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第5話 グランダール51 ①

まりか「みんなお待ちかねのボクのターン!!」




 グランダール51。

 アギルメスタ杯の予選も今日で3日目。Cグループの日である。

 ただ、俺にとってそれはもはや関係無かった。


「ぐっ!?」


 後から展開しようとした風属性の全身強化魔法が、発現前に弾け飛ぶ。それと同時に、先に発現していた火属性の全身強化魔法も、その制御を失って暴れ出した。

 その勢いは瞬く間に訓練場いっぱいを埋め尽くそうとして、


「こんんんんのおおおおおおおおおっっっっ!!!!」


 俺の無理矢理な気合いで封じ込められた。セーフ。大した被害を出さずに魔法を消すことができたようだ。

 ただ、その代償としてのとてつもない疲労感に襲われる。


「くっそこんなの無理に決まってんだろうが!!」


 1人しかいない教会下の訓練場で怒鳴り散らす。そのまま仰向けにぶっ倒れた。


「何なんだよ!! 何かを掴んだような気がした俺はどこいったんだ!!」


 行方不明だ。捜索願いを出す必要がある。早急に。それかもしくは本当に『気がした』だけで実際には何も掴んでいなかったか。だとしたらとんだ大馬鹿野郎である。


「どうすりゃいいってんだよちくしょう!!」


 俺の叫び声が虚しく木霊する。それが余計に癪に障った。

 異なる属性を付加させた全身魔法をふたつ、身体に展開する。あくまでふたつを一緒に展開するだけで、『合成』させるわけではない。ここまではいい。


 でも。

 でも、だ。


「異なる属性ふたつを一緒に発現させるってどうすんのさ!!」


 右向いた状態で左の状況を答えろ、って言ってるようなものだ。そんなもの、千里眼でもない限り無理に決まっている。人間の脳はそんなに賢くできてはいないのだ。


 ……。

 いや、でも待てよ。いるよな。魔法使いでもそれなりの奴は、火属性の魔法球と風属性の魔法球を一緒に発現したりするやつ。ただ、あれはあくまで魔法球って括りで一緒なわけで……。

 待て待て待て。その括りで一緒にできるなら、俺のだって全身強化魔法で一括りだ。何の違いも無い。身体に纏わせるってのが難しいだけで、根本から見れば一緒だ。向こうは確かに違う属性を一緒に発現している。


「……そうか」


 そこまで考えてみて、分かった。

 俺は、今まで呪文詠唱ができないが故に身体強化系の魔法ばかりを鍛えてきた。俺が魔法を使う時は必ず一属性のみだったのだ。異なる属性をいっぺんに発現する機会なんて、よくよく考えてみればまるで無い。ゼロだったと断言してもいい。RankSの魔法である『属性共調』なんて夢のまた夢のような話だし、だからこそ、そこは師匠も何も指摘しなかったのだろう。


 だから、できない。

 やり方が分からないのだ。

 異なる属性を一緒に発現する方法が。


「……まじかよ」


 シスター・マリアとの組手では、『属性変更(カラーチェンジ)』の技量を上げることができたが、あれはあくまで前の属性と次の属性の変更のスピードが高まっただけで、一緒に発現しているわけではない。


「……俺が鍛えるべきところは、もっと別のところにあったのか」


 だからといって、何が変わるわけでもない。呪文詠唱ができない俺は、結局強化系の魔法で練習していく他無いからだ。それはつまり、全身強化魔法の練習ということになり、つまりは今行っている『属性共調』の練習に行きつくわけで。


「どんどん絶望的になっていく気がするのは俺だけだろうか」


 きっと俺だけだろう。こんなアホみたいな理由でどん底に突き落とされている俺。本来なら、異なる属性の同時発現はなんとかできて、むしろ同調率を上げることに苦労するべきなのだ。

 俺はその逆。

 なんということでしょう。

 くっそ。まじかよ。

 死にたい。今までの苦労は何だったんだ。


 ……。

 ……ん?

 どん底のどん底まで気分が沈んだところで、ふと思いついた。

 何も全身強化魔法でいきなり『属性共調』を狙う必要なんてないんじゃないか?


 たとえば。


「身体強化魔法を右手と左手に発現する。そして……」


 右手は火、左手は風にする。

 とか。







『連日大盛り上がりを見せているアギルメスタ杯予選!! それも本日は3日目!! Cグループだーっ!!!!』


 マリオの声にエルトクリア大闘技場が沸く。

 時刻はまもなく午前10時を回ろうかというところ。既に中央の決戦アリーナには選手たちが試合開始を今か今かと待っていた。


『Aグループからは、“アメリカ合衆国「断罪者(エクスキューショナー)」三番隊隊長”アリサ・フェミルナーと、優勝候補の1人だった牙王(ガオウ)を破った“今大会一のダークホース”藤宮誠!! Bグループからは、“今大会注目度No.1「黄金色の旋律」”T・メイカーと、まさかの“エルトクリア魔法学習院の院生”浅草唯!! かなり面白い面子が勝ち残ったと思えるのですがどうでしょうか!? 解説のカルティさん!!』


『うん。これまで「七属性の守護者杯」はいくつも観戦してきたわけだけど。やっぱり今大会は今までと一味違う感じがするよね~』


『そうですね!! まさに、誰が勝つかまったく分からない!! 誰が勝ってもおかしくはない!! そういう流れが!! 牙王選手が倒れた瞬間から生まれたと言っても過言ではないでしょう!!』


 マリオがマイクに向かって叫びながら時計を見た。

 そして。


『さあ!! そうこうしている間に時間が来るぞ!! 力を示せ!!』


 一度間を置き、息を吸い込む。

 続きを叫んだのはマリオ1人だけではなかった。


『アギルメスタ杯予選Cグループ!! 開戦だーっ!!!!』


 大闘技場中の声がひとつとなり、空気を震わせる。


 アギルメスタ杯予選Cグループ。

 試合開始。







「私たちだけで来てていいのかなぁ」


 エルトクリア大闘技場19階のスイートルーム。

 もはや定位置となりつつあるソファに座った美月は、オペラグラスを手で弄びながらそう呟いた。その隣に座っているルーナが、眉を吊り上げる。


「きたい、っていったの、みつき」


「そりゃあ、約束しちゃったからね」


 手にしたオペラグラスを覗き込みながら、美月は言う。


「さーて。天道さんはどこかなーっと」


 それを聞いたルーナは、美月に聞こえないようにそっとため息を吐いた。







 予選Cグループは昨日のBグループとは違い、混戦も混戦、大混戦となった。あちらこちらから聞こえる咆哮、怒声、剣戟音に炸裂音。目まぐるしく動く試合展開。見ごたえのある勝負や、呆気なく勝敗の着く勝負、観客を魅了する魔法行使や、目を背けたくなるようなワンシーン。マリオとカルティの実況解説も滑らかに進む。

 その中で。


『……ついに来たね』


 それを見たカルティが、呟くように口にした。

 カルティの視線の先にいるのは、1人の少女。その少女から放たれた無色透明をした複数の魔法球が、少女の周囲を囲っていた出場選手たちをほぼ同時に穿つ。


 防御に用いられた風属性や土属性の障壁魔法。

 迎撃に用いられた火属性や雷属性の魔法球や、水属性の身体強化魔法。

 それら色とりどりの属性魔法全てが。

 赤子の手を捻るように。

 いともたやすく少女の魔法球によって貫かれた。

 

『来たー!! “エルトクリア学習院の院生”天道まりかァァァァ!!』


 マリオが叫ぶ。観客から大歓声が上がった。その間にも、まりかは更に10人もの出場者を沈める。


『決まったぁぁ!! 決まった決まったーっ!! 希少も希少!! 極レアの幻血属性を持つ天道一族の魔法が唸りを上げるー!! いやぁ!! いいものを見せてもらいましたね!! カルティさん!!』


『そうだね~。実は僕、あの子は日本から学習院に転入してきた時から注目してたんだよね。いつかは「七属性の守護者杯」に出場して、いずれは目玉選手になると思ってたんだ。……まさか在学中に頭角を現してくるとは思わなかったけどね?』


 カルティはおどけるように続ける。


『学習院は院生がこの大会に出場することを禁止していたと記憶しているんだけど、昨日の浅草選手も含めてどう説得したのやら』 


『本当にちゃんと担当の先生には許可をもらったのでしょうかー!? 運営委員会さん大丈夫ですかー!?』


 会場が笑いに包まれた。

 しかし、決戦フィールド内ではそれどころの騒ぎではなかった。


「何なんだよこいつ!! まだ学生だろ!?」


「くそっ!? 何だこの魔法!! 障壁が全然役に立たな――があっ!?」


「見えねぇ!! 発現の兆候を読み取れたからって、防御できなきゃ意味――ぎゃあああ!?」


 次々と撃ち抜かれる出場者たち。


 まりかの発現する魔法球は無色透明。

 不可視。それはとても厄介なこと。

 しかし、まりかの発現する魔法において、もっとも恐ろしいところはそこではない。


『また決まったー!! これは昨日の予選と同じように、天道選手1人でフィールドを席巻する勢いかーっ!?』


 マリオの実況を聞き、出場者たちは舌打ちする。


「冗談じゃねー!! 命のやり取りもしてないひよっ子に負けられるか!!」


「しかし、どういう魔法だあのガキ!! どの属性使ってもまったく威力が衰えねーぞ!?」


 その叫びを聞いた1人の出場者が、閃いたかのように口にした。


「ま、まさか。あのガキの魔法。昨日のT・メイカーの魔法と同じ……」


 その言葉が、恐怖という付加価値をつけて、波紋のように周囲へと広がっていく。

 そしてそれは、まりかの耳にも届いた。


 いや。

 届いてしまった。


「……同じ?」


 まりかの端正な顔が、少しだけ引きつる。


「ボクの天属性が、あんなまがい物と同じ?」


 動きを止め、俯くまりか。


「ふ、ふふふ。ふふふふふふふふ」


 急に魔法の発現をやめて肩を震わせ笑い始めた少女を見て、包囲していた出場者たちは無意識のうちに一歩後退する。そしてそれが各々の高いプライドを更に傷つけた。たかが学生相手に恐怖するとは何事か、と。

 咆哮と共に放たれる数多の魔法球。その標的となったまりかは、中心地で一言。


「だったら見せてあげるよ。T・メイカーとやらと同じ行動を……、ボクの魔法でやったらどうなるか!!」







 あ、まずい。


 とある観客席の一角で。

 浅草唯はそう呟いた。







 属性魔法には、それぞれ優劣が存在する。


 水が火に強いように。

 土が雷に弱いように。


 魔法大国日本が保持する最大戦力。

 五大名家『五光(ごこう)』と称された元一角、天道家。

 その一族のみが保有している幻血属性『天』。


 火が風に強いように。

 風が雷に強いように。

 雷が土に強いように。

 土が水に強いように。

 水が火に強いように。


 天は、現存する全ての属性に強いとされる。

 天属性の付加能力のひとつ、『属性優位』。


 天道まりかは悠然と闊歩する。

 魔法球の雨が降る決戦フィールドを。

 殺到する魔法球は、どれひとつとして彼女には届かない。彼女へと直撃する魔法球その全てが、霧散して消え失せる。


「こ、こいつ!? 昨日のT・メイカーと同じっ!?」


「人間じゃねー!! T・メイカーもこのガキも!! 化け物だ!! 化け物だよ!!」


「こんなのどうやって倒せばいいんだよ!!」


「どうやって倒すかって?」


 まりかは鼻で笑いながら手をあげる。


「ボクを倒せるほどの実力者なら、そもそもそんな無様に叫ばないよ」


 瞬間。

 まりかの姿は、無様に叫ぶ出場者たちの背後にあった。


「なっ!?」


「ただの全身強化魔法と同じスピードだよ? 気を抜きすぎなんじゃないかな」


 中央の出場者には魔力が込められた拳を。

 両サイドにいた出場者には不可視の魔法球を。


 まりかの拳が中央の出場者の無防備な背中を捉えるのと、不可視の魔法球が両サイドの出場者を穿つのはほぼ同時だった。

 聖夜の用いた“不可視の弾丸インビジブル・バレット”シリーズと違い、まりかの扱う幻血属性『天』は、無詠唱ではあるがれっきとした魔法だ。そのため、通常の属性魔法と同じように、魔法発現のためのプロセスは当然存在する。

 だからこそ、目には見えなくともそれなりの手練れならば、魔法が発現されたのは分かるし迎撃や防御の準備もできる。


 ただ、ひとつ問題なのは。

 まりか自身の生まれ持つ魔力容量や発現量も加わり、それが防御不能の一撃となっていること。


『貫通ーっ!! 様々な属性の魔法を物ともせず!! 天道選手の快進撃を止める奴はいないのかー!?』


『それに、天道選手が身体に纏っている不可視の魔法。あれ、強化系の魔法も含まれているみたいだね。昨日のメイカー選手は、何らかの制約があったのか、同じような身体に纏うタイプの魔法の発現時は、激しい動きをしていなかったように思うけど……』


『メイカー選手が使っていた魔法の上位版ということなのでしょうか?』


『どうだろう。ただ、天道選手の魔法は発現プロセスが知覚できるんだよね。似ているだけで、根本的に違う技なのかもしれない』


『なるほど!! ますます2人の選手の扱う魔法に注目が集まるところですが!! こうしている間も天道選手の快進撃は続いているぞー!!』


 また1人、出場者が地に伏した。これで少なくとも、予選Cグループの過半数がまりか1人によって戦闘不能となったことになる。

 この圧倒的な光景を目にして。


「やー。噂には聞いていたんだが、実物見るとやっぱすげーな」


 鮮やかな青色の民族衣装を身に纏った長髪の青年は、のほほんとした声色で感想を述べた。それを聞いたまりかが、視線だけをそちらに寄越す。意識は集中させない。まりかの周囲では、現在も彼女の天属性の魔法によって、次々と出場者たちが脱落してく。


「俺は(リュウ)ってんだ。よろしくな、天道さん」


「中国系の人かな。随分と日本語がうまいみたいだけど」


 龍の着る民族衣装を見て、まりかはそう言った。


「ははは。いやいや。生粋の日本人さんにそう評価して頂けるのは嬉しいねぇ。もっとも、俺は日本人のことは大嫌いなんだけどさ」


 まりかの眉が吊り上る。そこでようやく、まりかの意識の比重が龍本人へと傾いた。


「俺が魔法を使うには、どうしてもこの国の言語が必要だったんだ」


「この……、国の……、言語? ……まさか」


「あんた、強いよ。決勝トーナメントにだって勝ち上がれるだろう。どうせ手合わせするんなら、もうちょっと良い舞台が整えられてからにしようぜ」


「いやいや、この展開で逃げられるとでも――」


「乱戦の中央で立ち話とは、随分と余裕じゃねぇか!! 日の丸国家の没落貴族!! その娘さんよぉ!!」


 龍との会話は、無粋な魔法球と侮蔑が込められた言葉によって遮られた。まりかを襲った魔法球は、彼女が展開していた魔法によって霧散する。

 まりかが龍へと意識を戻した時には、既に龍は姿を消していた。まりかは舌打ちしてから乱入者へと視線を向けた。


「……やってくれたね」


「ははっ!! 学生の分際でなぜこの大会に参加した!? 過去の栄光に未練でも生まれたか!!」


「別に……。『五光』にもう興味は無いよ。どんな理由があったにせよ、ボクの一族は落ちるべくして落ちたんだろうね。ボクがこの大会に参加した理由はただひとつ」


 まりかは右手を乱入者へと向けながら言う。


「キミのように気に食わない奴をぶちのめすためさ」


 直後。

 天属性が付与された魔法球が、乱入者の障壁をいとも簡単にぶち破った。


「ぐぶっ!? が……、あ」


「およ? まだ意識があるんだ。やるね」


 地に伏しながらも痛みを堪えるようにして身をよじる乱入者へ、まりかは冷たい視線を向ける。


「没落貴族の令嬢からいとも簡単に踏みにじられる自分。ねえ、今、どんな気持ち?」


「が、あぅ、……ひいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃ、……あ、……ぁ」


 まりかから発せられた威圧感。乱入者はそれで気絶してしまった。


「つまーんなーい」


 新たに狙ってきた出場者を目もくれず魔法球で撃ち落としたまりかは、龍を探すのをやめた。過半数が脱落したとはいえ、周囲は大混戦。暴れまわる出場者の中から、お目当ての人物を探して回るのは面倒だと考えたからだ。

 ただ、探すのをやめただけで、諦めたわけではない。


「そろそろいいかな。思ってたよりも低レベルで飽き飽きしてきたし」


 そう言いながらまりかは一歩を踏み出した。


 宙へ。


 まるで階段を上っていくかのような気軽さで、まりかは自らの高度を上げていく。

 その異常な光景を目にした観客たちの歓声が引いていく。

 静まり返る会場に疑問を抱いた出場者たちの手が止まる。

 実況解説担当のマリオとカルティも絶句した。


 浮遊魔法が存在する現在、人が宙へ浮くというのは、そう珍しいものではない。

 しかし、人ひとりを浮かせるには、相当な魔力と発現量を必要とする。


 それを散歩感覚のような気軽さで。

 それも戦場となっている決戦フィールドの中央付近で。


 鼻歌交じりに天へと昇っていくまりかに、会場中が静まり返った。

 まりかは浮遊魔法を発現しているわけではない。現段階でまりかが発現しているのは、天属性の全身強化魔法『天ノ羽衣』、ただひとつ。その付加能力が今の現状を作り上げていた。


 天属性の付加能力のひとつ、『浮遊』。


「さて、っと」


 静まり返る会場には気にも留めず、決戦フィールドのほぼど真ん中。ビル10階分程度の高さでその歩みを止めたまりかは、にっこり笑ってこう告げた。


「1人。ボクの攻撃を凌げた最後の1人を、本戦に連れていってあげるね」


 直後。

 宙に浮くまりかの更に上。

 その頭上に大きな魔方陣が3つ描かれた。


「『三天(さんてん)』」


 まりかはそう口にする。

 それぞれが、直径3mはありそうな魔方陣。その中に書き込まれた精密な幾何学模様。中央には六芒星。透明色でありながら太陽の陽を浴びてキラキラと輝くそれは、精巧なガラス細工のようでいてとても美しいものだった。

 しかし、その美しさに感銘を受ける観客と、決戦フィールドに立つ出場者たちの感想は180度違う。


 恐怖。


 上空に立つまりかを中心として、三方向に展開された魔方陣。それを見上げ、悪寒が走るのを感じた出場者たちのその感覚は、ひどく正しい。

 その3つの魔方陣の正体は、天属性の天蓋(てんがい)魔法。


 天蓋魔法とは、どの属性においてもRankAに属する高等魔法だ。その効果は単純で、展開した魔方陣から、対象となる属性の魔法球を術者の魔力が続く限りぶっ放せるというもの。

 通常の魔法は、呪文を詠唱して発現するまでのタイミングで、その数を指定する。

 例えば、3発の魔法球を発現したければ、その魔法球が発現されるまでに数が確定する。発現後に4発目の魔法球が欲しくなった場合、もう一度その1発分のために詠唱をしなければいけないということだ。


 しかし、天蓋魔法は違う。

 一度展開された天蓋魔法は、術者と魔力がリンクする。術者の魔力供給が途絶えるまでは、魔方陣は展開されたままということになる。そしてその魔方陣からは、術者の意思に応じて好きなだけ魔法球を発射できるのだ。天蓋魔法は、発現さえしてしまえば、天蓋魔法から発射する魔法球の発現に個別の詠唱を必要としない。

 弾数を術者の魔力容量に依存させる連射式の砲台というわけだ。


「天蓋魔法!?」


「それも、……3つ、だと!?」


「ウソだろ、……こんなの、……どうやって」


 絶望一色に染まる出場者たちを文字通りに見下ろしながら、まりかは躊躇いなくその手を振り下ろした。


 その動きに呼応して。

 RankAに分類される天蓋魔法。

 天属性を備えた3つのそれが、唸りをあげて魔法球を吐き出し始めた。







「……なに、……あれ」


 オペラグラスを取り落した美月は、それを拾おうともせずに呆然と口にした。

 実況解説を聞くまでもなく、まりかから自己紹介を受けた時から、美月はまりかのことを「天道家」の人間だと知っていた。珍しい苗字だったし、そもそもそれは伊達や酔狂で名乗れるものではなかったからだ。だからこそ、天道家の使う「天属性」についてもまりかが使えるであろうことは予想できていたし、試合は有利に進むだろうことも分かっていた。


 しかし。

 まりかのその実力だけは、完全に想像の範疇を超えていた。


 全身強化魔法に天蓋魔法を併用して。

 しかも、そのすべてが。


「……無詠唱、だよね」


 少なくとも、美月が見ている限りではそうだった。

 その現実味の感じられない事象を、自分と同じくらいの年齢である少女が実現している。


「あたりまえ」


 呆然とする美月の横で、ルーナは。


「てんどーいちぞくは、えいしょうをひつようとしないから」


 その一族の、もっとも異端と言われる所以(ゆえん)を口にした。

次回の更新予定日は、12月26日(金)です。

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