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第15話 アギルメスタ01 ③

☆テレポーターの簡単復習講座☆

〇完全詠唱:詠唱を省略することなく唱えきること。

〇詠唱破棄(直接詠唱):部分的に詠唱を破棄し、短くする技術。最後の一音のみで発現したものは、直接詠唱という。

〇無詠唱:全ての詠唱を破棄した上で魔法を発現させる高等技術。

〇魔力容量:自らの身体に宿す魔力の絶対容量のこと。自分が持ちうる魔力の量、その器の大きさ。

〇発現量:一度の魔法発現の際に、開放できる魔力の放出量のこと。

〇発現濃度:発現された魔法に宿る魔力の密度のこと。

〇Rank:魔法の難易度をRank〇と表現する。Rankは下から順に『F』『E』『D』『C』『B』『A』『S』『M』となる。


☆強弱関係早見表☆

 【無】と【非】、【幻血】に強弱無し。※強弱は無いが相性はある。

 【火】→【風】→【雷】→【土】→【水】(→【火】~)

 【光】⇔【闇】




 4人のうち、最初に動き出したのは。

 龍。


 青い軌跡を描き、最初の一歩を踏み出した。袖の中に隠していた両の手が振り抜かれる。

 そこには。


「ヌンチャク!? また珍しい物を!!」


連節棍(れんせつこん)って呼べっ。そっちの方が格好良いからよっ」


 アリサの叫び声へ律儀に返答した龍が、メイカーを襲う。短く黒い2本の棒を、紐で結んだシンプルな造り。それが右手と左手で2組。誰よりも早くメイカーとの距離を詰めた龍から繰り出される連撃。

 それを最小限の動きで回避したメイカーが、迎撃の構えを取る。


「随分と性急だな」


「それだけお前を潰したかったってことだっつの!!」


「それを私がさせると思ってるのっ?」


 後退していたメイカーに追撃を仕掛けんとする龍へ、マリーゴールドが割り込んだ。


「『闇の身体強化(ヴァノン)』!!」


「『火の身体強化(ファイン)』!!」


 闇属性の身体強化魔法を纏うマリーゴールドと、火属性の身体強化魔法を纏う龍。そこへ飛来した雷属性の魔法球を、メイカーの“不可視の弾丸インビジブル・バレット”が撃ち落とした。


「あらっ? 今のをアナタが撃ち落とすとは思わなかったわっ。『雷の身体強化(ボルティ)』!!」


「そうか。なら次はあらゆる可能性を想定しておけ」


 アリサが雷属性の身体強化魔法を纏い、メイカーへと突貫する。メイカーが迫るアリサに向けて、ゆっくりと構えを取った。魔法を使わぬ裸同然の行為に、アリサが眉を吊り上げる。しかし、行動は変えなかった。躊躇いなく距離を詰め、拳を振りかぶる。それを視認したメイカーが、アリサを十分に引き付けてから無詠唱で風属性の身体強化魔法を発現した。

 アリサの瞳が大きく見開かれる。


「こっ、このタイミングでっ!?」


 間に合うのか、と。

 そう続くであろうことは、メイカーは容易に想像できた。


「今、言ったばかりだろう。あらゆる可能性を想定しておけ、と」


 雷は、風に弱い。

 属性優位により劣勢を感じ取ったアリサは、即座に自らの軌道を変えようとした。しかし、アリサが行動に移るよりも先に、メイカーが最後の一歩を詰める。

 やや大振りの回し蹴りが、構えを取ったアリサへと直撃した。


「かっ!? あっ!?」


 ミシリ、という音を立ててアリサが吹き飛ぶ。


「確かに、予選では火属性の強化魔法を使って見せたな。それしか芸が無いとでも?」


「くっ、うっ、……『雷の球(ボルティ)』!!」


 地面を転がりながら、アリサが直接詠唱によって魔法球を発現する。

 その数、50。

 アリサの周囲で一瞬だけ停滞した後、その全てが一直線にメイカーのもとへと射出された。

 それを。


「“弾丸の雨(バレット・レイン)”」


 同じく物量作戦でメイカーが受けて立つ。

 軽く手を振るったメイカーから生み出された小さな魔力の群れ。それがアリサの『雷の球(ボルティ)』、(ことごと)くを撃ち落とす。


「けほっ!! 障壁!? 魔法球!? いったい何なのその魔法は!!」


「勝手に盛り上がってんじゃねーよ!!」


 アリサの問いにメイカーが応じる前に、龍が割り込んだ。

 ヌンチャクの1つがメイカーの右腕へと巻き付く。


「捕えたぜ!!」


「私の王子様にっ――」


「うるせぇ!!」


 背後から龍へと襲い掛かったマリーゴールドが、龍の蹴りによって後方へと吹き飛ばされる。だが、蹴り飛ばした龍の方が顔をしかめた。


「っ、この感触っ!? だから面倒くせーんだよ闇魔法ってやつはよぉ!!」


 闇属性の付加能力は、吸収。

 交差した腕の隙間から、マリーゴールドの笑みが覗く。龍の右脚が纏っていた火属性の身体強化魔法は、その魔力ごとごっそりとマリーゴールドに喰われていた。


 一時的に。

 一部ではあるが、無防備な姿を曝け出した龍。

 メイカーは、その隙を突かなかった。


 その隙を突こうとしたのは。

 アリサ・フェミルナー。

 アリサは、遠方から龍の頭上へと『雷の球(ボルティ)』を10発ほど発現させた。RankCの属性を付加させた魔法球。この程度の数なら、アリサは無詠唱で発現できる。


「なめんなっ!!」


 龍が咆哮と共に、メイカーを標的とした攻撃を一度中断した。降り注ぐアリサの魔法球をもう片方のヌンチャクで払った龍が、改めてメイカーを捕えたヌンチャクを引き寄せる。


「このヌンチャク、一体型MCだったのか」


「連節棍って呼べって言っただろ――、っ、がっ!?」


「“不可視の十字架インビジブル・クロス・アート”」


 龍の表情が痛みによって歪められた。メイカーへと打ち下ろそうとしたヌンチャクの動きが止まる。


「っ、てめっ、こいつぁ!?」


「うまいな。狙いは正確だったんだが、……ずらされたか」


 龍の目と鼻の先に伸ばされたメイカーの手のひらから、膨大な魔力が一気に放出された。


「“不可視の砲弾インビジブル・バースト”」


「があああああああああああああっっっっ!?」


 ほぼゼロ距離でその一撃を受けた龍が、一気に吹き飛ばされる。自らの腕に巻き付いたままのヌンチャクを強引に抜き取ったメイカーは、それへ目もくれずに後方へと放った。メイカーの背後を取っていたアリサが拳を振りかぶるが、不意打ちのようにして飛んできたヌンチャクの影響で、僅かに動きが鈍る。


 そこを、マリーゴールドに狙われた。

 横から介入してきたマリーゴールドによって、アリサが防御へと回る。


「ガルガンテッラ!!」


「今度は、油断しないっ!!」


 どす黒い闇属性を纏った拳は、紙一重でアリサを取り逃がした。外したマリーゴールドの拳が大闘技場を打ち付ける。

 激しい音を立てて、大闘技場の地面はメイカーが先ほど放った龍のヌンチャク1つを呑み込み、派手に隆起した。







『い、いきなり大混戦っ!? 大混戦だー!!』


 マリオが堪らず立ち上がってから叫ぶ。


『RankBに位置する身体強化魔法。それをいとも簡単に発現させ、超高速のバトルを展開……。本戦ともなるとやっぱ次元が違うな……』


 マークも身を乗り出しながら言う。

 隣でカルティは深く頷いた。


『それにしたって……、今回のアギルメスタ杯はレベルが高いねぇ~。見たところ、体術に関してはそれほど差が無いようだし、いかにこの高速バトルの中で詠唱を成立させ、大魔法で自分の有利を築けるかがひとつの勝敗の鍵となるかもね』







 実況解説、そして特別ゲストの会話通り、本戦第一回戦レッドグループはいかに詠唱を成立させ、相手より有利な展開に持ち込めるかという勝負に変わりつつあった。


「『獄炎(ごくえん)()(いか)りの(おう)よ』!! 『(われ)(いにしえ)のけい――、ちっ!?」


 龍が舌打ちする。飛来した闇の魔法球を打ち落とす動作により、契約詠唱が途切れて魔力が霧散した。


「簡単に詠唱できると思わないでっ。はぁっ!!」


 即座に距離を詰めたマリーゴールドの掌底が、龍の脇腹近くを通り抜ける。間一髪で回避した龍が、代わりに残されたもう片方のヌンチャクを振るった。しゃがみ込むことで回避したマリーゴールドの頭から、とんがり帽子が吹き飛ばされる。


「避けたか!! 良い動きするじゃねーの!!」


「貴方に褒められてもまったく嬉しくないわっ」


 マリーゴールドが吹き飛んだとんがり帽子へと手のひらを向けた。

 闇属性の付加能力は、吸収。それを引力として利用したマリーゴールドが、再び自らのもとへと帰ってきたとんがり帽子を被り直し、地面を蹴って後退する。そのマリーゴールドが今の今まで立っていた場所へ、アリサの『雷の球(ボルティ)』が着弾した。


「見てもいないのに良く避けたわね!!」


 龍とマリーゴールドに挟まれる位置に着地したアリサが、迷わずマリーゴールドへと跳躍する。


「エル・ライクネルティ・コーク・ウェルス――うっ!?」


 後ろから振るわれたヌンチャクが、アリサの詠唱を中断させる。マリーゴールドへと一直線に突っ込むはずだったアリサの軌道が、回避したためにやや横へとずれる。


「ちっ、当たらなかったか!!」


「後ろから容赦無いわねアナタ!!」


「さっきからちょくちょく不意打ちで魔法球放ってくるお前から言われたくねーよ!!」


 アリサから八つ当たり気味に放たれた『雷の球(ボルティ)』5発を、構え直したヌンチャクで打ち落としながら龍が叫ぶ。その2人のやり取りを注視しながら後退していたマリーゴールドが口を開く。


「『万象(ばんしょう)(つらぬ)破滅(はめつ)(おう)よ』!! 『(われ)(いにしえ)契約(けいやく)を』!!」


「あぁ!? 契約詠唱だと!?」


 マリーゴールドの詠唱に不意を突かれ、龍が僅かに身体を硬直させた。


「『万物(ばんぶつ)()()原初(げんしょ)(やみ)よ』!! 『(つかさど)精霊(せいれい)よ』!!」


「バカっ!! 自分のアイデンティティーを奪われたくらいで動揺するんじゃないわよ!!」


「してねーよアホ!!」


 アリサへとそう言い返しながら、龍も地面を蹴った。マリーゴールドとの間に空いた距離を、アリサと龍が詰める。


 そこへ。

 メイカーの“不可視の弾丸インビジブル・バレット”が炸裂した。


「うおおおおっ!?」


「きゃあああっ!?」


 魔法発現のプロセスなど、一切感じさせない一撃。

 照準はアリサと龍の真正面の地面。

 自らの進路を爆撃された両名が、後方へと吹き飛ばされる。アリサと龍、マリーゴールドの間に大きなクレーターが生まれた。


「くそっ!? ここでT・メイカーかよ!!」


 龍が、ショットガンのように飛んでくる石つぶてをヌンチャクで叩き落としながら叫ぶ。


 先ほど、『いかにこの高速バトルの中で詠唱を成立させ、大魔法で自分の有利を築けるかがひとつの勝敗の鍵となる』という話が出た。

 だが、だとするならばこれは最初から勝負にならない。


 なぜならば。

 メイカーは、そもそも詠唱を必要としない戦闘スタイルを確立しているのだから。


「危なかったっ……けどっ!?」


 地面を削り、後退していた速度を緩めたアリサが事態を察知して呻く。

 衝撃を回避するため、咄嗟に後退した両名の判断は正しい。

 そのまま直進していれば、間違いなくメイカーからの攻撃の餌食になっていただろう。アリサや龍の実力ならば、障壁である程度は緩和できるかもしれないが、危ない橋をわざわざ渡る必要は無い。


 但し。

 その代償として。


「『平伏(へいふく)魔王(まおう)(はな)(てん)支配(しはい)(てき)(ほろ)ぼせ』!! 『混沌の天蓋(ヴェノメーター)』!!」




 ――――闇属性の天蓋魔法が発現された。




『う、うわあああああああああああああ!? 天蓋魔法!? ここで天蓋魔法だ!! 「身体強化魔法」を用いた超高速バトル!! この膠着した状況を一番最初に打ち破るのはっ!! マリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラ様の発現した闇属性の天蓋魔法だーっ!!』


 マリオが声をからして叫ぶ。

 その視線はマリーゴールドの頭上に展開される魔法陣へと向いていた。


 RankAに位置する高等技術、天蓋魔法。

 術者の魔力とリンクし、術者が魔力供給を断つまで詠唱なしで魔法球を吐き出し続ける砲台。

 闇属性が付与されたそれは、どす黒い線で幾何学模様が描かれていた。


「よりによって天蓋魔法かよ!! それも闇属性の!? 金に物を言わせすぎだっつの!!」


「口より足を動かしなさい!! あれを自由にさせたらすぐ終わるわよ!?」


 アリサが地面を蹴る。マリーゴールドとの間に空いた距離を、再び詰める。

 しかし。


「私は」


 それよりも先に。


「王子様が稼いでくれた時間を」


 マリーゴールドの凶悪な一手が。


「無駄にするつもりはないわよ?」


 天蓋魔法から解き放たれた。


「……あぁー、こりゃやばいな」


 龍は頬をヒクつかせてから呟いた。


 それは、どす黒い流星。

 アギルメスタ杯予選Cグループにて天道まりかが発現したものと同じ天蓋魔法でありながら、属性が違うというだけでここまで差がでるのか、というほどの。

 あの圧倒的威圧感の中にあった、息を呑むような美しさなどかけらもない。


 ただ、ただ、敵を蹂躙せんと。

 ただ、ただ、敵を殲滅せんと。


 悪夢のような砲撃が、空から降り注ぐ。


 その中で。

 ふと、龍はマリーゴールドへと視線を向ける。


 その後ろ。

 白いローブに身を包んだ魔法使いは。

 白い仮面を少しだけずらしてから。

 口元を覗かせて。




 ――――赤い舌をちろりと出した。




「ふっ、ふははっ」


 龍の、その端正な顔に青筋が走った。


「なめやがってクソ野郎がァァァァ!!!!」


 アリサに数瞬(すうしゅん)遅れて地面を蹴る。残されたヌンチャクを振るい、黒き流星を払い距離を詰める。


「マリーゴールド」


 天蓋魔法の真下。

 エルトクリア大闘技場の決戦フィールド、その全てを射程圏内に捉えた少女の肩を軽く叩き、メイカーが一歩を踏み出す。


「後衛は任せた」


「えっ、でっ、でもっ、危ないことは私がっ」


 自分の隣をすり抜けるようにして進み出るメイカーを、マリーゴールドは呼び止めようとした。


「お前は天蓋魔法の維持に努めろ。まあ、安心しておけ」


 マリーゴールドの言葉に被せるようにして、メイカーは言う。


「危なくなったら、守ってやるよ」


「あ……」


 一瞬だけ、マリーゴールドが硬直した。しかし、メイカーのその言葉の意味を理解するにつれて、その表情に歓喜の色が浮かぶ。


「は、はいっ!!」







 どうするかかなり悩んだが、この形がベストだろう。


 最初は油断させるための(ブラフ)かと思い疑っていたが、どうやらマリーゴールドは本心で行動しているらしい。何度かわざとマリーゴールドに向けて隙を見せてみたが、一向に手出しをしてくる様子が無い。それどころか、その隙を残り2人からカバーするかのように動いている。

 なら、仲間としてカウントした方が動きやすい。奴のこれまでの言動を真実とするなら、「王子様」やら「一生ついていきたい」やらも本心ということになるが、そこら辺はちょっと考えないようにする。それがいい。その方がいいはずだ。


 これで、2対2。

 アリサ・フェミルナーと龍は共闘宣言をしたわけではないから、お互いを出し抜こうとして崩れてくれれば儲けものだ。2人の詠唱は、マリーゴールドの天蓋魔法やサポートがあれば、かなりの確率で中断させられるだろう。


 つまり。

 アギルメスタ杯本戦第一回戦、ここまでは完全に俺の土俵ということになる。







「そうそう。それでいいのよ、聖夜」


 蒼い瞳を自らの弟子へと向けながら、リナリーは深い笑みを浮かべて呟く。


「利用できるものは利用する。それを見極められるかどうかも、己の生死に直結するんだからね。つまらない意地なんて捨ててしまいなさい」


 その口元は皮肉に彩られていた。







「くっ!?」


 黒き流星が無差別に着弾する中、まずアリサとメイカーが激突した。

 雷のアリサと、風のメイカー。

 属性優劣により劣勢に立たされているアリサの体勢が、メイカーの蹴りで揺らぐ。


「うらぁぁぁぁ!!」


 そこへ、アリサの耳元を掠めるような角度で、アリサの背後から龍のヌンチャクが突き出された。それを首の動きだけで回避したメイカーが、追撃の蹴りでアリサの腹部を打ち抜く。


「かっ、……はっ!!」


 風の付加能力は切断。しかし、それはアリサの『雷の身体強化(ボルティ)』がうまく防ぎ切ったらしい。威力までは殺せず、アリサが後方へと吹き飛ばされる。それを斜め上に跳躍し、空中で回転しながら龍が回避した。


「身軽だな」


「うるせぇ、ぶほっ!?」


 憎まれ口を叩こうとした龍の口が、“不可視の弾丸インビジブル・バレット”で顎を打ち抜かれたことで止まる。


「ほう」


 アリサから放たれた『雷の球(ボルティ)』を最小限のバックステップで回避したメイカーが、感心した声をあげた。


「身体強化魔法で強化していた部位を、瞬時に切り替えたか。顎に来ると分かっていたのか?」


「人の急所って言ったらそんなに数はねーからな!!」


「なるほど」


 振るわれたヌンチャクを、メイカーが身体を横に流して躱す。


「なら、次はどこが来るか分かるか?」


 細かい魔力の群れが、一瞬にしてメイカーの周囲へと展開された。

 そして。


「『雷の球(ボルティ)』!!」


 その全てを、アリサの魔法球が撃ち落とした。


 無詠唱でも発現できるそれを、あえて直接詠唱によって発現することで数を増やす。メイカーの放とうとした“弾丸の雨(バレット・レイン)”をアリサが無効化する。


「自分が放とうとした技が見抜かれて信じられない!?」


 アリサが口から垂れた血を拭いながら挑発するようにして叫んだ。しかし、メイカーは動揺しない。


「いや、単純に数を撃てば当たる戦法だっただけだろう」


 組手で龍をいなしながらメイカーが指摘する。


「可愛げのない!!」


 アリサは再びメイカーへと肉薄したが、眼前に迫った黒き流星を避けるために急停止、再度後方へと跳躍した。


「ちっ、思いの外良く身体が動きやがるなお前っ!!」


「光栄だな。お前の身体強化も悪くはないぞ」


「このや、ろぅっ!?」


 メイカーと龍の間を割って入るように、どす黒い魔法球が着弾する。不意を突かれてバランスを後方へと崩した龍に対し、メイカーはそれを軽やかなステップ捌きで横に避けていた。そのまま龍との距離を詰めようとしたところで。


「王子様っ!?」


 マリーゴールドの悲鳴にも似た叫び声が鼓膜を震わせるよりも先に、メイカーが後方へと跳躍した。目と鼻の先を黒き流星が奔り抜ける。


「ごっ、ごめんなさいっ!!」


「気にするなっ」


 2発、3発と近くに着弾する黒き流星を最小限の動きで躱しながら、メイカーが答えた。その隙に体勢を整えた龍が接近していたが、牽制で放たれた“不可視の弾丸インビジブル・バレット”が2人の距離を再び空ける。


「王子様!! 申し訳ございませんが、あまり動かれると私の魔法がっ!! 私の天蓋魔法は、王子様がお考えになっているよりも精密なコントロールができませんっ!!」


「気にするな、と言っているっ」


 一歩でマリーゴールドの真横まで後退したメイカーが、距離を詰めようとする龍とアリサへ手のひらを向けた。


「“不可視の砲弾インビジブル・バースト”」


 狙いは2人ではない。そのすぐ下の足元。爆ぜる地面に巻き込まれ、2人が吹き飛ばされる。


「そもそも、天蓋魔法に精密なコントロールなど期待していない」


「ですがそれではっ」


「俺はそれで構わないと言っている」


 食い下がろうとするマリーゴールドに、メイカーが仮面越しに視線を合わせた。


「お前はお前の天蓋魔法程度で、俺の移動速度に追いつけると思っているのか?」


「そっ、そんなっ、そんなことはっ――――きゃっ!?」


 メイカーが、無詠唱で新たな魔法を発現した。


 それは。

 風属性の全身強化魔法。『疾風の型(グリーン・アルマ)』。

 マリーゴールドの発現する天蓋魔法と同じく、RankAに位置する高等魔法。


『来たね!! 全身強化魔法だっ!!』


『えぇっ!? T・メイカーって火属性だけじゃなく風属性の全身強化魔法も無詠唱で発現できんの!? すげぇ!!』


 カルティとマークが実況解説席で騒ぎ立てる。それに煽られ観客席からも拍手や歓声が一段と大きくなった。


『ま、マリーゴールド様とメイカー選手、そしてアリサ選手と龍選手のチーム戦という形になりつつあった第一試合レッドグループですが!! ここで新たな動きだー!! メイカー選手が「身体強化魔法」の上位に位置する高等魔法!! 「全身強化魔法」を発現!! こ、これでアリサ選手と龍選手はますますきびしくなったかーっ!?』


「お、王子様っ!?」


 荒れ狂う風の余波でよろめくマリーゴールドに、メイカーは告げる。


「お前はあの2人を潰すことだけを考えればいい。何度も言うが気にするな。流れ弾の処理は、こっちが勝手にやる」


「わ、分かりましたっ」


「頼んだぞ、マリーゴールド」


 そう言って、メイカーは地面を蹴った。







「リュウ!!」


 その叫び声と共に龍の前に張られた障壁が、メイカーからの一撃を受け止める。一瞬で砕け散ったものの、それだけの時間が稼げれば十分だった。


「『火の球(ファイン)』!!」


「『雷の球(ボルティ)』!!」


 龍とアリサから放たれた魔法球の群れが、メイカーに殺到して更なる時間を稼ぐ。


「助けてなんて頼んじゃいねーぞ!!」


「つまらない意地を張るのは無しにしましょう!!」


「あぁっ!?」


 アリサへと乱暴に聞き返しながら、龍は発現した『火の球(ファイン)』の1発を地面へわざと着弾させる。巻き上がる土煙に乗じて、マリーゴールドの目をくらませ、メイカーから距離を空けた。


「向こうは完全にペアで向かってきてる!! 常時発動型のRankAが2つ!! このままじゃあジリ貧よ!!」


「じゃあどうしろっつーんだよ!!」


 闇雲に放たれた黒き流星を躱しながら、龍が吼える。


「ここは手を組みましょう」


「……何だと?」


 背中合わせになったアリサに、龍が訝しそうに尋ねた。


「こちらも大魔法を発現しない限り、このまま押し切られて終わりよ。最低でも、全身強化魔法は欲しい」


 全身強化魔法くらいできないとは言わせない、と言わんばかりの口調だった。龍の表情が歪む。


「おいおいおい? それで詠唱する時間を稼げってか? その話を信じろって?」


 その皮肉に負けないくらいの皮肉たっぷりの笑みで、アリサも答えた。


それも想定した上で(、、、、、、、、、)持ちかけてるのよ(、、、、、、、、)寝首を(、、、)掻かれる覚悟が(、、、、、、、)あるなら(、、、、)承諾して(、、、、)


「なるほど」


 手にしたヌンチャクを軽く振って、龍は答えを出した。


「そりゃあ面白そうだ」

次回の公開予定日は、2月21日(土)です。

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