第0話 中条聖夜とは
「ごめんなさい」
深く、深く。
頭を下げられる。
正直な話。
俺は悲しいとか寂しいとか。
ふざけんなという憤怒とか。
そういった感情よりもまず先に。
ああ、やっとこの時が来たのか。
と、そう思った。
髪の色は最初から白かったわけじゃない。この“力”も最初から使えたわけじゃない。
ある日、突然だった。
俺の家系は、代々魔法なんて言葉には無縁も無縁。魔法使いと呼ばれる人間がこの世界に相当数存在することくらいは知っているし、普通にそういった類の学校や会社なんかもあって、世間一般に溶け込んでいることくらいは分かってます、程度の認知度。
そもそも魔法なんてものは先天的なものであり、ある日突然開花しましたなんてものではない。
もちろん魔法を使えない人間にも魔力というものは存在しているが、それはあくまで生命活動を維持するための最低ラインでの存在であり、間違ってもその魔力を使って突然炎やら水やら雷やらが出せるわけではない。無理なものは無理。タネなしマジックなんてできるものではない。
だから魔法を使えない家系とは、隣人が魔法使いの一族でもない限り大げさではなくほぼ一生を魔法とは無縁で送れるもので、俺の家族もそう思っていた。
魔法なんてあると便利だね。そんな感じでさ。
けど、そうはならなかった。
突然変異。
医者からそう言われたのを、俺は今でも覚えている。魔法使いの血を取り込まぬ限り、本来ならば一般家庭に魔法使いの子どもが生まれるはずはない。
しかし。
例外中の例外が、まさかの俺の身に起こっていたというわけだ。
当然、両親からすれば寝耳に水なわけで。
ある日突然調子を崩した俺のことを心底心配した。病院に連れて行っても、健康体そのものと診断され未知なる病気かと肝を冷やしていた。
それが一週間くらい続いた頃、真っ黒だった髪の色が漂白剤でも使ったかのように綺麗に抜け落ちた。さらに一週間が経つと、俺の周囲の物が何の前触れも無しに砕け始めた。
ポルターガイストかと思ったね、あの時は。……まさか自分のせいだとは思わないだろう。
何かがおかしいと思い始めたのが、その時。両親は恐る恐る俺を、今度は魔法病院に連れて行った。
それが正解。
尋常じゃない量の魔力が渦巻いてます。
そう診断されたその日から、両親の俺を見る目が変わった。
魔法は使えると便利だが、使えないと恐怖でしかない。
その通りだと思う。
俺も怖かった。どうしていいのかも分からない。
医者も、ここまでの魔力は見たことがないと頻りにぼやいていた。どう対処すればいいか分からぬ俺を、完全に持て余していた。もはや触れると起爆する爆弾のような扱いぶり。他の患者とは完全に隔離された部屋で、ちまちまと魔力を吸い出す機械に繋がれ過ごす日々。
両親もだんだん見舞いに来なくなった。隠しているつもりだろうが、隠せてない。俺を怖がっているのは明白だった。この時にはもう、薄々感じていたんだろうと思う。
多分。この人たちとは、別の道を生きることになるんだろう、と。
……まだ俺がこれから生きていけるかも分からなかったわけだけれども。
で、冒頭へと戻る。
で、謝られても困る。
それじゃどうすりゃいいのかと聞く前に、両親の後ろから綺麗な女の人が現れた。
「初めまして、
眩いまでの美肌に金髪。スカイブルーの双眼を携えた女性は、その外見に反して流暢な日本語で告げる。
「貴方のその症状を治してあげるわ。今日中に退院できる。そしたら私の弟子になりなさい。魔法を、教えてあげるわ」
その言葉に偽りはなかった。
何をされたのかもさっぱり分からぬうちに、体調は回復。両親の狼狽、医者の制止をも払いのけたその女性は、そのまま俺を自身の屋敷へと招き入れた。そう、屋敷。それも豪邸だった。
驚きを隠せぬ俺に「隣の
……そういえば、そこで出会ったんだよな。あいつにも――。
☆
どさりと鈍い音を立てて、目の前にいた男が倒れた。
殺しちゃいない。気絶させただけだ。
「……これで全部かな」
師匠に言われた人数はこれで無力化できたはずだ。
「終わったのね、お疲れ様」
それを見計らったかのようなタイミングで入室してくる。
「それで。……あったんですか? お目当ての物は」
「うぅん……。残念ね。ここならもしかして、とは思ってたんだけど」
頬に手をあて、悩ましいため息を吐く。
……あれから結構な年月が経った。俺とこの女性は師弟関係となって続いている。そして、師匠の外見は当時のまま一向に衰えていない。魔法でも使っているのか。……本当は梅干しみたいなしわくちゃのおばあちゃんだったりするのだろうか。
「何か失礼なこと考えてない?」
「滅相も無い」
慌てて否定する。どうやら考えていたことが顔に出ていたらしい。以後気を付けねば。
そこで、ふと気が付いた。
「師匠。その手に持っている物は何です?」
「ああ、これ?」
ひょいっと持ち上げる。見た目は、古ぼけた手鏡のようだが……。
「これ起動すると、異次元の世界に跳べるらしいわよ。やってみる?」
「結構です」
即答した。どうやら面倒臭い類の魔法具だったようだ。
「いいじゃない。やばかったら、貴方の能力使って直ぐこっちに跳んで来ればいいわけだし」
「俺の転移魔法は、異次元の境目を跳躍できると証明されてません」
「じゃあ、ここで検証してみよ――って、ああっ!? この鏡って結構高いのに……」
妙な素振りを見せる前に突き壊した。
「俺はこの世界である程度満足してますんで」
「はぁ、しょうがないわねぇ」
もう未練を無くしたのか、ぽいっと後ろ手に放り捨ててしまった。
「それにしても。突入して、わずか15分。それで129人が固めるアジトを殲滅。なかなか良いタイムになってきたわね」
「そりゃどうも」
「
「なんで急に老けたこと言ってるんですか」
そう。
俺は呪文詠唱ができない。
魔法使いとして見れば、完全に欠陥品だ。最初にこの事実に気づいたとき、俺は呆れて笑ってしまった。魔法が使えるからという理由で両親から捨てられた俺が、まさか満足に魔法を使うことができないとは。ジョークにしてもブラックすぎる。
但し。
そんな俺にも、通常の魔法使いでは到底使いこなせない特異な能力が1つだけある。
それが、転移魔法。
正確に言うと、転移と同じ結果を得られる魔法ということになるが、細かいところはどうでもいい。とにかく、これは呪文詠唱のできない俺にとっては必須のスキルとなった。この転移魔法に加えて、呪文詠唱せずとも発現できるレベルの魔法を使い、俺はようやく魔法使いとしての価値を見い出せたのだ。
「じゃ、はい。これ」
「はい? なんですか、これは」
何が「じゃ」なのか分からぬまま、俺は手渡された紙切れを見つめる。これは……。
「パスポート?」
「ええ。アメリカに来てもう2年かしら。そろそろ日本が恋しくなってきたんじゃない?」
……は?
「一個だけ、仕事をこなしてちょうだい。向こうの空港では人を待たせてあるから。詳しいことはその人に聞いて。それが終わればちょっと休暇をあげるわ。最近働かせ過ぎちゃったから」
……なんだって?
「どうしたの? そんな怪訝な顔しちゃって」
「……何か悪いものでも食べたんですか? こんな優しい師匠、ちょっと気味が悪くへぶっ!?」
「口には気を付けなさい、聖夜?」
「……ふぁ、ふぁい」
が、顔面を……グーで……。
「純粋なる好意よ。日本に戻ったら、軽めの仕事は早々に終わらせて少しは羽を伸ばすといいわ」
……冗談でしょう?
本当ですか?
というか、その仕事とやらは本当に俺1人で務まるものなんですか? 俺、魔法使いのライセンスを取得したばかりの新米ですよ?
それに。
「けど、まだお目当ての物は見つかってないじゃないですか」
何のために俺たちが動いているのか、という話だ。
「言ったでしょ、あくまで休暇よ。それが終わったらまたみっちり働いてもらうわ」
……左様ですか。
「いいの? のんびりしてて。フライトはもう直ぐよ?」
「は?」
急いで渡されたチケットに書かれているフライトの時刻を見る。
……あと30分を切っていた。
「早く跳んで跳んで」
「いつも言っていることですが!! もっと早く言ってください!!」
転移魔法を使う為、はしゃぐ師匠の手を掴む。
この魔法があるなら飛行機など使わなくていいのでは、と思うかもしれない。が、転移魔法とてそこまで万能な魔法では無い。転移する距離が延びれば当然それに使用する魔力も増えるし、視界に収まらない位置まで転移すると着地場所の座標が狂って周囲の物まで巻き込みかねない。
アメリカから日本まで跳ぶなんてことは、当然だができるわけがない。だからこそ、乗り遅れるわけにはいかないんだ。
まずは荷物をまとめないとな。何も持たずには帰れない。急いで荷造りして、空港に行って……。普通なら不可能だが、この程度なら転移魔法さえあれば可能。
だからこそ、師匠もぎりぎりまで言わなかったんだろうけど。
それにしても、日本か。久しぶりに、あいつの所にも顔出しとかなきゃな。「お土産よろしくね~」とか寝ぼけたことを抜かす師匠を全力で無視しながら、俺はそんなことを考えていた。
そして、そんなことを考えていたせいで。
俺のような新米魔法使いでもこなせる仕事なのかどうかを確認するのを忘れてしまった。