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第1話 魔法選抜試験とは

 魔法選抜試験。


 それは青藍魔法学園の生徒が、魔法の授業を受ける上で、“自らの身の丈に合った”カリキュラムを組むために行われる実力試験のことを指す。


 選抜により、現4クラス計121人の生徒は6クラスへと振り分けられる。優秀な順に「A」「B」「C」「D」「E」そして「F」。今までは単なるクラス分けに伴う記号でしかなかったアルファベットが、ここからは自身の魔法使いとしての実力を示す資格となるわけだ。


 各クラスには、均等に人数が割り振られるわけではない。2年2学期後半より徹底した実力主義を敷く青藍魔法学園では、クラスによる人数の差異は当たり前となる。過去にはクラス=A(クラスエー)に1人も在籍者がいなかったこともあるし、学年平均が高かった時にはクラス=F(クラスエフ)が欠番だったこともある。あるいはクラス=C(クラスシー)に学年の70パーセントが集中したことも無かったわけではない。


 選抜には、青藍魔法学園独自の試験内容・採点基準が設けられている。その為本来ならば学園外ではまったく役に立たない資料となるのだが、実際には魔法大学の推薦や一般企業がアプローチを掛ける上でも重要視されている。そこはやはり、名門校としての信頼度の高さが窺えるところであろう。


 採点は10項目を6段階の採点で行い、満点が「5」、良が「4」、平均が「3」、やや不満が「2」不満が「1」、能力無し若しくは判断不能が「0」として採点される。「5」と「0」は滅多にない。前者の成績が付けば、大学や企業が(こぞ)ってアプローチをかけてくるような近代稀にみる優秀者の証明となるし、逆に後者が付こうものなら“出来損ないの魔法使い”なる烙印が押される(もっとも“出来損ないの魔法使い”という単語は既に禁止ワードとして周知されており、差別用語となる)。


 採点の際に用いられる10項目とは、「魔力容量」「発現量(はつげんりょう)」「発現濃度」「攻撃魔法」「防御魔法」「補佐魔法」「詠唱効率」「判断能力」「独創性」「属性保持」となっているが、一言で10項目と表現してもそれぞれの項目の内部で事細かに吟味される。

 ここで順に説明させて頂きたい。


 1.「魔力容量」について。

 これは、10項目の中でも一番採点のし易い項目だろう。その名の通り、自身の身体に宿す魔力の絶対容量について、だ。つまり自分が持ちうる魔力の量、その器の大きさと置き換えてもいい。

 魔力容量は鍛錬によって増やすことは可能だが、それには限度がある。魔力容量に恵まれなかった人間は、いくら努力しようが生まれつき膨大な魔力を持って生まれた人間には決して敵わないだろう。

 だからこそこの項目は、その人物の魔法使いとしての資質の高さを端的に表すものとして重宝されている。


 2.「発現量」について。

 おそらく聞きなれない言葉であると思う。基本的に魔法を発動する為には、自身の体内に眠る魔力を詠唱という「音」の刺激によって活性化させ、練り、体外へと放出させる必要があるが、この放出量のことを発現量と表現する。つまり魔法を使用するに当たり、一度にどれだけの魔力を放出できるかということだ。

 これも鍛錬によって増やすことは可能だが、発現量は自身の魔力容量にも関わってくる為、その増減については個人差が激しい(魔力容量が極端に少ない者が極端に多い発現量を持っていると、魔法発動と同時に死に至る可能性もある為、無意識の内に体内でリミッターが掛かってしまうのだ)。

 とは言っても膨大な魔力容量を持つ者が発現量に恵まれず、その魔力を持て余すといった事例も見受けられる為、一概に比例の関係にあるとは言い切れない。


 3.「発現濃度」について。

 魔法を使用するに当たり一度に放出できる魔力量のことは発現量と言うが、発現濃度とはその発現された魔法に宿る魔力の密度のことを指す。

 発現量と発現濃度は比例しない。いくら巨大な魔法球を作り出そうが、幾重にも圧縮された濃い魔力を込めたピンポン玉サイズの魔法球に負けることもある。作り出した魔法の濃度が高いということは、それだけ大きな力を持っているということであり、発現濃度が高い魔法を使える魔法使いほどレベルが高いと言える。

 先天的な能力に左右されやすい魔法というカテゴリーの中で、努力次第でいくらでも鍛えることができる数少ない項目の1つである(もっとも、センスが高い方が良いのは言うまでもない)。


 4.「攻撃魔法」について。

 その名の通り対象を攻撃する魔法である。物理的な効果を与えるものならば手法は問わない。魔法球でもいいし、矢の形状にして貫通力を高めてもいい。火属性で火炎を吐いても、土属性を用いて地盤沈下を狙っても、攻撃魔法に分類される。

 精密性、スピード等、ただ単に攻撃力のみを評価するのではなく、運用性という大きな視線から総合的に評価される項目である。


 5.「防御魔法」について。

 これもその名の通り、対象からの攻撃等から身を守る為の魔法である。もっともポピュラーなのは、やはり魔力を板状にして展開する、いわゆる障壁と呼ばれるものだが、防護する為に用いられる魔法は他にも数多く存在する。

 こちらも効果範囲や持続性等、評価するべきポイントは多岐にわたる項目である。


 6.「補佐魔法」について。

 攻撃にも防御にも当てはまらない魔法、主に術者のアシストの役割を果たすものを指す。但し、この項目の境目は思いの外曖昧である。

 例えば、身体強化魔法。纏うことで自身の運動能力を飛躍的に向上させる力を持つ魔法であり補佐魔法に分類されるものの1つだが、実際にはその破壊力故に攻撃魔法として評価されることもあれば、反面その纏う魔力の耐久値によっては防御魔法として評価されることもある。


 7.「詠唱効率」について。

 魔法を使う為には、基本的に呪文詠唱という工程が必要となる。これは体内に宿る魔力を“音”の力で活性化させ、練る為だ。詠唱効率とは、その言葉の通り詠唱による魔力伝達の効率を見る項目である。

 詠唱と一口に言ってもその難易度は高い。上手い魔法使いなら1音(1音とは、1単語という意味)で発現できてしまう魔法でも、下手な人間が使おうとすると5音も10音も必要となる場合がある。強力な魔法であればある程詠唱の難易度は上がるが、詠唱効率が良ければ良いほど音も詠唱時間も短縮できる(この技術を詠唱破棄と呼ぶ)。

 但し、「無詠唱」は詠唱効率には含まれないので注意が必要(その名の通り、詠唱をしていない為)。


 8.「判断能力」について。

 魔法使いとしての資質を問われる項目の1つ。どの場面でどの魔法を使うのかがもっとも効率的かを瞬時に判断し、それを実行する為に必要な力だ。危機的状況に陥った時にパニックにならず冷静に分析できる力もあれば、この項目にて十分に加算される。

 自分の実力を把握した上で、現状取り得る最善の策を選び抜く能力。これは座学よりも実践でこそ身に付けられる能力である。


 9.「独創性」について。

 独創性と言われて初めに思い浮かぶのは、やはりオリジナリティであろう。だが、青藍魔法学園とてオリジナル魔法を開発することがどれだけ大変なことかは重々承知している(もちろん、オリジナルを開発し、それを発揮できるのなら言うことは無いわけだが)。

 ここで言う独創性とは単に新魔法を開発してみろ、というわけではない。魔法と魔法の組み合わせや使い時等、言い換えるならば意外性のようなもので評価される。


 10.「属性保持」について。

 魔法には属性を付加することができる。魔法の属性とは『火』『水』『雷』『土』『風』『光』『闇』、他特殊な属性がいくつかあるわけだが、その属性を魔法に付加することを属性付加と呼んでいる。

 属性保持はその属性付加を見るもので、如何なる魔法に属性が付加され且つ如何なる効力を及ぼすかを見極める項目である。

 複数の属性を有する魔法使いには、高得点が与えられる。


 魔法選別試験は各学期の中間付近で行われる。これは学期末にしてしまうと本来の定期試験(国語や数学等の一般科目、もちろん魔法関連の試験も別にある)に支障を来してしまう為だ。文武両道を(うた)う青藍魔法学園にとって、それは好ましくない。よって各学期の中間付近で選抜が行われ、学期の最中にクラス替え(青藍では、シャッフルと呼ばれる)が行われるという傍から見れば奇抜な学校運営がされているというわけだ。







 落ち着きを取り戻した教室に、白石先生の説明が続いていた。


「試験には、様々な課題がありますから。何か1つさえ秀でていればいいというわけではありませんよ? 苦手な分野だからという理由で放置せず、きちんと向き合って自己研鑚に努めて下さい」


 女史は云う。


「そして、先ほども説明しましたけれど。誰かさんが女の子と会話するのに夢中でぜんっっっぜん!! 聞いていなかったようですので、改めてもう一度説明しておきますー」


 ジト目で睨まれるより先に、無言で頭を下げておいた。

 クスクスと笑い声が聞こえる。隣の可憐からは、聞こえるギリギリの音量で「……すみません」という謝罪があった。白石先生の視線が怖すぎてそちらの様子は窺えないが、おそらく耳まで真っ赤になっていることだろう。


「魔法選抜試験には、3人1組でチームを組んだグループ試験もあります。試験までは1ヶ月ありますが、そのグループの登録期限は3週間前まで。即ち、この登録期間は1週間しかないわけです。それまでに各自グループを作って欲しいわけですが……」


 白石先生は、教卓をぺちぺち叩きながら。


「ここで皆さんに忠告です。自分のレベルに(、、、、、、、)沿った友達と(、、、、、、)組むこと(、、、、)。こういう言い方はあまり好きではないのですがー。試験を楽にクリアする為に自分より明らかに魔力の強い子と組んでしまうと、グループ試験では肝心の自分が目立たなくなってしまいます。そうすると本末転倒ですからねー」


 そりゃそうだろうな。


「逆に、自分の魔法と相性のいい子と組んで、それが試験で発揮されれば点数は当然上がります。もうこの瞬間から、ある意味で“試験は始まっている”のです。この1週間が、皆さんにとって実りあるものになることを期待しますー」







 「いつでも相談には乗りますよー。気軽に声を掛けて下さいね」というお言葉を残して、白石先生は教室から出て行った。ホームルームの終わりである。束の間の休息の後、1時限目の授業に突入する。


 休み時間は10分しか無い為、この時間は本来ならば生徒はあまり動かない。が、“あの”説明があったせいか、今日のクラスメイトは忙しなく教室を行ったり来たりしていた。それは他のクラスも同じようで、さっきから引っ切り無しに知らぬ顔が出たり入ったりしている。


「白石先生が言っていたように、誰と組めるかで試験結果も変わってきますからね。この1週間は多分ずっとこんな感じかと」


「……そっか。って、お前はいいのか?」


 言葉と行動が一致せずいつも通りの可憐に向かって、思わず問いかける。


「いいのか、とは?」


「メンバー探しだよ、メンバー探し。早くしないと有力株は捕られちまうんじゃないのか?」


「ああ、そのことですね。それなら――」


「まったく問題ないわよ」


 俺の後ろから声が聞こえた。聞き間違いのない、その声色は――――。


「舞か」


 花園(はなぞの)(まい)。可憐と同じく日本五指に入る名家のお嬢様。特徴的なのは、何と言ってもその髪。染めたわけでも無いのに、目を(みは)る程の真っ赤な色をした髪だ。一族特有の濃い魔力に反応し、このような色になっているらしい。スレンダーな体型で容姿端麗、文武両道。性格に難アリだが、黙っていればこの上なく完璧なお嬢様だ。ちなみに、俺の幼馴染だったりもする。


「可憐と組むのは、この私よ」


「ああ、いいんじゃないか?」


 実力的に問題ないだろう。唯一問題だった仲の悪さも(舞が一方的に毛嫌いしていただけのようだったが)、既に解決済みのようだしな。


「何で他人事のように言ってるの?」


「あ?」


「貴方も組むのよ。私、可憐、貴方。ほら3人」


 ……は?


「……は?」


 思わず心の中の声を復唱してしまった。


「……ほら、3人」


「呆れた顔で言い直してんじゃねーよ!!」


 俺の反応に満足できなかったのであろう舞が、ジト目で睨んでくる。


「何よ。問題有るわけ?」


「……あるに決まってるだろう」


 面白くなさそうな声色で問うてくる舞に、うんざりしながら返した。その返答の仕方に疑問を抱いたのか、可憐が俺のことを窺うように口を開く。


「もうどなたかと組まれるご予定が?」


「えっ!? 何、そうなの!? 聖夜(せいや)ぁ!!」


「ぐえっ!? ちょっ……、く、首絞めんな。朝の教室を殺人現場にする気か!!」


 いきなり掴み掛ってきた舞を引っぺがす。


「魔法選抜試験の存在すらついさっき知ったような人間が、事前にグループなんか組めるか!!」


「あ、確かに」


 可憐が納得したとばかりに、ぽんと手を叩く。


「じゃあ何でダメなのよ!!」


「俺がお前らと釣り合うわけねーだろうがよ……」


「あのねぇ、そりゃあこの間のもぐがっ!?」


「それは口外するなっつってんだろ!!」


 危うく口走りそうになった舞の口を慌てて塞ぐ。一瞬掌にぬるりとした感触があった気がしたが、気合で頭の外に追いやった。

 あの事件は俺が日本に戻ってくるきっかけとなったものだが、公言していいものではない。

 姫百合可憐誘拐騒動。騒動とは言っても実際に騒いだのは一部分の人間だけだし、学校側はその事件を無かったことにした為に一般生徒には知られていない。そしてその中心人物だった姫百合可憐は――――。


「そう、ですよね。中条さんと私なんかじゃ、釣り合わないですよね。……勝手に舞い上がってしまい、申し訳ありません」


 素敵な勘違いをしていた。

 俺に向かって頭を下げる可憐を見て、周囲からざわめきの声が上がる。


「えっ!? ひ、姫百合さんからお誘いを受けて、断っちゃうの!?」


「マジかよ!! どこまで身の程知らずなんだ、中条!!」


「仮に自分が目立たなくなったとしても、それは男の本望だろう!!」


「てめーらはややこしくなるから黙ってろ!! ちょっと、お前ら2人こっち来い!!」


「え!? ちょ、聖夜!?」


「きゃっ!? 中条さん!?」


「聖夜ぁ!! てめぇ、ウチの誇る二大プリンセスを何処へ連れでぶばっ!?」


「邪魔だクソ野郎!!」


「ま、将人(まさと)ーっ!?」


 2人の手を引いて、教室から飛び出す。途中、鬱陶(うっとう)しいクラスメイトが視界に入った為、思わず蹴り飛ばしてしまったが……。まあ、無かったことにしておこう。







「ここまで来ればいいか」


 人通りの少ない廊下まで走り、手を離す。


「……はぁ……はぁ。きゅ、急に、何なのよ……」


「はぁ……な、中条さん。……足、速過ぎです」


「あ、悪い」


 振り返ってみれば、手を膝に当ててはーはー言っているお嬢様2人。結構形振り構わず走ってしまったな。悪い事をした。


「……で? どういう理由か説明して貰えるんでしょうね」


「もちろん。あそこじゃあまり話せない内容も含むんでな」


 俺の言葉を聞いて、2人とも背筋を伸ばす。可憐のみまだ若干呼吸が荒いが。

 ともかく。あまり結論までを長引かせるべき話でもない。端的に伝えることにした。


「魔法選抜試験の内容を聞いて、はっきりした。お前らは、俺以外のパートナーを探せ」


「……は?」


「……え?」


 俺のあまりに迷いの無い断言っぷりに、舞も可憐も呆けた声を漏らして固まる。


「ちょっ、どういう意味よ!?」


 予想通り、先に回復したのは舞の方だった。その問いは予想できなかったが。


「おいおい、舞。俺が何でわざわざアメリカでライセンスを取ったと思ってんだ?」


「――っ」


 俺の言葉に、舞が返答に詰まる。

 ライセンス。即ち、魔法使いたる正当な証。

 本来ならば俺たち高校生が取れるような代物ではもちろん無い。それを先日、俺は海外で取得していた。


「“呪文詠唱ができない”からだよ」

 そもそも、向こうからの解答など期待していない。言うまでも無く、2人にとっては分かりきっている質問だからだ。


「青藍魔法学園独自の採点基準と言うから、少し期待したんだが……。やはり、“日本の教育機関”では“日本が考える基準”でしか採点しないんだな」


 偽りでは無く、本音。期待してしまったからこそ、苦々しい声色としてその言葉は漏れ出た。


「……おっしゃる意味が分かりません。日本が考える基準とは……」


「おいおい、これ以上俺に言わせるのか?」


 俺の言う所の意味には辿り着いているのだろうが、それでは納得できないという表情で可憐が問うてくる。


「採点10項目のうちの1つ、詠唱効率。これは俺にとっては天敵……と言うより、絶対に乗り越えられない壁だな。詠唱そのものが出来ない俺に、効率を求められても困る。無詠唱は詠唱ではないから点数に加算されない」


 俺の話す内容に舞も可憐も口を挟まない。俺の淡々とした話し方に、圧倒されているのかもしれない。


「魔法選抜試験。どこかで聞いたことがあったと思ったよ。この学校の試験結果ってのは、大学や一流企業も注目しているらしいな? 転入前の俺の耳にすらその事実が入ってくるくらいだ。知名度は相当高い。そして――――」


 これが、本当のネックとなる部分。


「6段階の採点基準の内、最低点が付けられた者に貼られる蔑称(レッテル)も、俺は知ってる」


「聖夜っ!!」


 俺のその先に紡ぐ言葉を先読みしたであろう舞が、叫ぶ。

 構わず、続けた。


「“出来損ないの魔法使い”。俺は、まさにそのものだな」


 グループ試験がある以上、その評価は2人の存在価値を確実に落とす。

 巻き込むわけにはいかなかった。 

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