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第6話 空回りと友情、絶叫から絶句、そして卒倒。




 休日明けの月曜日。

 花園や姫百合への対応を無事に終えつつ、師匠にこれまでの事情をすべて説明し終え、ようやく一区切りがついた気分になった。


 カーテンを開けてみれば、本日は快晴である。

 会長選挙までは後3日だ。

 手早く身支度を整えてから、机に置いていたウリウムへと手を伸ばす。


《それでは、いただきます》


 嫌に神妙な声で呟いたかと思ったら、途端に魔力を吸い出したのでうんざりした。


「お前、ちょっとは自家発電しろよ」


 光合成みたいな感じで。


《それができれば苦労はしないのよ。なんなのこの国の魔力濃度は。よくこんな環境で生きていられるわね》


「人間は体内で魔力を生産できるからな」


 むしろ、魔法世界の魔力は濃すぎてびっくりだ。

 どの程度の量を生産できるのかについては個人差がある。魔法使いになれるかなれないかもその差だ。


《ねえねえマスター、魔法世界に移住する予定とかない?》


「ない」


 端的にそれだけ答えてから、ウリウムを腕へと装着した。







 生徒会選挙を3日前に控えているからといって、特にすることなど無い。

 前日は会場の準備やらで忙しそうだが、立候補している副会長以外は正直なところのんびりしたものだ。副会長だって対抗馬がいないのだし、その人柄ゆえに支持率だって悪くない。あまり深刻になる必要もないと思うのだが……。


「お疲れ様、でー、……す」


 放課後。

 ほぼ機械的に生徒会館へと足を運んだ俺は、締め切り直前まで追い込まれて修羅と化した漫画家状態に陥っている副会長を目撃した。

 語尾が弱くなってしまったのはそのせいである。


 触らぬ神に祟りなし。

 俺の後ろについてきていたエマと美月が、さっそく花宮の下で書類整理についてレクチャーを受け始めていたので、俺もそちらへ便乗することにした。


 が。


「中条君」


 がっしりと肩を掴まれる。

 その表情は、どう見ても暗黒面へと堕ちている顔だった。クラスで見た時はいつも通りだと思っていたんだが……。


「ちょっと演説文で相談したいところがあるんだけど」


 目が血走っている。

 俺と副会長のクラスは一緒だ。つまり、授業が終わる時間も一緒。生徒会館まで急いで来たつもりもないが、寄り道をしていたわけでもない。

 この短い時間の間に何があった。


「お、俺が相談に乗れるところなら」


「ここの文章なんだけど」


 がさっと手にしていた1枚の紙を目の前に突き付けられる。副会長が指さす部分を目で追う。


 ……。

 正直、何が悪いのかさっぱり分からない。


「どこが問題なんだ?」


「『考えています』が連続していると不自然じゃない? でも『思っています』だと弱く聞こえるし……。『感じています』とか入れた方がいいかしら」


 割とどうでもいい語尾に関する問題だった。


「ま、まあ連続してたら不自然かもな。2つめの文章で、『また、〇〇すべきとも感じています』とかにすればいいんじゃないか?」


 落ち着いて考えれば誰でも思いつきそうな代案だったのに、あたかも天啓がひらめいたかのような表情をされた。


「な、中条君っ!! 貴方天才だわ!!」


 どたどたと音を立てて定位置に戻った副会長が、ガリガリと凄まじい音を立てながら新たな文章を鉛筆で書き殴っている。

 これはいけない負のスパイラルに陥っている。

 間違いない。


 同じ会議室の席に着いていながらも、懸命に存在感を消そうとしている片桐へと目を向けた。露骨に視線を逸らされる。


「ふ、副会長の演説、成功するといいですね」


「ならお前も努力しろ」


 普通通りに過ごしていれば何の問題も無く終わるものだと思っていた会長選挙だが、もしかすると波乱があるかもしれない。

 敵は身内(副会長本人)に有りだ。







 会長選挙2日前。

 副会長は栄養ドリンクの空き瓶を口に咥えながら登校してきた。この時点でも既に今どきの女子高生とは思えない登場の仕方だが、変化はその容姿にも表れていた。

 なめらかなウェーブがかかっていたはずの綺麗な銀髪はいまいちまとまっておらず、ところどころで寝癖のように枝毛が生えまくっている。目は赤くクマもできていた。心なしか頬も痩せこけて見える。

 完全に暗黒面に堕ちきってしまったらしい。

 ちゅぽんという湿り気のある音を立てつつドリンクの空き瓶を口から引っこ抜いた副会長は、満身創痍な風貌からは想像できないほど優雅な仕草で自らの席へと移動する。


「あら、中条君。ごきげんよう」


「ご、ごきげんよう?」


 なんだそのセレブリティな挨拶は。

 アルティメットスマイルを浮かべた副会長は、空き瓶を机に置きつつ席へと着く。


 瞬間。

 ごちん、という鈍い音を立てて机へと突っ伏した。


「お、おい!?」


「な、中条さん」


 慌てて副会長へと駆け寄ろうとしたら、開きっぱなしだった教室の扉にもたれ掛かるようにして立っていた片桐に声を掛けられる。


「副会長は大丈夫です。寝ているだけです。昨日は徹夜だったそうですから」


「徹夜ぁ?」


 何してんだよ副会長。


「それより、ちょっとご相談が……」


 片桐がちょいちょいと手招きしてくる。


「副会長は大丈夫です。いや、大丈夫か大丈夫じゃないかと言ったら大丈夫じゃないです。でも、今は大丈夫……、いえ、大丈夫じゃないのでちょっとご相談が……」


 こいつもこいつでおかしくなっていた。







「原稿全部シュレッダーしたぁぁぁぁ!?」


 晴天の下、新館屋上で思わず大声を上げてしまった。


「そうなのです……」


 驚愕の事実を口にした片桐は、見るからにやつれている。

 俺が帰った後に何があったんだ。


「突然奇声を上げたかと思ったら、いきなり原稿の束を次々とシュレッダーに……」


「あ、そこは束ごと全部一気にじゃないんだ」


「はい。奇声を上げながらも丁寧に1枚ずつ挿入されてました」


 なるほど。紙詰まり防止か。そこは副会長らしい。

 ……いやいやいや。


「止めろよ、お前」


 確か、副会長は紛失した時の為に同じ原稿を複数用意していたはずだ。それを1枚ずつ挿入とか、どれだけ止める機会があったんだよって話だ。


「そ、そうなのですが……。こちらもいきなりのことでしたので何がなんだか……」


 おろおろしている間に全てが粉々になっていたということか。


「パソコンは」


「はい?」


「パソコンのデータはどうなってんだよ。会議室のパソコンで印刷した奴だろう、あの原稿は」


 目の前の片桐がこんな形でこの話を持ってきた以上、期待できないだろうが……。


「すべて消去されています。デスクトップにあるゴミ箱まで空っぽです」


「止めろよ、お前」


 お前は何のために生徒会館にいたんだ。


「し、しかも副会長が管理するパソコンのフォーマットまで」


「止めろよお前!!」


 全てが水泡に帰してんじゃねーか!! 他のデータも粉々だよ!!


「わ、私だって身体を張って止めたんです!!」


 片桐にしては珍しく涙目になって叫んだ。


「で、ですが、副会長は私の制止を振り切って……っ!!」


 よく見てみれば、片桐にもクマができていた。こいつはこいつで責任を感じていたのだろう。


「片桐、お前……」


「ですが!! あの方はこう言ったんです!! 『私の文才はこんなものじゃない!! 既存の原稿が身近にあっては新たなインスピレーションに期待できない!!』って!!」


「……どこの文豪だよあいつ」


 つっこみどころが多すぎて、もはや呻くことしかできない。

 あと2日なんだぞ。分かってんのか。


「で? 当然、その新たなインスピレーションとやらで新しい原稿を作ってるんだろうな」


「副会長は、最終下校時刻までパソコンに向かい、寮棟へと帰宅されてからも徹夜で文案を作成していたようです。先ほど、進捗状況確認のため、私の端末に文章データを送信してもらいました」


 涙を拭いながら、震える声で片桐は携帯電話の画面をこちらへと向けてくる。これまでのやり取りから察するに、見ても良いことなんて絶対にない。現に、俺の脳裏では「見るな見るな絶対に見るな!!」という声が反芻していた。


 しかし、ここまで来てみないわけにはいくまい。

 決死の覚悟で画面を見る。

 そこにはこうあった。


『こんにちは。現副会長の御堂紫です。←元気よく』


「冒頭だけじゃねーか!!」


 文才はどこへ行った文才は!!


「馬鹿にしてんのかあいつは!! あと2日なんだぞ!!」


 行き場の無い憤りに身を任せて怒鳴り散らす。


「お願いします!! 助けてください!!」


「助ける助けない以前の問題だよ!!」


 ここからどう文章を派生させていくかなんて本人にしか分からねーよ!! 何が『←元気よく』だ『←元気よく』じゃねー!!


「う、裏切るんですか!? 私たちは仲間じゃないですか!!」


「だからなに!? だからなんなわけ!? この場で友情確かめてどうすんだこのアホ!! なんで原稿抹消という暴挙をその友情パワーで止めねーんだよお前は!!」


 あと2日しかないんだぞ!! 原稿もクソも無い状態で壇上に上がってみろ!! 生徒会吊るし上げられるぞ!!

 決死の表情でしがみついてくる片桐を引き剥がす。睡眠不足なのか徹夜なのかは知らないが、完全にテンションがおかしくなっている。普段のこいつからは想像できないこの言動からも、こいつが相当混乱しているのがよく分かった。


「お、おみくじの時もそうだったんです!! あの方は一度決めると絶対に自分を曲げないんです!!」


「おみくじ!? おみくじってなんだよ!! くっ、そんなことはどうでもいい!! とにかく今必要なのはそんなことじゃない!! 2日だ!! 2日しかないんだ!! 何とか書かせるしかない!! 副会長はなんて言ってるんだ!?」


「登校している最中に聞いた話では『スランプだ』と!!」


「文豪ぉぉぉぉ!!」


 絶叫していて気付いた。

 俺も相当混乱している。

 落ち着け。落ち着くんだ。


「……どっちだ。どっちがいい」


「どっちってどっちですか」


「副会長に無理やりにでも書かせるか、シュレッダーの機材から粉々になった原稿の欠片を拾い集めてパズル大会を開催するかだ」


「うちの生徒会館に置いてあるシュレッダーは細長くなるタイプじゃないです!! 文字通り粉々になるタイプですよ!?」


「そんなこと知ってるよ!!」


 会長の原稿をシュレッダーにぶち込んだことあるからね俺は!!







 教室に戻ると、副会長は既に起きていた。

 但し。


「あはは、はははは、はは……。私のよーな人間じゃー、人様の前で発表できるような文章なんて思いつかないのよ。だって脳みそミジンコくらいしかないんだもん。あー、そんなこと言っちゃうとミジンコがかわいそーかぁ。あははははは」


 完全にテンションが底辺を割っていた。

 躁鬱の激しい奴である。才能の有無は知らないが、原稿を処分する前にその状態でいてくれれば、こんなことにはならなかったというのに。


「ちょっと聖夜」


 腕を引かれる。副会長の現状を見かねたのか、舞がしかめっ面をしていた。


「なんなのよ、この状況は。花宮さんに聞いてもぷるぷるしてるだけだし」


「俺が聞きてーんだよそんなことは」


 とんだ急展開だ。

 エマも美月も首を傾げるばかりである。


「今日、貴方を昼食に誘おうと思ってたんだけど。可憐や咲夜ちゃんも一緒に」


「あー……」


 後ろから大人しくついてきていた片桐に目を向けた後、すぐに舞へと戻す。


「悪いな。ちょっと生徒会の方が立て込んでるんだ」


 昼休みは出張所に副会長を引き摺っていき、そこで原稿を考えさせるつもりだった。そこでの進捗状況次第で今後の方針が決まる。新たな原稿を死に物狂いで完成させるか、粉々になった旧原稿のパズル大会を開催するかだ。

 流石にこの状態の生徒会を放ってはおけない。

 副会長がこんなに浮き沈みの激しい奴だとは思わなかった。


「りょーかい。まあ、頑張りなさいよ」


「悪いな」


 ちょうどそのタイミングでチャイムが鳴った。







 放課後。

 俺と片桐は、魔法を使用しない状態での全力疾走を以って生徒会館へと向かっていた。


 目的はただ1つ。

 生徒会館会議室で稼働しているシュレッダーの中身の回収である。


「全然駄目だったじゃねーか!!」


 昼休みにパソコンへと向かわせたのはいいものの、結局一文たりとも進まなかったのである。パソコンを前にするなり「うんうん」唸り出した時には病気を疑ったほどだ。


「実は、あの方は少々真面目すぎるきらいがあるのです!! 今回の件はそれが災いしたとしか言いようがありません!!」


「なんか『意外でしょうが』って感じの口振りに聞こえるが全然意外じゃねーよ!!」


 会話している間もスピードは緩めない。2段飛ばしで階段を駆け上がる。噴水のある踊り場で教会から1人のシスターがこちらに手を振ってきたような気もしたが無視した。再び階段を2段飛ばしで駆け上がる。


「どうするおつもりですか!!」


「分かってんだろ!! もう1つしか手はねーよ!!」


 すなわち、気も遠くなるようなパズル大会の開催である。同じ原稿が複数枚投入されたシュレッダーから、合計2~3ページに及ぶ原稿1セットを組み上げるのは困難を極めるに違いない。時間はほとんど残されていないのだ。

 もはや放心状態となっている副会長の引率は花宮に任せ、俺と片桐が猛ダッシュでパズルのピースを確保する。エマと美月もそのうち来てくれるだろう。


「普段はこのような軽率な行動を取るような方ではないのですがっ!!」


「知ってるよ!!」


 副会長を擁護するような言葉を口にする片桐に怒鳴り返す。

 普段は明るく振る舞っている副会長にだって、思い悩むことはあるのだろう。なにせ、現会長があの超ハイスペックな会長なのだ。性格に難があるものの、その武勇伝は数知れず。学園生だけでなく教員からの信頼も厚い。その後釜として据えられる新会長なのだ。当然比較されるに決まっている。おまけに会長と副会長は兄妹ときた。必要以上に意識してしまうのも仕方が無いと言える。


 そんなことを考えていた時だった。


「聖夜ぁぁぁぁ!!」


 遥か階下から、声。

 振り返ってみて驚いた。


「舞!? それに……っ!!」


 エマ、美月、可憐、そして舞に背負われる形で咲夜までいた。なにより、こちらを追いかけてくるスピードが尋常じゃない。エマや美月は5段飛ばし、可憐はぎこちない動きをしているがそれでも3段飛ばし、咲夜を背負っている舞に至っては、100段近くあった俺たちとの差を僅か2歩でゼロにした。


「こ、校内での魔法使用はっ!!」


「緊急事態っ!!」


 片桐の苦言を舞は一言で両断する。


「鑑華とホワイトから事情は聞いたわ!! 力になるわよ!!」


「わ、私も頑張りますっ!!」


 舞の後ろで咲夜も声を張り上げた。すぐに後続組も追いついてくる。


「聖夜様!! ようやく追いつけました!!」


「ごめんね!! 聖夜君に片桐さん、勝手なことして!! でも、人手は多い方がいいでしょう!?」


 エマと美月によると、こうである。

 昼休みに昼飯も食べずに副会長を出張所へと連行していった俺たちを見て、エマと美月が副会長の現状を花宮から聞き出した。昨日は俺より遅くまで残っていた2人だから、シュレッダー事件の顛末は目にしていたが、ここまで悲惨な状況とは思っていなかったらしい。放課後、花宮に副会長(抜け殻)を押し付けて生徒会館へと向かった俺たちの目的を察し、舞や可憐へ助力を要請。ついでにその2人と帰宅予定だった咲夜にも話が回り、馳せ参じてくれたのだという。


「み、みなさんっ!!」


 片桐が感極まって目を潤ませる。こいつはこいつで相当状況に酔っていた。ぶっちゃけ第三者から見れば完全な茶番にしか見えないだろう。だが、俺も当事者の1人なのだ。「こ、これが友情か!!」くらいには感動していた。どっちもどっちである。


「ありがとう!! 行こう!!」


 身体強化魔法を発現する。隣では片桐も発現させていた。ここで校則云々を片桐に言って聞かせるのは無粋であろう。俺にしか聞こえない声で『属性共調使っとく? 早いわよー。地形が若干変わるかもしれないけど』と冗談なのか本気なのか分からない馬鹿な提案を持ち出してきた奴もいるが華麗にスルーする。


 今なら、どんな困難だって乗り越えられるような気がした。







 生徒会館会議室には、既に先客がいた。


「中条君に沙耶ちゃんじゃないか。そんなに息を切らせてどうしたんだい? おや、なんだいなんだい。そんな人数を引き連れて」


「あらあらあら、まあまあまあ」


 会長と蔵屋敷先輩である。

 授業終了直後から全力疾走(しかも途中から魔法使用)してきたにも拘わらず、なぜこの2人の方が先に着いているのか。


 いや、問題なのはそんなことではない。

 俺たちの視線は、会長の手元に集中していた。


 会議室に響き渡る独特の裁断音。


 そう。

 会長は、鼻歌を歌いながら校内新聞の束をシュレッダーにかけていた。


「あぁ、これかい?」


 呆然としている俺たちの視線に気付いたのか、会長は朗らかな笑みを浮かべながら言う。


「昨日ちょっと倉庫を覗いてみたら見つけてさ。持っていても使うことなんてないだろうし、こうしてシュレッダーに――ばぶっ!?」


「間が悪いんだよてめぇは!!」


 会長をぶん殴ってシュレッダーに飛びついた。会長に俺の拳が通ったのは初めての経験だったが、そんな感慨に浸っている暇もない。すぐさま停止ボタンを押して中のゴミ袋を引っ張り出す。

 が。


「……マジか」


 そこには予想通りの光景が広がっていた。

 ゴミ袋いっぱいに細切れとなった紙屑の山が築かれている。ただでさえ副会長の原稿の再現には手間がかかると覚悟していたのに、不要な紙屑と原稿の欠片を見極めないといけないとなるとどれだけの労力を必要とするのだろうか。


「な、中条さん……」


「……なんだ」


 弱々しく声をかけてくる片桐に応える。


「あ、あれを見てください」


 指で差された方を見て絶句した。


 そこには。

 シュレッダーによって細切れになった紙屑をまとめたゴミ袋が、所狭しと敷き詰められていたのだ。







「はははははっ!!」


 会長にしては珍しく腹を抱えて笑っていた。

 会長は会議室中央に置かれているテーブルではなく、会長専用のデスクに腰かけている。いつものテーブルには俺を始めとした生徒会の面々である片桐、エマそして美月、来客として迎えられた舞、可憐、そして咲夜が座っている。


 皆、一同顔を赤くしていた。

 会長はその光景を見て面白そうに笑いながら、手元にあったノートパソコン本体を反転させて、画面をこちらへと向ける。その画面には、もう二度とお目にかかれないと思っていた旧原稿が映し出されていた。


「余計なお世話かもしれないが、勘違いしているようだから正しておくとだね。パソコンをフォーマットしたからといってデータ全てが消去されるわけじゃあないんだよ?」


「えっ? そうなのですか?」


 目に見えて不機嫌だったはずの片桐が、素で聞き返している。もちろん、心境としては俺も同じだ。それが手に取るようにして分かったのか、会長も心外そうな顔をする。


「パソコンに疎い沙耶ちゃんはともかく、中条君までそんな反応をするのは意外だなぁ」


 俺だって詳しいわけじゃない。おかげでとんだ道化を演じてしまった。


「まぁ、いいか。フォーマットで全消去とかフロッピーディスクの時代さ。フォーマットと一言で言っても『物理フォーマット』や『論理フォーマット』とあってだね……、いや、この辺りの詳細な説明は不要かな。ともあれ、だ。データの復元はしておいたよ」


 実に爽やかなこの一言である。

 ようはフォーマットしていてもデータの復旧自体は可能らしい。全てのデータを完全復旧とまでは言えないようだが、現段階では副会長の旧原稿さえあれば問題ないのだ。どのような手法を用いたのか後学のために聞いておきたい気もしたが、今は正直どうでもよかった。

 この人がハイスペックなのは今に分かったことじゃない。


「はぁーっ!! とんだ徒労だったってわけねー!!」


 舞が大げさに仰け反りながら言う。


「本当にすまん」


「申し訳ございません」


 俺と片桐は、有志で集まってくれた面々に頭を下げた。可憐と咲夜が慌て出し、舞は手をひらひらと振って見せた。


「ごめんごめん。意地悪な言い方だったわね。とにかく、無事に済んだのなら一安心よ」


「お待たせ致しましたわ」


 給仕室に引っ込んでいた蔵屋敷先輩が戻ってくる。お盆に載せられたティーカップからは湯気が上がっていた。


「あ、そ、それくらいは私がっ!!」


 慌てた様子で片桐が立ち上がり、蔵屋敷先輩のフォローに回る。俺もそれに倣い、会議室にはすぐに人数分の紅茶が用意された。


「ティーパックなので申し訳ありませんが」


「そんなことはありません。ありがとうございます」


 舞を始めとしてお嬢様方が口々に礼を言う。


「むしろ、先輩にこのようなことを」


 可憐が口にし始めた謝罪の言葉は、会長が手で制した。


「君たちはお客様だからね。気にしなくていいよ」


「そういうことですわ」


「それに、これは先行投資という意味合いもある」


「……どういうことでしょうか?」


 会長の思わせぶりな発言に、舞が怪訝な表情で問いかける。


「生徒会に入る気はないかな? 有志でここへ駆けつけてくる君たちには、その素質がたっぷりあると――」


「お待たせーっっっっ!!!!」


 会長の口上をぶったぎるが如く、会議室の扉が叩きつけられるようにして開いた。

 登場したのは我らが副会長である。


「みんな心配かけて本当にごめん!! そして心配してくれて本当にありがとう!! 不肖・御堂紫!! 復活しました!!」


 その言葉通り、爽やかな笑顔を浮かべている。


「もう大丈夫よ!! 前の原稿に書かれていた内容はちゃんと憶えているから!! 紙屑を寄せ合わせなくてもちゃんと再現できるわ!! 見て見て見て!! 今、携帯電話で打ち直してたんだけど、ここに来るまでの間で、原稿用紙の半分くらいは再現できたから!! あ、あれ? なんか人数多い?」


 ようやく舞たちがいることに気付いたのか、再現途中の画面をこちらへ見せつつも会議室をきょろきょろと見渡す副会長。とっても気まずい空気がその場を支配する。

 そこへ、困ったような表情を浮かべながら会長が声を掛けた。


「あー、紫。決意を新たにしたところ、水を差すようで悪いんだけどね」


 会長は、デスクに置かれたパソコンを手で叩く。

 その画面に表示された内容を確認した直後、副会長はその場で卒倒した。

 次回の更新予定日は、10月30日(金)です。

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