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第15話 決戦の時は迫る




「……お嬢様、勝手に決めてしまわれてよろしかったのですか」


「こうするしか無かったのよ」


 流れる景色を車窓から眺めながら、宝樹は言う。


「『黄金色の旋律』と『ユグドラシル』は遅かれ早かれ衝突していた。それは近未来都市アズサでリナリー・エヴァンスがアマチカミアキを討ち取った時から分かり切っていた」


 リナリー・エヴァンスとアマチカミアキは、エルトクリア魔法学習院の学友。


 その情報を既に握っていた宝樹からすれば、もしかするとお互いが牽制し合うだけで不干渉を貫く可能性もあると踏んでいた。しかしその考えは近未来都市アズサの一件で霧散することになる。リナリーがアマチカミアキを討伐したという知らせを聞いた時、宝樹の心境としては「まさか本当に手を下すとは」だったのだ。


 自分勝手で制御が利かない、というのがリナリー・エヴァンスに対する世界の共通認識である。それでいて世界最強という肩書きまでついてくるのだから手に負えない。しかし、宝樹からすると少し違う。自分勝手で暴走すると手に負えない人物であることは間違いないが、リナリーは身内には割と甘い性格をしている。それは女王アイリスとの付き合い方を見ていれば分かるし、憎まれ口を叩きながらも『トランプ』とも上手くやっている。非公開である『トランプ』の最後の一枠である『JOKER』はリナリーではないか、というのが宝樹の持論だ。もっとも、そのような枠は存在せず8名で『トランプ』であるというのが魔法世界側の公式回答なのだが。


 他にも権力抗争に巻き込まれることは嫌うくせに、日本五大名家『五光(ごこう)』の姫百合家と花園家は距離が近い。特に姫百合家の現当主である姫百合美麗との距離感は異常だ。リナリーにしては珍しく友人とも呼べるほどの間柄に見えるのだから。


 そういった理由から、宝樹はリナリーがアマチカミアキを手に掛けることは無いだろうと読んでいた。事実、神楽家ではそういう認識でいた。逆に言えば、お互いがお互いを刺激しないように立ち回るため、リナリーとアマチカミアキが存命の間は両者共に派手な動きは見せないだろうとも考えていたのだ。


 しかし、リナリーは動いた。

 アマチカミアキは死んだ。


 今日の遺言を聞く限り、アマチカミアキは双子で諸悪の根源である兄の方はまだ存命のようだが、リナリー・エヴァンスがアマチカミアキを討伐したという事実は残る。引き金を引いたのは『黄金色の旋律』だ。それも末端の人間ではない。手にかけたのは『ユグドラシル』の長である天地神明(テンチシンメイ)の弟。


 もはや遠慮は無い。

『ユグドラシル』側は何の憂いも無く仕掛けてくるだろう。


 その結果が、中条聖夜が経験した前回ルートの歓迎都市フェルリア陥落だ。


 実際のところはそれすらも誘導だったようだが、これまでとは比べ物にならないほどの侵攻である。魔法世界の都市が落とされたことなど、アメリカ合衆国から治外法権を勝ち取ってから今日まで一度たりとも無かったことだ。それをたった一夜で、それもたった1つの魔法で成し得てしまったのだから、『ユグドラシル』がどれほど本気になっているのかも分かるというものだ。


「リナリー・エヴァンスが率いる『黄金色の旋律』と天地神明(テンチシンメイ)が率いる『ユグドラシル』。たった2つのグループと言えば小さく聞こえるかもしれないけれど、この2つが世界に及ぼす影響力は異常よ」


「……それは存じておりますが」


「その2つがぶつかるとなれば、国家間規模の戦争になる。その戦場を日本にするわけにはいかない」


 サングラスの奥。

 護衛の目が見開かれた。


「まさか……、お嬢様」


 移動手段を用意するのは、戦場を日本にしないため。

 その移動手段を神楽家が用意するのは、戦場を魔法世界に固定するため。


「戦争は私が……、神楽がコントロールする。戦場は魔法世界エルトクリアのみ。余波は一切、外には出さない。そう約束してあげるから、さっさと入国審査を省略する許可を寄越せとアメリカに伝えなさい。ああ……、それと」


 忘れていました、と言わんばかりに宝樹は言う。


「内通者は今すぐ首を斬っておいて。情報を引き出す必要も無くなったから」


 艶やかな黒髪を指先で弄びながら嗤う。


「さあ、ここからが心理戦の始まりよ。『黄金色の旋律』と『ユグドラシル』に戦場となる魔法世界エルトクリアの最高戦力『トランプ』、ここに神楽家が名乗りを上げた」


 天地神明はすぐに気付くだろう。

 これまで泳がせていた内通者からの応答が無くなることで。


 後は、孤児院からの情報を持ち返ったことを知った天地神明がどう動くか。


 最悪のパターンは、天地神明が万全を期すために作戦を中断すること。

 最高のパターンは、こちらの動きに勘付くことなく遡り前と同じ展開を辿ること。


 次点で割く人員を若干替えて、余力を天地神明の傍に残しておくことか。


「ここから天地神明はどう読み取るのでしょうね」







「……絡繰りに気付いたか」


 薄暗い地下の一室で。

 入手した情報から天地神明はそう結論付けた。


 たった今、入手した情報。

 それは神楽家に潜り込ませていたスパイが音信不通になったということだった。


 過去に身を寄せていたことがある孤児院に展開していた構成員は全滅。相手は『白銀色の戦乙女』と推定で神楽家の手先。この一件とは無関係と考える方が無理な話である。


「いかが致しますか? 計画は一旦中止に?」


「いや……、計画自体はこのまま遂行する」


 跪いた3人のうちの1人、傍若無人からの問いかけに天地神明は即答する。綻びが生じ始めた『脚本家(ブックメイカー)』の神法。次がいつどのタイミングでここまで追い込めるかが分からないのだ。特に身代わりとなって弟が死に、世界の視線が『ユグドラシル』から逸れ始めている。ここで引くという選択は天地神明の中には無かった。


「しかし、そうなると御身の守護が手薄になりますが」


 傍若無人の隣。

 膝をついたままの唯我独尊は、視線だけを横へとスライドさせる。


 そこには、壁にもたれ掛かりながら欠伸をしている蟒蛇雀の姿が合った。視線を感じたのか、口元も隠さず欠伸をかましていた蟒蛇雀は、目元を擦りながら口角を吊り上げる。


「なぁに? アタシ1人じゃ不安?」


「実力そのものに不安はない。あるのは貴様の忠誠心への不審だ」


 跪いている最後の1人。

 天上天下はそちらへ見向きもせずにそう告げた。


 嘲笑が暗い一室に響き渡る。

 言うまでも無い、蟒蛇雀のものだ。


「まあ、実際にそんなものは欠片も無いわけだしぃ。どう思われても構わないからね~」


 そっぽを向くように視線を外しながら蟒蛇雀は言う。


「再考を願います。我が主よ。せめてもう1人、御身の傍へ」


「そうだな……」


 天地神明は熟考する。


 しばしの沈黙。

 それを破ったのはもちろん、天地神明本人だった。


「やはり……、遡りを成した上で絡繰りに気付かれたと見るべきか。神楽家の動きはあまりに不自然だ。ここから先は、情報源を潰されたと仮定して動くべきだろう」


 1つ頷いた天地神明は告げる。


「作戦はそのままに、割く人員を変える。歓迎都市フェルリアに傍若無人、王城エルトクリアに天上天下。唯我独尊……、お前はここに残れ」


「御意」


 唯我独尊が深く首を垂れる。

 それを見届けた天地神明は、残る2人へと順番に目を向けた。


「奴らは遡りの記憶を保持していると仮定して行動しろ。それぞれの場所で罠が張られていると想定して動け」


「しかし、主よ。遡りの記憶を有しているということは、これが陽動であることも看破されていると考えるべきでは? 都市1つを犠牲にするだけで主の首が取れるのであれば、奴らは我々の陽動を無視する可能性も考えられます」


 天上天下からの申し出に、天地神明は鷹揚に頷いた。


「そもそもこの拠点が割れていない以上、無意味に近い問答ではあるが……。しかし、どちらにせよ奴らは分かっていても陽動に乗るだろう」


「それはなぜでしょうか」


「それほどに御人好しでなければ、この私はとうの昔に殺されているということだ」


 少しだけ遠い目をした天地神明は言う。


「傍若無人、どちらにせよお前が歓迎都市フェルリアに降り立った瞬間に都市は陥落する。転移門発現時に呪文詠唱が途切れないよう調整はしておけ」


「御意」


 傍若無人が首を垂れる。


「……もうすぐだ」


 天地神明は、暗く染まった天井を見上げた。


「始まりの魔法使いの血統ども……、貴様らを1人残らず玉座から引きずり下ろしてくれる」

第12章 ユグドラシル編〈上〉・完


更新再開は、4月下旬を予定しています。

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