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第1話 要請 ②




「突然の招集に拘わらず、応じてくれたことに感謝しよう」


 日本魔法協議会。

 もっともセキュリティの強い一室に彼らはいた。


 会長である神楽(かぐら)真徹(しんてつ)は旧友を迎えるが如く、その両手を広げて先の言葉を口にする。しかし、言葉に反してその表情は柔らかさの欠片も存在しなかった。無論、招集を受けた面々も友好を深めに来たわけでは無い。そもそも仲が良い間柄でもないので、そこを指摘する者も皆無だった。淡々と社交辞令として受け入れ、軽く一礼するだけに留めている。


「回りくどい言い方は好かん。単刀直入に言おう」


 長く伸びた顎髭をしごきながら真徹は言う。


「『ユグドラシル』が長、天地神明(テンチシンメイ)の討伐を依頼したい」


「――何ですと?」


 純白の円卓に着いていた1人、白岡(しらおか)(めぐる)が音を鳴らして立ち上がった。それを視線のみで咎めた真徹が、そのまま着席するよう促す。巡は一言謝罪してから席に着いた。それを見計らってから口を開いたのは岩舟(いわふね)龍朗(たつろう)だ。


天地神明(アマチカミアキ)は『黄金色の旋律』リナリー・エヴァンスが討伐したと聞いている。リナリー・エヴァンス、もしくは情報源であるエルトクリア王家が嘘を吐いていた……、と?」


「この件でリナリー・エヴァンスが嘘を吐くメリットがありません」


 間髪入れずにリナリーをフォローする発言をしたのは姫百合(ひめゆり)美麗(みれい)


「姫百合の発言を支持する。リナリー・エヴァンスは天地神明(アマチカミアキ)討伐の対価を受け取っていないからな」


 次いで口にしたのは花園(はなぞの)(ごう)

 もう1つの席は空席だった。


 2人の言い分を聞き、詰まらなそうに鼻を鳴らした龍朗は、前髪を弄りながら回答を求めて真徹の方へと視線を向ける。1つ頷いた真徹はおもむろに手を挙げた。これまで一言も口を開かず真徹の後ろに控えていた彼の孫娘、神楽(かぐら)宝樹(ほうじゅ)が一歩距離を詰める。


 青藍魔法学園指定の制服に身を包んだ少女は、その胸ポケットから小型のボイスレコーダーを取り出してテーブルの上に置いた。真徹は枯れ枝のような指でボイスレコーダーのボタンを押下する。


『――目的はただ1つ。「ユグドラシル」の長、天地神明(テンチシンメイ)の討伐依頼だ』


 ボイスレコーダーから発せられたのは、若い男性の声。


『最初に言っただろう? 俺は「かの組織の理念に共感し、身を寄せていた者だ」と。わざと過去形にしたのは、君がこの映像を見ている時点で亡き者になっているから、という理由だけではない。先の討伐依頼の通り、この映像を撮っている時点で俺はその理念に反している』


「……何だ、これは。誰の声だ」


 巡が唸る様に問う。


 真徹は答えなかった。

 枯れ枝のような指を口元に持って行くのみ。


『今、彼はどうしている? 俺が死んだことで活動を活発化させたのかな? いや、それとも一度身を隠して様子見かな? アマチカミアキという隠れ蓑が死んだことで、彼はもういなくなったと世界は誤認しているはずだからね』


「……隠れ蓑、……誤認? おい、まさか」


 眉間に皺を寄せ、顎に手を当てて思案していた龍朗は、何かに思い至ったのか驚愕の表情でその視線を真徹へと向ける。


『いやいや、それこそあり得ないか。世界を欺けている今だからこそ、派手に動くことができる。警戒が薄くなっている。アメリカ合衆国も、魔法世界エルトクリアも。そして……、魔法使いの始祖たる「脚本家(ブックメイカー)」も……、ね』


 剛は大きなため息を吐いて腕を組み、背もたれにその身を預けた。


『まず最初に種明かしをしておこう。なぜ、最大の敵であったはずの俺。つまりは「アマチカミアキ」を殺したにも拘らず「ユグドラシル」の長が健在なのかという謎を』


「やはり、この声の主は……」


 美麗が独り言のようにそう呟いた直後。


『俺たちはね、双子だったのさ』


 最大の秘密が投下された。

 それを最後に音声が途絶える。


 宝樹は笑みを浮かべたままボイスレコーダーを回収し、それを自らの胸ポケットへと戻した。


「その音源はどこから入手したもので? 信憑性は?」


 巡が矢継ぎ早に質問する。


「入手先は『黄金色の旋律』だ。裏は既にこやつ……、宝樹に取らせておる」


「……なるほど。これは想定外だったな」


 真徹の言葉に返したわけではないだろうが、龍朗が思わずといったように呟いた。それを聞いた真徹の視線が龍朗へと向けられる。


「岩舟殿、何が想定外だと?」


「神楽家が『黄金色の旋律』と蜜月の関係にあったこと……、ですが?」


 その凍てつくような視線に怯むことなく、龍朗は前髪を弄りながら答えた。

 真徹の目が細められる。


「なぜそうなる?」


「なぜそうならないので? ここにいる全員が天地神明(アマチカミアキ)と会ったことなどない。声すらも直接聞いたことが無い。つまり、音声による判別は不可能。それとも神楽家と蜜月の関係にあるのは『黄金色の旋律』ではなく『ユグドラシル』の方だとでも――」


「口が過ぎるぞ、岩舟」


 龍朗の言葉を制するように剛が口を開く。自らの口上を止められた龍朗は、剛に抗議の視線を向けた後、ため息を吐いてからその口を閉じた。


「正確に言うならば、天地神明(テンチシンメイ)の足跡を辿っていた『黄金色の旋律』に宝樹が同行、その先でこの証拠を手に入れたということだ。アマチカミアキは遺言としてこの声を残していたようだ」


「……遺言、ね」


 目を瞑った龍朗はうわ言のようにそう呟く。


「それで、討伐というのは?」


 巡の言葉に真徹が頷いた。


「既に姫百合殿と花園殿はリナリー・エヴァンスから連絡を受けているとは思うが、この場にて改めて説明しておこうと思う」







 ――あの状況下で伝えられたコール数なんて憶えてられるかよ。

 まあ、憶えていたから連絡が通じたわけだが。


 通話の切れたスマートフォンを下ろす。

 それとメモの切れ端をポケットにねじ込んだところで待ち人が現れた。


「よぉ……、聖夜」


 なぜかその待ち人は学ラン姿でやってきた。


「わざわざこんな場所に呼び出して、いったい何の用だ?」


 ざくざく、と。

 落ち葉や枯れ枝を踏みしめながら進めていた、その歩が止まる。


 風でなびく長髪を片手で払い、その待ち人は目を細めた。


 俺の背後。

 泉の水面が反射して眩しかったのか。


 それとも。

 ――俺の纏う剣呑な空気に気付いたか。


「……何だ、随分と物騒な面構えじゃねーか」


大和(やまと)さん」


 呼ぶ。

 この場へと呼び出した先輩の名を。


「動きやすい服で来てください、という言葉の意味は通じませんでしたか」


「あ? 動きやすい服だろうが。対抗魔法回路まで施された学園御用達の制服の……、そのどこが基準を満たしてねぇってんだ?」


 真っ黒な魔法服。俺が学園の魔法実習で使用しているそれを、足の先から頭のてっぺんまで眺めながら大和さんは言う。うっかり聞き流しそうになったが、大和さんの学ランは対抗魔法回路が施された一品だったらしい。それは生徒会役員の制服のみじゃなかったのか。


 俺から向けられた視線をどのように解釈したのか。

 大和さんは、少しだけ俺から視線を外して頭を掻いた。


「んで? 何の用だよ。わざわざ服まで指定して、この場所に呼び出すってのはよ」


 外した視線を周囲へと向けて大和さんは再度問う。


「貴方にお願いがあって、この場にお呼びしました」


「……へぇ?」


 乞う立場である人間がする態度では無い。

 大和さんから向けられた視線からは、言外にそう言われた気がした。


 しかし、それだけではない。


 同時に。

 その視線からは興味の色も感じ取れる。


 待ち合わせ場所をわざわざ学園の本館から離れた所に指定して。

 わざわざ動きやすい服で、と指定する。


 そこまでしていったい俺に何を望むのか、と。


「最初に、貴方に謝らなければいけません」


 そう言って、俺は深く頭を下げた。


 大和さんは無言だ。

 当然だろう。急に頭を下げられたのだから。


 旋毛に向けられた視線を感じつつも頭を上げる。


「で?」と。

 大和さんは僅かに首を傾げながらも続きを問う。


「私は貴方にお願い事をしたい。貴方の実力は知っています。ですが、それに見合うだけの『心構え』が貴方にあるかが分からない。だからこそ……」


 意図的に煽るような言い回しを意識して口にする。そうしないと、この人の本気はあくまで学生としてのものになってしまうだろうから。


「これから貴方には、俺からの喧嘩を強制的に買って頂きます」


 大和さんが眉を吊り上げた。

 俺に似合わぬ物言いだと感じたからだろうか。


 俺は突っ込んでいた手をポケットから抜く。


「貴方の全力が俺を納得させるだけのものであれば、貴方へ願いを口にします。無ければ……」


 片手を前へ。

 腰を落として構えを取る。


「貴方はあの時と同じように……、後輩から転がされてこの話は終わりだ」


 そう言い切った瞬間だった。


 脳が状況を理解した時。

 ――既に俺の眼前には、魔力の篭った拳が迫っていた。


「――っとォ!?」


 咄嗟に仰け反る。


 あれだけ雰囲気を意識して喋っていたのに、その真正面からの不意打ちに思わず気の抜けた声が漏れ出てしまった。マジかよ。早いよ手を出すのがさ。露骨な挑発をしたのはこっちだけどさ!


 足を振り上げて後頭部を狙ったが、身体を翻すことで躱された。その遠心力を利用した回し蹴りが俺へと迫る。それを腕でガードするも勢いは殺せずに、そのまま泉へと吹き飛ばされた。


 一撃が重い。

 既に使われているのか。


 無系統魔法『装甲(アーマー)』を。


 水面を跳ねる。

 水を削りながら勢いを殺す。


「……『水面歩法』か。あの時が懐かしいなァ、聖夜」


 泉の上。

 揺蕩う水面に立つ俺を見て、大和さんの口角が吊り上がる。


 そして、大和さんもまた一歩を踏み出した。


 ぱしゃり、と。

 波紋が広がる。


 大和さんが泉の上に立つ。


「俺とお前の一騎打ち。けどよ……、あの時とは違うんだろう、聖夜」


 魔力が吹き荒れた。

 大和さんを中心として水飛沫が舞う。


 獰猛な笑みを浮かべたまま、大和さんは言う。


「今度は俺に、お前の本気を見せてくれるってことで良いんだよな?」


「出させてくれるのなら」


「吠えるじゃねーか! 流石『青藍の1番手(ファースト)』は言うことが違うな!!」


 大和さんが水面を蹴る。

 爆音と共に、大和さんが突っ込んできた。


 試す必要がある。

 俺の願いは、この人を死地へと連れていくこと。


 敵を殺す必要は無い。

 だが、殺されないだけの力と覚悟がいる。


 半端な戦力では意味が無い。

 優秀な学園生止まりの人材では、意味が無いのだ。


 だから――。


「――っ!?」


 カウンターで放った掌底を、大和さんは紙一重で躱してみせる。捻った身体から繰り出される膝蹴りをバックステップで回避した。腕でいなそうと思ったのだが、大和さんには『装甲(アーマー)』がある。中途半端な『いなし』では吹き飛ばされておしまいだ。


 この無系統『装甲(アーマー)』の厄介な点は、見分けがつけられないところだ。大和さんは既に身体強化魔法を発現して身に纏っている。つまり、大和さんの身体に展開されている魔力が、身体強化魔法だけによるものなのか、それとも『装甲(アーマー)』が重ね掛けされているのかが分からない。


 この『装甲(アーマー)』は無詠唱で展開が可能のため、その厄介さに磨きがかかっている。大和さんクラスの実力者なら身体強化魔法も無詠唱で発現できる。そのせいで余計に判別ができない。


 使い手が大和さんだからここまで厄介になる。きっと他の学園の者が『装甲(アーマー)』を所持していたところで、ここまで厄介にはならなかっただろう。運用方法と、それに見合うだけの魔法技術と近接戦闘術、それらを考え実行に移すための頭脳。


 ああ、本当に。

 なんでこんな人が普通の学生をやってるんだろう、って今でも思う。


 体勢を崩した大和さんは、水面に手を突いたまま身体を回転させて蹴りによる追撃を放ってきた。同時に光属性の魔法球が3発無詠唱で発現され、有無を言わさぬ速度で射出されたため、俺は更に後退しながら飛んできた魔法球を素手で叩き落としていく。


 その処理をしている間にも、大和さんから視線は外さない。

 案の定というべきか、崩れた体勢を一瞬で整えた大和さんは、再びこちらへ突っ込んできた。


 ただ、少しだけ意外だったのは、大和さんの攻めが一辺倒であること。

 こうも考え無しの突撃をかましてくる人ではなかったと思ったのだが。


 ――ある意味、その違和感は正解だった。


 つっこんできた大和さんの右脚。

 後一歩で俺との距離がゼロとなる、最後の一歩。




 その足が水面へと着いた瞬間に、泉が爆ぜた。




「――っぷ!? 目くらましか」


 噴き上がった水の壁は、空へと届かんばかりの勢いだった。


 前方の視界が一瞬にしてゼロになる。

 大和さんを見失った。


 魔力反応で追え。

 探知魔法(サーチ)を――――。


《マスター!足元よ!!》


 ウリウムの警告と、荒れ狂う水面の奥、水中の不自然な煌きを発見したのはほぼ同時だった。


「……天蓋、魔法。遅延術式か!」


 天蓋と名付けられた魔法を、まさか足元に発現するとは。

 おまけに水の柱に荒れ狂う水面によるフェイク付き。


 完全に初見殺しで来ているだろう。


 俺が吠えるように叫んだ直後、水中に沈んだ光の砲台が唸りをあげた。マシンガンの如き魔法球の群れが、荒れ狂う水面を次々と破り俺へと殺到してくる。それらを躱すために、更に更に後方へと大きく跳躍する。


 水面に降り立ったところで、霧で視界不良へと陥った一角から大和さんが突っ込んできた。確かに視界不良になってはいるが、見えないほどではない。最後の最後で詰めを誤ったのか? 攻め込み方が雑過ぎる。空へ空へと射出されている魔法球の軌跡を遠目に捉えながら、距離を詰めてくる大和さんを迎え撃とうと構え――。


 迎撃しようと足に力を込めた時に気付いた違和感。

足が動かない(、、、、、、)


 思わず足元を見た。

 そして気付く。


 水面が硬化したかのように動いていない。


「これは――」


 初見殺しは終わっていなかった。

 無系統『装甲(アーマー)』による俺の足を巻き込んだ水面の固定化。


 本当の狙いはこれだったのだ。


 完全に不意を突かれた俺の姿勢が崩れる。

 視界の端で拳を握りしめる大和さんの姿を捉えた。


《油断し過ぎよ、マスター。私で迎撃するからね》


「……いや、しなくていい」


「あぁ?」


 俺の呟くような独り言が聞こえたのだろう。

 腕を振りかぶった大和さんが眉を吊り上げた。


 ――『神の書き換え作業術(リライト)』、発現。


 一度目で大和さんの位置を変えた。

 一瞬で対象を見失った大和さんの拳が空を切る。


 余波で再び水面が爆ぜて、凄まじい勢いで水鉄砲が飛んで行く。


 二度目で俺の位置を変える。

 水面と共に固定化されていた俺の足が自由になる。


 転移先は大和さんの真横。


 突然の事態に、頭の整理が追い付かなかったのか。

 珍しく完全なる隙を見せている大和さんの脇腹に回し蹴りを叩き込んだ。


「ぐっ、……おぉっ!」


 かなりの魔力を込めていたおかげで、無事『装甲(アーマー)』は突破したようだ。不意を突かれていても、身体に展開していた魔法は解いていないのは流石だな。大和さんが吹き飛ぶ。水面を二回、三回とバウンドして森の中へと姿を消した。二、三本木々を圧し折っていたようだが、大和さんなら無事だろう。


「まさかこんなに早く俺も無系統を使うことになるとは」


 もともとこの戦いで見せる気でいた。


 今度は『斬撃(スラッシュ)』なんて言い訳をせず、きちんとした使い方で。こちらの都合で一方的に巻き込んだあの人への、それが最低限の礼儀だと思ったから。ただ、こんなに早くお披露目することになったのは想定外だった。


 確かにウリウムが言う通り油断はあった。


 こちらが即殺してしまっては意味が無い。

 今回は大和さんの戦いぶりを観察するために喧嘩を売ったのだ。


 ただ、それを油断に繋げたのは反省点だ。「まさかここまで」と思わされた時点で、俺は大和さんを過小評価していたということになる。あの人の厄介さはエンブレム争奪戦で……、いや、初めてこの『約束の泉』で拳を交えた時から分かっていたというのに。


 頭を振る。

 思考を切り替えろ。


 戦力的には申し分無し。

 そんなことはとうに分かっている。


 後は、心の問題。




 俺がどんな気持ちで大和と距離を置いたのか。

 君は、俺と大和の数年を否定するのかい?




 ふと、脳裏に声が聞こえた。

 それは昨晩、今回の件について相談した男の言葉だった。

 次回の更新予定日は、6月10日です。


 毎月10日、20日、月末の月3回更新となります。

 マイペースな更新となりますが、お付き合い頂けると嬉しいです。

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