前へ次へ
407/432

第10話 秘密 ③




「第一関門は突破した。次はこの学園を出れるか。孤児院に辿り着けるか。遺言を起動させられるか。最後まで聞けるか。そして、魔法世界へ辿り着けるか」


 師匠の言葉を聞けば聞くほど頭が痛くなってくる。


 その全てに神楽が障害として立ちはだかるわけだろう?

 空気読んでくれよ。ふざけんな。


「そもそもなんで神楽と敵対しているんですか? 今日は神楽の転入初日なんだろう?」


 師匠に向けていた視線を、後半はエマに向けて話す。

 ただ、答えたのは師匠だった。


「こちらが聞きたいくらいよ。むしろ、貴方の知っている最初のルートではどうやって敵対せずに済んだの? 神楽は完全に敵対モードで学園にやって来ているらしいじゃない」


「はあ?」


 そうだったか?

 自己紹介を他人から求める程度のぶっ飛んだ奴、くらいの印象だったんだが?


 再度視線をエマに向ける。


「リナリーの言っていることが正解です。神楽宝樹は教室に入り、自己紹介をなぜか私たちに求めました。聖夜様がそれに応じたところで『まずは実力を見せろ』と。それを聖夜様がお断りになったことで戦闘が開始しています」


 ……結局実力を見せることになっているんじゃねーか。


 拒否した意味がまるで無い。

 結果的に神楽の望み通りに事が動いているのだから、流石はあいつだというべきなのか。


 いや。

 今考える必要があるのはそんなことではない。


 なぜ、初回のルートと差異が生まれたのかということだ。


 初回ルートで俺は何をした?

 神楽が不遜な態度で自己紹介を求めてきた。

 そこまでは一緒だったはずなんだ。


 ……。


 まずはお前から名乗れよ。

 新顔はお前なんだから。


 そんな台詞を言ったな。


 え?

 そういうことなの?


 それが正解だったってこと?

 明らかに喧嘩を売っている台詞なのに?


 ……なんで従順に従った方が敵対するんだよ。

 感性が他人とは違いすぎるだろう。


 でも、それ以外に差異は無い。

 というより、分岐前で違う行動を取ったとすればそこしかない。


「……師匠、エマ。もしかすると、なんだが」


 俺が考えた内容を口にする。

 当然ながら、それを聞いた師匠とエマは顔を顰めていた。


「……そんなことで?」


「聖夜様に害を加えようとする愚物です。思考回路が吹き飛んでいても不思議はありませんが……。それでもイカレていますね」


 エマ。

 お前はお前でぶっ飛んでいるからな。


「とにかく、内容は理解したわ。エマ、もしこのルートもやり直しになるようなら、次はこの記憶を持った方がそこの分岐点を改変できるように動くこと」


「分かりました」


「物は試し、というからね。神楽家と敵対しないルートが存在するなら、それに越したことは無いわ。神楽家という障害が存在しなければ、孤児院での検証は何ら問題無く行えるわけだし」


 師匠がため息を吐きながらそう言う。


「孤児院で待ち伏せしている『ユグドラシル』は大丈夫なんですか?」


「あぁ、その記憶はあるんだったわね。問題無いわ。ほとんど神楽家が壊滅させてくれるし」


 本当に利害が一致したときは有能だな。

 一致しなかった時が死ぬほど面倒くさいが。


 とにかく、ルート改変の糸口が1つ見つかっただけでも良しとするべきか。できれば死にたくは無いのでこのルートで終わらせたいが、次に繋がる何かを見出せただけでも進展はあったということだ。師匠の話では、師匠の助けなしで俺とエマが無傷の状態で今を迎えることは無かったようだし、こういった会話も落ち着いてできなかったのだろう。


 そもそも、神楽家と敵対しないルートが存在していたという情報を知ったのも今回が初めてだったみたいだから、いくら師匠やエマでも神楽との初接触の場面を弄ろうとは思い付かないよな。先ほどの口振りでは最初から敵対ルートだと思っていた節があるし。


 というか、何で俺は対応を変えたんだ。


 ……変えるか。

 変えるだろうな。


 神楽と顔を合わせた初日。

 俺はまだ神楽がどれだけやばい存在なのかを理解していなかった。


 だからこそ噛みつけたのだ。


 奴のやばさを知った以上、余計な火種は生み出さないようにしようと考えるのは自然なことだ。特に、アマチカミアキの本当の遺言を聞き出さなければいけないというこの状況下では。結果として見れば悪手だったとしても、その結果を知らない以上最善を尽くそうとするのは当然だ。神楽と敵対しないようにして、結果として敵対することになった。


 初回ルートの何が奴の琴線に触れたのかが分からない。

 本当に困った奴だ。


「さて……、そろそろ頃合いかしらね」


 師匠がやや上に視線を向けて言う。


 頃合い。

 神楽家の戦力が上の教会に集まりつつあるということか。


「じゃあ、これからの一連の流れを説明するわ。それが終わったら……」


「行きましょうか」と。

 師匠はそう言った。







 師匠の先導でもう1つの隠し通路を進む。

 段差のきつい階段で上へ。


 その途中で師匠が足を止めた。


「……師匠?」


「……おかしい」


 師匠の呟きが反響する。


 師匠が振り向いた。

 視線は俺では無い。


 俺の後ろにいるエマだ。


「聞こえる?」


「いえ」


 師匠の問いに対して、エマは静かに首を振った。そして、俺の疑問を感じ取ったのかエマが改めて口を開く。


「本来であれば、私たちがこのもう1つの隠し通路を通っている段階で、神楽家が訓練場に攻め入って来ていました。今回はそれが無い」


「未来が分岐したわね。恐らく要因は……、貴方たち2人がスムーズに包囲網を突破して教会へ辿り着いたから」


 師匠が顎に手を当ててそう口にする。

 独り言だったのかどうかは分からないが、エマはそれに反応した。


「神楽家が警戒レベルを引き上げたから、という理由だけでは説明が付かないと思う。運が悪かったと見るべき」


「そうね」


 エマの言葉に師匠が頷いた。


「貴方たちが教会に入ったところを見られていたか。時間に余裕ができた分、周囲を探られていたら万が一もあり得るわ。……メリッサ」


「何よ」


 アリスの手を引き、最後尾で様子を窺っていたシスター・メリッサが反応する。


「貴方とアリスはタイミングをずらして外へ出なさい。戦闘は避け、とにかく全力で逃げること」


「だったら最初から私を巻き込まないでくれる?」


 シスター・メリッサの御言葉はもっともである。


「私たちは外へ出たら、ある程度敵を誘導した後、聖夜の無系統魔法で離脱を図りましょう」


 シスター・メリッサの正論を華麗にスルーした師匠が言う。


 それがここで無系統魔法を使わない理由か。確かに、ここにシスター・メリッサとアリスを残したまま転移してしまうと、攻め込んできた神楽家にそのまま蹂躙されそうだ。シスター・メリッサ1人ならともかく、アリスを守りながらとなると厳しいに違いない。


「俺の転移魔法で一緒に連れていくわけにはいかないのですか?」


「アリスを学園の外に連れ出して生き残った未来は1つもない。現状で戦力としてカウントできない以上、連れていくのはリスクでしかないのよ」


 ……。


「さて……、質問は?」


 皆、何も言わない。

 アリスからMCを回収した師匠は、それを俺に手渡しながら言う。


「――行くわよ」


 師匠が無詠唱で強化魔法を発現した。


 機動力を上げるための、足のみの身体強化魔法だ。

 この狭い空間での余波を気にしたのだろう。


 その意図を汲んだ俺とエマも同じく身体強化魔法を発現した。

 それを確認した師匠が1つ頷く。


 階段を駆け上がる。

 瞬く間に外側から隠蔽された扉へと辿り着いた師匠は、そのままの勢いで扉を蹴破った。


 眩しい光に、一瞬だけ目を細める。


 瞬間。

 悪寒。


「散開っ!!」


 師匠が叫ぶ。


 咄嗟に跳躍する。

 それは近くにいた師匠やエマも同じだった。


 爆撃。

 俺たちがたった今地上へと顔を出した場所が、一瞬で火の海と化した。


「聖夜様!!」


 エマの金切り声が聞こえる。

 同時に、俺にしか聞こえない声でウリウムが叫ぶ声も。


 状況を把握するより先に『不可視の装甲(クリア・アルマ)』で防御を図った。そして、それは正解だった。甲高い音を響かせて何かを弾く。そちらに目を向けるが視界に見える範囲では誰もいない。


 ああ、超長距離狙撃か。


 師匠の散開という言葉を聞いて、思わず上へと跳ね上がってしまったが……。

 これは完全に悪手だったな。


 師匠やエマは木々の死角に入り込めるように移動している。一瞬だけ見えた師匠の口元が「馬鹿野郎」と動いているように見えたのは、きっと気のせいに違いない。……この失態はすぐに取り返さないと、このルートの記憶を持ち続けている限り一生言われ続けそうだ。


「第一段階『魔力暴走(オーバードライブ)』」


 自らの魔力生成器官に負荷をかけて無理矢理暴走させる。溢れ出す魔力を利用して探知魔法を発現、生い茂る木々の中に潜伏する人間全てを炙り出す。


 先ほど狙撃された方角から考えると……。

 このままではすぐにガス欠になるため『魔力暴走(オーバードライブ)』を解除。


 ――――『神の書き換え作業術(リライト)』発現。


 学園の敷地内ということもあり、狙撃手はそれほど離れた距離にはいなかった。しかし、明らかにこちらから距離を取ろうと動いている人物がいたこと。そして、その人物のフォローに入ろうとするかのような動きをする別の人物がいたことで確信した。


「狙撃手はお前だな」


 見当違いの方角に視線を向けながら移動していた黒服の前へと回り込む。手にしていたライフルのような形状をしていた銃を構えるより早く、手刀で黒服の意識を刈り取った。やはり狙撃に自らの能力を全振りしているタイプだったか。これまで会った神楽の護衛の中で、近接戦闘では一番弱いレベルだ。


 背後から殺気。


「――っと」


 突き出された手刀を躱す。

 こちらが反撃するより先に、黒服が後退した。


 随分と慎重だな、と。

 そう思った瞬間だった。


 頭上からひゅるる、と何かが落下してくる音。


 上、上、と警告してくるウリウムに応えて舌打ち。

 灼熱の業火が頭上いっぱいに広がっていた。


 視線を戻せば、襲撃してきた黒服が超長距離射撃をしていた狙撃手を抱えて離脱している。


「くそっ」


 ――――『神の書き換え作業術(リライト)』発現。


 俺もその場を離脱。

 但し、上空ではなく狙撃手を抱えた黒服と逆サイドへと転移した。


 直後に業火が着弾する。

 圧倒的なまでの熱風が周囲を襲った。


 笑ってしまうほどの威力だ。

 学園が所有する山の一角が瞬く間に禿げ上がる。


 着弾と同時に膨れ上がり、その余波で周囲へと更なる影響をもたらす一撃。

 これは――。


「……黒服の中に支援魔法持ちがいるな。まあ、いてもおかしくはないか」


 希少性が高い支援魔法持ちとはいえ、神楽の人脈があれば配下に加えるのは容易そうだ。


 今のは火属性の魔法球に『爆裂性能』の支援魔法を付加していたのだろう。通常の魔法球も高難度になればなるほど周囲へと及ぼす影響は大きくなるが、今の魔法は通常の『火の球(ファイン)』だった。もちろん、熟練者が発現した魔法だったため練度は凄まじいものだったが、あの一撃はそれだけでは説明が付かない。


《どうするの?》


 ウリウムがそう聞いてくる。


「……追尾性能を付加される可能性もあるわけだよな。先に支援魔法持ちがいるという情報が分かっただけでも儲けものか」


 そう思うことにした。


 支援魔法で付加される『追尾性能』は、魔法大全集に載っている『誘導弾(リモールタ)』の性能とはわけが違う。『誘導弾(リモールタ)』は発現者があらかじめ弾道を設定した上で射出するが、支援魔法の『追尾性能』は文字通り対象者を指定して着弾するまでひたすらに追い続ける。


 逃れる方法は障壁で蹴散らすか、あるいは別の障害物を上手く挟むことで誘発させるか、はたまた圧倒的な魔力差で吹き飛ばすか……、などなど。取れる手が少ないわけではないが、不意打ちで回避したと思ったら死角から魔法球が迫っていたなんて展開は良くある話らしい。


 他にも普通に障壁で防ごうとしたら『炸裂性能』が付加されていて、本来なら防げるはずだったのに障壁ごと吹き飛ばされたり、『遅効性能』で衝撃のタイミングをずらされて、そのまま撃破されるなんて展開も十分にあり得る。


 支援魔法を扱える発現者は、そちらに重点を置いて鍛えるから自分の身を自分で守り切るのは難しい。高レベル帯の戦闘に参加するならなおさらだ。ただ、その支援魔法持ちを守り切ることができるのならば、そのグループは敵に対して圧倒的に有利に立てるだろう。戦術の幅が大きく広がるからだ。


「……あまり遊んではいられないな」


 さっさと師匠やエマと合流しなければ。


 2人の魔力は特定できる。

 もう一度『魔力暴走(オーバードライブ)』と探知魔法を併用すればすぐだ。


 頭上が真っ赤に照らされる。


 再度降り注ぐ『火の球(ファイン)』を『神の書き換え作業術(リライト)』を用いて躱す。転移することで一瞬のうちにその場から離脱した俺は、離れた場所で『火の球(ファイン)』が着弾するところを見た。膨れ上がるようにして周囲へと余波をぶちまける様を確認して、付加されているのが『爆裂性能』であることを確認する。


 こうして余裕を持って回避しているのも、付加された支援魔法が何なのかが見ただけでは判断できないからだ。先ほどと同じように『爆裂性能』だと思って回避していたら、実は『追尾性能』でしたというパターンだって当然あり得る。


 これもまた支援魔法の利点だと言えるだろう。


 何度か同じ手を見せておいて、とっておきのタイミングで敵の裏をかく。そういった戦い方が支援魔法持ちにはできる。こうした周囲の視界が悪く潜伏が容易なフィールドは支援魔法持ちにとって非常にやりやすいはずだ。


 俺の『魔力暴走(オーバードライブ)』で強化した探知魔法は、魔力の分布がどうなっているのかは分かるが、その魔力の質を知っていない限り『誰がいるのか』は分からないし、そいつが『何をしているのか』も分からない。


 つまり、支援魔法持ちがどこにいるのかを特定することはできないということだ。


「それなら、これ以上ここで時間を潰す意味も無いな」


《どういうこと?》


 神楽との最終決戦の場が孤児院であり、その道中でも妨害を受けるとするならば、面倒な駒のいくつかをここで戦闘不能にできないかと考えつつあった。しかし『魔力暴走(オーバードライブ)』と探知魔法を併用しつつ『神の書き換え作業術(リライト)』でここを跳び回るのは得策ではない。最終決戦の場ではない以上ここでガス欠になるわけにはいかないし、殺してはいないとはいえ狙撃手を無力化してしまったことから、神楽の逆鱗に触れている可能性もある。


 ……既に逆鱗に触れているからこそ、この状態なのかもしれないが。


《それなら、無理に孤児院に向かわずにやり直した方がいいんじゃない?》


 俺の考えを伝えると、ウリウムがそんな提案をしてきた。


「……確かに」


 思わずそう呟く。


 毎回、神楽家の猛攻を受けつつも孤児院に向かおうとするから対策を立てられるのだ。神楽は俺たちの目的が孤児院だと知っているのだから。それなら最初から孤児院は捨ててさっさと魔法世界エルトクリアに向かえばいい。俺が今回の記憶を持った状態で遡ることができれば、神楽との最初のやり取りを誤ることも無いだろう。


 本当に神楽に喧嘩を売るような物言いが正解なのかは分からないが、この面倒くさい対立状態を解消できるなら試してみる価値は十分にあると言える。


「……師匠たちに提案してみるか」


 そうと決まれば、これ以上無駄な争いをする必要は無い。『魔力暴走(オーバードライブ)』を使用して己の魔力生成器官を刺激する。膨大な魔力を利用して探知魔法を発現。見知った魔力を特定する。魔力分布を見る限り、シスター・メリッサとアリスはうまく立ち回っているようだ。結果論だが、俺が神楽家を引きつけたことが良かったのかもしれない。


 とにかく、今は合流が最優先。

 師匠とエマの位置に向けて、俺は『神の書き換え作業術(リライト)』を発現した。

次回の更新は、2月20日にできればしたいです。

前へ次へ目次