第2話 要請 ③
誤字報告ありがとうございます。
☆
「やあ、話って何かな」
「失礼致しますわ」
場所は本館の1階。
生徒会出張所と名付けられたその場所に、1組の男女が現れた。
御堂縁と蔵屋敷鈴音。
元生徒会の先輩たちだが、今日はそれを理由で呼んだわけでは無い。
インスタントのコーヒーを淹れて、席に着いた2人の前に置く。共に礼を述べた先輩たちがコーヒーを一啜り。それを確認してから向かい側の席へ俺も腰を落ち着けた。
縁先輩が窓へと目を向ける。
真っ赤な夕陽が差し込み、室内を赤く染め上げていた。
「お二人にお願いとご相談があり、お呼びしました」
縁先輩は「だろうね」という顔で、蔵屋敷先輩は軽く頷くことで続きを促してくる。
「近々、『ユグドラシル』と全面衝突することになりました。お二人には力をお貸し頂きたい」
「それは後輩から先輩へのお願いかな? それとも……」
「『黄金色の旋律』として、貴方がたを雇いたいと考えています」
俺の迷いのない断言に、縁先輩は隣に座る蔵屋敷先輩と目を見合わせた。しかし、すぐに視線を俺へと戻す。
「随分と……、素直だね?」
「今更、貴方がたに何を隠せと?」
俺とリナリー・エヴァンスが繋がっていることは修学旅行の際に割れているし、『脚本家』による遡り経験者であることも知られている。説明はしていないが、俺の無系統魔法についてもおおよその当たりはつけられているだろう。
この状態で他に何を隠せというのだろうか。
「ふむ……、金額と依頼内容によっては考えなくも――」
「縁」
「分かってる分かってる。悪かったって。中条君、こちらは依頼などしなくても協力させてもらうよ」
顎に手を当て、含み笑いを漏らしながら回答していた縁先輩だったが、隣からの凍てつくような声に慌てて前言を撤回した。
「よろしいのですか?」
俺はどちらかと言えば蔵屋敷先輩へ比重を置いた質問を薙げる。
「我々の目的は元より『ユグドラシル』の打倒。奴らの情報が頂けるのでしたら助力は惜しみませんわ」
「それに、このタイミングで全面衝突することになった、という表現を君は使ったね。アマチカミアキというトップが死に、活動が停滞している『ユグドラシル』を相手にして……、だ。つまり、その拠点を突き止めたか、もしくは『脚本家』と接触して未来を知ったかのどちらかだろう?」
蔵屋敷先輩の言葉を補足するように縁先輩はそう続けた。しかし、その言葉も気に食わなかったのか、蔵屋敷先輩の視線がジロリと縁先輩に向く。
「……静岡の孤児院で何やら物騒なことがあったようですわね」
縁先輩へ非難の視線を向けつつも、蔵屋敷先輩の質問は俺へのものだった。
おそらく、ある程度の予測は立てている状態でここへ来たのだろう。
蔵屋敷先輩の質問に頷く。
「幼少期、アマチカミアキが過ごしたという施設です」
「あぁ……、リナリー・エヴァンスが執拗に探していたというあの男の情報か」
流石に詳細までは掴めていないのか、縁先輩が興味を示したように先を促してきた。
「そこで隠されていたアマチカミアキの遺言を入手しました」
「……そこには何と?」
蔵屋敷先輩が端正な眉を吊り上げながら問う。
「アマチカミアキが双子であったこと。死んだのは弟の方で、『ユグドラシル』のトップの座には兄がこれまで通り座っていることが分かりました」
……。
「……縁先輩、魔力を抑えて貰えますか」
「失礼」
濃密な殺気と共に魔力を抑え込んだ縁先輩は、能面のような表情でそう呟いた。軽く頭を振り、思考を切り替えた縁先輩の視線が俺へと向く。
「で? それがどう全面衝突へと繋がるのかな?」
「その遺言から、現在の『ユグドラシル』の拠点……、双子の兄が潜んでいる箇所も判明しました」
「それが真実であるという証拠はあるんですの?」
首を横に振る。
「では――」
「しかし、このまま静観していては、近日中に『ユグドラシル』側から世界へ宣戦布告が為されます。そして、魔法世界エルトクリアにある歓迎都市フェルリアが、『ユグドラシル』の放つ属性奥義によって死滅することになる」
「まさかの両方だったか……」
縁先輩が呻くようにそう口にした。確かに、拠点を突き止めたか『脚本家』によって未来を知ったかのどちらかだと言っていたからな。
「不確定な情報でも縋らなければならないのは理解しました。それで……、信じられるので?」
蔵屋敷先輩の質問ももっともだ。
「俺個人としては……、信じられると思います。弟の方は、兄と道を違えることになったと言っていました」
妖精樹を材料としたMCを譲り受けたことや、遺言の起動条件、そして遺言に含まれていた情報を開示して説明する。縁先輩も蔵屋敷先輩も、俺の話す内容を黙って聞いていた。
全てを語り終えると……。
「……縁」
「いや……、分からないな。言葉を交わしたことがあるアマチカミアキが、兄と弟どちらだったかが分からない。そういった本音を語り合えるほど親しかったわけでもない」
思考の海に沈んだ縁先輩は、顔を下げたままそう口にする。顎に手を当て口元を隠したまま、どれほどの時間をそうしていただろうか。やがて顔を上げた縁先輩は言う。
「まあ、中条君の話を聞いた限りでは、ある程度の信憑性はあると見て良いと思うよ。これで全てが嘘であるのなら、それはそれでもう仕方が無いんじゃないかな。敵ながら天晴れというやつだ」
「縁」
「いやいや、冗談で言っているわけではないよ。だからこそ、失敗した時の担保を用意しておく必要があると思う」
蔵屋敷先輩からの何度目か分からない名前呼びに、縁先輩は手をひらひらとさせながらそう答えた。ニヤリと口角を上げながら俺を見る。
「その担保の説明は必要かな?」
「いいえ」
つまりは、いつでも『脚本家』に頼れるようにしておけということだ。ウリウムとの会話で出ていた遡りの神法の不具合だけは怖いが……。それを話したところで別の案が取れるわけでもない。
罠の可能性を考慮してなお、飛び込むしか無いのだ。
「とりあえず、君のお願いは理解したよ。喜んで協力させてもらう」
縁先輩は軽く手を叩き、そう言った。
これ以上、答えの出ない問答を繰り返しても無駄だと判断したのだろう。
しかし。
「待ちなさい。その前にもう1つ確認したいことがありますわ」
「なんでしょうか」
蔵屋敷先輩と視線を合わせる。
「中条さん……。貴方、神楽家とはどのような繋がりがありますの?」
「『脚本家』繋がりです」
俺の端的な物言いに、縁先輩が噴き出した。
「ふふふ、君も言うようになったね」
「……信じられますの?」
無言の非難を縁先輩へ向けた後、蔵屋敷先輩は改めて質問を俺へと飛ばす。
「はい。『ユグドラシル』討伐という一点において、神楽は間違いなく同志です」
「ならば結構ですわ」
そう言って、蔵屋敷先輩はコーヒーへと手を伸ばした。
隣に座る縁先輩は、にこやかな笑みを浮かべて口を開く。
「で、もう1つの相談というのは?」
そう。
俺にはもう1つこの人たちに言っておかなければいけないことがある。
ある意味、こちらの方が受け入れられる難易度は高いだろう。
しかし、言わなければならない。
ここでこの人たちに了解を取らないわけにはいかないのだ。
「今回の戦い……、大和さんにも助力を願おうと考えています」
縁先輩の笑顔は、一瞬で消え去った。
☆
戦いの舞台は、泉から森の中へと移行していた。
大和さんの回し蹴りが木々をなぎ倒す。魔法が使える俺たちにとって、草木は己の行く手を阻む障害物にはなり得ない。多少視界が悪くなる程度だ。大きな音を立てて蹴り砕かれた木が倒れる。その倒れるまでの僅かな間で、何度拳を交えただろうか。
無抵抗の人間なら、触れただけで木っ端微塵に吹き飛ばされそうな魔力を纏った一撃。大和さんの拳を首の動きだけで躱し、その腕を掴む。
咆哮と共にその腕を引き、背負い投げで大和さんを地面へと叩きつけようとする。しかし、俺の背に乗った大和さんが身体を捻ることで、俺のバランスが崩れた。飛んできた裏拳は、ウリウムが展開した障壁を砕くことで止まる。
そのまま横倒れとなり、互いに地面へと転がった。
倒れた体勢のまま、足蹴りで相手をけん制し合いながら地に手を付ける。その手を軸にくるりと身体を一回転。その動きとタイミングまでもがほぼ同時。違うのは回転の向きだけ。遠心力を利用した互いの膝蹴りが激突する。
「ぐっ……」
纏った魔力は圧倒的に俺の方が上。
しかし、大和さんには無系統魔法の『装甲』がある。
重い音が鳴り響き、軸にしていた腕が衝撃に耐えきれずに曲がった。肩から再び地面へと転がる。その勢いを利用してバネのように立ち上がった。ちょうど同じタイミングで体勢を整えた大和さんと目が合う。
視線の交差は一瞬。
直後に激突。
大和さんの拳を俺の脚で迎え撃つ。
足の裏で受け止められた己の拳を見て、大和さんが口角を吊り上げた。
「足癖が悪ぃな、聖夜」
「誉め言葉ですよね?」
「抜かせ!」
回し蹴りを屈むことで躱し、掌底をアッパーの軌道で打ち込む。しかし、それは横に逸れることで回避された。距離を開けることなく、大和さんは攻めてくる。殴打に肘うち、手刀に掌底。様々な手段を織り交ぜて繰り出される攻撃は、一向に止む気配が無い。
「おい、聖夜」
乱打戦へと突入した最中に声。
「ちゃんと歯ァ喰いしばっとけよ」
「――は?」
その言葉に疑問を覚えた刹那。
視界が紅蓮に染まる。
咄嗟に両腕を交差させることで防御を図った。ほぼ同時にウリウムが多重障壁を展開する。何枚発現したのかは分からない。しかし、属性優劣の壁を鼻で嗤うかの如く、炎を纏った大和さんの拳はウリウムの障壁を易々と突破した。
水が蒸発する音が耳に届いた時には、既に俺の交差した腕すらも弾かれている。俺の胸元へと迫る拳は止まらない。寸止めする気が無いであろうことは、大和さんからの瞳からも感じられた。
ああ、信じて貰えているんだな、と。
場違いかもしれないが、そんなことを思ってしまった。
「――『巨人の火鎚』」
その最後の口上に合わせて、俺も『神の書き換え作業術』を発現する。後方へと吹き飛ばされる勢いを保ったまま、大和さんの真上へと転移した。空中で回転しながら踵落としをお見舞いしようとして――。
「――『陽炎』」
こちらへと全く視線を向けていないにも拘わらず、大和さんの腕が振り上げられて的確に俺の一撃を防ぐ。そのまま俺の膝を掴み、大和さんの視線が俺へと向いた。
そして、言う。
「『水衝』」
「――ぎっ!?」
転移は一手遅かった。
体内の水分に衝撃を与える問答無用の一撃が、俺の右脚に激痛をもたらす。痛みで思考が鈍り、距離を置こうと発現した『神の書き換え作業術』の座標がずれた。視界のブレを感じながらも体勢を整える。視界の端に映った大和さんは、こちらへと手のひらを向けていた。
「『烈破水衝』」
空気が震えた。
不可視の波動砲のような一撃が眼前へと迫る。
痛みで鈍る思考に鞭打ち、再び『神の書き換え作業術』を発現した。
いや。
――しようとした。
「『結結陽炎』」
波動砲に追従するかのように、考えられないほどの速度で大和さんが突っ込んできた。その想定外の光景に、思わず思考が停止してしまう。気が付いた時には、空を見上げていた。
大和さんの掌底が俺の顎を打ち抜いたのだろう。
回る視界と鈍る思考の中、再度『神の書き換え作業術』を発現した。
「げほっ」
地面に打ちつけられて転がっていた。
どれだけ距離を離せたのかも分からない。
催した吐き気を飲み込み、滲んだ視界で周囲を窺おうとして、目を疑った。
先ほどと同じように、大和さんが一瞬で距離を詰めていたのだ。
その掌底が俺の眼前へと迫る。
「くっ――」
紙一重でその一撃を躱した。
――躱すことができた。
すれ違いざま、驚きで見開かれた大和さんの表情が見える。大和さんの拳が、いつの間にやら発現されて空中に漂っていた『水の球』に突き刺さった。
水飛沫が舞う。
その中で呟かれる一言。
「『雷花』」
バヂッ、と。
放電音。
青白い稲妻が弾け飛ぶ水飛沫と共に拡散された。それを両腕両脚をフルに使いながら弾いていく。背中から地面に落ちる前に『神の書き換え作業術』を発現し、本来必要な工程を全て省いて体勢を整えた。
そうしている間にも、大和さんは俺との距離を詰めている。
「超高速移動だか転移のような空間移動だかは知らねぇが、これ以上逃げられると――」
「逃げやしませんよ、先輩」
伸ばされた腕を掴む。
ここで真っ向勝負に出たことが意外だったのか、大和さんが眉を吊り上げた。
――第一段階『魔力暴走』。
爆発的な魔力が吹き荒れる。条件反射で後退を選択しようとした大和さんの腕は離さない。舌打ちと共に、後退できないことを悟った大和さんが人差し指を俺へと向けた。
「『蒼天を貫く一筋の光』」
指先から放たれたレーザービームは、俺の肩口へと着弾する直前に軌道が変わり、近くの木々へと風穴を空けるに留まった。今度こそ、大和さんの両目が大きく見開かれる。
「……マジかよ」
「それはこっちの台詞ですよ」
浅草流が使えるなんて聞いてないぞ。
あんたはどれだけの引き出しを持っているんだ。
――――お前となら、最後に殴り合いで決着ってのも良かったんだけどよ。
ふと。
あの時、大和さんが口にした台詞が思い起こされた。
――――あの時は本気じゃなかったんだぜ、って言い訳を後でしたくねーんだよ。俺は。
あの台詞が真実だとするならば。
まさか。あり得るのか?
大和さんは、浅草流派の蔵屋敷先輩や片桐と知らない仲では無い。特に蔵屋敷先輩とは、恋仲かどうかはさておき、学友以上の関係と思っている。浅草の剣技を見る機会はいくらでもあっただろう。選抜試験でも片桐は平然と使っていたくらいだ。
選抜試験での出し惜しみはなく本当に使えなくて。
あるかも分からない再戦のために特訓して、今日この日を迎えていたのだとしたら。
俺の拳が大和さんの腹へと叩き込まれる。
全力は出していないが、それでも『魔力暴走』を使用した一撃だ。本来なら俺が放出している魔力だけで圧し潰されていも不思議ではない。にも拘らず、大和さんはその中で平然と後退しようとしていた。あれが魔力量によるものか無系統『装甲』によるものかは本人に聞くしか知る手段は無いのだが……。
「それにしたって頭がおかしいだろう……」
並みの『ユグドラシル』構成員より遥かに強いってことだぞ。
分かっていたことだけど。
なぎ倒されていく木々の遥か向こうで、大きな水柱が上がった。どうやら吹き飛ばされた先は『約束の泉』だったらしい。
《……マスター、ようやく手加減をやめる気になったの?》
そういうわけじゃない。
ただ、加減が難しいんだよ。
特に十分な実力者が相手だと、どこまで魔力を解放していいかが分からない。
おそらく、これは贅沢な悩みなのだろう。
魔力が平均よりはるかに多いからこそ出る悩みだからだ。
舐めているわけではない。
しかし、手加減とは手を抜くということ。
一瞬の気の緩みで全てが終わる戦場では、一番やってはいけないことだ。こういう立ち回りをしてみて思う。俺には向いていない。相手のレベルに合わせた戦い方で、相手の実力を引き出すようなことは。
遥か向こうで濃密な魔力が解放されたのが分かる。
「……じゃあ、行くか」
大和さんが待っている。
結局、最後に拳を交えるのは『約束の泉』ということだろう。
仕方ないわねと呟く声を聞きながら、俺は一歩を踏み出した。
難しいことは一回置いておこう。
まずは、あの人の信頼に応えようか。
次回の更新予定日は、6月20日です。