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第12話 秘密 ⑤

 レビュー増えてました。

 書いてくださった方、ありがとうございます。


 感想やコメント、ツイッターでの呟き、励みになっています。

 そして一部ではブログで紹介して下さる方もいるなど、にやにやが止まりません。


 1章などの初期部分を直せば?といった助言もありましたが、現状では書き直す時間が……、といったところです。色々と修正したり加筆したりとしたいのが本音なんですけどね。仕事以外の時間を全てこの小説に割くわけにもいかないので。拙い部分はみなさまの優秀な頭脳で補完して頂ければと思います(最低な丸投げ)


 これからもがんばります。




「か、神楽さん。自己紹介をお願いしてもいいですか?」


「なぜ」


「えっ」


 予想外の反応を示した神楽に、白石先生が言葉に詰まった。

 詰まるに決まっている。


 転入初日の女子高生に自己紹介をお願いしたら「なぜ」と返されるのだ。記憶がある状態で聞くのが2回目とはいえ、違和感しか覚えない。いや、何度聞き直したところで「はあ?」としか思えないだろう。


 目を白黒させながら「神楽さんが今日初めてここに来たから」と正論を述べる白石先生に同情しながらも、俺の内心では動揺しまくりだった。なにせ、これからあの神楽にもう一度喧嘩を売るのだ。しかも今回は無知から来る怖いもの知らずによる行動ではない。神楽が驚くほどにイカレた女であることを、はっきりと認識している状態でだ。


 正気を疑うね。


 ただ、それをしないと神楽が敵対するというのだから余計に訳が分からないことになっている。なんで喧嘩を売った方が気に入られるんだよ。おかしいだろう。判断基準どうなってるんだよ。まあ、これで敵対せずに済むということも、あくまで仮説でしか無いわけだが。


 必死に頭を抱えないように葛藤している間にも、白石先生と神楽の会話は進む。正直なところ、どの辺りで会話に割り込んでいたのかなんて憶えていない。当然ながら自分が何を口にしたのかもうろ覚えだ。一語一句違えずに話すことなど不可能なのだから、ある程度は割り切る他無いだろう。


 神楽が自らの血統について語りだし、白石先生が「そう言われても」と口ごもったところで介入することにした。


「お前が新入りだからだろう?」


 俺が口を挟んだことで、隣に座っていた美月がぎょっとした顔でこちらを見たのが分かった。俺を挟んで反対に座る舞も「ちょっ」と口にしているが無視する。まあ、「下手なことはするなよ」と再三にわたって口にしていた舞たちの助言を、しっかりと聞いておきながら神楽に反発しているのだ。何やってんだこいつという目で見られるのは仕方が無いだろう。


 白石先生を言葉責めにしていた神楽の視線が、ようやく俺へと向けられた。

 その勝気な瞳が俺を射抜く。


「今、私に向かって言ったの?」


「他に誰がいるんだよ、他に」


 思わず脱力してしまいながらもそう口にする。

 こいつマジでなんなの。


 良くこの状況下で自分に言われていない可能性を考えたな。


 そんな俺の心境も知らず、神楽はその勝気な瞳を細めた。

 さあ、ここからだな。


「許可するわ。名乗りなさい」


「他人に名前を尋ねるときは、自分から名乗るのが礼儀だ。そもそも、さっきの自己紹介だって名前を言って一言『よろしく』で終わりじゃねーか。何がそんなに気に食わないんだ?」


 どこからか「中条さん……」と呟く可憐の声が聞こえた。そちらに視線を向けずとも分かる。可憐は今、とてつもなく残念な奴を見つけた時のような目で俺を見ていることだろう。俺だって逆の立場ならそうする。事情を知らなければ殴ってでも止めたかもしれない。それをしないだけ舞や可憐たちは穏便であると言えるだろう。いや、もしかするとこの予想できない事態に頭が真っ白になっているだけなのかもしれないな。


 でも、残念ながらこれが正解のはずなんだ。


「……面白いわね」


 目を細めたまま神楽は呟く。


「こんなやつ初めてだわ」


 ほら。

 こいつやっぱりおかしいわ。


 遠くでエマが息を呑んだ音が聞こえた。

 どうやら良い方向へと進んでいるのは間違いなさそうだ。


 こんなの事前に反発することが正解と言われてなければできない芸当だ。アマチカミアキの遺言を最優先に考えていれば、他の事象に関しては全て荒波を立てず平穏に終わらせたいと思うはず。何が理由で神楽から評価されたのかは分からない以上、穏便に済ませようと考えるのは当然のことであると言える。


 最悪の引っ掛けだな。


「ねえ」


 神楽は言う。


「人が生まれた時、最初に与えられるものは何だと思う?」


 ああ。

 その問いかけは憶えている。


 確か……。


「身分……、なんてつまらない答えを期待しているわけじゃないよな」


 細められた神楽の瞳が見開かれた。


 その反応で分かる。

 どうやら俺の記憶も捨てたものでは無いらしい。


「それとこれとは話が別だもんな。今日から同じクラスメイトになるわけだし」


 先輩後輩でもなく、ただのクラスメイト。

 それなら上下関係なんて生まれない。


 ぷっ、と。

 神楽は口元を覆い、噴き出すようにして笑った。


「貴方、本当に面白いわね」


「それは光栄だな」


 軽く流した俺に気分を害した様子は見せず、神楽は長い黒髪を手で払う。

 そして、言った。


「神楽宝樹よ。自分から名乗ったのは初めてかもしれないわね」


 初めてかよ。

 こいつ本当にちやほやされて育ったんだな。


 2度目のはずなのに、心の中で思わずつっこんでしまった。


「これからよろしく(、、、、)。これでいいわね? 中条聖夜」


 俺の名前を知っていて、さっきは名乗れと言ったんだよな。

 本当に良い性格をしているな、こいつは。


「み、皆さんが2年生でいるのもあと一ヶ月無いですが、3年生最初の選抜試験を迎えるまではこのクラスはこのメンバーで行きますので、仲良くしてあげてくださいね」


 微妙になった空気を仕切り直すように、白石先生が手を叩きながら介入してきた。


「それでは神楽さんの席は」


「中条の隣がいいわ」


「えっ」


 後ろの空いている席を勧めようとしていた白石先生がフリーズする。神楽の視線が、俺の右隣に座る美月へと向いた。


「どいてもらえるかしら」


「それを平然と言えるお前にびっくりだよ」


 過去のルートで俺は何を言ったのだろうか。

 ただ、俺が思ったままの台詞が口を突いて出た。


 神楽の視線が俺へと向く。


「貴方に言ったわけではないのだけれど?」


「知ってる。だから口を挟んだんだよ」


 神楽が目を細めた。

 教壇から降りて俺の目の前に立つ。


「そろそろ立場を弁えなさい?」


 ずいっと顔を近づけてから、神楽が言う。遠くでエマの悲鳴が聞こえたが、あの感じは俺のことを心配してのものではないとなぜか断言できた。


「貴方がまだこうして息をしていられるのは、私の興味がまだ貴方にあるからよ。興味はある。けど、それは絶対ではない。その傲慢さが私の興味を上回った瞬間に」


「護衛でもけしかけるのか?」


 上乗せするように放った俺の言葉で、神楽が押し黙った。

 勝気な瞳が僅かに見開かれたことから、想像していなかった返しだったのだろう。


「悪いことは言わないから止めておけ。ここでお前自慢の護衛を暴れさせたところで良いことは何も無い。俺の力が見たいだけなら、時と場所を弁えてくれるなら応じてやっても良いし、師匠に用があるなら仲介役をしてもいい。ここで暴れて敵対したって損するだけだぞ」


「……へぇ」


 神楽の吐息がくすぐったい。

 至近距離で睨み合ったまま、神楽がこちらを品定めするかのように目を細めた。


「面白いことを言うのね。まるで(、、、)未来が(、、、)見えている(、、、、、)かのよう(、、、、)


 その言葉に。

 自分の心臓が高鳴ったのを感じる。


 そして思った。

 ここだ、と。


「既に知っているのかもしれないぜ」


 口角を吊り上げ、挑発するように言う。

 神楽もそれに応えるように口元を歪めた。


「1つ、質問をする」


 そう言って神楽は更に顔を近づけてきた。「ちょっ」と、俺の両隣りからステレオで聞こえてきたが構っている余裕は無い。どこからか悲鳴か呪詛か分からない声にならない声が聞こえた気がしたが、そちらも無視する。


 神楽は俺の耳元に口を寄せてこう言った。


「外に控えさせている私の護衛……。名前を言ってみて」


 外に……、廊下に控えさせている護衛の名前?


 視線をそちらへと向ける。

 そこには開けっ放しになった扉の先に佇む黒服の姿。


 皆が黒髪にサングラス、耳にはイヤホンと完全なSPスタイルのせいで同じに見えがちだが、こいつだけは憶えているし忘れられない。なにせ、初回ルートにおいて教室内で俺へ襲い掛かって来た護衛がこいつだったからだ。


 名前は確か――。


「葵、だったな」


 神楽が小声で問いかけてきたので、俺も思わず小声で返答した。


 そのため、周りの奴らはホームルーム中の教室で何をやっているんだと思っているだろう。後ろに席を構える片桐からの凍てつくような視線が、物理的な攻撃力を持っていると錯覚しそうだ。


 沈黙。

 もしや違っていたのか、と思い始めた頃。


 ようやく神楽が再起動を果たした。


 姿勢を整え俺から距離を置く。

 壇上の上で軽く会釈をしてからこう言った。


「神楽宝樹よ。どうぞよろしく」


 仕切り直すようにして挨拶を済ませた神楽は、先ほど美月に「そこ譲れよ」と言ったことなど無かったかのようにして、空いている後ろの席へと向かう。ただ、俺の横を通る際、俺に対してこう告げた。


「この後、付き合いなさい」







「この後……、って本当にすぐ後なのかよ」


 様々な視線が向けられることになったホームルームが終わってすぐ。

 俺は早々に神楽から呼び出されていた。


 当然ながら1時限目の授業をすっぽかしてだ。昼寝の誘いを断りつつ、女に会うために授業をサボって屋上にいましたなんて知られたら、大和さんからとりあえず一発殴られるかもしれない。というかこいつ、授業はいいのかよ。今日が転入初日だろうが。


 ……いいんだろうな、だって神楽だし。自己紹介でいきなり護衛をけしかけて乱闘騒ぎを起こしたり、そのままヘリを教室に横付けして帰宅なんてしないだけまだマシというものだろう。


 そんな俺の呟きをしっかりと拾っていた神楽は、呆れたと言わんばかりの表情でため息を吐く。屋上へと着くなり俺を追い越し、神楽はフェンス際まで歩み寄ってから口を開いた。


「呆れたわ。呑気に授業を受けている暇なんてあるのかしら?」


 ……。

 何だと?


 この言い方は……。


「……貴方、どこまで知っているの?」


 最後に屋上へと足を踏み入れたエマが問う。後ろ手に扉の鍵を閉める音が聞こえた。神楽を逃がさないためではない。余計な人間を屋上へ招き入れないためだ。


 エマの質問に、こちらを振り返った神楽の表情が僅かに歪んだ。


「マリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラ。貴方まで招いた覚えは無いのだけれど?」


「私は聖夜様の護衛よ。護衛が主人の傍に控えずしてどうするというの? 貴方だって護衛にここを見張らせているじゃない」


 エマの指摘に、神楽の口角が吊り上がる。


「ふぅん、この距離で気付けるのね。……いや、知っていたのか。だって貴方たち、未来から来たんだからね」


 自分で勝手に納得した神楽は1つ頷いた。

 エマに向いていた視線が俺へと戻る。


「まあ、いいわ。私、今気分が良いから答えてあげる。『どこまで知っているの』だったわね。答えは『何も知らない』よ」


「ふざけ――」


 エマの言葉を、神楽の手が制した。

 神楽はフェンスへともたれ掛かりながら空を見上げる。


「私は貴方たちが『脚本家(ブックメイカー)』から何を期待されてここにいるのかは知らない。貴方たちが何を期待して私に声を掛けてきたのかも知らない。当然ながら、これから何が起こるのかも知らないわ」


 こいつ、当然のように『脚本家(ブックメイカー)』という単語を出してきやがったな。やはり、先ほど神楽が「未来」という単語を出したのは意図的だったようだ。


「だから、教えてちょうだい?」


 視線を空から俺たちへと戻し、神楽は笑う。


「貴方たちが今、何を欲しているのか。私の興味を引ける内容なら、協力してあげるわ」







「なるほど。『ユグドラシル』の長、今は亡きアマチカミアキの遺言……、ね」


 結局、1時限目の授業は丸々サボることになった。今は2時限目の授業が始まっている頃だろう。チャイムを聞く限りでは間違いない。3時限目の授業は白石先生が教室に降臨するはずなので、それまでには戻っておきたいところではあるが……。


 俺とエマの話を聞いた神楽は、顎に手を当てて黙り込んだ。

 そして、ようやく口を開いたかと思えば独り言のような呟きである。


 神楽にはほとんどのことを話した。『脚本家(ブックメイカー)』の存在を知っているのなら、説明に困るところなどほぼ無いに等しい。アマチカミアキが幼少の頃に身を寄せていたという孤児院から始まり、遺言の一件、『ユグドラシル』の宣戦布告、そして歓迎都市フェルリアの陥落までを、一通り説明した。


 遺言については、俺のMCに反応して録画されていた機器が動作したこと、そして俺のMCとアマチカミアキから譲り受けたMCの存在についても説明してある。隠すことでも無いし、本当に協力を得て遺言を聞きに行くなら、その内容を神楽も聞く可能性が高い。その時に「MCの話は聞いていない」と揉めるくらいならあらかじめ話しておいた方がマシだろう。


 神楽は黙ったまま何も喋らない。

 どうしたものかと思っていたら、神楽はようやく顔を上げた。


「……で? 結局、その宣戦布告に映っていたのはアマチカミアキ本人か分からないわけね?」


 首肯する。

 それを見た神楽は、わざとらしく大きな息を吐いた。


「……想像以上にぶっ飛んだ話だったわ。アマチカミアキは死んだものだと思っていたのだけれど、まさか生きている可能性があるなんてね」


「信じてくれるのか?」


「ええ、そうね。少なくとも、貴方たちが未来から来たのは間違いないみたいだし」


「なぜそう思うの?」


 神楽の返答に反応したのはエマだ。

 神楽の視線がエマへと向く。


「この男が私の護衛の名前を知っていたからよ」


 神楽は詰まらなそうな表情で答えを口にした。


「小声でやり取りしていたから貴方は聞こえなかったのかもしれないけど、中条聖夜は私が廊下に控えさせていた護衛の名前を知っていた」


「それだけで証明になるか? 沢山いるお抱えの護衛の1人から、こっそり聞いたのかもしれないとは考えないのか?」


 俺の質問に、神楽は一瞬だけきょとんとした表情を見せる。

 そして、小さく噴き出した。


「その反応がまさしく信用できる証だわ」


「どういうことよ」


 エマが唸るように問う。


「私が重用している護衛は5人。葵はそのうちの1人なんだけど、その5人の名前は不定期にランダムで入れ替えているの。重用している護衛の名前を全員知っていたとしても、このタイミングで廊下に控えさせていた護衛の名前を当てられる確率は5分の1。まあ、適当に言って当たる可能性もあるにはあるけど……。『脚本家(ブックメイカー)』の存在も知っているみたいだし、遡ってきたということは信じることにしたわ」


 ……は?


 思わずエマへと視線を向ける。

 エマもこちらを見ていた。


 おそらく、俺とエマは同じような表情をしているに違いない。


「何のために入れ替えるなんて真似を?」


「5人の護衛はそれぞれ特化させている部分があるから。たまに入り込んでくるスパイ対策とか色々よ。それに、今回のケースだって役立ったわけでしょう?」


 それはそうかもしれないが。

 良くそれで呼ばれる側も混乱しないな。


「まあ、その辺りはこれくらいでいいでしょう。それで貴方たちの目的は、アマチカミアキの遺言を聞き出し、魔法世界エルトクリアで『ユグドラシル』を迎え撃つ……、ということでいいのかしら?」


「その認識で構わない」


 歓迎都市フェルリアでの凶行も止められるのなら止めたい。ただ、今の第一目標はアマチカミアキの遺言を聞くことだ。これさえ聞ければ、最悪このルートが駄目になったとしても、記憶を引き継げれば次に繋ぐことができる。少なくとも、一歩前進させることができるのだ。


「いいわ、協力してあげる」


 神楽は言った。


「但し、条件が1つ。貴方たちが必死に聞こうとしているその遺言。私も一緒に聞かせてちょうだい」


 エマともう一度顔を見合わせる。

 ほぼ同時に頷いた。


 そのくらいであの妨害が無くなるなら安いものだ。

 エマもおそらくそう思ったに違いない。


 後は遺言を聞くための条件か。


 俺が聞いたアマチカミアキの遺言で、奴は俺が持つMCについて言及する場面があった。少なくともあの遺言を録画している機器が、俺のMCに反応していたのは間違いない。もう片方のMCで流れたという遺言の詳細までは聞けていないが、そちらもMCに反応していたのだとすれば、あの機器が反応を示すトリガーとして妖精樹のMCが指定されているのは、ほぼ確定だと見て良い。


 アマチカミアキが過去に師匠たちと作成したMCは2つ。俺が今持っているMC・ウリウムと、アリスに預けているMCだけだ。それぞれで試して駄目なら、2つ同時に持って行けばいい。消去法のようにも思えるが、それしか方法が思い浮かばないのも確かだ。


 さて、どうなるかな。

【速報】神楽宝樹、チョロイン卒業


 次回の更新予定日は、3月10日(水)です。

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