第3話 上位独占
振るわれる拳を払う。炎を纏いしそれは一般人を一撃で沈める程の威力を秘めていたが、同じく身体強化を纏った俺には効かない。
空いたボディーに左で一発入れてやろうと、突きを繰り出したが本城将人はそれを読んでいたらしい。体を反転させることでそれを躱し、その反動を利用した膝が俺の背後から襲ってくる。
まあ、そっちに回ればそれしかないよな。視線を向けることなく、上半身を屈ませることで躱す。
「おっ!?」
避けられるとは思っていなかったのだろう。将人が驚いた表情を作る。
「甘いな」
回し蹴りを繰り出しているということは、自身を支える軸は片足のみ。その状態で相手の動きに固まっているようじゃ、まだまだだ。
俺はその軸足を片足で払い、将人を転倒させる。何が起こったのか分からないという表情のまま崩れ落ちる将人に馬乗りになり、拳を将人の目前まで振り下ろした。
「そこまでっ!!」
審判役の魔法教師が、決着を告げる。わっと緩衝魔法を展開する魔法陣の周りで観戦をしていたクラスメイトから、歓声が上がった。
俺はゆっくりと立ち上がり、将人へと手を差し伸べる。
「さんきゅー、ははっ」
「何だよ、急に笑い出しやがって」
「いや、やっぱお前強ぇーな、と思ってよ」
俺の手を借りて立ち上がりながら、将人がそう呟く。
「アホか」
「あん?」
「俺の実力を試しながら、徐々にギア上げてったお前が言うセリフじゃないな」
俺の指摘に、将人が目を丸くする。……気付かないとでも思ったのか。
相手のレベルを考えながら自身の魔力を調節しようとする姿勢から、将人はやはりこのクラスの中では相当の実力を有しているということが分かる。
俺のジト目を受けて、将人はバツが悪そうに笑った。鼻を鳴らして、戦闘用の魔法陣から抜けようと踵を返す。
「やっぱ、お前すげーわ」
「あ?」
将人の声に振り返る。
「俺が本気出してねぇって気付けるってことは、お前もまだ“やれる”ってことだろ?」
「……さぁてね」
将人の不敵な笑みは、手で払った。
「絶好調じゃない」
「あん?」
身体強化を用いた接近戦に大はしゃぎをするクラスメイトの輪からようやく抜け出し(生贄として将人をその場に置いてきた)、一休みしようと実習ドームの隅に避難したところで、横から声が掛かった。
「舞か」
壁に寄りかかり、退屈そうにしている。どうやら随分前からここにいるようだ。
「何だ、参加しないのか?」
「しても迷惑なだけよ。私や可憐は、先生もどう扱っていいか悩んでるみたいだしね」
目も合わせずにそう言う。
力があり過ぎるというのも困るということだ。確かに驕りではなく、舞や可憐がクラスメイトと魔法実践を行っても練習にはならないだろう。
「でー? 気は変わったー?」
「何の話だ?」
「……それ、本気で言ってるわけじゃないわよね?」
ずるずると壁で背中を滑らせながら、舞がその場に座り込む。視線だけをこちらに向けて。
「私たちは、許さないわよ」
「そこは『諦めないわよ』の間違いじゃないのか?」
「……私は、許さないわよ」
「私怨じゃねーか!!」
呪い殺せそうな声色で呟いてんじゃねーよ!!
「はるかちゃんも言ってたでしょ、身の丈に合ったメンバーを選べって」
「先生に対する呼び名じゃなくない?」
「言ってたでしょ? 身の丈に合ったメンバーを選べって」
「言ってた言ってた!! 聞いてたから俺のズボンを下から引っ張るのはやめろ!!」
ぐいぐい引っ張ってくる舞の手を払いのけた。舞はさして気にすることなくその手をひらひらさせながら口を開く。
「魔法選抜試験は1年は行わない。そもそも2年の2学期からの制度だから。つまり今回が私たちも初めてなわけよ」
「……みたいだな」
適当に相槌を打っておく。
「皆、まだ動きかねている部分が大きい。現に、同時に行われるはずの3年生は、既に廊下での魔法戦なんて日常茶飯事らしいわよ」
「そうなのか?」
初耳だった。
「選抜の後、クラスが割り振られるって話は聞いているわよね? 新クラスになってからは別棟がホームになるの。だから騒ぎは聞こえづらいかもしれないわね」
……なるほど。確かにこの校舎で上級生とすれ違ったことがない。違う校舎にいたってことか。
「クラス=Aの人間と組もうと、みんな必死らしいわよ」
「身の丈に合った人間と組むべきなんじゃなかったのか?」
「そこに現生徒会長がいるのよ。この学園で絶大な人気を誇る、生徒会長様がね」
「……そういや、生徒会は全員クラス=Aにいけるんだっけか。なら実力関係無いからな」
「はぁ? 何言ってんの、貴方」
馬鹿じゃないのという視線で舞が睨んでくる。
「この学園の最強は、間違いなくあの人よ。まあ、貴方が入ってきたからどうだか分からなくなったけどね」
「おい」
「で、話を戻すけど」
俺の反論は聞くまでもないとばかりに、舞が強引に話を引き戻す。
「2年の皆は、まだ様子見の状態なわけよ。昼休み、多少の騒ぎはあったけど、まだそれだけってこと」
「……それだけって」
「だって、生徒会の連中は誰1人介入して来なかったでしょ」
……確かに。
あれだけの騒ぎがあったはずなのに、誰1人として止めようとするものはいなかった。
「そういうことよ」
舞がやっと分かったか、とばかりに呟く。
「まだ魔法が使われていない間は、騒ぎの内にも入らないってこと。これからは、魔法が飛び交う大混戦になるわ。去年の1年の時、今の3年の騒ぎを見てたけど凄まじかったもの。よくあれだけの魔法が飛び交って、死人が出なかったもんだわ。流石は生徒会ね。止め所を知ってる」
……。
「で、気は変わった? 今のうちよ。丸く収められるのは」
「……あのなぁ」
何度も同じことを言わせるな。そう言おうと口を開いた瞬間だった。
「っ!?」
「何だ!?」
突然の轟音。実習ドームにいたクラスメイトの視線が皆、一点に集中する。
ドームの入口。そこに立っていたのは――――。
「可憐!!」
舞が叫んだ。駆け出す。俺も後に続いた。
可憐は俺たちに背を向け、入口の方から目を離さない。
よく見ると、可憐と相対している1人の男子生徒がいた。尻餅を付いていたせいで、気づかなかった。その男子生徒の周りには、複数の氷柱が覆うように突き刺さっている。
「撤回して下さい。中条さんに対する侮辱は、許しません」
「あ、……わ……」
可憐のセリフに、男子生徒はパクパクと口を動かすだけ。
「ちょっと可憐、どうし――」
「どうしたのですか、いったい」
「っ」
駆け寄った舞が放つ疑問を上書きするように、後ろから魔法講師がやってくる。
現場を見て、一瞬固まった後。
「はぁ――。今年の第1号者が、まさか姫百合君だとはねぇ。『グループ登録期間』では、確かに日常生活において魔法を使用する生徒が増えるが……。我々学園側はそれを許可しているわけじゃない。私が見た以上、処罰の対象だ。反省文を書いてもらうからね」
「……構いません。この方が謝ってくれさえすれば」
「可憐、やめておけ」
集まった人垣をどけて、可憐の横に立つ。
「これ以上、自分の顔に泥を塗るのは得策じゃない」
「中条さん……」
「な……何で、お前なんだ……」
「あん?」
足元から、声が聞こえる。
「何で、パートナーがお前なんだ……」
「……はぁ?」
何の話をしてんだ、こいつ。
尻餅を付いた男子生徒は、俺からの怪訝な視線には気付いた様子も無く、蔑んだような笑い声を漏らした。
「俺は、知ってるぞ……。お前、呪文詠唱出来ないんだってな」
ピクリ、と可憐が反応する。なるほど、可憐が怒っていたのはそういう理由か。こいつが何を言いたいのかは、聞かずとも分かった。
「はは……。じゃあ、お前は――」
「それ以上、口開くんじゃないわよっ!!!!」
爆音に、皆が耳を塞いだ。
横から突如乱入してきた舞が、身体強化を纏った拳で男子生徒を吹き飛ばそうとしたのだ。
が。
「っ!! 何で止めるのよ、聖夜!!」
「気持ちは嬉しいが、事実だからだ。お前が手を下してくれる必要は無い」
舞の拳を、俺の掌が受け止める。
「あ、う、……あ」
男子生徒は尻もちをついたまま震えていた。
「もう結構ですっ!!」
魔法講師が手を叩きながら叫ぶ。
「君たち皆反省文ですっ!! 一緒に付いて来なさい!! 他の皆さんは自習っ!!」
「はぁ!? 皆って聖夜も!? 嘘でしょう、魔法を使ったのは私と可憐だけ――」
「いいから!!」
魔法講師に喰い付こうとした舞を、慌てて押し留める。
「事の発端は俺に原因があるみたいだし、妥当な評価だ。とにかく、これ以上問題を増やすな」
「だって、元はこの男がっ!!」
舞が尻もちをついている男子生徒を睨み付ける。
「へ……へへ」
対して。男子生徒は俺が巻き込まれたことが嬉しかったのか、乾いた笑いを漏らした。
そこに魔法講師が怪訝な顔で。
「何を笑っているのです? 笑ってないで早く立ちなさい。君も反省文ですからね」
「は!?」
「当然でしょう」
魔法講師はジロリと睨み付けてから。
「このクラスの生徒じゃないのに、君はなぜここにいるんです? 授業を抜け出して来ているのですから、当然処罰の対象です」
きっぱりと言い切った。
☆
「あーん、もうっ!! 何でこーなるのよーっ!!」
夕暮れの日差しが差し込む教室にて、舞が突然咆哮した。
「叫んでないで手を動かせ。ただでさえお前の文量は俺や可憐の2倍なんだから、このままじゃ日が暮れても終わらないぞ」
「分かってるわよっ!!」
舞は少々乱暴に自身の髪を払うと、再度ペンを握り直した。
それを横目で捉えつつ、軽くため息を吐く。
舞の反省文のノルマが俺や可憐よりも多いのには理由がある。単純に、魔法の騒動を二度起こしたからだ。実習ドームでの騒ぎで1回。そして、ここの教室でもう1回。
反省文を書き上げるまで帰ってはならないというお達しを受けた俺たちは、一先ずこの教室に通された。俺・舞・可憐・名も知らぬ男子生徒(知りたいとも思わなかったが)。教室に入った直後、男子生徒が俺に話しかけようとした瞬間、舞がキレたのだ。
『その口を開くなって言ってんでしょうがぁっ!!!!』
で、ボカン。
比喩じゃない。火属性が付与された拳で殴り飛ばそうとした舞を抑え込む為に、また一悶着。
よく見ると、教室の所々が黒く煤けている。危うく教室を火の海に変えるところだった舞に追加の説教が加わり、今に至るというわけだ。そして、その舞の反感を買いまくった男子生徒は魔法講師から『混ぜると危険』と判断されたのか、別室にて反省文に取り掛かることになった。
「うー……」
「レディが唸るな」
「ま、まあまあ中条さん。舞さんは中条さんの為に怒ってくれたわけですから」
「……」
そこを突かれると弱いわけだが。
「それを言うなら、可憐。お前もだろ。何か、悪かったな。俺のせいでこんなことに巻き込まれて」
「い、いえいえ。そんな……」
「ちょっと!! なんで可憐には謝罪しといて私には無いわけ!?」
「うおっ!? 近ぇよ馬鹿野郎!!」
身を乗り出したせいで、一瞬で俺と舞の距離が縮まる。思わず手で押し返した。
「何よ何よ!! 可憐ばっかり!!」
「そんなつもりは無いっ!?」
「嘘よっ!! じゃあ何で私には何も言ってくれないのよ!!」
「うぐっ!? お、お前なら!! 言わなくても分かってくれると思ってるからだよ!!」
「っ!? ……え?」
言葉に詰まったように、舞の口の動きが止まる。驚いたような顔のまま固まっていた。
どうしたと声を掛けようとして。
「あ」
……。
……あれ?
……ちょっと待て。
待て待て待て待て待て待て。
……落ち着け。一度冷静になった方が良い。
俺は今何を――――。
うぐっ!? お、お前なら!! 言わなくても分かってくれるとお――――うぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?
俺の思考は、その言葉を思い出すことすら拒絶した。
「……聖夜、貴方……」
「お願い、頬を染めないで!!」
悶死するから!! 何トチ狂ったこと口走ってんだよ!! 俺!!
「……こ、これが。……幼馴染」
口元を手で隠しながら余った片手でそわそわと髪を弄り出す舞と、あまりの失言に身悶えする俺。その横から、可憐が驚愕したかのような口ぶりでそう呟いた。
そして。
「……ず、ずるいです」
「か、可憐……さん?」
ぽつり、と漏れ出たその言葉からは、聞き違えることなく負のオーラが滲み出ていた。
「ずるいですっ!!」
可憐にしては珍しい音量で吠えた。
「こ、これからは私も謝罪やお礼は結構です!! 私だって言われなくても分かれます!! 分かれますとも!! ですから、私も中条さんの幼馴染にしてください!?」
「幼馴染は友人の上位種じゃないんですけどっ!?」
顔を真っ赤にして捲し立ててくる可憐に、思わずつっこむ。
多分、自分でも何を言っているのか分からなくなっているはずだ。何だ、『分かれます』って。普通使わないだろ。
「……ぽー」
「聞いているのですかっ!? 中条さん!!」
「聞いてる聞いてる!! 聞いてますよ!!」
大人しい舞と、叫ぶ可憐。普段とは対照的なこの状況にどうしようかと攻めあぐねていたが。
――――思いもよらぬ急展開にて、この状況は打破されることとなる。
「とっとと反省文書きなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!!!!」
「はぶしっ!?」
突如飛来した白い弾丸が、俺のこめかみ付近で爆ぜる。
「きゃっ!?」
「っ!? 聖夜っ!?」
「ぐおおおおおおおっ!?」
激痛に椅子からひっくり返った俺は、教室の床で転げ回った。滲む目で攻撃の発射源に視線をやると、そこには案の定仁王立ちした白石はるか女史の姿があった。
「何で放課後の居残り罰則の最中にラブコメなんて送ってるんですかー? 反省文の用紙、これくらいじゃあ足りませんかねぇ」
「足りてますよ!? 十分お腹いっぱいですから!!」
「なら、さっさと席に着きなさい!!」
「は、はい!?」
一喝され、慌てて席に着く。……こめかみを擦りながら。かなり痛かった。普段のぽわぽわした感じは何処へ行ったんだ。
「……まったく。『グループ登録期間』での多少のいざこざは許容範囲と割り切るつもりでしたが、よりによって反省文対象者の第1・2・3号者が何で全員私のクラスなんですか!?」
「み、見事に上位独占ですね」
「お黙りっ!!」
「へぶしっ!?」
思わず口にしたのがまずかった。何処からともなく取り出されたチョークは白石先生の掌から目にもとまらぬスピードで射出され、俺の額にぶち当たった。
「うぐあぁあぁあぁあぁ……」
机に蹲る。
「中条さん、大丈夫ですか!?」
「凄い悲痛な声ね。綺麗なヴィブラード刻んでるわよ」
「うぅ……。ほっといてくれ」
視界が本格的に潤んでいる。制服の袖で拭っていると、白石先生のため息が聞こえた。
「……事情は聞きましたよ」
その一言で、緩んでいた空気が一気に緊張する。俺よりも可憐や舞の方がよっぽど敏感に反応していた。
「担任として、多分これは言ってはいけないことでしょうけど……」
白石先生はそう前置きしてから、
「可憐さん、舞さん。よくやってくれましたね」
「え?」
2人の声が、見事に重なった。
「物理的な手段に頼ったことは、お世辞にも良かったとは言えません。それでも、友達の為に怒れる。その行動はとても立派なことです。それが私の教え子であったことを、私は誇りに思います」
「……白石先生」
「はるかちゃん……」
「花園さん? 何度も言ってますけど、はるかちゃんは止めて下さいね?」
本人の前でもそう呼んでたのかよ。雰囲気ぶち壊しだ。
白石先生は、苦笑しながら俺の方へと目を向けた。
「中条君、平気ですか?」
「もちろん」
即答しておく。その答えに、少しだけ複雑な表情をした白石先生は、こほんと1つ咳払い。
「ふぅ……。なら、この件のお話はやめておきましょう。それで、中条君。生徒会の件でご報告です。これから少しお時間取れます?」
「え? これからですか? まだ俺も書き終わってないんですが」
机に広げられている反省文を指差す。
「特例です。中条君は明日まででいいですよ。寮に戻ってから書いて下さい」
「ええ!? 何で聖夜だけ……。それに、生徒会の件って何なの?」
その特例に舞が不満げな声を上げ、同時に訝しそうな目つきで問うてきた。舞の発言に、白石先生が目を丸くする。
「……まさかとは思いますが。中条君、何も話していないのですか?」
……。
「中条君?」
「……はい」
その返答に、白石先生は怪訝な顔を隠そうともせずに口を開いた。
「はぁー。中条君、私は君がいったいどうしたいのか分からなくなってきましたよ」
すみません。正直、俺自身どうしたいのかが分かりません。
「あのー。つまりどういうことなんですか?」
恐る恐る可憐が質問する。白石先生はちらりと俺の顔を窺ってから口を開いた。
「今日の昼休み、中条君から相談を受けてですね。中条君は魔法選抜試験におけるグループ試験で、生徒会の人たちと組みたいようで」
「な、何ですってーっ!?」
大きな音を立てて、舞が席から立ち上がる。
「どういうことよ、聖夜!! 貴方、何考えてんのよ!!」
「……何って、そりゃあグループ登録のことだけど」
「私たちと組もうって言ってるじゃない!! 何でわざわざ余りに回ろうとしてんのよ!!」
出来損ないの魔法使いだからだよという言葉は、出すことができなかった。たった今まで、そのことで俺の為に怒ってくれていた舞や可憐に出していいとは思えなかったからだ。
僅かに視線を逸らしたことが、舞の反感をより買ってしまったらしい。
「何でだんまりなのよっ!!」
「ま、まあまあ舞さん! 落ち着いて!」
「花園さん、暴力は駄目ですよ!!」
俺の胸倉を掴んで叫ぶ舞を、可憐と白石先生が抑え込む。
「何よ!! 可憐、貴方はそれで良いってわけ!?」
「わ、私はっ……。な、中条さんがそれがいいとおっしゃるのなら……」
「聖夜がいいって言うなら!? 自分の気持ちの言い訳を、人に押し付けてんじゃないわよ!!」
「っ!? そ、そんなつもりじゃあ……」
「中条君っ!! 生徒会の人は、教会で待ってます!! ひとまず貴方はそこに行ってください!!」
「……え?」
その光景に呆然としていたところ、白石先生からの指示で我に返る。
「け、けど……」
「貴方がいたら、ややこしくなるだけですからっ!! 早く行ってください!!」
「……っ」
歯噛みをして、踵を返した。急ぎ足で教室の扉に手を掛ける。
「逃げんじゃないわよ、聖夜ぁ!!」
舞の怒声に見送られ、教室の扉を閉めた。
中の喧騒が、一瞬にしてくぐもったものに変わる。急に別の世界に来たような錯覚に陥った。先ほどまでいた教室と違い、廊下は静寂を保っている。部活動をしている生徒以外はとうに帰っている時間だ。
「くそっ」
思わず廊下の壁を殴りつける。直後に後悔した。拳が割れるような痛みに襲われる。身体強化も纏わずに殴り付けたのだから当然なのだが。
しかし、その痛み以上に。自分のその幼稚な行動それ自体の後悔が大きかった。
「だせぇ……」
呟く。
「何してんだろうな、俺は」
グループ登録。
本当に舞や可憐の行く末を案じているのなら、きっぱりと断るべきなのだ。俺と組むメリットなど、親しいからという理由以外には見当たらないのだから。
それでも、その一言が言えないのは。
「……くそ」
分かってる。本当は分かってるんだ。
舞や可憐と組んで、魔法選抜試験に臨みたいと思っている自分がいることにも。
『自分の気持ちの言い訳を、人に押し付けてんじゃないわよ!!』
可憐に放たれたそれは。
まるで、うじうじ悩んでいる俺に向けられて放たれた言葉のようだった。