第4話 宣戦布告 ④
☆
窓から見えるのは、漆黒の闇だけだ。
灯りなど何も無い。それも当たり前だ。なぜなら、外に人工の建造物など何も無いからだ。下に広がっているのは海のみ。空には星が出ているのかもしれないが、機内の灯りが強いせいでその瞬きを捉えることはできなかった。
ここは花園が所有する自家用ジェットの機内。しかし、操縦しているのは姫百合家のメイド長である大橋理緒という訳の分からない状況となっている。乗っているのは俺と師匠であるリナリー・エヴァンス、栞、エマ・ホワイトことマリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラに加えて、『白銀色の戦乙女』のシルベスター・レイリー、ケネシー・アプリコット、ルリ・カネミツ、そして乗務員として大橋さんの計8名だ。
どうしてこのような状態になったのか。
それを説明するためには、日本のとある孤児院で鑑華美月から「魔法世界エルトクリアの歓迎都市フェルリアにて属性奥義が使用され、都市が丸々1つ死んでしまった」という情報を伝えられたところまで時間を遡る必要がある。
電話でその情報を伝えられた俺は、すぐ近くでそれを聞いていた師匠に指示を仰ぐことにした。『ユグドラシル』の非道は許せないが、魔法世界エルトクリアで起こったことならできることは少ない。むしろ『黄金色の旋律』のメンバーが、このタイミングで歓迎都市フェルリアにいないかどうかを知る方が先決だった。
師匠の話では、魔法世界に居を構えるルーナ・ヘルメルとヴェロニカ・アルヴェーンも歓迎都市フェルリアで活動するように指示を出してはおらず、個人的な事情でぶらついていない限り問題無いということだ。魔法世界エルトクリアはクリアカードを用いた独自の通信手段を確立しているため、外からの連絡は通常の手段では不可能。よって、実際に連絡が付くまでは安心できない。ただ、気休めにはなる。特に日本との時差で考えるなら、属性奥義が使われたであろう時間帯は、あちら側ではまだ夜明け前だ。余程の用事でもない限りは寝ていただろう。
シルベスターからも、『白銀色の戦乙女』の拠点は歓迎都市フェルリアには無いそうなので問題は無いだろうと言われている。その際、嬉々として拠点の位置を話そうとしていたので止めておいた。「本来は秘匿しておくべき情報ではありますが」と前置きで口にしていたからだ。確かにこいつらは『黄金色の旋律至上主義』という敵を作りそうな性格しているからな。秘匿しているなら、俺たちにも話すべきではない。こういう情報はどこで漏れるか分からないからだ。ケネシーもルリも止めてやれよ。良い笑顔で頷いているんじゃない。
そういうわけで、直近で魔法世界エルトクリアへ向かう予定は無かった。
ここまでの情報では。
状況が一変したのは、孤児院から青藍へと帰る道中でのこと。無料の大手動画配信サイトにて、『ユグドラシル』側が投稿主と思われる動画がアップされてから。そこに映った男から放たれた条件に師匠の名前が挙がった瞬間から、他人事ではいられなくなった。
師匠曰く、映っていた男がアマチカミアキ本人かどうかは判断できない。しかし、声や雰囲気は限りなく本人と同じだったとのこと。
アマチカミアキと言えば、忘れもしない修学旅行のあの夜に師匠から殺されている。俺はその瞬間を直接目で確認したわけではないが、近未来都市アズサでの会合で真っ二つにしたと師匠から聞かされている。そんなところで師匠が嘘を吐くとは思えないし、吐く意味も無い。そうなると、あの時に会合へ顔を出したのは、アマチカミアキの影武者だったということなのか。
そんなことがあり得るのか?
師匠の目を欺くほどの?
詳細を聞かされているわけではないが、師匠とアマチカミアキは過去に王立エルトクリア魔法学習院で肩を並べ合った学友だったらしい。お互いに過去を知る仲だった以上、それなりに親しかったはずだ。会合に現れた人物が全くの別人であったなら、違和感を覚えたはずだ。幻想魔法を用いてでも欺こうとすれば、確実に見破れていたはずと師匠も言っていた。
結局、この問題については、一度棚上げとなった。
ここで議論を重ねたところで答えが出る問いでは無いし、先に解決しないといけない問題もある。そう。動画投稿サイトにアップされた頭のイカレた宣戦布告についてだ。映像に映っている男がアマチカミアキであろうがなかろうが、宣戦布告はなされている。本当に『ユグドラシル』であるかどうかも不明だが、少なくとも属性奥義を用いて都市1つを壊滅させるだけの力があることだけは紛れも無い事実なのだ。
「そろそろ魔法世界の貴族たちが、外界と接続できる回線を使って『私の首を差し出せ』と言ってくるかもね」と師匠は笑いながら言っていたが、全然笑える内容ではない。女王と1人の魔法使いの首。貴族からすれば、優先順位は前者の方が上なのだろうが、生憎と比べられている魔法使いはこの世界で最強の魔法使いだ。ここで最高戦力を失ってどう『ユグドラシル』と敵対していくと言うのか。それとも首を捧げるだけで世界が本当に平和になるとでも思っているのか。
ふざけるなと言いたい。
とにかく、まずは魔法世界へ行くしかない。魔法世界は良くも悪くも閉鎖的な空間だ。あちら側から情報を公開しない限り、こちら側から内部の情報を知ることはできない。歓迎都市フェルリアが死んだことで、魔法世界内はどう動いているのかは分からない。王族護衛という身分ではあるが、『トランプ』の面々がこの状況を坐して見ているとも思えない。スペードやクラン、エースだって動いているはずだ。触れ合ってしまった分、情も湧く。心配になる。
あいつらは無事だろうか。
スペードは憶えてはいないだろう。あいつと俺は、青藍の魔法文化祭で出会い、魔法世界のアギルメスタ杯で戦っただけ。あいつの中ではそうなっているはずだ。でも、俺は違う。師匠が殺され、ヴェラが殺されたあの世界で、あいつは俺のために命を張ってくれた。その事実が無かったことになっていたのだとしても、俺が憶えている以上俺の中では無くなったことにはならない。あいつには借りがある。できることなら手助けしてやりたいと思っている。
クランは憶えている。あの地獄のような世界を。あいつには何度も世話になってしまった。命を懸けて、俺を送り出してくれた。エースは気に食わない奴だと思っていたけど、こちらが礼節を以って接すれば、ちゃんと話の通じる奴だった。自分の立場を気にせず、頭を下げられる男だった。人一倍、忠誠心の強い男なのだと思った。この現状を黙って眺めているだけの男では無いだろう。
あいつらは無事か。
無事だろうか。
俺の心情を察してなのか。
師匠は俺が同行することに文句は言わなかった。
問題は、どうやって魔法世界があるアメリカまで行くのかということ。通常の便ではサンフランシスコ空港を経由して乗り換える必要もあるため、時間が掛かり過ぎる。サンフランシスコ空港から魔法世界に一番近い玄関口アオバまでの便は1日に2つしかない。余計な時間が掛かり過ぎる。また、師匠が搭乗することでその便の安全は一切保証できなくなってしまう。一般旅行客まで危険に晒すことはできない。
よって、特別な便を用意するしかない。しかし、この時間から航空会社に掛け合ってすぐに用意できるかも分からない。何より、正規ルートで航空会社に掛け合えばその情報は広まる。どこから『ユグドラシル』に伝わるか分からない。伝わってしまえば、空を飛ぶ飛行機はただの的と化す。
師匠が最初に頼ったのは日本『五光』に名を連ねる名家、姫百合家現当主である姫百合美麗だ。彼女の持つ権力で自分専用の便を用意しようとした。しかし、『五光』の中では新参者であり、まだ各所にパイプを持たない姫百合家では用意できなかった。そこで美麗さんが相談してくれたのが、同じ『五光』の地位にいる花園家現当主である花園剛さんだ。
事情を聞いた剛さんは、花園家の所有する自家用ジェットを用意してくれた。離陸の用意からアメリカの要人への連絡までも引き受けてくれて、金持ちのスケールに俺が唖然としている間に全ての用意が終わっていた。ただ、その自家用ジェットの乗務員だけは確保できなかったため、姫百合家が用意することになった。それが姫百合家のメイド長大橋さんだったのである。
あれよあれよと花園家の自家用ジェットがある空港へと移動しようとしているうちに、どこからアメリカ行きの情報を嗅ぎ付けたのかいつの間にやらエマが合流しており、今に至ると言うわけだ。正直、気が付いたらエマが隣におり、あたかも当然のようにアメリカ行きの話に加わっていたので最初は違和感を覚えなかったくらいだ。こいつ本当に何なの。頼りになるのは間違いないけどさ。
思わずジト目で隣に座るエマを見てしまう。俺の視線に気が付いたのか、神妙な顔で座っていたエマはふわりと笑みを浮かべながら俺に視線を合わせてきた。気恥ずかしくなった俺の方が視線を外す。何か負けた気分がするが仕方が無い。そのタイミングで、ずっと腕を組んだまま身動き1つしていなかった師匠が目を開けた。
「まずはエルトクリア大図書館へ向かいましょう」
やっぱりそうなるか。
王立エルトクリア魔法学習院の中にあるエルトクリア大図書館。そこには時を操る神法を持つ『脚本家』がいる。『脚本家』なら歓迎都市フェルリアが壊滅する前の時間まで遡らせることができる。もっとも前まで遡れるなら、属性奥義が炸裂する前に俺たちが魔法世界入りするための移動時間まで確保できるかもしれない。
問題があるとすれば『脚本家』が神法を使うことを拒否する可能性もあるということか。『脚本家』はある程度許容できる結果さえ残せれば、それ以上のやり直しはしない性格をしている。現に、俺が修学旅行で遡りをした際も『脚本家』からの警告を全て守り切れなかったにも拘わらず、それ以上のやり直しは行われなかった。その結果、花園家第一護衛だった鷹津祥吾さんが死んだ。
今回の一件も、俺たちがエルトクリア大図書館へ向かったところで『脚本家』から、必要無いと判断されれば遡りは行われないことになる。
「リナリー・エヴァンス様」
俺の思考を余所に、シルベスターが口を開いた。
「これは我々が聞くべきではない内容でしょうか」
いったい何を思ってシルベスターはそのような発言をしたのか。その疑問はすぐに解消された。シルベスターを始めとした『白銀色の戦乙女』は『脚本家』の存在を知らないのだ。だから、師匠がエルトクリア大図書館へ向かう意図が理解できない。自分たちは理解できないにも拘わらず、俺、エマ、そして栞は理解の色を見せていることから、『黄金色の旋律』の間でしか分からない内容を話していると考えたのだろう。
しかし、師匠は首を横に振ってから口を開いた。
「別に構わないわ。私たちは、エルトクリア大図書館の司書である今井修に用がある。貴方たちにはそのバックアップを頼みたい」
師匠はそうシルベスターに言う。嘘は何も言っていない。『脚本家』がいる創世の間へ行くためには今井修の案内がいる。真実を語っていないというだけで、何1つ嘘は吐いていない。
師匠の言い回しから、ある程度の事実は伏せられた上で依頼を出されているということに気付いたのだろう。それ以上の問答は必要とせず、シルベスターは静かに頭を下げた。それに続くようにして『白銀色の戦乙女』のメンバーであるケネシーとルリも頭を下げる。
それを見た師匠は1つ頷いた。
「敵は『ユグドラシル』であると仮定して動く。そして、こちら側の狙いも見抜かれていると思っていてちょうだい」
「それは俺たちが真っ先にエルトクリア大図書館へ向かうであろう、ということをですか」
「ええ。宣戦布告といいつつ、既に奴らが手を下している場所からもそう判断していいはずよ」
俺の質問に師匠はそう答える。「なるほど」と頷いたのは栞だ。
「歓迎都市フェルリアを占拠したのは、私たちをエルトクリア大図書館へ近付けさせないためというわけですね」
「創造都市メルティへ行くためには、歓迎都市フェルリアを必ず通らなければならない。というより、玄関口アオバから入国する以上、魔法世界にあるどの都市へ行こうとしても必ず歓迎都市フェルリアは経由する必要があるわ」
栞の言葉に続けるようにしてエマが口を開いた。
『ユグドラシル』は俺たちが魔法世界で自由に動き回って欲しく無いのだろう。歓迎都市フェルリアを最初に抑えたのが俺たちへの牽制だと仮定するならばそういうことになる。アマチカミアキが『脚本家』の存在を知っていることは既に分かっている。遡りの神法を使われたくないと考えているのなら、これまでの展開は全て『ユグドラシル』の思い通りに進んでいるということだ。
というか、そもそも遡りの神法が使用できる『脚本家』を相手に喧嘩を売っていること自体、頭がおかしいと思うんだけどな。普通売らないだろう。自分にとって不利益が生じたと判断すれば、何度でもやり直しになるんだぞ。多少の制限があるとはいえ。理不尽にも程がある。それでも最終的に勝てると判断しているのだとしたら、『ユグドラシル』は本当に頭のイカレた集団だということになる。まあ、歓迎都市フェルリアに属性奥義を打ち込んで大量虐殺している時点で頭がイカレているのは確定しているわけだが。
「ええ、そうね。正規のルートで行くなら……、ね」
エマの言葉に対して、師匠は笑みに影を落としながらそう呟いた。
……。
嫌な予感しかしないんだが?
師匠の視線が俺へと向く。
「魔法世界エルトクリアには、空から入国する」
師匠。
それは入国ではなく侵入です。
敢えて入国という単語を使用したいなら不法入国が正解です。
そう言えたらどれだけ良いだろうか。
「更に具体的に言えば、創造都市メルティの上空から進入することにする」
侵入って言ったよ、この人。いや、師匠の性格からすれば、あくまで進入であって侵入ではないのかもしれないが。もはや何を言っているのか分からなくなってきた。
「言うまでも無く、魔法世界上空にも防護結界が展開されていますが?」
栞がそう口を挟んだ。
しかし、師匠の視線は俺へと向けられたままだ。
「聖夜、貴方の無系統魔法が必要よ」
でしょうね。
苦い記憶が蘇る。
「また警報音が魔法世界中に鳴り響くわけですか」
「警報が鳴る事態なんて今更でしょう?」
言いたいことは分かる。
でも、それとこれとは話が別だ。
警報が鳴る原因になるんだぞ。
「それから聖夜。貴方に心構えをさせるために先に言っておく」
そういう前置きをされる時は、大抵碌な話ではないことを俺は知っている。感情が顔に出ていたのか、師匠は俺を見て露骨にため息を吐いてからこう口にした。
「常に最悪の状態を想定して動きなさい」
……。
最悪の……、状態。
その言葉で、俺の脳裏に思い浮かぶのは――。
「聖夜」
師匠は俺と視線を合わせたまま言う。
「貴方にとって、最悪の状態とは何?」
あの地獄が蘇る。
思い出すだけで吐き気を催す程のあの地獄を。
「俺にとっての最悪の状態とは……」
言葉に出すだけで、震えそうになる。
「何らかの理由でヴェラやルーナが歓迎都市フェルリアにいて、属性奥義に巻き込まれてしまった場合。『ユグドラシル』側が期限を守らず蹂躙を始め、魔法世界が壊滅に近い被害に遭っていた場合。その状況下にも拘わらず――」
遡りの神法を使ってもらえなかった場合。
そう続けようとしたのだが、師匠が俺の言葉を制した。師匠は呆れたように首を左右に振りながら師匠にとっての答えを口にする。
「最悪なのは既にエルトクリア大図書館が陥落し、その神法が『ユグドラシル』の手中に落ちている場合よ」
「……そのようなことが可能なのですか?」
黙って成り行きを見守っていた栞が口を挟んだ。
「分からない。でも、できないという証明もまたできない。奇跡を起こす魔法という力が実在する以上、どのような魔法でも存在し得ると考えるべき。そうでしょう?」
栞は納得していないようだったが、ひとまずは反論しないことにしたようだ。師匠はアマチカミアキを相手にすると、過剰なほどに神経質になる傾向がある。それを踏まえたうえで『また始まった』くらいに考えているのかもしれない。
ただ、師匠の言っている魔法が本当に存在し、そのような状態になっていたとしたら確かに最悪だ。こちらにとって切り札とも言える遡りの神法を『ユグドラシル』が自由自在に使えるようになっていたら、それはもう詰んだと言ってもいい。いくら師匠が魔法でゴリ押そうとしたところで限度があるだろう。……何となく、それでどうにかなってしまうのではないかと思えてしまうところが師匠という存在のヤバイところではあるのだが。
「まあ、こんなあからさまな脅しを先に掛けておいたから、これから私が口にする内容なんて大したものに聞こえないはずよ。魔法世界入りした後の話。私たちの移動中に、魔法世界の何がどうなっていても、エルトクリア大図書館に向かうことを何よりも優先させること」
……。
「例え中央都市リスティルが紅蓮の炎で焼き尽くされていようが、目の前で見ず知らずの人たちが斬殺されていようが、エルトクリア城が崩壊していようが、アイリス女王陛下の首が落とされようが関係ない。とにかく私たちは、エルトクリア大図書館を目指す」
そこの例えでアイリス様を出すんじゃねーよ。
不敬罪であんたの首が吹き飛ぶぞ。
「それは当然、ここにいるメンバーにも当てはまる」
俺の無言の抗議を平然と聞き流し、師匠は続ける。
「最悪、私か聖夜、妥協枠でちょろ子。この3人の誰かがエルトクリア大図書館へ辿り着ければいい」
俺だけでは無く、ここにいるメンバー全員に言い聞かせるようにして師匠は言った。すかさずエマが挙手して口を開く。
「私1人で辿り着くことは100パーセントありません。聖夜様が私より先に死ぬことがあり得ません」
「そう。期待しているわ」
いつもなら「はいはいちょろ子ちょろ子」と聞き流していたはずの師匠は、エマに向けて真面目な表情でそう返した。いつもなら冗談で流せていたはずの俺も、エマと師匠のそのやり取りを見せられては軽い気持ちで返答できない。思わず言葉に詰まってしまった。
「委細承知致しました」
シルベスターが首を垂れる。
「我々は『黄金色の旋律』の皆様を全力でサポートさせて頂きます」
「ええ、お願いね」
ケネシーとルリも合わせて頭を下げたのを見届けて、師匠の視線が俺に向いた。
「貴方も覚悟を決めなさい、聖夜。この中の誰がどうなっても、エルトクリア大図書館を目指すこと。いいわね」
「分かりました」
「あな――、いえ、何でもないわ」
即答した俺に対して何か思うところがあったのか。
それとも、そもそも即答するとは思っていなかったのか。
何かを言おうとした師匠は、何も言わずに口を閉じた。
「では、大橋さんに創造都市メルティの上空付近を通るよう伝えてきます」
「よろしく」
栞は席を立ち、操縦席の方へと向かっていった。
「それじゃあ、交代で休憩を取りましょう。時差ボケで敵の不意打ちを受けるなんて笑い話にもならないからね」
「分かりました」
花園家の自家用ジェットを使用しているのだから、この情報がどこからか漏れていれば今この瞬間に狙われてもおかしくはない。用心するに越したことは無いのだ。「我々は大丈夫です」と言う『白銀色の戦乙女』も無理矢理含めてローテーションを組む。外れているのはこの自家用ジェットの操縦を任されている大橋さんだけだ。大橋さんは今回の戦闘には参加しない。あくまで乗務員としてついてきてくれているだけだからだ。アメリカまでの長いフライトではあるが、頑張ってもらうしかない。アオバ空港への着陸許可は花園家が取ってくれているから、着いたらそこで燃料補給をしてもらい、待機という形となる。
エマから差し出されたブランケットを受け取り目を閉じる。これから数時間後、命を懸けた戦闘が控えているかもしれないという状況にも拘わらず、不思議とすぐに意識が落ちた。
次回の更新予定日は、12月20日(日)です。