第1話 候補
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2年クラス=Aに在籍する生徒の数は、俺も入れて僅か7人、いや、エマ・ホワイトなる転校生が来たから8人しかいない。
挨拶を終えるなり早々に「一目惚れした」と寝言をほざき始めたエマが担任に向かって自分が俺の隣の席になるよう席替えを要求するという前代未聞の珍事を迎えたものの、そんな馬鹿な要求が通るはずもなくエマは口を尖らせながら舞の後ろの席に着いた。
そもそもこのエマ・ホワイトなる名前も『○○で人気な名前ランキング』だの『○○でよく聞く名字ランキング』だのから適当に組み合わせただけというのだから恐れ入る。だって仕方ないじゃないか。真剣に考えろと言えば「それは『中条』を名字として使用する許可を頂けるということでしょうかっ!?」とか寝ぼけたことをぬかすのだ。
ふざけているのか、と問いたい。いや、実際に聞いてみたところ「王子様と歩む今後について真剣に考えてます」と答えられたのだから救いようがないと言えるだろう。
担任の話を右から左へと聞き流しながらため息を押し殺す。
今も俺に向けられる好奇の視線が痛い。普通のクラスよりも少ないはずなのにとても痛い。あれほど俺との関係は知られないようにと念を押したにも拘わらず、こんなことになるとは。確かに、俺とちょろ……、エマの関係性はバレていない。だけどこの仕打ちはないだろう。速攻で「一目惚れ」とか言ってくるとは思わなかった。
クラスメイトと言える人数はなんと7人しかいないクラスだが、1人ひとりは非常に濃いキャラが揃っている。俺の幼馴染という間柄でありながら日本五大名家『五光』に名を連ねる花園舞に、俺の元護衛対象であり舞と同じく『五光』に名を連ねる姫百合可憐。生徒会の副会長を務める御堂紫に、生徒会役員であり浅草流剣術の使い手・片桐沙耶、生徒会書記を務め特殊二大属性の1つである光属性を操る花宮愛。そして、俺の師匠がリーダーを務める『黄金色の旋律』に所属する鑑華美月とエマ。その鑑華は『ユグドラシル』という犯罪結社の元メンバーだし、エマに至っては魔法に携わる者なら知らぬ者はいない闇属性の始祖・ガルガンテッラの末裔だ。
いったいどこのドリームチームだというのか。曲者だらけでもはや笑うしかない。
机は最前列の廊下側から順に可憐・俺・鑑華・舞、そして2列目に副会長・片桐・花宮、そして新顔のエマ。舞の後ろにエマとか正気か。俺の隣になるかは別として、席替えはした方が良かったのではないだろうか。
そんなことを悶々と考えているうちにホームルームは終わりを告げた。現クラスメイトの糾弾も嫌だが、元クラスメイトからの糾弾も怖い。
休み時間なんていらないからぶっ続けで授業をしてほしい、と感じる日が来るとは……。
☆
「それじゃあ詳細な説明を要求しようじゃないか」
「黙秘権を行使します」
放課後。
生徒会館に訪れた俺に浴びせられた第一声へ、うんざりしながらもそう返した。今日だけで似たような質問を何度聞いたことか。この疲労感は久しぶりに登校したことによって来るものでは断じてない。今だって、美月が身体を張って止めてくれなければエマはここにいただろう。本当に勘弁してほしい。
見慣れた会議室にいるのは、会長にしてこの学園の“1番手”である御堂縁。席には生徒会会計であり“3番手”の蔵屋敷鈴音先輩の姿もあった。その顔には呆れの表情が浮かんでいる。
「他人のことをそう詮索するものではございませんわよ」
「えぇー、鈴音君は気にならないのかい? 中条君と転校生の不純異性交遊について」
「ちょっと表出てもらえます?」
笑顔で扉の外を指さす。聞き逃してはならない単語があった。
「なんだい、ここでは教えられないほどのことなのかい?」
ちげーよ。外でお前をぼこぼこにするんだよ。
「はいはいはいはい、入った入った!! 扉の前で立ち止まらないでよね~」
副会長が俺の背中をぐいぐいと押すようにして入室する。その後に片桐と花宮も続いた。片桐のジト目が俺を捉える。
「まったく。綺麗な異性に現を抜かすのは結構ですが、1人の時にして頂けますか」
「俺、被害者だからな。念のために言っておくが」
片桐が鼻で嗤った。
「告白された立場である男がそんな態度をとるのですか」
「うぐっ」
こ、言葉の刃が、心にっ!?
「なんだいなんだい、沙耶ちゃん。自己紹介直後に中条君へ告白し、更には担当教師に中条君の席の隣になるよう席替えを要求した、という噂は真実なのかな?」
「事実です」
「ほほう!!」
会長が目を輝かせた。
「加えて、中条さんを巡って花園さんと舌戦を繰り広げたという噂も事実です」
「……おい」
巡ってとか言うな。巡ってとか。
片桐の目が俺へと向く。
「事実ではないですか」
「舞はあいつの態度が気に入らなかっただけだよ。そうやって強引に三角関係に発展させようとするのはやめてくれ」
「おや?」
片桐が首を傾げる。
「そこへ鑑華さんも入れて四角形になっているのではなかったのですか?」
「中条君」
会長が俺の肩を掴んだ。実にさわやかな笑顔だった。
「ちょっと表出ようか」
その指は扉へ向いている。
お互いの意見は一致したものの、直後に副会長のハリセンが会長の後頭部を直撃したことでお流れになった。
☆
「会長選挙ですか」
下らないゴシップネタでいつまでも時間を浪費しているほど、生徒会は暇ではない。着席し、全員にティーパックの紅茶が配られたところで本題に入った。そこでさっそく登場した単語がそれだ。
「文化祭を最後に、3年は生徒会から引退だからね」
会長が整った顔にニヒルな笑みを浮かべた。
「正直なところ、蔵屋敷先輩が抜けた後に生徒会がうまく回っている姿を想像できないのですが」
俺の言葉は呟きにも似た小さなものだったが、十分に聞こえる音量だったらしい。隣に座る片桐だけでなく副会長も花宮もうんうんと頷いている。
「あれ、俺が抜けてない?」
抜いたんだよ。
わざとらしく自分を指さしながらアピールする会長へ舌打ちしそうになるのを堪える。
この人の目覚ましいまでの活躍ぶりは聞いている。寮棟の談話スペースやら屋上の憩いの場やらを用意したのは会長だと聞いているし、つい先日行われた文化祭でも各クラス各部活の予算増額やら準備期間中の最終下校時刻の緩和やらと武勇伝は後を尽きない。青藍魔法学園の学園生たちに『生徒会役員の貢献度アンケート』を採ろうものなら満場一致でこの男が1位に輝くだろう。
そんなことを考えていたのが表情に出ていたのだろうか。会長は異性なら一瞬で虜になってしまいそうな笑顔のままウインクを寄越してきた。
「恥ずかしがり屋さんなんだね」
ちょろ子の如き輝き具合である。砂でも吐きそうだ。
またもや口論に発展すると考えたのか、蔵屋敷先輩が咳払いをして流れを戻す。
「そういうわけで、選挙公示は既に行われ、後は投票を待つばかりというところでございますが……。今年の立候補者は紫さんのみですから。信任投票ということになりますわね」
「副会長1人なのか」
目を向けると、副会長は照れくさそうな笑みを浮かべた。
「青藍っていうと日本でもトップ3に入る高校だろう? その生徒会長ともなれば、随分と箔が付くものじゃないのか? 正直、もっと立候補者が多いものだと思っていたが」
「その考えは間違っていません」
俺の疑問に答えたのは、隣に座る片桐だ。
「内申点として破格の点数が付けられるのはもちろん、将来職に就く上で、魔法関係者への覚えも当然のように良いでしょう。ですが、お忘れですか。話題に出ているのは、この青藍魔法学園という学園での生徒会長職なのですが」
「あー」
魔法選抜試験、そして魔法文化祭。望まずしてそれぞれの騒乱の中心付近にいた身としては、よく理解できる。納得した。完全にハイリスクハイリターンだ。いや、人によってはハイリスクローリターンと捉えるかもしれない。
「私としては、対抗馬が出てくれるのは望むところなんだけどね~」
副会長が「しゅっしゅっ」とか言いながらシャドーボクシングの真似ごとをする。隣に座る花宮は苦笑いだ。
「どうせだったら中条君も出馬する? 相手になるわよ」
「どうせだったらの意味が分からん。勘弁してくれ」
俺が会長とか冗談じゃない。俺の即答が気に入らなかったのか、副会長が唇を尖らせた。本当に勘弁してくれ。
「いいのですか」
「何が」
片桐からの端的な問いに問いで返す。
「貴方が会長に就任すれば、制服をメイド服に変えられるかもしれませんよ」
「……仮に俺がその案を学園に提出したとして、お前は俺に協力してくれるのか?」
「まさか。敵対派閥を形成し、貴方率いる悪の組織を全力で叩き潰すでしょう」
「よし。それじゃあここで潰し合っとくか」
「いいですね。乗りました」
申し合わせたかのような同じタイミングで立ち上がる。
「ちょ、ちょっとちょっとちょっと!?」
少し遅れて副会長が立ち上がったのを見計らって言った。
「冗談だが」
「冗談ですけど」
奇しくもこちらも同じタイミングだった。
「くっくっく」
それを見て笑いをかみ殺しているのは会長だ。
「本当に君たちは仲良くなったねぇ」
思わず顔を見合わせる。
「仲良くなれたと思うか?」
俺の質問に対して、片桐は「はぁ?」とでも言いたそうな表情を作ったが、何も言わずに着席した。俺もそれに倣う。
「まあ、仲良くやってくれよ。今後の生徒会は君たちにかかっているんだからさ」
「そうですわね。人数を増やすにせよ、新入生が入学するのを待つにせよ、今のメンバーの結束というものは非常に重要ですわ」
「ん? 人数を増やすこともできるんでしたっけ」
会長の後、蔵屋敷先輩の言葉に引っ掛かりを覚える。が、自力ですぐに解消した。
「あぁ、そういえば。この学園の会長が生徒会役員全ての任免権を握っているんでしたね」
そんな絶対王政のせいで俺は選抜試験でひーひー言わされたのだった。
蔵屋敷先輩が俺の言葉に頷く。
「会長候補者の演説は一週間後ですが、演説から投票、就任までが1日で行われます。紫さんが無事に就任できれば、その後すぐに決意表明と繋がっていくわけです。その際、新たな役員を指名することも可能というわけですわ」
「なるほど」
就任したということは任免権も手に入れたということだ。
「選挙の日は午後の授業が丸々潰れる。全校生徒が体育館に集まって、まずは生徒会長立候補者のそれぞれの演説、そして投票だ。投票は即時開票だから、集計中に3年役員の演説が行われる。こっちは『今まで協力してくれてありがとう』『お疲れ様でした』といった意味合いが強いから、そこまで時間はかからないね。そもそも、この学園の人数もそれほど数はいないし、集計は3年の演説中に大体終わるかな。3年の演説後に新しい会長が発表されて、そのまま決意表明という流れだね」
人差し指を立て、説明口調で会長が続ける。
「君も知っての通り、この学園では会長が役員の任免権を握っている。だからこそ、学園生からすれば知らないうちに役員が増えている、といった事態も多い。こうした公の場で決められるのは貴重だからね。可能なら、ここで増やすべきだろう」
その方がクリーンな組織に見えるだろ、と最後に付け加えた。
「当てはあるのか?」
副会長、片桐、そして花宮は揃って首を横に振った。
「何人かには声をかけてみたんだけど……、いい返事は貰えなかったわ。それに、そもそも私はまず会長になることを考えないといけないし」
もっともだな。
「生徒会の仕事は荒事が多いですから。それに自分の時間を削っての作業です。そういった意味でも、手を挙げる人は少ないと見るべきでしょう。例え、その報酬が破格のものとはいえ」
生徒会役員になれば、この学園の名物でもある選抜試験をスルーでき、自動的に最高クラスであるクラス=Aが確定する。これもハイリスクハイリターンと捉えるかハイリスクローリターンと捉えるかは人次第ということだな。
花宮は何も言わずに目を逸らすだけだった。こいつの場合は最初から誰にも声をかけてなさそうだな。
そうすると、生徒会役員は副会長、片桐、花宮、そして俺の4人になるわけだ。……ちょっと少なすぎるだろう。これまでだってきつかったのに。
「うぅ~ん。4人ってのは流石にちょっとまずいわよねぇ」
同じ考えに至った副会長が唸る。会長が頬を掻きながら口を挟んできた。
「もちろん、引退するといっても俺と鈴音君は卒業まではこの学園にいる。必要とあれば声をかけてくれれば協力もするさ。ただ、あまり頼らない方がいいのも間違いはない。そもそも生徒会の役職として、会長、副会長、書記、会計と四職分の席は絶対に必要だ。このままだとぎりぎりになってしまう。特にイベント時期では各職それぞれに膨大な仕事が割り振られるわけだ。庶務として何人か抱えてないときついと思うよ」
確かに。
「中条君、誰か良い人いない?」
良い人、って言われても。
俺はここにいる誰よりも青藍歴が短いんですが?
「花園舞さんと姫百合可憐さんを引き込めませんか」
片桐が個人名を出してきた。
なるほど。それが狙いだったか。
けどなぁ。あの2人かぁ。
「どうだろうな。本人たちに聞いてみないことには断言できないが……。ただ、あまりこういう話を俺の口からしたくはないんだが……、あいつらの家柄は特殊だからな」
生徒会役員をこなせるだけの実力は十二分に有している。頭だって良い。ポテンシャルとしては申し分の無い2人だ。
だが。
花園家も姫百合家も、日本の五大名家『五光』に名を連ねている。自分の意思でそういった決定ができない可能性もあるし、それに……。
「そういえば、もうすぐだね。権議会は」
俺の代わりに、会長が答えを口にした。
権議会。
それは毎年年末に行われる、五大名家『五光』と、その下につく七大名家『七属星』、そして日本魔法協議会の重役が一堂に会する会議の名称だ。
ここから年が明けるまで、あの2人は色々と忙しいだろう。
「家の用事がどの程度の頻度であるかを俺は知らない。ただ、頻繁に休まれるようじゃ難しいだろう?」
「確かに」
片桐が短く頷く。そしてこう続けてきた。
「それでは、鑑華美月さんはどうですか?」
「美月か……」
意外とアリかもしれない。
あいつへの評価は、魔法文化祭から魔法世界まで行動を共にしてから一変した。
実力もあるし、気配りもできる。学園での評判もそれなりに良いみたいだし、悪くないかもしれない。
「一応、声をかけてみるか」
行動が共にできるならこちらとしても悪くはない。『ユグドラシル』がいつ襲ってくるかも分からないし、護衛の意味でもちょうど良いだろう。
「念のために言っておきますけれども」
俺がそう結論付けたところで、副会長がやたらと改まった声を出した。
「生徒会館でイチャついたりしたらダメだからね」
「……えっと、なんでそんな結論に至ったか聞いてもいい?」
ジト目で睨まれる意味が分からない。
「だって中条君、あんなアタック受けてたじゃない」
「はぁ? アタック? ……あぁ、そんなこともあったな」
選抜試験後にクラス替えしてからの話だ。『ユグドラシル』のメンバー『鏡花水月』として俺に接近していた頃の。
「そ、そんなことも、あった……、ですか……」
花宮が驚愕のあまり目を見開いている。
なぜだ。
「この男、女の敵ですね」
隣の片桐もそんなことを呟いている。
え?
「中条君」
弁明するよりも先に、副会長がまったく笑っていない笑みを張り付けたまま声をかけてきた。
「人の好みはそれぞれだし、中条君の好みを否定するつもりはないわ。けど、女の子の告白をそうやって軽んじるのはどうかと思うわよ?」
「え」
……。
えっ?
あ……。
そうか!?
美月のあのアタックが演技だったという事実を知っているのは俺だけ。美月が『ユグドラシル』のメンバーだったと知っている人間だけだ。そういう意味では、会長と蔵屋敷先輩はもしかしたら勘付いているかもしれないが、口を挟んでくれそうな気配はない。俺の部屋でされた本当の告白を知らない副会長たちに説明は不要と思っていたが、こんなところで食い違いが生じているとは!?
ど、どうする。
……どうするもクソもないよな。
「確かに、俺の失言だった。配慮するよ」
「それは本人である鑑華さんにね」
「もちろん」
素直に頭を下げた俺を見て会議室の空気が和らいだ。それを面白そうな表情で眺めている会長と、感情を読ませない視線を向けてくる蔵屋敷先輩。この2人とは、改めて場を設けた方がいいのかもしれない。こちらの知らない情報も握っていそうだしな。
「あとは、あの転校生くらいですか」
「さ、流石に転校生に生徒会の仕事をさせるのは、お、重いのではないでしょうか」
「……それもそうですね」
花宮からのもっともな回答に、片桐はすぐに納得した。本当に思いついたことをそのまま口にしていただけなのだろう。けど待ってほしい。その条件で言うなら俺もそうだったはずだ。……俺の時は俺から志願したからよかったのか。
「それじゃあこんなところかしら?」
副会長からの言葉に皆が頷く。
「最低でも今の人数くらいは欲しいところよ。中条君も色々と声をかけてみてね」
「……あぁ。分かった」
生徒会に推薦できるような奴ねぇ。
次回の更新予定日は、9月25日(金)です。