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第18話 精霊王たちの集う地へ

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「これは驚いたのぉ……」


 危険区域ガルダー、そのA区域の密林。

 草木を掻き分け辿り着いたその先。


 鬱蒼と生い茂る木々のほとんどがへし折られ、業火によって焼き尽くされ、焦土と化したその土地の中心で、倒れ伏す1人の魔法使いがいた。天変地異でも起こったのかと見紛うほどの環境下で、未だ原形を留めているだけでも奇跡に近い。ただ、この環境を生み出したのが倒れ伏した魔法使いによるものであれば、納得もできるだろう。


 だからこそ、この光景を視認した老人が驚いたのは、そこでは無かった。


 倒れ伏した魔法使いは少年だった。その身体を覆うローブは、元の色が純白だったと言えば誰が信じるであろうか。無数に空いた穴は血で汚れ黒く染まっている。あらゆる箇所が血や土や灰で汚れていた。


 それでも生きている。

 

 浅い。

 本当に浅い呼吸を繰り返しながらも。

 あと、ほんの数秒で消えてしまいそうなほどに儚い灯火であったとしても。


 少年は、まだ生きていた。


 少年の頭もとまで歩を進めた老人は、その場でゆっくりとしゃがみ込んだ。白髪で隠れた顔を見た後、その視線を少年の肩へと向ける。ローブで隠されていても感じる気配。今にも死んでしまいそうな少年を、この世に繋ぎ止めている魔法を発現し続ける存在。


 使われているのは少年の魔力。

 しかし、それを魔法へと昇華する過程で生じる僅かな魔力には覚えがあった。


 老人が驚いたのは、それが覚えのある魔力だったからだ。


「なぜここに妖精樹の気配を感じる。なぜ、その気配がこの少年を助けようとしておるのだ?」


 それは独り言だった。


 老人は、触れようとした。

 その、気配の源へ。


 しかし。


「む……」


 突如として発現されたのは、水属性の障壁魔法。


 それは、本当に弱々しい障壁魔法だった。辛うじて水属性が付与されただけの『水の壁(ウォルタ)』。まるで魔法の初心者が初めて発現に成功したかのような、薄っぺらい水の壁。それでも老人の行動を防げたのは、老人に少年を害する意図が無かったからだ。


 弾かれた自らの腕を見て、老人はその目を見開いた。


 展開されている回復魔法は、少年が気を失う前、力尽きる前に発現したものでは無かった。たった今、発現された障壁魔法もそう。ローブに覆われ、隠された中に存在するナニカによって守られていたのだ。そうでなければ、老人の行動をリアルタイムで対処できるはずがない。


「MC……、『自我持ちインテリジェンス・アイテム』か。それも、妖精樹の気配がするとなれば……」


 そこまで口にした老人は、己の膝を焦土化した地面へと突いた。両の手のひらを差し出すように広げる。そして、静かに頭を下げた。


「精霊王とお見受けする。先の狼藉を伏してお詫び申し上げる」


 老人は、精霊王と意思疎通を図る術は持たない。


 ただ、老人は妖精樹の魔力を知っていた。そして、その妖精樹に精霊王の意志が宿っていることも知識として持っていた。加えて、過去にその精霊樹の材料を持ち帰り、MCを作り上げた非常識な馬鹿共の存在も忘れていなかった。故に、この結論と行動に至るのは、至極当然の流れだと言えた。


「この老骨へ汚名を濯ぐ機会を頂きたい。この少年を貴方のもとまで送らせては貰えまいか」


 老人は、自らの言葉を精霊王が理解できるかを知らない。

 各属性に存在するとされる精霊王へ、個別に意志があるのかも理解していない。


 現代に残る精霊王の記述は、その全てが過去の話だ。

 それも、始まりの魔法使いと七属性の守護者たち登場する絵物語だ。


 それでも、老人はこの一連の流れに意味を見出していた。

 無意味なことでは無いと直感していた。


 少年を庇うようにして発現されていた『水の壁(ウォルタ)』が消える。


 ぱしゃり、と。

 そんな軽い音を残して、重力に逆らえなくなった水の塊が地面を濡らす。


 MCに宿る精霊王が自らの意志で魔法を解除したのか。

 それとも、単純に時間経過で消えたのか。


 そんなことは老人には分からない。


 大切なのは、自らと少年を阻むようにして発現された魔法が消えたこと。

 そして、老人が少年を抱えるために触れた時に拒絶されなかったことである。


 少年を抱えた老人は、ゆっくりと立ち上がった。


 背丈は少年の方が圧倒的に高い。老人はひどく小柄な体格をしていた。それでも、この程度の重みでふらつくほど、柔な鍛え方をしてきたわけでもない。


 少年の身体に空いた無数の風穴から、新たな血が溢れ出すようなことも無かった。障壁は消えたものの、MCから流れる魔力は未だ止まっていない。おそらくは、傷口に魔力で蓋をすることで、これ以上の出血を防いでいるのだろう。そうでもしなければ、この少年はとうに出血で命を落としていたはずだ。


「さて、それでは急ぐとしようか」


 危険区域ガルダーには、その高過ぎる魔力濃度に汚染されて進化した危険生物が大量に存在する。そのため、両腕が塞がった状態で移動するなど自殺行為だ。特に、今いる場所は危険レベルでランク分けされている中でも、上から2番目に位置するA区域。これから向かおうとしている場所など最高難度のS区域だ。


 にも関わらず、この老人に気負いはない。

 ここで暮らすこの老人にとっては、普段とあまり変わらない散歩コースのようなものだった。


 老人の両脚に魔力が集中する。

 僅かな土煙だけを残して、少年を抱えた老人は姿を消した。








 ああ、ようやく。ようやくだ。




 ついにここまで来てくれる。




 あれからどれだけの日が昇り、そして沈んだのだろうか。




 今回の揺り返しは強烈だ。今回こそはもしかするかもしれんな。




 私は反対です。




 もちろん、彼の意志が最優先だ。望まぬのなら、ここで終われば良かろう。




 予言とは異なる。ここで終わるのなら儲けものと言ったところか。






 ともあれ、ようやくだ。

 ようやくこの地に、オラクルがやってくる。

第12章 ユグドラシル編〈中〉・完




 過去一遅い更新となりましたが、お付き合い頂きありがとうございました。〈下〉ではもう少し更新スピードを上げられるようにしたいと思います。再開のタイミングは、Twitterや活動報告でお知らせします。あまり待たせないように頑張ります! SoLa

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