第14話 “青藍の1番手”御堂縁vs“青藍の2番手”中条聖夜 ⑥
★
「……縁」
ため息交じりにその名を呼ぶ。
頭上に描かれた天蓋魔法からは、紅蓮の炎が吐き出され始めた。無論、その射程圏内には自分が立っている場所も含まれている。試合の立会人すらも巻き込む魔法を発現するとは、いったいどういうつもりだというのか。自分が所持している書面が燃えて困るのは縁の方だというのに。
それは、私なら大丈夫という信頼から来るものなのか。
それとも。
周囲に気を配る余裕すら、無くなってきているのか。
「仕方ありませんわね」
試合には極力影響しないように。
放出する魔力に、ゆっくりと闇属性を纏わせた。
★
昼休み。
遅れて出した進路希望記入用紙に書かれていた志望校に目を丸くされたものの、大和は上機嫌でその足を屋上へと向けていた。腹ごしらえも終わり、残りの時間を使って昼寝でもしようと考えたのである。
ただ、屋上には先客がいた。
そして、その先客は2人とも大和の見知った顔だった。
『お前ら、知り合いだったのか?』
突然現れた大和のその言葉に、2人は驚いた顔をして振り返る。そんな2人の心情は露知らず、大和は気さくな調子で歩み寄った。
『鈴音、復学してたんだな』
『え、ええ。つい先日に。ご心配をおかけしましたわ』
蔵屋敷鈴音は、ツインテールにした黒髪をぴょこんと跳ねさせながら頭を下げる。実家の都合で休学する、と告げられたのは半年以上前のこと。実家と称しているが、実際のところは『浅草道場』という名高い魔法使いの道場の都合によるものだ。既に青藍魔法学園へ入学することが決まっている鈴音は、特例措置によって長期休学することも不問とされていた。無論、道場関係の都合による場合のみだが。
『それよりも大和。わたくしのいない間、喧嘩に明け暮れていなかったでしょうね』
『す、するわけねぇだろ。そんなこと』
ジト目でそんなことを言ってくる鈴音から、大和は思わず視線を泳がせてしまう。
『そこまで断言するのなら、わたくしの目を見てもう一度仰いなさい』
昨日の縁との喧嘩で、今も擦り傷だらけの状態だ。何を言っても納得などしてもらえるはずがない。だから繰り返す代わりに舌打ちした。鈴音から露骨なため息を吐かれる。
『無系統を使った喧嘩など、以後厳禁でございますわよ』
鈴音はそう釘を刺して、さっさと屋上を後にしてしまった。
大和と縁だけが取り残される。
『で? 告白でもして振られたのか?』
『君は本当にデリカシーの欠ける男だね。彼女にとってみれば、俺はまだこの学校の新顔だろう? なのに喧嘩の跡があるってので心配してくれただけさ』
大和と同じく擦り傷だらけになっている自らの顔を指さしながら、縁が答えた。
『はぁん。そんなもんか』
結局。
その時の大和は、鈴音の口にした言葉に引っ掛かりを覚えることができなかった。
☆
「無茶苦茶だ!!」
思わず叫ぶ。
あの野郎!! よりにもよって学園の施設内で天蓋魔法を発現しやがった!?
鮮やかな紅色の線によって描かれた幾何学模様が唸りを上げた。
視界が紅蓮に染まっていく。
無詠唱で全身強化魔法を発現。属性には雷を付加させた。
《えぇいマスター!! こうなったらあたしも天蓋魔法を発現するわ!! 時間を稼いで!!》
「はぁ!? できるのか!?」
魔法世界ではまだ無理とか言ってなかったっけ!?
《何言ってんだか!! 魔法世界でマスターに属性共調の片割れを発現したのは誰だと思ってんのよ!! 全身強化魔法が発現できるなら天蓋魔法だって発現できるわよ!! たぶん!!》
最後のたぶんはやめて!!
「期待はしないでおく!!」
《えぇ!? 期待してくれないの!?》
「どっちだよてめぇ!!」
いいから詠唱しろよ!!
《『万物を包む原初の水よ』『司る精霊よ』》
ウリウムが詠唱を始めたのを確認し、地面を蹴る。直後に紅蓮の弾幕が着弾した。
「あぁ!! 本当にアギルメスタ杯を思い出す光景だなこりゃあ!!」
あの試合以降、龍やアリサ・フェミルナーには会っていない。ウィリアム・スペードとやり合った決勝戦は師匠のせいで中断したし、そこから先はナニカや諸行無常の乱入で気が付いたら日本に戻っていたという状態だ。表彰式みたいなものはなかった。別れの挨拶1つ無く、あいつらとは別れてしまっている。
《『平伏、深淵の華、天を支配し敵を滅ぼせ』》
ふと、思った。
アギルメスタ杯で拳を交えたあいつらは、今どこで何をしているのだろう、と。
そして、思った。
あいつらに勝った以上、あいつらに恥じない魔法使いでありたい、と。
《『激流の天蓋』!!》
ウリウムの契約詠唱が完了した。
瞬間。
俺の頭上。
会長の天蓋魔法を迎え撃つ角度で。
――――水属性の天蓋魔法が発現される。
それは。
暴力的な色を孕む紅蓮の魔法陣とは対照的に。
全てを慈愛の心で包み込むかのような。
鮮やかな青色をしていた。
「……なん、だって?」
会長が笑みを消し、驚愕の表情で頭上を見上げた。頭上では紅蓮の炎と青き水が激突し、派手な衝撃波を生み出している。そりゃあ呪文詠唱ができない欠陥品との戦いで、尋常じゃない数の魔法球を打ち出されるだけでなく、天蓋魔法まで発現されたら驚くのも当然だろう。
だが。
「隙だらけです」
「がっ!?」
一歩で会長との距離をゼロにし、拳を腹へと叩きこむ。会長の口から血の混ざった唾液が噴き出した。それが地面へと滴り落ちるよりも早く、会長が吹き飛び側壁へと叩きつけられる。
ここからが勝負だ。
呼応するかのように、身体から迸る電撃の激しさが増す。
「行きますよ、会長!!」
跳躍。
俺のスピードについて来れず、勝負が決まるならそれも良し。
無系統魔法によって無力化を狙うなら、その条件を見極めてやる!!
会長の眼前へと迫り、拳を振りかぶる。青白い電撃が俺の拳へと収束した。
「――っ」
それに反応した会長が手をかざす。
さあ、何が来る!?
視界が、ブレた。
――“不可視の弾丸”かっ。
どうやら鋭い一撃を顎に喰らったらしい。
だが。
「ああああああああああああああああ!!!!」
咆哮。
会長の発現量では、俺の全身強化魔法の層を突破できない。
無理な姿勢のまま、振りかぶった拳を――。
「頑丈だね!!」
舌打ちしながら会長が叫んだ。
直感した。
今度こそ。
来る。
――――今だ!!
「ああああああああああああああああ!!!!」
雷属性を、火属性に。
――――『属性変更』。
迸る電撃が、一瞬で眩い炎へと姿を変える。
直後に、俺の身体を不可思議な魔力の波動が走り抜けた。
今のが会長の無系統魔法?
全身強化魔法は?
拳には、爛々と紅蓮の炎が纏わりついている。無力化はされていない。顎を打ち抜かれた体勢のままなので、うまくふんばりが効かない。
ただ、纏っているのは攻撃特化の火属性。
威力は十分だ。
「らあああああああああああああああ!!!!」
炎を纏った拳が、会長の頬へと直撃した。
★
その日は、学校が終わった放課後に家の買い出しで商店街に出向いていた。
そんな雑踏に紛れていた時のことである。
『メリー・サーシャ』
知らない人名だったが、聞き慣れた声色だった。
思わず大和は振り返る。
瞬間。
ちょうどすぐ後ろを歩いていた通行人とぶつかってしまった。
『す、すんません』
すぐに謝ったからか、余計な喧嘩に発展することなくその場は収まる。ただ、声の主は完全に見失っていた。ちらりと向けた視線の先には、お目当ての人物ではなく――――。
『修道服、シスターか? この近くに教会なんてあったっけか』
大和は独り言のようにそう呟いて、当初の目的に戻ることにした。
☆
「がっ、……あっ!?」
会長が横っ飛びに吹き飛んだ。
無系統魔法をうまく無力化した?
分からない。
ただ、この勝機を逃すわけにはいかない!!
――――“神の書き換え作業術”、発現。
会長が吹き飛ばされる先へと転移する。
会長は吹き飛ばされながらも空中で身体を捻り、体勢を整えようとしていた。
「させるか!!」
無数の魔力の礫を放出させる。
「“弾丸の雨”!!」
全方位から会長へと弾幕を打ち付けようとした。しかし、それは会長が視線をぐるりと一周させるだけで霧散してしまった。使ったぞ、今のは間違いなく無系統魔法!!
会長が着地する前に、次の一手を放つ。不意打ち気味に放った“不可視の光線”は、会長が放った“不可視の弾丸”によって僅かに軌道を変えた。問題は無い。その間に、俺は会長との距離を詰める。
「うらああああああああああ!!!!」
炎を纏った拳を会長に叩きつけようとして。
――――『属性変更』。
紅蓮の炎が、一瞬で全てを切り裂かんとする烈風へと姿を変える。
こちらへ手をかざしていた会長の表情が、露骨に歪んだ。
直後に俺の身体を襲う、不可思議な魔力の波動。
風の全身強化魔法は……、消えてない!!
空中で一回転。
前転宙返りによる遠心力を利用した踵落としを、会長の頭上へと叩きつけた。
「ぐあっ!?」
左足で着地。踵落としによって振り下ろした右足を、振り子のように再び振り上げる。
――――『属性変更』。
烈風が堅牢な土へと姿を変える。
再び俺の身体を襲う、不可思議な魔力の波動。
だが、全身強化魔法は消えてない!!
「ぶあっ!?」
踵落としを頭に喰らい、俯いた体勢の会長の顔面を思いっ切り蹴り上げた。鮮やかな鮮血が宙を舞う。会長の手が上がる。その手は俺を狙ってはいなかった。
連撃によって平衡感覚を失った?
そう考えたのは一瞬のこと。
……いや。
違う!?
会長の無系統魔法が発現した。
対象は俺の全身強化魔法じゃない。
――――ウリウムの天蓋魔法だ。
頭上から、再び紅蓮の弾幕が降り注ぐ。炎の雨を相殺していたウリウムの天蓋魔法は、音も無く消失していた。数多の攻撃特化の火球が地面を打ち付ける。魔法実習ドームが揺れた。
俺と会長の間にも弾幕は降り注ぐ。
俺たちの間に空いた、一瞬の刻。
弾幕の向こうで、会長は歪んだ笑みを浮かべながら手のひらを俺へと向けていた。
俺の身体を保護していたはずの土属性の全身強化魔法が消失する。
頭上からは、炎の弾幕。
《マス――》
「無駄だっ!!」
ウリウムが叫び終える前に、俺が咆哮する。“不可視の装甲”が瞬時に発現され――、
「“解放”!!」
直後に弾け飛んだ。身体を走り抜ける、不可思議な魔力の波動。ただ、“解放”によって弾けた俺の魔力の波動は消失せずに、頭上に迫っていた炎の弾幕を吹き飛ばす。その余波で会長が後ずさりしたのを視界の端に捉えた。
それが。
この試合始まって以来の。
会長最大の隙だった。
――――“神の書き換え作業術”、発現。
転移したのは、会長の真正面。
俺が目と鼻の先まで迫っていることを認識した会長が、迎撃しようと腕を振り上げようとして――。
「俺の勝ちです。会長」
それよりも早く。
俺の手が会長の胸ポケットから伸びていた金の鎖を掴み、引き抜いた。
★
そして。
その日は突然やってきた。
正直なところ、何が起こっているのかまったく大和は分かっていなかった。
いつもの河原。
しかし、いつもとは圧倒的に違う光景。
縁と鈴音が、深い藍色のローブを身に纏ういかにも怪しい風貌をした4人に囲まれていた。
『縁!! 鈴音!!』
怒鳴るようにして声を上げながら、そちらへと駆けていく。
『や、大和!?』
鈴音の驚愕に染まる表情。しかし、大和がそちらに辿り着く前に牽制球が投げ込まれた。目にも留まらぬ速さで射出された魔法球が、大和の足元に着弾し動きを止める。
『ぐっ!?』
足元から吹き飛ばされた大和が距離を空けたのを見計らってか、深い藍色のローブを身に纏う男の1人が口を開いた。
『まさか呑気に学生気分でお友達まで作っていたとはな……。諸行無常の名が泣くぞ』
自分に投げかけられた言葉では無かったとはいえ、大和は首を傾げざるを得なかった。前半も後半も、最初から最後まで意味不明の言葉だったからだ。
ただ、大和にとって許し難かったのは次に縁から出た言葉だった。
『帰れ、大和』
『あ?』
大和は反射的に聞き返す。
最近は落ち着いてきていたが、これまで大和と縁はお互いの喧嘩を奪い奪われここまでやってきていた。大和にとって縁との繋がりはそれだけだったと言っても過言ではない。だからこそ、その理不尽な戦力外通告に納得がいかなかったのだ。
しかし。
『帰れと言った。ここに君の出番などありはしない』
『……どういう意味で言ってんだ、てめぇ』
自分が想像していた以上にドスの効いた声が出た。しかし、縁がそれに怯むことはない。縁は大和を無視して対峙する相手へとこう告げる。
『……彼は関係無いんだ。君たちが望む通り、俺は相手をしよう。その代わり、彼を見逃してもらえないかな』
そう告げた縁が。
何よりも大和は許せなかった。
『縁!!!! てめえええええええ!!!!』
咆哮の直後。
視界がぐるんと回る。
顎を打ち抜かれたと大和が知ったのは、自分が地面に力なく伏した時だった。
そして。
自らの顎を打ち抜いた相手が――――。
『え……、にし、……このやろ』
『つまらない茶番劇はそろそろ終わりかね? どちらにせよ、この現場を見られたんだ。その学生も殺させてもらうが』
先ほど縁に話しかけていた声がそう言う。返答は、大和のすぐ頭上から聞こえた。
『まあ、そう言われるとは思っていたよ。どちらにせよ、君たちは皆殺しにする予定だったんだ。命乞いが成功しようが失敗しようが、結果は変わらなかったわけだけど』
『えに、し』
縁。
縁、と。
大和は叫ぶ。
懸命に。
懸命に叫ぶ。
実際にどれだけ自分が声を出せているかは分からない。
もはや意識が朦朧としており、自分が立っているのか倒れているのかも分からなかった。
その中で。
『君の助けは必要無い。これは俺の問題だからね』
縁からかけられた、その言葉。
その言葉は。
何よりも鋭く大和の心を抉る。
そして。
縁が完全に大和の意識を刈り取ろうとした瞬間に。
――――そうか。
大和は悟ってしまった。
――――そうだったのか。
鼻の奥へ、不意に刺激が走る。
――――お前にとって、俺は。
懸命に歯を食いしばっても、視界はぼやけていく。
――――背中すら預けて貰えない、取るに足らない存在だったのか。
振り下ろされる手刀。
そして、身体に走る衝撃。
大和の意識は、そこで完全に途絶えた。
☆
お互いが、肩で息をしていた。
魔法実習ドームを大きく揺らしていた炎の弾幕は、既に降り止んでいる。頭上に展開されていた紅蓮の天蓋魔法は、ガラスが割れたかのような甲高い音を立てながら砕け散っていった。
ゆらり、ゆらり、と。
俺の突き出した拳から垂れ下がるエンブレムが、振り子のように揺れる。
お互いの呼吸音だけが、魔法実習ドーム内に反響していた。
会長が口元から垂れた血を手の甲で拭う。そして、視線を俺が突き出したエンブレムから自らの胸ポケットへと向けた。当然、そこには何も入っていない。会長の視線が、再び振り子のように揺れるエンブレムへと戻る。
そのエンブレムには、『First』と刻まれていた。
その文字を確認し、もう一度自らの胸ポケットへと視線を向けた後、会長は大きく息を吐いた。
「……君の勝ちだ、中条君」
腰に手を当て。
肩で息をしながら。
会長は、そう言った。
★
気が付けば。
大和は自室のシャワールームで、学生服ごと冷水でびしょびしょになっていた。
どうやら身体中を駆け巡る憤怒を抑え込むために、身体を物理的に冷却するという方法を無意識のうちに選択していたらしい。
「はははっ……」
情けない笑い声が漏れた。
笑ってしまう。
いったい、いつまであの時のことを引き摺るつもりなのだろうか、と。
結局のところ、大和はあの時に何が起こったのかを未だに知らない。あの後、気が付けば自室のベッドに転がされていたのだ。いっそのこと夢だったと言われてしまった方がどれだけ楽だったか。しかし、顎に受けた痛みが現実だったと大和に教えてくれていた。
縁も鈴音も、あの一件を語ろうとはしなかった。大和から質問をして拒絶されたわけではない。大和は、その件を切り出さなかった。
いや。
大和は、あの一件を機に縁との関係を断つことに決めた。
もともとお互いの喧嘩を奪い合っていただけの関係。
その関係が断ち切られたことで、大和にはもはや縁との繋がりなど残っていなかった。断つことに決めた、という表現には語弊がある。もはや、断つ物すら残っていなかった。
悔しかったという感情が、最近になってやっと認められるようになった本音だ。
自分の思い上がりが恥ずかし過ぎて自害したくなる、というのが偽らざる本心だった。
大和は勝手に勘違いしていただけなのだ。
大和と縁。
2人は、背中を預け合うことができる関係なのだ、と。
「くっだらねぇ……」
あの一件があった次の日。
何事も無かったかのように登校し、何事も無かったかのように平然と自分に声をかけてきた縁の神経を、大和は疑った。そして激昂した。後は語るまでも無い。教師の制止すら無視して大喧嘩だ。大和自身、あれだけの騒ぎを起こしながら、よくもまぁ退学にならなかったものだとしみじみ思う。もしかすると、鈴音が何かしら働きかけていたのかもしれないが、本人に聞いていないので大和が知る由も無い。
縁と同じ青藍魔法学園に入学したのは、関係に未練があったわけではない。単純に、あの時のお互いの無系統魔法を用いた決闘で負けた身として、引くことができなかったというだけだ。
「……分かってる。……分かってるさ」
ずぶ濡れのまま、ふらふらとシャワールームを後にする。
関係に未練が無い。
そんなわけがない。
本当に未練が無ければ。
ここまで思い悩むことはなかった。
本当に未練が無ければ。
あの時、感情の赴くまま拒絶することもなかった。
人には、誰にだって言いたくないことの1つや2つはある。
縁にとっては、あの件こそがそれだったのだ。
タイミング悪く居合わせたのは大和の方で。
縁自身は、決して何も悪いことなどしていない。
勝手に己惚れて。
勝手に裏切られたと思い込んで。
大和は縁を拒絶した。
今にしてみれば、分かる。
きっと。
きっと、縁だって不安だったのだ。
あの一件があった次の日。
あたかも平然と大和に声をかけてきたあの日。
大和と縁は喧嘩を奪い合う関係でしかなかった。
たまに河原で会えば、多少の会話はする。
その程度の関係。
そう。
その程度の関係。
決して、学校で挨拶をし合うような関係ではなかった。
それでも。
あの一件があった次の日。
あたかも平然と大和に声をかけてきたあの日。
そう。
縁は声をかけてきたのだ。
決して。
学校で挨拶をし合うような関係では無かったにも拘わらず、だ。
きっと。
きっと、縁だって不安だったのだ。
あの、あたかも平静を装った一言が、縁なりの確認の言葉だったのだ。
俺は、君に全てを話すつもりはない。
けれど。
君は、俺と今まで通りの関係でいてくれるかな。
「くそっ!!!!」
再びぶり返してくる熱を、罵声と共に吐き捨てる。
拒絶した。
そう。
他でもない。
大和自身が拒絶した。
「だからって……!! 今更どうしろってんだよっ!!!!」
そう吠えた大和は、ずぶ濡れのままベッドに倒れこんだ。
大和の力は不要だ、と。
強制的に切り離してきた縁を、大和は今でも許せない。
それでも。
あの時の2人のうち、どちらが悪かったのかくらい、大和にだってもう分かっている。
それでも。
それでも。
それでも――――。
大和の長い夜は、まだ終わらない。
次回の更新予定日は、12月25日(金)です。