前へ次へ
421/432

第7話 古代都市モルティナ ①

大変お待たせ致しました。




 古代都市モルティナ。

 誰が最初に呼び始めたのか別名は『廃墟街』。


 魔法世界エルトクリアに存在する10の都市の1つであり、唯一エルトクリア王家の息が掛からない場所。当然だ。なぜならこの都市に住まう人間など、公式の記録ではゼロなのだから。しかし、エルトクリア王家がこの都市を管理しないのは、ただ公式の記録を盲目的に信用しているからではない。


 負い目があるからである。


 かつての魔法世界エルトクリアが自治権を獲得する前の時代。

 未だアメリカ合衆国という国から魔法使い達が迫害を受けていた時代。


 彼らが身を寄せ合っていたのが、この地だった。


 始まりの魔法使いメイジや彼女の弟子である『七属性の守護者』たちを筆頭に、自治権を獲得するための決戦を挑む彼らであるが、アメリカ合衆国から提示された条件に内部分裂を引き起こす。その条件とは、『メイジとその弟子たちの首を寄越せ』というもの。


 結局、最後まで反対していた者たちがこの地に残り、そこへアメリカ合衆国が誇るおぞましい殺戮兵器が投下されて終戦を迎えることになる。彼らはその時、公式の記録から存在を抹消された。始まりの魔法使いメイジや彼女の弟子たちと共に。







 神楽の先導で進む店内の廊下。


 店の入り口とは逆方向へ向かっていることから、この店の裏口が古代都市モルティナに繋がっているのだろう。古代都市モルティナは、アメリカ合衆国との独立戦争において『始まりの魔法使い』メイジや『七属性の守護者』たちの処刑に最後まで反対していた者たちが拠点にしていた場所であったと聞いている。過去形なのは、魔法世界側の静止を聞かずに最後までアメリカ合衆国へ反発して虐殺されたはずだからだ。その後、どのような経緯を経たのかは語られていないが、エルトクリア王家は一切の干渉を止めている。


 魔法世界内にありながらも意図的に切り捨てられた都市。

 それが古代都市モルティナだ。


 都市内への立ち入りは禁止。

 ある種、危険区域ガルダーよりも厳密に制限されていると聞く。


 そこへ裏口から繋がるルートを確保していると言うことは、この店は十中八九まともではない。エルトクリア王家に知られてしまえば、そのまま不敬罪として『トランプ』から首を刎ねられそうだ。もっとも、その裏口の存在を知っている神楽家もどんな立ち位置なのか気になるところではあるが。


 すん、と。

 近くを歩くエマが小さく鼻を鳴らした。


 気持ちは分かる。


 この廊下。

 僅かにではあるが血の匂いがする。


 そして、それよりも濃い匂いを先導する神楽の従者が発しているのだ。


 まさかとは思うが。

 きっとそうなのだろう。


 隠し通路を用意しておりながらも、この店が無事である理由。


 古代都市モルティナは、正式な記録では住民はいないことになっている。

 しかし、そんな訳が無い。


 本当に住民がいないのなら、エルトクリア王家が放置しておく必要が無いからだ。わざわざ魔法世界の防護結界内に入れておきながらも土地を遊ばせておく意味は無い。ただでさえ、魔法世界の敷地はそこまで広くない。おまけにその一部は人が住むには劣悪な環境となっている危険区域ガルダーがある。死んだ都市をそのままにしておくメリットなどどこにも無いのだ。


 国から認められていない生存者が住む古代都市モルティナ。

 そこへ繋がる隠し通路を持つ店。

 そして、古代都市モルティナ内に拠点を持つ『ユグドラシル』。


 おそらく、この店は『ユグドラシル』と繋がっている。

 だからこそ、アマチカミアキは俺との密会にここを指定したのだろう。


 そして。

 だからこそ。


 神楽はこの店の従業員を口封じしたのだ。

 俺たちがここを訪れ、そして古代都市モルティナへ向かうことを告げられないように。


 視線を感じてそちらへ目を向ければ、師匠が視線を逸らすところだった。


 気を遣われたか。

 きっとそうだろう。


 前以ってここで待機していた『白銀色の戦乙女』と『赤銅色の誓約』の面々が掃除していたのだ。俺たちが転移してくる時間はあらかじめ伝えられていた。そのギリギリで着手し、俺たちが到着した頃には全て終わっているように。


 先導していた神楽が、最奥の個室に入ってから立ち止まった。

 壁に手を当てつつこちらへ向く。


「道中で見かけた奴は全て敵だと思いなさい」


 ……。

 それをわざわざ口にすると言うことは――。


 俺の驚いた顔が癪に触ったのか、神楽は顔を歪めながら言う。


「目に留まった奴は片っ端から殺せってことよ」


 窓の無い密閉された一室のはずなのに、なぜか壁の一部から外の光が射しこんでいた。縦一直線に差し込まれているそれが指し示す意味とは。神楽の護衛が音を立てない足運びでその壁へと歩み寄る。護衛が神楽へ視線を向けると、神楽は1つ頷いてこちらを見た。


「先行させた白銀色と赤銅色には、既にそう伝えてある」


 ガコン、と。

 護衛の手のひらが壁を押し込み、横へとスライドさせる。


 眩い光が室内を照らした。


 神楽の護衛がまず外に出る。

 それに神楽が続いた。


 その後を行こうとしたが、エマに止められる。

「私が先行します」という視線に頷き、エマに続いて外へと出る。


 外では神楽の護衛が待機していた。

 護衛と情報交換を始めた神楽をしり目に、周囲へと視線を巡らせてみる。


 背後はそびえ立つ壁。


 身体強化魔法を用いればよじ登ることは容易だが、少なくとも10階建てのマンションほどの高さはあるだろう。その一部が長方形に切り抜かれており、そこが今、俺たちがやってきた秘密の抜け穴だった。


 壁はここら一帯を覆うように緩やかなカーブを描いている。


 これが古代都市モルティナを囲う壁だ。

 間違えて入っちゃいましたは通用しない程の堅牢さである。


 古代都市モルティナは、一言で表すなら『廃墟』がもっとも正しいと言えるだろう。


 コンクリートで舗装された道路は亀裂が走り、場所によっては倒壊した建物によって通行止めとなっている。一部では崩落している箇所もあるようだし、少なくとも車が走れるような環境ではない。顕在している建築物は1つもなく、どれも例外なく倒れたり傾いたりしており、中ほどから上が消失しているものまであった。横転している車から煙が上がっていないのは、あの状態になったのは随分と前であること示していた。


 耳を澄ましてみても静寂のみ。

 戦闘音などは聞こえてこない。


「白銀色と赤銅色は既に周囲へ展開させている。ここを監視していた住民は真っ先に首を斬っているから、今のところは問題無く進んでいると見て良いわ」


 そう言いながら神楽が身体強化魔法を発現した。


「但し、監視員との連絡が途絶えた場合の手段も当然向こうは用意しているはず。ここから先は時間との勝負よ」


 神楽の言葉に頷き、俺たちも身体強化魔法を発現する。


「奴らが拠点にしているという教会。D区画までは少々距離があるの。急ぎましょう」


 神楽の護衛が俺たちを守護するように展開した。

 同時に、俺たちも地面を蹴った。


 ――道中で見かけた奴は全て敵だと思いなさい。


 思わず拳を握りしめる。


 確かに覚悟はしてきた。


 やらなければやられる。

 その覚悟でここまで来たつもりだ。


 しかし、この地の住民に罪はあるのか。犯罪組織『ユグドラシル』に加担している以上、無実では無いことくらいは分かる。それでも俺が殺してでも自分たちの目的を達成すると覚悟を決めた相手はここの住民ではない。


 線引きができない。

 分からない。


 きっと明確な基準なんて無いのだろう。そんなものがあるなら、とっくに正義は1つの形に固定されているはずだ。結局、自分の目的に邪魔だから殺す、消えてもらう。そんな感情と行動の繰り返しで人間はここまでやってきたのだ。


 ここの住民はかわいそうだ。


 これは、かつての虐殺に対する偽善からくる憐憫ではない。

 自分たちが手を貸している組織の本当の正体を恐らく知らないだろうからだ。


『ユグドラシル』は『脚本家(ブックメイカー)』をこの世界から排除しようとしている。それが不平等を失くす行為だと信じているから。しかし、その『脚本家(ブックメイカー)』の正体は、かつて魔法をこの世界に広めた『始まりの魔法使い』メイジの成れの果てだ。つまり、ここの住民は虐殺されることになった守護すべき対象を、今度は排除しようとしている組織に加担していることになる。


脚本家(ブックメイカー)』はその正体どころか、その存在すら公にされていない。当たり前だ、あんなイレギュラーが公表されたらそれだけで世界は大パニックになる。他者の人生をその手中に収め、不都合があれば自らの駒を過去へと遡らせてリセットする。誰でも喉から手が出るほど欲しくなる能力だろう。


 だからこそ、それを逆手にとって『ユグドラシル』はここへ根を生やしたのだ。世界解放だなんだと耳障りの良い妄言をこの地の住人へと吹き込んで。


「……許せねぇ」


 ギシッと。

 音が出るほど拳を握り込んだ。


 それを横目で見ていたのか、並走する縁先輩が苦笑した。


「余計なところに力が入り過ぎているぞ、中条君」


 癖のある銀髪を揺らしながら縁先輩は言う。


「ここに来た理由、忘れてないよね?」


「『ユグドラシル』の長、天地神明(テンチシンメイ)の討伐。忘れてませんよ」


 忘れられるものか。


 あの地獄を生み出した――。

 祥吾(しょうごさん)に手を下した――。

 卑怯な手段で師匠を何度も殺した――。

 妄言で世界に混乱をもたらした――。

 無知な住民を騙して協力者へと引き摺り込んだ――。


 ――全ての元凶だ。


 きっと。

 俺は。




 あの男なら、本当に躊躇いなく手刀を振るえるだろう。




 縁先輩の俺を見る目が細められた。

 そして、小さく頭を振られる。


「俺の質問の答えにはなっていないな、中条君。俺はね、ここに来た目的の話をしたんじゃない。理由の話をしているんだよ」


 ……。


「何がどう違うんですか」


「血が昇っているね、頭に。君のそういうところは嫌いじゃないけど今は良くない。ちょっと自分に関係の無いところまで背負い過ぎているんじゃないか、という話さ」


 関係の無いところを背負い込む?


「仇、なんだろう? 奴は。君にとって大切な人を奪った。それが『脚本家(ブックメイカー)』の神法によって無かったことになったのか、それとも形として残ったまま時間が進んでいるのかまでは知らないけどさ」


 ……。


 師匠は生きている。

 祥吾さんは死んだ。


 縁先輩が言っているのはそこの違いだろう。


「それなら君が拳を振るう理由はそれだけでいいはずだ」


「だってそうだろう?」と。

 縁先輩は続けて言う。


「君はフィクションでよくある世界を救う物語の主人公なんかじゃない。主人公補正で火事場の馬鹿力を手に入れて、敵を格好良く薙ぎ払うようなヒーローじゃない。ここにいるみんなそうさ。俺たちは、それぞれの私怨でここにいる」


 縁先輩の言葉に反論する人間は誰もいない。多少声のトーンは下げているものの、ここにいるメンバーの聴力なら聞き取れているはずだ。にも拘わらず、誰も口を挟まなかった。シスター・メリッサだけが小声で「私はぶっちゃけ未練なんて無いし懺悔は別でするから帰っても一向に構わない」と呟いたような気がするが、おそらくは気のせいだろう。並走している師匠が重い音を響かせながら肘で小突いたような気もするが気のせいに違いない。


「余計なことまで背負うなよ」


 周囲を窺っていた視線を戻したところで、縁先輩はそう言った。


「下らない正義感はここで捨てておけ。そのほんの僅かな雑念が、君の拳を鈍らせる」


 縁先輩は、自分で握りしめた拳を見せ付けながら俺に言う。


「僅かな綻びで生じた隙で殺されるのは君だけじゃない。ここにいる一蓮托生となった全員だ」


 ……。


 見抜かれていたのか。

 俺がここの住民に抱いてしまった感情を。


 ふと、視線を感じて前を向く。

 こちらをひっそりと窺っていた神楽が顔を前に戻すところだった。


 縁先輩から正されていなければ、ここで取り残されていたかもしれない。

 いや、場合によっては余計な事をしないよう殺されていた可能性すらある。


 なんとなくだが、そう思った。

 だから――。


「はい、肝に銘じておきます」


 縁先輩には、そう答えた。


 それからは沈黙が続いた。

 ある意味、既に敵地へと侵入しているようなものだ。

 本来であればこれが普通なのだろう。


 狭い路地をすり抜け、右へ左へと回り、瓦礫を乗り越えて先へ進む。


 誰にも遭遇しない。

 戦闘音も聞こえてこない。


 先行して高所を取り、周囲を警戒していた白銀色や赤銅色の面々以外に人影は見当たらない。違和感を覚えてしまうほどに。なぜ住民すら見当たらない? それが『ユグドラシル』と繋がっている証明となるのか? 繋がっているならむしろ、こちらの動向は確認しておくべきでは無いのか?


 分からない。


 先陣を切っていた神楽の護衛が止まる。

 俺たちは身を潜めるようにして路地裏に集まった。


「この先よ」


 神楽が顎で指した先。

 物陰から窺ってみれば、確かに廃れた教会が見える。


 不気味なほどに何もなく、ここまで辿り着いてしまった。


 結局、ここに来て手を下したのは隠し通路の監視をしていた住民1人だけだったということになる。その他は戦闘どころか姿すら見つけることができなかった。何度か『探知魔法(サーチ)』も使ったんだけどな。少なくともここまでの道筋では気配すら感じ取ることができなかった。


 思わず師匠に視線を向ける。

 やはり使うべきだったのではないか、と。


 現時点では『魔力暴走(オーバードライブ)』を使わなければ発現できない『知覚拡大エリア・イクスパンション』を使ってでも。


 しかし、師匠は首を横に振った。


 俺の『知覚拡大エリア・イクスパンション』は諸刃の剣だ。使えば『探知魔法(サーチ)』とは比にならないほどの広範囲を調べることができるが、魔力を持った人間がどこにいるのかが分かるだけで、俺にはその風景が見えるわけではない。つまり、俺の知っている魔力を持つ人間でない限り、誰がどこにいるのかは分からないということだ。『ユグドラシル』の主要メンバーは常人とは隔絶した魔力を持っているだろうが、こちらの探知系魔法を警戒して隠蔽している可能性もある。


 一番の標的である天地神明(テンチシンメイ)が何らかの手段を用いて魔力を偽装している可能性もゼロではない。探知系魔法を使用してくることを想定して囮を用意する、くらいのことは平気でするだろうと師匠や縁先輩は言っていた。


 そこまで踏まえると、やはり使わなかったことは間違いでは無いのだろう。


 小さく息を吸ってから、ゆっくりと吐く。

 視線を前に向ける。


 それが本当に正解だったのかは、これから分かる。

 次回更新予定日は、守れない可能性があるため未定とします。

前へ次へ目次