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第9話 アギルメスタ02 ④




「……『移動術から潰してやる』ね。これまでは本気じゃありませんでした、ってことか?」


 流石に驚く。まさかの一番最初に、俺の無系統魔法を潰す宣言をされるとは思わなかった。


「勘違いすんなよ。俺はいつでも本気だぜ。もっとも、俺はスロースターターなんだ。身体があったまるまでに時間が掛かるのは事実だがね」


 広げた両手を軽く振りながらそんなことを言ってくる。


「温まった今なら潰せると?」


「まだ調子は半分ってところだが、それだけあれば十分だろ」


 ……。

 笑えない挑発だ。

 しかし、この男から放たれている膨大な魔力を見るに、ただの挑発だと無視することはできないだろう。


「あぁ、そうそう。さっきの追加ルール採用時には、ご丁寧にも俺の心配をしてくれてたからな。こっちも1つだけお節介を焼かせてもらうぜ」


 首を鳴らしながらメイ・ドゥース=キーは言う。


「俺に勝ちたいって思ってんなら、短期決戦をお勧めするぜ。俺が本調子になっちまったら勝負にならねーからよ」


 その言葉を理解する頃には、俺は既に“神の書き換え作業術(リライト)”を発現し、メイ・ドゥース=キーの後ろを取っていた。即座にそれを感知したであろうメイ・ドゥース=キーが雄叫びを上げる。こちらは拳を振りかぶり、再び“神の書き換え作業術(リライト)”を発現。


「おらぁぁぁぁ!! ……お?」


 耳に届く気の抜けた声。誰もいない後ろに向けてひじ打ちを振るっているメイ・ドゥース=キーの真正面へと転移する。


「本当に反応したな。驚いた」


「げ!? 二連続!? へぶっ!?」


 喚くメイ・ドゥース=キーが咄嗟に仮面を庇おうとしたため、狙いを変えて顔面を横殴りにして吹き飛ばす。地面にその身体が接触する前に、吹き飛ばした先へと転移した。


「にゃ、ろうっ!!」


 空中で身体を捻りながら、回し蹴りの体勢となるメイ・ドゥース=キー。それを確認しながら、収縮した魔力を周囲にばら撒いた。


「おらぁぁぁぁ!!」


 威勢のいい掛け声と共に回し蹴りを放ってくる。それが俺に接触する前に、次の“神の書き換え作業術(リライト)”を発現した。メイ・ドゥース=キーの回し蹴りが空を切る。


「“弾丸の雨(バレット・レイン)”」


 収縮していた魔力の解放。

 攻撃が空振りに終わり、体勢の崩れたメイ・ドゥース=キーに四方八方から弾丸の雨が打ち付ける。


「ぐっ!? この、程度で!!」


 その言葉通り、メイ・ドゥース=キーにそれほどダメージは無さそうだ。無論、威力よりも数で勝負の“弾丸の雨(バレット・レイン)”にそんなものは求めていない。

 時間さえ稼げれば十分。


 転移先で突き出していた人差し指に魔力が集中する。

 そして解放。


「“不可視の光線(インビジブル・レイ)”」


「っ!? うっ、うおおおおおおおお!?」


 解放直前の魔力の揺らぎを感知したのか、“不可視の光線(インビジブル・レイ)”がメイ・ドゥース=キーの身体を貫通する前に、咄嗟に右手を割り込ませてきた。しかし、拮抗はそう長く続かない。“不可視の光線(インビジブル・レイ)”の放出が終了するのと、威力負けしてメイ・ドゥース=キーの右手が弾かれるのはほぼ同時だった。貫通力を強化していた俺の“不可視の光線(インビジブル・レイ)”は、メイ・ドゥース=キーの右手によって防がれた。


 だが、それでいい。

 俺は振りかぶっていた左手をゆっくりと前へと振り抜く。転移した先にいる俺とメイ・ドゥース=キーの間には20m近くの距離がある。殴打できる距離ではない。だから、拳ではなく手のひらを開いた状態で。


 但し。

 五本の指先。

 全てから“不可視の光線(インビジブル・レイ)”を放射した状態で。


「“不可視の糸(インビジブル・ライン)”」


 左下から右上へと薙いだ。

 総数5本の見えない光線が、確かな威力を以てメイ・ドゥース=キーの身体へと抉り込む。


「ぐっ、あ!?」


 咄嗟に右上へと跳躍することで、接触からの威力を殺そうとしたのだろう。四肢が切断されるようなことは無かったが、それでもダメージ無しとまではいかなかったようだ。ローブが裂け、鮮血が吹き上がる。メイ・ドゥース=キーは、うまく薙いだ光線と光線の間に身体を潜り込ませて、最小限の被害で脱出していた。


 大言壮語を吐くから平気かと思って使ってみたが、結構な威力だったな。

 貫通力を高めている“不可視の光線(インビジブル・レイ)”は、見えはしないが非常に細い一撃だ。それを横に薙ぐということは、電動糸鋸(でんどういとのこ)で木材を切断するようなもの。それが5本。大した魔力を持っていない人間に使えば、抵抗なく6つの輪切りが出来上がるだろう。


 死ななくて良かった。

 そんなことを考えながら、地面へと着地しようとしているメイ・ドゥース=キーへ、右の手のひらを向ける。


「“不可視の砲撃インビジブル・バースト”」


 声すら上げる間もなくメイ・ドゥース=キーが吹き飛ばされた。その身体は決戦フィールドの側壁へと大の字になって叩き付けられる。


「ぐっ……、ぷっ……」


 ぐらり、と。

 側壁にめり込んでいたメイ・ドゥース=キーの身体が傾く。

 鮮血が顔と仮面の隙間から漏れ出ているのを、“神の書き換え作業術(リライト)”で正面へと転移した俺は間近で捉えた。


 間違いなく重症。

 そう確信した俺は、ゆっくりと傾くメイ・ドゥース=キーの肩へと優しく手を添えて。


「“不可視の弾圧(クラック・ダウン)”」


 そのまま地面へと容赦なく叩き潰した。







 その一撃は近くの側壁ごと抉り飛ばし、この試合2つめとなる超巨大クレーターを築き上げた。その中心地でピクリとも動かないメイ・ドゥース=キー。その戦闘模様を見届けていた観客は、あまりのT・メイカーの圧倒ぶりに絶句していた。

 メイのさっきのあの余裕そうな感じはなんだったの、である。

 それは実況解説の二人組にとっても同じことだった。


『え、えーっと。カルティさん。どう思いますか?』


『……どうと言われても困るね。メイ選手のあの余裕は何だったのか、小一時間問い詰めてみたいってところかな』


『試合終了のコールします?』


『ちょ、ちょっとだけ待とうか。流石に由緒正しきアギルメスタ杯決勝でこんな終わり方はちょっと……』


 言葉を濁しながら発言するカルティ。

 その視線の先では、ちょうどメイカーが足でうつ伏せのメイを転がしたところだった。







 この男の放出する魔力量にビビって、かなり本気で叩き込んでみたが過剰攻撃だったようだ。明らかにやり過ぎた。観客席から歓声や拍手が無いことがその証明だろう。これじゃあ一方的にボコっただけだ。なんともまぁ後味の悪い。

 そんなことを思いながら、足元に転がるメイ・ドゥース=キーを足で仰向けにする。


 完全にぐったりである。

 マジかよ。あの激戦を予感させる言動は何だったんだ。俺の心配を返してほしい。ため息を吐きながら、転がる男の顔へと目を向ける。


 そこには黒色の仮面。

 試合終了のアナウンスが流れないということは、さっさとこの仮面を取って正体を晒せということだろう。まさかまだ戦闘が続行できるとは思ってないよな。試合終了のアナウンスが流れるまでひたすら“不可視の弾丸インビジブル・バレット”を叩き込むことも考えたが、流石に観客受けしないと思ってやめた。こういうところが試合の面倒くさいところだ。

 これも油断になるのか。なるんだろうなぁ……。


「さて。初対面ではないって言っていたが、いったいどこの誰なのや――」


 言い切る前に、腕が伸びてきた。仮面を剥ごうとしていた俺の腕が掴まれる。


「油断、げほっ……大敵だぜ!!」


「油断なんてしてると思ったのか?」


 それに痛みで咳き込みながら言われても全然怖くない。

 メイ・ドゥース=キーが何かするよりも早く、“不可視の弾丸インビジブル・バレット”が仰向けのメイ・ドゥース=キーを叩き潰した。同時に、周囲へと収縮した魔力をばら撒く。


「がっ!?」


「当然、これで終わると思ってはいないだろう?」


 返答を待たずに解放。

 血を吐いてるくせに随分と丈夫な身体のようだ。もう少し猛攻を与えても死にはしないだろう。


「“弾丸の雨(バレット・レイン)”」


 ショットガンの如く、弾丸の雨がメイ・ドゥース=キーへと降り注いだ。それでもなお掴まれたままである腕を引く。それにつられるようにしてメイ・ドゥース=キーの上半身が起き上がったので、そのまま腹へと蹴りをぶち込んだ。


「ごあっ!?」


 流石にこの一撃は痛かったのか、掴まれていた腕が離れる。吹き飛ぶ直前に仮面を毟り取ってやろうとしたが、それは器用に蹴りで弾かれた。


「“不可視の弾丸インビジブル・バレット”」


 お返しにとばかりに追撃の一撃を放ったが、空中で身を翻して回避される。回転しながら地面に足を付けたメイ・ドゥース=キーが、着地と同時に地面を蹴りあげた。眼前で拳が握りしめられるところを捉える。回避一辺倒だったにも拘わらず、一瞬で攻撃に転じてきたのだ。


「“不可視の装甲(クリア・アルマ)”」


「うっ!? 硬ぇ!?」


 俺の仮面へと放たれた拳は、即座に身に纏った“不可視の装甲(クリア・アルマ)”によって僅か数cmのところで弾かれる。


「身体強化……、じゃねーな!? いつの間に!?」


「答える必要があるか?」 


 左手を薙ぐ。


「“不可視の糸(インビジブル・ライン)”」


 地面から宙へと流れる間、不可視の5本の糸が決戦フィールドへと5本の亀裂を生んだ。床を抉るようにして射出されたそれらがメイ・ドゥース=キーを襲う。それに対してメイ・ドゥース=キーは跳躍で対応した。身体強化魔法の発現。目にも留まらぬ速さで跳躍したメイ・ドゥース=キーが宙へと逃げる。“不可視の糸(インビジブル・ライン)”で追従しようにも、持続時間はほとんどない。すぐに掻き消える。


 だが。


「宙へ逃げるのは悪手じゃないか?」


 右手を突き上げて、解放。


「“不可視の砲撃インビジブル・バースト”」


 打ち上げ花火のように極太のレーザーを派手に打ち上げた。無論、見えはしないが。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」


 両腕を交差させたメイ・ドゥース=キーが、それを真正面から浴びる。しかし、それを目撃した瞬間に確信した。


 あまり、……効いていない。


「……まさか」


 さっきまでは、致命傷に近い一撃として機能していたはずなのに?


「おおおおおっ、らああああああああああああああああ!!!!」


 メイ・ドゥース=キーが脅威を弾くように両腕を広げる。同時に“不可視の砲撃インビジブル・バースト”が掻き消された。


「ははっ!! 本当に面白ぇな!! お前!!」


 笑いながらこちらへと落下してくる。右手は固く握りしめられていた。

 冗談じゃない。


「“不可視の衝撃(ショック・ウェーブ)”」


 手を打ち鳴らすのと同時に、俺を中心とした衝撃波が拡散する。しかし、それすらもメイ・ドゥース=キーは右脚で蹴り飛ばした。


「喰らえっ!!」


 咆哮と共にメイ・ドゥース=キーが拳を振りかぶる。そこには尋常じゃない程に込められた魔力があった。

 ……あれは、まずい。


 逡巡は、一瞬。


「“解放(ブラスト)”」


「なっ!? うおおおおおおおおおおお!? まだこんな威力が!?」


 纏っていた“不可視の装甲(クリア・アルマ)”を爆散させて再びメイ・ドゥース=キーを吹き飛ばす。それを目で追いながら、両の手のひら全ての指に魔力を収束させる。空中で乱れた体勢を整えようとしているメイ・ドゥース=キーに向かって、両手を交差させるようにして薙いだ。


「“不可視の網(インビジブル・ネット)”」


 計10本の光線を網の目状に交差させる。先ほど、メイ・ドゥース=キーは器用に身体を捻って光線と光線の間に身体をすべり込ませていた。

 今度は、そんな隙間などない。


 細切れにならないように、と少しだけ祈りながら行ったそれは。

 メイ・ドゥース=キーから吹き出した圧倒的な魔力によって霧散した。


「なっ……、にっ!?」


 驚愕による硬直は一瞬。

 しかし、その一瞬でメイ・ドゥース=キーは地面へと着地し、同時に跳躍。

 一瞬にして肉薄される。


「ビビってんじゃねーぜ、セッ、T・メイカー!!」


 メイ・ドゥース=キーの拳が、俺の仮面へと直撃した。







『あーっ!? あれだけの猛攻を受けていたメイ選手がっ!? ついにメイカー選手へ手痛い一撃を見舞うーっ!?』


『無属性とはいえ身体強化魔法を纏った一撃!! それがメイカー選手の仮面に直撃だね!! これはほぼ間違いなくバラバラに――っ』


 T・メイカーの顔がついに晒されるか。

 目にも留まらぬ猛攻に目を白黒させながら観戦していた観客が、凄まじい熱量と共に歓声を発した。


 しかし。

 一瞬にしてメイから距離を取ったメイカーの顔には、一撃を受ける前と変わらず仮面が装着されている。


『い、いや!? 耐えた!? 耐えてます!! メイカー選手の仮面壊れずーっ!! これはどういうことなんでしょう、カルティさん!!』


『おそらく、メイカー選手の「物質強化魔法」が間一髪で間に合ったんだろうね!! 彼らの戦いはまだ終わってない!! これは熱いね!!』







 追撃を仕掛けようとしたメイ・ドゥース=キーに牽制の“不可視の弾丸インビジブル・バレット”を打ち込み、“神の書き換え作業術(リライト)”を発現して距離を取った。

 僅かにズレた仮面を手で抑え、元の位置へと直す。同時に舌打ちした。


 勘違い、……じゃない。

 明らかに、メイ・ドゥース=キーの発現量が上がってきている。“不可視の砲弾インビジブル・バースト”や“不可視の網(インビジブル・ライン)”が力技で破られたのが良い証拠だ。スロースターターと言っていたが、まさかこんなにも変わるものなのか?


『俺に勝ちたいって思ってんなら、短期決戦をお勧めするぜ。俺が本調子になっちまったら勝負にならねーからよ』


 先ほどメイ・ドゥース=キーから言われた言葉が脳裏を過ぎる。

 あれは大言壮語ではなかったのかもしれない。

 だとするならば。


『勘違いすんなよ。俺はいつでも本気だぜ。もっとも、俺はスロースターターなんだ。身体があったまるまでに時間が掛かるのは事実だがね』


 短期決戦。

 そうだ。

 俺のやるべきことは何1つ変わらない!!


『ここで来たーっ!! メイカー選手による全身強化魔法の発現!! これは攻撃特化の火属性!! 「業火の型(レッド・アルマ)」ですね、カルティさん!!』


『それも無詠唱でだね!! メイカー選手の凄いところは一族や流派による特殊魔法じゃなく、一般の上級魔法を無詠唱で発現しているところだ!! 彼が魔法使いとしてかなりの高みにいることはもう間違いようがないよ!!』


 喚き立てる実況解説の声を置き去りにし、地面を蹴る。瞬く間に距離を縮める俺に対して、メイ・ドゥース=キーが構えを取る。

 そこで“神の書き換え作業術(リライト)”を発現。


 一度だけではない。

 三連続。


 正面から後方へ。

 後方から真上。

 そして、真上から真横へ。


 短期決戦で沈める、と覚悟しているからこそできる戦法。

 無系統魔法を惜しげもなくフェイクとして連用する。

 握りしめた拳をメイ・ドゥース=キーの顔面へと叩き込もうとして。




 その拳を正面から受け止められた。




「――――な、……に?」


 自分の右拳がメイ・ドゥース=キーの左手によって受け止められている。

 その光景を、俺は刹那の時間の中で呆然と眺めていた。


 追撃を仕掛けなければ、とか。

 一度後退して体勢を整えなければ、とか。


 次の行動を起こす思考すら、完全に麻痺していた。


「タイムリミットが来ちまったみてーだな。お前さんが俺を倒せなくなるタイムリミットがよ」


 その宣告を聞いて我に返る。


 メイ・ドゥース=キーの回し蹴りが俺を抉る前に、“神の書き換え作業術(リライト)”でその場から離れた。先ほどまでいた位置から100m以上も離れた後方へと転移する。メイ・ドゥース=キーは追ってこなかった。

 蹴り飛ばす対象を失ったメイ・ドゥース=キーがたららを踏む。その動作で、腕と脚に纏わりついていた炎が激しく揺らめいた。ようやく気付く。俺に対抗するために、メイ・ドゥース=キーが火属性の身体強化魔法を発現していたことに。だが、信じられないのはそんなことではない。身体強化魔法を無詠唱で発現することくらい、今更驚きはしない。


 ……なぜ、俺の攻撃を防げた?

 答えは1つだ。

 完全にメイ・ドゥース=キーは俺の転移魔法についてきている。


 アリサ・フェミルナーのような経験則による高速戦闘術なんかじゃない。

 メイ・ドゥース=キーは、俺の転移魔法に対応するだけの戦闘能力がある。


『自分の能力が最強だと思ってた? 回避不能の神の御業だと?』


 かつて。

 蟒蛇雀に言われた言葉が脳裏を過ぎる。


 そうだ。

 今の僅かな攻防で確信した。

 確信、してしまった。


 この男。

 メイ・ドゥース=キーは。

 初見で俺の“神の書き換え作業術(リライト)”を対処した蟒蛇雀と同格だ。


「言ったろ? 最初にお得意の『移動術』を潰すってよ」


 俺の心情を悟ってか追撃を仕掛けてこないメイ・ドゥース=キーは、面白くなさそうな声色でそう言った。


「目が慣れて、身体があったまって動けるようになっちまえば、そんなもん怖くねーよ。無系統魔法だってれっきとした魔法だ。お前さんがどこに移動しようとしているかは、実際に移動してくるほんの少し前に感知できる。いわゆる発現の兆候ってやつが感知できればこっちのもんだ」


 簡単に言ってくれるがそんな簡単にできることじゃない。そんなに簡単に対処されるような魔法なら、そもそも俺は自分の生命線としてこの魔法を頼っていない。


「なぁーにショック受けてんだよ。手持ちのカードが1つ破られただけじゃねーか。まだまだこれからだろ? 気合い入れてくれよ、こっちは今日という日を楽しみに待ってたんだからよ」


 両腕を広げながらメイ・ドゥース=キーは言う。


「それとも、次はこっちから行こうか?」


「っ」


 その瞬間、我に返る。

 相手のペースに呑まれてはいけない。

 メイ・ドゥース=キーの言う通りだ。最大の切り札であったことは事実だが、俺の手持ちカードが全て敗れたわけではない。そもそも、“神の書き換え作業術(リライト)”だってそのものが敗れたわけではなく、移動手段としては未だに有用なはずだ。


 思考回路に異常は無い。まだ使える。翻弄し、最後に“不可視の弾圧(クラック・ダウン)”を叩き込む。


 ――――“神の書き換え作業術(リライト)”発、


「――――っ!?」


 思わず息を呑む。

 メイ・ドゥース=キーの正面へと転移しようとして、失敗した。メイ・ドゥース=キーから無系統魔法の発現を妨害されたわけではない。俺自身が無系統魔法の発現に失敗したわけでもない。やろうと思えば、ちゃんと発現はできた。けれど、できなかった。


 隙が、見当たらない。


「嘘、……だろ」


 呻き声にも似た何かかが俺の口から漏れる。

 来る者は拒まず。

 そう言わんばかりに、両の手を広げて待ち構える漆黒を身に纏いし魔法使い。一見隙だらけに見えるそれも、この身に突き刺さらんとする重圧が嘘だと告げてくる。


 浅草唯。

 アリサ・フェミルナー。

 龍。


 このアギルメスタ杯では、一癖も二癖もある奴らと戦ってきた。強制的に参加させられた身ではあったが、これほどまでに自分の糧になる経験もそうないだろう、と今では素直に思えるほどの。


 しかし。

 今、俺の前に立っている男は、格が違う。


 異質すぎるのだ。


 正面。

 背後。

 右。

 左。

 上空。

 足元。


 ありとあらゆる角度に座標を合わせようとし、すぐに考え直す。


 駄目だ。

 どこへどう跳んだとしても、まったくもって、勝てる気がしない。


 いや、それどころか。

 俺の拳が、あの男に一撃入れる場面が、想像すらできない。


 こんな感覚、……初めてだ。

 蟒蛇雀の時ですら感じなかったぞ。


 こいつはそれ以上だっていうのか?

 冗談だろ!?


「……なぁ」


 敵を迎え入れるように両腕を広げたままのメイ・ドゥース=キーが、焦れたのか口を開く。


「来ないのか?」


 心底、疑問に思っているかのような声色だった。

 答えられない。

 メイ・ドゥース=キーから放たれる刺すような重圧に、対応できない。


「来ないなら、こちらから行くぞ?」


 ゆっくりと。

 メイ・ドゥース=キーの片足が一歩を踏み出して――、


「っ!? うおっ!?」


 目と鼻の先をメイ・ドゥース=キーの手が横切る。振り抜かれた右手はそのままに、左手が突き出された。それを首を逸らすことで躱す。伸ばされた腕を掴み、自らの身体を反転。一本背負いへと持ち込む。


「ふははっ」


 背中越しに聞こえた笑い声に嫌な予感を憶えた。そして、その直感が正しかったことがすぐに判明する。投げられる体勢のまま伸びてくる、メイ・ドゥース=キーの手。

 その手が目指す場所とは――――。


「クソ野郎!!」


 思わず罵声を飛ばしながら、わざと一本背負いの体勢からバランスを崩す。傾いたことにより、俺の仮面へと伸ばされていたメイ・ドゥース=キーの腕が空を切った。メイ・ドゥース=キーのその腕は、俺がバランスを崩したことによって倒れ込む自らの身体を支えるため、地面へと伸びる。

 その腕を俺の膝が蹴り払った。


「おっ!? ぷあっ!?」


 一瞬の怯みを突いた俺の回し蹴り。それがメイ・ドゥース=キーの仮面で覆われた頬を直撃する。一瞬浮きかけた仮面だったが、肩から地面へと落下したメイ・ドゥース=キーがギリギリのところで押さえ込んだ。


「“弾丸の雨(バレット・レイン)”」


 体勢を整える暇など与えない。単体での攻撃はもう通用しないと見るべき。ならば、連撃。

 追撃に魔力の散弾を降らせる。それを片手で払ったメイ・ドゥース=キーが再び距離を詰めようとしたので、向こうが動く前にこちらから“神の書き換え作業術(リライト)”で出向いてやる。


 仮面へと手を伸ばす。

 向こうもほぼ同じタイミングで仮面へと手を伸ばしてきた。


 発現の兆候ってやつか。ちくしょう。

 伸ばす手はそのままに、お互いの回し蹴りが、お互いの脇腹を穿った。


「ぐっ!?」


「がっ!?」


 ミシリ、と。

 嫌な音を奏でる骨。


 ふわり、と。

 浮かび上がる身体。


 そして。

 俺とメイ・ドゥース=キー。

 両者の身体が決戦フィールドの中央から200mほど吹き飛び、それぞれが側壁へと激突した。

次回の更新予定日は、6月19日(金)です。

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