前へ次へ
156/432

第14話 アギルメスタ01 ②




『いよいよ本戦開始まで30分を切りました!! ですがまだ余裕はありますから!! みなさん押し合わずゆっくりと進んでください!!』


『ここで病院送りになって肝心の試合を見れなくても知らないよ!!』


 実況解説が怒鳴りつけるような口調で注意している。モニターを見る限り、ほどんどの席は埋まっているようだが、まだこんなにも入場者がいるのか。収容人数約15万人というのは伊達じゃないらしい。

 そんな現実逃避気味のことを考えていたわけだが。


「ふふふ。本当に仲が良いわねアナタたち」


 対面に座るアリサ・フェミルナーが面白そうに笑う。その隣に座っている龍は不貞腐れたように鼻を鳴らした。


「……仲が良いわけではな」


「だって大好きだものっ!!」


 否定しようとした俺の言葉は、隣に座るマリーゴールドによって即座に遮られる。隣、と言ってもこちらはお互いの距離がゼロだ。マリーゴールドは自分の身体を摺り寄せるようにしてぴっちり俺との距離を詰め、挙句左腕を胸元に抱き込んでいる状態なのである。

 いや、幸せだけど。腕から感じる感触は非常に幸せだけど。

 これから本戦に臨む敵同士とは思えない。「離せ」とは何度も口にした。しかしその度に、「……え? 私のこと、嫌い? 嫌いなんだ……。私、いらない子だ……。じゃ、じゃあもう死ぬ!!」「いや、そこまでは言ってないから」「じゃ、じゃあ私一緒にいていいの!? 私、貴方の傍にいていいの!?」「いや、そこまでは言っていない」「や、やっぱり私いらない子なんだ……。じゃあ死ぬ!!」のエンドレスループ。


 1と0の間は取れないのか。間は。

 正直、ふざけるなと言いたい。


「……お前、本当に本戦では覚悟しとけよ」


 青筋立てた龍からそんなことを言われる。

 いや、別に当てつけでこんなことしてるわけじゃないから。


「はぁ? 私が貴方みたいな雑魚、その指先を王子様に触れさせるはずないでしょう」


 そしてマリーゴールドがこの調子である。目が光を失っててちょっと怖い。俺と話している時とのギャップが大きすぎる。どうやって使い分けているんだ。


「ガルガンテッラ。過度な発言は厳禁よ。いらぬ火種をばら撒かないでちょうだい」


 龍と火花を散らすマリーゴールドをアリサが窘める。しかし、マリーゴールドはめげなかった。


「別に雑魚に雑魚と言おうが勝手よ。この世は王子様を中心に回ってるんだから」


 回ってねーよ。あと、その王子様をやめろ。

 マリーゴールドの返答に、アリサは首を振ってため息を吐いた。


「そんなに彼のことが好きなら、もういっそのことウェディングドレスで入場したら?」


 馬鹿。そんなこと言ったら……。


「その手があったわ!!」


「その手はねーよ!!」


 勢いよく立ち上がったマリーゴールドを、力づくでソファに押し戻した。







「いやー、何とか間に合ったねー」


 うねる人の波を抜けてようやく指定席に辿り着いたまりかは、額の汗を拭う仕草をしながら席へと着いた。


「ですから何度も申し上げたはずです。もっと時間に余裕をもって出るべきだと」


「はいはい。全部唯が正しかったですよーだ」


 拗ねた口調で視線を逸らす主に、隣の席に腰を下ろした唯がため息を吐く。


「我々は第二試合出場者なんですから、控室でのモニター観戦でも良かったのですよ?」


「それだと、見抜けないかもしれないからね」


 唯から手渡されたペットボトルで喉を潤しながら、まりかは言う。


「さて。見せてもらおうかな。T・メイカーがあの技術をどう昇華させたのか」


 その瞳には、熱を感じさせない何かがあった。







 午前9時50分。

 本戦第一試合開始を10分前に控えたところで、会場のスポットライトが一点へと向けられた。


「いよいよだね……」


 静まり返る観客席を見下ろし、緊張した面持ちで美月が呟く。同じスイートルームで動向を見守るリナリー、シスター・マリア、そしてルーナは特に反応しなかった。それこそ、心配などするだけ無駄とでも言うかのように。

 スポットライトを向けられた1階テーブル席から、2人の男性が立ち上がる。


『紳士淑女の皆様!! ようこそお集まりくださいました!! 魔法世界「七属性の守護者杯」!! そのアギルメスタ杯!! いよいよ本戦の始まりであります!!』


 マリオの咆哮にも似た宣言に、大闘技場中が沸いた。


『実況は私マリオ!!』


『解説はカルティ』


『予選と変わり映えのしない面子ですがどうぞよろしくお願い致します!!』


 2人の自己紹介に拍手が起こる。


『そして!! 本日はスペシャルゲストをお招きしております!!』


『マークさんどうぞ~』


 拍手喝采の中、1人の男性が姿を現した。黒のスーツに赤のネクタイの正装で現れた30代くらいの男性は、軽く会釈してからマリオとカルティの間に設けられた席へと座る。


『今更この方の紹介もいらないとは思いますが念のため!! マジカル・ラジオの人気DJです!! 以上!!』


『あれ、俺の紹介それだけ?』


 マリオの雑な紹介文とマークの的確なつっこみに笑いと拍手、そしてヤジが飛んだ。


『あと、音楽関係のチャンネルもいくつか持ってたよね』


『ええ。むしろと言いますか、一応本業はそっちなんで』


 カルティの質問に苦笑しながら答えるマークへ笑いが起こる。


『最近では、スペード様が所属されているロックバンド「アイ・マイ・ミー=マイン」の特集を組んでるので、機会があればぜひ』


『あー、マークさん。番宣の許可してないんですけども?』


『あれま。こりゃ失敬』


 マリオの苦言にマークが大げさなジェスチャーで返した。笑いと拍手を聞き流しつつ、カルティがマイクへ口元を寄せる。


『さて。それじゃあここから先の本戦は、この3人でお送りしていくよ』


 散発的な拍手がまとまったものへと変わった。


『改めましてようこそエルトクリア大闘技場へ!! 本日からはアギルメスタ杯本戦!! 昨日までの4日間で行われた予選から勝ち上がったのは!! この8人だーっ!!!!』


 マリオがテーブルを叩き付けるようにして叫ぶのと同時に、決戦フィールドの上空へ背景色が赤と青の巨大な映像が投影された。それは円状になっている観客席全てに見えるよう、赤と青を一組として何組もの映像が円柱状に投影されていた。背景色が赤の映像には、『レッドグループ』という文字の下に『アリサ・フェミルナー』『T・メイカー』『龍』『マリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラ』と続き、背景色が青の映像には、『ブルーグループ』という文字の下に『藤宮誠』『浅草唯』『天道まりか』『メイ・ドゥース=キー』と続いている。


『本戦1日目はバトルロイヤル!! 第一試合をレッドグループに!! 第二試合をブルーグループに分かれて戦って頂き!! それぞれのグループの勝者が明日の決勝戦へ!! 決勝戦へ出場する選手を除き!! 最後まで立っていた選手が3,4位決定戦へ進めるものとします!!』


『今日を勝ち上がった選手には、明日もまた試合を控えているわけだ。それも今日以上に大切な試合がね。ここは戦力を温存して戦いたいところだろうけど……、この本戦出場を決めたメンバーを見るに、そう甘いことを言っている余裕も無さそうだね?』


『カルティさんの仰る通りですね!! マークさんはどう見ますか!?』


 自分のルール説明からうまく話を繋げてくれたカルティに相槌を打ち、マリオがマークへと話を振る。


『うーん。考えれば考えるほどえげつない試合スケジュールだよね。カルティさんが言った通り余力を残しておきたい、って選手が考えるのは当然として、あまり手の内を晒し過ぎちゃうと明日の試合で不利に働くし。それにバトルロイヤルって形式もまた……。本命の選手を3人でタコ殴りにすることもできるわけだよな。そうなると、グループ大本命の選手が本戦2日目に勝ち上がれる保証も無くなるもんね』


『ありがとうございます!! まさにそういうことですね!!』


 マリオが、マークとカルティに向けていた視線を前へと戻す。


『さあ!! それでは始めましょう!! アギルメスタ杯本戦第一試合レッドグループ!!!!』


 マリオの叫びと同時にエルトクリア大闘技場が揺れるほどの大歓声が巻き起こった。

 投影されていた映像の数々から青を背景色とした映像だけが消え、赤を背景色をした映像が点灯を始める。


『選手入場だー!! まずは予選Aグループから勝ち上がったアメリカ合衆国の魔法戦闘部隊!! こうしたイベントにこの部隊の人間が参戦するのは初めてか!? 「断罪者(エクスキューショナー)」三番隊隊長!! アリサ・フェミルナーァァァァ!!!!』


 点滅していた映像のうち、半分が切り替えられる。そこには『アリサ・フェミルナー』の文字と彼女の顔写真が映し出された。

 大喝采の中、決戦フィールドの出入り口から1人の女性が現れる。


 金髪碧眼。

 黒を基調とした生地に赤のラインが入ったローブ。

 アリサ・フェミルナー。


 吹き抜けとなっている大闘技場へと舞い込む風で、アリサの短くなった髪が揺れる。それをそっと抑えながら、アリサは不敵な笑みを浮かべて決戦フィールドへと第一歩を踏み出した。

 観客席から惜しみなき拍手と歓声があがる。


『アリサ選手は優勝候補筆頭とも言われていた牙王選手を倒しているわけだからなー。期待できるよね、カルティさん』


『そうだね。それに予選Aグループは4つの予選の中で一番最初に行われたからね。休養期間が3日あったわけだ。この違いもうまく生かしていきたいところだろうね~』


 マークの言葉に、カルティが頷きながら答える。


 直径約400mもある決戦フィールドの中央付近。アリサはあらかじめ指定されていた場所で立ち止まった。

 マーキングされている箇所は、アリサが立っている所を含めて4つ。入場してきた4人はそれぞれ四角形の頂点に立ち、向かい合う構図となる。


 拍手と歓声が一定の音量まで下がったところで、マリオがマイクを握りなおした。


『続いてはぁー!! 予選Bグループから勝ち上がったこの人!! 世界最強の魔法使いと名高い“旋律(メロディア)”をリーダーに据え!! 一部では英雄扱いされる「黄金色の旋律」!! まさかのそのメンバーの1人!! ここではどんなビックリ箱を披露してくれるのか!? T・メイカーァァァァ!!!!』


 アリサ・フェミルナーの紹介映像が、T・メイカーのものへと切り替わる。しかし、アリサの時と違って顔写真は無かった。『T・メイカー』の文字と共に大きく『No Image』と表示される。写真が用意されていない理由は単純で、T・メイカーがこの大会に参戦するにあたり、そのクリアカードを「七属性の守護者杯運営委員会」に提示していないためだ。


 それでも、アリサのとき以上の拍手と歓声が大闘技場中に鳴り響く。


「T・メイカー!! T・メイカー!! T・メイカー!! T・メイカー!!」


「T・メイカー!! T・メイカー!! T・メイカー!! T・メイカー!!」


『おぉーっとまた始まりましたメイカーコールだーっ!!』


『今日はちゃんと会場入りしているって情報があるから大丈夫だよ~』


『そういえば、予選Bグループではそんなこともありましたねぇ』  


 マリオとカルティの発言に、マークも苦笑しながら追従した。

 大歓声と拍手、そして「メイカーコール」の中、その張本人が決戦フィールドの出入り口に現れる。


 白のローブに白の仮面。

 その素性、魔法、一切が明かされていない魔法使い。

 T・メイカー。


 そして。


 その腕に抱き付く、薄紫色のふわふわとした髪の持ち主。


『は?』


 マリオの呆けた声が鮮明に聞こえてしまうほど、大歓声は一瞬にして止んでいた。

 紺色のローブにとんがり帽子といういかにも『魔女』なスタイルで身を包んだマリーゴールドは、その大きな胸をT・メイカーの腕に押し付けるようにして抱き付いている。頬は紅潮し、恍惚の表情をしていた。


「あーあ。やっぱり説得できなかったのね……」


 既に所定位置でスタンバイしているアリサが、誰にも聞こえない音量で呟く。


 完全に静まり返った大闘技場の中、T・メイカーは抱き付いたマリーゴールドを引き摺るようにして歩き出した。その足音が、1階席で様子を見守る観客の耳に届くほどの静寂だった。


「えへへ~」


 ご満悦なのはマリーゴールドただ1人である。これから決勝戦を賭けた試合をするというにも拘らず、とびきりな幸せオーラをばら撒いていた。

 そして。


「しっ」


 ついに。


「死ねやT・メイカーァァァァコラァァァァ!!!!」


「ふざけんなこの野郎ォォォォ!!!!」


「ナニしに来てんだてめぇぇぇぇ!!!!」


「アギルメスタ杯馬鹿にしてんのかオラァァァァ!!!!」


 観客席の一部が爆発した。イチャつきながら選手入場してきたのだから、当然の反応であると言える。


 例えそれが。

 当事者の本意でなかったとしても。







「どうしてくれんだこのブーイング!! 全部お前のせいだぞ!?」


「あぁ王子様、有象無象の雑音など放っておけばよいではありませんかっ」


「お前の表現本当に酷いな!? えぇい!! ローブに顔を擦り付けるな!! 身体を摺り寄せるな!!」


「もう少しで私の匂いを染みつけられるんですっ!! もうちょっと!! もうちょっとだけ!!」


「何しようとしてんの!? いいから離せって!!」


「嫌です!! ずっと一緒にいるんですっ!!」


「お前これから試合なの分かってる!? 俺とお前!! 敵同士!!」


「何を仰っているのですか!? 私は味方です!! 王子様に手出しをする愚かで救いようもない低脳など、この私が全て嬲り殺して差し上げますっ!!」


「怖い怖い怖い怖い!! いちいち怖いんだよお前の表現!!」







『えーっと。……入場は順番にって話は通ってなかったのかな?』


 罵声が飛び交う中、カルティが呟く。


『いやぁ、1人だけ伝え忘れるなんてことはないと思うんですけど……』


 カルティの疑問に、マリオが首を傾げながら答えた。


『もし分かった上でやっているなら、なんともまぁ大胆なことを……。メイカー選手とマリーゴールド様の共闘宣言ってことになるんだよなぁ、これ』


『そうとも言えるね。T・メイカー選手対3人になると予想していただけに、これはちょっと予想外過ぎるね』


 マークの言葉に頷きながら、カルティが苦笑を漏らす。

 その隣で。


『あっ。そういえば、マリーゴールド様の出場コールどうしよう……』


 マリオがぽつりと呟いた。







「やるじゃない、あの子。もう調教し終わったのね」


 リナリーは、眼下に広がる光景を見てそう述べた。


「……あのガルガンテッラ様の血筋を従えるなどということは。まさか、……本当に為したのでございますか」


 その隣でシスター・マリアが「嘘でしょ本当なの馬鹿じゃないの」と言わんばかりの表情で肩を震わせる。


「……聖夜君」


「せーやがやったというより、さいしょからあんなかんじだった」


「ということは、ガルガンテッラが聖夜のことを憶えていた、と?」


「そう」


 リナリーからの問いに、ルーナが頷く。


「ふむ……」


 リナリーは口元を撫でるように手のひらを動かしてから、


「ちょっと気になるわね……」


 そう口にした。







 投影されている映像に、『T・メイカー』と『マリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラ』を表示した後、改めてマリオがマイクを握りしめた。


『さぁ!! 何となく興が殺がれた感も否めませんが!! 最後の1人の入場といきましょう!! 荒れ狂う天属性の脅威を回避し!! Cグループにおいて見事生き残ったこの男!! 「契約詠唱の使い手」龍っっ!!!!』


 散発的だった拍手が一気にまとまりを見せる。拍手と声援の中、決戦フィールドの出入り口にレッドグループ出場者、最後の1人が姿を見せた。


 鮮やかな青の中華系民族衣装に身を包み。

 流れるような黒の長髪を後ろで編んで垂らした青年。

 龍。


 龍は、その歓声を一身に受けて。

 その端正な口元を、軽く歪めてから一歩を踏み出した。


 鳴り響く拍手。

 あちらこちらから聞こえてくる歓声。


 そして。

 今。

 決戦フィールド中央。 

 そこに。


 ――――本戦2日目のチケットを争うべく、4人の選手が揃った。


 アリサ・フェミルナー。

 T・メイカー。

 マリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラ。

 龍。


 各々が、各々の、配置につく。


 それを、見届けて。

 自然に。

 ごく、自然に。


 拍手。

 歓声。

 その他、一切の音が消える。


 数十万の視線が集中する中心部で。




 アリサが、短く息を吐いて右の太ももに装着していたMCを撫でた。


 メイカーが、仮面に手を添えつつローブを深く被りなおした。


 マリーゴールドが、その大きな瞳をようやくメイカーから外して正面へと向けた。


 龍が、ゆとりのある袖に両の手のひらをそっと差し込んだ。




 緊迫した空気が張り詰める中、マリオがマイクへと静かに口を寄せる。


 大きく息を吸い込み。

 そして。


『力を示せ!!』


 続く言葉は、大闘技場全体で。


『アギルメスタ杯、開戦だーっっっっ!!!!』







 アギルメスタ01。

 午前10時。

 アギルメスタ杯本戦第一試合、レッドグループ。

 試合開始。

次回の更新予定日は、2月14日(土)です。

前へ次へ目次