は、俺の申し出には見向きもせずそのまま自分の席へと戻って行く。


「チャイムも鳴ってるしほどほどにね、中条君」


「……」


 苦笑いの副会長と無言で一礼するだけの花宮。それぞれ特に救いの手を差し伸べてくれる事も無く各自の席へと戻って行った。


「生徒会のみんなはクールだねぇ」


「お前がホットすぎるだけだからな、鑑華」


「あーっ!! また私のことファミリーネームで呼んでる!!」


「ええい、うるさい!!」


 堪忍袋の緒が切れてしまった舞が鑑華を振り払おうと手を伸ばす。しかし、鑑華はそれを見向きもせず軽やかに躱してみせた。


「私の事はファーストネームで呼んでってあれほど言ってるのにぃ!!」


「馴れ馴れしいのよ貴方は!!」


 お前も俺の気持ちを勝手に4割増しで代弁してんじゃねぇ。


「そうかなぁ。アメリカでは――」


「ええ普通でしょうね普通でしょうとも!! でもここはジャパン!! ジャパンなの!! ジャパンの風習に従いなさい!!」


「えーつまんないっ!!」


「はぁ!?」


「おい、お前ら。俺を抜いて勝手に盛り上がるのはやめ――」


「チャイム鳴ったの聞こえなかったのかな君たちはぁっ!!!!」


 振り向いた瞬間だった。

 視界が白一色に染められる。

 それが俺の眉間で砕けたチョークの粉末であると知ったのは、襲い来る激痛とほぼ同時だった。


「ぎいやああああああああああああ!?」


 突然の衝撃に負けた俺は、その勢いを殺せずそのまま床へと転倒する。後頭部を強かに打ち付けた。


「いってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


「聖夜!?」


「聖夜君!?」


 最近チョークの被弾率が上がっている気がするなぁ。こいつらのせいで。

 痛みを堪えながらも俺はそんなことを考えていた。







「今年も文化祭の時期がやって来たのですよ~」


 教卓をぺちぺちと叩きながらぽわぽわした担任が言う。

 選抜試験を終えクラス替えを行ってから担任は誰になるのだろうと考えていたら、何の因果か2年クラス=A(クラスエー)の担任は結局この人、THE・ぽわぽわの異名を持つ白石(しらいし)はるかだった。


 いや、良い先生なんだけどね。若干抜けてるし異名通りぽわぽわしてるしキレるとめちゃくちゃ怖いけどさ。


「文化祭は部活・委員会で出店するところもありますが、中心となるのはやはりクラスごとの出し物になります」


「きゃ~、クラスごとだって! 聖夜君頑張ろぅわぁっ!?」


「近いって言ってんのよってきゃあ!?」


 鑑華を挟んで俺の反対側に座る舞が即座に動いた。俺へと身体を寄せようとした鑑華を引っ掴み、自分の方へと強引に引き寄せる。結果、2人仲良く椅子から転げ落ちた。


「いったぁ……」


「つぅ、ちゃんと踏ん張りなさいよ……」


「……何やってんの、お前ら」


 それも教室の最前列で。

 俺の白けた視線に気付いたのか、はたまた自分の行動が小学生レベルのものだと気付いたのか、舞の顔が真っ赤に染まる。


「えぇと、今は授業中ではないですが一応ホームルーム中ですので。2人とも怪我が無いようなら席に着いてください」


「……は、はい」


「はいぃ……」


 白石先生の言葉に従い、2人とも素直に席に着く。

 かに見えたが。


「急に何するのよぅ、花園さん」


「何って、元はと言えばアンタが聖夜にちょっかいだそうとしてたからでしょ」


「それ、花園さんには関係ないじゃん」


「か、関係なくないわよ!!」


「あ、あのぉ……」


「関係あるの?」


「そ、そうよ!!」


「あのぉ」


「じゃあどう関係あるの?」


「え」


「あのー」


「どう関係あるの?」


「そ、それは……」


「えぇとですねぇ」


「それは?」


「だ、だから……」


「……」


「だから?」


「その……」


「……」


「その?」


「い、いわゆる……」


「うが――――――――っ!!!!」


「きゃあっ!?」


「ひゃあっ!?」


「今は私がお話してる最中なのです!! 何か言いたい事があるなら挙手するか廊下で話してなさーいっ!!!!」


 白石先生が爆発した。

 ……当たり前だ。


「もてもてですね」


「お前も口閉じてろ」


 後ろから冷やかすようにして呟く片桐に、振り返る事無くそう答えた。







「……お話を進めても?」


「……は、はい」


「すみませんでした」


 舞と鑑華、両者の謝罪によってホームルームは再開された。


「クラスごとの出し物とはいえ、クラス替えを行ってから人数に大幅なムラができてしまっていますからね。クラスは旧クラス。すなわち今まで一緒だった2年の元のクラスとなります」


「え――――っ!?」


 白石先生からの説明を受けて鑑華が飛び上がらんばかりに叫び声をあげる。横では舞が無言でガッツポーズをしていた。

 ……実に分かりやすい2人である。


「ど、どうしてそんなことするんですかぁっ!?」


「たった今白石先生が言っていただろうが……」


 このクラスの在籍者数はわずか7人。

 机は最前列の廊下側から順に可憐・俺・鑑華・舞、そして2列目(最後部とも言う)に副会長・片桐・花宮。はいおしまい。これが冗談なんかじゃない本当だから笑えないのだ。もっとも現3年のクラス=A(クラスエー)の在籍者数は3人。これよりも人口密度が低いのだからもはや逆に笑うしかない。

 そんな少人数でできる出し物など、たかが知れているわけで。


「ま、正当な理由だったってことだな」


「そ、そんなぁ……」


 鑑華はがっくりと肩を落とすのだった。







 ところ代わって旧2年の教室へ。

 今日の午後の授業が丸ごとホームルームにすり替わっていた事実に加え、旧クラスで出し物をするという内容自体は生徒会の話し合いで聞いていた為、特別驚くようなこともない。文化祭まであと2週間ほど。今日は出し物を共にする旧クラスとの顔合わせの時間というわけだ。

 別館から新館へと移動する。


「……まだ半月ほどしか経っていないのに妙な懐かしさを覚えるのは俺だけか?」


「ふふ、私もですよ」


 俺の独り言に、綺麗な黒髪をなびかせながら可憐が乗ってくれた。


「ま、文化祭の準備時間のみとはいえ、あのうるさいクラスに戻るってので多少面倒臭くはあるけどな」


 将人、修平、とおるとまた馬鹿をやれるのは嬉しい。が、その分、平和だった日常も――、


「うぇーん文化祭が一気に楽しみじゃなくなったー!!」


「そお? 私は一気に楽しみになったわ」


「なにおぅ!?」


 ……。


「いや、騒がしさは変わらないか」


「……そうですね」


 俺の結論に、可憐はやや曖昧ながらも頷いた。







 さて。「聖夜君、今日何か予定ある? 生徒会とか無いなら一緒に帰ろうよ!」「うっさい!!」「何で何で何で? 花園さんには関係ないじゃん!!」「いいからとっとと自分のクラスに行けぇ!!」なるやり取りをBGMと割り切りスルー、懐かしの2年A組の教室へと足を踏み入れる。生徒会メンバーも何やら後ろから冷やかしていたようだが右から左へと聞き流した。旧クラスに生徒会メンバーのクラスメイトはいない。ここから先は不可侵の領域だ。


「おぉ!? 来たぞ来たぞこのクラスで一番のエリート組が!!」


「1人で勝手に大躍進した裏切り者もいるぞ!!」


 おい、それはまさか俺の事じゃないだろうな。


「中条君久しぶりー!」


「にーばんて! にーばんて!」


「エンブレム! エンブレム!」


「せーいとかい! せーいとかい!」


「意味分からんコールをやめろ!!」


 相変わらずなノリのクラスだった。安心したわ。

 あの時のままの席順なのだろう。俺も今まで使っていた窓際一番最後部の席へと進む。隣だった可憐もついてきた。……舞はまだ教室の外で怒鳴り散らしているようなので気にしない事にする。


「よぉよぉよぉ調子はどうだい大将」


 席に座るなりニヤニヤ笑いで近付いてくるアホ3人。その先頭に立つ将人を軽く睨み付ける。


「調子もなにも、昼飯一緒に食ったじゃねーか」



「ははは! まあそう言うなって!! またよろしくやろうぜ!!」


 バンバンと強めに肩を叩かれる。別に悪い気はしない。クラス替えしたからといって付き合いが無くなったわけじゃない。昼食は一緒に食べるし放課後何も無い日は寮に戻って馬鹿騒ぎしたりもする。

 けど、やっぱり同じクラスで何かするってのはまた別のワクワク感があるものだ。

 授業自体はクラス替え(シャッフル)後の新クラスで行われるが、こうした文化祭関連の時間は旧クラスでの活動となる。せいぜい楽しませてもらうとしよう。


「……はは」


 学生、やってるなぁ……俺も。

 これまでの日々が嘘みたいに。


「どうした? 急に気色悪い笑み浮かべやがって」


「気色悪いはよ――」


「あああああああああ!! 何なのよあの女ぁ!!」


 余計だ、と続けようとしたのだが。

 凄まじい音を立てて教室の扉を閉め、喚きながらこちらに向かって来るどう控えめに見てもイっちゃってる女子生徒のおかげで最後まで言えなかった。将人・修平・とおるがそっと道を譲り可憐がさりげなく席をずらす。


 この裏切り者どもめ。

 超至近距離まで接近してようやく足を止めた舞を見上げる形で、とりあえず言ってみる。


「お前の席、ここじゃないけど」


「何なのよあの女は!! 貴方、あの女に何したわけ!?」


 俺の発言は完璧に流された。


「いや、あの女が何なのかは俺よりもお前の方が知っているはずだろう」


 途中参加である転校生の情報量ナメんな。何も無いわ。


「……鑑華さんがお気に入りを見つけたって噂、本当だったんだね。半信半疑だっ――ひっ!?」


 ぼそりと呟いたとおるを舞は一睨みで黙らせた。改めてこちらへと向き直る。


「何なのよあの女は!! 貴方、あの女に何したわけ!?」


 仕切り直しをご所望らしい。


「……何したもなにも。クラス替え(シャッフル)初日からあんな感じだっただろうが」


 それしか言いようがない。どこをどう間違ってあそこまで気に入られた(?)のかまったく分からん。


「困惑してるのはむしろこっちなんだぞ」


「そりゃあ!! ……そうかも、……しれないけどさ」


 徐々に冷めてきたのか舞の語尾が弱まる。口を尖らせつつも納得がいかないという表情の幼馴染に苦笑しつつ、試しに切り出してみることにした。


「お前こそ何か知らないか? あいつの態度について」


「知らないわよ」


 即答だった。


「……質問を変える。あいつのことで何か知っていることはないか?」


「知らないわよ。だってあいつのこと嫌いだし」


 ……。


 本当にどうしようもない。


「学園のマドンナだか何だか知らないけどさ。気に食わないのよ」


 ……知ってるか。人はそれを嫉妬って呼ぶんだぜ。

 同じような理由で可憐も嫌ってなかったかお前。


「……まあいいわ」


 うんざりしている俺を尻目に1人で折り合いをつけたのか、舞が髪を払いながら言う。


「とにかく、あの女には注意してよ」


 ……何に注意しろと。

 そう思ったがこれ以上言い合いしても無駄だと判断し、適当に相槌を打っておくだけに留めた。

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