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第2話 謎のシスター、再び!!

「ふぁ……」


「またでけぇ欠伸だなおい」


「……しょうがないだろ。ここのところ忙しいんだよ」


 驚き半分呆れ半分で呟かれた本城将人(ほんじょうまさと)のセリフを払う。


 結局。

 あの後大和さんと別れ部屋に戻ったはいいものの、シャワーを浴びて布団に入っても一向に眠気は襲って来ず、気が付けば朝を迎えてしまっていた。眠れなかった理由など、あえて説明するまでも無い。あの妹大好き変態男がいったいどんな被害(?)をもたらしてくるのか。

 ……考えるだけで頭痛がしてくる。


「……また悩み事かい?」


「忙しいだけだって」


 何を思ったのかそんな事を言ってくる楠木(くすのき)とおるに、曖昧な笑みで返した。あれ、表情に出てたかな。


「お前も本当に悩むの好きだよな」


「違うっつってんだろ」


 話を聞かないのは杉村修平(すぎむらしゅうへい)。いや、こいつの場合は本当に真意を見抜かれてそうで怖い。

 朝の登校中(と言っても寮棟から校舎までなので5分程度で着いてしまうのだが)、将人・とおる・修平、そして俺。いつも通りの面々での一コマ。こんなくだらないやり取りをしているうちに、校舎には着く。


「んで? グループメンバーの次は何に悩んでるんだよ」


「お前、一度俺に耳貸せ。中の物全部抉り出して聞こえを良くしてやるから」


「はは」


 下駄箱から上履きを取りつつそう質問してくる修平に、凄みを利かせてみるものの鼻で笑われてしまった。ムカつく。


「まあ、本当に悩みがあるんならいつでも相談に乗るからね? 転入してから一向に落ち着きを見せてないんだから」


 確かに。とおるの言い分に思わず頷く。

 もともと転入してきた理由が公にできない“アレ”とはいえ、それが解決した今でものんびりとした学園生活とはかけ離れている日常を俺は送っていた。

 一向に落ち着きがない。

 ……というより、それは俺のせいではなく主に外的要因によるものだ。大和さんとか片桐とかシスコン兄貴とか。


「そうだそうだ、相談しろしろ」


「さーて、今回はどんなネタかなー」


「お前ら2人横に並べ。順番にぶん殴ってやる」


 とおるは本心からの心配なんだろうが、あと2人は違う。修平に至っては本音漏らしたな。ネタって言ったぞ今。


「あら、聖夜じゃない」


「あん?」


 潔く逃走を始めた将人と修平を目で追いながら指を鳴らしていたところで、後ろから声が掛かった。思わず振り返る。


(まい)か。おはよう」


 花園舞(はなぞのまい)。真っ赤な髪をした名家のご令嬢で、俺の幼馴染だ。

 舞は残った俺ととおるを交互に見てから、結局視線を俺へと戻した。


「おはよう。で? 朝っぱらからこんな下駄箱のところで何してるわけ?」


 その反応で、おそらくとおるの名前を忘れているのであろう事は容易に想像ができたが、藪蛇状態になるのは御免だったので普通に答えることにする。


「何って、人狩りだけど」


「何よその物騒な単語。はぁ……」


「いきなりため息とはご挨拶だな」


 若干芝居がかったそのため息に口を挟む。そうしたら見事にジト目で睨まれた。


「貴方、ちょっと自分の立場考えなさいよ」


「それ、お前が言う?」


 名家の生まれのくせに破天荒な態度や行動ばかり取ってるお前が?


「一遍死にたいらしいわね」


「その次に移すであろう行動こそが、俺が今まさにしようとしていた人狩りだ」


「ちょっとちょっと、ホントにしたりしないよね!?」


 俺と舞の間に、とおるが慌てて入ってきた。


「まさか」


「冗談よ」


「だったら、もう少しそれっぽい表情で言ってくれよ!!」


 そんな殺伐とした空気にしたつもりじゃなかったんだが。とおるの喚くような抗議を聞いて、ちょっと度が過ぎたかと反省する。


「まあ、気を付けるよ。もう一度反省文なんざ御免だからな」


「私が言いたかったのはそっちじゃないんだけど」


「じゃあどっちだ」


 俺の質問は、舞の中で余程底辺のものだったのだろうか。舞は自分の下駄箱から上履きを取りつつ、もう一度大袈裟なため息を吐いた。


「……貴方、生徒会なんでしょ。ちゃんと模範生演じろって言ってるのよ」


「……あぁ」


「え、その今思い出したみたいな表情はやめようよ」


 とおるの言葉に思わず苦笑する。


「あの会長じゃこんな感じにもなるって」


「……あの会長?」


 俺の言葉に、とおるが怪訝な顔をする。


「会長の何が気に喰わなかったんだい?」


「……え?」


 何がも何も、全てですけど。


「あの人、男女問わず人気が高いんだけどなぁ。そんなに馬が合わなかったの?」


 ……ちょっと待て。


「なぁ、とおる。お前から見て、あの男どう思う?」


「……どうって、いきなり言われても。……凄く気さくでノリも良いし、学園生活改善にも積極的だし……。模範的な生徒会長だと思うよ」


 ……。


「聖夜、あんた何無言で壁殴りつけてるの?」


「……いや、なんでもないんだ」


 嘘だろ? 人違いじゃないか?


「とおる、俺が言ってるのは御堂縁会長だ。この学園の“1番手(ファースト)”の事を言ってるんだぞ」


「知ってるよ、その人の話をしたじゃないか」


 ……同じ人物の話をしているとは思えない。


「……とおる、お前眼科行け」


「何で!?」


 優しく肩を叩いて諭したつもりだったのだが、思いっきり拒絶された。


「舞、お前なら分かってくれるよな。あの男の奇行ぶりを」


「奇行? 今のあんたの方がよっぽど奇天烈なんだけど」


 ……。


「……生徒会の人間が校舎傷付けてるって通報されるわよ」


 何なんだこの理不尽は。この憤りはどこにぶつければいい。教えてくれ。

 あと拳が痛い。くそ。身体強化魔法使えばよかった。……そういう問題じゃないな。


 それにしても。

 あの男、なぜ周囲からのウケは良いんだ。







「おはよー」


「おはよう」


「……」


「中条君、花園さん、おはよう」


「おはよう」


「……おはよう」


「おっす中条、今日も仲良くご登校かよ!」


「そこで会っただけだ!」


「……」


「中条君、おはよう。朝から見せ付けてくれるわねー」


「何も見せてねーよ!!」


「……」


 教室に入るなり、最近恒例の冷やかしを受ける。

 グループ登録期間最終日。舞たちを屋上に呼び出し『アピール』をした際、何を思ったのかこのクラスの面々は皆こっそりと一部始終を見ていやがったのだ。

 くそ、あんな恥ずかしい場面を覗かれていたなんて……。


 俺としては“そういう表現”はしていないつもりだったのだが、見事に周囲が囃し立ててくれたおかげでこの有り様だ。

 つまりはどういう事かと言うと。


「聖夜、帰国子女なお前に博識な俺が1つ教えてやる。この国はな、一夫多妻制ではないのだ。それを踏まえた上でなぶべろっ!?」


「ああ、勉強になったよ。だからもう黙ってくれ」


 こういう事だ。

 癪に障る笑顔で寄ってきた将人の顔面に拳を叩き込む。


「……痛そう」


 後ろから遅れて入ってきたとおるは、その瞬間を見てそう呟いた。

 にしても。


「舞、お前朝の挨拶くらいちゃんとしろよ」


「……してたじゃない。私の名前を呼ばれた時は」


「されなきゃせんのかお前は」


 ぶすっとした顔をされる。

 こんな感じだから友達が一向に増えないんだよ。


「中条さん、舞さん。おはようございます」


「おう、おはよう」


可憐(かれん)。おはよう」


 姫百合可憐(ひめゆりかれん)。舞と同じ日本で五指に入る名家のご令嬢だ。真っ黒な黒髪に、女性らしさを全面に押し出したスタイル。容姿端麗・文武両道。……そして友達が少ない。


「揃ったぞ、うちのクラス最強の布陣が」


「おおっ、朝からアツアツですなー」


「くそっ、羨ましいぜ中条。ウチの2大プリンセスをモノにしやがって!!」


「良いなぁ、私も彼氏欲しいなぁ」


「中条死ねー」


「『アピール』成功させてんじゃねーよ、幸せ者め」


「羨ましいぃ~」


「ただ挨拶しただけだし、モノにもしてねーよ!! あと、今死ねって言った奴出て来い!!」


 クラス中から笑いが漏れる。……動物園のパンダにでもなった気分だ。

 あと、可憐。いくら耐性が無いとはいえ律儀に頬を染めるのやめろ。舞も毅然としているようで顔緩んでるぞ。


「あ、そ、そうだ。中条さん、今日の放課後は練習できるんですか?」


 俺のジト目に気が付いたのか、可憐が話題逸らしの質問を投げかけてくる。

 しかし、乗ってやりたいのは山々だが、その内容は実に答え辛いものだった。


「あー、えーと……その、だな」


「また生徒会ぃ?」


 言いよどむ俺に、舞が眉を吊り上げる。


「いや、今日はそうじゃない。慈善活動だ」


「……そういえば、いつかあるとはおっしゃってましたね」


 可憐が思いの外がっくりと項垂れた。


「困りましたね。選抜試験までもう2週間を切っています。それなのに私たちは一度も練習をしてません」


「その3人で練習なんてする必要あんのか?」


「あ?」


 今の今まで激痛で蹲っていた将人がようやく立ち上がり問いかけてくる。


「試験対策なんていらねーんじゃねーの? 学年最強の3人だろ?」


「馬鹿なこと言わないでちょうだい」


 その問いに舞が面倒臭そうに髪を掻き揚げた。


「この学園の人たちじゃ相手にならないのは当たり前でしょ。問題なのは、相手にならなさ過ぎて1人で殲滅しちゃう可能性があるって事よ。ちゃんと領分を決めとかないとね」


 あまりの傍若無人な物言いに絶句する将人。

 心境としては俺も同じだ。思わず可憐へと視線を移す。


「……あれ? 練習ってそういう練習なの?」


「い、いいえ……。私はチ、チームワークとか……そういった練習のつもりだったんですが」


「そこ、なにごちゃごちゃ言ってるの。言いたい事があるならはっきり言いなさい」


「いや、別に……」


 俺や可憐の認識と舞の認識の違いは、正しておいてやるべきだろうか。

 ……それはまた今度練習する時でいいか。面倒臭い。


 それに、生徒会の面々が参戦する事についても、まだ可能性の域を出ていない。参戦が真実だとしても、俺たちのチームと確実に当たるわけでは無いし。大和さんの情報を疑っているわけではないが、まだ恐らく知らされてないであろうこの面子に言ってもややこしくなるだけだ。


「まあ、ともかく近いうちに時間は作る。もうちょっと待っててくれ」


「……分かりました」


「しょーがないわね」


 生徒会の忙しさは、普段の俺を見ていても分かるのだろう。内心では渋々なのだろうが、表面上は素直に2人は頷いてくれた。







「時間ですね。それでは、今日はここまでとします」


 チャイムの音を聞いて時計を確認した教師は、開いていた教科書を閉じてそう口にした。

 束の間の休息。昼休みの始まりである。


「聖夜、可憐。行くわよ」


「はい」


「おう」


 いつも通り、舞がお昼を誘いにやって来た。

 ポケットの中身を確認して立ち上がる。ほぼ同時に可憐も席を立った。

 さて、今日は何を食べるかな。


「中条君はいますかぁ~」


「ん?」


 舞や可憐といざ学食へと踏み出したところで、ぽわぽわとした声が教室の中に響く。

 教室の前の扉へと目を向けると、俺の名前を呼んだ張本人と目が合った。


「あ、いましたいました。中条君、ちょっとだけ時間いいでしょうか~?」


 白石(しらいし)はるか。俺や舞、可憐の担任だ。

 用件なんて聞くまでも無い。十中八九、本日の慈善活動の件だろう。


「待ってる?」


「いや、先行ってくれ」


 舞からの質問に即答する。


「で、でも……」


「待ってると学食の席埋まっちまうかもしれないぞ。行って取っててくれ」


「……分かりました」


「ん」


 また後でねと手を振る舞と律儀に一礼する可憐に応え、白石先生の元へと急ぐ。

 手招きされるがまま廊下へと出たところで、白石先生は口を開いた。


「ごめんなさいね。せっかくのお昼休みなのに」


「いえ、平気です」


 元はと言えば、俺が蒔いた種なのだから。


「その顔は、もう用件には気付いているようですね」


「ええ、慈善活動の件ですよね」


「その通りです」


 白石先生は深く頷いた。


「むしろ朝礼で呼び出されるかと思ってました」


「ご、ごめんなさい。そのつもりだったんだけど、すっかり忘れちゃってまして……」


 流石はTHE・ぽわぽわの異名を持つ白石先生だ。お約束は裏切らない。

 さて、冗談はここまでにしておくとして。

 いったい何をやらされるのやら。


「中条君には、青藍魔法学園にある教会でお掃除をして貰おうと思います」


「やっぱり掃除でしたか。何となく想像は付いて……」


 ……え? どこだって?


「お決まりではありますが、これも罰です。しっかりと取り組んで下さいね?」


「……すみません。どこを掃除すればいいんでしたっけ?」


「教会ですよー」


「きょう、かい?」


「はい、教会です」


 ……。

 教会って、あの(、、)教会じゃないだろうな。


「中条君は、見た事ないですかね? 青藍には教会があってですね、これが中々に立派な施設でして」


 ……。


「場所は寮棟から校舎に向かう途中にある十字路を……って、そういえば中条君は生徒会館に通ってるんでしたね」


 ……。


「だったら、向かってる途中に建っている建物がそれなんですよ」


 ……。


「それはもう真っ白で綺麗な建物で」


 ……。


「あ、中も凄いんですよ? 学園に付いてるオマケみたいに考えてたらびっくりしちゃうんですから」


 ……。


「神聖な祭壇に色ガラスで照らされた空間がまた……。あれ、中条君?」


 ……。

 あ。

 あの教会じゃねぇかああああああああああああああああああ!!!!


「い」


「い?」


「嫌です!!」


「嫌です!?」


「お願いします白石先生!! 場所代えて下さい!!」


「え、へ!? ちょっとどうしちゃったんですか中条君!?」


「他の事なら何でもやりますから!! お願いですからあそこだけは!!」


「だっ、駄目ですよぉ。もう教員会議で決まっちゃってるんですから!!」


「そ、そこを何とか!! 校庭の落ち葉全部拾えとかでもやり遂げますから!!」


「そこまで!? で、でもでもでも無理なものは無理で――ひゃう!?」


「お願いです、お願いします!! あそこだけは無理なんです!!」


「あ、あああああのあの、中条、くんっ」


「白石先生、何とかして下さい!!」


「あわあわあわ、あの、えと、その」


「覆せないですか、その決定!! どうにか、し、て……」


 異変に気付いた。

 白石先生が顔を真っ赤にして俯いている。

 なぜそんな事になっているのか自覚などまったく無かったのだが、ふと視線を落としてみて分かった。どうやら俺は熱く抗議するあまり、無意識の内に白石先生の両手を握りしめていたらしい。


「……あの、ですね。わ、私は中条君の先生ですので。そのー、こ、こういうのは良くないと思うんですよ」


「す、すみませんっ!!」


「きゃっ!?」


「あ、すみません!!」


 事態に気付き思わず乱暴に振りほどいてしまったせいで、驚かせてしまったらしい。

 ……。


「……え、えと」


 何、この空気。

 え? このお方ってここまで初心(うぶ)な方だったの? 確かに男っ気は無さそうだけど、ちょっと手を握っただけなんですが。ぎこちなくふわふわとした髪を撫でつけながら、頬は真っ赤に染めたままで忙しなく視線を漂わせている教師を前にして、言葉に詰まってしまった。


 まずいぞ。この空気もまずい。確かにまずいんだがもっとまずい事がある。何とかして慈善活動の内容を変えて貰わなければいけなかったのに、このままじゃ何も解決しないまま終わってしまう。


 しかし、俺はこの時大切な事を失念していた。この場にいるのは俺と白石先生の2人だけではない。

 往来の激しい廊下だ。

 つまり。


「……中条君、もしかして3人目?」


「……おい」


 第三者が一部始終を見ているのである。

 それも自分のクラスの真ん前だ。より発言に遠慮が無い。そして見当違いも甚だしい。


「中条ぉぉぉてめぇぇぇ!!」


「まさか、白石先生にまで手を出すなんて!!」


「中条君って、手がはやーい」


「出してねーよ!! あ、手は出したか」


「上手い事言ってはぐらかそうとしてんじゃねー!!」


「ちょっとお前ら落ち着け!! ご、ごか――」


 誤解だという俺の声は、虚しくも校内放送によって掻き消された。その突然の電子音に騒然となりかけたクラスと廊下が静まり返る。

 良かった。助かっ――


『あーあー、てすてす。ただいまマイヴォイスのテストちゅー』


 ――てねぇぇぇぇぇぇぇ!!!!

 何だこの過去の恐怖を掘り起こすような聞き覚えのあり過ぎる声色は!!

 それにテストしてんの自分の声かよ!! ならマイクオフにしてやれや!!


『学生の憩いの時間にごめんねー、すぐ済ますからさー。10秒!!』


 10秒!?


『用があるのは、ずばり君だ!!』


 もはや急展開過ぎてついていけない。周りの奴らも同じように固まっている。


『返事をしたまへよ、中条聖夜クン!!』


 名指しすんな。


『放課後、君を待つ!! 以上!!』


「早っ」


 電子音とともに校内放送が打ち切られる。ほんとに10秒で終わらせやがった。放送の中身すっからかんじゃねーか。

 ……嫌だなぁ。あそこに行くの? 今みたいにぶっ飛んだ放送をする、“謎のシスター”のところに?


「……サボっちまうかな」


 呟いた直後、再び鳴り響く電子音。


『ちなみぃ、来なかったらぁ~、きゃっ。そっちの方が面白いかもぉ』


 こちらの反応を待たずして校内放送は終了した。

 よし。放課後、チャイムと同時に全力ダッシュだ。自分の罪を悔い改める慈善活動なんだ。1秒でも早く着かねばなるまい。

 あと、あれだ。妙に甘ったるい声出すのはやめてください。


「な、中条君。頑張って下さいね」


 微妙にまだ赤さを残しつつも。白石先生から気の抜けるエールを頂戴した。







 放課後。

 いつものメンバーへ早々に別れを告げ、俺は1人で教会へと訪れていた。教会は生徒会館へと向かう階段の途中にあり、迷う事などない。いっそのこと迷えた方が幸せだったかもしれないが、結局最後に泣きを見るのは自分だ。


 無駄に豪勢な作りである噴水を迂回する形で歩き、教会の入り口へと立つ。

 まさか、こんな短期間の内に再びここに来る事になろうとは。

 いつもなら敢えて視界に入れぬよう全力でスルーしているのに。


「……はぁ」


 ぐだぐだ言ってても終わらないんだ。ならばさっさと片付けてしまうべきだろう。そう考えた俺は、憂鬱な気持ちをなんとか丸め込み目の前の扉に手を掛けた。

 力を入れて、押し開ける。

 そこには――――。


「よく来た、迷える子羊よ」


「失礼しました」


 丁寧に扉を閉めた。


「さて、帰るか」


 もう十分だろう。

 何だ今のは。

 両手を広げて仁王立ちしたシスターなんて見た事も聞いた事も無い。


 そうか、俺は来る場所を間違えたのか。ははは。じゃあしょうがないな。白石先生にもう一度確認を取りに行こう。聞き間違えたに違いない。こんな狂った場所で慈善活動なんて考えられないだろう。

 そう思い踵を返そうとしたところで、扉が内側から開けられた。


「何してんの? さっさと入りなさいよ」


 出来れば二度とお目に掛かりたくないシスターが顔を出す。


「……何かこの間に比べて随分と待遇違くないですか?」


「この間は客人。今回は下僕ごほごほっ。……今回は慈善活動で来たんでしょ?」


「咳払いで隠せてないんですけども!?」


「つべこべ言わずに入りなさいよ、さあさあさあ!」


「ちょっと、引っ張らないで!?」


 扉は、無慈悲にも閉められた。

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