第2話 釣り
☆
「生徒会役員の候補、……か」
翌朝。
身支度を整えながらも口から出たのはそんな言葉だった。昨日の生徒会館での話を思い出したためだ。人数が減るということが、どれだけまずいことなのか。それはよく分かる。よく分かる、が。
「俺ってそんな交友関係広くないんだが……」
思わず苦笑してしまう。まだ学園に来て数か月の俺に何をしろというのか。そもそもあの蔵屋敷先輩と同程度の力量を有した後釜などそうそう見つかるはずがない。新入りの俺が見つけられるのなら、とっくに他の役員たちが見つけていただろう。
それに、俺としてはそれ以上に頭を悩ませている問題もある。
「……ウリウム? 寝ているわけじゃないんだよな?」
腕に装着した俺のMCを突きながら聞いてみる。
反応は無い。
Magic Conductor。
通称MC。
魔法使いが魔法を発現させる上で、魔力の循環を手助けする補助器具だ。本来であれば道具の1つでしかないそれに話しかけるなんてのは間違っている。
それでも。
「……駄目か」
反応は無い。
魔法世界エルトクリアで、確かにこいつは喋ったのだ。おまけに、俺の魔力を勝手に吸い出して魔法まで発現していた。あれは決して夢ではなかったはず。こいつがいなければ、俺はおそらく殺されていただろうから。
ため息を1つ。
「最後に聞いた言葉が『たらし』とか勘弁してほしいんだが……。まあ、とりあえずは美月だな」
心配ではあるものの、誰に相談しろというのか。MCが自我を持って話しかけてきたんです、とかどこの電波を受信してるんですかという話だ。魔法世界の危険区域ガルダーにしか生息しない妖精樹が原料になっている、とでも説明すれば納得してもらえるものなのか?
……。
答えは否だろう。
ウリウムから放たれる雑音(本人曰く呼びかけ)について質問した時、俺の師匠であるリナリー・エヴァンスは何も語らなかった。つまり、この事態は師匠の想定外である可能性が非常に高い。「ついに脳細胞が死滅したのね」とでも言われて一笑に付される未来しか視えてこない。
だったら、今できることをしなければならない。
もう一度ため息を吐いた俺は、机の上に転がしていた『Second』と刻まれたエンブレムを手に部屋を後にした。
☆
「おーっす」
「うん。やっぱお前は無いな」
「え、なにこの感じ。なんでいきなりディスられてんの俺」
朝一番。
寮棟前で合流した本城将人は怪訝そうに首を傾げた。
「どうした。何かあったのか?」
「また厄介事でも抱えているのかい? ……『番号持ち』絡みじゃないだろうね」
杉村修平と楠木とおるもそんな心配をしてくれる。
「そんなんじゃねーよ……」
また懐かしいネタを持ち出してくれたもんだ。先ほど胸ポケットに突っ込んだエンブレムの重さが増したような気もするが、それは間違いなく気のせいだろう。
ただ、こっちから切り出すいいきっかけにはなったか。
「なあ、修平。生徒会の仕事って興味ある?」
「無い」
即答だった。
「まったく無い」
なぜ二回言ったし。
「だから他をあたってくれ。とおるとかな」
「僕も嫌だよ!!」
修平からの人任せな振りにとおるも絶叫を上げた。
「聖夜、僕も嫌だからね? 勘弁してくれよ?」
そんなに嫌か。
「役員の前で言うのもアレだが、中々に損な役回りだろう?」
修平の言葉に頷く。そりゃそうだな。
「関係の無い揉め事の仲裁に入るのは日常茶飯事、大きなイベントの準備を仕切るのは当たり前、学園生からの要望実現に向けた活動に加えて、教師陣からの依頼も多いって聞いている。聖夜のように生徒会在籍によって得られるメリット目的か、もしくは他の役員みたいにそういった環境にやりがいを覚えるような奴じゃなきゃ勤まらないさ」
「やりがい、ねぇ……」
修平が言ったように、俺が生徒会に在籍しているのは、在籍することによって得られるメリットが俺にとって必要なものだったからだ。
青藍魔法学園の生徒会に在籍する者は、年に3回ある魔法選抜試験が免除される。この学園の生徒会役員は荒事に対処する実力も求められるので、在籍できるレベルであれば試験も必要ないと考えられているのだろう。つまりは、それだけハードと言うこと。生徒会長にその他役員全ての任免権がありつつも、学園生からの反発が無いのはそういった理由もあるのかもしれない。「できるのなら精々頑張ってくれ」といった感じで。
俺の受け答えを聞いて、全てを察したとばかりに修平が口角を歪ませる。
「人数不足か」
「まぁ、そんなところだ」
ぜひ、その察しの良さを生徒会に役立てて欲しいところだが。
「難しいんじゃないかなぁ。だってあの生徒会長と会計の後任なわけでしょ? あれほどの人材が埋もれているとは正直思えないんだけど」
「そーそー。そんな奴いて遊ばせておくような人たちには見えねーって」
とおるに同意し頷きながら将人も言う。
「そりゃ分ってるって。ただ、数は力だろ? それに最低限の人数は揃えとかねーと今後の活動に支障をきたす」
「そんな深刻な話なんだ……」
俺の言葉を聞いて、とおるが苦笑いを浮かべた。
「そんな深刻な話なわけだ。どうだ、とおる」
「嫌だって言ってるじゃないか!!」
「それより、俺は気になってる話があるんだがよ」
とおるの絶叫をよそに、将人が顔をずいっと寄せてくる。
「何だよ」
なんだろう。すごく嫌な予感がするんだが。
「お前、転校生と――、って、逃走はやっ!?」
将人が言い切る前に、俺は全力で駆け出した。
☆
「何人釣り上げましたか」
無事逃走に成功し、2年クラス=Aの教室の扉を開くなり、そんなことを言われた。
「あ? 何の話だ」
汗を拭いつつ、登校してくる俺を待ち構えるような位置で突っ立っていた片桐にそう返す。
「無論、生徒会勧誘の話です」
「そうか。ゼロだ」
いきなり何の話かと思えば。昨日の今日で釣れるはずねーだろ。というか、釣るってなんだ釣るって。
「……おかしいですね」
俺の心情をよそに、片桐が怪訝な表情を作る。聞いても損をするだけのような気もするが、聞かないわけにはいかない雰囲気なので聞いてやる。
「何がだ」
「いえ、貴方は声をかけるだけで次々に異性を釣り上げる習性を持っていると考えていましたので」
「なるほど。ちゃんと授業開始までには顔を洗って目を覚ましておけよ」
やっぱ聞いて損した。
優しく肩を叩いてその横をすり抜ける。片桐もむすっとした表情でついてきた。こいつの席は俺の後ろだ。
「おはよー、中条君。今日も鑑華さんと一緒じゃないのね」
「おはよう。別に俺とあいつはセットなわけじゃないぞ」
朝の挨拶と共に勘違いしている副会長を正しておく。
「そうなの?」
「そうだ」
「喧嘩でもしたの?」
「……なんでそうなる?」
まったくもって心外なのだが。
「だって文化祭が終わってから、パッタリと鑑華さんのアタックが収まったし」
俺と鑑華の関係が変わったのは文化祭最終日の夜だ。演技をする必要がなくなったのだから、鑑華の露骨なアタックが無くなるのは当然。言えるはずもないが。
「ちゃんとお見舞いには行ったのでしょうね」
「も、……行けるはずないだろう。女子棟だぞ」
同じタイミングで席に着きながら、片桐に答える。
魔法世界における最高戦力の一角から脅しにも近い形で魔法世界に呼び出された際、俺は家の都合、鑑華は風邪という名目で学園を休んでいた。つまりは鑑華の風邪も嘘だ。実際には無かった出来事についての質問だったせいで、危うく「もちろん」と答えるところだったじゃねーか。
副会長が「も?」と首を傾げているが、深くは追及すまい。花宮もちらちらとこちらの様子を窺っているだけなので無視する。
「まあ、喧嘩しているわけじゃないっていうならいいわ。それで、どうする? 鑑華さんの説得には、私も立ち会った方がいいかしら。1人の方が話しやすいのなら遠慮するけど」
説得とは生徒会勧誘に関する話だろう。
「まずは俺の方で話してみるよ。駄目そうなら声を掛けるから応援を頼む」
「了解っ」
「分かりました」
「わ、分かりました」
副会長、片桐、花宮がそれぞれそう答えたところで、教室後ろの扉が勢いよく開かれた。
「王子様っ!! おはようございますっ!!」
「ちょろ、エマちゃん落ち着いてよっ!! あんまり騒ぐとまずいんだから!!」
騒々しい奴らが入ってくる。
「くんくんくんっ!! あぁ!! 王子様の香り!! あぁ!! これで今日も私は生きていけるわ!!」
おまけに片方はド変態だった。キラキラした謎のエフェクトをばら撒きつつ、スキップでこちらへとやってくる。後ろからエマを羽交い絞めにしようとして失敗している美月も、引きずられるようにしてやってきた。
「おはようございますっ!! 王子様っ!!」
「おはよぉ……、聖夜くぅん」
美月は既に死にそうな顔をしていた。俺が平和に登校できたのはこいつのおかげだったに違いない。
「おはよう。とりあえず、その王子様をやめてくれ」
「あぁ!? そうでした!! 聖夜様!!」
「『様』もやめろ」
「そんなっ!? 聖夜様の忠実なる奴れもがががっ!?」
「今何言おうとしたよ!? いい加減にしてくれ!!」
マリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラが転校生エマ・ホワイトとして青藍魔法学園に在籍する上で、こいつが何より異を唱えたのは俺との関係性についてだった。俺は、面識があることを知られたくなかったので、学園が初対面という設定にしようとした。なんで俺の護衛やら奴隷やらの属性を引っ提げてこいつを入学させないといけないのか、という話だ。正直、面倒になる未来しか視えてこない。
しかし、こいつはそれに猛反対した。しかも反対した理由が、初対面だとずっと一緒にいられないから、というイカれた理由なのだからどうしようもない。
俺と美月の懸命な説得により何とか理解してもらったと思ったら、『それなら一目惚れ大作戦』とかいう名の妙案(本人談)が決行されるという仕打ちである。何度魔法世界へクーリングオフしてやろうかと考えたか。ぶっちゃけ今でもしたい。送り先は師匠で。
俺も入れて3人でぎゃーぎゃーやっていたところで、教室の前の扉が開いた。
「お、おはようございます」
教室内の惨状(騒ぐ俺・エマ・美月と、興味深そうに眺める副会長・片桐・花宮)を見て、可憐は一瞬だけ硬直したものの、すぐに気を取り直したのか綺麗なお辞儀と共に挨拶をしてくる。隣に立つ舞は舌打ちだ。ついでに俺を一睨みした後、自分の席へと腰かける。そして、もう一度俺を睨みつけてきた。
「朝からお盛んですこと」
「勘弁してくれよ……」
事情を知らない第三者からすればそう見えるかもしれないが、舞と可憐は美月と同様に事情を知っている。
マリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラの身分を偽造して青藍魔法学園に入学させる、そんな荒業を俺ができるはずがない。そもそもマリーゴールドの家柄は、魔法に携わる者としては決して無視できない存在なのだ。それをこっそり日本の学園に通わせるなんて普通はできない。
そして、それができるからこその日本五大名家『五光』の家柄であり、この学園の理事長の肩書きを持つ者の力なのだ。
つまり、この世は金と権力。世知辛い。
ただ、それでも相当苦労した、という話は舞から聞いている。
舞を通してだが「後日詳細を直接話せ」と舞の父親である花園剛さんから言われているので、近日中に出頭しないとまずいことになりそうだ。可憐からも「当然、こちらが言わずとも聖夜君が説明しに来てくれるのよね」と可憐の母である姫百合美麗さんが素敵な笑顔で呟いていた、と聞いた。
いったい、俺が何をしたっていうんだ。『五光』現当主からの直々の呼び出し。それも2人からとか。第三者がこの事実を聞けば、『魔法使いとしての人生が詰んでいる奴』と判断して俺から裸足で逃げ出すに違いない。あの2人の人柄を知らなければ、俺だって卒倒しただろう。あぁ、「詳細は全部リナリーへ」と丸投げできればどれだけ楽か。
「くんくんくんっ。はぁぁぁぁ~」
……急に大人しくなったと思って見てみたら、エマは自分の口を塞いでいる俺の手の臭いを嗅いで恍惚の表情を浮かべていた。ドン引きの美月が崩れ落ちるようにして自分の席へ着く。同時に真っ白になって動かなくなった。
俺はこれからもこの学園でやっていけるのだろうか。
☆
昼休み。
美月を昼食に誘い、パンを買って生徒会が使用する出張所に籠る。最初は学食でいいかと考えていたのだが、周囲からの視線が面倒だったのでここになった。他の役員から許可は貰っていないがそもそも俺も役員だし問題ないだろう。理由も勧誘のためだしな。
「えへへ、聖夜君が昼食に誘ってくれるのって初めてだよね」
はにかみながら美月がそんなことを言う。そういえばそうだったかもな。
ただ、それよりも気になることがあるわけだ。
「で、なんでお前がここにいる?」
俺の対面に座る美月とは違い、ちゃっかり俺の隣の席に座ったエマを見る。
「王子様のいるところに私アリです!!」
そうっすか。
いや、俺と美月の護衛ってことでこの学園に所属しているわけだし、間違ってはいないのだろうが。
まあ、もうどうでもいいや。さっさと本題に入ろう。
「なあ、美月。生徒会の仕事に興味は無いか?」
「え」
菓子パンの包みを破ろうとしていた美月の手が止まる。顔に浮かぶ笑顔も張り付けたかのように固まったまま、視線だけが俺の方へと向けられた。
「……えっと、つまりそれって」
「はいっ! 王子様の所属する組織のお話なら興味ありますっ!!」
美月の言葉を遮るようにしてちょろ子が割り込んできた。ご丁寧に片手を上げて起立までしている。
……お前には聞いてねーよちょろ子。
「……会長選挙まで後6日だろう? 選挙が終わると3年は引退なんだ。ちょっと人数が不味くてな」
ため息を吐きそうになる心を懸命に抑え込んで言葉を紡ぐ。
「残りは俺も入れて4人しかいないんだ。だから新規役員を募集していてな」
おまけに生徒会の仕事には荒事も多い。現副会長である御堂紫と書記の花宮愛は完全に戦力外(性格の都合で)だ。そうなると、動けるのは俺と片桐のみになってしまう。どう考えても無理だ。
「う、うぅ~ん。あの会長さんや会計さんの代わりに私がなれるとは思えないんだけど……」
お、修平たちと違って断固拒否の姿勢じゃない。
これはいけるか?
「そんなことはないさ。それに、こっちとしてもあの2人と美月を比べるつもりはないぞ。人の長所はそれぞれだ」
何より必要なのは頭数だからな、とは口に出さない。
ん?
ちょっと待てよ。
流されて不満なのか口を尖らせていたエマを見る。頭数が必要なだけならこいつでもいいんだよな。副会長たちは新入りには荷が重いと考えていたようだが、会館勤務での雑務なら十分にこなせるだろう。ちょろ子というあだ名で呼ばれているとはいえ、頭は良いわけだし。
それに……。
うむ。この方向から攻めてみるか。
美月ではなくエマへと向き直る。
「ちょろ……、エマ。お前は生徒会やってみたいと思うのか?」
「王子様と一緒ならどこへでも!!」
即答である。安定のちょろさだ。
「なるほど。つまりは今後、俺とエマは生徒会館に詰めることが多くなるわけだ」
「お、王子様と一緒っ!! お、王子様と!!」
勝手に感極まっているエマは無視する。
美月へとちらりと視線を向けると、むすっとした表情の美月がいた。
「……そういう持っていき方はずるいと思うなぁ、私」
俺が言いたいことを理解したであろう美月がジト目を向けてくる。
美月から告白を受けた時、俺は言った。今度は俺がお前を守る番だ、と。今からしてみれば赤面もののクサい台詞ではあるが、気持ちは変わっていない。そして、ちょろ子がわざわざ身分を偽るという危険を冒してまでこの学園へとやってきたのは俺と美月を守るため。ならば、なるべく俺たちと行動を共にしていた方が良いのは確実だ。この3人で生徒会の仕事ができるのなら、それがベストだろう。
「私が聖夜君のこと好きなの知ってるからって……」
頬を赤らめながらそんなことを言う美月。
……ん?
「そりゃあ、聖夜君が大変な思いをしてるなら手伝ってあげようとは思ってたけど……」
あれ。
ちょっと待って。
「流石は王子様ですね」
致命的なまでの食い違いがあるような。
そんなことを考えていたら、横からエマが口を挟んできた。
そして正解を口にする。
「相手の嫉妬心を利用するなんて」
……。
え!?
「ちょっと待てちょっと待て!!」
顔を赤らめて俯く美月と、無責任に囃し立てるエマ。
2人に真意を理解してもらえたのは、昼休み終了の5分前だった。
次回の更新予定日は10月2日(金)です。
【※追記※】
別ページ(http://ncode.syosetu.com/novelview/infotop/ncode/n9618cw/)にて、第1章のif版のようなものを公開していますので、お時間があればぜひ。内容は、聖夜の護衛対象が『可憐ではなく舞だったら』というものです。