第8話 アギルメスタ02 ③
☆
――――“神の書き換え作業術”発現。
跳んだ先は、メイ・ドゥース=キーの真正面。
「がっ!?」
初撃。
漆黒の仮面へ放とうとした俺の拳は、即座に感知したメイ・ドゥース=キーが防御の構えを取ったことで寸止めに変更。その代わりに、右足で容赦なく腹部を蹴り飛ばした。仮面に覆われた顔面を庇おうと両腕をクロスさせたまま、メイ・ドゥース=キーの身体が「く」の字に折れ曲がる。浮き上がる両足。勢いに乗り、そのまま後方へと吹き飛ぼうとするメイ・ドゥース=キーの身体。
そして、その背後へと転移した俺から繰り出される回し蹴り。
「ごっ、あ!?」
脇腹へと抉り込んだ脚を振り抜く。骨の軋む音を響かせながら、今度こそメイ・ドゥース=キーが吹き飛ぶ。純白のカーペットと化した雪の上を滑るようにして転がる。
「ぐっ、こんにゃろっ、いきなりトップギアかよ!!」
体勢を整え、雪を削りながらメイ・ドゥース=キーが叫ぶ。
しかし。
そんな非難の声をメイ・ドゥース=キーが発した時には、
俺は既に、メイ・ドゥース=キーの上にいた。
「“不可視の弾丸”!!」
「ぐあっ!?」
頭上へと視線を向けたところでもう遅い。
俺の手から放たれた“不可視の弾丸”が、無防備なメイ・ドゥース=キーを容赦なく叩き潰す。20cm近く降り積もっていた雪は呆気なく吹き飛び、決戦フィールドの床すらも削り飛ばし、メイ・ドゥース=キーを中心としてクレーターを築き上げる。
そのまま落下し、大の字になってのびているメイ・ドゥース=キーへと膝打ちを見舞った。身体中の酸素を口から吐き出し、呻き声を上げるメイ・ドゥース=キーの胸へと手のひらを押し付ける。
「っ、やべっ」
慌てて何かの魔法を発現させようとするメイ・ドゥース=キーだが、俺の方が早い。
「“不可視の弾圧”」
俺の左腕に装着したMC『虹色の唄』の助けを借り、膨大な魔力を一気に解放する。それは周囲一帯へと散らばり、空間を強引に掌握。魔法発現が阻害されたメイ・ドゥース=キーが、仮面の下の目を大きく見開いた。
先ほどできたクレーターなど、跡形も残らない。
それを遥かに上回るクレーターが、メイ・ドゥース=キーを中心として誕生した。
★
激しい破壊音と共に生まれる巨大なクレーター。
同時に巻き起こる歓声と拍手。
『い、いきなり行ったーっ!? これまではあくまで受け身の姿勢からスタートしていたT・メイカー選手でしたが!! 今回は初手から全力の猛攻!! これがT・メイカーの本気ということでしょうか!? カルティさん!!』
『目にも留まらぬ速さ、というのはこういうことを言うんだろうね!! 一瞬でメイ・ドゥース=キー選手に蹴りを打ち込んだと思ったら、いつの間にか後ろにいるし、気が付いたら吹き飛んだメイ・ドゥース=キー選手の上をとっているしで速すぎるよ!! 今の動きを目で追えた人なんてほとんどいないんじゃないかな!?』
マリオの言葉に応えるように、カルティも叫ぶ。いつもの緩い口調とは違い、興奮一色に染まっている。
『これはもう決着がついちゃったんじゃあ……、ああ!?』
直後に生じた衝撃音を耳にして、カルティは再び声を張り上げた。
☆
MC『虹色の唄』の雑音はあるものの、“不可視の弾圧”が無事に発現できたことに安堵する。これが使えるか使えないかで結構変わるからな。
ただ、安心してばかりもいられない。膨大な魔力を一気に解放したことで、小さな虚脱感に襲われる。俺が保有する魔力容量の総量からすれば、それほどの出費ではない。しかし、俺が今できる最大量の放出をしただけあり、身体の中にぽっかりと穴が生じたかのような感覚がある。
このまま馬乗りになった状態で、“神の書き換え作業術”を発現して首でも切り飛ばせれば一気に勝負はつくだろうが、そんなバイオレンスなことはできない。
虚脱感による停滞は一瞬。代わりに拳を握りしめる。
しかし、その一瞬が流れを変えてしまった。
「結構効いたぜ。お前の攻撃」
「うぐっ!?」
耳元に、衝撃。
脳が揺さぶられて身体が浮き上がる。ぶれる視界で伸ばされた腕を見る。
おそらくは、メイ・ドゥース=キーの右腕が直撃したのだろう。そう考えが至った時には、既に俺の身体は吹き飛んで雪の上に転がっていた。
完全に不意を突かれた一撃だった。油断をしていたつもりはなかった。相手に次の手を考えさせる暇すら与えず、一気に仕留める予定だった。
それでも。
俺の思考の間、僅かな途切れ目を狙った、鋭い一撃。
『重い一撃が決まったーっ!! 圧倒的優勢の立場だったメイカー選手が吹き飛ぶ!! やはり一筋縄ではいかないか!? どう見ますかカルティさん!?』
『う~ん。完全にメイカー選手のリズムでバシバシ攻撃されていたのに、あれでノックアウトしてないのは凄いよね。メイカー選手が放った最後の一撃って、アリサ・フェミルナーを下した時と同じくらいの威力、規模に見えたんだけど。それを耐えきったわけだもんねぇ。こりゃあ「メイカー選手の圧勝説」は無くなったと見るべきかもね』
「ぐ、くそっ」
ぐらつく思考に鞭を打っても、生理的な身体の震えまでは止まらない。折れかけた脚をローブで隠すようにして、強引に体勢を整える。
追撃は来なかった。
メイ・ドゥース=キーは、ゆっくりと巨大なクレーターから這い上がる。
「よっこらせっと。ははっ、いやぁ面白ぇな。やっぱ試合って言ったらこうでなくっちゃよ。お前もそう思うだろ?」
本当に嬉しそうな声色でそんなことを言ってきた。説明の足りない質問だが、おそらく比較対象は天道まりか。本戦第二試合ブルーグループで、仇敵である藤宮誠と死闘を演じた天道家の生き残りだ。
「……さてな。どんな狙いで大会に臨むかなんてのは人それぞれだろう?」
頭を振って痛みを紛らわせながら答える。追撃を仕掛ければ有利に進められるだろうに、メイ・ドゥース=キーは会話を求めてきた。それに乗らない手は無い。
「まあ、それを言われちまうとこっちも肩を竦めることしかできねーんだがよ」
言葉通り肩を竦めながらメイ・ドゥース=キーは言う。その言動で理解した。こいつも天道まりかの因縁を知っているということを。
にも拘わらず、本戦第二試合ブルーグループでのあの対応。
つまり。
「汚れ役を買って出たってわけか。随分とお人好しなんだな」
治癒魔法を使っても天道まりかは全快しなかっただろう。おそらくは、今もどこかの医療機関で治療を受けているはずだ。この男から受けた魔法攻撃もそうだが、その前に藤宮誠から受けていた攻撃はその全てが致命的だった。それでも、仮にあいつが決勝進出を決めていたら、身体を引き摺ってでも出場したであろうことは目に見えている。
「あん? なんでそんな結論になるんだ? 俺はただ自分のわがままを叶えてここに立ってるんだぜ? シンプルに、お前とケンカしたいってわがままをよ」
本心から出ていそうな口調だった。
だからこそ、余計に分からない。
「なぜ?」
「あ?」
「お前が俺に固執する理由が分からない。いや、俺個人ではなく『黄金色の旋律』としての俺に興味があるというなら理解できるんだが。名声か? 箔でも付けたいのか?」
そういった理由なら理解できる。『黄金色の旋律』は、世界最強と謳われるリナリー・エヴァンスの率いる組織。そのメンバーは公開されていないために謎に包まれたまま……、だったはずが、このアギルメスタ杯にその1人が出場してきた。T・メイカー、つまりは俺だ。予選、そして本戦とかなり目立つ手法で暴れてきた。どこまでやるのか、と疑問視してきた連中には十分なインパクトをくれてやっただろう。そいつを撃破したとなれば、必然的に名声も高まる。
しかし。
「……ぷっ、はははははははっ!!」
俺としては確信に近い質問だったのだが、当の本人であるメイ・ドゥース=キーは腹を抱えて笑い出した。
「名声、名声ね。ははははっ、あははははははっ!!」
『え、えっと……。なんか戦闘が止まったなって思ってたら、メイ選手が急に笑い出したんですけど。どう思われますか、カルティさん』
『どうもクソもないね。とりあえずマイクを決戦フィールドに向けてもらえるかな。本戦第一試合レッドグループの時のように、防音の魔法が展開されているわけでもないようだし……。あぁ、それと会話が終わりそうになったらすぐにマイクを切るんだよ。爆音がマイクに乗ったら会場中の皆さんの鼓膜が非常に残念な被害を被ることになるからね』
「そんな面白いことを言ったつもりはなかったんだが……」
途中、「言ったつもりは~」辺りで、自分の声が拡声されたのが分かった。実況解説が無駄に気を回して会場中に聞こえるようにしたようだ。これまで以上に発言に気を遣う必要があるな。面倒くさい。
『いや、すまんすまん。お前を馬鹿にしたわけじゃねーよ。それにしても、名声、名声か。ははっ』
俺と同じく自分の声が拡声されているにも拘わらず、まったく気にした素振りも無くメイ・ドゥース=キーが笑う。
『言っただろ? 俺は「お前とケンカ」しにここへ来た。お前がどこの組織に属していようが関係ねーよ。俺の目的はあくまでお前、T・メイカーだ』
余計に分からない。
『俺自身が目的? 俺はここが初対面だと思っていたが、過去に何かあったか?』
『んー? あー、なるほどな。そういう風に捉えたか』
妙に引っかかる言い回しをしてきた。俺の心情を悟ってか、メイ・ドゥース=キーは手をひらひらさせながら続ける。
『言っておくが、マリカテンドーのように因縁を抱えてきたわけでもねーから。そこは心配しなくてもいいぜ。ただ、初対面ってのは間違いだ』
『なに?』
会ったことがある?
俺がこの男と?
記憶を掘り起こしていると、メイ・ドゥース=キーがぽんと手を叩いた。
『ちょうど良い。せっかくの見世物だし、1つゲームをしようぜ』
『……ゲームだと?』
いきなり何を言い出すんだこいつは。拡声されて大闘技場中に会話が聞こえているせいで、観客席からもどよめきの声が上がる。
『簡単なことだ。俺たち、奇遇にもお互い仮面を付けてるだろ?』
それを聞いただけで、俺はこの男が何を言いたいのかを悟った。
背中に、嫌な汗が流れるのを感じる。
『相手の仮面を先に剥いだ奴が勝ち。勝った奴は負けた奴に1つだけ好きな命令をすることができる。勝ちってのはこの決勝戦の勝者ってわけじゃないぜ? その後も試合は続行だ。もっとも、命令で「勝ちを譲れ」って言えば試合も終わっちまうけどな』
★
『こ、これは……。メイ選手は、また随分と不敵な発言をしていますが……』
『仮面を剥がした方が勝ち、ってちょっとスポーツ間違えているんじゃないかな……。けど、試合を彩る起爆剤になったのは間違いないようだね』
カルティは聞こえてくる歓声と拍手を耳にしながら言う。
拍手喝采だった。
決戦フィールドには素性不明な魔法使いが2人。力が全てのアギルメスタ杯で勝ち残った最後の2人。その2人が自らの正体を賭けて争おうと言うのだ。盛り上がらないはずがない。
対照的に沈黙に包まれた決戦フィールドへと目をやりながら、マリオが続ける。
『メイカー選手からの返事が気になるところですが……。しかし、受けると思いますか? 「無所属」のメイ選手とは違い、メイカー選手はかの「黄金色の旋律」に所属しています。リーダーであるリナリー・エヴァンス以外、一切の素性が明かされていないパーティです。リスクとしてはメイカー選手の方が高いと思われますが……』
正論だ。
情報の価値が違う。どの組織にも属していないメイなら、犯罪でも犯していない限り、顔が割れることは問題にならないだろう。むしろフリーであるならば顔を売れるチャンスになると言える。しかし、メイカーはそうではない。『黄金色の旋律』とはリナリー・エヴァンスが率いる組織。世界最強と注目を集める大魔法使いが、目立った行動をしたくない時に動かせる唯一の駒だ。当然、素性は公開しないに越したことはない。
カルティは頷く。
『それは間違っていないけれど……』
その視線を黒一色の魔法使いへと向ける。
その視線には、畏怖の念すらも宿っていた。
『この状況なら……、メイカー選手は受けるしかないね』
『えっ?』
『まさか、ここまで考えた上で事を運んでいたのだとしたら、僕たちの行動も全部彼の予定通りだったということに……』
☆
くそっ!!
心の中で思わず毒づく。
この野郎、狙ってやがったな!!
罵声を飛ばしたくなるが、飛ばしたところで意味は無い。むしろ『黄金色の旋律』の評判を下げるだけだ。地団太の1つでも踏みたくなってしまう。完全にしてやられた。
戦闘が続行される前に少しでも痛みを回復しておこう、と会話に乗ったのがそもそもの間違い。いや、俺からの猛攻を防ぎ切った上で、俺が耐えられる程度のカウンターを放ってきた辺りからが策略の上か?
どちらにせよ、やられたとしか言いようがない。
俺は、この男の提案を断ることができない。
俺とこの男の会話は、エルトクリア大闘技場全てに聞こえてしまっている。テレビでも放映されるようだから、時間差はあるものの世界中の誰もがこの会話を知ることになるだろう。
つまり、この男が持ちかけたゲームを俺が受諾したか否かも世界中に伝わるということだ。『黄金色の旋律』というビッグネームを背負った俺が、どのような回答をしたのかということが。
断れば、仮にこの決勝戦で勝利することができたとしても、世界は「俺が逃げた」と思うだろう。「あのリナリー・エヴァンスが率いる『黄金色の旋律』は、勝負から逃げた」と。試合には勝ったが勝負からは逃げた、なんて恥晒し以外の何者でもない。
断ることができない形に仕組まれた。
こうして回答に時間がかかっていること自体も既にマイナスだろう。
くそっ!!
仮面越しに睨みつける。向こうも仮面をしているので見えたわけではないが、仮面の下でニヤニヤ笑いを浮かべているであろうことは容易に想像できた。
痛いくらいに拳を握りしめる。
この男は絶対に吹き飛ばす。容赦なく、……叩き潰してやる。
『こえーこえー。すげー殺気だな』
こっちの神経を逆なでするのが目的なのか、肩を竦めながら飄々とした調子でそんなことを口にしてくる。その一挙手一投足全てがムカつく!!
『んで? 回答を聞いてねーんだが。相手の仮面を剥いだ方が好きなことを1つ命令できるってルールは有りでいいんかね? 嫌なら嫌って言ってくれて構わねーぞ』
心にも思ってないことを言いやがって。
……俺の仮面が剥ぎ取られた場合は、転移で逃走するしかないな。師匠からも言われたが、もともとの目的は優勝することではない。あくまで俺が実践経験を積むことが目的だ。軽く優勝はしてもらうとか寝言を言っていたような気もするが、おそらく勘違いだろう。
「T・メイカー=中条聖夜」の図式を大々的に公開するくらいなら、場外へ逃走して失格負けした方がマシのはずだ。俺からすればマシに決まっている。既に魔法世界の貴族様にアメリカ合衆国の魔法戦闘部隊の隊長様と、生涯に渡って関わり合いになりたくない人物を吹き飛ばしてここに立っているのだ。そのしわ寄せが中条聖夜に降りかかってくるなんてまっぴらごめんだ。
『そんな悩むようなことか? 最高の舞台が整った決勝戦へのちょっとしたスパイスのつもりで言ったことなんだけどよ』
『いや……』
心の中で舌打ちしながら言葉を発する。既に観客席からは回答しない俺へのざわめきが生まれ始めていた。負けるのを恐れて回答を躊躇していたとは思われたくない。俺個人への中傷ならいいが、『黄金色の旋律』のイメージダウンになるようなことは避けなければならない。それでは俺以外の皆に迷惑をかけることになる。
なんと答えるべきか。
……、……これしかないか。
もう開き直るしかない。
『そんなルールを追加してしまっていいのか、と思ったんでな』
『あん? 運営委員会に許可が必要って話か?』
『違う』
これから先の言葉を言ってしまえば、もう後には引けない。
ゆっくりと首を横に振る。
その動作の間に覚悟を決めた。
『メイ・ドゥース=キー。俺はさっき、ここが初対面ではないと言ったな。しかし、俺はお前の名乗る名前に記憶が無い。つまり、お前のその名前は偽名ということだ』
『……それがどうかしたか?』
若干、メイ・ドゥース=キーの声が低くなった。嘘を吐いて大会に出場している、という事実を公の場で言われたくないという気持ちはよく分かる。
だが、俺が言いたいのはそこじゃない。
『加えてその全身を覆うローブに、顔を隠す仮面。今のお前は自分のプロフィールの一切が謎のままということだ』
『だからそれが何なんだ、って聞いてんだが』
不機嫌そうに尋ねてくるメイ・ドゥース=キーへ、人差し指を向ける。
そして。
言う。
『負けても謎は謎のまま消えることができるにも拘わらず、お前は進んで自分の醜態を晒したいのか?』
その言葉に。
メイ・ドゥース=キーが硬直した。
観客席も静まり返る。
いや。
エルトクリア大闘技場の全てが、凍り付いたかのように静止した。
当然だろう。
俺が今したのは、完全なる勝利宣言。
この上ない挑発。
もともと必要の無かった独自ルールを持ち掛けてきた時点で、最初に挑発してきたのはメイ・ドゥース=キーだ。それでも、俺はそれに乗るだけでなく上乗せした挑発で返した。
肝を冷やす、とはこのような時に使う言葉なのだろう。
事実、誰も何も口にしない。布きれ1つ擦れる音すらしない。着々と降り注ぐ雪だけが、今のエルトクリア大闘技場で動くものの全てだった。
その中で。
『ふっ……』
最初に動いたのは。
『ふはははははははははははははははっ!!!!』
メイ・ドゥース=キー。
『ははははっ!! ははっ、はははっ!! ははははははははははっ!!!!』
笑う。
怒気は感じられない。本当に面白い、と言わんばかりに笑う。
俺だけでなく、実況解説、そして観客も困惑する中で、ようやく笑いを止めたメイ・ドゥース=キーが手を叩いた。
『やっぱ面白ぇな、お前。流石にそう返してくるとは思わなかった。確かにそうだよな。せっかく仮面で隠してるんだから、そのままにしておいた方が負けた時に気が楽だよな。くくっ。くくくっ』
腰に手をやり、つま先で積雪を小突きながらメイ・ドゥース=キーは肩を震わせる。
呟くように、一言。
『……まさか、俺の心配をされるとは思ってなかったわ』
瞬間。
思わず身構えてしまうほどの魔力が、メイ・ドゥース=キーから吹き上がった。
『っ!? 決戦フィールドに向けてたマイクを切るんだ!! 早く!!』
実況解説の片割れが叫ぶようにして言う。
しかし、もう周囲に視線を向けるほどの余裕は俺には無い。魔力容量と発現量には自信のある俺ですら悪寒を覚えるほどの魔力が、メイ・ドゥース=キーから発せられている。足元の雪は吹き飛び、メイ・ドゥース=キーを中心として半径10mほどの円状に決戦フィールドの床が顔を覗かせていた。
……“不可視の弾圧”なら突破できるだろう。しかし、あれは放出直後に隙ができる。極力、決め手となる一撃として使いたい。だが、いつも使っている“不可視の弾丸”ではどうか分からない。
そう。
やってみないと分からない量が放出されている。
「さて。それじゃあ追加ルールは採用ってことで始めるか」
メイ・ドゥース=キーは、まるで俺を迎え入れるかのように両腕を広げて言う。
「来いよ。まずはお前ご自慢の『移動術』とやらから潰してやる」
次回の更新予定日は、6月12日(金)です。