第1話 予感
「……戻ったぞ」
「はいは~い、お疲れ様~」
うんざりした声色を意図的に聞き流しているのか。
御堂紫こと青藍魔法学園の副会長様は、軽い調子で労いの言葉を放ってきた。
「窓ガラスの取り替え、グラウンド騒動の鎮圧、教員の資料運び。次は何だ」
「ひとまず、現段階での依頼は打ち止めよ。……んぅ」
「左様か」
生徒会館、会議室。
パソコンを前に何やら唸りだした副会長をしり目に、その対面の席へと腰を下ろした。
「……むむむ?」
唸り声と、マウスを弄る音だけがこの空間を支配していた。
ゆっくりと息を吐き出す。
このところ、ずっとこの調子だった。
生徒会の仕事とは、想像以上に幅が広くそして日陰の仕事が多い。公の場でふんぞり返っているイメージしかなかっただけに、これは意外だった。暇な時間などほとんどない。生徒からの出動要請だけでなく、用務員や教員からの頼まれごともある。文字通りの何でも屋だ。
ベル音が鳴り響いた。
「はい、こちら生徒会館会議室」
目の前のパソコンから視線を逸らす事無く、ほぼ機械的な動きで副会長がレトロな受話器をとる。
……また面倒事か。
「はい、はい……。はい。分かりました、直ぐに手配します」
そう言いながらこちらに目配せ。間違いない、面倒事だ。またあの階段を降りろってか。もう向こうで待機していた方がいいんじゃないだろうか。
小気味のいいベル音と共に、通話が切れる。
「中条君」
「次はどこだ」
「体育館よ。どうも柔道部とバスケ部が使用権について揉めてるらしくて」
平和な事だ。
「片桐はどうした」
「別件対応中」
「会長は」
「……行方不明よ」
そのまま死んでしまえ。
「しょうがないな」
重い腰を上げる。
「ごめんね」
「副会長が悪いわけじゃないさ」
そう言って会議室から出ようとした時。
「――あら?」
扉の先から、女性の声が聞こえた。
その声に反応した副会長が、パソコンから顔を上げる。
「あ、鈴音さん。会議は終わったんですか?」
「ええ、少し外回りもして参りましたわ」
黒髪をポニーテールにしたその女性は、優雅な微笑みを携えながら腰に差した木刀の柄をトンと叩いた。
その仕草で分かった。どうやら一仕事してきたらしい。
女性の視線が、副会長から俺へと移った。
「どちらへ?」
「体育館です。どうやら一悶着あるようで」
「体育館? それでしたら……」
「さ、先ほど解決した一件ではない、かと」
顎に指を当てながら思案気な顔をする女性に、後ろに同伴していた者が頷く。
おどおどした口調におかっぱ頭。
青藍魔法生徒会書記・花宮愛。
俺や片桐、副会長と同じく2年であるにも拘わらず、誰に対しても敬語を使う。そして、俺にだけは非常に恐る恐る話しかけてくる。どうやら苦手意識を持たれているらしい。
あれか、目つきが悪いからか。くそ、どいつもこいつも外見だけで判断しやがって……。やめよう。虚しくなってきた。
そして。
花宮の前に立つ女性こそが、この学園で3番目に強い女。
青藍魔法学園会計にして“青藍の3番手”。
蔵屋敷鈴音。
「体育館の使用権で揉めていたようですので、介入致しました」
……どんぴしゃだな。“3番手”が介入したんだ。一網打尽だろう。
「ありがとうございます、手間が省けました」
「お気になさらず。仕事ですから」
大人びた微笑みを浮かべて、蔵屋敷先輩が会議室へと足を踏み入れる。その後ろを続くように、花宮も恐る恐る俺の横を通り過ぎた。
……あからさま過ぎると、流石の俺も泣いちゃうぞ。
「花宮さん、書類はこちらに」
「は、はいっ」
大きな音を立てながら、花宮が指示された場所へと書類の束を置く。
「順調ですか?」
「例年通りですわ」
副会長の短い質問を、正確に理解したであろう蔵屋敷先輩が即答した。
「ようやく予算の配分が済んだと思えば、次は場所争い。まだまだ一筋縄では行きそうにありませんわね」
予算の配分。場所争い。
これは2週間後に迫った魔法選抜試験の話をしているわけではない。その後に控える一大イベントのものだ。
すなわち。
「青藍魔法文化祭、ですか。まさかこんなにも早くから動き出しているとは思いませんでした」
思ったままの感想を口にしてみる。
「確かに。部活動……クラブが行う出し物についてはかなり早くから着手してるわね。というよりも、各クラスの活動開始時期と合わせちゃうと、生徒会が回らなくなっちゃうから」
やむを得ないという表情で副会長が答える。
青藍魔法生徒会。
魔法学校において有数のエリート校と称されるのがこの青藍魔法学園。その中でも選りすぐりの実力者が集う集団。どんな強者がふんぞり返っているかと思えば、人数は少なかった。
現在絶賛行方不明中の妹大好き変態シスコン会長を筆頭に、その妹・紫副会長、会計・蔵屋敷先輩、書記・花宮、肩書は持たないが遊撃隊(いわゆる荒事の際に真っ先に駆り立てられる)・片桐、そして見習い雑用という微妙な地位の俺。
合計6人だ。
俺が入る前は5人でこの学園を回していたというのだから恐れ入る。
「はい、こちら生徒会館会議室」
再び鳴る電話とそれを取る副会長。
……次か。
せっかく蔵屋敷先輩が面倒事を片付けてくれたというのに。結局また階段を下るんじゃ意味が無い。いっそのこと、俺も片桐のように学園校舎にある生徒会の出張所に居させてもらえないだろうか。いちいち階段を上り下りするのはゴメンだ。そのうち無意識に転移魔法を使いかねない。
「……分かりました」
ベルの音と共に通話が切れる。
「今度は何だ」
受話器を置き、怪訝な表情を浮かべる副会長に先手を打って尋ねる。どうせ俺が出張る事になるんだ。わざわざ結果を引き延ばす必要は無い。
俺の問いに対し、副会長はようやく納得したとばかりに呆れた声で内容を口にした。
「相手は白石先生だったわ。用件は、貴方のすべき慈善活動について」
「……は?」
慈善活動?
「何の話だ」
「こっちのセリフよ」
質問が即座に切り返される。
「中条君。貴方、あの一件のカタはもうついたとか何とか言ってなかったっけ?」
「あの一件? ああ、殴り飛ばしたアレか。ちゃんと反省文は提出したぞ」
出して終わりかと思いきや添削されて駄目出しされた俺は、わざわざもう一度提出し直したんだ。白石先生、忘れたとは言わせんぞ。
「反省文はちゃんと受理されたみたいだけど……。話によると慈善活動も罰則の1つだったみたいなんだけど」
「……慈善活動」
『反省文300枚と慈善活動。これで今回の中条君に対する罰則はお終いです』
不意にあの時のやり取りを思い出す。
そう言われてみれば確かに言ってたな、そんなこと。反省文の悪夢が凄すぎてすっかり忘れてたわ。
「それは心当たりがあった時の表情ね」
副会長からジト目で睨まれた。
「……すまない。忘れていた」
素直に頭を下げておく。その殊勝な態度に放とうとした嫌味でも飲み込んだのか、副会長は頭を抱えながらパソコンに突っ伏した。
「ただでさえ試験と文化祭で引っ張りだこの生徒会の中から、貴重な戦力が消えるなんて~」
「いや、本当にすまん」
忙しいのはこの身を以って理解しています。だからこそ、ホントすんません。
「……いえ、これはしょうがないわ。償うべきところは、しっかりと償っておかなきゃね」
副会長が弱々しく笑って見せる。それが余計に罪悪感を生んだ。
「致し方ありませんわね。もっとも、もともとは中条さん無しで回していた行事です。ここは今まで通りに戻ったと考えましょう」
蔵屋敷先輩はさして表情を変化させる事無く、穏やかな笑みのままそうおっしゃた。
「明日の資料配布と部活動への説明については、花宮さん1人で行ってもらえますか? その間、中条さんが受け持っていた案件は私が請け負います」
「え、あ、は……はいぃ」
蔵屋敷先輩からの指令に、花宮は若干縮こまりながらもコクンと頷いた。
……部活動巡りか。これも文化祭のものだろう。いろいろと揉め事も多いようだし、単独で行くには勇気がいるのかもしれない。俺のせいとはいえ、花宮の人柄を考えれば不憫すぎる。
「助かります。愛ちゃんもありがとね。それじゃ、中条君。明日は貴方来なくていいわ」
「了解。で、慈善活動の内容は?」
「それは明日直接話すって。今、決めてる最中みたい。少なくとも明日行うから、先に予定の確認をってことみたいだったわ」
「なるほどね。分かった」
何をやらされるのやら。多分トイレ掃除とか学園のゴミ拾いとかだろうけどさ。
あー、憂鬱になってきたな。
……いや、それだったら今やってる内容と大差ないのか? 何せ厄介ごとをひたすら解消し続ける仕事なわけだし。
……。
ダメだ。余計に虚しくなってきた。
☆
廃れた階段を下る。
既に日は落ち、月が夜空を照らしていた。
今日は満月。いくら廃れているとはいえ、このほぼ山道でしかない階段にも街灯くらいはある。が、それも気持ち周囲を照らす程度なうえに数が圧倒的に少ない。月明かりが無ければ満足に歩くことすらできぬほどの暗さだった。
魔法選抜試験や文化祭など、行事の前は必然的に遅くまで業務がある生徒会。こういった時間に帰宅することもざらであり、副会長たちは懐中電灯を持ち歩いているらしい。俺も一個持つようにしようか。
副会長を始めとして、蔵屋敷先輩と花宮はまだ生徒会館だ。どうやら文化祭関連でトラブルが起こったらしい。何か手伝うかと申し出たが、断られた。無論、足手まとい以外の何者でもないからである。もともと文字通りの意味での戦力として買われた身であり、その上転入生という学園の知識皆無の俺だ。学園行事の頭を使う部分で役に立てるわけがない。それこそ、本当に頭数が必要になるまでは肉体労働中心となるだろう。
そんな事を考えているうちに、教会のある階段の踊り場まで下りてきた。
そこで見知った顔を見かけた。
「……大和さん?」
「よぉ、聖夜。遅かったじゃねーか」
現・“青藍の2番手”。豪徳寺大和。
茶色の長髪に、ぶかぶかのズボン。学ランのボタンは全開で、中にはこの夜の空間でもはっきりと分かるほどの色鮮やかなTシャツが覗いていた。魔法選抜試験の準備としてつい先日まで行われていた『グループ登録期間』中に、ちょっとした情報のすれ違いからまさかの大喧嘩にまで発展してしまった先輩である。
「相も変わらず扱き使われてるみてーだな」
「おかげ様で。これもギブ&テイクですから」
俺の割り切った発言に、大和さんが苦笑した。
「お前がいきなり生徒会に入るってほざき出したときにゃ、どうやって正気に戻してやるかを本気で考えたもんだが……随分とまぁ様になってきたみたいじゃねぇか」
「……と言うより、本気で殴りかかってきましたよね。あの時」
「そうだったっけか?」
「おい」
話し終わった直後、無言で拳を放ってきたのはどこのどいつだ。
「まあ、もう済んだ話だ」
「そのセリフを言う権利があるのは俺の方ですが」
「じゃ、言っていいぜ」
……。
「無言で指を鳴らすのはやめとけ」
大和さんの言葉に、思わずため息を吐く。
「ひとまず、うまくやれてるようで安心したわ。あの野郎の傘下に下るってのは正直今でも納得いかねーがな」
……。
個人名は出てないが、誰の事を指しているかは言うまでもない。
「けど、あの人あまり生徒会館には顔出しませんよ? 最近、放課後になるとふらっと何処かへ消えるようで」
俺が言うまでも無く、大和さんとあの男は同じクラスだ。むしろ俺よりは情報を持ってそうだが。
「あの野郎の奇行なんざ、いちいち目で追ってねーからなぁ」
ああ、そうでしたね。愚問だったか。
「それで何の用です? わざわざこんな時間まで待ってたってことは何かしらの用事があったんでしょう?」
あまり有益な情報は得られないと判断して、そう切り出してみる。
すると、今まで嫌悪感剥き出しだった表情が更に悪化した。
「……あの野郎に関する事だ」
「あの男の奇行なんて、いちいち追ってないんじゃなかったんですか?」
「積極的に集めて回った情報なんかじゃねぇ。あくまで聞きかじった程度で信憑性は高くねーんだ。聞くか?」
無言で頷く。
興味の有無以前に、わざわざこんな時間まで俺を待っていてくれたんだ。聞かないという選択肢はないだろう。
「何か企んでやがるな」
「企む……ですか」
その抽象的な情報に、思わず単語を繰り返した。
「お前、あの野郎が放課後どこに行ってるかは聞いてるか?」
「いえ、生徒会では行方不明というだけで完結されてますので」
それで済んでいるあたり、生徒会の面々がいかにあの男を放置しているかが窺えるだろう。
「教員室、って噂だ。最近出入りしているところをよく見かけるらしい」
「……はぁ」
どんな奇天烈な場所が挙げられるかと思いきや。
何だ、ついに自分の奇行を恥じて自首でも決意したのか。
「お前が考えている事は何となく想像付くんだが……。言っとくがあの野郎にそんな殊勝な心構えは残っちゃいねーからな」
ですよね。
「んじゃ、こっちの情報はどうだ。今回の魔法選抜試験、お前の学年は生徒会執行部員全員参戦って噂」
「……はぁ」
飛び飛びな話に、相槌を打つ事しかできない。目の前の先輩はいったい俺に何を伝えたいのだろうか。
第一、いくら俺の学年の話とはいえ、生徒会役員が選抜試験に全員参加することなんざ関係な――。
「……ん?」
ちょっと待て。今、何て言った?
「すみません、少しぼーっとしてました。もう一度お願いできますか?」
「あ? 今回の選抜試験、2学年は生徒会執行部員も全員参戦するらしいって噂なんだが……」
……。
2年の生徒会が全員参戦……?
「……はぁ!?」
「リアクションを見るに、これも知らなかったらしいな」
俺の表情を見て、大和さんが冷静にそう評価する。
いや、知ってる知らないなんざどうでもいい。
「生徒会役員が全員参戦……」
最高の成績が保障されてる奴らが全員参戦だ? 何がしたいんだ。試験で冷やかしでもする気か。
「お前の学年、今何人だ?」
「何がです?」
「総数だよ」
「ああ。……えーと、俺含めて121人でしたね」
選抜試験を受ける上で俺にとっては重要な数字だった為、忘れるはずがない。
「……なるほどな、そういう事かよ」
何やら得心がいったかのように頷く大和さんに、思わず首を傾げる。俺の頭上に「?」マークが浮かんでいるのが分かったのだろう。大和さんは面倒臭そうに頭をがりがり掻きながら口を開いた。
「あの野郎が企んでる事、何となく察しがついた」
無言で先を促す。
「グループ試験は3人1組。お前の学年の総数は121人、その内試験を受ける必要が無ぇ生徒会はお前とあと3人だ。間違いないな?」
「ええ、その通りです」
まもなく2週間前を迎える魔法選抜試験とは、生徒をそれぞれのレベルに合わせたクラスに割り振る為の試験。成績を考慮しAからFまでの6つのクラスに分けられる。
全校生徒が対象となる試験だが、例外がいる。それが生徒会だ。
生徒会の役員は試験が免除される。試験期間中は教員のフォローに回るらしい。……いや、もう『らしい』では無いな。試験はまだ始まってないものの、試験期間中は既に今も含まれている。今日も遅くまで生徒会館で仕事をしてた理由の大半はそれだ。試験の前準備とやらも、これが中々に忙しい。
……話が少し逸れたか。
俺の学年の生徒会は俺を含めて紫、片桐、そして花宮。計4人だ。間違いない。
「つまり実際に試験を受ける必要がある奴ってのは117人しかいないわけだ」
「そうですね」
「なら、何でお前が『余り枠』で入ってんだ?」
「え?」
「試験を受ける人数が117で、作るべきグループは3人1組。割り切れるだろ」
「……あ」
確かに。
大和さんが言った『余り枠』とは、グループを作る上でどのグループにも属せず溢れてしまった学園生への救済措置だ。毎年入学してくる生徒たちが、グループ試験において常に3で割り切れる数になるとは限らない。その為、溢れてしまった生徒は試験に直接関係しない生徒会役員と組む事で人数の帳尻を合わせている。
救済措置とは言ったものの、これが意外と人気の制度なのである。なぜなら、溢れてしまった人間は生徒会の人間と組めるから。
生徒会の人間は試験を受ける前から既に自らの成績が確定しており、あくまで溢れてしまった学園生をフォローする為だけに試験を受ける。そう、魔法においてエリートと呼ばれる生徒会が、だ。故に試験でも活躍しやすい。チームメイトはその学園生の為だけに動いてくれるのだから。
そんな理由によりこの制度は人気が高く、一部では『余り狙い』とも呼ばれ、進んで溢れようとする生徒もいるくらいなのだとか(俺も生徒会に入る前は本気で狙っていたわけだが)。
そしていつの間にやら立場が逆転し、俺は生徒会の人間となった。本来ならば試験など受ける必要は無いのだが、先ほど出ていた『余り枠』を使って俺はとある2人とグループを組んでいた。
……のだが。
「え……。じゃ、じゃあ俺のグループって無効?」
嘘だろ。じゃあ、何の為に生徒会に入ったんだ。あ、試験結果から逃げるためか。あれ、じゃあいいのか? ん? どうなるんだこの場合。
「一回落ち着け」
頭の中で情報がぐるぐると回りだしたところで、大和さんから正気に戻された。
「そして、これが俺の持ってる最後の情報だ。お前をハメようとした4人組、その内の1人が辞めたらしい」
……。
「正確には転校らしいがな。ま、教員共も相当キレてたみてぇだし耐えられなくなったんじゃねーの?」
初耳だ。
「お前、マジで周囲に関心無ぇのな」
「……あんたにだけは言われたくないんスけど」
呆れた声色でそう言われ、思わず言い返した。
だってあんた、友達いないだろ。
「んんっ。話を戻すぞ」
大和さんは俺のジト目を受けて妙に視線を漂わせた挙句、満足な返しが思い浮かばなかったのか、咳払いをしながら強引に話を引き戻しにかかった。
「現状じゃ、試験を受けるべき人数は116人ってこった。3で割りゃ2余る。つまりお前が余った2人と『余り枠』で組むってのはセーフってわけだな」
「……はぁ」
「そこで2つめの情報に戻る」
「生徒会役員が全員参戦って奴ですか? 正直、信じられないんですが」
俺が『余り枠』を埋めた事で、人数の帳尻は合ったはずだ。わざわざ残りの3人が参戦する意味が分からん。それに、今日見た限りじゃ副会長も花宮もそんな感じは少しも匂わせなかったぞ。
「お前、グループ試験の試験内容は知ってるか?」
「いえ、まだ。正直、生徒会の仕事でそれどころではなく……」
「3対3のガチンコバトルだ。毎回グループ試験のお題はこれ。一度も変更になった事は無ぇし、今回もこれだろう」
複数人による魔法対決か。これまた俺にしてみればやり辛い試験内容だ。
「まだ気付かねーか? お前含めて117人でグループを作りゃ、その数は39だ。3対3の魔法対決なら、ここでも1チーム余ると思わねーか?」
「……なるほど、余りますね。……え、ちょっと待って。まさか」
不意に頭を過ぎった嫌な予感に、嫌な汗が流れる。
「……気付いたか」
「ようやくか」とでも言いたげな大和さんに、本来なら拳でも1発ぶち込んでやるところだが、生憎と今はそれどころじゃない。
学園生の1人が転校。
俺が『余り枠』を埋める事でグループは完成。
試験内容はグループ同士の魔法対決。
しかしグループの数は39で、2で割ると1グループ余る。
2年の生徒会は試験に全員参戦するらしい。
俺を除く2年の生徒会は、3人。
そして、あの男が教員室を出入りしている。
「……おいおいおいおい」
「読めたみてーだな、あの野郎の考えが」
……戦わせるつもりか? 俺のグループと。いったい何の為に――。
『だから、別の条件が必要なんだよ。彼にしか成し得ない、生徒会へ与えるメリットがね』
副会長を諭すときに使われた、あのセリフが脳裏に蘇る。それで全てを悟った。
俺はまだ生徒会の見習い雑用。
正規のメンバーでは、無い。
疑惑が、確信に変わった瞬間だった。
「前代未聞じゃねーか? こんなに生徒会の奴らが介入してくるなんざ」
そりゃそうだろう。もともと生徒会役員が試験に参加する目的は、溢れた学園生の補佐、それのみだ。つまり最高でも2人までとなる。それが今年は4人。それも2年の生徒会は全員参加ときた。
あの男、魔法選抜試験まで私物化する気か。
「それにしても、あの野郎何のつもりだ? お前のグループと生徒会をぶち当てて何かする気か?」
「……おそらく、俺がまだ正規メンバーではないからでしょう。この選抜試験を使って――」
「お前が生徒会執行部員に足る存在であるかを試すってか? 回りくどい野郎だ」
大和さんが吐き捨てる様にそう言う。
だが、これは俺に対して不都合な事ばかりでは無い。
俺が生徒会に身を置けているのは、副会長と片桐といった少数の計らいによるものだ。それをあの男が気まぐれで容認しただけに過ぎない。生徒会の外からすれば、更に蚊帳の外だ。知らないうちに転入生が生徒会役員になってました、そんなレベル。
納得しない人間もいるだろう。何せ俺は“出来損ないの魔法使い”だ。学園の上層部も、この件についてはあまり触れたくないようだし、俺が注目を浴びる生徒会に入ることに不服を唱える者も出てくるかもしれない。
だからこそ、公の試験の場で実力を証明する。形式に囚われた試験結果ではない。実技戦闘の場で以って、俺の有用性を証明する。
あの男は、俺にチャンスをくれているのか。周囲の人間を、自分の力で認めさせてみせろ、と。隠れてコソコソとやられていたのは気に喰わないが、ここは素直に感謝しておくべき場面かもしれない。
そう、素直に思った時だった。
「ただ、お前にこれを隠してた理由が分からねーよな。まあ、結局俺にバレちまってるんだから、隠し通せてはないんだがよ」
「――っ」
その大和さんの言葉に、自らの表情が強張ったことを自覚した。
不可解な点がある。
なぜ、俺に関する情報で俺がまだ知らないようなものを大和さんが知っていたのか。
大和さんは聞きかじった程度だと言っていた。
積極的に集めて回った情報なんかじゃない、と。
他人にあまり興味を示さない大和さんが、消極的な態度でここまでの真実に至る為の情報をどうやって手に入れた。聞きかじった程度? 大和さんの周囲で、そんなに都合よく『俺に関する断片的な情報』が噂されたのか?
否。
そう都合よく自然に手に入れられたとは到底思えない。俺の為に動いてくれた、という可能性も否定はできないが生憎と大和さんの在籍するクラスの在籍者数はわずか3人。大和さんを除けば生徒会のメンバーしかいない。普通に考えて、外からの情報など入ってこないのだ。もちろん、大和さんとてクラスの引きこもりっぱなしというわけではないだろう。トイレに行くだろうし、飯も食いに行くだろう。気ままに廊下を彷徨う事だってあるかもしれない。
でも。
それでも。
いくら俺が関係しているとはいえ、嫌っているあの男や良い印象を持っていない生徒会にも関係する情報を、立ち聞き程度でここまで集められるとは思えない。
あの男の話が鱗片でも含まれれば「胸糞悪い」と言って聞いた傍から記憶を消しにかかるこの男が、だ。
情報をうまく操作されたのか。
巡り巡って俺の元へ届くように。
何の為に。
分からない。
大和さんが俺にこの情報を流す事は、あの男の予想通りだったのだろうか。
「どうかしたのか、聖夜」
「……いえ」
訝しむように尋ねてくる大和さんに、絞り出すような声で答える。
このことを、目の前の男に言う必要は無い。この事実を知ったら怒り狂うだろうから。この2人の過去に何があったのかは知らない。だが、大和さんの反応を見ている限りでは余程のことがあったのだ。
掌で踊らされていたなど、考えたくも無いはずだ。
そして。
俺がそう結論付け、大和さんに事実を伝えないこともあの男の考え通りの行動だったのだろうか。
そう考えた瞬間、猛烈な苛立ちと吐き気を覚えた。
俺の頭の中で。
あの男がにやりと笑った。