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第9話 “青藍の1番手”御堂縁vs“青藍の2番手”中条聖夜 ①




 会長の手から、『First』と刻まれたエンブレムが放り出される。それは緩やかな弧を描いた後に、俺と会長が立つほぼ中間の位置に重い音を立てて転がった。


「ルールは簡単だ」


 それを目で追っていた俺へ、会長が言う。


「現“1番手(ファースト)”である俺から、『First』を奪えたら君の勝ちだ。逆に、君が『Second』を奪われたら俺の勝ち。本当は戦闘不能になるまでとかの方が雰囲気出るんだろうけどさ、俺と中条君がそれやっちゃうとどちらか死にそうなんだよね。ははっ」


 ははっ、じゃねえ。


「鈴音は手を出さない。あくまでもこの試合の立会人だからね」


 書面を紐で縛り直していた蔵屋敷先輩は、目を閉じて首肯した。


「学園側も、鈴音という立会人を間に挟むことを条件に、今回の決闘の許可を出してくれたんだ。中条君、それで構わないかな」


「……構いませんよ」


 会長が『ユグドラシル』に関わったことがあるのなら、行動を共にしている蔵屋敷先輩だって何らかの事情を知っている可能性は高い。どうせ情報を聞き出すなら情報源は多いに越したことはない。


「それよりも、先に聞いておきたいことがあるんですが」


「なんだろう?」


「俺が勝ったら、何をしてくれるんですかね」


「ん?」




「『貴方の試験に乗るメリットは何ですかって聞いてるんです』が」




 その言葉に、会長が目を細めた。


「中条さん、今の縁の話を聞いていまして? 縁は」


「いいよ、鈴音。いい」


 蔵屋敷先輩を手で制しながら、会長は笑う。


「そうだね。君はそうこなくちゃいけない。この決闘は俺の我が儘によるものだ。しまったな。さっきのは失言だったか」


 口にする内容の割に、会長は嬉しそうだった。


『これは俺個人の考えなんだけどね。せめて“1番手(こいつ)”くらいはそうあってほしくないわけだ。“青藍の1番手”。この学園最強の証明。それが実力で手に入れたものじゃなく、お古で回ってきただけだなんて、示しがつかないと思わないかい? 同じ制度を用いている、他の2校に対してさ』


 そう。

 会長はそう言ったのだ。

 この決闘は、会長が思い描く理想の形で“1番手(ファースト)”が移ることを目的としている。俺に“1番手(ファースト)”への興味が無ければ、この決闘は成立しない。


「“1番手(ファースト)”の称号を得たところで、それは君のメリットにはならない」


「メリットにならないとまでは言いませんが、決闘を受ける意味は無いですね。だって、会長が卒業したら勝手に俺の手元に来るんですから」


 俺は現“2番手(セカンド)”。この学園で2番目に強い称号を持っている。1番がいなくなれば、その地位は自動的に俺のものだ。


「君を正式に生徒会役員にするかどうかで揉めていた時の台詞だったかな、それは。懐かしいね」


 副会長の厚意で生徒会に身を置かせてもらうことになった矢先に、目の前の男から横やりを入れられたのだ。正直、「ここで罷免にしようか」と言われた時にはぶっ飛ばしてやろうかと思ったものだ。あの時のささやかな仕返しにも、会長は笑みを浮かべたままこう返してくる。


「けど、意外だなぁ。君が好戦的な性格をしているのは知っていたけどね。分かっているかい? 君が口にしている内容は、『君が俺に勝つことを前提とした話』なんだよ」


「分かっていますよ。それを理解した上で、貴方に質問しています」


 俺の言葉に、会長の顔から一瞬だけ笑みが消えた。


「うん、いいね。ならば、こうしよう」


 再び笑みを浮かべ、会長は人差し指を立てて言う。




「君が勝ったら、“1番手(ファースト)”の称号と共に、俺へ1つだけ質問する権利をあげる」




「縁っ!!」


 蔵屋敷先輩から鋭い叱責が飛ぶが、会長は意に介した様子も無く続ける。


「俺は、君から受けたその質問に対して、嘘偽りなく答えよう」


「それがどんな内容の質問であってでもですか」


「それがどんな内容の質問であってでも、だ」


 視線が交錯する。

 続いて放たれる蔵屋敷先輩からの怒声を、会長は手のひら1つで払って見せた。


「どうだろう?」


 あくまでも、視線は俺の下へ。

 回答は、行動で提示してみせた。


 胸ポケットにしまっていたエンブレムを取り出し、前に放り出す。『Second』は、俺と会長の間で『First』とぶつかり合って動きを止めた。


「おや? 君まで倣わなくても良かったのに。ハンデのつもりだったんだよ」


「ハンデなんて必要無いですよ」


 重心を落とし、構えを取りながら答える。


「負けた時の言い訳に使って欲しくないですからね」


「言うね。好戦的なその目つきは変わらないけれど……」


 ゆっくりと片手を前に差し出しながら、会長は続ける。


「まるで別人と対峙しているようだ。憶えているかい? 以前、俺は君に言ったね。俺に勝つのはまだ早いって」


「そんなこともありましたね」


「君にそれを告げたのも、ほんの最近だったと記憶しているけれど……。それが間違いだったってことを、ここで証明してくれたまえ」


 会長はそう言って不敵に笑った。

 その笑顔を見て直感する。


 明日の会長選挙を迎えたところで、目の前にいる男が学園から消えるわけではない。


 そう。

 別に卒業するわけではないのだ。

 ただ単に、目の前の男が背負っている『会長』という肩書きが消えるだけ。


 それでも。

 この場でこの男を倒せなければ、この男は今後何も口にしてはくれないだろう。


 魔法世界で幾度となく経験した、あの空気が張り詰めるような感覚。

 空気が変わったのを敏感に察知したのか、蔵屋敷先輩は音も無く下がっていった。


 ここに来る前。

 会長について聞いて回っていた時の、皆の反応を思い出す。


『あの男を友達(ダチ)だと思ってた。けどな。あの男にとって、俺はそうじゃなかった』


『1つだけあったよね。会長の我が儘』


『御堂縁が、「ユグドラシル」の元メンバーで裏切者だって』


 1つだけ。

 1つだけ、質問する権利。




 ――――会長の真実を指す一手とは。




「はじめようか、中条君」


「はい」


 あまりにも素っ気の無い、短いやり取り。

 一瞬の静寂。


 そして。

 両者、同時に地を蹴った。


 開始の合図など無い。

 それでも、跳躍は同時だった。


 無詠唱での身体強化魔法の発現。

 両者間の距離など、それこそ一瞬でゼロになる。


 そして、その中央には――――。

 両者の存在価値を示す、エンブレム。







 聖夜と縁がそこへ到達したのは、ほぼ同時だった。

 両者共に、真っ先に手を伸ばす。


 聖夜は『Second』を。

 縁は『First』を。


 ルールが相手のエンブレムを奪った方が勝者とする以上、まずは自らの証を確保する。それが定石であると考える鈴音は、両者の一手は互いにそうであろうと疑っていなかった。


 しかし。


「むっ!?」


 縁の端正な眉が僅かに吊り上がる。鈴音の予想通り、まずは自らの証である『First』の刻まれたコインを手にした縁は、そのコインが引っ張っても微動だにしないことに僅かながら驚いた。その原因をすぐに察知した縁は、口角を歪めて呟く。


「手癖が悪いね」


 コインから繋がる金色のチェーン。そのチェーンを掴んで縁の行動を阻害しているのは、言うまでもなく聖夜である。聖夜が真っ先に手を伸ばした標的は、『First』。完全に縁と鈴音の裏を突く行動だった。


「格上と戦うなら当然でしょう」


 チェーンを握る手はそのままに、聖夜の片足が『Second』のコインを後方へと蹴り飛ばす。魔法実習ドームの床を滑るようにして転がっていくエンブレムには、2人とも見向きもしない。


「君が俺を格上だと思ってくれているとはね。光栄だよ」


「“1番手(ファースト)”と“2番手(セカンド)”ですよ。比べるまでもないと思いますが」


 無属性の全身強化魔法を、両者共に無詠唱で発現した。


「君の証が転がっていっちゃったけど」


「元・証でしょう?」


 顔を突き合わせ、互いに口角を吊り上げる。分かりやすい聖夜の挑発に、縁は敢えて乗った。全身強化魔法を発現した状態で綱引きをすれば、いくら頑丈に作られているエンブレムとはいえ耐えられるはずもない。


 縁は引っ張り合いになる前に、次の一手に出た。

 全身強化魔法を身に纏った魔法使いが行える、最適な戦闘術。


 すなわち、近接戦。


 縁がフェイクで放った左拳に、聖夜の意識が向く。縁は右ひざをほぼ予備動作なしで振り上げた。それが『First』を繋ぐチェーンを掴む聖夜の右ひじを打つ。


「うっ!?」


 聖夜の手がチェーンから離れた。素早く胸ポケットにエンブレムを押し込んだ縁が、追撃に回し蹴りを叩きこむ。それをひじでガードした聖夜が、縁との距離をさらに詰めた。数手に及ぶ拳のやり取りは、お互い1発として有効打にはならない。


「うん。良い動きだね。流石は強化系魔法を主軸としてここまで来ただけのことはある」


「その動きに普通についてくるあんたが何者なんだって話ですけどね!!」


 度重なる打撃音が魔法実習ドームに反芻する。

 だが、そのどれもが有効打にはならない。

 近接戦闘という分野だけにおいて言えば、両者の実力はほぼ拮抗していた。


 仕掛けられた足払いを避け、後方へと跳躍して距離を空けた縁は笑う。

 呪文詠唱ができない“出来損ないの魔法使い”。

 にも拘わらず、“1番手(ファースト)”である縁に、真っ向勝負を挑む魔法使い。


「なら、こういうのはどうだろう」


 両手を広げる縁の背後には、火属性が付加された10の魔法球。


 1つずつ、引き出しを開いていこう。

 縁は不敵な笑みを浮かべながらそう思った。







 魔法球の発現。

 攻撃特化の火属性。

 ただ、相手はあの性格の悪さに定評のある会長だ(俺談)。

 あれがただの魔法球というわけでもないだろう。


《ねー、マスター》


 ウリウムが俺にしか聞こえない声で俺を呼ぶ。


《そろそろあたしも手を出したいなー、とか思ってるんだけど。まさか男同士の戦いにケチつけるな、なんてつまんないこと言わないわよね?》


「言わねーよ」


 距離が空き、こちらの言葉が会長たちに聞こえないことを確信してウリウムに答えた。

 卑怯だろうがなんだろうが知ったことか。ウリウムが俺のMCなら、ウリウムの魔法は俺の魔法だ。どうだ、このジャイアン理論。


「俺の動きに合わせてうまくやってくれ。できるか?」


《もっちろん。このウリウムちゃんに任せておきなさいっての》


 俺の身体から魔力が吸い取られる感覚。

 直後。


「おっ!?」


 驚きの声は、会長の口から。

 会長が魔法球を射出させるよりも早く、ウリウムが発現した10発もの水の魔法球が、会長の背後で待機状態にあった魔法球全てを正確無比に打ち抜いていた。珍しく、会長の顔からいつもの余裕ぶった表情が完全に消えている。


「……中条君。君、魔法球も発現できたの?」


 うん。

 そういう感想を抱くのは当たり前だよね。

 今まで学園生活で一度も使ってなかったんだから。


 けど。


「なぜ、そんなに不思議そうな顔をするんですか、会長」


 今の俺にできる、精一杯の虚勢を張って。


「俺の力の底なんて、貴方に見せた覚えはないですよ」


 直後に、再び水属性の魔法球が射出された。

 当然、俺から。

 それを会長は無詠唱で発現した無属性の障壁魔法で防ぎ切る。


《……やるわね。あたしの魔法球を無詠唱の障壁で防ぐなんて》


「やるね、中条君。無詠唱でこの威力、この速度。大したものだ」


《お褒めに預かり光栄だわ。まさか、ウリウムの名を持つこのあたしが褒められるとはね》


「選抜試験の時も、文化祭の時も。まさか、まだ実力を隠しているとは思わなかったなぁ」


 何だろう。

 会長が喋っている対象は俺のはずなのに、この置いてきぼり感は。


 一方通行の会話のはずなのに、微妙に会話が成り立って聞こえる辺りが憎らしい。ウリウムもノリノリである。


「じゃあ、もう少しペースを上げていこうかな」


 新たな魔法球の発現。

 その数は――――。


「……これ、もう学生が一番を決めるってレベルの魔法戦じゃないっすよね」


「何をズレたことを……」


 100を超える魔法球を背後に展開した会長は、口角を歪めて言う。


「全身強化魔法を無詠唱で発現している時点で、そんな問いかけは既にナンセンスなものさ」


「確かに、そうですね」







 蔵屋敷鈴音は、目の前で繰り広げられている魔法戦に驚愕する他無かった。

 なぜなら、想定とはまったく違う展開になっているからである。


 縁と鈴音が当初話していた予定では、この戦いはあくまで聖夜の力量を見るものであり、更に具体的に言うならば『聖夜が強化系魔法を使うことで、どこまで縁の魔法を凌げるか』を見るものだった。

 しかし、目の前で展開されている魔法戦はどうだ。


 縁と聖夜。

 先ほど縁が魔法戦を一時中断して後退したことで、両者間の距離は開いた。


 そして以降、両者はその場から一歩も動いていないのだ。


 2人は魔法球を次から次へと発現することで、中距離の砲撃戦に徹している。縁は火を、聖夜は水を。属性優劣の観点から見て、攻撃特化とはいえ劣勢の立場にある縁がこの砲撃戦を拮抗させているところは流石と言わざるを得ない。しかし、実際に褒められるべきは聖夜だ。


 聖夜は呪文詠唱ができない。いわゆる“出来損ないの魔法使い”と呼ばれる魔法使いだ。鈴音はそれに対して安い同情を向けるような性格ではないが、それでも彼女なりに思うところはある。しかし今は「そんな感情すら不要である」と一笑に付された気持ちでいっぱいだった。「呪文詠唱はできないけど、だからどうしたの」くらいの砲撃戦である。もはや天蓋魔法で打ち合った方が魔力効率がいいと断言できるレベルの打ち合いだ。


「いやいやいや、まさかここまで……。花園や姫百合の跡継ぎとも懇意にしているようだし、君、無理して生徒会に入らなくても選抜試験でこのくらい暴れていたら、普通にクラス=A(クラスエー)に入れたんじゃないのかい」


 そう口にする縁の笑顔は僅かに引きつっている。


「さあ、どうなんでしょうね。この国の差別意識は根強いですから。ただ……、どちらにせよ、そういった手法はとらなかったでしょうね」


「なぜ」


「あいつらに……、自分たちの権力を学園で振るわせるのは、俺の本意ではありません」


「へぇ……」


 聖夜からの言葉に、縁が目を細める。


「男だね」


「安い賞賛は間に合ってます」


「そうかい」


 もう何百回目になるか分からない衝撃音が魔法実習ドームに鳴り響いたところで、縁は魔法球の発現を止めた。少し遅れてウリウムの魔法も止まる。自らへと迫る魔法球の雨を最小限の動きで回避した縁は、両手を広げながらこう口にした。


「それじゃあ、次と行こうか」


 聖夜は行動でそれに答えた。

 全身強化魔法を身に纏った状態で地面を蹴る。

 瞬く間に縁との距離を詰めようとして――――。


「うん。ああ言えば、そう来ると思っていたよ」


 突如出現した縁の魔法球が殺到した。







 遅延魔法か!!


 超高速で流れる光景を見て、そう直感した。

 あの魔法球の打ち合いの中でそんなことまでしていたとは。完全に一本取られた。流石は会長と言わざるを得ない。


《撃ち落とすからね、マスター》


 心強い声が俺の耳へと届く。直後に身体から魔力が吸い出される感覚。

 水属性の魔法球が発現した。その数は、会長が射出した数と同じ5つ。俺を即座に追い越して、会長の放った魔法球を迎撃する。

 しかし。


「ああ、うん。そうやって迎撃してくるよね」


 5発のうち2発が、ウリウムの放った魔法球を避けるような軌道を描く。

 これは。


「『誘導弾(リモールタ)』!?」


「ご明察」


 魔法球を射出した後も、ある程度のコントロールが行えることが利点の『誘導弾(リモールタ)』。5発全てをそれに合わせるのではなく、3発を囮として2発だけ混ぜてくるあたりが性格悪い!!


《粋な真似してくれるじゃない、この男!!》


 ウリウムが俺にしか聞こえない声で賞賛なのか罵声なのか分からない言葉を吐き捨てながら、新たな魔法球を発現する。会長の魔法球が俺へと接触する寸前のところで、魔法球同士が衝突した。


「ぐっ!?」


 目の前で炸裂した衝撃波に、一瞬だけ視界が鈍る。


「そのタイミングで迎撃を選択すると、視界が霞むよね」


「――っ」


 眼前へと迫った拳を、身体全体を捻ることで何とか躱した。


「そうそう。咄嗟の回避ってさ、余計な動作までしちゃうよね」


 その言葉に追撃を警戒し、無理な動作で身構えようとしたが、会長の真意は別にあった。俺と会長の距離が離れていく。離れていっているのは会長だ。

 その先にある物は――――。


「っ、逃がすか!!」


 咄嗟に伸ばした俺の手は、会長を掴むことなく空を切る。

 しかし。


《『激流の壁(バブリア)』!!》


 ウリウムが直接詠唱によって発現した水属性の障壁が、『Second』と刻まれたエンブレムと会長の間に展開され、会長が伸ばした手を弾いた。


《『激流の蔦(バブリアーラ)』!!》


 次いで発現された水属性の拘束魔法が、会長の四肢を繋ぎ止める。しかし、直接詠唱によって発現された魔法は、発現スピードが速い分、耐久力が無い。会長はいとも簡単に拘束魔法を引き千切り、障壁を叩き割って見せた。

 ただ、それだけの時間があれば十分。


「ふむ」


 会長への追撃ではなく、『Second』の回収を優先した俺を見て、会長が自らの顎を撫でる。その間に俺は、会長から距離を取ってエンブレムを胸ポケットに押し込んでいた。


《ちょっとマスター、こいつ何なのよ。これ本当に学生なの? 学生ってこんなにレベル高いの? 魔法世界でやり合った男並みに隙が無いんだけど》


 いえ、どう考えても目の前の男が異常なだけです。

 命の保証が無い戦いだっただけに、俺個人としては諸行無常(ショギョウムジョウ)との戦闘の方が神経をすり減らしていた印象が強いが、確かに会長の実力も異常だ。


 これでも俺は『魔法使いの証(ライセンス)』を取得してから、可憐の誘拐騒動に文化祭襲撃事件など、それなりに実戦経験を積んできたつもりだ。特に最近では、魔法世界でもっとも危険度が高いとされるアギルメスタ杯に参加し、その決勝まで勝ち進んでいたのだ。強化系魔法の扱い、そしてそれを利用した体術。トップレベルの魔法使い達とやり合うことで、それなりの自信もつけてきた。


 しかし。

 そんな俺の動きに、会長は平然とついてきているのだ。


「何をそんなに驚いているのかな」


 俺の内心を見透かしたかのような口調で、会長は言う。


「そんなに信じられないかい? “2番手(セカンド)”たる君の攻撃が、“1番手(ファースト)”たるこの俺に通じないことが」


「いえ……、そんなことはないですけど」


 字面だけ見るなら、何ら問題は無いことなのだ。“2番手(セカンド)”が“1番手(ファースト)”に勝てないことなんて当たり前だ。しかし、これはそういう問題ではない。


「んー」


 会長は自らの銀髪を指先で弄りながら、俺から視線を外す。


「ちょっと俺が思ったことを言ってみていいかな」


「……なんでしょう」


 会長は、「見当違いの発言だったら申し訳ないんだけど」と前置きをした上で。

 こう言った。




「君、ここ2,3日の間に魔法球とか打てるようになった?」




 あまりに的確過ぎる指摘に、心臓を握りつぶされたかのような衝撃が走った。


「……どうしてそのようなことを?」


 おそらく、違和感の無い返答ができた。会長が前置きをしていなかったらやばかったかもしれない。

 正確に言えば、『2,3日の間』という表現は間違っている。しかし、ウリウムを使用した戦闘はまだ2回目。『手に入れて間もない』という表現で考えるのなら、この問いはまさに的を射ているのだ。


「いや、何と言うかあまりにも魔法頼り戦法だと思ってね。まあ、強化系魔法も魔法頼りには変わりないんだけど」


 外していた視線が俺へと戻ってくる。


「『誘導弾』への対処の仕方についても、そう。俺が知っている以前までの君なら、あれは強化系魔法を利用して躱すか迎撃するかのどちらかだと思っていた。しかし、君は同じ魔法球で撃ち落とした。今までの君の戦法からすると、考えられない手段だった」


 そう語る会長の視線は、こちらの全てを見透かそうとするそれだった。


「力の底を見せた覚えはない、と伝えたはずですが」


「うん、聞いたね。けど、違和感を感じた原因は他にもあるんだよ」


 それは何か。

 そう聞くよりも早く、俺は地面を蹴った。

 ほんの一瞬前まで俺が立っていた場所に、不可視の衝撃が炸裂する。

 静まり返った魔法実習ドームに反響する衝撃音。

 これは――――。


「良く避けたね。まあ、君も使えるのだからそれも当然と言ったところか。で、……だ」


 会長は普段と同じ不敵な笑みを浮かべながら言った。


「“不可視の弾丸インビジブル・バレット”。中条君、君の決め手のひとつだったこれを、なんで使ってこないんだい?」

 次回の更新予定日は、11月20日(金)です。

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