前へ次へ
59/432

第16話 グループ試験③

年末年始連続投稿第3弾!!




 舞と可憐は残る2人を探して、直ぐに階下へと足を向けた。

 そして。


「見付けたぁ!!」


 未だに2階から動いていなかった2人を発見するなり、舞が魔法球をぶっ放す。


「うひゃいっ!?」


 紫は気の抜ける叫び声をあげながらそれを回避した。


「いきなり何するのよ!! 危ないわねっ!!」


「敵を見付けて構えないなんざ、随分と余裕じゃない副会長様っ!!」


 対象に向けてそのまま突っ込んでくる舞の背後から、それを援護するかのように更なる魔法球が発現される。

 今度は4発。属性は、攻撃特化の火。


「――っ!! レイ・パースン・ライ・アミリカ――」


「うわわわっ!? 愛ちゃあん!!」


 あの数は、捌き切れない。瞬時にそう結論付けた紫は、情けない声で愛の名前を呼ぶ。

 愛の詠唱が間に合うかは、微妙な所だった。


「リーリ・クリエル・ライラーク」


「今度は、この数ならどうっ!?」


「『浄化の乱障壁(プリシアミナス)』!!」


 結果として。

 4発のうち、一番早く射出された1発のみが、頭上から降り注ぐ障壁網をすり抜けた。残る3発は障壁へと着弾し、爆ぜるだけに留まる。

 そして。


「っ!? うそっ!! 確かに直撃したはずっ!!」


 唯一対象へと辿り着いた1発も、紫へは何の影響も及ぼしてはいなかった。

 無傷。

 障壁で防いだわけではない。

 身体強化魔法を纏っていたわけでもない。

 そもそも彼女は、詠唱すらしていない。


 にも拘わらず。

 無傷。


「はぁ、……はぁ、やはり、駄目……でしたか」


 障壁に阻まれ立ち止まった舞の元へと、やや遅れて辿り着いた可憐が息を切らしながらそう呟く。


「……やはり、ってことは知ってたの? 副会長の能力」


「いえ……」


 可憐は首を横に振った。


「それが何なのか、までは存じません。しかし、最初に私と相対されたときも、魔法を無効化されてましたので……」


 内心で舌打ちしながら、舞は障壁越しに紫を睨み付ける。


「……それが貴方の無系統魔法(のうりょく)ってわけ」


「能力? さてさて、何のお話なのかしら?」


 その問いに対して、紫はわざとらしくすっ呆けた声を出して見せた。

 それが舞の神経をより逆撫でする事を知っていながら。


「ともあれ」


 今にも突貫しそうな舞を、可憐が手で制する。

 それを見た紫は、目を細め口元に笑みを浮かばせながら言う。


「始めましょうか、グループ試験第二幕。貴方たちの実力、見せてちょーだいな」


 神秘のベールは、まだ剥がれない。







 静けさに包まれていた廊下だったが、再び階下から爆音と振動が響いてきた。舞・可憐が副会長・花宮と戦闘を始めたのだろう。

 花宮の幻術も厄介だが、副会長の能力も謎のまま。

 あの2人の連携がどこまで通用するのか非常に楽しみではある。


 が。

 今、俺がすべき事はこちら。


「……ふーっ」


 一際大きな息を吐き、片桐が木刀を構え直す。脇腹を押さえていた手も柄へと添え、完全に臨戦態勢だ。


「で、もういいのか」


「……やはり、私の回復を待っていたのですか」


 ギリッと歯を噛み締める音が聞こえてきそうなほど、片桐の顔が歪む。その素直な反応に初々しさを感じつつ、こちらも片手を掲げる事で応戦の構えを示した。


「そう腐るなよ。さっきも言ったろ?」


 じりじりと間合いを詰める素振りを見せる片桐に告げてやる。


「これは俺の有用性を示すための戦いだ、ってな」


「――――っ!!」


 無詠唱。

 身体強化魔法が、片桐の身体に目にも留まらぬ速さを与える。

 一瞬にして俺の懐へと潜り込んできた。


「はぁぁぁぁぁっ!!」


 一閃。

 首を薙ぐようにして振るわれた一撃を、身体を逸らす事で回避する。

 そのまま左足を振り上げた。


「っ、その手には乗りませ――」


「一撃防いだくらいで終わったと思うな」


「え、――きゃっ!?」


 振り上げた左足は、片桐の左肘で受け止められる。上半身を後ろへ、足は前へ。後ろへ倒れ込む勢いに任せ、浮き上がった右の軸足が片桐の無防備な右腕を捉えた。

 片桐の手から木刀が離れる。

 呆気に取られている片桐へ、拳をぶち込んでやった。


「かふっ!?」


 再び後方へと吹き飛ぶ。それを尻目に、カラカラと音を立てて転がる木刀を拾い上げた。


「振り出しだな?」


 蹴られた腹を押さえながらも、今度は転倒せずに着地を決めた片桐へとそう告げる。


「けほっ、こほっ!! はっ、……くぅっ」


 涙目で睨み付けてきた。


「良いのは威勢だけか。とんだ期待外れだな、片桐」


「……なん、ですって」


 先ほどと同じように、木刀を投げる。片桐の足元へ転がった。


「拾え」


「……」


「拾え。それとも棄権するか?」


「……」


 俺と転がった木刀とを交互に見比べる片桐。

 自分の中にあるプライドとでも戦っているのだろうか。

 ……それとも。


 そこまで考えが至ったところで、俺は首を振った。

 まったくもって、くだらない。


「別にお前がそれでいいならいいんだけどよ」


 つま先で床を突き、具合を確かめながら続ける。


「だとしたらお前、つまらない女だな」


「なっ!?」


 片桐にしては珍しく露骨に反応した。


「俺を試すって言うからどれほどのものかと思ってたんだが……。存外、生徒会ってのも人材難なのか? 楽勝だぞ」


「……す、好き、勝手……言わせておけば」


 俯き、肩を震わせながら片桐が呻く。


 上手い具合にノッてくれたようだ。あと一押しだろう。


「使ってこいよ、浅草の奥義。全部初見で破ってやるからさ」


「後悔させて差し上げますっ!!!!」


 廊下を蹴り上げ、片桐が動いた。瞬時に木刀を拾い上げて俺との距離を縮めてくる。


「浅草流・雷の型――」


 木刀を構えるのと同時に、片桐は最後の一歩を踏み抜いた。


「『(ライ)――――えっ!?」


 青い花は開花する事無く木刀は虚しく空を切る。その不発に終わった奥義を見て、片桐は呆然としていた。


「固まってないで構えろよ。三度目はねーぞ」


「くっ!?」


 無防備な背中を狙い放った拳は、ぎりぎりのところで躱される。


「『雷花(ライカ)』ってのは、お前の意思が発現のトリガーじゃねぇだろ」


 動揺を隠せぬ太刀筋に力は無い。


「対象に得物が接触したところで発現される、条件起動型魔法の一種だな」


 二手、三手と振るわれる刀身を、最小限の動きで回避していく。


「つまり」


「あああああっ!!」


 迫り来る刀身ではなく、それを握る片桐の手を払う。


「得物にさえ触れなければ、恐るるに足りない不発弾って事だ」


「浅草流・風の型――」


「『風車(カザグルマ)』、ね」


「『風車(カザグルマ)』!!」


 円を描くように振るわれる斬撃。風の力を借りたそれは、常人には目視する事すら叶わぬ速度を得る。

 が。


「ぐっ……ぽっ!?」


 それを避け、瞬時に距離を詰めた俺は、渾身の肘打ちを片桐の腹に叩き込んでいた。

 転倒し、廊下を滑る片桐。それを深追いする事無く、俺は一度距離を取った。


「かはっ、こほこほっ!! ぐっ、うぅっ、ああっ!!」


 屈み込み(むせ)る片桐。

 今度は木刀を最後まで放さなかったあたりは、褒めてやれるところだろう。


「『風車(カザグルマ)』ってのは、切っ先が描いた円状に風の斬撃が飛ぶ。避けるのは簡単だ」


「っっ、はぁ、ごほっごほっ!! うぐっ、はぁっ!!」


「なぜ、その太刀筋が読めたのか、って顔だな? それも簡単だ。太刀筋ってのは刀を構えている位置である程度絞り込める。動き出されちまうと早くて厄介だが、初期動作さえ見えりゃこれほど容易く攻略できるものもねぇな」


 片桐の顔が歪んでいるのは、決して痛みだけのせいじゃないだろう。

 俺はそれをしっかりと理解したうえで、言う。


「試験前、手を抜かないって言った女はどこ行った」


「っ」


 息を呑む音が聞こえてきた。

 やはり、片桐は本気で来てはいなかったらしい。


「慈善活動でもしてるつもりか?」


「……はぁ、はぁ」


 息を切らしたまま、片桐は答えない。


「俺が出来損ないだからか」


「……」


 答えない。


「俺には本気を出す価値すら無いってか?」


「っ、そ、そんなことはっ」


「……舐めやがって」


 副会長の心遣いとはわけが違う。


「出来損ないだからって、無視されたり、馬鹿にされたりするよりもなぁ」


 こいつのは、ただの――――。


「同情される方がよっぽど屈辱的だクソ野郎がっ!!!!」


「――――っ!? ああああああっ!?」


 間一髪と言ったところか。

 片桐は紙一重で自身を襲う不可視の衝撃を回避した。

 横っ飛びに避けた直後に響き渡る衝撃音。次いで襲う衝撃波の煽りで、片桐の身体はとある教室の扉へと強く打ち付けられる。そのまま大きな音と共に、扉ごと教室の中へと転がり込んだ。


「……よく躱したな、今の」


 正直、本気で叩き潰すつもりだった。ようやく本来の動きになってきたって事か。


「……」


 先ほどまでのあいつなら、追い討ちを仕掛けて即終了だった。しかし、今度はそうもいかないらしい。衝撃波を利用して、そのままこちらの死角となる教室へ転がり込んだのは流石だ。良い間の取り方だと言える。


 ジャリッと割れたガラスを踏む音が聞こえる。教室の中から漂ってくる気配が、今までのそれとは違う事を明確に告げていた。


「……お」


 特に小細工せず、片桐は死角となっていた教室から出てきた。しかし、その眼光は先ほどまでとは比べ物にならぬほど鋭い。


「いいね、良い目だ」


 ただ相手を威嚇するだけじゃない。


 覚悟を決めた目だ。


「来いよ」


 右手を掲げ、指を動かしながら告げる。


「“青藍の2番手(セカンド)”襲名が飾りじゃ無かったって事、お前に教えてやる」







 旧館2階は、悪夢のような光景が展開されていた。

 火と氷の魔法球が、光の障壁と幾重にも混じり合い、混沌とした雰囲気を醸し出している。衝撃音と爆音。耳が痛くなるほどの凄まじい音が断続して響き渡る。障壁は無傷なわけではない。実際には、もう何十枚も割られていた。


 しかし、愛は何度でも張り直す。

 光属性の障壁の中でも、上位に位置する高等魔法・『浄化の乱障壁(プリシアミナス)』。

 通常の障壁と違う最たる特徴を挙げるならば、それは持続性であろう。本来、障壁魔法は1つの詠唱につき1回。1回で何枚発現できるかは術者の技量によって変化するため、ここでは触れないこととする。しかし、一貫して変わらないのは、何枚発現できようが1つの詠唱につき1回だけということだ。

 全てを破壊された場合、更に枚数を増やしたい場合。

 どんな理由にせよ、新しく発現したいのならばもう一度詠唱し直す必要がある(詠唱せずに発現する技量は『無詠唱』として別にカテゴライズされる)。

 しかし、愛の使う『浄化の乱障壁(プリシアミナス)』は、その規則に囚われない。


「くっ、貫けない!!」


 もう何度目かも分からぬ魔法球の玉砕に、舞は歯噛みした。

 障壁が貫けないわけでは無い。正確には、障壁の先にいる対象に届かない。

 愛が手を掲げる。その仕草だけで新たなる障壁が生み出され、舞・可憐と紫・愛の間を両断した。


 そう。

 『浄化の乱障壁(プリシアミナス)』の最たる特徴とは。


「次から次へと、キリがありません!!」


 空間掌握型の魔法であるということ。

 可憐の元から放たれた氷塊も、その本来の目的を果たすことなく砕け散る。


「本当なら大学過程で学ぶレベルの魔法よ、これ。グループ試験で出してくるとか何の冗談よ」


 舞はそう吐き捨てた。

浄化の乱障壁(プリシアミナス)』。

 一度起動させてしまえば、術者の意思で解除するか、魔力の供給が途切れるまでその効力は続く。

 そしてその効力は障壁単体ではなく、空間に作用する。効力が解けるまでの間は、術者の意思により何度でも障壁を発現できる。作用する空間の範囲、同時に発現できる枚数及びその強度は、全て術者の技量によって左右される。


「でもね」


 よって。


「キリが無いわけじゃない」


 焦りの色を浮かべる可憐に、舞は言う。


「ようは我慢比べってことよ。どっちの魔力が先に尽きるか、それだけ。幸いにして副会長様は障壁の向こう側で、こちらに手を出せないみたいだし」


 ニヤリ、と。

 舞は人の悪い笑みを浮かべた上で。


「2対1よ。やってやろうじゃない。あの書記の魔力総量が、私と可憐2人を上回っているなんてありえないわ」


「そうねぇ、その考察は概ね正解よ」


 舞の言葉に応えたのは、可憐ではなく紫だった。


「概ね?」


 片眉を吊り上げ、舞が問う。


「魔力が先に尽きるのは愛ちゃん。それは間違いないわ。花園家と姫百合家。相手がその名家のご令嬢であることに加えて、そもそも2対1だもん。ゴリ押しで勝てるとは思ってないわ」


「へぇ、それで?」


 圧倒的に不利であろうこの状況下で、なおも自信溢れる表情を崩さぬ紫に、舞が先を促した。

 紫は会釈でそれに応えると、愛を一瞥する。


 瞬間。

 舞と可憐を取り巻く風景が、一変した。







 短くない沈黙を破ったのは、片桐の方だった。

 先ほどまでの勢い任せな移動術とは違う、洗練された動きで俺の背後へと回り込む。


「しっ!!」


 容赦の無い一閃。

 受ければ悶絶程度では済まされないであろう一撃を、屈む事で躱す。


「いいね、ようやくノッてきたか」


「はぁぁっ!!」


 俺の言葉には答えず、二撃三撃と剣を振るう片桐。その全てを最小限の動きで回避する。


「そうでしたっ、そうでしたねっ!!」


「あん?」


 絶え間なく襲い来る剣戟の中、呟くようにして発せられた声。


「初めてお会いした時からずっと!! 貴方は私の事を弄んでばかりっ!!」


「その言い方は激しく誤解を招くからやめ――うおっ!?」


 容赦なく顔面を狙ってきた一撃を、首を傾ける事でやり過ごす。髪を数本持っていかれた。


「そんな貴方に――」


 更に追撃を仕掛けてくるかと思ったが、片桐は一度バックステップで距離を空けた。

 俺を深追いする事無く、片桐は木刀を構えたかと思うと。


「――――躊躇いなど、不要でした」


 冷淡な声。

 全身の毛穴が逆立つほどの悪寒に、無意識下で一歩後退する。

 が。


「『雷花(ライカ)』」


「ちぃっ!?」


 一瞬、消えたかと思った。そう感じるほどの見事な踏み込みと加速力。瞬時に俺の懐へと距離を詰めた片桐が振るう一撃。


 条件反射。

 思わず足が出る。

 青い花が、咲いた。


「ぐっ!? あああああっ!?」


 犠牲となったのは、右足。

 迷い無く俺の腹を狙った刀身を、跳ね除けるために差し出したが故に。

 右足の裏を中心として雷の花が咲いた。


 咄嗟に振るった拳が牽制としての役割を果たし、片桐からの追撃をワンテンポ遅らせる。


「浅草流・火の型――」


「何発も、喰らう、と、思うな!! 左足一本ありゃあ十分避けられるんだよ!!」


 痺れて使い物にならぬ右足をぶら下げたまま、左足で廊下を強く踏み込む。同時に、新たなる構えを見せる片桐へと掌を突き出した。


 “魔法の一撃(マジック・バーン)”。

 それは、一旦距離を空けるための牽制球となるはずだった。

 しかし。


「『陽炎(カゲロウ)』!!」


「はっ!?」


 オレンジ色に揺らめいた刀身は、片桐の意思に反するかのような動きを見せた。俺を捉えて離さないと言わんばかりに睨み付ける片桐の視線とは別に、木刀はまるで自らが意思を持っているかのように、片桐の見てもいない場所を一閃する。

 すなわち、俺の放った“魔法の一撃(マジック・バーン)”へと。

 炎を纏った刀身は、不可視の一撃を真っ二つに焼き斬った。


「浅草流・風の型――」


「ふざけん、なっ!!」


「『風車(カザグルマ)』!!」


 横薙ぎに払う、風の一太刀。

 それを思いっ切り後ろへ倒れ込むようにして回避する。掠めた前髪の先がスッパリと持っていかれた。


「けどな――」


 振り抜かれた今が、チャンス!!


「浅草流・土の型――」


「隙だらけだぜ、片桐!!」


 両手を廊下へと叩き付け、そのまま足を跳ね上げる。俺の脚は無防備な片桐の顎へと吸い込まれて――。


「『大地(ダイチ)』!!」


「っ!?」


 振り抜き、打ち抜くはずだった俺の左足。片桐の顎を的確に捉えたはずだった俺の左足は、逆に鈍い音と共に激痛に見舞われた。


「ぐあああああああああああっ!?」


 いってぇ!? 何で!?


「く、くそっ!?」


 痺れたままの右足と、耐え難い痛みに襲われた左足。

 少しでも距離を取ろうと残る両手を使って後退を計ったのは、攻める側の片桐からすれば予想通りの展開だったのだろう。

 身体強化魔法によって強化された俺の両手が、俺の身体を切っ先から引き離そうと廊下を跳ね上げたのと同時に。

 それ以上の速度を以って、片桐が俺へと肉薄する。


「浅草流・水の型――」


 その一撃は、実に緩やかなものだった。


 勢いに任せたものでは無く。

 片桐は驚くほど優しく。

 その刀身を俺の肩へと触れさせた。


「『水衝(スイショウ)』」


 直後。

 俺の身体は理解不能の衝撃に襲われた。







「――――え」


 まばたきをした瞬間だった。

 舞はその光景に絶句する。

 目を閉じて、開いたら。

 誰もいなかった(、、、、、、、)


「そんな、まさか。……いったい何処へっ!?」


 駆け出す。

 走る。

 走る。


「どうやって……、まさかあの一瞬で? まさか、聖夜と……。いえ、そんなはずは……」


 突然の出来事に、うまく思考がまとまらない。

 走る。

 走る。

 走って。

 走って。

 流石に息が切れてきた頃に。

 舞は、ある不可解な点に気が付いた。


 この廊下。

 走っても走っても、終わりが来ない(、、、、、、、)







「ぐっ、はっ!? ごほっごほごほっ!!」


 耐え切れぬ痛みに、無様にも廊下を転がる。

 追撃は来なかった。にじむ視界で見上げてみれば、無表情の片桐がこちらを見ているのが窺えた。


「ごほっ、ごほっ、なん、……だ、こりゃあ……」


 意図せず震えた声。理解不能の衝撃は、俺の身体に相当な手傷を負わせたらしい。


「……ぐっ、げほっ!! 魔力は、集中させてた……はずだ」


 片桐は何も応えない。一歩下がった位置から俺を視界に捉えているだけ。


水衝(スイショウ)……、俺の防御壁をすり抜けたか?」


「違います」


 俺の見解は即座に否定された。


「『じゃあ何だ』という顔ですね? 先にお断りしておきますが、教えませんよ」


 ゆらり、と。

 切っ先を俺に向けて一言。


「不可解な謎を解く事も、魔法戦闘の醍醐味でしょう?」


「――――っ!?」


 突如、目と鼻の先へと迫ってきた切っ先をバック転の要領で回避する。足で木刀を握る片桐の腕を蹴り上げた。


「よく避けましたね!!」


「うるせぇ!!」


 放たれた回し蹴りを腕でガードし、叫ぶ。

 どうやら完全に眠れる獅子を起こしてしまったようだ。剣術・体術。共に学園生のレベルではない。一級品だ。


「浅草流――っ、ぷっ!?」


 構えを取る前に、裏拳を腹へと叩き込む。片桐の小さな口からこぽりと唾液が漏れ出た。


「せやぁっ!!」


「か、『風車(カザグルマ)』!!」


 間に合わないだろうと思い込んだのは間違いだった。裏拳を喰らいよろめいた片桐に止めを刺すべく、やや大振りでの蹴りを繰り出すもそれが届くことは無かった。

 風の力を借りて常人では不可能な速度で振るわれたその一撃は、俺の足を正面から迎え撃つ。


「ぐああああああああっ!?」


 小気味のいい斬撃音が鳴る。

 鋭い一撃と共に、付随して発生した突風をまともに受けた俺は、凄まじい勢いで廊下を横断して一番奥の壁へと叩き付けられる。


「か――――――――はっ!?」


 身体中の酸素が口から吐き出されたかのような錯覚を味わう。全身を襲う激痛は、その後遅れてやってきた。


「――――はぁっ!! ごほっ、げうっ!! ぐぷっ……っはぁっ、ごほっ!! ぐ、ぐぞぉっ!!」


 込み上げる嘔吐感を何とかやり過ごす。見れば、片桐はゆったりとした歩調でこちらへと距離を詰めているところだった。


「……はぁ、はぁ、ごほっ、はぁっ!!」


「苦しそうですね?」


「ごほごほっ、ごほっ!!」


 片桐が眉を吊り上げそう問うてくる。

 返そうと思ったが(むせ)てしまった。それが滑稽に見えたらしい。片桐はため息を付いた。


「……頑丈さは認めましょう」


「……あ?」


 壁に体重を預け、立ち上がろうとしたところでそう声を掛けられた。


「花園舞さん、姫百合可憐さん。彼女らに放った時より1.5倍ほど出力を上げていたのですが……。これで緩衝魔法が発動しないどころか、未だに戦意が衰えないのは称賛に値します」


「……はぁ、げほっ!!」


「しかも、『雷花(ライカ)』、『水衝(スイショウ)』、『大地(ダイチ)』、『風車カザグルマ』と、計4発もその身に受けておきながら、まだ立ち上がれるとは。驚きを隠せません」


「……そうかい、ごほっ、ごほっ!! ……ありがとよ」


 ならもっと表情を変えてみろ。このポーカーフェイスめ。


「ですが」


 木刀で空を切り、片桐は言う。


「ここまででしょう。棄権して下さい」







「……これは」


 舞と同じ状況下でありながら、可憐は比較的冷静にこの状況を受け入れていた。

 手を伸ばし、近くの壁に触れてみる。

 しゃがみ込み、廊下に触れてみる。

 立ち上がり、少し歩いてから窓枠に手をかけた。


「……なるほど」


 取っ手に手をかけてみて、気付いた。取っ手を触ったという感覚はあるが、取っ手は動かない(、、、、、、、、)


「してやられましたね。まったく気付けませんでした」


 可憐は素直に感心した。同じ空間掌握型魔法を得意としながら、自分に気付かれる事無く魔法を完成させた、愛の技量に。

 自分が得意とする分野だからこそ気付けた、分かりにくくも単純な違和感。

 すなわち。


「幻術」


 それも、光の障壁も同時併用した高度なものだ。

 五感を完全に乗っ取られている。

 いや。


「……光の障壁を媒介として利用する事で、幻術の難易度を下げているのかもしれませんね」


 可憐はそこまで考えてから、自身の左腕に装着していたMCに右手をかざした。


「さて」


 可憐は気を取り直したかのように前を向く。


「我慢比べの第二幕、ですね?」


 一人佇むその廊下で、茶化すようにそう言った。







「……何だと?」


 その早過ぎる勝利宣言に。

 俺は思わず聞き返してしまった。


「棄権して下さい、と言いました」


 俺の心情など知る由も無い片桐は、変わらぬ口調で再度同じ事を言う。


「貴方はよくやりました。これだけの身体強化魔法を操れる人材、少なくとも同学年で私は知りません。現3年にも劣らないであろうその力量。もう十分です。生徒会長ならば、私が説得しましょう。ですから」


 一度区切り、息を吸ってから静かに言う。


「もう棄権して下さい」


「……」


「私に、これ以上貴方を傷つけさせないで下さい」


 少しだけ。

 ほんの少しだけ。

 表情を歪めて片桐が言う。

 その言葉とその表情に、片桐の人となりを垣間見れた気がした。


「……そっか」


 普段、あれだけ素っ気無く振舞っていても。

 試験で、これだけ冷淡に装っていても。

 結局、これが。


 片桐の本質。

 戦いには向いていない、思いやりの心だ。


 片桐はこれ以上を語らない。既に自分の主張は終えたとばかりに、俺の返答を待っているだけだ。

 目を瞑り、深く息を吸う。

 身体中が軋み、悲鳴をあげた。


 だが、それだけ。

 骨が折れたわけでも関節が外れたわけでもない。

 俺はまだ戦える。身体が正常に悲鳴をあげていられるだけまだマシだ。


 ゆっくりと息を吐く。

 そして、思う。


 少しだけ、後悔した。

 片桐の隠れた優しさに、ちゃんと気付いてやれなかった事に。

 いや、俺は前々から知っていたはずだ。


 生徒会館へ初めて招かれた時。

 舞や可憐に『アピール』しろと、俺の背中を押してくれたのは誰だ。

 うだうだと悩んでいた俺を、強引に引っ張り上げてくれたのは誰だ。

 そうだ、副会長だけじゃない。分かりにくい奴だけど、コイツもちゃんと俺の事を考えてくれてたんだ。


 言葉は、自然と口を突いて出た。


「お前、さ。大和さん……、豪徳寺大和と遣り合った事あるか?」


「は?」


 予想外の名前が出たからか、片桐にしては珍しいきょとんとした顔つきになる。


「豪徳寺大和と遣り合った事はあるか、って聞いたんだが」


「……一度だけ。もっとも、仲裁に入っただけですから、ほんの少しでしたけど」


 仲裁。

 おそらく……、と言うより、ほぼ間違い無く会長と大和のいざこざだろう。


「……なるほどな」


「それがどうしたと言うのです?」


「いんや?」

 つま先で床を叩き、具合を確かめる。問題無い、とまではいかないけれど、簡単な戦闘くらいならできそうだ。

 なおも訝しげな視線を向けてくる片桐に、威圧するように告げてやる。


「“青藍の2番手(セカンド)”ってのは、この程度でやられるほどヤワい男だったか?」


「――――っ!?」


 直後。

 傍観の構えを一瞬にして解いた片桐が跳躍し、数メートル後退する。


「……あ、貴方っ」


 まだやるのか、そう訴えてくる目だった。

 正気なのか、そう非難する目だった。

 答えなど、決まっている。


「来いよ、片桐」


 同情など、いらないと言った。それがもっとも屈辱的な事だからと。

 そんな事言わずとも、片桐なら分かっていたはずだ。副会長と同じく、俺の事をちゃんと考えてくれてきたこいつなら。

 それでも片桐の中の優しさが、俺を切り捨てる事を拒んだ。

 そういうこと。


「ちょっとだけ、俺の本気を見せてやる」

【今後の投稿予定】

3日 第17話 グループ試験④

前へ次へ目次