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第5話 アギルメスタ01 ⑫




 刀身を収めるために用いられる鞘。当然ながらそれは、人体を貫けるような構造で作られてはいない。

 決して細くはないその先端が、まりかの体内へと傷を押し開くようにして抉り込むのと同時、藤宮の手で物質強化魔法がかけられていたにも拘わらず、それは中心部分から砕け散った。


 それでも、藤宮は後悔していなかった。

 この一撃は、間違いなく致命傷となった。

 握る鞘から離れた先端部分。まりかの体内へと深々と突き刺さったそれは、十分過ぎるほどの殺傷能力を有している。右手に握られた刀身数cmの剣では、これだけの威力を出すことができない。

 この決断は間違っていない、と。

 だから。




 最後の最後で、藤宮はらしくもない油断をした。




 鞘が刺さるまりかの右肩が、不自然に痙攣する。

 それが多量出血によるものと誤認したことが、更に藤宮の理解を遅らせる。

 噴き出す鮮血を見て、純白の雪に滴る様を目で追ったのは偶然。


 そこで、藤宮は見た。


 まりかの両足が、地面から不自然なほどに浮き上がっているところを。

 藤宮の『電光刹華(でんこうせつか)』による刺突だけでは説明できないほどの。


 そこで、藤宮はようやく理解した。


 咄嗟に後方へと跳んだのだ、と。

 それによって威力を殺されたのだ、と。


 理解してからは早い。

 まりかの右拳が再び強く握りしめられるのを確認する。

 左手で握る鞘ではなく、右手で握る剣へと意識を集中する。


 拳を握りしめた以上、繰り出されるのは鉄拳。


 そう判断したことが。

 そう安易な結論に至ったことが。

 藤宮最大の誤算だった。




「『天罰(テンバツ)』」




 その会心の一撃は、ノーマークだったまりかの左手から。

 不可視の鉄槌が、藤宮の身体を決戦フィールドの一部ごと吹き飛ばした。







「がっ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 咆哮。

 脂汗を滲ませながらまりかが蹲る。

 左手には、自らの身体に抉り込んでいた鞘の残骸。それを脇へと投げ捨て、風穴が空きかけた右肩を押さえつける。それは、精神が酷く不安定な状況下で行使する治癒魔法程度では、どうにもならないほどの重症。


 しかし、それでもこれは最低限の損傷。

 まりかは『電光刹華(でんこうせつか)』の速度を超えて反応できたわけではない。単純に、距離を取ろうとして跳躍したところを『電光刹華(でんこうせつか)』で打ち抜かれた、という構図だった。メイに撃破された唯へ気を取られてしまったところがそもそもの失策。そこで割り切って迎撃、という手段を取っていたら、まりかの右肩には本当に風穴が空いていただろう。


 この結果は、これでもまだマシな方であると言えた。

 しかしそれは何の気休めにもなりはしない。


「っ、っ、っ、あっ、……はっ」


 口から出る声は言葉にならない。身体に触れる雪や外気から寒さを感じ取れない。灼熱の痛みだった。なにより、もう血が足りない。開いているはずの瞳から映し出される光景は、不自然に明滅していた。歯を喰いしばる。喰いしばっているはずなのに、カチカチと音が鳴る。身体の痙攣は、もう止まらない。


 そこに響く、足音。


「おい。お前、さっさと倒れろって。洒落にならねーぞ、その怪我。実況解説も喚いてるだろうが」


 その実況解説の声が、まりかの耳には届いていない。メイから発せられる言葉の半分も聞き流していた。


「俺はマリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラのように自分の役割をはき違えたりはしねぇ。試合中の敵に治癒魔法を掛けるなんて情けはねーぞ」


「っ、ふーっ、ふーっ、ぐ、うぅっ」


 歯を喰いしばり、それでも奥歯から音を鳴らしながら、まりかがその視線を前へと向ける。蹲る自分から少し距離を置いたところでこちらを見下ろしているのは、黒仮面に黒ローブの魔法使い・メイ。

 倒れ伏した唯は立ち上がらない。吹き飛ばした藤宮からも次のアクションは無い。

 決戦フィールドで運営側から戦闘可能と判断されているのは、まりかとメイのみ。


 残り2人。

 どちらかが決勝のT・メイカーと戦える。

 どちらかが3,4位決定戦のマリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラと戦える。


「はぁっ、あっ、っ」


 白い吐息と赤い液体を吐き出しながら、まりかが腕に力を込めた。震える身体に鞭を打ち、ゆっくりと上半身を起こす。

 それを見て、メイは仮面の下で軽く目を見開いた。


「おいおいおい。まさかまだやる気だって言うんじゃねーだろうな? お前の損傷での戦闘行為は、そのまま死に直結するぞ。生命活動を維持するのだって危険な領域だ」


 膝に左手を添え、震える足で立ち上がる。

 歓声は無い。

 いつの間にか止んでいた。もうこの状況を興奮の材料としてはしゃぐ観客は残っていない。それでも試合終了の合図が鳴ることはない。


 これはアギルメスタ杯だ。

 仮に選手が死んでしまったとしても、それは選手本人の責として片付けられる。


「俺はお前が想像しているより、よっぽど薄情な人間だぜ?」


 メイは言う。


「俺は決勝でT・メイカーとケンカする。お前に譲ってやるつもりは一切ねぇ。つまりだ。お前がまだやるって言うなら、その状態のお前を容赦なく叩き潰すことになるわけだが。そのあたりを理解したうえで立ち上がって――」


「つべこべ、……言わず」


 メイの言葉を遮るようにして、まりかが口を開いた。


「かかって、来なよ。T・メイカーと、戦うのは、……この、ボクだ」


 それは強い言葉と対照的に弱弱しい声色で。

 それでも。


「『(テン)羽衣(ハゴロモ)』」


 確かに芯の入った声色で。

 まりかの身体から、再び膨大な魔力が溢れ出す。


「まいったね、どうも」


 フード越しに頭を掻きながら、メイはぼやく。

 しかし、それは目の前にある天属性の脅威に対してではない。


「どんな結果になろうが、日本から賠償請求されても応じねーぞ俺は」


 まりかが地面を蹴るよりも早く、メイがその場から動いた。まりかの反応速度を超えた動きで肉薄したメイが掌底を繰り出す。


「がっ!?」


 顎を打ち抜かれたまりかが宙へと浮き上がる。その身体へ、メイの回し蹴りが炸裂した。


『よっ、容赦のない一撃!? まりか選手が吹き飛んだーっ!?』


 面白いくらいの勢いで吹き飛ばされるまりかを見て、マリオが叫ぶ。


『これはちょっと……』


 隣では、流石のカルティも口籠ってしまった。

 散発的にあがる非難の声を無視し、メイは決戦フィールドの中を悠々と歩く。


「自分のやろうとしていることの無駄に気付けたか? 気付けたのならさっさと眠れ。もう起き上がるな。お前はもう十分頑張ったよ」


 積雪に足跡を残しながらメイは言う。積雪へ数十mにも及ぶ滑った後を残したまりかは、それでもまだ身体を捩っていた。

 ローブへ積もる雪を手で払いながら、メイが肩を竦める。


「理解できねーな。お前じゃもう俺には勝てない。そもそもお前の目的はマコトフジミヤだったんだろ? 十分目的は達成できたじゃねーか。大会利用して自分勝手な望みを叶えたお前が、それ以上の何を望む」


「……、たい、かいに、臨む、人間なんて」


 荒い息を吐き出しながら、まりかは答える。


「大概っ、自分勝手だろっ」


「あ?」


 その言い分に、メイは思わず足を止めた。


「お前、それ本気で言ってる?」


 まりかは答えない。


「それ本気で言ってんのか、って聞いてるんだが」


 まりかは答えない。

 メイは深くため息を吐いた。


「観客ってのはな、凄ぇバトルを期待してる。自分じゃ再現できないほどのな。だからこのアギルメスタ杯にも足を運んでくる。馬鹿みてぇな金を払ってさぁ。そこまでしてでも見る価値のあるバトルだ。そりゃあ血も流れるだろうよ。場合によっちゃ死ぬこともあるかもしれねぇ。けどな」


 メイは告げる。


「流血ありきで敵を殺しにかかるお前らが正しいなんて、俺は認めねーぞ」


 その言葉に、蹲るまりかが肩を震わせる。それは明らかに痛みからくるものではなかった。


「……それに、ついては」


 少し間があって。


「本当に、申し訳ないと思ってる」


 まりかは素直にそう口にした。謝罪の言葉が聞けると思っていなかったメイが、僅かに硬直する。


「けど」


 積雪を無意味に握りしめながら、まりかは続ける。


「ボクには……、ここしかなかった」


 荒い息を吐き出しながら。


「ボクの持つ名は、あまりにも……、大き過ぎる。()で動くと、国が、対応で、腰を上げるくらいには」


 歯を喰いしばりながら。


「どうしても、ここじゃなきゃ、ダメだった」


 その言葉を聞いて、メイはようやくまりかの言わんとすることを理解した。


「……マリカテンドー、それじゃあマコトフジミヤはイワフネの。くそ、そういうことかよ」


 真相を知ったメイが舌打ちする。


「そりゃあ俺がお前の立場だったら、同じことをするかもしれねーな……」


「いいよ、……そういうのは。ボクがやってるのは、あくまで自己中心的な報復だからね」


 まりかは再びその2本の脚で立ち上がりながらそう言った。


「んー? だが、それだけじゃあ解せねーな。T・メイカーは明らかな寄り道だろ?」


「……そうでもないんだよねぇ」


 まりかは痛みに引き攣らせた顔で、無理に笑みを作る。


「向こうには向こうで、……戦わなきゃいけない理由がある」


「そうかい」


 何度目になるか分からないため息を吐きながら、メイは覚悟を決めた。


「よし、それなら俺がひと肌脱いでやろう」


「は?」


 足元の積雪を足で掘り起こしながらメイは言う。


「お前さ、ちょっと頑張り過ぎてるよ。それじゃ死んじまう。だから」


 直後に、肥大化する魔力。


「っ」


 まりかが震える身体で構えを取る。


 しかし。

 メイの接近を察知するより先に、まりかの意識は断絶した。


 轟音も遅れて響く。

 まりかを中心として100m近いクレーターが出現した。

 中心地に倒れ伏すまりかは身じろぎ1つしない。

 その傍で、踵落としを見舞った張本人であるメイは。


「俺がお前の止まる理由になってやる。今回はここで終わっとけ。お前は明日の3,4位決定戦もお休みだ」


 それだけ告げて、踵を返した。


 静まり返る大闘技場。


『しっ』


 その中で。


『し、試合終了ォォォォ!? あまりにも早くてその挙動が目で追えませんでしたが!? メイ選手が天道選手を下して決勝進出っ!!!! あぐっ!?』


 マリオが立ち上がりそう宣言する。その隣でマリオの頭を引っ叩いたカルティがマイクに向かって叫んだ。


『そんなことはどうでもいいから救護班早く!! 浅草選手と藤宮選手の回収も急いで!!』


 その言葉を合図に、救護班が一斉に動き出す。それをぼんやりと目で追いながら、マークが呟いた。


『というかさ。この試合、誰も詠唱しなかったよな。「無詠唱で本戦戦うメイカーすげー」とか言ってたけど、本戦っていつもこんなレベルだっけ?』


 その言葉には、誰も回答しなかった。


 あれだけの乱戦模様となっていたブルーグループも、最後は呆気の無いもので。

 これで、アギルメスタ杯第二試合は終了した。


 アギルメスタ杯本戦第二試合、ブルーグループ。

 決勝進出は、メイ・ドゥース=キー。

 3,4位決定戦進出は、天道まりか。


 これで、本戦2日目の対戦カードも決定する。


 3,4位決定戦。

 マリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラvs天道まりか。

 決勝戦。

 T・メイカーvsメイ・ドゥース=キー。


 しかし。







 T・メイカー 様


 七属性の守護者杯運営委員会です。

 アギルメスタ杯、本戦二日目の試合形式と組み合わせについてご説明させて頂きます。


 アギルメスタ02 本戦

          3,4位決定戦 (10:00~)

          決  勝  戦 (18:00~)

          ※決勝戦の開始時刻につきましては、

           決戦フィールドの修繕具合により遅れる場合がございます。

       03 スペシャルマッチ     (10:00~)


 試合形式につきましては、3,4位決定戦、決勝戦、共に1対1で戦って頂きます。武器等の持ち込みも自由です。最後まで立っていた者を勝者とします。

 組み合わせにつきましては、本日のレッドグループ、ブルーグループの試合結果を踏まえ、以下の通りとなります。


【3,4位決定戦】

 マリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラ

 天道まりか

【決勝戦】

 T・メイカー

 メイ・ドゥース=キー


 本大会において発生した事故について、当委員会は一切の責任を負いません。

 怪我(程度は問わない)・死亡事故についても同様とします。大会会場には、高レベルの治癒術師も多数ご用意してはありますが、全ての事故に対処できるものではございません。


 遺書等が必要な場合は、大会参加前にご用意頂きますようお願い申し上げます。


 T・メイカー 様 のご健闘をお祈り申し上げます。


【※ご報告※】

 本日ブルーグループにて3,4位決定戦に勝ち上がった天道まりか選手ですが、王立エルトクリア魔法学習院より、負傷のため明日の3,4位決定戦に参加するのは危険であると判断されました。

 従いまして、天道まりか選手を不戦敗とし、明日の3,4位決定戦の勝者をマリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラ選手とします。

 決勝戦は予定通りに執り行いますので、ご了承ください。







 荒れる美月を宥めるのに一苦労した。

 天道まりかの容態を気にして駆けだした美月を見送ったはいいが、当然運ばれるのは関係者以外立ち入り禁止のエリアにある治療室なわけで。警備員と揉めに揉めついには力づくで突破しようとした美月の首根っこを強引に引っ張って連れ帰り、なんとか教会地下まで引き摺り下ろす。


「聖夜君は心配じゃないの!? 明日の3,4位決定戦に出場できないくらいの大怪我なんだよ!?」


「心配だよ、そりゃあ。無関係ってわけでもないしな。でも、俺たちが行ってもどうにもならないだろう。あそこを突破していても、どうせ無菌室での治療だ。中には入れないんだぞ」


「うぐっ、そ、それはそうかもしんないけどっ」


 正論だと分かっているからか、美月が口籠った。


「しんぱいなのは、おなじ」


 横からルーナが口を挟む。


「けど、めだつこうどうは、だめ」


「ルーナの言う通りよ」


 これまでずっと傍観に回っていた師匠が口を開いた。


「貴方はもう『黄金色の旋律』なの。1つの油断でここにいる全員が危険に晒されるということを自覚しなさい。特に貴方は『トランプ』から危険視されているんだから。元・『ユグドラシル』って情報が出回ったら『断罪者(エクスキューショナー)』も動くわよ。日本で『五光』や『七属星(ななぞくせい)』が動いてないのは、花園や姫百合が尽力した結果だってことは理解してる?」


「っ、……すみません」


 苦虫を噛み潰したかのような表情で、美月は絞り出すようにして謝罪の言葉を言う。


「師匠」


「あーはいはい、言い過ぎね言い過ぎ」


 俺が2人の間に身体を割り込ませながらそう言うと、手をひらひらと振りながら師匠は視線をちょろ子へと向けた。


「マリアをつける。入り用品を回収して来なさい」


「分かりました」


「おい、本当に良いのか?」


 何の躊躇いもなく師匠の言葉に頷くちょろ子に問う。


「ちゃんと分かってるのか? 師匠はお前に、魔法世界から出て日本の魔法学園に通えって言ってるんだぞ」


「もちろん理解しています。その魔法学園に聖夜様はいるのですよね?」


「そうだが……」


「ならば、何の問題もありません。聖夜様の居場所が私の居場所です」


 おっも。

 ほんとにおっも。

 やばいんじゃないかなー。舞とこいつを接触させるのはやばいんじゃないかなー。

 そんな俺の心配を余所(よそ)に、ちょろ子とシスター・マリアが訓練場から出て行ってしまう。


「さて」


 師匠はそれを確認してから向き直った。


「やっぱり『属性共調』の特訓するんですか?」


「いいえ。大闘技場でも言ったけど、今日はもう魔法の使用を禁止するわ。いくつか話しておきたいことがあるだけ」


 頷いて先を促す。師匠から視線を向けられた美月とルーナが一歩下がった。


「1つめ。貴方が予選に遅刻してきた日、正体不明のナニカと遣り合ったって言ってたわよね」


「ええ」


 龍と一緒に馬鹿騒ぎしたアレだな。


「伝えていなかったけど、魔法聖騎士団(ジャッジメント)が本格的な捜査に乗り出しているわ。もっとも、目撃証言がゼロらしいから、大した成果は出ていないでしょうけど。現場検証で魔力やら何やらの採取もしていたみたいだけど、貴方が関わったことはバレていないみたいだし、この件に関しては完全に無視するわ」


「了解です」


 そうか。現場検証で俺が容疑者や重要参考人に浮上する可能性もあったわけだもんな。面倒を避けることができたのは幸運だった。

 そうなると、龍には悪いことをした。あの時はあいつを放り出して会場へ“神の上書き作業術(オーバーライト)”で転移してしまったわけだし……。


 ……ん?

 目撃証言ゼロ?


「2つめ」


 何かに引っかかっていた思考が、師匠の言葉で元に戻される。


「MCの使い心地はどう?」


「良いですよ」


 その問いには即答した。

 魔法発現に至るまでの無駄がほとんど無くストレスを感じない。魔力供給もスムーズなおかげで“不可視の弾丸インビジブル・バレット”の効率も上がっているし、もはやこれ無しではやっていけなくなりそうだ。


「……貴方の言っていた雑音(ノイズ)は?」


「それが妙なんです。アリサ・フェミルナーとの最後の一騎打ちで、ぱったりと途絶えまして」


 本戦第一試合レッドグループにて。

 龍が退場しちょろ子も隅に追いやり、改めてアリサ・フェミルナーと対峙したあの時。

 あれを境にして、日に日に大きくなっていた雑音(ノイズ)がまったく鳴らなくなった。


「うまく運用できるようになったってことなんですかね?」


 ……。

 師匠は口元に手を当てたまま動かない。


「……師匠?」


「え? え、ええ。なんだったかしら。……そうそう、雑音(ノイズ)の件ね。鳴らなくなったのなら問題無いんじゃない? 性能自体に変化はないんでしょう?」


「はい。変わりはないと思います」


 最後にぶっ放した“不可視の弾圧(クラック・ダウン)”も問題無く放出できてたしな。


「それならいいわ。それじゃあ最後、明日の決勝についてなんだけど」


「それについては俺からも質問があります」


「あら、何かしら」


 俺の言葉に師匠が眉を吊り上げた。


「言いましたよね、師匠。T・メイカーの名を借りた騒動は、全て師匠が回収するって」


「ええ、言ったわね」


 即答する師匠。


「……つまり、まりもの能力も見世物にする、と?」


 ……。

 この質問には即答しなかった。


「……そうなるわね」


 渋々と師匠は肯定する。


「俺とまりもの能力の2つを『トランプ』側に提示することで錯乱させることが本当の目的、という認識でいいんですか?」


 師匠が大きくため息を吐いた。


「……そうよ」


「あのですねぇ」


 本当に渋々と答える師匠に、思わず口を挟む。


「大闘技場の決戦フィールドには、解析カメラが設置されているんですよ? 第三者の介入があればすぐにバレますが」


「そこについては別に考えてあるから平気」


 一転してけろっとそうのたまった。


「別の考え?」


「それについてはまだ内緒」


「変な事考えてませんよね?」


「もちろん」


 ……即答するところが怪しい。


「本当に考えてないんですね?」


「もちろん」


「神に誓いますか?」


「何で貴方の質問のために私が神に誓わなくちゃいけないのよ」


 そこは嘘でも俺を安心させるために神に誓えよ。


「そんなことはどうでもいいの。とにかく、貴方は決勝を全力で戦いなさい。今の話を聞いたからって流しちゃ駄目だからね」


「分かってますよ」


 様子見やら出し惜しみやらをしていたら痛い目にあうことは、アリサ・フェミルナーで十分身に染みた。


「本当にぃ?」


 本心から答えたはずだったのに、師匠から怪訝な顔をされた。


「メイとかいうやつ、強いわよ。相当」


「そりゃあ強いでしょうね」


 なにせ、天道まりかの天属性を無属性の身体強化魔法だけで打ち落としていたからな。


「言っておくけど、貴方が想像しているよりも更に二回りほど強いわよ」


「……師匠がそこまで言うほどの相手ということですか?」


 俺の実力がまだまだってことも当然あるだろうが、師匠がここまで言うのも珍しい。


「天道まりかが3,4位決定戦を棄権したでしょう」


「エルトクリア魔法学習院の決定みたいですね」


 本人の意思じゃないあたりがかわいそうだ。


「まりかの身体にメイの魔力がこびりついて治癒できていないのよ。ガルガンテッラに名前負けした可能性は低い。それで棄権させる程度なら、『断罪者(エクスキューショナー)』が参戦を表明した時点で棄権させているはず」


「……大会開催にあたり、高レベルの治癒術者を用意しているとのことでしたが。まさか、その治癒魔法すら弾くほどの魔力が停滞していると?」


「最後の一撃、貴方も見たでしょう? あれ喰らったら、全身強化魔法を発現した貴方だって重症よ」


 ……確かに相当な威力は出ていたが。


「あれ、踵落としと一緒にただ単に魔力を放出していただけですよね?」


「そうね。生成・圧縮・放出・解放の手順を踏む“不可視の弾丸インビジブル・バレット”と違って、あれは生成・放出だけで行われているだけの技法ね。もはや技法と呼ぶかどうかも疑問だけれど」


 隠密性が無い分、兆候を察知することは容易だ。ただ、発現までのスピードが速い。放たれたそれをいかに回避できるかが1つのポイントになりそうだ。


「話すべきところはこんなところかしらね。今日の『属性共調』の特訓は中止。貴方、習得できなかった時の罰ゲーム、ちょろ子調教を先に終わらせてるんだもの。張り合いがないわ」


「調教なんてしてねーよ!!」

次回の更新予定日は、5月22日(金)です。

次回は2話更新です。

※但し、片方は1000字程度の短いものです。

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