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第3話 呼び出し




「うわぁ~。噂には聞いてたけど凄いねぇ」


 山奥にひっそりと建つ生徒会館を見て、美月は月並みな感想を口にした。

 ただ、俺も一番最初にこの館を見た時はそんな感想だったと思う。白と黒を基調としたモダンな雰囲気な建物。かといって全てが洋風な造りになっているわけではない。所々に木材を用いた見事な和洋折衷の館だ。

 俺の隣にいるエマは何も言わない。この程度の屋敷は見慣れているということだろう。


「それじゃあどうぞ!! これからは貴方たちの家でもあるんだからね!!」


 にこにこ顔の副会長が先導し、中へと踏み入る。既に鍵は開いていたので、会長と蔵屋敷先輩は来ているらしい。


 扉の向こう側は広間になっている。天井には煌びやかなシャンデリア。魔法文化祭終了後にあった襲撃で内部はかなり破壊されてしまっていたはずだが、俺が魔法世界で色々やっているうちに修繕されていた。様々な絵画や甲冑で飾り立てる広間には、玄関口から正面の位置に2つの階段が曲線を描いて伸びている。曲線を描く2つの階段の行きつく先は一緒だ。左右から伸びる階段は、緩やかな弧を描きながら同じ2階へと到達する。


 向かう先である会議室は2階だ。

 副会長、片桐、花宮の後を俺たちも進む。美月は終始きょろきょろと、エマは特に興味を示すことなく淡々と、という対照な態度が印象的だった。







「まさか本当に1日で連れてくるとはねぇ。それも2人も」


「あらあらあら、まあまあまあ」


 俺たちが生徒会館の会議室に入室して、それを見た会長と蔵屋敷先輩の開口一番はそれだった。会長は美月を見て一瞬だけ目を細めたが、特に何かをしてくるわけでもない。美月は俺に預けるという口約はしっかり効いているらしい。


 良かった。最大の懸念は払拭されたわけだ。

 まあ、ここで何かしようとしても副会長や片桐が止めようとするだろうから問題は無いだろう。既に役員である俺たちとは違い、扉の外から様子を窺うだけだった美月とエマに副会長が声を掛けた。


「さあさあさあ、入って入って!!」


「お、お邪魔します」


「失礼致します」


 美月はペコペコしながら、エマは優雅に一礼してから入室し、言われるがまま席に着く。

 会長、蔵屋敷先輩、副会長、花宮、そして対面に俺、片桐、美月、エマの順だ。


「いやぁ、このテーブルがこんなに埋まるのなんて初めてなんじゃないかな?」


 ティーパックの紅茶を準備し始めた副会長と花宮を目で追いながら、会長はにこやかにそう言う。


「そうですわね。縁が入った頃はもう人数不足に悩まされていた頃でした」


 蔵屋敷先輩もどこか懐かしそうな眼をしながら答えた。


「そうですね。こんな男でも引き込まなければ、と考える程度には人数不足でした」


「おぉっと、相変わらずの鋭利さだね。沙耶ちゃん」


 おどけるようにして言う会長に、片桐が鼻を鳴らして応える。


「はいはい。せっかくの新人さんが来てるんだから、あまりそういう会話はしない」


 ティーカップに入った紅茶を配り終えた副会長が、注意しながら自分の席に着いた。花宮も遅れて席に着き、目の前のノートパソコンを起動する。


「さて」


 そのタイミングで会長が表情と口調を改めた。


「ようこそ。青藍魔法学園生徒会、その本部である生徒会館へ。遠路遥々ご苦労だったね。君たちが今後役員として活動していくのなら、毎度ここへ足を運ぶことになるわけだが……、まあ、立地が悪いのは目を瞑ってくれたまえ」


 美月とエマが頷くのを確認し、会長が続ける。


「まずは自己紹介からかな。現会長を務めている御堂縁だ。『番号持ち(ナンバー)』の“1番手(ファースト)”も名乗らせてもらっている。よろしく」


「蔵屋敷鈴音、と申します。生徒会では会計職を、『番号持ち(ナンバー)』の“3番手(サード)”です。縁共々、あと少しの間となりますが、よろしくお願いしますわ」


「次は私ね。副会長の御堂紫よ。紫って呼んでね。今度の会長選挙で会長職に立候補予定。どうぞよろしく!!」


「あ、あの……、花宮、愛です。その、しょ、書記です。よ、よろし、くお願いします」


「片桐沙耶です。庶務です。よろしくお願いします」


 こうして見てると自己紹介ってのも結構自分が出るよな。だからこその自己紹介なんだけど。必要無いとは思いつつも、俺も続くことにする。


「で、庶務2号の中条聖夜だ。『番号持ち(ナンバー)』の“2番手(セカンド)”。よろしく」


 エマと美月の2人も頭を下げる。


「エマ・ホワイトです。先日2年クラス=A(クラスエー)に編入してきました。右も左も分からぬ身ですが、一日でも早くお役に立てるよう努めます。よろしくお願い致します」


「か、鑑華美月です。えっと、聖夜君たちとはクラスメイトです。よろしくお願いします」


 美月の視線がちらちらと会長に向かっているのが少し気になった。会長や蔵屋敷先輩が『鏡花水月(キョウカスイゲツ)』としての美月を知っている、ということは教えていないはずなのだが。


「よろしく。それじゃあ、生徒会の仕事について軽く話しておこうかな。生徒会館の案内や、今後の会長選挙についても話しておかないといけないしね」


 ただ、美月の視線に気付いていないのか、はたまたわざと無視しているのかは不明だが、会長は特に言及することなく話を進める。


「……どうかされましたか」


 隣に座る片桐が若干顔を寄せつつ小声で聞いてくる。


「……いや、なんでもない」


 そういえば、こいつの立ち位置ってどうなんだろうな。会長と行動を共にしている蔵屋敷先輩の下についているくらいだから、ある程度の情報は持っているのか。もし、『鏡花水月(キョウカスイゲツ)』の件を知っているのだとすれば、美月やエマとも相談して、ある程度は話してもいいかもしれない。


 ……。

 それにしても、だ。

 なんでこんなことを平和なはずの学園生活で考えないといけないんだろうなぁ。

 ……平和じゃないからなんだろうなぁ。







 簡単な自己紹介はすぐに終了し、生徒会の役割や仕事について軽く説明があり、生徒会館の見学ツアーが開催された後、今日は解散となった。会長と蔵屋敷先輩は、副会長が会長選挙で演説する文案の添削をするという理由で、片桐は花宮の細々とした事務処理を手伝うという理由でそれぞれ残るらしく、俺は美月とエマを連れ出して一足先に帰らせてもらうことにする。


 本当は俺たちも手伝いに回るべきだろうが、2人には早急に話しておかなければいけないことができた。

 帰宅と言いつつ、生徒会出張所に2人を連れていく。内緒話をするなら、ここはもってこいの場所だ。『約束の泉』でもいいが、あそこは立地条件が悪すぎる。


「何か問題でもあったのですか?」


 焦りが表情に出ていたのだろう。

 扉を閉めるなり、エマが真剣な表情で聞いてくる。美月も同じような雰囲気だ。


「とりあえず、座ってくれ。エマ、防音の魔法は張れるか?」


 答えは結果で示された。


「先に断っておく。『黄金色の旋律』関連だ」


 防音の魔法が展開されたのを確認してから、改めて口を開く。2人の表情が更に引き締められた。


「ただ、別に師匠から無茶ぶりが来たわけでも、『ユグドラシル』側から何か仕掛けられたわけでもない。戦闘行為に発展する事象ではない。そこは安心してくれ」


 俺の言葉に、目に見えて美月から緊張が解ける。

 いや、言ってて思ったが、これって師匠からの無茶ぶりだったよな。


「実は……、あぁ、そうだそうだ。花園家、姫百合家については説明しなくても分かるよな?」


 俺の質問に2人が頷く。緊張が解けていたはずの美月が表情を強張らせた。


「花園さんと姫百合さんの家柄のことは知ってるよ? 日本五大名家『五光』って意味での質問だよね。それは分かるんだけど……。えっと、なんで前置きとしてその2人の家柄が出てくるのか教えて欲しいなぁ……、なんて」


「両家から呼び出しを受けているからだ」


 美月はとても遠い目をした。焦点が定まっていない。現実逃避でもしているのかもしれない。裸足で逃げ出さなかっただけまだマシか。


「聖夜様」


 美月の隣に座っていたエマが鋭い声を発する。


「ご命令下されば、すぐにでも消して参りますが」


「それはやめろマジでやめろ」


 冗談で言っている顔ではない。こちらがOKすればすぐにでも乗り込みそうな勢いだ。こいつ1人で落とせるはずもないが、こいつは俺が行けと命じたら本気で行くだろう。


「悪いようにはされないさ。エマを青藍に編入させるにあたって、相当な無茶をしてくれたらしいからな。その説明をしに行くだけだ」


 本当なら師匠に行ってもらいたかった。直接は無理でも電話なりメールなりでどうとでもできたはずだ。師匠と両家の当主はそれなりの親交があるようだし。

 しかし、その考えに対する師匠からの返信は冷酷なもので、『今ちょっと手が離せないから適当によろしく』というたった一文のみだったのだ。なんということでしょう。


「申し訳ありません。聖夜様にそこまでお手数をおかけしてしまうとは」


 エマが立ち上がり、深々と頭を下げてくる。ただ、その謝罪は見当違いもいいところだ。


「気にするな。お前が悪いわけじゃない。むしろ、こっちの我が儘で来てもらっているんだからな」


 ちょろっと説明するだけでこの状況が実現できるのなら、安い対価と言えるだろう。

 胃に穴が開くかもしれないが。

 そう。

 胃に穴が開くかもしれないが。

 とてつもないプレッシャーによって。


「そ、そんなお言葉を頂けるなんて……。お、王子様……」


 そんなことを考えていたら、頭を下げていたはずのエマが両手を頬にあてて恍惚の表情を浮かべていた。


「あぁ……、私のことをそのように、あぁ……、あぁ!!」


 くねくねと身体をくねらせながら勝手にトリップしている。年齢に似合わず立派に実った2つの果実が、エマ自らの腕でぐにゃりと形を変えていた。そんな魅惑的な様子から目を離しつつ、美月へと視線を向ける。


「そんなわけだ」


「そ、そんなわけって……。そんな軽いことなのかなぁ」


 軽く見せてるだけだっつの。

 俺だって今すぐ逃げ出したいわ。

 ただ、そんな臆病なところを見せるわけにはいかない。美月の心配性を悪化させるし、エマも暴走しかねないしな。


「元々面識のある2人だし、あまり心配しなくていい」


 そうだ。そのはずだ。そう必死に自分へと言い聞かせるんだ。


「……え? せ、聖夜君、花園家と姫百合家の当主と面識あるの!?」


「あれ、言ってなかったけ?」


「聞いてないよ!?」


「そうか。まあ、その辺りもそのうち話すよ」


 俺と花園家の関係については問題ないが、姫百合家との馴れ初めはどうするかね。可憐の誘拐騒動については守秘義務があるし。そこらへんはうまく誤魔化すか。

 美月は何とか自分の中で折り合いをつけたようで、若干引きつってはいるが笑みを浮かべた。


「そ、それで、いつ行くの?」


「明日だ」


「え?」


「明日だ」


 聞き返されたので2回言った。

 舞や可憐にいつなら都合が良いか聞いたところ、2人とも次の土日ならと言われたそうだ。


 今日は金曜日。

 それを踏まえたうえで、次の土日。

 つまりは明日と明後日である。


 心構えも準備もクソもない。

 ぶっつけ本番である。


「え、えっと。その……、が、頑張ってね」


 適当な反応が思い浮かばなかったのか、美月は月並みな台詞を口にした。


「頑張って、もなにも、お前も行くんだからな?」


 なぜそんな他人事なのか。

 むしろお前も頑張るんだよ。


「えっ?」


 えっ?

 美月の表情が凍っている。


「聖夜様、私も同行してよろしいのでしょうか?」


「あぁ。先方から、お前たち2人も同伴させろと言われているからな」


 この2人の話をした時に「ぜひ同伴させて欲しい」と言われたのが意外だった。エマはまだしも、美月は『ユグドラシル』の元一員だ。危険人物と見做され、近づけないようにと言われるかと思っていた。


「ご下命、賜りました。聖夜様のことは、この一命に代えましてもお守り致します」


「いやいやいや……」


 起立し、恭しく首を垂れるエマにドン引きである。


「敵陣に乗り込むわけじゃないんだ。そんな危険は無いよ」


 あるのは精神攻撃くらいだろう。

 そちらは身を挺してもらっても意味が無い。


「で、そろそろ戻ってきてもらえるか、美月」


「はっ!?」


 座ったまま意識を飛ばしていた美月が我に返った。


「私、そんな偉い人に会うための服とか持ってないよ!?」


「服装の事で悩める辺り、余裕がありそうで安心したよ。無いならその制服で構わないだろう」


 俺は……、どうするかな。

 制服で行くべきか、『黄金色の旋律』としてあのローブで行くべきか。

 ……どっちでもいいか。


「余裕なんてないよ!?」


 言葉の通り、美月は今にも泣きそうな顔をしている。そんな美月を、エマは絶対零度の視線で睨みつけた。


「落ち着きなさい。先ほどから貴方の言動の数々は、聖夜様の下僕として失格よ」


 いや、お前も美月も下僕とかじゃねーから。


「わ、私って聖夜君の下僕になったの?」


 なってない。なってないから。

 そんな半泣きで潤んだ瞳のまま、そんなことを聞いてこないで欲しい。

 エマが一際大きなため息を吐く。


「聖夜様。一度この下僕には主従というものをはっきりと分からせてやるべきだと思いますが」


「よし。とりあえずエマ、お前は黙れ」


 俺の返答に、エマが口を尖らせた。


「色々と話が逸れたが、本題に戻ろう。『五光』の花園と姫百合から、それぞれ呼び出しを受けている。対象は俺たち3人だ」


「それで、どちらを先に?」


「……姫百合にすることにした」


 エマからの質問に答える。

 花園と姫百合。

 どちらへ先にお邪魔しようか悩んだが、姫百合にすることにした。

 同じ『五光』としてエマ編入に尽力頂いたが、学園長という肩書きを持つ姫百合の方が負担は大きかっただろう、と勝手に判断してだ。

 ついでに、花園とは一応前からの顔なじみということもあり、なんとかなるだろうという邪推もある。


「明日の午前9時に、青藍の正門へ迎えの車が来る。10分前に正門前集合だ。外出届については既に受理されている」


「いつの間に……」


 ぼそり、と美月が呟く。気持ちは分かるぞ。気持ちは。だが甘いな。


「美月、この学園の理事長が誰かは知ってるよな?」


 俺からの問いかけに、美月は再び遠い目をした。

 学園トップが学園生を外に呼び出すのだ。面倒な手続きなどちょちょいのちょいだろう。


「花園家はいかがされますか?」


「そっちは明後日だ。流石に1日に2つ回るのはきついからな」


 主に俺の精神面が。


「畏まりました」


 エマが一礼する。


「それじゃあ、そんなわけだ。まぁ、あまり深くは考えるなよ」


 極力気楽そうな声色でそう言い、美月の肩を叩いておく。

 慰めの言葉としてまったく機能していないということは、誰よりも俺自身がよく分かっていた。

 次回の更新予定日は、10月9日(金)です。


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 既に折り返しとなっていますが、1日1話更新第1章のIF版[Teleporter]もよろしくお願いします。

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