第10話 “青藍の1番手”御堂縁vs“青藍の2番手”中条聖夜 ②
☆
今までの、良くも悪くも『君らしさ』ってやつが、今の君の戦闘スタイルから感じられないんだよね。
会長は続けてそう言った。
……『君らしさ』か。
確かに。
最初の近接戦以降、俺は自ら動くのではなくウリウムの魔法を軸として動いていた。会長の言う俺の決め手であったはずの“不可視の弾丸”も使っていない。
……だからって、この短い間でそこまで的確に見抜いてくるか?
この人、やっぱり得体の知れない強さを持っている。
「おいおい、中条君」
その声は。
「この程度の揺さぶりで動揺するのはよしてくれよ」
俺の背後から。
「――――っ!?」
首を削ぐ一閃を屈むことでやり過ごす。会長の手刀は、俺の髪の毛を数本持っていった。足払いは最小限の後退で躱される。あと一歩を詰められる前に、地面を蹴って距離を空けた。
「まあ、現実的に考えて、ここ2,3日で魔法球が打てるようになるなんてことはないはずだから『使えはしたが、あまり使い慣れていない』といったところかな」
魔法は先天的な才能に左右される代物だしね、と会長は距離を取った俺を追うことなく軽い調子でそう付け加える。
どんどん正解に近づいてるんだが。
《……すっごいわね。この男。『らしくない』ってだけで、この短時間でここまで気付く?》
ウリウムもこんな調子である。
何がきっかけとなってウリウムのことがバレるか分かったもんじゃない。この人の前で迂闊な言動はできない、ということを改めて思い知らされる形となった。
「ウリウム」
腰を落とし構えを取る。口元をさり気なく隠しつつその名を呼ぶ。
「俺が主体で動く。魔法発現のタイミングはお前に任せる」
俺に合わせろと言いつつも、何だかんだでウリウムの魔法主体で戦った俺のミスだ。体質上、一生縁が無いと思っていた砲撃戦で心を躍らせてる場合じゃなかったんだよ。
《おっけー》
短い了承の言葉を聞き、地面を蹴った。
対象である会長へと右手を向ける。
「さて。第二幕に入る前に、宣言しておこうかな」
会長は、まるで突撃してくる俺を迎え入れるように両手を広げ、言った。
「俺は、今回の決闘において、必要とあらば無系統魔法の使用すら惜しまない」
――――っ!?
予想だにしなかったその言葉に、俺自身激しく動揺したことを自覚する。
圧縮していた魔力が霧散した。隙をさらけ出した俺へと会長の回し蹴りが迫る。それはぎりぎりのところでウリウムの魔法障壁によって遮られた。しかし、それを瞬く間に叩き割った会長の拳が、俺の頬へと突き刺さる。
「ぐっ!?」
「もっとも……」
吹き飛ばされた俺は、追撃を警戒してすぐに態勢を整えた。魔法実習ドームの床を滑るようにして着地する。
会長は追ってこなかった。
不敵な笑みを浮かべたまま会長は言う。
「必要とあらば、だけどね。まずは俺に呪文詠唱をさせるところから始めてみてはどうかな」
その姿勢は。
あくまで格下の挑戦を鷹揚に迎え入れる王者のそれだった。
★
『優しくなったね、貴方。貴方がそこまで他人のために怒れるなんて知らなかった』
その言葉は、不意に蘇った。
部屋に明かりはついていない。カーテンの隙間から差し込む月明りだけが、この部屋の唯一の明かりだった。
ベッドに腰かけたまま微動だにしなかった大和は、内心で荒れ狂う激情の渦をようやく飼い慣らし、その熱をため息として体外へと放出する。
かれこれどれほどの時間が経ったというのか。
大和の体感では1時間も経過していないはずだが、実際のところどうでもいいことだった。
話し相手だった後輩へ別れも告げずに感情のまま食堂を後にし、自らの部屋へと直行した時の記憶は正直残っていない。大和は、ベッドに腰かけたまま自嘲するような笑みを浮かべた。
「本当に、……だっせえな」
そう吐き捨てる。
思い出したくも無い記憶が、願ってもいないのに再び脳裏へとフラッシュバックしていく。冷めたはずの熱がぶり返していく。
『いや』
眉間にしわが寄る。
『だからこそ』
犬歯がむき出しになる。
『縁と仲違いしてしまったのか』
思考がショートしたかのように真っ白になった。
反射的にベッドから立ち上がる。
「やめろ」
その声は震えていた。
他の誰でもない、自分へ向けられた言葉だった。
「やめろ」
思い出したくない過去に。
消し去りたい過去に。
それでも。
「やめろっ」
それに縋っていたいと考えてしまう惨めな己へと。
「やめろっ!!!!」
足元にあったプラスチック製のゴミ箱が吹き飛んだ。それは壁へとぶち当たり派手な音を立てて砕け散る。
ちょうどそのタイミングだった。
通学路から少し逸れた場所。
喧嘩に明け暮れていたあの頃。
よく決闘場所に指定していた河原。
その場所で。
今よりも若干幼い顔立ちをした縁が。
懸命に叫ぶ大和の意識を刈り取ったのは――――。
☆
「今の一発は、先日のお返しだよ」
「……何の話っすかね」
口から垂れた血を拭いながら質問する。
「おいおい。他者を殴るなら、せめてその行為には責任を持つべきだと俺は思うけどね。ほら、あれだよ。俺が校内新聞を」
「あー」
会長が過去を語りきる前に思い出した。副会長が暴走してめちゃくちゃになったあれか。
「データ復元で一役買った俺に対する所業とは思えないだろう……」
ちょっとだけどんよりしたオーラを纏いながら会長が言った。
……根に持ってたのかよこいつ。
いや、まあ最大の功績者に対する仕打ちでは無かったよな。殴った時はただの邪魔者でしかなかったとしても。
「まあ、正直なところ、もうどうでもいいんだけどね」
会長は肩を竦めながらそう言った。
……いいのかよ。殴った後なんだが。
「続きと行こうか、中条君」
「そうですね」
短く息を吐き、気合いを入れ直す。
問題はどう攻めるかだ。
俺は、アギルメスタ杯を“不可視の弾丸”とその派生技を乱用することで勝ち抜いてきた。しかし、どのような経緯があったかは知らないが、目の前にいる会長も“不可視の弾丸”を使用できるらしい。
つまり。
もし会長がアギルメスタ杯の試合動画を見ていたのなら、今回の戦法如何で『中条聖夜=T・メイカー』の図式が成立してしまうことになる。
いや。
そこまで深く考える必要は無いのか?
それならば、こっちだって「試合動画を見て参考にしました」で通る。
なにより。
「どうした、中条君。来ないのかい?」
無系統魔法の使用はともかく、他を出し惜しみした状態でこの男に勝てるとは思えない。
「来ないなら、こちらから行くよ」
前髪を弄りながら、会長は無詠唱で魔法球の群れを発現した。その数は100を超えている。無詠唱でこの数なのだ。
ならば。
呪文詠唱を用いたら、この男の魔法はどれほどのものになるというのか。
そこまで考えが至った瞬間。
背筋を、痛烈な悪寒が走り抜けた。
会長から魔法球が一斉に射出される。
同時に地面を蹴った。ウリウムを用いた砲撃戦で決着がつかないことはもう分かっている。不慣れな戦闘スタイルで挑んでもジリ貧になるだけだ。
降り注ぐ弾幕を掻い潜り、会長との距離を詰めていく。ただの魔法球だけじゃない。時折、こちらの不意を突くタイミングで『誘導弾』が混ざっており、死角から俺を射抜こうとしてくる。それらも隙を見せぬよう最小限の動きのみで躱し、会長へと迫る。
「魔法にも性格の悪さが出てますよ、会長」
「そうかい?」
会長の口元には笑み。接近されても迎撃できるという自信の表れだろう。
手の届く位置まで迫り、再び肉弾戦が始まる。
拳を放ち、ひじを打ち付け、回し蹴りを見舞う。
拳を受け流し、ひじを受け止め、回し蹴りを躱す。
強化系魔法を用いた肉弾戦は、完全に拮抗していた。
フェイクを交えてエンブレムを抜き取ろうとするが、先回りしてそれを阻止された。向こうも同じような状況だ。胸ポケットから揺れるチェーンには、お互い指先すら触れることができない。
「うーん。学生レベルとしては十分合格ラインなんだけど……」
会長の蹴りを腕で受け止める。勢いに負けて後方へ押し戻されることで、両者間の距離が空く。
「俺から“1番手”を奪うには、まだ足りないかなぁ」
不敵な笑みでそう言う会長へ、俺はこう返した。
「いいんですか、何も対処しないで」
「なに?」
「“不可視の連鎖爆撃”」
会長の全身で、不可視の衝撃が炸裂した。それも1発や2発ではない。それこそ、たった今、俺と会長が組み合わせた手数だけの衝撃が、会長の身体で炸裂していた。
「ぐっ!?」
衝撃が衝撃を呼び、次々と会長の身体で炸裂していく。その威力に負けて、会長がよろよろと後退した。
この決闘において、初めて会長に有効打が入ったと確信する。
1発の威力がそれほど高くなくても、数を打ち込めば突破できるという力技がうまく作用した結果だ。
これは以前、選抜試験の時に見せられた片桐の『雷花』、そして魔法世界で浅草唯に見せられた『群青雷花』の技法を参考にした、“不可視の弾丸”の応用。生成、圧縮、放出までのプロセスを踏んだ魔力の爆弾を、対象者にセット。時間差で解放して攻撃する技法だ。
いくら圧縮させているとはいえ、他人の魔力が自分の身体に付着していれば普通は気付く。しかし今回の場合は、肉弾戦で息つく暇も無く互いの身体が接触しているような状態だった。これならば、自分の身体に相手側の魔力残滓が付着していても疑問に思われることはない。
よろめいた会長の隙を逃すほど、俺はお人好しじゃない。
すぐさま距離を詰めて拳を握る。それに反応した会長は流石と言えるが、咄嗟の反応で発現する魔法程度なら、この技法の敵にはならない。
「“不可視の鉄槌”!!」
俺の“不可視の弾丸”を纏った拳が会長の頬へと突き刺さり、轟音と共に会長を吹き飛ばした。
★
最初につっかかってきた奴が、自分の何が気に食わなかったのかなんて、もう憶えていなかった。
身長が周りの奴らより高かったからか。
いつもかったるそうにしていたからか。
あるいは。
髪を伸ばしていたからだったのか。
『ってぇ……』
青痣になったかな、と思いながら大和は自らの頬に触れる。夕日に照らされて燃えるような紅色となった河原に、大和は大の字になって寝ころんだ。想像以上に熱くなっていた身体を冷やすように、ゆっくりと息を吐き出していく。紅色に染まった空には、雲が穏やかに浮かんでいた。
それは、もうこの1年で見慣れてしまった光景だった。
大和の自宅から中学校までは徒歩で10分ちょっと。この河原は通学路からやや逸れた場所にある。ここは大和のお気に入りの場所だった。
1年前までは、良い意味で。
この1年では、悪い意味で。
最初は、ここから眺める河原の風景が好きだったから通っていた。
朝日を反射する柔らかな水面が。
夕日を吸い込み哀愁漂うそよ風が。
偶に通りかかる犬の散歩をするおじいさんが。
買い物かごを抱えてスーパーに走るおばさんが。
その穏やかな光景の全てが、大和は好きだった。
最近では、その光景に身を委ねて心を落ち着かせることが少なくなってきた。
最初に絡んできた奴を文字通り叩き潰してから早一年。そいつは悪いグループと繋がりがあったのか、大和はガラの悪い奴らから、しょっちゅう絡まれるようになった。初めの頃は同年代、撃退していくのが日常化し始めた頃に、高校生くらいの年上が絡んでくるようになり、大和のケガは増した。1対複数、それも年上を相手にそれでも負けない辺りが流石は大和と言ったところだが、それでもケガをすることは多くなった。
『あー、いてぇ』
独り言のように、ぽつりと呟く。
口内は鉄のような味がした。
景色を見るためだけに、この河原へ足を運んでいた頃が懐かしかった。今では、つっかかってくる相手を撃退するための決闘場に成り下がっている。
それが大和にとっては、とても悲しいことに感じられた。
そんな中学3年にしては、なかなかにませている哀愁に身を浸していた時だった。
『派手にやっていたね』
その声は、大和の視界の外、彼の頭上から降ってきた。
『あん?』
身を起こし、声の発信源へと振り返る。
そこに立っていたのは。
地毛とは思えぬ銀色のくせ毛を弄りながらこちらを見下ろす、1人の少年だった。
☆
追撃は仕掛けなかった。
数m単位で吹き飛ばされた会長が、ゆっくりと起き上がる。
殴り飛ばした感覚で分かっていた。
会長は、あの一撃に合わせて強化魔法に利用している魔力を頬へと集中させていた。
まさかあのタイミングで強化魔法に割いていた魔力を頬に集中させて威力を落とそうとしてくるとは。おかげで有効打にはなったが、致命的な一撃とまではいかなかったはずだ。会長を見る限り、軽い脳震盪すら起こした気配が無い。
「……面白いね」
僅かに切れた唇から垂れる血を拭い、会長は笑う。
「“不可視の弾丸”をそのようにして使ってくるとは。以前、俺に向けて使ってきた時も、こちらの想定以上の射程距離を実現させていたし、君のような子にはこの技法が扱いやすいのかもしれないね」
「……君のような子?」
「魔力が馬鹿みたいに多くて、おまけに魔力制御がうまい奴ってことさ。まったくメリーも余計なことをしてくれたものだ」
会長にしては似合わない吐き捨てるような物言いだった。『メリー』という固有名詞に聞き覚えは無いが、何となく思い当たる節はある。
『この技法は、昔滅んだとある一族が愛用していた秘匿魔法』
頭の中に、1人の女性が思い浮かぶ。
『向こうは私がこの技法を使える事を知っているし、私が貴方と接点を持った事も知ってる。飛び道具を持たぬ貴方に私が教えるであろう事は向こうも当然推測できるわ』
直接言われたわけではなくても、それとなく匂わせる発言はいくらでもあった。
だから。
「メリーっていうのは、シスター・メリッサのことですよね」
「そうだよ」
呆気なく会長は肯定する。
「シスターは、この技法のことを『昔滅んだとある一族が愛用していた秘匿魔法』と称していました」
「なるほど。それはまた面白い表現をしたものだ」
会長は、特に隠す素振りも無くそう口にした。否定でも肯定でもない。どう解釈すれば良いのかが分からなかった。
「正直、この技法を君には教えて欲しくはなかった。それが本音だよ」
癖のある銀髪を掻き毟りながら、会長が言った。
続けて。
「流石に、世界規模で放映される大会で堂々とこの技法を披露するとは思っていなかったけど」
会長は、そう言った。
心臓が一際大きく鼓動する。
「……え?」
思考が停止していた。
え?
今、この男はなんて言った?
「気付いていないとでも思ったのかい?」
心臓が早鐘を打つ。
世界規模で放映される大会。
そんなもの、つい最近ではアギルメスタ杯しか思い浮かばない。
バレてた?
まさか。
冗談だろ?
カマをかけてるだけだ。
でも。
仮に。
仮に本当だとすると。
俺が『黄金色の旋律』だということもバレているということに――。
俺の動揺を余所に会長は言う。
「強化系魔法に秀でた戦法、独特の立ち回り方、呪文詠唱を一切せず、そして極めつけは」
一拍、間を置いた後。
「消えたように見える移動術。すなわち、転移魔法」
……。
頭の中が真っ白になったかのようだった。
酸欠のように口を開いて閉じることしかできない。
「あぁ、ちなみに」
答えない俺を会長は値踏みしつつ。
「カマをかけたのは今だよ? 否定しなかったね、転移魔法」
そう口にした。
「っ」
言葉に詰まる。
会長が目を細めた。
「と、いうわけで」
話しながら口角を歪める。
「今の反論が無いということで確信に至ったわけだ。言うまでもないかもしれないけれど、本命は最後ね」
……。
やられた。
完全にこの男のペースに乗せられた。
《うっわあ……、なによこの男。ここまで来ちゃうと流石にドン引きだわ》
言葉通り、ウリウムが本気でドン引きしている。
「ははは、そう怖い顔をしないでくれよ。こっちとしては、ただ答え合わせをしたかっただけさ。鏡花水月を『約束の泉』から運ぶ際に、君は俺の前で無系統魔法を使って見せただろう?」
「一攫千金との戦いを盗み見していた人の台詞じゃありませんね」
こっちから見せびらかしたような言い方をされるのは心外だ。
会長は俺の言葉を否定しなかった。
「そして何より、君がリナリー・エヴァンスと繋がりがあることは、以前から知っている。情報源は姫百合美麗、あとはまぁ……、メリーかな」
……あの2人か。
シスター・メリッサはともかく、美麗さんが口を割るとは思っていなかった。ただ、先日の態度から見ても、姫百合家が俺や『黄金色の旋律』に対して敵対感情を持っているとは考えにくい。あの人にはあの人なりの考えがあったのだろうが……。
「あの2人を責めるのは筋違いだと思うよ」
会長は、あくまで軽い調子で言う。
「なにせ、君を生徒会に入れるためだ。素性も分からない輩を、俺が紫のいる生徒会に入れるはずがないだろう?」
……。
その言葉に、引っ掛かりを覚えた。
そんな俺の様子を、冷めた視線で観察していた会長が口角を歪める。
「それが今日、君を呼び出した2つめの理由になるわけだ。さて……」
手のひらを俺に差し出すようにして。
「決闘を再開しようか、中条君。男の積もる話なんてのは、拳で語り合った後に限るだろう?」
その言い回しはまるで大和さんのようだ。
俺は、構えを取りながらそう思った。
次回の更新予定日は、11月27日(金)です。