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第8話 グランダール52 ①

年末年始の連続投稿第三弾!!




 グランダール52の未明。

 メルティにある魔法聖騎士団(ジャッジメント)の詰所にて、その動きはあった。


「反応あり!!」


 団員の1人が叫ぶ。周囲で仮眠をとっていた団員たちが転がるようにして起き上がり、準備を整えていく。進路を塞ぐ団員達を押しのけながら、彼らの隊長であるギリーはモニターを食いつくようにして操作する団員のもとへとやってきた。


「場所と状況は?」


「場所はメルティ、現在近くを警備していた団員3名が現場へ急行しています」


「メルティか。あそこは人目の無い路地裏が多いからな……」


 ギリーは舌打ちしながら吐き捨てるようにそう言う。


「この時間なら、どこでも人目なんて無いものですよ」


「そう言うな。3人にはあくまで状況確認だけで、決して接触するなと念押ししておけ」


「了解です」


 ギリーの命に頷いた団員が、モニターにセットされている自らのクリアカードに手を伸ばした。それを見届けたギリーが後ろに目を向ける。そこには、準備万端に整えられた団員達。


「どいつか、スペード様を起こしてこい」


「それが……、既におりません」


「は?」


 歯切れが悪そうに答える団員へ、ギリーが顔をしかめる。


「いない、だと? まさかこんな時に」


 その先の言葉は鋭い電子音によって遮られた。ギリーからの命令を現場の3人に伝えようとしていた団員の手が止まる。3人への通信は強制的にシャットアウトされており、新しい回線が繋がれていた。強制的に回線に介入できる権力を持つ人物は、魔法世界内でも数少ない。


 モニターには、スペードの紋章。


『ギリー、そこにいるか』


「スペード様!!」


 問いかけに、ギリーが応じる。


『戦闘に入る、……が。俺の魔法じゃあ、メルティを焼け野原にしちまう。まず、無系統を使わず討伐を試みる。駄目なら廃墟街まで誘導してから討伐を開始する予定だ。3つ、指示を出す』


 その声には、激しい雑音が混じっていた。


『1つ。メルティ含め、全域に避難警報は出すな。建物の外に出られるとやりにくい。この時間なら外出する奴もそうはいないだろう。イレギュラーはこっちでなんとかする。2つ。近くに魔法聖騎士団(ジャッジメント)がいるようなら、早めに撤退させろ。加勢はいらん。3つ』


 鈍い打撃音が鳴り響く。それを聞いた一部がざわめいたが、スペードは何事も無かったかのようにこう続けた。


『クィーンに謝っといて……。結構被害出そう………』


 但し、若干情けない声色で。







 通信が切れた後、詰所内には重苦しい空気に包まれる。ギリーが大きく息を吸い、一喝した。


「もたもたしてんな!! さっさと動け!!」


 どったんばったんと激しい音を立てながら団員達が動き出す。鼻息荒くそれを見届けて、ギリーはモニターへと向き直った。


「3人に撤退命令は出したか?」


「はい。間もなくメルティを抜けるそうです」


「良かった。カメラに戦闘は映せないのか」


「ええ。どうも敵はカメラの位置を熟知しているのか、一向にその姿を見せません」


 団員の返答を聞き、ギリーが大きく唸る。


「化け物、化け物、と言ってはいるが……。どうにも腑に落ちん。どの程度の知性があるのかが分からんな」


「元が人間なのかどうかも怪しいですから。もっとも、元が人間ならばどうしてそうなったのか、人間で無いのならどこから来たのか、まるで分からないわけですが」


「まったくだ。早々に討伐してもらわねば、我々の手には負えぬぞ」


 ギリーの苦虫を噛み潰したかのような顔を見て、団員が表情を曇らせる。


「平気、……なんですよね」


「何がだ」


「……スペード様、単独で、です」


「……馬鹿者」


 団員の質問に、ギリーは答えた。


「『トランプ』に坐すお方が負けるということは無い。絶対にだ」







 口内に溜まった血を吐き捨てたスペードは、手にしていたクリアカードをポケットへとねじ込んだ。


「やるな、お前さん。『自分の血を見たのなんて久しぶりだぜ』とかカッコよく言いたかったけど、考えてみたらクィーンとかジャックとかによくボコされてたわ、俺」


 少し離れた先。

 闇夜に溶け込むかのように直立するナニカは、微動だにしない。


「愛想笑いでもいいんだ。少しくらい反応してくれないと寂しいんだけどな」


 スペードは1人で苦笑したが、ナニカはそれにも反応しなかった。

 に、見えたが。


「うおっ!?」


 一薙ぎ。

 常人の二倍近くある腕と指。異形なそれをナニカが振るっただけで、スペードの胸筋に一筋の裂け目が入った。咄嗟に後退していなければ、胴が真っ二つになっていたかもしれない。それほどの鋭さだった。


「……ははっ、マジかよ」


 見れば、スペードの両脇の側壁にも亀裂が入っている。


「見た目と実際のリーチにどれだけ差があんだかな」


 短く息を吐き、構えを取るスペード。両の拳を合わせ、もう一度、今度は大きく息を吐く。


「さぁて始めるか。ここじゃあ本気は出せねーが、体術だけでもそこそこやるぜ――」


 ニヤリと笑い、


「――俺はよ」


 そのセリフを口にし終えた時には、既に後ろをとっていた。


「ヴァリアース・『疾風の型(グリーン・アルマ)』」


「ウ、ヴゥ?」


 気付いた時にはもう遅い。


 省略詠唱。

 風の全身強化魔法『疾風の型(グリーン・アルマ)』を纏ったスペードの拳が、ナニカの背中へと吸い込まれる。


「ウギャルアアアアアアアアアアアア!?!?!?!?」


 風属性の付加能力『切断』。

 スペードの拳がナニカの背中へと着弾するのと同時、それは細かなかまいたちを発生させ、ミキサーのようにナニカの背中を切り刻んだ。

 吹き出すどす黒い体液。


「うぷっ!?」


 それをまともに浴びたスペードが堪らず後退する。


「うげっ!? ぺっ!! ぺっ!! おいおい!! これ毒とか無いだろうな!! ちょっと口に入っちまったんだが!!」


 倒れ込むナニカに愚痴るスペード。そこでナニカが反応してくれないことを思い出し、気を取り直して跳躍した。


 倒れ伏す、ナニカの真上へ。

 振り上がる脚。

 痙攣を続けるナニカ。

 そこから生える羽を見て、スペードが顔を僅かに歪めた。


「わりーな」


 踵を振り下ろしながら、スペードは言う。


「天使だろうが悪魔だろうが、アイリス様の箱庭で好き勝手させるわけにはいかねーんだ」


 それは、先ほどナニカの背中をズタズタに切り裂いたものと同じ。

 それは、世界最高戦力と称されるスペードの渾身の踵落とし。

 それがナニカへとどめを刺すべく振り下ろされて。


 それが突き刺さるよりも先に、ナニカが動いた。


「ぐっ!?」


 グリン、と。

 通常の人間ではあり得ないほどの勢いと角度で、ナニカの顔がスペードへと向けられる。そしてその口から発せられた、眩いオレンジ色の閃光。

 咄嗟に発現された浮遊魔法。

 ナニカへと直撃するはずだった踵落としを中断、スペードは空中で後ろ向きに一回転することで後退した。通常の倍以上の間を空けて、スペードは名も知らぬナニカを凝視する。


「……やるじゃねーか、クソ野郎。ただの獣じゃありません、ってか?」 


 不意を突かれた一撃。

 無傷とはいかなかった。

 空へと一直線に放たれたそれは、スペードの左腕を飲み込んでいた。切断されたわけではない。ただ、肩から先は()(ただ)れ、戦闘能力は失われた。

 風は、火に弱い。


「……属性の弱点を突かれたとはいえ、そう簡単に突破できるほど安くはねーんだけどな。俺の魔法は」


 脂汗を流しながらもスペードは動じない。口に溜まった血を再び吐き捨て、不敵に笑う。


「ちょうど良いハンデになったかもな。来いよ。今度はそっちの番だ」


 残った右腕だけで構えながら、スペードはそう言った。







 人目の無い静かな路地裏に響き渡る、断続的な打撃音と奇声。しかし、その全てはスペードによって巧みに展開されている防音魔法によって、近隣住民には届かない。

 メルティの住民には、既に魔法聖騎士団(ジャッジメント)より通達で「一時的な外出禁止令」が各々のクリアカードへと送られている。万が一、寝ている住民が異変に気付き起きてしまっても、外に出て様子を窺うような真似はしない。


 異変を感じたら、最初にクリアカードを確認する。

 それは魔法世界の住人が当たり前のようにする行動だからだ。


 周囲への被害が及ばぬよう攻撃をコントロールし、防音魔法を適切な空間に展開し、片腕のみで異形のナニカを迎撃する。これができている辺り、まだまだスペードには余裕があると言えるだろう。

 しかし。







(こいつ、強いな!!)


 拳を交わすナニカの実力に、スペードは本気で驚いていた。結局、致命的な一撃を与えられたのは最初の一発だけ。他はうまく受け止められたり躱されたりだった。


「何なんだお前!! 人間の魔法を使い、戦闘技術もそこそこ!! どこから来た!! 何が目的だ!!」


 答えは無い。あるのは唸り声とわけの分からない奇声のみ。それでも、スペードは問わずにはいられなかった。

 長い脚が、スペードの脇腹にめり込む。


「ぐあっ!?」


 それは容易く風属性の全身強化魔法『疾風の型(グリーン・アルマ)』を貫通し、スペードの肉体へと衝撃を与える。そのまま吹き飛ばされたスペードは、浮遊魔法で威力を落としつつ住宅の壁へと激突した。

 異形の膝を覆うのは、オレンジ色に揺らめく炎。


「げほっ!! ……身体強化魔法までお手の物かよ。参るね、ほんと」


 スペードの反応など蚊帳の外。瞬く間にスペードとの距離を詰めたナニカは、揺らめく炎を拳へと集中させて振りかぶった。

 それを見たスペードは、回避しようとした身体を無理やり押し留める。


 残された右腕で防御の姿勢をとったところで。

 眩い光の剣が、振りかぶられたナニカの腕を貫いた。


「ウギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?!?!?!?」


 スペードへと振り抜かれるはずだった拳が止まる。

 ナニカの咆哮が路地裏へと響き渡った。

 三半規管への影響を懸念したスペードが、瞬時に耳を塞ぐ。

 音は衝撃波となり、スペードを襲った。

 ミシミシ、と。

 スペードが背にする壁が軋む。


 光の剣は、すぐに粒子となって消えた。

 残った傷痕から吹き出すどす黒い液体を手で抑えながら、ナニカが呻く。

 思わぬ加勢に意表を突かれ、硬直したのは僅か一瞬。

 それでもその一瞬が決定的な隙となった。


 スペードの伸ばした右腕はむなしくも空を切り。

 致命傷を負ったナニカは空へと舞い上がり、暗闇へと消えていった。







「……助かった。“旋律(メロディア)”」


 伸ばした腕を宙に彷徨わせた後、痛む左手へと添えたスペードは、疲れ切った表情で暗闇を見た。そこにぼんやりと浮かび上がるのは、白いローブを身に纏った金髪の女性。


「なにが『助かった』よ。後ろを庇わなけりゃ、貴方1人でどうとでもできたでしょうに」


「だから『助かった』。庇う以外の選択が、あの時の俺には無かったからな」


 自らの身体に付着したねっとりしたどす黒い何かに顔をしかめながら、スペードは答える。そこへゆっくりと歩み寄るリナリーは、その答えに鼻を鳴らした。


「そんな戦い方をしていると、いつか死ぬわよ」


「そんな戦い方をしているから、俺は血税で生きることが許されてんだよ」


「はいはい、そうねそうね。言っとくけど、治療魔法苦手だからね」


「知ってる」


 短く息を吐き、スペードが立ち上がった。


「酷くやられたわね。それ」


 焼け爛れた左腕を見て、リナリーが言う。


「貴方の無系統魔法で自爆したわけじゃないんでしょ?」


「んな初歩的なヘマするかよ」


 スペードは肩を震わせながらおかしそうに笑った。


「んで、あんたは何でここに? 助かったのは事実だけどさ」


「メルティには恩師が住んでるの。ちょっと野暮用でね」


「あんたに恩師と言わせる人物ってのは興味があるな」


「教える気はないけど、調べればすぐに分かると思うわ」


「ふーん」


 食いついた割に淡白な反応だったが、リナリーは特に気にしなかった。


「で、貴方は」


「何が」


「タイミング良く貴方がこの町にいた理由よ。貴方の様子じゃ、被害は無いんでしょ」


「あぁ……。勘、かな」


「はあ?」


「なんとなく……、何かある気がした。んで、たまたま散歩コースにここが選ばれた。そしたら」


「鉢合わせした、と?」


「そう」


「それはまぁ……」


 不幸の星にでも生まれついたのか、と言いたくなるほどの偶然のようだったが、リナリーはそれを口にはしなかった。


「ともかく、あれが問題視している化け物ってわけね」


「あんた、初見だったのか」


「そうよ。興味無いし」


「あんたがもうちょい興味を持って協力してくれりゃあ、この件もすぐに片付きそうなんだけどなぁ」


「嫌よ。面倒くさい。それに何で貴方が血税で生きてられるんだっけ?」


「はいはい、俺らがなんとかしますよ」


 駄目もとで口にしたそれがやっぱり駄目だったことを確信したスペードは、早々にその話題を切り上げて手を振った。


「んじゃ、俺は戻るわ」


「そうね。早く治療してもらいなさいな」


「ああ。ありがとな」


「別に。大したことはしてないし」


「あんたにとってはそうだとしても、俺は助かったからな」


 それだけ言って、スペードは早々に引きあげていった。

 残されたリナリーは、徐々に茜色へと染まり始めた空を見上げながら。


「……どうしましょうかねぇ」


 そう呟いた。







「おはようございます、中条様」


 その優しく柔らかな声に、まどろみの中にあった意識が呼び起される。


「ん、……ぅう」


 重たい瞼をゆっくりと開いた。視界いっぱいに広がるのは、もはや見慣れてしまった殺風景な空間。つまりは教会下にある訓練場である。

 気怠さを感じる身体を解すため、寝袋から這い出す。訓練場の床がひんやりと気持ちが良い。


 だけど、落ち着いて考えてみて欲しい。

 俺は魔法世界にやってきた。自分の不手際のせいだが、半強制的に魔法大会へと出場する羽目になったせいだ。だが、だけど、だ。まさか陽の光すら当たらない密室空間に閉じ込められ、寝食をそこでする事態にまで陥るとは思っていなかった。思っていなかったんだ。異世界観光のような期待を抱いていた。力づくで不法侵入した時とは違い、身分を偽っているものの証明書を持って俺はここにいる。ちょっとくらい楽しいことができると思っていたんだ。

 ……思っていた、のに。


「朝8時でございます。朝食をお召し上がりになりましたら、すぐに訓練開始でございます」


 こんな感じでシスターに生活を管理され、時間さえシスターに教えて貰わねば分からない環境下に身を委ねることになるなんて……。

 一応、自分のクリアカードを見れば時間くらいは分かるが、言いたいことはそんなことではない。


「シスター・マリア。その……、相談がありまして」


「あら、なんでございましょうか?」


 にっこりと先を促してくれるシスター。美しい笑顔に騙されちゃいけない。この人は悪くなくても、この人を操っているのはあの師匠(あくま)なのだ。


「えーとですね。今日、Dグループの予選終了後、本戦出場者は大闘技場へ集合するようにとメールが届きまして……」


「あぁ、そのことでしたら。リナリーより言伝を預かっておりまして」


 おぉ、なんと。


「『黙って特訓してろ』だそうです」


 なんと、……予想通りな、回答、を。

 俺は自分の心が折れる音を聞いた。


「あ、でも」


 俺が打ちひしがれているのを見ながら、シスター・マリアが自らの顎に手を当てて続ける。


「条件次第では行ってもいい、と」


「な、なんと。それで、その条件……、とは?」


 あの女が自分の言葉を撤回し、行っても構わないとまで考える条件とは。いったいどんな条件だというのか。シスター・マリアは溜めることなくその答えを口にしてくれた。


「『属性共調』を習得できたら、行っていいそうです」


「この特訓が終了したらってことじゃねーか!!」


 俺の心は、折れた。







『連日大盛り上がりのアギルメスタ杯も本日が予選最終日!! Dグループでございます!! 試合開始まであと30分ほどありますから!! 慌てず押し合わずにゆっくりと入場してくださいねー!!』


『試合開始まで間に合わないからって身体強化魔法使っちゃ駄目だよ~。もれなく魔法聖騎士団(ジャッジメント)から退場させられるからね』


『いやいやカルティさん。身体強化魔法使えるレベルの魔法使いなら、この大会に出場してますって』


『マリオ君。実に良い指摘だけど、今の論点そこじゃないから』


 実況解説の緩めな会話に、会場から控えめな笑いが起こる。そんなやり取りを聞き流しながら、今日も今日とてスイートルームに居座る美月は、覗いていたオペラグラスをテーブルの上に置いた。


「なんかさぁ、イマイチぱっとしないよね」


「なにが?」


 美月の言葉にルーナが首を傾げる。


「だって1日目はアメリカの大物が来るし、2日目は聖夜君が1人で暴れまわるし、3日目は天道さんがやっぱり1人で暴れまわるし。この鰻登りのハードルを、4日目の面子が満たしてくれるとは思えないんだけど」


「あたりまえ」


 何をいまさら、といった調子でルーナが答えた。


「あのがおうが、よせんはいたいした。これはまれにみるレベルのたかさ」


「……その中で聖夜君は1人無双してたんだよね」


 美月からしてみれば同級生とは思えない戦闘能力である。それを標的にして潰してしまおうと考えていた一時期の自分をぶん殴ってやりたい心境だった。


「くみあわせのもんだいもある。せーやががおうとあたっていたら、もうすこしくせんしてたはず」


「そうなの?」


 ルーナの指摘に美月が目を丸くする。


「がおうは、2たい1でやぶれた。1たい1でのにくだんせんなら、むるいのつよさをほこる。アリサとフジミヤ。くんでなければ、まけていたのはどちらか」


「ふーん」


 美月が口を尖らせながら頷いたのを見て、ルーナはオペラグラスを手にした。

 そして。


「……うぇ」


 苦虫でも噛み潰したかのような表情を作る。


「どうかした?」


「……なんで、あのおんながでてるの」


 ルーナは嫌悪感剥き出しでそう言った。







 その少女は、薄紫色でふわふわの髪をしていた。自らの髪と同じ色をした瞳はぱっちりと大きく開き、異性だけでなく同性すらも思わず見とれてしまうほどの彼女の美貌をより一層引き出している。桜色の小さな唇に美しい美白の中で僅かに染められた頬、そして少女であるにも拘わらず魅惑的な身体つき。


『ま、また今日も珍しい方が出場してきたもんだね……』


 その少女を目にしたカルティが、頬を引きつらせながら呟く。


『あれ、あの子って確かエルト――』


『マリオ君、一回マイク外そうか』


 大会の解説者としてあるまじき発言をしたカルティは、本当にマリオからマイクを奪い取った。そのおかげで、マリオとカルティの発言の一切が聞こえなくなる。

 それを観客の誰もが責めなかった。そして、その大半以上がカルティの行動に心の中で賛辞を送った。


 静まり返る会場。その少女に気付いた他の出場者たちも、次々とその動きを止めて距離を空ける。

 話題に上がり、出場者からも避けられた少女は、そちらへは見向きもせずにぽーっとしている。完全に虚空を見つめているようだった。周囲からの視線全てをシャットアウトし、自らの世界だけに浸っているような。

 その少女は、エルトクリア魔法学習院を中退していた。だからこの大会にも参加資格がある。まりかや唯のように、力づくで出場権を勝ち取る必要はなかった。


 ただ。

 仮に。

 その少女がエルトクリア魔法学習院を中退せず、まだ院生であったとしても。

 おそらく、少女が願えば出場は容易に叶っただろう。


 その少女の名は。

 マリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラといった。

【今後の投稿予定】

1月3日 本編第9話

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