第11話 “青藍の1番手”御堂縁vs“青藍の2番手”中条聖夜 ③
★
河原で出会った銀髪の少年が何者かを知ったのは、翌日の学校だった。
『転校生を紹介します』
聞き飽きたはずの朝礼の言葉は、その第一声に代わっていた。
そして担任に促されて教室へと入ってきたのが。
『……あいつ』
頬杖をついたまま、大和は自然とそう呟いていた。
『御堂縁と言います。先日、こちらへ引っ越してきました。両親の都合で長くはいられないかもしれませんが、よろしくお願いします』
大和は群れることが嫌いな少年だった。
仮に人懐っこい性格だったとして、それで彼の周りに人だかりができていたかは別問題として、少なくとも群れることが嫌いだから友達を作っていない、と大和は考えていた。
転校生・縁とやらにも特別興味を持ったわけではない。河原で話しかけられた時も、『うっせぇ、覗き見してんじゃねーよ』と言って、せっかく縁が振った会話をぶった切ったくらいなのだから。
決して転校生本人に興味を持ったわけではない。
と、大和は考えている。
『お前、ちょっと面貸せよ』
放課後。
帰り支度を終え、さっさと帰ろうと考えていた大和の耳に、そんな声が届いた。その声は大和に向けられたものではなかった。声の発信源に目を向けて見れば、ちょうど転校生を連れて名前も知らないクラスメイトの誰かが教室を出ていくところだった。
あまり穏やかな雰囲気では無かった。
少なくとも、不慣れな転校生の案内役を買って出た空気ではない。
転校生が悪目立ちしたのは、果たしてその銀髪か、授業で見せたその優秀さか、それとも端正な顔立ち故に女子たちからちやほやされていたからか。
思っていたよりも悪目立ちに心当たりが有り過ぎると考えた大和は、重苦しいため息を吐きながら、ざわつき始めた教室を後にした。
だから。
決して、転校生本人に興味を持ったわけではない。
と、大和は考えている。
既に転校生の姿を見失っていたので、とりあえずは屋上を目指した大和だったが、残念ながら予想は外れていた。あくびをかみ殺しながら2つめの候補である体育館裏へ顔を出し、予想が的中したことに何の感慨も湧かぬまま、大和は転校生を取り囲んでいる1人の肩を叩き、振り向いたところを殴り飛ばした。
『お、お前、豪徳寺!?』
『なんでここへ!?』
大和の登場に慌てる男子生徒たちへ、彼は吐き捨てるように言う。
『つまんねぇ。マジつまんねぇな、こーいうの』
その態度が癪に障ったのか、転校生を囲ってた何人かが大和へ飛びかかってきた。大和が肩にかけていた学生鞄を放り捨てる。
やることはいつも通り。別に語り合って説得したいわけじゃない。ただ叩き潰して自分がやっていることを無理やり正当化させるだけだ。
だからこそ。
『手を出すな!!』
転校生から放たれた鋭い咆哮に、大和は僅かに硬直した。
『これは俺の問題だ!!』
そして、次いで放たれたその言葉に急激に血が昇った。
『あぁ!? お前に手ぇ貸してるわけじゃねぇよ!!』
そう。
これは助太刀じゃない。
ただの自己満足だ。
そこから先はただの乱闘だった。
殴って。殴って。殴り飛ばして。
蹴って。蹴って。蹴り飛ばして。
頭突きをして、体当たりをぶちかまして。
よくもまぁ乱闘の最中に邪魔が入らなかったな、と思うレベルでの騒ぎだった。しかし、途中で教師が割り込んでくることも無く、その場は終息した。
立っているのは大和と転校生の2人だけだった。大和にとって驚くことに、転校生の方も目立った外傷は皆無だった。どうやらあの乱戦の中、傷1つ付かずに戦い抜いたらしい。
これは本当に自分が出る幕はなかったかもしれない、と大和が思った時だった。
『君にはデリカシーってやつがないのかい』
『あ?』
吐き捨てるように告げられたその言葉に、大和は眉を吊り上げる。
『人の喧嘩は勝手に奪うものではない、と言っているんだよ』
『はっ、なら今度は人目に付かないようこっそりやれ』
『何だって?』
『やんのか、受けて立つぞこら』
2人は、夜通し本気で殴り合った。
☆
短く息を吐き、気持ちを入れ替える。
ゆったりとした体勢でこちらの出方を窺う会長へ、無数の暴言を内心で吐き出すことで溜飲を下げた。
《あまり向こうのペースに飲まれちゃ駄目よ、マスター》
構えを取ったところでウリウムが言う。
《確かにあの男の誘導の仕方は上手かった。けど、マスターもちょっと動揺し過ぎ》
……。
分かってる。
分かってるよ。
師匠との約束で、無系統魔法の秘匿性については身体に染み込まされていた。そこを突かれるとヒヤリとしてしまうのは、もはや条件反射のようなものだ。なんとかしないといけないのは分かっているんだが……。
特に今回の場合は、先にアギルメスタ杯を引き合いに出されていたのが大きい。完全に向こうの良いように揺さぶられてしまった。
ただ、こっちは何も喋ってないんだぞ。
向こうが勝手に喋り続けて、勝手に正解に辿り着かれたんだ。
……だからこの男は苦手なんだよ。
「そろそろ気持ちの整理はついたかな、中条君」
無いとは思うが、見計らったかのようなタイミングで、会長から声が掛かった。
「揺さぶりをかけた俺が言うのもなんだけど、あまり気にしないことだね」
……なんだって?
「先ほども言った通り、君がリナリー・エヴァンスと繋がっていることは最初から分かっていたんだ。ならば、君が『黄金色の旋律』だったことに驚きは無いし、特殊な魔法の持ち主であったとしても今更だ」
その薄い笑みが、やたらと癪に障った。
「……なるほど」
自分の口から出た声は、想像以上に平坦なものだった。
分かった。
オーケー。
納得した。
「白を切る必要も無いでしょうし、お答えします。確かに俺は、アギルメスタ杯において“不可視の弾丸”を連用しました。俺は『黄金色の旋律』のT・メイカーです」
《ちょっ……、マスター?》
会長が笑みを深くする。
「いいのかい。これで君は完全に言い逃れできなくなったわけだけど」
「白を切る必要が無い、と言ったでしょう。俺としては、この話をこの決闘内に持ち込んでしまった会長の意図こそ読めませんけどね」
「……どういう意味かな」
「言葉通りの意味ですよ」
人差し指を会長へと向ける。
効果が表れるまでは一瞬だ。
――――“不可視の光線”。
俺の人差し指の先端から、一直線上に不可視の光線が突き抜ける。
会長は即座に反応した。無詠唱。無属性の魔法障壁が、会長の正面に三重に展開される。それら全てを“不可視の光線”は物ともせずに貫通した。
「――っ」
初めて。
会長の顔から余裕の表情が消える。
咄嗟に身体を捻った会長の横、紙一重の位置を光線は通過した。
轟音と共に魔法実習ドームが揺れる。施設自体は展開されている防護結界によって傷は無いようだ。あの程度の出力なら耐えられるようで、ちょっと安心した。
「何をそんなに驚いているんですか、会長」
かすっていたのか、裂けた制服の腕部分に触れる会長へと声を掛ける。
「言ったでしょう。俺は『黄金色の旋律』のT・メイカーです」
無造作に腕を振るう。
指先から伸びる5本もの不可視の光線が、薙ぐようにして会長へ襲い掛かる。
「『堅牢の壁』!!」
会長が発現したのは、防御系の魔法を得意とする土属性の障壁魔法。
しかし、俺の“不可視の糸”はそれすらも輪切りにした。若干抵抗を感じはしたが、その程度。その直後、立て続けに展開された障壁の何枚かを更に輪切りにしたところで、“不可視の糸”はその効力を失って消えた。
「……映像で見てはいたけれど、想像以上の威力だね」
会長の表情からは、未だに驚愕の色が消えていない。
「しましたね」
「……なんだって?」
「呪文詠唱です。しましたね」
始動キーと呪文キーの一部を省略しているとはいえ、呪文詠唱は呪文詠唱だ。
「自分で蒔いた種ですからね、会長」
「……何の、話だい?」
会長へ告げる。
「貴方のおかげで、俺は貴方に隠すことなく自分の戦闘スタイルで戦うことができる。次は貴方が曝け出す番だ。使ってもらいますよ、無系統魔法」
★
『何でてめぇと同じ廊下に立たされなきゃいけねぇんだよ……』
大和は両手にバケツを抱えたままそう吐き捨てた。
翌日。
登校するなり大和を待っていたのは、教師陣による尋問だった。学園内で起こった乱闘騒ぎが大人たちにバレないはずがない。ただ、幸いにして転校生が連れ出される光景を目にしていたクラスメイトたちが証人となり、大和と縁は騒動にしては軽い罰で済むことになったのである。
『なら君が下の階に行きたまえ。俺は面倒臭い』
端正な顔を腫れ上がらせた縁はこんな調子だ。同じく顔を腫らした大和が口角をひくつかせる。言うまでもなく、この2人のケガは乱闘によるものではなく、その後の2人の喧嘩によるものだ。
『ふざけんな、お前が行け』
『君が行け』
『ああ?』
『またやると言うなら受けて立つよ』
『望むとこ――』
『うるさい!! 授業中ですよ!!』
『すみませんでした』
『申し訳ございませんでした』
これ以上バケツを増やされては堪らない、と2人は光の速さで謝罪した。
決して、転校生本人に興味を持ったわけではない。
と、大和は考えていた。
放課後。
下校途中に絡まれた大和は、いつものように河原へとそいつを誘導することにしたのだが、そこには既に先客が居た。
『毎度毎度ご苦労なことだな……』
初対面だったが、嘲るような笑みを浮かべるその集団が自分を良く思っていないことくらいすぐに分かる。年は大和よりも明らかに上。高校生、それも2年か3年だろう。大和が吐き捨てるように呟いた頃には、既に6人の集団は大和を囲っていた。
それを狼狽えることなく眺めていた大和は、自らの首を鳴らしながら言う。
『まあ……、面倒くせぇことはさっさと済ませるに限る』
その言葉がトリガーとなった。
あからさまな挑発に神経を逆撫でされた1人が大和に殴りかかろうとして。
突如その場に乱入してきた銀髪の少年が、その男を殴り飛ばした。
『な、なんだてめぇ!!』
『いきなり何しやがる!?』
その乱入者に、大和は見覚えがあった。
自分を囲う集団の動揺を余所に、大和が唸るように口を開く。
『何の真似だ、てめえ』
『いや……、このタイミングでの登場に、特に意味は無いんだけどね』
乱入者である縁は、矛先を自分に変えてきた次の男を迎撃しながら続きを口にした。
『せっかくだから奪おうと思って』
奪う。
何を。
決まっている。
大和の喧嘩を、だ。
『ふざけんな!! これは俺の喧嘩だ!!』
そう吠えながら、大和も一番近くにいた男に殴りかかる。
『言っただろう、奪いに来たって。気に喰わないのなら、今度は人目に付かないようこっそりとやるんだね』
どこかで聞いたことのある返し方だった。
『はっ』
自然と、大和の口元が緩む。それは縁も同じだった。
その後は、あの時と同じような乱闘騒ぎ。
あの時と同じように、2人は特にケガを負うことも無く年上の集団に圧勝した。
あの時と違ったのは。
乱闘の後、2人が殴り合うことなく帰宅したことだけだった。
★
風向きは、完全に変わっていた。
縁は身体を捻るようにして、聖夜が放った“不可視の光線”を躱す。防護結界が展開されている魔法実習ドームが再び揺れた。無詠唱や直接詠唱で発現された障壁程度で防げないことはもう分かっている。しかし、発現の兆候を感知することが困難な聖夜の“不可視シリーズ”を相手に、詠唱を破棄せず魔法を発現することは難しい。
結局、現段階の縁では、聖夜からの攻撃を回避する以外に方法が無かった。
「アギルメスタ杯決勝まで上り詰めた実力は本物だったってわけだねっ」
珍しく吐き捨てるようにしてそう口にする縁へ、聖夜はこう返答する。
「何を今更」
驕っているわけではない。
挑発しているわけでもない。
ただ単純に、事実を口にしているだけだった。
これは、青藍魔法学園の“1番手”を決める決闘だ。だからこそ、聖夜はこの決闘においてどこまで自分の力を解放していいのか、正直なところ図りかねていた。
しかし、その回答を提示したのは縁だった。
縁は、聖夜の背景について口にした。
聖夜が、リナリー・エヴァンスと繋がりがあるということ。
聖夜が、『黄金色の旋律』に関わりがあるということ。
聖夜が、ただの学園生ではないということ。
縁自身が指摘した。
縁自身が、決闘に学園以外の要素を持ち込んだ。
それは、御堂縁という人物も、学園生というカテゴリーから逸脱した存在であるという証明。
対する聖夜の回答も明確だった。
ならば、『黄金色の旋律』の中条聖夜として受けて立ってやる、と。
縁は自らへと次々に襲い掛かる攻撃を紙一重で回避していく。縁は先ほど発現した土属性の障壁魔法『堅牢の壁』以降、詠唱を用いていない。それが縁の意地によるものなのか、聖夜に判別はつかない。
ただ、聖夜にとってそれはどうでもいいことだった。
「会長」
ただただ、回避一辺倒になっている縁を冷徹な瞳で追いながら、聖夜は口にする。
「会長は先ほど言いましたね。無系統魔法を使用することすら惜しまない、と」
「言ったね」
頬を掠める軌道を描く“不可視の弾丸”を、顔の動きだけで回避した縁が答えた。
「なるほど。そこまでこの決闘へ注力してくださる会長へ、俺も1つだけお伝えしておきます。会長にする質問についてです」
「……聞こうか」
なぜこのタイミングで。
縁はその疑問を内心で押し殺す。表面上は硬直すらしていない。現に、聖夜からの猛撃を縁は紙一重で回避し続けている。
聖夜はそれに構わずこう続けた。
「俺は貴方に、『ユグドラシル構成員でなければ分からない類の質問』をします」
魔法実習ドームに緊張が走った。
こればかりは、縁も動揺を隠さずにはいられなかった。
「……どういう、意味かな?」
「言葉通りの意味です」
絞り出すようにして出した言葉に反応したのは。
「っ!?」
「乱れてますね、会長。ここまで劇的な反応を示してくださるとは思わなかった」
一瞬にして縁の背後に移動していた、聖夜。
「『堅牢――』」
縁は反射的に叫んでいた。
直接詠唱。
発現するのは防御系にもっとも秀でているとされる土属性の全身強化魔法の名。
しかし。
「遅いです」
それよりも早く。
聖夜の手のひらが縁の肩へと置かれ――――。
「“不可視の弾圧”」
聖夜から放出された暴力的なまでの魔力が。
もともと縁の身体に纏わりついていた無属性の全身強化魔法すら引き剥がし。
魔法防御が丸裸となった縁の身体を。
文字通り、魔法実習ドームの床へと叩き潰した。
次回の更新予定日は、12月4日(金)です。