第18話 ~序章~
今回は2話同時公開をしています。
☆
不規則に振動する身体。決して快適とは言い難い耳障りな音。
徐々に覚醒しようとする意識に身を委ね、瞼を開く。
すぐに視界に入るのは、前座席の背もたれの部分だった。
どうやら俺は寝かされているわけではなく、座らされているようだが……。
「……ここは?」
「花園家の自家用ジェットよ」
打てば響くようなタイミングで答えが返ってきた。
そうか。
飛行機の中か。それも自家用ジェット……、誰の自家用ジェットだって?
ゆっくりと隣のシートに座る人物へ目を向ける。
そこに座っていたのは。
「御機嫌よう、聖夜。まずは言い訳から聞きましょうか?」
目を見張るような赤い髪をした美少女。
花園舞。
日本五大名家が一、花園家のご令嬢様だった。
「げっ!? 舞!? なんでお前がここにっ!?」
「げっ、てなによ!! むしろ私の方が聞きたいわ!! 貴方魔法世界でなに滅茶苦茶やらかしてんのよ!! 何がどうしてどうなった結果こんなことになったのか詳細な説明を要求するわ!!」
襟首掴まれてがっくんがっくん揺らされる。
「待って待って!? 説明欲しいのは俺の方でしょ!?」
なんで花園家の自家用ジェットに乗っているのかもそうだし、なんで舞が隣に座っているのかも分からないし、そもそも無常は? ヴェラは? ウリウムは? 師匠は? スペードは? 魔法世界は? え? というか全体的に何がどうなって俺はここにいるわけ?
「あぁん!? 欲しいのはこっちよ!! アギルメスタ杯開催でテンション上がってたら、いきなりリナリーから連絡来て『トランプのせいで魔法世界から出国できないかもしれないから、悪いけど迎えに来て』とか言われるし!! 指定された日付が日本の決勝戦の放送時間と重なって落ち込みつつ来てみたら、『中条君はトランプに保護されてました』とか火車さんから聞かされるし!! なにやらかした!? なにやらかしたのよ貴方!! 『トランプ』から保護されるとか普通無いわよ!!」
「落ち着け落ち着け!? いったん落ち着こう! 俺にもいろいろあったんだ!!」
「……さっきから黙って見ていれば。そこの女、私の王子様に対して乱暴が過ぎるわよ」
凍てついた、それでいてどこか粘ついた声が頭上から聞こえる。そちらに目を向けて見れば、俺と舞が座るシートの一列後ろに座っていたであろうちょろ子と美月が、こちらを覗き込んでいるところだった。ちょろ子はどんよりとした負のオーラを漂わせており、光を失った目で舞を睨みつけている。美月は苦笑いだ。
「なによりも許せないのはぁ……」
……ん?
ちょろ子?
そこまで気づいたところで、胸倉を掴む目の前の女の子からヤバいオーラを感じ取った。
「ちょっと、舞さん。し、深呼吸しよう。一回落ち着こう。ね?」
「ね、じゃないわよーっっっっ!!」
うがー、と舞が吼える。
「また新しい女を釣り上げたのね!! 可憐や咲夜ちゃん、それに鑑華だけでは飽き足らず!!」
「何でもかんでも手を出してるみたいに言うのやめない!?」
風評被害だ!!
「そして極めつけはこれよ……」
まだあるの!?
「聞いたわよ!! 貴方、T・メイカーだったんですってね!!」
「ぶふっ!?」
何も口に入れてないにも拘わらず思わず噴き出した。
「呪文詠唱しない時点で気付くべきだった……、いえ、それよりもテレビに喰いついてキャーキャー言いながら観戦してた私を返せーっ!!」
「だから貴方は王子様にべったりとっ!!」
「ちょ、や、やめろお前ら!? ぎゃああああああ!!」
「あはは、流石は聖夜君……」
《マスターは、……たらし》
俺にだけ聞こえる声でぽつりと呟いたウリウムの言葉が、俺の心へと突き刺さった。
★
「ふぅ……」
ホテル『エルトクリア』の窓から覗く魔法世界の街並みを見つつ、栞は本日何度目になるかも分からないため息を吐いた。そんな栞にうんざりした様子のルーナは、ホリウミーの葉を品定めする手を止める。
「そんなにいきたかったなら、ついていけばよかった」
「……お兄様の生活環境を壊すようなことはしたくありませんので」
「でも……、ちょろこは、いった」
「お兄様の護衛は前々から必要だと進言してきました。私の能力は戦闘向きではありませんから」
「ゆみがある」
「それだけです。近付かれてしまえば私の負けです」
「そのための、のうりょくのはず」
その指摘を受け、ようやく窓から視線を外した栞がルーナへと目を向けた。
「それならお兄様の“書き換え”だけで十分なはずです。私の能力は使い勝手が悪いですから」
「……ふぅん」
ルーナは口元を尖らせると、再び品定めの手を再開させる。
「……あれ?」
そこでようやく気が付いたかのように栞はきょろきょろと部屋を見渡した。
「ヴェラさんは?」
その問いに、ルーナは品定めの手を止めてしかめっ面を作った。
「シスター・マリアときょうかいにいった。あとかたづけ。しおりもこえをかけられてたはず」
「えっ、う、うそっ?」
「やっぱり……」
ルーナは年に似合わず「やれやれ」というジェスチャーをする。
「きいてなかった」
「ご、ごめんなさい……」
椅子に座ったまま縮こまる栞。
「それはヴェロニカにいったほうがいい」
「は、はいぃ」
憮然とそう言い放つルーナに、栞は更に小さくなりながら答えた。
そして。
「え、えっと、それで、リナリーさんは?」
ルーナはため息を吐きながらホリウミーの葉へと視線を落とす。
「ひぐるまってひとにあうって。それから、べっけんがひとつ」
★
「……そうか、“闇の権化”蟒蛇雀が」
大きく息を吐いたキング・クラウンは、背もたれに身体を預けゆっくりと目を閉じた。
ここは魔法世界エルトクリア、王城にある一室。赤を基調として金の装飾で彩られた絨毯が部屋一面に敷き詰められ、その装飾は白を基調とした壁にも施されている。天井からは、これもまた見事な装飾が施されたシャンデリアが吊るされており、それは自らが放つ光を反射し、綺麗に輝いていた。
部屋の中央には大きな円卓があり、そこには8つの席が並ぶ。その席は当然のように全てが埋まっていた。
キング・クラウン。
クィーン・ガルルガ。
ジャック・ブロウ。
シャル=ロック・クローバー。
クリスティー・ダイヤ。
アルティア・エース。
ウィリアム・スペード。
クランベリー・ハート。
単騎で国家間の戦争に挑める、魔法世界最高戦力の面々である。
「捕えることはできなかったのか」
「馬鹿を言うな」
クィーンからの問いを、エースが即座に切り捨てた。
「手負いの中条聖夜を守りながら、周囲への被害を抑えた上での戦闘ができると思うか。あの気狂いの魔法使いを相手にしてだぞ」
「向こうが戦闘の回避を提案してきたのだ。それを受け入れたのは英断だっただろう。しかし、だ」
キングを挟み、クィーンと反対に座すジャックは言う。
「そのまま逃がしてしまうのも、まだ愚策。行方を晦まされたのはどうかと思うが」
「勘弁してくれよ、ブロウ」
苦笑いを浮かべながらスペードは答える。
「蟒蛇雀はRankSの属性同調を習得してる。しかもそれを無系統魔法で強化させてんだぜ? 霧のように溶けたら一瞬でドロンだ。追えねーって」
「でもさぁー、流石に諸行無常までお持ち帰りされちゃったっていうのはどうなの?」
円卓に上半身をべったり預けながら、アセロラジュースの入ったグラスをストローでかき混ぜていたハートが口を開く。
「せっかく聖夜クンが倒してくれてたんでしょ? もったいなーい」
「そう言う貴様も龍とやらを取り逃がしたらしいな。どうした、駆けっこで負けたか?」
エースから放たれたその言葉に、ハートのジュースをかき混ぜる手が止まった。据わった目でエースを睨みつける。
「喧嘩売ってんの、エース」
「さて、どう捉えるかはお前次第だ。ハート」
「そのあたりにしては如何ですかね、お二人とも。見苦しい言い合いは、お二方の首を絞めるだけかと思いますが?」
クローバーの仲裁によって、ピリピリとし始めていた空気は再び弛緩した。そのタイミングを見計らってか、ミネラルウォーターの入ったグラスをシャンデリアの明かりにかざしていたダイヤが、今日のこの場で初めて口を開く。
「スペード、エースの言い分はもっとも。私たちの最大にして唯一無二の使命は、陛下をお守りすること。あの場で住民を巻き込んだ戦闘を行えば、仮に蟒蛇雀を討ち取れたとしても、膨大な数の死者が出ていたことでしょう。長期的な視点で考えるのならば、それでも討ち取っていた方が良かったかもしれません。しかし、亡くなられたご遺族やご友人から向けられる陛下への憎悪は一生消せないものとなっていたに違いありません」
「……その通りじゃ」
キングは閉ざしていた目をゆっくりと開きながら告げる。
「あの狂犬を討つのならば、相応の舞台を整える必要があるじゃろうな」
「先ほどはああ言いましたが、クランの捕縛失敗は私のミスでもあります。どうやら相手方の情報操作に踊らされていたようでして」
クローバーの一礼に、クィーンが頷いた。
「うむ。結局龍とやらがどこへ姿を晦ませたのかも不明じゃ。アズサ、クルリア、ホルン、リスティルと目ぼしい所は全て捜索済みじゃが、結果はご覧の通りじゃからの」
肩を竦めながら言うクィーンに、ジャックがため息を吐いた。
「また奴らは闇の中、か」
「いったいどこに拠点を持ってんだろーな。それか、こちらの警戒網を回避した上で出入国出来る手段を確立しているか、だ」
背もたれに身体を預けて椅子の前足二本をぶらぶらとさせながら、スペードは天井を仰ぎ見る。
それは答えの出ないやり取り。情報が少なすぎる現状では、時間の浪費にしかならない議題だ。
キングは咳払い1つで『トランプ』全員の視線を集める。
「さて、加えてもう1つ問題が浮上した。現状では、真っ先に対処せねばならぬ問題じゃ。我ら『トランプ』に課せられた使命を全うするためにも、のぉ」
キングからの視線に応え、クィーンが指を鳴らす。魔力によって動作する機械が反応し、円卓中央に映像を映し出した。同じ映像が8枚。座す8人がそれぞれ見やすいようにそれぞれへ向けて展開される。
「荒れるぞ。これから魔法世界は、な」
既に内容を知っているジャックは、吐き捨ているようにしてそう言った。
映し出されたのは、今朝魔法世界で放送されたニュースの一部だ。
『――のように、未だ各地では混乱が続いている様子です。ギルド本部も、今回の件については国から何の通達も来ていないとしており、エルトクリア大闘技場を襲撃した正体不明の化け物に関する情報は、一切知らなかったとの見解を示しています。国は、正体不明の化け物の存在を知っていたのか、それとも知らなかったのか。知っていたのだとすると、どこまでの対策を立てていたのか。また、なぜその事実を我々国民に知らせなかったのか。なぜ、ギルドと連携することで協力して討伐を試みようとしなかったのか。理由が問われるところです。近く、ギルマン卿から声明が出されるそうで、国民の抱く不審がどこまで解消されるのか、注目が高まっています』
「アイリス様はどうするって?」
「『どのような理由であれ、結果が全て』だそうだ。エルトクリア王家として、ギルマン卿の釈明の際、共に謝罪される」
ジャックからの回答に、ハートは「うへぇ」と舌を出しながら円卓に突っ伏した。
「ギルマンの情報統制から続く失態だろう。あの男に全てを負わせて放免してしまえ」
「それができれば苦労はしないのですよ、エース。あの男が姿を消すことによって生じる魔法世界への影響力は計り知れません。もろもろ解決される問題もありますが、それ以上にデメリットの方が大きいでしょう。各派閥が好き放題に暴れてしまうと、魔法世界そのものが機能しなくなる可能性が非常に高い。それに――」
「陛下が納得しないじゃろうな」
クローバーの言葉を引き継ぐようにして、クィーンが口にした。
「難儀な性格をしておられる。もっとも、その愚直なまでの純粋さが惹かれるところでもあるのじゃがの」
★
その部屋にある物は、その全てが一級品だった。そこにある調度品1つを売るだけで、不自由せず何年もの生活ができてしまうほどの。
部屋の主であるアイリス・エルトクリアは、その年に似合わぬ落ち着いたデスクに頬杖をついて座っていた。アメジストの瞳は、デスクに広げられた資料の束には向けられていない。意味も無く天蓋付きのベッドへと視線を走らせたアイリスは、ため息を1つ。舌打ちを堪えて立ち上がる。
ちょうどそのタイミングで、窓をノックする音が鳴った。
ここはエルトクリア城にある王女の私室。本来ならば、外からの侵入ができるほどセキュリティが甘いはずはない。ノックの主はそれだけの技量を持っているということ。
「来たか」
しかし、アイリスは特に驚いた様子もなく窓の鍵を開ける。
「昨日の今日で呼び出してすまない」
魔法世界エルトクリアにおいて、頂点に立つはずの少女は躊躇いなく頭を下げた。
そして、訪問者にこう告げる。
「早急に相談したいことがあるのだが構わないだろうか、JOKER」
第4章 スペードからの挑戦状編〈下〉・完
あとがき的な何かは近いうちに活動報告で行います。
次章は1~2ヶ月後に公開を開始する予定です。
詳しい日程が決まりましたら、活動報告にてお伝えします。