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第16話 アギルメスタ01 ④

☆テレポーターの簡単復習講座☆

〇完全詠唱:詠唱を省略することなく唱えきること。

〇詠唱破棄(直接詠唱):部分的に詠唱を破棄し、短くする技術。最後の一音のみで発現したものを直接詠唱という。

〇無詠唱:全ての詠唱を破棄した上で魔法を発現させる高等技術。

〇魔力容量:自らの身体に宿す魔力の絶対容量のこと。自分が持ちうる魔力の量、その器の大きさ。

〇発現量:一度の魔法発現の際に、開放できる魔力の放出量のこと。

〇発現濃度:発現された魔法に宿る魔力の密度のこと。

〇Rank:魔法の難易度をRank〇と表現する。Rankは下から順に『F』『E』『D』『C』『B』『A』『S』『M』となる。


☆強弱関係早見表☆

 【無】と【非】、【幻血】に強弱無し。※強弱は無いが相性はある。

 【火】→【風】→【雷】→【土】→【水】(→【火】~)

 【光】⇔【闇】




「相談事は終わったか?」


 アリサと龍は、背中合わせの姿勢からそれぞれ素早く前に飛んだ。


 直後。

 2人の間を両断するかのように、メイカーの踵落としが炸裂する。


 轟音と共に、決戦フィールドがカチ割れた。







 砂煙に紛れて放たれた『火の球(ファイン)』を避ける。火属性の魔法球ということは、放ったのは龍だ。発現スピード、威力、共に下がっているようには見られない。龍のヌンチャクの片方は、隆起した地面の中に紛れ込んでしまっている。あれが一体型MCであることは確認済みだ。

 つまり、もう片方のものも一体型MCだったということになる。2つを同時に起動したところであまり意味は成さないから、おそらくスペアとして持っていたのだろう。

 用心深いことだ。もっとも、龍はその性格に救われたというべきなのだろうが。


 頭上から降り注ぐどす黒い魔法球の群れをやり過ごすために、後ろへと下がる。視界が効かなくなっているため、マリーゴールドも手当たり次第に魔法球を投下させ始めたようだ。

 最初は遠慮しているのがまるわかりの降らせ方だったが、徐々にそれが無くなってきている。アリサ・フェミルナーも龍も仕留められないと判断したのだろう。


 それでいい。

 回避に専念しなければやり過ごせないくらいの方が、詠唱の邪魔になって良い。


 向かってくる『火の球(ファイン)』を再び回避する。

 先ほどから攻撃してくるのは龍のみ。


 なるほど。

 どうやら龍が詠唱する時間を稼ぐことにしたようだ。







『それにしても、マリーゴールド様は幻血属性「毒」……だったっけ。使わないな……』


『おそらく、メイカー選手への配慮だろうね』


 マークの呟きをカルティが拾った。


『あれは有効範囲が広すぎる。間違って当てようものなら一瞬で決着してしまいそうだからね』


『あれはかなりエグかったですもんね!! 一応、予選Dグループのみなさんは、救護班の適切な処置のおかげで一命をとりとめたようですのでご心配なく!!』


 マリオの一応の解説に、観客席から救護班へ賞賛の拍手が鳴り響いた。


『……それにしても』


 カルティはその拍手を聞きながら独り言のように呟く。


『マリーゴールド様、闇属性を発現するときは契約詠唱なんだねぇ』







 闇属性の天蓋魔法による弾幕や、散発的に放たれる火属性の魔法球により、決戦フィールドの視界は悪い。

 それでも。


「くぅっ!? なんでこっちばっかり狙ってくるのよ!?」


 メイカーは的確に、そして執拗にアリサから狙いを逸らさなかった。

 アリサが発現した無詠唱の『雷の球(ボルティ)』は、メイカーが無造作に振るった腕に掻き消される。アリサが後方へと跳躍した直後、メイカーの強烈な回し蹴りが標的を外し、地面へと抉り込んだ。両腕から放電したアリサが、飛来する石つぶてを払いのける。


 アリサが発現しているのは、雷属性の身体強化魔法。

 対して、メイカーが発現しているのは、風属性の全身強化魔法。


 属性の優劣によってただでさえ劣勢に立たされているにも拘わらず、加えてRankBの身体強化魔法とRankAの全身強化魔法の差。

 この条件下で、アリサが力押しでメイカーに勝てるはずもない。

 振るわれた腕を回避し、アリサが呻く。


「アナタ、牙王よりタチ悪いわね!!」


「ガオー? 誰だそれは」


「知らないの!? 嘘でしょ!?」


 足払いを最小限の跳躍で躱したアリサが、空中で回し蹴りをメイカーへと見舞う。それをメイカーは落ち着いた仕草で腕を伸ばし受け止めた。アリサのもう片方の足が伸びる。両足で挟まれる形となったメイカーを、アリサが空中で身体を捻って強引に回し投げへと持ち込んだ。


「うらぁぁぁぁ!!」


「おぉ?」


 気合い一閃。

 アリサの掛け声と共に、メイカーの身体が浮き上がる。


 その身体は空中で半回転したところで、


「『隷属(れいぞく)(ほむら)紅赤(べにあか)(かせ)』『業火の蔦(ギャルアリーガ)』!!」


 龍の捕縛魔法によって捕えられた。

 アリサと共に。


 しかし。

 同じ魔法により捕えられていながら、ダメージはメイカーの方が大きい。


「ぐっ……」


 メイカーの口から漏れ出る痛みを堪える声。


 属性優劣。

 風は、火に弱い。


 アリサとメイカーは龍の捕縛魔法によってもつれ合いながら地面へと落下した。


「『獄炎(ごくえん)()いかりのおうよ』!! 『(われ)(いにしえ)契約(けいやく)を』!!」


 龍の詠唱が響く。メイカーは舌打ちしてから、強引に捕縛魔法を引き千切った。


「はぁっ!?」


 それを至近距離で確認したアリサが驚愕の声をあげる。


「アナタ属性優劣を何だと思ってるわけ!?」


「むしろお前が俺のことを何だと思っている」


「人外のバケモノよ!!」


 捕縛魔法に捕えられたままのアリサが、無詠唱で『雷の球(ボルティ)』をメイカーに向けて放った。それは瞬く間にメイカーによって無力化される。


「『万物(ばんぶつ)()やす原初(げんしょ)()よ』!! 『(つかさど)精霊(せいれい)よ』!!」


「ちっ、マリーゴールドでは狙い撃ちできないか……」


 立ち込める砂煙のせいで、標的がどこにいるかが分からない。断続的に降り注ぐ弾幕が裏目に出た。

 メイカーはもう一度舌打ちしてから、足元に転がるアリサを見た。再び『雷の球(ボルティ)』を放ってきたアリサへメイカーが手を下そうとした瞬間、どす黒い魔法球が捕縛されたまま倒れ伏すアリサに直撃する。

 メイカーとマリーゴールドの「数撃てば当たる」がようやく実った瞬間だった。


「がっ!? うっ、うあああああああああああ!?」


「運が悪かったな。いや、良かったのか?」


 痛みに身を捩るアリサにそれだけ告げ、メイカーは頭上から降り注ぐ弾幕を回避するため、アリサから距離を取った。

 直後、アリサの元へと目を覆いたくなるほどの弾幕が降り注ぐ。どうやらアリサの声を聞きつけたマリーゴールドが、その音源を頼りに集中砲火を始めたらしい。


「さっさと止めを刺したいところだが……」


 その光景を冷静に観察していたメイカーが、視線を横にずらす。


「そうはいかないようだな」


「『追従(ついじゅう)(ほむら)(われ)(みちび)け』!! 『業火の型(レッド・アルマ)』!!」


 周囲に立ち込める砂煙を吹き飛ばし、青の民族衣装にオレンジ色をした炎の装飾を加えた龍が咆哮する。


「さあ!! 第二ラウンドと行こうぜ!! T・メイカーァァァァ!!!!」


 自らを砲台であるマリーゴールドに曝け出す結果となった龍だったが、それはもはやどうでもいいことだった。即座に標的を変えたマリーゴールドが、天蓋魔法の標的を龍に固定する。しかし、それが着弾するよりも早く龍が動いた。


 火属性の全身強化魔法『業火の型(レッド・アルマ)』。

 風は、火に弱い。


 つまり。

 メイカーとの距離を瞬く間に詰めた龍が、拳を振りかぶる。


「これほどまでに火属性の巻物(スクロール)に手を出して良かったと思った瞬間はねぇ!!」


「そうか」


 メイカーは手のひらをゆっくりと龍へと向けて。

 纏っていた全身強化魔法の属性を、風から水へと切り替えた。


「はっ!?」


 龍の呆けた声と共に、全身強化魔法同士の接触で轟音と衝撃波が巻き起こる。

 その中心部で、メイカーは龍の拳を平然と手のひらで受け止めていた。


 火は、水に弱い。

 メイカーの身体には、水属性の全身強化魔法『激流の型(ブルー・アルマ)』が発現されていた。


『なっ!? メイカー選手の全身強化魔法がっ!?』


 マリオが叫ぶ。


『嘘、だよね……。今、風から、水に……』


 カルティも呆然とそう呟いた。


「なっ、て、てめっ」


「“不可視の十字架インビジブル・クロス・アート”」


「がああああああああああああああっ!?」


 龍の関節という関節に衝撃が走る。火属性の全身強化魔法を纏っている身体。魔力の層を軽々と貫いたメイカーの攻撃が、龍に膝をつかせる。

 龍が痛みに表情を歪め、それでもメイカーに鋭い視線を向けた。それへ視線を合わせることなく、メイカーの“不可視の弾丸インビジブル・バレット”が龍の顎を撃ち抜いた。


「ぐっ、ぷっ!?」


 龍がそのまま仰向けに倒れる。メイカーは、その様を目で追わなかった。

 纏っている属性を水から風へと切り替える。


『ま、またっ!?』


 マークがその切り替えに驚愕し、思わず声を漏らした直後。

 凄まじい轟音と共に、雷属性の全身強化魔法『迅雷の型(イエロー・アルマ)』を纏ったアリサの拳がメイカーの脇腹を抉った。


 しかし。

 雷は、風に弱い。

 それにメイカーの持つ圧倒的な発現量、魔力濃度も加わり、メイカーへの衝撃は、その身体を僅かに浮かせる程度で留まった。


「なんっ、でっ!?」


 メイカーが発現した風属性の全身強化魔法『疾風の型(グリーン・アルマ)』に、アリサが驚愕する。


「戦場でその硬直は命取りだと思うんだがな」


 メイカーがその言葉を発した直後。

 マリーゴールドの闇属性の魔法球が、アリサの残像を貫いた。バク転で回避したアリサが、跳躍により更なる距離を空ける。アリサが追撃の姿勢を見せないことを確認してから、マリーゴールドが天蓋魔法から魔法球を吐き出させるのを止める。不用意に自らの視界を奪わないようにするための措置だ。


 超高速バトルの間に空いた、僅かな間。

 観客席から爆音のような歓声が鳴り響く。


『どれをとっても素晴らしい攻防戦だったわけだけど、やはりメイカー選手の技量がズバ抜けてるとしか言いようがないね……。同じ人類とは思えないんだけど』


『天蓋魔法を発現したマリーゴールド様の技量も凄いけど、それにしたってな。あの切り替えの速度はどういうことだ? 無詠唱なのは間違いないわけだろ? T・メイカー、……化け物かよ』


 カルティとマークからも人外扱いされたメイカーは、大の字になって倒れたままの龍へちらりと視線を向けてから、アリサへと戻した。


「さて。後はお前1人となったわけだが、まだ続けるか?」


「これバトルロイヤルなんだけど!?」


 そのアリサのつっこみを戦闘継続の意思表示と受け取ったマリーゴールドが、腕を天へとかざす。天蓋魔法が呼応し、再び唸りをあげて魔法球を放出し始めた。


「それに、先ほどのお前の一撃。手を抜いていただろう? いくら属性優位だからと言っても、『断罪者(エクスキューショナー)』隊長のお前の一撃が、あそこまで軽いとは思えない」


 メイカーが手のひらをアリサへと向ける。


「なめられたものだな。それとも、負けた時の言い訳が欲しいのか?」


 その言葉が、スイッチとなった。


「あああああああああああああああああああああ!!!!」


 咆哮。

 跳躍。

 爆音。


 メイカーの放った“不可視の弾丸インビジブル・バレット”は、誰もいない場所で炸裂して地面を穿つ。直視できないほどの放電と共に、アリサがメイカーへと肉薄する。


「後悔するな!! 『黄金色の旋律』!!」


 アリサからの攻撃を、メイカーは受け止めるのではなく回避した。 


「させてみろ。“雷帝”アリサ・フェミルナー」


「その2つ名で呼ぶな!! バカ!!」


 超高速で放たれる拳や蹴りを回避しながら言われたその言葉に、アリサは羞恥で顔を赤くしながら更なる連撃を重ねる。


 その2つ名は、アリサ・フェミルナーが『断罪者(エクスキューショナー)』に入団した際に、アメリカ合衆国が公式に流した2つ名だった(名の通った魔法使いは、その魔法使いの能力に応じた2つ名が国から贈られるというのはよくある話なのである)。

 しかし、悲劇はアリサの入団から1年後に訪れる。

 アリサは、入団から約半年で『断罪者(エクスキューショナー)』の三番隊隊長に就任するという快挙を成し遂げた。しかしその更に半年後に入団してきたとある女の子が、アリサにとってもっともやって欲しくないことを成し遂げた。


 アリサより強力な雷属性の魔法を華麗に操り、瞬く間に『断罪者(エクスキューショナー)』の総隊長に上り詰めてしまったのである。


 アメリカ合衆国は、「神の如き才能を持った少女へ」とその女の子へ“神童”という2つ名を贈った。しかし、それはあくまで表向きの理由だ。実際には、既に“雷帝”という大袈裟な2つ名をアリサに与えてしまったアメリカ合衆国は揉めに揉め、雷を連想させる2つ名は流石にアリサがかわいそうということもあり、その女の子に“神童”という2つ名を贈ったのだ(余談だが、“神童”が新総隊長に贈られたというニュースを耳にした魔法世界在住のとある“雷神”さんは、心底ほっとしたという)。

 当然、アリサが表向きの理由を信じられるはずもない。以来、アリサの2つ名は自他共に禁句として扱われてきた。それはアメリカ合衆国内だけでなく、海外でも同様だ。だからこそ、実況のマリオも解説のカルティも、他のだらだらと長い煽り文句をアリサの名前の前に付け足したとしても、その名だけは口にしなかった。


 それを。


「そう言葉を荒げるなよ、“雷帝”。カッコいいと思うけどな、“雷帝”。あこがれちゃうよな、“雷帝”。俺もカッコいい2つ名が欲しいなぁ、“雷帝”みたいな」


「ゆっ、ゆゆゆゆ許さないわよアナタァァァァ!!!!」


 執拗に連呼するメイカー。アリサは顔を真っ赤にして叫んだ。


「オレオ・フラスト・『迅雷の貫通弾(スラスター)』!!」


 自らの『始動キー』を唱えない省略詠唱によって発現された、RankBの貫通性能が付与された魔法球。それは、いとも簡単にメイカーに避けられた。脚を払われ、地面へと転がされる。メイカーがアリサを見下す角度で言う。


「動きが単調だな」


「誰のせいだと思ってんのよ!? アナタ知ってて言ってるでしょう!?」


 振り上げられた脚を後退することでメイカーが回避した。

 雷鳴が鳴り響く。

 異変を察知したメイカーが、更にもう一歩後ろへと後退した。紙一重のタイミングで、メイカーの目と鼻の先を雷が奔り抜ける。


「良く避けたわねっ!!」


「なるほど。リーチが伸びたのか。今のは少し危なかった。む……」


「『獄炎(ごくえん)()(いか)りの(おう)よ』!! 『(われ)(いにしえ)契約(けいやく)を』!!」


 メイカーの視線が、契約詠唱を開始した龍の元へと向いた。その手が龍へと向けられる。


「させないっ!!」


 アリサの放った『雷の球(ボルティ)』が、メイカーの腕を弾いた。“不可視の光線(インビジブル・レイ)”が、見当違いの方向へと射出される。“不可視の砲弾インビジブル・バースト”で広範囲に薙いでいれば、多少照準が狂っても龍の邪魔をできたかもしれない。範囲を最小限に絞って威力を上げ、詠唱中断ついでに龍の足を貫き動きを制限しようとしたメイカーの失策だった。


「『万物(ばんぶつ)()やす原初(げんしょ)()よ』!! 『(つかさど)精霊せいれいよ』!!」


「面倒な……。マリーゴールド!!」


 本気を出したアリサの猛攻は、メイカーの足止めをするには十分すぎるほどの技量を有していた。


「はいっ!!」


 マリーゴールドが天蓋魔法の照準を龍へと固定する。


「まだよっ!! 『遅延術式解放(オープン)』!! 『迅雷の壁(スピルピーナ)』!!」


 黒き流星が龍を穿つよりも早く、雷属性の魔法障壁が天蓋魔法と龍の間に割り込んだ。

 その枚数、28枚。


「いつの間にこれほどの障壁魔法を遅延魔法で……、そうか。お前が全身強化魔法を発現する時、一緒に……」


「倒すべき敵を少しでも視界から外したアナタの驕りよ!!」


「……忠告痛み入るよ」


 アリサからの猛攻を捌きながら、苦々しい声色でメイカーが答える。

 黒き流星が、次々と雷の障壁を撃ち抜いていく。

 闇属性の魔法は、天敵となる光属性を除いた他の属性魔法と衝突した際、有利な条件下で力比べをすることができる。


 闇属性の付加能力は、吸収。

 触れた魔力を吸収する力を持つ闇属性の魔法は、まず接触した魔力を吸い取る。術者の発現量や発現濃度が力比べに影響してくるのは、その後だ。放たれた闇属性の魔法の発現量や発現濃度によって吸収できる量に差はでるが、これは十分すぎるハンデとなる。なぜなら、闇属性の魔法と張り合う魔法は、まず相手に弱体化された後で土俵に上がらなければいけないのだから。


 当然のようにアリサの障壁は次々と貫かれていく。特に術者の魔力が続く限り魔法球を吐き出し続けることができる天蓋魔法相手に、数が有限の障壁魔法。この勝負は、そもそも始まる前から勝敗が決している。

 しかし、時間を稼ぐことならできる。


「『平伏(へいふく)灰塵(かいじん)(はな)(てん)支配(しはい)(てき)(ほろ)ぼせ』!! 『業火の天蓋(イクスギャルティア)』!!」


 この試合、2枚目の天蓋魔法が発現した。


「T・メイカーァァァァ!!!!」


 目を見張るほどの真っ赤な線で描かれた幾何学模様。

 全属性の中で最も攻撃に秀でていると評価される火属性。

 その天蓋魔法。


 龍の咆哮と共に、それは唸りをあげて猛威を振るい始めた。







 オレンジ色をした魔法球が、真っ赤な魔法陣から次々と吐き出される。マリーゴールドが慌てた様子で天蓋魔法の照準を変更した。

 どす黒い闇属性の魔法球と、オレンジの火属性の魔法球。

 両者が、空中で衝突する。


 闇属性の付加能力は、吸収。

 火属性の付加能力は、火傷。


 これだけ見ると闇属性の方が有利に思えるが、実際のところはそうじゃない。

 火属性の最大の特徴は、それが攻撃に特化しているということ。火属性の最大の長所は、その暴力的なまでの攻撃力だ。


「ふっ、これでようやく条件は五分といったところかしら!?」


 鼻で嗤いながら、目の前のアリサ・フェミルナーが追撃を仕掛けてくる。頭上では数を数えるのも億劫になるほどの魔法球が衝突し合い、衝撃波を生み出していた。


 威力は、五分。

 闇属性の付加能力により魔力を奪われてなお、攻撃特化の火属性はその輝きを失わない。両者の力量はほぼ拮抗していた。


 いや。

 足元に火属性の魔法球が着弾し、地面が爆ぜる。それをあらかじめ見越して後退していたアリサ・フェミルナーが、不意を突かれて硬直した俺を狙い、再び距離を詰めてきた。

 それを回し蹴りで迎撃する。

 龍の方が、弾数が多い。


 これはマリーゴールドと龍の実力差というわけではなく、純粋にマリーゴールドの方に疲れが出てきているからだろう。魔力容量がどの程度かは知らないが、ここまでほとんど魔法球を打ちっぱなし。そろそろ魔力も限界にきているのかもしれない

 アリサ・フェミルナーはこの状況を五分と称したが、それは低く見積もり過ぎだ。


 2人とも全身強化魔法を発現し、更に天蓋魔法もあるアリサ・フェミルナーと龍。対してこちらは全身強化魔法を発現しているのは俺だけ、マリーゴールドの天蓋魔法も限界が近づいてる。

 あの状況下で、ここまで盛り返してくるとは思わなかった。流石はアメリカ合衆国の誇る『断罪者(エクスキューショナー)』の隊長格ということだろう。


 そこまで考えたところで、視界が急にブレた。


「がっ!?」


 地面に押し倒される。

 起き上がろうと身体に力を入れた瞬間に、アリサ・フェミルナーが上へと圧し掛かり動きを封じてきた。


「王子様っ!?」


 マリーゴールドの悲鳴にも似た叫び声が響き渡る。


「ようやく捕えたわ!! アナタ、全身強化魔法の扱いは一級品ね!!」


「それしか取り柄がないんでな。それより、男を押し倒すこの体勢はイロイロと誤解を生みそうだが構わないのか?」


「そんな精神攻撃はもう喰らわないわよ!! 『遅延術式解放(オープン)』!! 『迅雷の槍(ヴェルガオーレ)』!!」


 アリサ・フェミルナーの右手に、青白い雷撃を纏った槍が握られる。


「……全身強化魔法の発現と一緒に、いくつ遅延魔法を蓄えてんだよ。欲張り過ぎだろう」


「えぇいうるさいっ!! 選ばせてあげるわっ!! 私のRankAの雷に撃ち抜かれるか!! リュウのRankAの炎に燃やし尽くされるか!!」


 アリサ・フェミルナーの頭上から、オレンジ色をした炎の雨が降下してきた。この距離じゃあ、もうマリーゴールドの天蓋魔法での相殺は間に合わない。

 ……仕方がない。


「どっちもお断りだ」


 アリサ・フェミルナーの『迅雷の槍(ヴェルガオーレ)』へ向けて、“不可視の弾丸インビジブル・バレット”を放った。


「なにっ!? きゃっ!?」


 突如別の魔力の介入を受けたRankAの魔法が、アリサ・フェミルナーの制御から外れる。それを即座に感知したアリサ・フェミルナーが、『迅雷の槍(ヴェルガオーレ)』の射出を放棄。暴走を始めた魔法を放棄し、雷属性の全身強化魔法をその身に纏ったアリサ・フェミルナーは、一瞬でその場から離脱する。


 身動きを封じていたアリサ・フェミルナーはもういないが、わざわざ起き上がって逃げる必要もない。俺はすぐに“神の書き換え作業術(リライト)”を発現させ――――、


「っ!?」


 火属性の捕縛魔法『業火の蔦(ギャルアリーガ)』に捕まった。


「こ、これはっ」


 龍かっ!! くそっ、なんてタイミングでっ!!

 不意を突かれ、座標演算をしていたはずの思考が停止する。


 しまった――――。

 その直後、龍の天蓋魔法から放たれた魔法球が、暴走を始めた『迅雷の槍(ヴェルガオーレ)』付近を走り抜けた。


 その光景を視界に収めながらも。

 俺は、咄嗟に風魔法の全身強化魔法を身体強化魔法へと変更。龍の魔法から庇うために伸ばした腕に、水属性の身体強化魔法を発現させる。


 同時に座標演算処理も進めて――、

 間に合うか? いや、ぎりぎり、間に合わな――――、







 直視できない閃光が。

 決戦フィールドだけでなく。


 エルトクリア大闘技場そのものを包み込んだ。

次回の更新予定日は、2月28日(土)です。

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