第9話 “それなり”
試験まで残すところあと3日。
花園家での試験対策に何の成果もあがらぬ夜の学園探索、そして謎のシスター監修・教会での秘密特訓。目まぐるしく過ぎる日々に比例するかのように、学園内の空気も徐々にピリピリしたものを孕み始めていた。
「選抜試験3日前なのですよー!!」
ぺちぺち教卓を叩きながら、白石先生が全力で気の抜ける激を飛ばす。
「体育館、各種練習場と毎日予約でいっぱいなのは、教師として嬉しい限りです~」
本当に嬉しそうににこにこしていた。
「皆さんもきちんと練習できてますか? この試験で今後の授業内容ががらりと変わっちゃいますからね~。しっかりと取り組んでください!!」
そんな感じの言葉と共に、白石先生が最前列の生徒にプリントの束を配っていく。
「1部ずつ取って、後ろの人に回してくださいね~」
「……あれは何だ?」
「おそらく、選抜試験の詳細が書かれた資料ではないかと。具体的な試験内容は明示されておりませんでしたから」
「なるほど。そういえばそうだったな」
俺が漏らした呟きに、律儀に返答してくれた可憐へと相槌を打つ。
グループ試験の事だけ考えていればいい俺と違い、皆は選抜試験全体の対策をしなければならないのだ。いったい試験で何をするのかというのは気になるところだろう。
そう思い、資料が回されてくるのを待っていたのだが……。
「中条、お前の無いぞ」
「え」
前に座る武田からそんな事を言われ、一瞬固まる。が、直ぐに手を挙げた。
「ん? どうかしましたか、中条君」
「白石先生、俺のがありません」
「はいぃ?」
ペコペコと謝罪してくるものと思っていたが、予想に反して思いっ切り怪訝な顔をされた。
「中条君はこの場にいる皆に喧嘩でも売ってるのですか~?」
「は?」
「な、中条さんっ」
白石先生の発言の意味が解らず頭を捻っていると、横から可憐が焦ったように俺を呼ぶ。
「中条さんは試験に参加されないのですから、資料はないのです」
「……へ?」
ずいっと目の前に差し出された資料を見てみる。
一番上には『2-A 姫百合 可憐 ヒメユリカレン』という文字。下には簡単な注意事項と当日のタイムテーブルが記されている。どうやら、個々人それぞれに合わせた資料が配布されていたらしい。
……。
……つまり。
「あ、あははは」
俺に資料が無いのは当たり前の事であり。
「なーかーじょー?」
持ち前の特権を見せびらかすような発言は、この試験への緊張を孕んだクラスには劇薬とも言えるものであり。
「てめー!!」
「この野郎一発殴らせろ!!」
「余裕かましやがって!!」
「取り押さえろ!!」
クラスが暴徒と化すのも仕方ないと言える。
「ちょっ!? やめ――ぎいやあああああああああああああ!?」
ホームルームは、一瞬にして公開処刑の場と化した。
☆
「ひゃはははははははっ!!」
朝のホームルームが終わり、1時限目の授業が始まるまでの休憩時間。
チャイムが鳴るなりやって来て爆笑を始めた将人に蹴りをぶち込もうとして思い止まる。今回は完全に俺が悪いと考えてみるまでも無く気付いたからだ。
「調子はどうだ?」
「見て分からんのか。ぼろぼろだよ」
修平の質問に目を合わせず答える。気持ちが良いくらいに笑われた。横からそれを宥めるようにとおるが顔を出した。
「修平が聞いている調子っていうのは、そっちの調子の事じゃないでしょ」
「あん?」
その言葉に引っ掛かりを覚えて問い返す。
「試験の話だよ。本当に練習できているのかい? 実習室でも体育館でも君たちの姿を見かけた事が無いんだけど」
「つーか、直帰しているようにしか見えんのだがな」
痛いところを突かれてしまった。
沈黙を答えと受け取ったのだろう。とおるが「やっぱり」という顔をした。
「何だ、お前ら一回も予約取れなかったのか?」
ようやく笑い終えた将人からの質問に、無言で頷いた。
「生徒会で俺の動きが読めなかったからな」
隠していても仕方の無い事だし、素直に白状しておく事にする。
「もっとも、それは言い訳に過ぎないんだが」
両手を挙げひらひらと振って見せた。
「うぅん……。修平、将人」
「ああ」
「ま、しょーがねーんじゃねーの?」
とおるは、修平と将人の顔を交互に見た後、再び俺の方へ向いた。
そして。
「僕たちの予約した場所、貸そうか?」
こんな事を言ってきた。
「おいおい。お前らだってそう何度も練習場を予約できた訳じゃないんだろ?」
「そりゃそうさ。だけど、お前らよりは数が多い」
当たり前だろ。こっちは0回だぞ。
修平の物言いに反論しようかとも思ったが、止めておいた。手っ取り早く結論だけ告げる事にする。
「せっかくだが遠慮させてもらうよ」
こっちは話せないだけできちんと練習はできている。それに、目の前の3人が必死に勝ち取った予約枠なのだ。ちゃんと自分たちの為に使ってもらいたい。試験には、できうる限り万全の状態で挑むべきだ。
「聖夜たちが強いって事は知ってるけど……。それでも、一回も練習無しで大丈夫なのかい?」
俺が即答で拒否したのが意外だったのか、若干拍子抜けしてしまったかのような顔つきでとおるが問う。
「ああ。ちゃんと手は考えてあるさ」
そう言って立ち上がる。
「どこ行くんだ、聖夜」
「トイレだよ、トイレ」
☆
後ろ手に、教室の扉を閉める。
「はぁ……」
思わずため息が出た。
……説明できてしまえば、楽なのにな。
心から心配してくれているであろう友人たちに申し訳なさを覚えつつ、足を動かす。
「よぉ」
間もないうちに声を掛けられた。
「あん?」
足元を捉えていた目線を上げる。
俺の前に1人の男子生徒が立っていた。
誰だ。……いや、どこかで見たような気も。
「豪徳寺大和。想像以上に単細胞だったか。実力は確かなはずだったんだが……。使えなかったな」
その言葉で、目の前の男子生徒が誰だかを思い出した。俺が大和さんと戦うきっかけを作り出した張本人。4人組の男子生徒の後ろに控えていた、最後の1人。
「どうやって誤魔化したんだ? 潰される予定だったはずのお前が、気が付けば生徒会入りし、挙句“番号持ち”候補に上がってやがる」
「さあ? 周りが勝手に囃し立てているだけだろ。俺に聞くんじゃねーよ」
「ははっ、そりゃそうか」
愉快そうに笑う。
「……用事が無いならもう行くぞ」
授業開始間際という事もあり、廊下にいるのはもう俺たち2人だけだ。
早く行かないと授業が始まってしまう。
「まあ、待てよ。聞いた話じゃ、お前生徒会と戦うんだって?」
「いいから結論を言え」
長々と話されてもいい迷惑なだけ。端的に結論を求める事にした。俺の態度が癪に障ったのか、目の前の男子生徒の表情がピクリと歪む。
「グループ試験の内容は、映像を通して全校生徒が見る事ができる。もう誤魔化しは効かないぞ」
「そうか。忠告痛み入るよ」
「ちっ」
舌打ち1つ。男子生徒はわざと俺の肩にぶつかるようにすれ違う。
「無様に足掻いてくれよな」
そう言い捨てて、男子生徒は自分のクラスへと戻って行った。
以前の。
生徒会に入る前の俺なら、苛立っていたかもしれない。
けれど、今の俺には不思議と心に響かなかった。何となく、この場にいない銀髪の少女が微笑んだ気がする。
「はは」
彼女の言葉は、俺にとってそれだけ救いになっているのかもしれなかった。
☆
「それでは、行きましょうか」
「ああ」
片桐の言葉に頷き、闇夜へ足を向ける。
花園家の稽古場にて本日の練習を終えた俺は、舞と可憐、そして咲夜を無事に寮棟まで送り届け、片桐と合流していた。
青白い街灯の頼りない明かりを頼りに学園の本館へと続く道を歩む。先日とは違い片桐の方から積極的に話しかけてくるという事は無い。あの態度はやはりイレギュラーなものであったのだと改めて認識する形となった。
互いが無言のまま学園の各箇所を回る。当然のように何の収穫も無い。本館、部室棟、体育館と回ったが特に変わった様子は見られない。
やはり幽霊騒動も、一部の学園生が街灯の反射した光や、木々の擦れる音から勝手に妄想した結果だったのではないだろうか。誰か1人の勘違いだったとしても、それを周囲に言いふらす事で他の人間も意識するようになる。意識してしまえば、何気無い音や光景も“それらしく”見えてしまうのが人間だ。人の五感とは曖昧なのだ。
たまたま吹き込んだ風にバランスを崩して落ちる本も、ホラー映画を見た後の人には“何か恐ろしいもの”のように感じてしまう。
いわゆる、一種の思い込み。
いい加減時間の無駄だ。
今日回り切って何も無いようだったら、今後の対応について片桐に相談してみるべきだろう。そう考えて、教会や生徒会館へと続く階段に足を踏みかけた時だった。
……。
視線を感じた。
人の気配、というよりこちらに向けられた“好奇の視線”を感じた。
気配は完全に遮断されている。それだけでそれなりの手練れだという事が分かる。が、自分の身から新たに沸き起こった好奇心までは隠しきれなかったらしい。気配を消せる技量を持ちながらもあくまで“それなり”と表現したのはその為だ。
さて、どうしたものかと思いを巡らせる。
察するに、それほどの相手では無い。ただ、距離がある。転移魔法が使えない以上、距離を詰める作業が必要になるが、流石に真正面から飛び掛かったら逃げられてしまう可能性も否定はできない。戦闘の場所には気を遣わねばならない。ここから学園生が生活する寮棟までそう距離は無い。身体強化魔法を利用すれば直ぐについてしまう。人質を取られ、籠城されてしまうと最悪だ。
離れる必要がある。もう少し。向こうが追って来なければそれでよし。片桐に事情を説明して背後から狙い撃ちすればいい。
追ってくるなら、生徒会館で迎撃する。
☆
街灯はほぼ役になっていない。片桐の懐中電灯を頼りに山道まがいの階段を上る。
気配はある。
結局、謎の不審者は俺たちの後についてきたようだった。
一度意識してしまうと、後ろをつけられている事がよく分かる。久しぶりの感覚に、少し神経が敏感になっているのかもしれない。
横目で片桐の様子を窺って見た。
「……どうかしましたか?」
「いや」
特に代わり映えのしない平坦な表情に、首を振る。
仕方が無い。多少剣の腕が立つとはいえ学園生だ。あまり多くを求め過ぎるのは酷というものだろう。
それにしても、と思う。
話によれば幽霊騒動で見た青い影とやらは一瞬だけで、直ぐに姿を消したそうだ。話が違う。
不審人物は人目を避けて学園を徘徊しているんじゃないのか?
俺たちの後をつけてきているなんて。
たまたまルートが一緒になっただけ?
いや、違うな。最初に感じた好奇な視線は、偶然鉢合わせた対象に向ける類のものじゃなかった。
つまり。
俺か片桐かを狙っているということ。
片桐が浅草流の剣技を習得している以上、狙いが俺であると断言はできない。対象が俺だったのなら、二手に分かれた後叩き潰せばいいだけだが、片桐の方へ向かわれると厄介だ。
視線を上に向ける。
もう間もなく、生徒会館に着く。寮棟からは十分距離を取った。仮に逃げられても、向こうに着く前に十分取り押さえられるだろう。
片桐をどうするかに少し悩んだが、素直に協力して貰う事にした。何も知らないまま不審者から不意を突かれてしまっても面倒だ。
俺は警戒を悟られぬよう何食わぬ顔で携帯電話を取り出した。それを見た片桐が眉を吊り上げる。
「何の真似ですか」
「いや。暇だし」
非難の声をぞんざいに蹴散らし、操作する。それが片桐の反感をより買った。
「自分が今何をしているのか分かっているのですか」
「もちろん。実は今日、面白いサイトを見つけてな。お前にも見せたかったんだ」
「ふざけ――」
押しやるように画面を片桐の方へと向けた。
『反応はするな 見られている』
一瞬。
それはほんの一瞬だった。
ほんの僅かに生まれた片桐の硬直を、“それなり”の手練れは見逃さなかった。
「っ」
片桐の姿が、俺の隣から消える。地面を蹴り上げる音が耳に届いた頃には、片桐の身体は既に茂みへと突貫していた。
「こりゃ言わずに俺が対処すべきだったか」
“それなり”の対象だからこそバレないだろうと踏んでいたのだが、甘かった。
片桐の反応は俺の目から見ても上出来だった。ただの学園生が、反射的に起こる反応をあそこまで抑え込めたのは称賛に値する。しかし、それを感知されてしまうとは。好奇心を抑えきれないお粗末なレベルの術者のわりには、実力に“ムラ”があるとしか思えない。
対象の実力に違和感を覚えながらも、俺は先行した片桐の後を追うべく身体強化魔法を発現した。
★
迂闊だった、と言わざるを得ない。沙耶は悔しさのあまり自分の唇を噛み締めた。
自分より先に、聖夜が気配に気付いたからではない。先日、大和と聖夜が約束の泉で戦った際、隠していたはずの気配を聖夜に察知されていた時点で、沙耶は聖夜の探知能力が自分の上である事を素直に認めていた。
悔しいのはそこではない。
聖夜が対象に気付かれぬよう、そっと教えてくれた情報を自分が無駄にした。これまで気配を察知しつつも、対象にバレぬよううまく立ち回っていた聖夜の成果を無駄にしてしまった。それが沙耶を深く傷つけていた。
(……まさか、このような醜態を晒してしまうとは)
油断はしていなかったはずだ。しかし、隣の不真面目な男子生徒から突き付けられた意外な文面に、身体が思わず反応してしまったのだ。
対象はまだ目視できない。
沙耶自身、身体強化魔法によりそれなりの速度で追っている。それでも、追いつけない。身体強化魔法はかなりの技術を必要とする魔法だ。もともと自分の身体から放出し、敵にダメージを与える為の魔力。それを一瞬ではなく随時放出し、身体に纏い続けるのだ。生半可な訓練では習得できない。
それを相手も使っている。
“それなり”の相手という事。
沙耶は一体型MCである木刀を握る手に力を込めた。
「おい、あまり先走るなよ」
「っ!?」
いつの間にか並走していた聖夜に、沙耶は思わず息を呑む。
「あ、貴方……」
「まさか相手も魔法使いとはな。このスピードで追いつけないってのは中々なモンだ」
沙耶の言葉を打ち切るかのように、聖夜は続ける。
「いいんだよな、実力行使で無力化しても」
「……やむを得ないでしょう」
相手が手練れである以上、仕方が無い。沙耶がそう判断した直後。
「――っ」
「この音は……」
甲高く、闇夜に響く乾いた音。
そう、まるで鈴の音のような――――。
「っ!? 止まれ、片桐!!」
聖夜からの突然の制止に反応した沙耶が、地面を削りながら停止する。制止の理由は沙耶自身も直ぐに気付いた。
「追っていた気配が消えた」
「まさか……」
沙耶が即座に探知魔法を展開する。
しかし、聖夜はそれが無駄である事を悟っていた。
(……気配が消えた。それも一瞬で……あり得ない。これじゃまるで――)
「見付けたっ!!」
聖夜の思考を掻き消すように沙耶が叫ぶ。同時に地面を蹴り上げていた。
「お、おいっ」
不意を突かれた聖夜が遅れて後を追う。沙耶の背中を目で追いながら、聖夜も探知魔法を発現させた。
(確かに、気配がある。やはり俺の気のせいだったのか? いや、しかしこの気配は――)
「逃しませんっ!! 浅草流・風の型――――」
闇夜に紛れる不審人物の後ろ姿を目で捉え、沙耶が木刀に手を掛ける。
「っ!? おい、片桐!! よせ!!」
聖夜の言葉が耳に届くよりも先に、沙耶の身体が消えた。
否。
「『風車』!!」
風の力を借り、円状に振るわれた太刀筋は遠心力をも得て対象物を両断する一撃となる。
凄まじい衝撃音と共に、風の衝撃波によって周囲の木々がなぎ倒された。
「片桐っ!!」
その惨状に、一歩遅れて聖夜が到着する。
そこには、彼の半ば予想していた結果が予想以上の光景を孕んで展開されていた。
「会長っ!?」
自分が木刀を振り下ろした対象に向かって、沙耶は素っ頓狂な声を上げる。沙耶の視線の先には、木刀を素手で掴み苦笑いを浮かべる縁の姿があった。
聖夜がため息を吐きながら2人の下へと足を進める。
「何やってんスか、会長」
「何って心外だなぁ。こっちはいきなり暗闇で襲われたんだよ? 謝罪の1つくらいは欲しいところなんだけれど」
「そんなものは不要でしょう」
周囲を見渡しながら聖夜は言う。
「正直驚きました。片桐のあれを素手で無力化してしまうとは」
それはお世辞ではなく本音。沙耶の剣技により、周囲は無残になぎ倒された木々が散乱している。牽制に留まらぬ威力を問答無用に発揮した木刀は、悲惨な爪痕を周囲に残していた。
にも拘わらず、無傷。
聖夜には、これほどの威力を持った太刀筋を縁がどう無力化したのか見当も付かなかった。
「ははは」
縁は笑いながら沙耶の木刀から手を放す。
「君と同じように、俺にもあるって事だよ」
「何がです」
「奥の手が、だよ」
縁からの含みのある言い分に、聖夜は沈黙を以って応えた。
「……それで」
2人の微妙な心情を察してか、横から沙耶が口を挟む。
「貴方が何をしていたのか。当然説明して頂けるんですよね、会長」
「え」
不敵な笑みに亀裂が入った。
「……まさかとは思いますが、幽霊騒動の元凶って」
「待て待て待て。それは少し早計が過ぎるぞ、中条君。誓って俺は何もして――」
「いいから何をしていたのか説明して下さい」
縁の釈明は沙耶によって両断された。一度これ見よがしにがっくりと肩を落としてから、縁はしぶしぶ口を開く。
「今日は本当に生徒会の仕事だったんだよ。選抜は残すところあと3日、いやそろそろ2日前になるけどさ。教員からの頼まれ事をこなしていたら、こんな時間になってしまったというわけだ」
「……それを信じろと?」
「必要なら、明日にでもその依頼をした先生を一緒に尋ねてみるかい? 俺は一向に構わないんだけど」
少なくとも嘘を言っているようには見えない縁に、聖夜は口を閉ざした。が、沙耶の追撃は終わらない。
「で。私が聞いているのはその先です。なぜ私たちから逃げるような真似を?」
「いや、ほら。いきなり襲われたら逃げるでしょ」
「なら、なぜ茂みの中にいたのですか。帰る途中だったのなら、ちゃんとした道があるでしょう」
正論に、縁が口ごもる。
沙耶が無言で木刀を握りしめた。その光景を見て、縁が慌てて手を振る。
「分かった分かった、悪かったよ。たまたま帰り道で階段を上ってくる君たち2人の姿を見つけてね。せっかくだから覗き見させて貰おうと思ったわけだ」
「そうですか、なるほど。ちょっと痛いかもしれませんが我慢して下さいね」
「暴力反対!?」
ぎゃーぎゃー騒ぎ出す2人をしり目に、聖夜は深くため息を吐いた。
☆
「まったくこれだから会長は」「生徒の模範たる貴方は」「公私の分別を付け過ぎです。生徒の前ではきちんとできているのですから、日頃からしっかりと」等。傍から見てもうんざりするほどの説教をその身に受ける会長に若干の憐みを覚えながら、俺は改めて周囲に目を向けた。
風の型、『風車』。浅草流剣術が一。
風と遠心力を使って放たれたその一撃は、一点集中型の『雷花』と違い、広範囲にその力を発揮していた。剣術でありながらも、その間合いは刀身だけにあらず。魔法剣術の厄介さを、この目で認識する形となった。
情けない表情で片桐の説教を受け入れる会長を見やり、もう一度ため息を吐く。
これで見回りも終わりだな。会長が関与していないのなら、幽霊騒動も自然現象が重なっただけの作り話だったって事だ。
それにしても、まさか感じていた視線が会長のものだったとは。会長らしい不純な動機だったが、依頼してきた本人がこちらの邪魔をするとはどういう了見なんだろうか。好奇な視線を向けたくなる気持ちも分からなくはないが、だからと言ってわざわざ生徒会館に至るまでずっと尾行して来なくても――――。
「っ」
そこまで考えたところで、悪寒が走った。
ちょっと待て。
さっき、会長は何と言っていた?
『たまたま帰り道で階段を上ってくる君たち2人の姿を見つけてね。折角だから覗き見させて貰おうと思ったわけだ』
帰り道で偶然俺たちを見付けた。
帰り道で。
そう、俺たちがこれまで向かっていた生徒会館からの帰り道で。
じゃあ。
俺が階下で感じた視線は何だったんだ?
「――――っ」
木々のざわめきに反応し、周囲を見渡す。当然のように、不審者などいるはずがない。
「どうかしましたか、中条さん」
「……いや、なんでもない」
こちらの動揺を悟られぬよう平坦な声を装い、そう返す。
「それじゃあ、時間も時間だし帰る事にしようか」
「そうですね。この件については副会長にきちんと報告させてもらいます」
「沙耶ちゃん、後生だからそれはやめてくれ」
先行して歩き始めた2人の後へ、機械的に続く。
片桐は階下での視線に気付かなかった。無論、尾行中も。
だからこそ、途中で追っていた対象が会長にすり替わっていても疑問には感じない。
会長は後から俺たちに合流した。
だからこそ、俺が感じていた視線の正体が自分であったと錯覚しても疑問には感じない。
2人の中では、この件は既に解決済みになっている事だろう。
言うべきか、言わざるべきか。
考えた末、言わない事にした。
明日、幽霊探索の終了を進言しよう。
さっきも思った事だが、実戦において言えば片桐では足手まといになる。これから先に不審人物がどう出てくるかは分からないが、動くのなら1人の方がいい。
空を見上げる。
木々の隙間から除く夜空は、一面に星が広がっていた。