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第12話 “青藍の1番手”御堂縁vs“青藍の2番手”中条聖夜 ④




「がっ……、あ……っ!?」


 床へ叩きつけられた会長が、苦悶の表情を浮かべながら喘ぐ。


 反撃の隙など与えない。

 手を抜きたければ抜けばいい。

 出し惜しみをするのならば、相応の対価を支払ってもらうだけのこと。

 足元に転がる会長が起き上がる前に、右足で身体を抑えつける。


 そして。


「“不可視の弾圧(クラック・ダウン)”」


 2発目の“不可視の弾圧(クラック・ダウン)”を見舞ってやった。


「があっ!?」


 小細工など無駄。

 会長の身体に収束し始めていた魔力を根こそぎ吹き飛ばして、丸裸同然の会長へ再び無慈悲の衝撃が襲う。常人なら、1発目の段階で全身の骨という骨がぐしゃぐしゃになっていてもおかしくないはずだが、会長はなんだかんだでうまく防御していたらしい。今回も抑えつけていた俺の右足を払いのけ、転がるようにして俺の拘束から抜け出している。


「必死ですね、会長」


 追い打ちをかけるために選択したのは“弾丸の雨(バレット・レイン)”。“不可視の弾丸インビジブル・バレット”よりも低威力でありながら、ショットガンの如く衝撃は降り注ぐ。

 会長にしては珍しい露骨な舌打ちと共に、無詠唱で障壁が展開される。幾重にも衝撃音が鳴り響き、障壁が砕け散った。その先に会長はいない。


「こっちだよ」


「知っています」


 振り向くことすらしなかった。

 背後から奇襲をかけたつもりだろうが、甘いと言わざるを得ない。


「ぐっ!?」


 何かが硬い何かに弾かれたような音が鳴る。

 視線を向ければ、放った拳を抱え込みながら会長が距離を空けたところだった。


「結構良い音がしましたけど、拳が割れてませんか?」


「最後まで振り抜いていたらまずかったかもね」


 苦笑いの表情を浮かべながら、会長は答える。


 今、俺が纏っているのは全身強化魔法じゃない。“不可視の装甲(クリア・アルマ)”。“不可視の弾丸インビジブル・バレット”の基本とも言える生成、圧縮、放出、解放のうち、放出までのプロセスを踏んだ段階で全身に纏わせる技法。俺の発現量と魔力濃度が合わさり、猛者揃いのアギルメスタ杯でも大活躍した自慢の一品だ。実際のところ、この技法は師匠のを見よう見真似でパクっただけだけど。


 そして。


「“解放(ブラスト)”」


 再び攻勢に入った会長を迎え撃つタイミングで、“不可視の装甲(クリア・アルマ)”に使用していた魔力を爆散させる。距離を詰めようとした会長が吹き飛ばされた。

 同時に、攻撃特化である火属性の全身強化魔法『業火の型(レッド・アルマ)』を発現し、吹き飛んだ会長を追うようにして跳躍する。一気に距離を詰めた俺を見て、会長が防御のためか腕を交差させた。


「無駄だ!!」


 咆哮。

 魔力を腕へと集中させる会長へ、割と本気で魔力を込めた拳をぶち込んだ。


「ぐっ!?」


 歯を喰いしばる会長。

 しかし、拮抗は一瞬だった。

 拳を振り抜き、会長が再び吹き飛ばされる。


 追撃には、迷わず“書き換え(リライト)”を選んだ。

 消えたように見える移動術。事実、僅か一瞬で俺の身体は吹き飛んだ会長を先回りしたところで待ち構える。

 反応したのは、やはり流石という言うべきか。吹き飛ばされた空中で体勢を整え、先ほどの一撃で制服が破れて剝き出しとなった腕を振るい、障壁を発現してくる。


 だが。


「無駄だと言っているでしょう!!」


 会長へと突き出した人差し指。その先端から放出された“不可視の光線(インビジブル・レイ)”が、躊躇いなく会長の障壁を突き抜ける。障壁によってほんの僅かに生じたタイムラグを利用し、会長は身体を捻って“不可視の光線(インビジブル・レイ)”を回避した。

 しかし、その懸命なまでの回避行動は、致命的なまでの隙。


「そうだ!! 咄嗟の回避は、余計な動作を生むんだ!!」


 体勢を整える暇など与えない。“不可視の光線(インビジブル・レイ)”を回避するために、空中で無理な姿勢をしたままの会長へと拳を振り下ろす。


「“不可視の鉄槌インビジブル・ハンマー”!!」


 会長を再び叩き潰した。腰から思い切り床へと叩きつけられた会長が、身体を「く」の字に曲げる。


「ぐっ……ぷっ……!?」


 会長の口から鮮血が噴き出した。

 明らかな過剰攻撃。

 遠くから蔵屋敷先輩の叫び声が聞こえた気がした。


 分かってる。

 どう見たってやり過ぎだ。

 学生がする魔法試合の内容なんかじゃない。

 これで会長がきな臭い組織となんの関わりも無いただの一般生徒だったのなら、俺の魔法使いとしての人生など終わったも同然だろう。


 でも。


「げほっ!!」


 咳き込みながら。

 端正な顔を自らの血で汚しながらも。

 会長は俺へと手を伸ばしてくる。

 

 その姿を見て。

 頭へ、一気に血が昇った。


「いつまで出し惜しむつもりだっ!!」


 握りしめた拳に呼応するように、オレンジ色の炎が纏わりつく。

 伸ばされた腕は片足で払った。

 思いっ切り振りかぶる。


「何のために俺があんたへ正体を明かしたと思ってる!?」


 そう。

 絶対に知られてはならない、と。

 魔法世界でそう誓った『中条聖夜(イコール)T・メイカー』の図式を晒してまで。


「俺がここまでしても!! まだあんたは本気でやらないつもりか!!」


 躊躇いなく振り下ろす。

 直後、視界が揺さぶられる感覚。

 突然の衝撃に、右拳に纏わりついていた炎が霧散した。顎に打撃を受けた感覚。どうやら俺が拳を振り下ろすよりも早く、会長の足が俺の顎を直撃していたらしい。しかし、全身強化魔法へ回されている魔力濃度は俺の方が高い。ダメージらしきものはほとんど無かった。


 その事実が、余計に俺自身を苛立たせた。


「魔法を無力化させる魔法とやらはどうした!!」


 今のだって。

 さっきの一撃だって。

 あの時会長が言っていた魔法が本当に使えるのなら、致命傷なんて会長は負わなかったし、逆にいつでも俺を仕留められたはずだ。


 なのに。


「この状況下で!! まだ使う価値が無いと!?」


 いつも不敵な笑みを浮かべている会長。

 いつもこちらの一歩先を見据えていた会長。


 あの。

 何をやってもこの人には敵わないだろう、と。

 そう思わせてくれた会長。


 それが。

 なんで。




 この程度の(、、、、、)魔法戦で(、、、、)防戦一方に(、、、、、)なってんだよ(、、、、、、、)




「あああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 形にならない苛立ちの全てを、魔力として放出した。


《マスター!? ちょっと出力を抑えて!! この威力はちょっと洒落にならな――》


 ウリウムの制止が耳に届くころには、もう遅かった。


「“不可視の砲撃インビジブル・バースト”!!!!」


 不可視。


 しかし。

 確かにそこにある極太の衝撃波。


 それが。

 会長の全てを包み込もうとした瞬間。




「――――“神の契約解除術(キャンセル)”」




 音が消えた。

 確かに放った全身全霊をかけた一撃。


 それが。

 最初から何も無かったかのように。

 綺麗さっぱりに消失していた。


「……っ」


 その信じ難い光景に、思わず息を呑む。


 不意に倒れこみそうになった身体を、震える足で何とか踏みとどまる。

 今の“不可視の砲撃インビジブル・バースト”には、俺の最大の一撃である“不可視の弾圧(クラック・ダウン)”よりも魔力を込めていた。ここ数年で経験していないほどの魔力の消失に、身体がついていかなかったらしい。その落差からか、先ほどの“不可視の弾圧(クラック・ダウン)”二連発よりも虚脱感が凄い。


「……まさか。まさか本当に無系統魔法を使わざるを得なくなるとは……、思っていなかったよ、中条君」


 口から垂れた血を親指で拭いながら、会長は笑みを浮かべた。

 それはいつも皆の前で浮かべている、大胆不敵なそれだった。


 麻痺しかけていた思考が回復する。

 こちらも思わず口角を吊り上げた。


 そして。


「……ようやく腑に落ちましたよ、会長」


「何がだい?」


 青藍魔法学園の頂点たる男に相応しい表情を浮かべる男へ、こう言い放つ。


「その、なんでも自分の思い通りにしてみせると言わんばかりの、自信に満ち溢れた貴方の表情。その表情が俺は、……めちゃくちゃ(、、、、、、)気に食わないんですよ(、、、、、、、、、、)







 お互いが喧嘩を奪い合う日々が続く。


 奪って。

 奪われて。


 奪って。

 奪われて。


 どちらが奪った数が多いのか、数えるのも億劫になった頃。

 ようやく、誰も喧嘩を売って来なくなった。


 縁が転校してきて、半年が経過していた。


『最近暇だね』


『最近暇だな』


 特に申し合わせたわけではない。

 大和が下校途中の寄り道でいつもの河原で寝そべっていたら、たまたま縁がそれを見つけて立ち寄ったというだけのことだった。


 2人の言葉通り、ここ1週間ほど喧嘩を吹っ掛けられていない。これまで最長でも3日以上空くことが無かったので、これは異常ともいえる程の記録更新だった。


『そういえば、聞いたかい』


『何を』


『俺たちの悪名は、近隣の中学のみならず他県の高校にまで轟いているらしい。「2人組の死神」なんだとさ』


『ああ?』


 本気で顔をしかめた大和が、思わず上半身を起こした。


『なんで俺とてめえがセットで数えられてんだよ』


『お互いの喧嘩に、お互い手を出し合っていたからじゃないかな。傍から見れば、助け合っているように見えていたのかもね』


『くだらねえな』


『そうだね。実にナンセンスな話だ』


 遥か遠くの山の向こうへと沈んでいく夕日を眺めながら、2人は笑い合う。そこで会話は途切れた。沈黙が2人を包み込む。上空でカラスが泣く声が聞こえた。


『なあ』


 しばらくして。

 沈黙を破ったのは珍しく大和の方だった。


『なんだい』


『お前、転校初日、なんであんな荒れてたんだ』


『ん?』


『初めて体育館裏に呼び出されてたアレだよ』


 予想外の話題だったのか、縁の反応がワンテンポ遅れた。


『……あぁ、デリカシーに欠ける君が初乱入してきたアレか』


『誤魔化すなよ』


 決して縁の方には視線を向けず、大和は問う。


『あの時だけだったよな。お前が切れてたの。2日目以降はあくまで淡々と、って感じで対処してたしよ。ずっと疑問だったんだよな』


 手を出すな、と。

 あれほどまでに鋭く叫ぶ縁を、大和はあの日以降見ていない。


 これは俺の問題だ、と。

 あれほどまでに声を荒げる縁を、大和はあの日以降見ていないのだ。


 自分の喧嘩に乱入してくる時も、縁自身の喧嘩に乱入される時も。

 縁はニヒルな笑みを浮かべながら、淡々と目の前で起こっている事態に対応しているだけだった。


 それが縁本来の性格だとするのならば。

 あの時は、いったい何が違っていたというのだろうか。


『……本当に、君はデリカシーに欠ける男だね』


『そうか』


 縁のその言葉を、大和は素直に回答拒絶と受け取った。大和自身、こんなプライベートなことまで関わる必要は無い。気になってはいたが、無理やり口を割らせるほどのことでもない。


 ゆっくりと立ち上がり、ズボンについていた葉っぱを払っていく。

 縁に背を向けてその場を立ち去ろうとした時だった。


『妹だったんだよ』


『あん?』


 ほとんど聞き取れないほど小声で呟かれたその一言に、大和は足を止める。


『一番最初は、妹を馬鹿にされたから腹を立てただけだ。そこで君と一緒に彼らを返り討ちにしたせいで、変な因縁を付けられたってわけさ。2日目以降は妹じゃなく、彼らの意識はすべて俺に向いていたからね。その違いだったんじゃないかな』


『……そうか』


 今まで肩を並べてきた相手に妹がいるということすら、大和には初耳だった。

 けれど。


『悪くねえな』


 大和は素直にそう思った。







「さて」


 僅かに目を細めた会長は、乱れた息を整えながら口を開く。


「無系統魔法を使う以上、もはや君に勝つ術は無くなったわけだけど。負ける覚悟はできたかな」


「言いますね……」


 流石に先ほどまでボコボコにされていた人間の口にするセリフではない。


「今の一撃を無傷で無効化したのは驚きましたが、それだけで勝利宣言というのはちょっと気が早いんじゃないですか」


「……それだけ(、、、、)()


 含み笑いを漏らしながら、会長は言う。


「以前、言ったことがあったかな。俺の無系統は、発現された魔法を消す力があるんだけど」


「……ええ」


 ちらりと蔵屋敷先輩の方へと視線を向けて見れば、完全に無表情となっていた。正直怖い。


「君はまだ理解していないね」


 その言葉を聞き、視線を会長へと戻す。


「魔法を消すということが、どれだけ脅威となるのか。その身を以って教えてあげよう」


 跳躍。

 瞬く間に会長との距離を詰める。

 俺が正面から拳を振りかぶるのを見て、会長が眉を吊り上げた。


 瞬間。

 ――――“神の書き換え作業術(リライト)”、発現。


 会長の背後へ。 

 攻撃特化の火属性を纏った俺の拳が、会長を――。


「無駄だよ」


 音は無かった。

 しかし、結果は一瞬で現れた。

 俺の拳に纏わりついていた眩いまでの炎。それが一瞬で掻き消える。


「なっ!?」


「君がどこにいようが、何をしようが関係無いんだ」


 会長の振るう腕を仰け反ることで回避する。そのまま炎を纏った脚を振り上げた。


「だから無駄だって」


 その炎すら前触れなく掻き消える。会長は優しく手を添えるような仕草で俺の蹴りを受け止める。


「これまでは君の『手』や『脚』に限定していたわけだけど、こんなこともできるんだよ」


 その言葉の意味するところは、俺の身体に生じた異変によって判明する。




 全身強化魔法『業火の型(レッド・アルマ)』そのものが消失した。




「丸裸となった君へ、先ほどのお返しだ」


 不可視の衝撃が全身を襲った。


「がっ……!?」


 まともに喰らう。会長の“不可視の弾丸インビジブル・バレット”。俺の発現量が勝っているのか、それとも手加減をしてくれたのか、俺の“不可視の弾丸インビジブル・バレット”よりは威力が無かったものの、魔法防御がまったく無い状態でこの一撃はきつい。

 ウリウムの障壁は、会長の“不可視の弾丸インビジブル・バレット”が俺を吹き飛ばした後、遅れるようにして発現された。


《ご、ごめんマスター、大丈夫!?》


「っ、問題、無い!!」


 空中で体勢を整えながら、咳き込むようにして返答する。


《っ、ほんとずっこいわよねこの技!! 感知してから発現するんじゃ間に合わないのよ!!》


 まさにその通りだ。

 会長が視線を向けた瞬間、ウリウムの発現していた障壁が消え失せる。ウリウムが解除したわけでもない。音も何もない。非現実的な光景だった。

 叩き割るようなことはせずに、敢えて無系統魔法を用いて障壁を消失させた会長は笑う。


「このように、対象はなんでも構わないわけだ。全身強化魔法そのものを消すことだってできるし、腕や脚など、一部だけを限定することもできる。障壁だろうが、ただの魔力の塊だろうが関係無い」


 その言葉に引っ掛かりを覚えた。

 俺の表情でそれを悟ったのか、会長は口角を歪めた。


「そう。“不可視の弾丸インビジブル・バレット”は魔法ではない。魔力による力技だからね。だから正確に言うならば、俺の無系統魔法は、魔力を練り放出することで生じる影響、その全てを消すことができるということだ」


 ……。

 正直なところ、淡い期待は抱いていた。

 俺の扱う“不可視の弾丸インビジブル・バレット”や派生させた技法の数々は魔法ではない。だから、『魔法を消す』と言われていた会長の無系統は力を発揮しないのではないか、と。しかし、先ほど会長は俺の“不可視の砲弾インビジブル・バースト”を無効化して見せた。

 つまり、会長の無系統魔法は、はったりではなく本当に“不可視の弾丸インビジブル・バレット”を無効化できるということ。


 しかも、だ。

 俺が放った先ほどの“不可視の砲弾インビジブル・バースト”は、今の俺が一度に込められる全力の魔力で放ったのだ。


 つまり。


「ようやく理解したようだね」


 会長は言う。


「さあ、ここからが正念場だぞ中条君。無系統魔法を出した以上、俺に手加減は無い。果たしてどこまで俺に喰らい付くことができるのか、君の限界を俺に見せてくれ。もっとも……」


 会長は、人差し指を俺に突き付けて。




「君の魔法は、もう俺には届かないけどね」




 絶対の勝利宣言を口にした。

 次回の更新予定日は、12月11日(金)です。

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