第7話 情報
「お待たせ致しました、舞お嬢様」
黒塗りの車が俺たちの前で停車したのは、あれからきっかり30分後だった。
運転手席から出て来た黒服の青年が、舞に慇懃な一礼をしてからこちらへと振り返る。可憐と咲夜が揃って頭を下げた。
「本日はお世話になります」
可憐が代表して口を開く。黒服の青年がニコリと笑った。
「こちらこそ。姫百合家のご令嬢をお迎えにあがれるのはこの上なく光栄でございます」
青年が綺麗なお辞儀から頭を上げたところで、俺と目が合う。
お互いが頬を緩めたのがよく分かった。
「お久しぶりです、祥吾さん」
「2年と少しかな。生きているとは聞いていたけど、無事で何よりだよ」
「……俺は花園家でいったいどんな存在になっていたんですか」
思わず苦笑してしまった。
鷹津祥吾。
舞の屋敷に仕える魔法使いの1人。俺や舞と一番年の近い従者という事もあり、昔はよく遊んでもらったものだ。
「ひとまず、車へどうぞ。話は屋敷へ向かいながらでもできましょう」
その言葉に従い、各々車へと乗り込む。舞は助手席へ。俺、可憐、咲夜が後部席へと着いた。
黒塗りの車は、来た道を引き返す形で走り出す。
車窓から見える景色がスピードに乗ったところで、可憐が口を開いた。
「お知り合いだったのですか?」
その質問に頷く。
「日本を発つ、ぎりぎりまでお世話になっていた人だよ」
「私の家系は代々花園家に仕えておりますので。舞お嬢様、聖夜君とは昔から良くして頂いております」
後ろの座席に腰掛けている俺と可憐をバックミラーで見ながら、祥吾さんが答える。
「正式に採用されたのですか?」
「心外な物言いだね、聖夜君。君がふらりと何処かへ行ってしまっているうちに、しっかりと父に引導を渡してやったよ」
「え、引導って……。もしかして」
「そうよ。お父様のSPは祥吾さんが担当してるわ」
「……お若いのに凄いです」
咲夜が感嘆の声をあげる。
「……ありがとうございます」
祥吾さんは、少し恥ずかしそうにそう答えた。
「照れてる」
「照れてる」
俺と舞の声がハモった。
「う……、こほん。それより、舞お嬢様も早く専属のSPをつけてもらいたいものですがね」
「やーよ、そんな固っ苦しいの」
舞がぶすっとした表情でそっぽを向く。
「はは、藪蛇だったな」
「何を他人事のように笑っているんです? 聖夜君」
「え?」
舞の反応を見て笑ったところで祥吾さんの矛先が俺の方へと向いた。
「剛様は楽しみにしておりましたよ? 聖夜君が来ると聞いてね」
「……うそ」
「そうそう。言い忘れていたけど。今回の話をした時、とても嬉しそうだったわ。楽しみね、聖夜」
早くも帰りたくなってきた。
あの人、あまり得意じゃないんだよなぁ。
☆
俺の心情を余所に、車は何の躊躇いも無く花園家の正門を通過した。
「綺麗ですね」
「庭も丁寧に整備されています。流石です」
椅子から乗り出すように庭園を眺める咲夜と、姿勢は崩さず横目で景色を捉える可憐。とてもじゃないが、年の差が1つとは思えない。
一直線に伸びる道を渡り切り、玄関口のロータリーに車が停まる。祥吾さんが車から降りるのを見計らって、俺も扉を開いた。
「おや、聖夜君。君はお客様なのだから乗っておいて頂かないと」
「1人であっちこっちドアを開けるのは大変でしょうに」
俺の言葉に苦笑しながら、祥吾さんは助手席の扉を開いた。倣うように俺も後部座席の扉を開く。
「ありがとうございます。ふふっ。なんだか中条さんがまた護衛として戻ってきてくださったかのように錯覚してしまいますね」
「こんな謙虚な態度を取っていた覚えはないがな」
車から顔を出し、はにかみながら笑う可憐にそう返す。続いて咲夜も降りてきた。
「ありがとうございますっ」
「どういたしまして」
「あら。聖夜は私の方じゃ無く、可憐の扉を開けたのね」
「そりゃそっちは祥吾さんの仕事だからな」
祥吾さんのエスコートに従い、車から降りてきた舞に答える。
「君が舞お嬢様のSPになる決心がついたのなら、その限りでは無いよ」
「……冗談はよしてください」
流石に笑えないぞ。
舞が何か口を開きかけたところで、屋敷の扉が音を立てて開いた。
皆の視線がそちらへ向く。
そこにいたのは。
「ようこそ、花園邸へ」
花園剛。
花園家現当主にして舞の父。舞と同じ赤い色の髪を無造作に流し、見るからに高級そうなスーツを着込んでいる。が、その下に隠している鍛え上げられた肉体は隠せない。がっちりとした体格が、それを物語っている。
その姿を見て可憐と咲夜は同時に頭を下げた。
「本日はお招き頂きましてありがとうございます」
「あ、ありがとうございますっ」
可憐の言葉に咲夜が続く。剛さんは、その厳格な顔に微笑を浮かべると改めて口を開いた。
「こちらこそ。可憐君と最後に会ったのは、いつの会合だったか。……正直、見違えましたぞ」
可憐が再度一礼する。剛さんは1つ頷くと俺の方へと目を向けた。
「久しぶりだな。聖夜君」
「お久しぶりです。……申し訳ございません。随分とお手を煩わせてしまったようで」
俺の言葉が余程おかしかったのか、剛さんは声を出して笑った。
「うむ。彼女の下で、良い経験を積んだようだな。良い顔つきになりおって。是非、色々と聞かせて貰いたいものだ」
そう言いながら屋敷の扉を小突く。
「ともあれ、中へどうぞ。稽古場は既に開けてある。好きに使ってくれて構わない」
☆
『今度はゆっくりできる時にまた来なさい。色々と話したい事もある』
俺にそれだけ告げ、剛さんは祥吾さんを連れて屋敷へと引っ込んだ。どうやら挨拶に来ただけらしい。
おじゃましますと一声添え、屋敷の中に足を踏み入れる。中の構造は昔よく出入りをさせてもらっていただけに、見慣れたものだ。綺麗なエントランスホールを抜け、長い廊下を歩く。途中何人かのメイドや執事とすれ違ったが、見知った顔は1人もいなかった。
しばらく歩いた末に、舞が目の前の扉を開く。
「わぁ……」
「これだけの敷地を、屋敷の中に……」
可憐と咲夜が驚嘆の声をあげた。俺も一番最初に見せて貰った時は同じ反応をしていたかもしれない。それ程までに、花園家が所有する稽古場は広かった。
屋敷の一角とは思えない。恐らく一般の学校の体育館ほどの大きさはあるだろう。そして壁・床・天井には、学園が正式に採用しているものと同じ、対抗魔法の呪文回路が幾重にも張り巡らされている。それなりの魔法をぶっ放しても傷1つ付かない。
小さい頃、舞とここの床に傷を付けようと必死で魔法を使っていたのは、もう良い思い出だ。
「今度、ここを一気に改装するつもりよ」
舞が後ろ手にドアを閉めて、中央付近で天井を眺めていた俺たちの所へやってきた。
「改装?」
「ええ。協議会がひた隠しにしていた技術が、やっと流用されるようになったって話だからね」
「ああ、『絶縁体』か」
俺が即答した事が意外だったのだろう。舞は目を丸くした。
「あら、知ってたの?」
「まぁな」
魔法警察は、既に拘束具として試験採用している。魔法に関する懸案を一手に握る魔法協議会から魔法警察へ試作品が送られてくるというのは、よくある光景だ。
「『絶縁体』というと、魔法を使った破壊は見込めないとまで言われている新技術ですね」
可憐の知識に、舞が頷く。
「そんないいモノができてるなら、さっさと公開するべきなのよ」
「試験運用しないと何が起こるか分からないからだろ? でも、あれは凄いぞ。性能は天下一品だ」
「貴方、見たことあるの?」
「ああ」
見たことがあるどころか壊したこともある。
可憐の誘拐騒動で、尋問した奴がつけていた拘束具がそれだった。
「ちぇー、驚かせようと思ったのにさー」
俺の反応がつまらなかったのだろう。舞が拗ねたような声をあげるので、思わず苦笑してしまった。
「さて。無駄話はここまでにしておこう」
俺の一言で、3人の顔が引き締まる。
「具体的にはどのような練習を?」
「2人の実力は、この間の“アレ”でそれなりのモノだってのは分かってる。やるのは個々のレベルアップというよりは連携だな」
「ん」
「そうですね」
舞と可憐が肯定する。咲夜も無言で首をこくこくと振った。
「で、それよりも先に俺が欲しいのは情報だ」
「情報ですか?」
咲夜が首を傾げる。
「俺はあの3人の能力を全然知らない」
俺の断言に、舞が見て分かるほど肩を落とした。
「貴方、毎日一緒に行動を共にしている仕事仲間でしょうが」
「仕方がないだろ。副会長は現場に顔出さないし、花宮は文化祭関連で俺とは別行動。片桐とは最低限の会話しかない」
「前2つは仕方ないとして、最後の何なの?」
「……もしかして中条さん、虐められてるのですか?」
「違うと信じたい」
「ふぁ、ふぁいとですよ中条せんぱいっ!!」
咲夜のエールが思いの外涙腺を刺激した。ちょっと泣きそう。
「うーん、とは言ってもねぇ」
舞が腕を組む。
「私たちの方が聞きたいくらいだったんだけど」
「え? 確かにクラスは違うが学年は同じだろ? お前らなら3人がどんな魔法を使うかくらい知ってると思ったんだが」
「お三方とも、人前であまり行使しませんからね」
可憐の言葉に、舞が同意するように頷く。
「片桐さんは身体強化と魔法具一体型MCの木刀で荒事は片付けちゃうし、御堂さんと花宮さんに限っては魔法を使っているところ見たこと無いわ」
「……見たことが無い?」
一度もか。
「御堂様は最初から生徒会へお入りになってましたから。魔法実習ももっぱら先生方のサポートに回ってまして、参加されておりません。花宮様は、その……あの方の性格が災いしてと申しますか」
ああ、分かる分かる。おろおろして何もできなかったんだな。で、何があったかは知らないがそのままなし崩し的に生徒会入りしたってわけだ。
しかし。
「それは……何と言うか」
凄いな。俺も次回から理由付けて授業サボろうかな。
「御堂様曰く、魔法はあまり得意では無いとのことですが……」
「ああ、それは俺も聞いた」
片桐に連れられて初めて生徒会館へ足を踏み入れた時。副会長に3番手かどうかを尋ねた時に言われた。
『残念ながら違うわ。私、あんまり魔法って得意じゃないしね』
だとしたら、あまり気にしなくていいのだろうか。
……いや。本当に魔法が得意じゃないのなら、あの会長がわざわざ俺の敵役として副会長を投入してくるはずがない。何かしら持っていると見ていいだろう。
「片桐さんも全然分からないわよ。浅草流の剣術に覚えがあるってことくらいしか。それに」
「ちょ、ちょっと待て」
自然に流そうとしていた舞を止める。
「何?」
「お前、片桐が浅草流の使い手だってこと知ってたのか?」
「知ってたもなにも……」
舞が可憐と顔を見合わせる。
「蔵屋敷鈴音先輩が、浅草の次期後継者ですからね。あの方に師事している時点で見当は付くと申しますか……」
色々とこんがらがってきた。一旦落ち着こう。
「蔵屋敷先輩が次期後継者?」
「そんなことも知らなかったの?」
信じられないと言わんばかりに舞が言う。こっちはその「常識でしょ」みたな反応が信じられないんだが。
「蔵屋敷先輩って、浅草家に縁がある人じゃないよな?」
「もちろん。まあ、弟子入りしていたって部分を見れば、あながち縁があるって言っても間違いではないけどね」
「浅草流って部外者が受け継げるものだったのか?」
「ああ、なるほど」
俺の質問に、可憐が得心がいったとばかりに頷く。
「中条さんは浅草家のシステムについて理解されていないようですね」
「システム?」
俺の言葉に、可憐はもう一度頷いた。
「まずは浅草流剣術について知っておかねばなりません。中条さん、浅草流の免許皆伝がどのような基準を持っているか知っておいでですか?」
「……さあ。何か奥義でも使えればいいのか?」
確か『雷花』と言ったか。片桐の剣技を思い出しながら、そう答える。
「間違っては無いわね」
俺の曖昧な答えに、舞が口を開く。
「但し、貴方が思っているよりもハードな内容よ。何せ浅草流の奥義は7種類、全属性にあるからね」
「……は?」
言われた内容が内容だっただけに、それしか返せなかった。
「基本属性の『火』『水』『雷』『土』『風』の5つに加えて、特殊属性の『光』と『闇』まで。単に使えるってだけじゃお話にならない。この7つを使いこなせなければ、浅草の奥義には届かない」
「おいおい。属性全部って、特殊属性も含むのかよ。得手不得手の問題じゃないぞ」
人間、誰しも得意不得意はある。それは魔法でも同じことだ。
基本的に、自分が得意とする属性の弱点に当たる属性は不得意になる。
『火』(『風』に強いが、『水』に弱い)
攻撃系の魔法に特化する。
回復、防御、操作、移動、視覚、回帰、重力、捕縛に適さない。
『水』(『火』に強いが、『土』に弱い)
回復系の魔法を得意とする。
操作、移動、視覚、回帰、重力に適さない。
『土』(『水』に強いが、『雷』に弱い)
防御系の魔法を得意とする。また、攻撃にも優れる。
移動、視覚、回帰、重力に適さない。
『雷』(『土』に強いが、『風』に弱い)
操作系の魔法を得意とする。また、攻撃、移動にも優れる。
防御、視覚、回帰、重力に適さない。
『風』(『雷』に強いが、『火』に弱い)
移動系の魔法を得意とする。また、攻撃にも優れる。
回復、回帰に適さない。
つまり、『火』が得意な魔法使いは『水』が苦手になりやすい。『風』が得意な魔法使いは『火』が苦手になりやすい。
但し、これはあくまで“基本的に”であり“苦手になりやすい”だけであって、必ずしもそうであるというわけでは無い。現に、プロでは基本属性5つを全て使いこなす熟練者もいる。
しかし、特殊属性にそういった理論は通用しない。
以下2つが、特殊属性である『光』と『闇』である。
『光』(『闇』に弱い。『闇』を除く全ての属性に強弱関係は生じない)
視覚系・回帰系の魔法を得意とする。
闇との合成ができない(無属性へと戻ってしまう為)
『闇』(『光』に弱い。『光』を除く全ての属性に強弱関係は生じない)
重力系・捕縛系の魔法を得意とする。
光との合成ができない(無属性へと戻ってしまう為)
基本属性と違い、特殊属性2つは練習や努力で使えるようになるものではない。使える奴は最初から使える。いわゆる才能によって1か0かが明確に区別される属性だ。親が使えるからといって、子どもが使えるとは限らない。未だに発現者の規則性が見出せていないのだ。
そして、この特殊属性が発現できる魔法使いの中で注目すべき点と言えば。
「『光』と『闇』。2つの属性を発現できるとは思えないんだが」
2つが、強弱という括りで考えられないということ。どちらも優位であり劣位に立つ。『光』の弱点は『闇』だが、同時に『闇』の弱点は『光』でもある。片方の視点から見ると、確かに弱点である為強弱としての表記となっているが、実際には正しくない。
人を殺められるほどの魔力を用いて発現された『闇』魔法であっても、身体から漏れ出す程度の『光』魔法に触れると相殺される。その逆も然り。両属性の最後に記されている『~との合成ができない(無属性へと戻ってしまう為)』とは、そういう意味だ。
「けれど、理論上は可能でしょ? 2つを同時に発現するわけじゃないんだし」
「……いや、そりゃそうだけど」
舞の言い分は分かる。属性を付加するまでは関係の無い話だし、同時に発現しない限り相殺は起こり得ない。
しかし。
「そんな事があり得るのか? 特殊属性1つを持ってるだけでも相当レアだぞ」
努力でどうにかなる属性じゃないからな。
「つまりはそこなのですよ。中条さん」
俺の疑問に対して、可憐が口を開いた。
「先天的な能力、それが特殊属性です。それを2つ。両方とも備えて生まれてくる確率は限りなく低い。その能力を必要とする剣術は、一族だけでは到底継承できません」
「……そういうことか」
納得した。
ようは、血よりも才能を優先したということ。
「浅草流剣術を生み出した初代・浅草総司朗は、2代目で既に違う一族の血を浅草に取り込んでいます。当初から分かってはいたのでしょうね。自分の後継者は、自分の血からは選べない、と」
「……だとすると、片桐も全属性扱えると思った方がいいのか」
「次期後継者に蔵屋敷先輩が選ばれているんだから、確実にそうとは言い切れないけど……。用心するに越した事はないわね」
場合によっては、俺の身体強化魔法も属性の優劣によって役に立たなくなると考えた方がいい。力任せのゴリ押しで勝ちを譲るほどヤワな奴じゃないだろう。予想以上に面倒な事になってきた。
「誰がやる? 何なら私がやってもいいけど」
俺が黙り込んでいるのを見て、舞が手を挙げる。
確かに、操作魔法加え身体強化魔法が使える舞ならアリかもしれないが……。
「舞。お前得意属性は火と雷だよな?」
「ええ。もっとも、雷は非属性のカムフラージュ役だから火ほどじゃないけど」
「他は?」
「……実践で胸張って使えるレベルでは無いわね」
なるほど。
可憐の方へと目を向ける。
「可憐は?」
「私は氷と風ですね。水も使えなくはないですが、水だったら氷を使います」
「他は?」
「一応、ある程度なら基本属性は使えます。得意とまでは言い難いですが」
「……ふむ」
これは才能の違いというより、家柄の違いだろうな。
花園家はとにかく自分の得意分野に特化させる傾向にある。対して姫百合家はオールマイティに成長を促す家系のようだ。
ちなみに、俺は後者。あの女から苦手という単語を頭の中の辞書から取り払われた。
「何? 可憐にやらせようとしてるの?」
「いや……。可憐は片桐と一番相性が悪い」
俺の身体強化や舞の操作魔法など、近接で遣り合う術を可憐は持たない。典型的な後衛型だ。距離を空けた戦闘ができている間はいいが、1対1で懐に潜り込まれたら一発KOだろう。
「す、すみません」
「相性の話だ。可憐が悪いわけじゃないさ」
可憐にひらひらと手を振る。これは本心だった。可憐は何も悪くない。
「じゃあ、やっぱり」
「ああ。片桐とは、俺がやる」
剣術を軸とした戦闘スタイルである以上、片桐は近接型で確定だ。
だとしたら同じ近接型である俺がベストだろう。
「片桐さんは全属性使えるかもよ? 貴方は平気なの?」
「俺も基本属性なら全部使える。無論、強化魔法として纏うレベルでならな」
「……実際には、身体に纏う方が難易度高いんですけどね」
可憐からぼそりと呟かれた言葉は意図的に無視した。
俺からしてみれば、自分の身体から離れたところでも維持・操作しなければならない魔法の方がよっぽど難しい。そこが詠唱効果の有る無しの差ということだ。
「相手がこっちの属性に合わせてスタイルを変えられるなら、取る手段は1つしかない」
「……速さと性能で上回る。つまり、身体強化での奇襲・短期決戦ね」
「そういうことだ」
他に対策など立てようが無い。
「ちなみに咲夜。生徒会3人の誰でもいい、何か知ってるか?」
「え、えーと。えへへ」
今まで内容が内容だけに口を挟まず聞き役に徹していた咲夜だったが、俺からの突然の質問に気まずそうに目を逸らした。
だよね。咲夜、お前も友達いないんだもんな。特に学年が違う生徒の情報なんて入ってくるはずがないか。
「……しかし、そうなると」
ある程度覚悟していた事ではあるが。
……覚悟していた以上に行き当たりばったりな展開になりそうだ。
「じゃあ、始めましょうか。これ以上話していても意味無さそうだし」
「そうですね。対策が立てられない以上、こちらの動きを万全とするしかないでしょう」
舞と可憐の言葉に頷く。
「何からする?」
「そうだな……。まずは……」
☆
初日という事もあり、今日は軽く流してグループ練習は終了。各々の得意スタイルや魔法の情報共有ができたので、まあ進展と言えるだろう。
夕食はどうするかと聞かれたが、この後片桐との見回りに加え教会での野暮用と盛り沢山の俺にそんな時間などない。丁重にお断りさせて頂いたところ「じゃあ私たちも」という事で全員揃ってそのまま学園に戻る運びとなった。
祥吾さんに学園前まで送ってもらい、転移魔法で中へ。こっそり寮棟へと向かい、既に閉まっている扉を再び転移魔法でやり過ごす。
「また明日ね」
「本日はありがとうございました。明日もよろしくお願いします」
「中条せんぱい、また明日ですっ」
「おー」
それぞれ挨拶を交わし、女子3人は女子棟へ。
それを見送った俺は、今度は堂々と自分の学生証を使って寮の外へと出た。
「やっぱり都会から離れているところの夜空は綺麗だな」
満天の星空を見上げながらそんな事を呟いてみる。
「前は都会におられたのですか」
そういう時に限って独り言を聞いている奴はいるものだ。
発信源に目を向けて見ると、丁度片桐が寮棟から出て来たところだった。タイミング結構危なかったな。明日はもう少し調整する事にしよう。
「何だ、お前が俺に興味を持つなんて珍しいな」
「ふっ」
鼻で嗤われたんスけど。
「いえ。単に挨拶代わりに発した言葉が思わぬ方向に捉えられたので面白かっただけです」
面白かったのなら笑え。嗤うんじゃねぇ。
いちいち反論するのが面倒臭かった俺は、その言葉を飲み込む事にした。
代わりに。
「……行くか」
「はい」
さあ、今日も無言散策の始まりか。
……。
と、思っていたのだが。
「……いよいよ一週間前に迫ってきたわけですが」
「あん?」
意外にも、片桐の方から話しかけてきた。
「準備の方は進んでいるのですか?」
「見回りに集中しなきゃいけないんじゃないのか?」
「準備の方は進んでいるのですか?」
「いや、だからな?」
「準備の方は進んでいるのですか?」
同じ言葉しか発しない。ロールプレイングゲームのキャラクターかお前は。
「……ま、ぼちぼちだ」
それだけ答える。コイツとは十中八九遣り合う事になるのだ。あまり情報は流さない方がいいだろう。
「練習場所はどうしているのですか?」
「あ?」
何でこいつ、こんな喋るようになったの?
「各種魔法練習場所の予約一覧を見たのですが、貴方がたの名前がありませんでしたので」
なるほど。そういう事か。
まさか学園抜け出して舞の屋敷使ってますなんて言えるはずがない。生徒会役員が無断で抜け出している事も問題だが、何よりどうやって抜け出しているかが問題となる。ただでさえ、教師陣はセキュリティを強化したと豪語しているのだ。生徒が簡単に抜け出せてしまうのならお話にならない。
「……イメージトレーニングで頑張ってるんだよ」
大嘘だ。それも限りなく幼稚な。
仕方が無いだろう。他に何て言えばいいんだ。
「……私の事、馬鹿にしてますよね?」
「してないしてない」
少なくともする気は無い。不可抗力だ。
そんな俺の気持ちが伝わったのか、片桐は小難しい表情を作った。
「どうした」
「……ようは、練習場所が確保できないという事ですよね」
「……まあ、そうなるな」
そう言うしかない。学園内で確保できなかったのは事実だ。
「中条さん」
「ん?」
名前を呼ばれて、立ち止まる。
「貴方の場合、会長の件で他の生徒とは少々事情が異なりますし……」
少しだけ、話辛そうに片桐が口を開く。
率直にズバッと発言する片桐にしては珍しい、本題を真っ先に告げてこない回りくどい口調。加えて今までの会話の流れから、俺はこいつが何を言おうとしているのかを悟った。
「少しだけなら場所の融通くらい効かせても――」
「片桐」
だからこそ、言い終える前にそれを止める。それは、こいつにだけは言わせてはならない。
「お前が捕えたあの2人組は……。何で捕えられたんだ?」
「っ」
俺の指摘に片桐が小さく息を呑んだ。
「気持ちは嬉しい。大方、生徒会の激務に追われて予約に手が回らなかったとでも考えてくれたんだろ? けどそりゃお門違いだ。これはただの俺のミス。お前が気に病む事じゃねーよ」
むしろ、病んで欲しいのは会長だ。くたばってしまえばいいと思う。
「分別は弁えておけよ。お前らが必死に積み上げてきた信頼ってのはな、簡単に崩れ落ちるんだぞ」
押し黙る片桐を見て、ひとまず心の中で謝っておいた。
……ごめんなさい。弁えてないのは俺です。学園からめっちゃ抜け出してます。
俯き加減で表情が窺えなくなっていた片桐だったが、思ったよりも早く顔を上げた。
「……今の話は、聞かなかった事にして下さい」
「何の話だ? 俺は最初から何も聞いていない」
とぼけるように肩を竦めてやる。片桐はそんな俺を見て目をぱちくりさせた後、柔らかく微笑んだ。
「……貴方の事、少しだけ見直したかもしれません」
うん。
心の奥底がズキズキするね。
その後、見回りの間中罪悪感に苛まれ続けたのは言うまでもない。