第15話 生徒会館
★
青藍魔法学園名物『勧誘期間』。
――――魔法選抜試験、グループ登録期限まで。後、2日。
☆
「後2日だぞ、聖夜」
「分かってる」
何度交わしたか分からない、このやり取り。
学食の一角にて4席1テーブルを占領し、いつも通りのメンバーで昼食を摂っていたところで、修平は耳にタコができる程聞かされたセリフをもう一度吐き出した。
「分かってないだろう。明らかに」
俺の返答がお気に召さなかったのか、修平は呆れたようにため息を吐く。
「でも、実際のところどうするつもりだい? 花園さんや姫百合さんと組むつもりがないのなら、聖夜にはもう『余り狙い』しか方法がないだろう?」
「なのにお前ときたら、その生徒会にすら拒否反応を示しやがる」
とおるの言葉に続くように、将人はそう言いながらフォークの先端を俺に向けてきた。
「どーすんだ、お前。大方の奴は、もう登録済ませちまってるぞ」
「分かってるって」
払うように、もう一度告げる。
そっちも大事だが、今は正直それどころじゃないんだよ。
俺は言外にそう吐き捨てて、ペンを握る手に力を込めた。
「……さっきからずっとやってるけど。何を書いているんだい?」
今までは敢えて触れないようにしていたのだろう。しかし、遂に好奇心が勝ってしまったのか、とおるが俺の手元を覗き込みながらそう問うてきた。
「反省文だよ」
思いの外、ぶすっとした声が俺の口から漏れ出た。
「は?」
「反省文だっつってんだろ」
片手で青藍魔法学園の生徒手帳を捲りながら、そう答える。
お、あったあった。これこれ。
「ああ、そう言えば例の件はそれでチャラって話だったっけか」
「そういうこと」
合点がいったとばかりに手を叩く将人を尻目にそう返した。
「凄いよね。まさか反省文と慈善活動……だっけ? それだけで許して貰えるんだから」
「それだけ公にしたくない、ということだろう。禁止ワードを使ったイザコザなんて、学園の評判を気にする理事会からすればいい迷惑のはずだ」
「ああ、なるほどね」
修平の指摘に、とおるが納得する。
流石は修平。その通りだ。
「んで? 何でその反省文に生徒手帳が必要なんだ?」
「引用」
「引用?」
「ああ、校則を引用するのに使ってる」
目は合わせず、原稿用紙にペンを走らせながら修平からの質問に答える。
「確かに引用すれば文字数稼げるけど……。そんなに多い文量なのかい?」
「12万文字」
「は?」
俺の答えに、質問したとおるでは無く将人が呆けた声を上げた。
「12万文字。原稿用紙にして300枚」
「え? それ何てギャグ?」
「ギャグだったらどんなに良かっただろうな」
腱鞘炎一歩手前の手を振りながら、そう告げる。
俺の真顔を見て、3人とも冗談じゃないことに気付いたらしい。
「おいおい。300枚ってマジか。一生分の反省出来るんじゃないのか?」
「短編小説書けるね」
「自叙伝でも出すのかよ、お前」
好き勝手言って下さる。
まあ、かく言う俺も導入部分に自分の生い立ちでもぶち込んでやろうかと真剣に考えたタチだが。
「そんなこんなで、今は遊んでる余裕がねぇんだよ」
分かったら余計な問題持ち込むな、と添える。
「しかしなぁ……」
修平が頭を掻きながら、言いにくそうに口を開く。
「グループ作っとかないと、試験受けられないぞ」
……。
「これ以上先延ばしにはできないんだぞ」
「……分かってる」
どちらにせよ、答えは出さなければならない問題だ。
俺の為にも。……あいつらの為にも。
「だから、それが分かって――」
「その問題、解決して差し上げましょうか?」
「っ」
大きく椅子が動く。とおるたちの息を呑む音が聞こえる。
背中越しに響く、第三者からの言葉。
その声色には聞き覚えがあった。
「あん?」
腰掛けた椅子にもたれ掛りながら、身体を捻る様に後ろへと振り返る。
そこに、居た。
「先日はどうも。中条聖夜さん」
片桐沙耶。
青藍魔法学園の生徒会執行部員。
腰に木刀を携えた彼女は、俺の後ろに控えるように立っていた。
★
「まったく! あいつったら、いつになったらオッケーくれるのよ!!」
ドデカいパフェにスプーンを突っ込みながら、舞は苛立ちを隠そうともせずそう告げる。
「ま、舞さん……。もうその辺りで止めておいた方が……」
「み、見てるだけで胸焼けしてきました……」
その対面に座る可憐と咲夜は、舞の様子をハラハラしながら見つめている。日ごろから小食な姫百合姉妹にとって、舞の本日のヤケ食いっぷりは信じられない量だった。
ここは学食。
聖夜と居る場所は一緒だが、席は丁度正反対の場所に位置する。利用する学生が多い為、同じ空間に居ようがまったくお互いが気付けない距離。
先に学食へと訪れ席を確保していた聖夜から一番離れた席を陣取ったという行為は、舞の現在の心情を的確に表現していた。
「何時までもつまらない事でウジウジウジウジ。信じらんない!」
「ま、舞さん。抑えて抑えて」
周囲の目を気にする事無く怒りをぶちまける舞を、可憐がやんわりと押し留める。
「んー。中条せんぱい、どうされるおつもりなのでしょうか。グループ登録期間って、明日で終わっちゃうんですよね?」
「ええ、明日が最終日ですね」
咲夜の質問に、可憐が頷く。
(……やっぱり、私の言葉なんかじゃ中条せんぱいには届かなかったのかな)
そう考えた瞬間、あの時自分自身が放ったセリフを思い出し、咲夜は恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にした。
「咲夜ちゃん、どうかしたの?」
「い、いえ、なんでも――」
「おい、例のあいつのところに片桐が行ったらしいぜ」
「え? 例のって中条聖夜?」
「行ってみるか」
周りが、何となく慌ただしくなる。学食の喧騒の中から聞き取れた、聞き慣れた名前。
「……舞さん」
無言で周囲の動向を窺っている舞に、可憐が声を掛ける。
舞は1つ頷いた。
「行ってみましょうか」
☆
「気配を消すのが上手いな」
ここまで接近されるまで、気付けなかった。多少気を緩めていたというのもあるが、これは純粋にこいつの技量だろう。
「お褒めに預かり光栄です」
対して片桐は。
俺の言葉に表情1つ変える事無く、社交辞令のようにそう返してきた。
「無表情のまま言われても、全然説得力無いな」
「はい、だってそんな事まったく思ってませんから」
……え?
ちょっとばかり茶化す意味合いで言ってみただけなんだが。
え?
「えー、と。片桐、さん?」
「はい、なんでしょう」
「……何か怒ってらっしゃいますか」
「ええ、もちろん」
だろ? あれからずっと俺たち会ってないし。
……って、へ?
「あれ、俺何かしたっけ」
あの時会ったきりなら、こいつを怒らせるようなことをした覚えがないんだが。
「ふふふ。無自覚、というわけですか」
「……っ」
俺と片桐のやり取りを一番近くで見ている3人組が息を呑む。
「……私のことを弄んでおきながら、ここまで意識されていないとは……。少々心外ですね」
「聖夜、てめぇ何やってんだよ!!」
大人しく聞いていたはずの将人が吠えた。
「うおっ!? 何しやがる離せっ!! つーかてめぇ!! 誤解を招くような発言してんじゃねーよ!! 何の話だ!! 俺に恨みでもあるのか!?」
突如襲いかかってきた将人を返り討ちにしながら叫ぶ。
「ありますよ。それはもう」
「本当にありそうだな、おい!!」
そこまで断言されるとは。まったく記憶に無いんだが。
「まあ、それは置いておきましょう」
置いておけるのか。
「本題に入ります。中条聖夜さん。本日、放課後。私と共に生徒会館へ同行して下さい」
「断る」
即答した。
「残念ながら断れません」
「行く行かないは俺の自由だ」
「自由ではありません。生徒会副会長から、直々の招集命令です」
片桐のその言葉に、周囲の空気にピリッとしたものが走る。
そこで気付いた。いつの間にか野次馬共が俺たちのテーブルを囲っている。
……どれだけ他人事に興味深々なんだよ、お前ら。
「……で?」
「で、とは?」
ひとまず何か返さなければと思い発した一言に、片桐は眉を吊り上げた。
「副会長からの招集命令だったら何なんだ。無視したら罰則でも適用されるのか」
「まさか」
片桐は何を馬鹿なという表情で首を横に振った。
「私たち生徒会は、そこまで横暴な組織ではありません」
「……今のはそれなりに横暴であることは認めた、と捉えていいんだな?」
「結構です」
「否定しろよ!!」
ますます行きたくなくなるわ。
「行かないと、面倒な事になりますよ」
「行くことよりも面倒になるとは思えん」
「生徒会副会長様が、直々に貴方の寮室へ足を運ぶことになります」
「それは面倒だな!!」
どれだけ俺に会いたがってんだそいつは。
「……聖夜ぁ」
「あん?」
隣から発せられる呻くような声に、思わず振り返る。そこにはプルプルと震える将人が居た。
「お前、どれだけ綺麗どころを攫ってくつもりだぁ!!」
もうこいつは無視しよう。
というか、今ので分かった。
副会長は女か。
「異性の寮室まで足を運ぶっていう行動力は凄いな」
「心配無用です。その時は私も同行します」
「そこで木刀を握る手に力を入れるのはやめろ」
「無駄話はここまででよろしいですか?」
「容赦無いのな、お前」
俺の言葉に、片桐は鼻を鳴らす事で応えた。
「私とて、あまり手荒な事はしたくないのですが」
「手荒、ね」
「何です?」
「お前、俺に勝てるとでも思っているのか?」
「っ」
俺は、何もしていない。
しかし、片桐は何かを察したのか勢いよく床を蹴って後退した。片桐の後ろから俺たちの様子を窺っていた生徒数名が、その行動に巻き込まれ転倒する。
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
「……貴方」
「おいおい、俺は何もしちゃいないぞ。前にも言ったが、俺はか弱い一般生徒だ」
「……か弱い一般生徒では、“2番手”は愚か“5番手”にすら傷1つ付けられないでしょう」
……だろうな。
だからこそ、ここである程度の存在感を周囲に見せ付けておく必要があるんだよ。
『潰せ。それもなるべく派手に、な』
大和さんのアドバイスを鵜呑みにするわけじゃないが、実力をひた隠しにしておけば何とかなるという状況は、とうの昔に過ぎている。今回の2番手騒動のような、余計なちょっかいを掛けられないようにする為にも、ここは見せどころだろう。もちろん、ここで戦闘までするつもりはないが。
片桐を多少威圧すれば、十分効力は得られる。
片桐の身体を纏うオーラが変わる。完全に迎撃態勢だ。
まさか本気で俺が襲ってくるとでも思っているのだろうか。こんな所でこいつに手を出したら、それこそ罰則ものだろうに。
「……やはり。私は、絶対に反対です」
「あ?」
「……独り言です。お気になさらず」
こっちの事を過剰に意識している人間に言われてもな。
……それにしても。反対、だと? 何に対してだ。
……。
片桐の表情から、その心情を読み取る事は出来ない。
……ふむ。どうにもきな臭いな。
ここは……。
「よし分かった。行こう」
「は?」
俺の答えに、片桐はビシリと固まった。
「は、じゃねーよ。生徒会館に来いってんだろ。行ってやるって言ったんだ」
俺のコロリと一転した態度に、片桐は怪訝そうな視線を送ってくる。
その反応で確信した。
……やっぱこいつは俺が生徒会館に来る事を望んでない。初めて会った時は、学園の破壊行為に対する罰則とかで無理矢理連行しようとしたくせに(もっとも、破壊行為をしたのは大和さんであって断じて俺では無いわけだが)。
罰則を与えようとしていた片桐が反対してるって事は、未だ見ぬ副会長様は俺を罰する為に呼んだとは考えにくい。生徒会の動向次第では、『余り狙い』で試験を乗り切るという選択肢も再び浮上する。現状、打つ手が無い俺としてはチャンスなのかもしれないな。
残り2日。
そのリミットのせいで、気が急いているという考え方も否めないが。
「というわけで。放課後、よろしくな」
「……はい」
俺の突然の趣向替えに、「何がというわけだバカ野郎」みたいなセリフを今にも吐き出しそうな顔をしながら、片桐は1つ頷いた。
「ん?」
ふと、視線が動く。視界の端に、見慣れた赤い髪が見えた気がした。
☆
放課後。
チャイムと同時に教室から一歩を踏み出した俺を、既に片桐は直立不動で待ち構えていた。
「……お前、授業は?」
「出てますよ、もちろん」
「にしては早いだろ」
「今日は少し早めに終わったのです」
「そうか」
……。
「行きましょうか」
「……おう」
気まずい雰囲気の中、片桐からの呼びかけに答えて歩き出す。
会話が続かない。当たり前だ。ほぼ初対面という関係以前に、あそこまで嫌い宣言をされてしまっては、こちらとしてはどう対応していいか分からん。
……俺何したんだ?
☆
綺麗に舗装された階段を上る。片桐の少し後に続き、一段一段を踏みしめる。
何度も使った事のある階段だ。綺麗に舗装されているのが、この先の教会のある広場までである事も既に知っている。噴水と教会のある広場の先には、2つの階段がある。共に廃れ、雑草がそこかしこに生えているような階段だ。
1つめは、先日“青藍の2番手”たる豪徳寺大和と喧嘩した『約束の泉』へと続く階段。
そして。
もう1つは。
「こちらです」
噴水を迂回するように歩きつつ、片桐が指差す先には。
以前咲夜が話していた、生徒会館へ続くと言われるもう1つの階段。
「……まさか、本当にここを上る事になろうとはな」
「はい? 以前からこうなる予感があったとでも?」
俺のセリフに、片桐が怪訝な顔で問うてくる。俺は迷わず首を横に振った。
「逆だ。絶対に使わないって思ってたんだよ」
「左様ですか」
……。
興味無いなら初めから聞くんじゃねーよ。
淡白な返ししかして来ない片桐に、心の中で毒づく。
そうとも知らず、片桐は俺の反応を見る事無く階段を上り始めた。
俺はゆっくりとその階段の先を見上げてみる。
長い。
一直線に伸びているにも拘わらず、階段の終わりは見えなかった。周りに立ち並ぶ木々が、ここから見える階段の先端を覆い隠していた。
「どうしたのです?」
木々のざわめきが聞こえる。舞い落ちてきた葉を払いながら、片桐がこちらを向く。
「早く来ないと置いて行きますよ」
……それじゃお前が俺を呼びに来た意味が無いだろ。
それを口にしてしまえば、ここで口論になる事は目に見えている。
俺は黙って一歩を踏み出した。
先は、見えない。
☆
ざくざく、と。土を踏みしめながら先へと進む。
……音がおかしいと気付いたのは、つい先ほどから。思わず足元を見てみると、先ほどまで続いていた石造りの段差は何処へやら。焦げ茶色の土の上を歩いていた。見れば所々に土に埋もれた石の一部が覗いていたりもするが、「階段としての役目は遥か昔に投げ出しました」と言わんばかりの職務放棄っぷりだった。ここまできたら、階段を上るでは無く坂道を上ると表現した方が適切だろう。
「……おい」
「何でしょう」
「まだ着かないのか」
「見ての通りですが」
片桐が指差す方へと目を向けてみる。
……。
まだまだ先は長そうだった。
「……生徒会館へ行くまでに一山越えさせるつもりか」
「何を馬鹿な事を。生徒会館はそこまで遠くにはありません」
……ちょっとしたジョークを真に受けるんじゃねぇ。
「階段で約5分ほど。つまりもう間もなくという事です。それとも、もうギブアップですか?」
「……安い挑発はいいからとっとと先へ進んでくれ」
片桐は「話しかけてきたのはそっちの方でしょう」とかぶつぶつ言いながら、再び階段を……いや、坂道を上り始めた。
俺もそれに倣う。
「この階段は新調したりしないのか?」
「必要無いでしょう。上れさえすれば、機能としては何ら問題無い」
片桐は、こちらの方へは見向きもせずそんな事を言う。
「けど、不便である事には変わりないだろう? 見てくれも悪いしな」
「誰が見ると言うのです?」
「あん?」
「ここを通るのは、文化祭等の特別な期間を除くと生徒会役員のみです。その特別な期間ですら、通るのはうちの学生だけ。一般入場客は立ち入りをお断りしている場所ですしね」
多少息を切らせながら、片桐は続ける。
「ですから、景観などどうでもいいのです。利便性もあまり考慮する必要はありません。限られた人間しか通らない場所。我慢せねばならないのがほぼ生徒会役員のみならば、ここに目を付ける必要はありません。限られた財源は、もっと別の場所へつぎ込みます」
「……そうかい」
立派なもんだ。
「そろそろ着きますよ」
「ん?」
思いの外、片桐の話を真面目に聞いていたのだろう。あまり先を気にしていなかったせいで、不意を突かれた。階段の最上段を上がった瞬間、左右に生い茂る木々が無くなった。視界が急に開ける。
そこには。
「へぇ……」
寮棟や部室棟。建物には「棟」と名付けているこの学園で、なぜ生徒会館だけ「館」と呼ばれているのか。その理由がこれを見て分かった。確かに、これは「館」と呼んだ方がしっくりくる。
白と黒を基調としたモダンな雰囲気な建物。かといって全てが洋風な造りになっているわけではない。所々に木材を用いた見事な和洋折衷の館だった。
「凄いな」
何と言うか、重厚感がある。
「我々には、過ぎた贅です。……こちらに」
片桐に促され、扉の前に立つ。立派な木材を使用した扉だった。
扉を前にして、片桐がスカートのポケットをごそごそと漁る。取り出されたこれまた立派な鍵を鍵穴に差し込み――。
「ああ、もういらしているのでしたか」
そのまま抜いて、再びポケットに収めた。
「……いらしてる? 誰がだ」
「答えるまでも無いでしょう」
重苦しい音を立てながら、片桐が扉を押して開く。
「貴方を呼び出した、張本人ですよ」
☆
扉の向こう側は広間になっていた。
正直、生徒会に必要なのか首を傾げる程度の。
壁にはいくらになるのか分からない絵画が何枚も掛けられており、西洋の甲冑まで飾ってある。
「ここはどこの洋館だ?」
「日本の生徒会館です」
正解でありながらまったく面白くない回答をした片桐は、特に気にした様子も無く先へと進む。
『我々には、過ぎた贅です』
……。
先ほど聞いた時には、随分と謙虚な女だと思ったんだが。
訂正するわ。やり過ぎだ。
こりゃ階段を新調したいなんて言い出したら暴動ものだろう。
「先に断っておきますが、これは我々生徒会役員が望んで用意した空間ではありませんからね」
「……あん?」
俺の考えている事を何となく察したのか、片桐が釘を刺してくる。
「ここは、元々は青藍魔法学園の来賓用の宿泊施設です。それを過去の生徒会役員が譲渡され、今に至っています」
「来賓用? 外から客を招く事があったのか」
「古い慣習です。気になるのなら、過去の文献でも漁ってみるといいでしょう」
「そうか。気が向いたらな」
「……そうですか。では、こちらに」
俺の答えに、特に気を害したわけでも無く。片桐はあっさりとこの話題を打ち切ると、広間から伸びる階段へと歩き出した。
様々な絵画や甲冑で飾り立てる広間には、玄関口から正面の位置に、2つの階段が曲線を描き伸びている。左右に通路が、玄関口の対面にも扉が1つあるが、どうやら待ち人はそこにはいないらしい。
片桐から指示された階段を上る。とは言っても、曲線を描く2つの階段の行きつく先は一緒だ。左右から伸びる階段は、緩やかな弧を描きながら同じ場所に到達する。広間の天井に備え付けられていた、煌びやかなシャンデリアが俺の目線と同じ位置に来たところで、階段の段差は終わった。
広間は吹き抜けになっており、2階に辿り着いてから見下ろしてみると広間の全貌が上からの視点で良く見える。もっとも、装飾品の数々は全て壁際に備えられてある為、特に死角になっているところなど無かったのだが。
「珍しいですか、洋館が」
「ん? まぁな」
師匠の屋敷とどっちが凄いのか見比べていたとは言えない。
おそらくどっちもどっちだろう。セキュリティの方は言うまでも無く、師匠の屋敷が圧勝だが。
まあ、どちらにせよ学生が生徒会の仕事で使う様な場所ではない。
片桐は無言で1つの扉を指し示す。
広間から見上げた時に見えた、1つの扉。位置としては玄関口から正面、その2階。
「ここは?」
「会議室です」
……。
この中にいるってわけか。俺に会いたがっている奴が。
片桐の視線を感じながらも、ノックを数回。
すると。
「は~い。開いてるからどうぞ~」
扉の中から声が聞こえてきた。
隣に控えている片桐へと目をやる。無言で頷かれた。
ドアノブに手を伸ばす。
ゆっくりと回し、開いた。
――――そこには。