第18話 居場所
☆
片桐を背負ったまま昇降口を抜けると、そこにはまさかの生徒会メンバー全員が集合していた。
「……げ」
俺の耳元で片桐がらしからぬ声を出す。
その理由はすぐに判明した。
「あらあらあら、まあまあまあ」
蔵屋敷先輩がこちらを見て目を丸くしている。正確には俺の背中に乗っかっている片桐を見て、だが。
隣に立っていた副会長と目が合う。にんまりと笑われた。
……嫌な予感しかしない。
「お」
もはや確信しか持てぬ悪寒を感じたところで、耳元に再び声。
「お?」
「下ろしてくださいっ!?」
「うおっ!? だからいきなり暴れんなつってんだろ馬鹿!!」
突如暴れ出した片桐を落としそうになる。
「馬鹿!? 馬鹿とはなんですか馬鹿とは!?」
「馬鹿の意味すら知らないなんて本当に馬鹿だな!!」
「なっ、な、なっ!? 何ですってぇ~!?」
大暴れから一転、わなわなと震えだした片桐をここぞとばかりに下ろしてやった。思いっ切り飛び退かれる。
そして。
「きゃんっ!?」
思いっ切りすっ転んだ。
当たり前だ、なんで俺が背負って来てやったと思ってる。
「ピンクねぇ。まあ意外だが悪くは――おぅっ!? あっぶなっ!?」
盛大に捲くれ上がったスカートの中身を批評したら、木刀を何の躊躇いも無く投擲された。
顔面スレスレを通り過ぎる。
「何しやがる!!」
「貴方がその台詞を吐きますか!?」
「試験中もちょくちょく見えてたんだから今更だろうが!!」
「なぁぁぁぁぁっ!?!?!?!?」
片桐の顔が一瞬で真っ赤になった。口をパクパクとさせているが声が出てこない。どうやら良い言葉が見付からないらしい。
「……そろそろ口を挟んでもいいかな?」
「え? あ、はい」
「~っ!? ひゃあっ!?」
すっかり存在を忘れていた外野(生徒会長)から声が掛かる。片桐は慌てて立ち上がろうとしてやっぱりまた転んだ。副会長と花宮に助け起こされている。
「ふふふ。……詳しいお話は後でじっくりネ」
「な、何もお話しする事などありませんっ!!」
……なにやら不穏なやり取りが聞こえたきがしたが、聞こえなかった事にした。
改めて、掛けられた声の方へと振り返る。
「ご苦労様、中条君」
「お疲れ様ですわ、中条さん」
「……どうも」
会長と蔵屋敷先輩。2人からの労いの言葉に頭を下げる。
「大丈夫なんですか?」
「ん、何がだい?」
「いや、試験補佐ですよ。生徒会役員全員抜けちゃってるじゃないですか、今」
「大丈夫か大丈夫じゃないかと問われれば、もちろん大丈夫じゃないね!」
……おい。それ胸張って言える事じゃないからな。
「けれどね」
含み笑いを漏らす蔵屋敷先輩を目で制した会長が続ける。
「強制的に仕掛けた試験を無責任に投げ出したりするような真似、流石に俺でもしないよ」
「……そうスか」
いつもなら嘘つけと切り捨てるところなのだが。舞や可憐からこの人の話を聞いてから、どうも扱いに困るようになってしまった。
「モニター越しではございますが、拝見させて頂きました」
蔵屋敷先輩に苦笑いで応える。
さぞかし愉快な試験内容が映し出されていた事だろう。俺なんか油断したせいで初っ端から幻術をかけられている。あまり使うなと言われていた“魔法の一撃”もそれなりに使っちまったし。
唯一の救いは、無系統の存在を匂わせずに済んだ事くらいだ。
「愛ちゃん、アレをこっちに」
「あ、はい」
支えていた片桐を副会長に任せ、花宮が脇に避けてあった紙袋を持ってくる。それを受け取った会長が俺の方へと向き直った。
「中条聖夜君」
「……はい」
「試験は見させて貰ったよ。実に見事だった。呪文詠唱ができないというハンデを抱えながらも、ここまでひた向きに己を鍛えてきた結果が出たわけだ。まさか本当にあの沙耶ちゃんを抑え込んでしまうとはね。まったくもって素晴らしい」
「……どうも」
まさかこの人からこれほどまでに称賛される日が来ようとは。
会長から紙袋が差し出される。
「これを受け取ってもらえないだろうか」
受け取り、中を覗いてみた。
「これは……」
中には綺麗にラッピングされた真新しい制服。見た目は俺が着ている物とまったく変わらない。
違う点を挙げるとすれば。
「その制服はね、それそのものに対抗魔法回路が仕込まれている特注品なんだ。我々生徒会というものは、準備時間すら満足に与えられぬまま荒事に駆り出される事が多いからね」
試験前に副会長たちが言っていたやつか。
「加えまして、こちらを」
一歩前に出た蔵屋敷先輩からも何かを差し出される。
その掌の上に乗っているのは、立派な鍵と小さくも綺麗に輝くバッヂ。言われずとも分かる。
生徒会館の鍵と、生徒会の紋章だった。
会長を見る。
普段のお茶らけた表情ではない、真面目な表情をしてこう言った。
「色々と試すような真似をして済まなかった。数々の非礼をここで詫びる」
一瞬目を疑った。
まさかこの男が公衆の面前で頭を下げるとは。
周囲の学園生がざわめく。それには見向きもせず、会長は真っ直ぐに俺を見ながら続ける。
「君さえよければ。是非、我が生徒会の一員になって欲しい」
「……」
会長らしからぬその態度と物言いに面食らう。舞や可憐からこの男の過去話を聞いているだけに、良くできた演技だと割り切る事ができない。そのせいで、自分の事であるはずなのに何と言っていいのか分からなくなってしまった。
そわそわと周囲に目を走らせる。副会長と目が合った。
「遠慮は不要、立場は逆転してるわ。今度は貴方が試す番。この生徒会が、貴方にとって入る価値のある組織かどうか」
笑みを浮かべながら彼女は言う。
「聞かせて? 貴方の、貴方だけの答えを」
答え。
この先、生徒会としてやっていくかどうか。
おいおい。
そんなものはもう決まっているだろうに。
生徒会にいなければ俺の学園生活は守れない。呪文詠唱ができない俺がクラス=Aに在籍し舞や可憐と肩を並べて歩くには、どうしても生徒会という地位が必要だ。
そう。
この問いに拒否権など無い。
夜遅くまで残らされるし。
急な無茶振りは日常茶飯事だし。
遠い本拠地まで1日何往復しているのか数えるのも億劫になるし。
会長からは何かと小言を言われるし。
教師からもパシリにされた。
そんな死ぬほど面倒臭い日常。
もし。
もし俺に呪文を詠唱する能力があり、生徒会の地位に頼らずとも選抜試験がこなせていたら。
そしたら俺は絶対に――――。
絶対に……。
……。
どうだろう?
すぐに答えを出せぬ自分に意外感が隠せない。
もし。
俺に詠唱する能力があって。
自力でこの学園でやっていけたとしたら。
俺は絶対にこの生徒会には関わらなかったと言い切る事ができるだろうか。
生徒会に入ってからこれまで。
嫌な事しか無かったか?
面倒臭い事だらけだったけど、本当に何も得るものは無かったか?
……。
いや。
そんな事はないだろう。
副会長の淹れてくれる紅茶は美味しかったし。
何かと蔵屋敷先輩は手を焼いてくださったし。
事務仕事は俺の目の届かないところでちゃっかり花宮がフォローしてくれたし。
片桐との掛け合いは面白かった。
いつの間にか。
生徒会という組織が、俺の居場所になってくれている気がして。
そう、いつの間にか。
本当にいつの間にか。
放課後生徒会館へと足を運ぶ事が、強制では無くなっていた。
面倒臭いと思いながらも、どこかでそれを楽しんでいる自分がいた。
ああ……だからなのか。
思う。
選抜試験を前に、生徒会館へ来なくていいと言われたあの日。
放課後覚えた妙な違和感。
あの謎がやっと解けた。
無意識の内に、生徒会館へ行く事が当たり前になっていたのか。
「俺は……」
これまで、決して普通とは言い難い特殊な日常を送ってきた俺だけど。
俺もなれるのだろうか、普通の学生に。あの女から与えられた、気まぐれで気休めの休暇ではあるけれど。
あと少し。ほんの少しでいい。
普通の、日常を。
何も特筆すべき事など無い平和な日常と言うやつを、俺も送っていいのだろうか。
会長へと視線を戻す。
こんなに真面目な顔が続いているのも珍しいのではないか。そんなくだらない感想を抱きながらも、素直に頭を下げた。
「これからも、よろしくお願いします」
静寂。
そして。
「中条君」
頭を上げて振り返る。
そこには満面の笑みを浮かべた副会長がいて。
「ようこそ!! 青藍魔法学園生徒会へ!!」
両手を広げて、そう言ってくれた。
「あうっ!?」
「ああ!? 沙耶ちゃんごめんっ!?」
隣で力無く崩れ落ちる自立できない片桐。どしゃりという音を立てて地面へと突っ伏した。副会長が慌てて助け起こす。
……何ともまぁ決まらない、副会長らしい感じだった。
「聞こえたかい、鈴音君! 中条君が我が生徒会に入ってくれるそうだよ!!」
「ええ、そのようですわね」
「よっしゃぁぁぁぁ!! 正規パシリ要員ゲットぉぉぉぉ!!」
「はっ!?」
聞き流せない単語が聞こえてきた。
「ちょっとちょっと、パシリって何ですか!?」
「ははは、いや、なに。これまでは男手は俺1人だったからねぇ。力仕事とかどうしてもサボれごほごほっ、もとい部下に任せられない仕事もあったわけだけど。いやぁ良かった良かった」
「今サボれないって言った! サボれないって言っただろ!!」
会長の胸倉を掴もうとしたが、そのまま払われ転がされてしまった。
「はははははっ! そんなボロボロの身体で俺に勝とうなど、片腹痛いぞ中条君!」
「…く、くそ」
若干ぎこちない動きだった事は認めるが、これほどまでに簡単に対処されるとは思わなかった。
正直、ショックを隠せない。
「分かるかい、中条君。上にはね、上がいるんだよ」
……ム。
ムカつく、コイツ!!
「はっはっはっ! これからも生徒会へ尽力してくれたまえよ」
こ、この男。こっちが下手に出てみれば……、ん?
そこで思い出した。
「あ、そうだ」
ポンと手を叩く。
「ん? どうしたんだい、中条君」
怪訝な表情を向けてくる会長に、爽やかな笑みで告げてやる。
「賭け、俺の勝ち。一発殴らせろ」
☆
「はぁーはぁーっ、くそぉ……」
「おやおや、もうバテてしまったのかい? まだまだこれからだろうに」
「こ、こっちは、既に……一戦、ごほっ、こなしてるんですよ……」
へたり込む俺を見下ろすように会長が立つ。
「いやぁ残念だなぁ。今日は一発くらい貰ってあげてもいいと思ってたんだけど」
「……じゃあ顔寄せて歯喰いしばれ」
「はは。とは言え無抵抗で殴られるのはポリシーに反するんだよ」
ムカつく笑みでそう言ってくる。
駄目だ、今すぐぶっ飛ばしたい。身体さえ、身体さえちゃんと動けば!!
「ま、“青藍の1番手”として最低限の誇りくらいは持っていると考えてくれ」
「……ちっ」
最低限の……、ねぇ。
「はいはい、それでは切り上げると致しましょう。選抜試験はまだ続いているのですからね。各自持ち場へと戻って下さい」
蔵屋敷先輩が手を叩きながら俺と会長の間に割って入った。
「沙耶さん」
「は、はい」
蔵屋敷先輩は片桐へと目を向け、微笑みながら続ける。
「貴方はここまでです。後の仕事は中条さんに代わって頂きなさい」
「え……? なっ!? そ、そんな事っ」
「構いませんよね? 中条さん」
片桐の言い分を丸ごと無視してこちらを向く蔵屋敷先輩。
「まあ、俺は構わないですけど。……いいんですか?」
「何がです?」
「俺が試験補佐に加わって、ですよ」
いいのだとしたら、今日の現場待機はいったい何だったのだろうか。
「もちろん。そうでございましょう? 会長」
「無論だよ」
会長が頷く。
「今までの君は見習いだったからね。いざこざが起こったとしても、俺たちが介入するには限界があった。けどね」
会長はいつも通りの隙の無い不敵な笑みを浮かべた。
「君はもう正式に生徒会の一員になった。君の発言・行動には一定の力がある。生徒会役員の証言は、証拠が無くても採用されるからね。だから遠慮無くいざこざを起こして貰って構わなぶぼっ!?」
「はーい、不謹慎な事を言う兄さんはちょっと黙りましょうねー」
「……」
片桐を花宮に任せ、いつの間にやら会長の下へと迫っていた副会長は、景気の良い一発をぶち込み会長をダウンさせた。
「……思うんだけど、副会長って会長より強いよね」
こうもあっさり一発決めてしまうとは。
「え!? い、いやいやそんな事は、オ、オホホホホホ」
「妹の愛は受け止める為にあるんだよ」
「うおっ!?」
前触れも無くむくりと起き上った会長に軽くヒく。
「ともあれ、中条君は正規パシリ要員という事で」
「ふざけんな」
簡単にまとめて終わろうとする会長を押し留める。
冗談じゃない。
「細かい男だな君も。見習いがパシリに変わるだけじゃないか」
「細かくないよね? 俺間違ってないよね?」
「そこまでにして下さい」
蔵屋敷先輩がもう一度手を叩いた。
「これ以上先生方に負担を強いるわけにはまいりませんわ。各自早急に持ち場へと戻ること。会長も初めて同性の後輩ができたからといって、浮かれすぎないように」
「……ちぇ」
ちぇじゃねぇ。
「中条さんはまず、沙耶さんを保健室に連れて行ってあげて下さい」
「ちょ、わ、私は」
「はいはいはい~、沙耶ちゃん意地張るのはやめましょうね~」
「う、わ、わ、やめて下さいっ、副会長!! これ以上あの男に借りを作るわけにはっ」
「いいから乗れ」
強引に俺の下へと連れて来られる片桐へ、背を向けて屈んでやる。
「の、乗れ!?」
「ここまでもおぶって来てやったろうが。今更何を恥ずかしがって――」
「あー! あー! あ~!!」
……どうやら無かった事にしたいらしい。
「と、とにかくですね、これ以上貴方にですね、借りを作るのはですね、私は」
「なら問題無いだろ」
もはや自分でも何を言っているのか分からなくなっているのだろう。目をグルグルと回しながら弁明を続ける片桐に言ってやる。
「もう俺は正規役員。仲間だ。仲間の間に貸し借りはねーよ。あるのは助け合いだけだ」
「っ!?」
片桐がピタリと押し黙る。
「……へぇ」
「……ほうほう」
ニヤニヤとわざとらしい相槌を打つ馬鹿二人(生徒会ツートップ)は無視。ニコニコと無言のプレッシャーを掛けてくる蔵屋敷先輩も見なかった事にした。もちろん、その隣でそわそわしている花宮も。
「……こ、これで勝ったと思わない事ですね」
「思わねーよ」
「これで優位に立てたと思わない事ですね」
「……思わねーって」
「これが貸しだとは思いませんからね」
「しつこいな!!」
なおもぶつぶつと呟きながら片桐が俺の背に乗る。どれだけ負けず嫌いの意地っ張りだ。
「それでは中条さん、お願い致します」
「はい。保健室の後はどこへ向かえば?」
「そうですわね。……一度出張所の方へお願いしますわ。私、そこにおりますので」
「分かりました」
片桐を背負ったまま歩き出す。
「中条君」
「はい?」
会長に呼び止められ、振り返る。
「色々とあったが、これからもよろしく頼むよ」
「……はい」
改めて言われると、こそばゆい。気恥ずかしさを押し殺すように、俺は歩を速めた。
「中条さん」
「……何だ?」
耳元で、声。
「旧館から出るときは貴方は正規役員では無かったわけですから。そこは助け合いでは無いですよね。その分の借りは後ほどお返しします」
「律儀だな!!」
★
「くそっ、くそっ!! 何なんだよいったい!!」
約束の泉から本館へと繋がる山道で、男子生徒が悪態をつく。
「な、なあ、もうやめようぜ? あいつに関わるのは……」
「ああ!? ふざけんな!!」
4人組の内、外側を歩く1人がそう持ちかけた瞬間、初めに悪態をついていた男子生徒が激昂した。
「出来損ないだぞ!! あいつは出来損ないなんだ!! なぜあいつが『番号持ち』の証を持ち、生徒会に入れる!? くそっ、認められるか!!」
「お、おいおい。落ち着けよ……」
「これが落ち着いていられるかよ!!」
「うわっ!? ああああっ!?」
宥めようと近寄った男子生徒が、激昂している男子生徒に突き飛ばされ階段を転がる。
「お、おい!?」
「お前っ!!」
「ざけんな!! お前らがぬるい事言ってるからだろうが!! くそっ!! 何が生徒会だ!! 何が2番手だ!! 皆役立たずじゃねーか!!」
そんな暴言に、声。
「……ほぉう?」
「げっ!?」
「え? お、おいおいおいおいおい!?」
「あ? ……なっ!?」
その場にいた全員が息を呑む。階下には転がって来た男子生徒を足で受け止める大和がいた。
「何だぁ? 人間使ってサッカーかよ。随分と斬新な事やってんじゃねぇか」
「う……ぐっ」
大和の足元で男子生徒が呻く。相当強く段差に打ち付けたのか、身体を丸めて蹲っていた。
「……や、やばいだろ」
「どうすんだよ……」
「どうもこうもねーだろう」
大和を見下すように男子生徒は叫ぶ。
「あの欠陥品が勝てたんだ!! 俺らでも勝てるに決まってる!!」
「……あぁ?」
大和を纏う空気が変わる。転がっていた男子生徒は痛む身体に鞭を打ち、そのまま階下へと駆け出した。
「あ、あいつ逃げやがったぞ!?」
「……はは、逃がすわけねーだろ」
大和が鼻で嗤う。
「あぐぅっ!?」
直後。
大和の後ろで階段を駆け下りていた男子生徒が、何の前触れも無く地面へと叩き付けられた。
「はっ!?」
「あ、あの男、何したんだ!?」
「くっ!? お前ら、構えろ!!」
残る3人がそれぞれMCへと手を伸ばす。大和はそれを冷めた目つきで見つめていた。
「……聖夜の野郎」
目の前の男子生徒に向かってではない。ここにはいない人物に向けて大和はぼやく。
「何が俺に任せてくれ、だ。全員五体満足じゃねぇか。言ったよなぁ、俺は腸煮えくり返るくらいには苛立ってるってよぉ」
「――うっ!?」
「――ひっ!?」
「――なっ!?」
大和から発せられる有無を言わさぬ威圧感に、対峙する3人が硬直した。
「皮肉なもんだよなぁ」
大和が口元を歪めながら一歩を踏みしめる。同時に3人が一歩後退した。
「呪文詠唱できないってだけで、自分よりクズな連中に見下されちまうんだから」
「や、やめろ……」
震える声で男子生徒が口を開く。
「わ、分かってるのか」
「あ?」
大和が一歩進むたびに男子生徒たちは一歩下がる。震える声でなおも侮蔑の眼差しを向けてくる男子生徒に、大和は眉を吊り上げた。
「こ、ここで俺たちに手を出せば、お前はお終いなんだぞ」
「……」
その言葉に硬直する大和。しかし、その反応を見て男子生徒が安堵の笑みを浮かべるより先に、大和が笑い出した。
「ははははははははははっ!!!!」
「~っ!?」
それだけで3人の内1人が腰を抜かした。段差に酷く腰を打ち付けていたが、それでも動きを止めようとはせず必死に段差を這い上がろうとする。
「何だぁ、その腑抜けた台詞はよぉ! 俺に勝てるんだろ? 手ぇ出したら終わりなんざ、寂しい事言ってんじゃねーよ!!」
「ひっ!? ひっ!? ひっ!?」
残る2人の内、もう1人も腰を抜かして後ろへと倒れ込む。
この使えない奴らめ。
そう思った最後の1人も、既に膝が笑っていた。
眼前に迫る脅威は、直接手を下さずとも2人の魔法使いを無力化してみせた。その圧倒的な戦力差に男子生徒は絶望する。
それでも。
「負ける、わけねぇ。負けるわけ、ねーんだ。こんな、こんな欠陥品に負けるような、……脳筋野郎になんざぁぁぁぁ!!」
男子生徒は死力を振り絞って駆け出した。長髪をゆらりと揺らしつつも回避の姿勢をまったく見せぬ大和に対して、大きく拳を振りかぶる。
「ああああああああああ!!」
そして。
「あ?」
大和が顔をしかめた。それは決して痛みからくるものではない。
むしろそれは。
「ぎゃああああああああああああああああああああっ!?」
殴りかかったはずの男子生徒が拳を抱えて蹲る。襲い来る激痛に呻き、階段を転がり落ちていく。
「おいおい、身体強化くらい使ってから来いよ。俺たちゃ格闘術身に付ける為にここへ来てるわけじゃねぇだろうが」
無系統“装甲”魔法の強度は、通常の身体強化魔法による防御力を遥かに凌駕する。熟練の魔法使いが身体強化魔法を使用しても、貫けるか分からぬほどの強度を有しているのだ。そんな相手に魔力も纏わぬ生身の拳で突貫すれば、当然。
「ああああああああああっ!?」
こうなる。
「あぁ、そうか。聖夜が特別なんだっけ。くそ、これが普通のレベルだったか。しくじった」
もはや他から生じる痛みに構っている余裕すら無いのだろう。拳を抱えた男子生徒は、叫び声を上げながら階段を転がっている。
「ヒビくらいは入ったかもな。割れちゃいねぇだろ。あんな腰の入ってねぇヘナチョコパンチでそんなダメージ負うはずがねぇ」
「あ、あぅあぅあぅ」
「ひ、ひいいっ」
大和が残る2人へと目を向ける。早々に腰を抜かした2人の顔は、既に涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
「よぉ」
そんな2人に向けて大和が声を掛ける。それだけで2人の肩は跳ね上がった。
「お前ら、今の一部始終見てたな?」
「あ、え、う……」
「い、いやだ、いやだ、……あ、ああ」
「見てたよな?」
もう一度、今度は少しだけ語尾を強めて問うと、2人は素直に頷いた。
「よーしよし。んじゃ、確認だ。今までのやり取り、全部俺から手を出してはいなかったな?」
頷く。
「全部こいつらが勝手に手を出してきて、勝手に自滅しただけだな?」
激しく頷く。
「よし」
大和は満足そうな笑みを浮かべると、ドスの効いた声で止めを刺す。
「とっとと失せろ。次に下らねぇ真似してみろ。今度こそ捻り潰すからな」
尻餅を付いていた2人はこれまでが嘘のように跳ね上がり、転がった2人の男子生徒を引き摺りながら姿を消した。