第0話 魔法文化祭とは
「文化祭だ」
我らが生徒会長。
あのいつもの不敵な笑みに何を考えているか見当もつかないハイスペックな頭脳を持つ御堂縁は、本日の議題をこの上なくシンプルに切り出した。
「我々はこの一大イベントを陰ながら、しかし華麗にスマートに成功へと導く義務がある」
「……」
俺の白けた視線に気付いたのか、会長がこちらに矛先を向けてくる。
「分かったかな? 新入りの中条聖夜君」
「……少々アレな物言いですが、言いたい事は伝わりました」
「そんな緩んだ調子じゃ駄目よ」
パラパラと手元に置かれた資料をめくりながら、生徒会副会長にして会長の妹君である御堂紫が注意してきた。
「学園祭は一般来場者が多数お越しになる催し物ですから。油断は禁物ですよ」
副会長の言葉に続くように、俺の隣に腰掛けていた生徒会の切り込み隊長・片桐沙耶がそう付け加える。
「まあ、第三者からの評価ってのも大事だからな」
「そうではない」
「へ?」
ズバンッと小気味のいい音が聞こえてきそうなほどの切れ味で、俺の意見は会長に両断された。思わず呆気に取られて可笑しな声が出る。その光景にクスクスと笑いながら会計の蔵屋敷鈴音が口を開く。
「気にする事はありませんよ。中条さんの言い分は正解ですわ。但し、半分は、ですが」
「……えっと、その。一般来場客を招くにはですね。学園に随時張り巡らされている結界を、一時的に排除する必要があるわけでして、その……」
「学園を支えるセキュリティが消える日として、同時に1年で最も警戒しなければいけない時期なのよ」
おどろおどろと説明してくれた書記の花宮愛の言葉を引き継ぐように、副会長が補完した。
なるほど。1年で唯一、青藍のセキュリティが緩む日ってわけか。
それを聞いて脳裏を過ぎるのは、やはり俺がこの学園へと転入するきっかけとなった事件。
俺のクラスメイトである姫百合可憐が狙われた誘拐騒動。
犯行は未然に防いだし、周知される事の無かった事件だが……。確かにセキュリティが緩むと言うのであれば、多少の警戒は必要なのかもしれない。
「そこまで構える必要は無いけどね? 当日行われるのは文化祭。別に治安を損ねるような事をするわけじゃないんだし」
俺が思案気な顔をしたのが気になったのか、副会頭が明るい声でそう話す。蔵屋敷先輩も「それはもちろん」と付け加えた上で。
「けれども、それなりの警戒体制は敷く事になりますわ。別の魔法学園からのちょっかいというのもありますからね」
そうのたまった。
「……別の魔法学園からのちょっかい?」
「ああ、そう言えば中条君は帰国子女だったね。日本の各学園におけるパワーバランスとか分からないのは当然か」
俺の疑問に会長はうんうんと頷いた。
「日本には魔法を扱う学園がいくつか存在する。が、その中で魔法のみを専門に扱う学園は3つしかない」
会長が3本の指を立てる。
「青藍、紅赤、そして黄黄。他も魔法科として一応の場を設けているところはあるが、正直お話になるレベルじゃない。先3つの影響力が強すぎて有望株が入学しないんだ。どの家庭だって、マイナーな所へ進んで我が子を進学させようとは思わないからね」
だからこそ3つの学園はお互いを過剰に意識し合い凌ぎを削ってきたのさ、と会長はその生徒の一員であるにも拘わらず他人事のようにそう評価した。
「歴然とした差がこの3校より下に広がっている。青藍がエリート校と呼ばれるのも、ある意味では当然というわけだ」
「へぇ……」
こっちはあの女の指示で強制的にこの学園へとやってきたからな。日本の勉学環境なんざ初耳だ。
「その過剰に意識し合って、っていうのがネックなのよね」
綺麗に輝く銀色の髪を撫でながら副会長がため息を吐く。
「学園のその姿勢は生徒も敏感に捉える。それは自己成長を促すという良い変化も与えれば、その逆も然り」
「どういう事だ?」
「それがこういったセキュリティの緩む時に形となって表れる、という事ですよ」
片桐が言う。
「手っ取り早く、且つ簡潔に言うならば嫌がらせのようなものでしょうか」
「……嫌がらせ?」
「文化祭を訪れる方々の中には、受験を控えた親子様も多数来場されますわ。視察……という言葉は少々仰々しいですが、つまりは下見ですね。どのような学園かを肌で感じる機会というものは、そう無いですから」
……蔵屋敷先輩の言葉で言いたい事が見えてきた。
「そ、そこで……不手際を露見させてイメージダウンを図ろうとする人も、いるんです」
花宮が恐る恐るといった風情でそう口にした直後、会長が拳でテーブルを叩き付けた。
「ひっ!?」
不意を突かれた花宮が3cmくらい飛び上がる。
「我々はその非道を断固として阻止する!!」
……無駄に熱い言葉が飛び出した。
「ソウルが足りないぞ、中条君!!」
お前には自制心が足りてないけどな。
もちろん口には出さない。
俺が心底残念そうな視線を向けているのに、同じ肉親として恥ずかしく思ったのか。
副会長は会長を押しやるように身を乗り出した。
「まあまあ、兄さんは置いといて。警備はするけど生徒会だってそれなりに文化祭は楽しめるわよ? 出店や喫茶店、はたまた魔法を使ったイベントまで。毎年面白いものが目白押しなんだから!」
「ほう?」
これまで学生として生活するという当たり前の事をして来なかっただけに、実のところちょっとワクワクしてはいる。同年代の『当たり前で平凡な生活を送ってきた』学生が、どんな発想でどんな事をするのか、という事には興味がある。
日本の文化が誇るというメイド喫茶とやらも見学できるのだろうか。
「ちなみに、中条君の考える文化祭の王道ってのは何なんだい?」
「へ? メイド喫茶とかですか?」
「ぶっ!?」
優雅な仕草でティーカップを口に付けていた副会長が黄金色の液体を噴き出した。盛大に咳き込みながら、花宮からさっと差し出されたポケットティッシュを鷲掴みにして目にも留まらぬスピードで後始末を始める。
丁度考えていた単語をただ口にしただけだったが、予想外のリアクションだった。
「中条君」
「は、はい」
大慌てでテーブルを掃除する副会長を尻目に、やたらと力の篭った声で俺の名を呼んだ会長へと意識を向ける。
「この生徒会館という場所。文化祭の議題を扱う会議という状況。そして、男女比率において圧倒的に不利であるという環境。これだけの条件下で、その魅惑的な単語を躊躇いなく口にした君に敬意を表する」
生徒会長専用席である上座から立ち上がり、俺のところへと真っ直ぐ向かって来る会長。俺の手を両手で握りしめ、会長は真摯な目付きでこう言い掛けた。
「暫くの間は、君の事を『師匠』と呼ばせてぶばっ!?」
「一遍沈め!!!!」
あたかもスローモーションのように流れる光景だった。
生徒会館に備品として置いてあったCDコンポが、俺の目と鼻の先で会長の側頭部に激突した。
「……ここまで、……か」
無駄に格好良いセリフを吐きながら会長が崩れ落ちる。
青藍魔法学園において最強の名を冠する“1番手”が。
――――亡き者になった瞬間だった。
「あらあらあら、まあまあまあ」
会計にして“3番手”であるところの蔵屋敷先輩は、穏やかな表情は少しも崩さずむしろ優雅に手で口元を隠して笑っている。花宮は突然の出来事に口をパクパクと動かすだけで、片桐に至っては両目を瞑って瞑想しているだけだった(もしかすると既に黙祷をしていたのかもしれない)。
元凶を作り上げた副会長は、肩で息をしながら視線をギロリと俺の方に移す。
「中条君」
「はいっ」
条件反射。脊髄反射で返事が出た。
「歯、喰いしばりなさい?」
数秒後、俺の頬にもみじが咲いた。