第3話 グランダール50 ⑥
次回の更新予定日は、12月12日(金)です。
最初は、俺のせいかと思った。
全力じゃないとはいえ、相当な魔力濃度、発現量を持った一撃を放ったのだ。それでこのエルトクリア大闘技場がどうにかなるとまでは思っていなかったが、タイミングが良すぎたこともあり、「まさか?」と思ってしまったのだ。
しかし、それはすぐに違うと気付かされた。
隆起してせり上がってくる地面を蹴り、安全地帯まで後退する。
その間に晴れる土煙の先。
そこで肩で息をしながら立つ女は。
「どうやって受け流した? お前の発現量では、浅草流・土の型『大地』を発現させたとしても防げなかったはずだ」
浅草唯。
刀を杖代わりに身体を支えていた女剣士が、こちらをギロリと睨んでくる。
「……どこで得た知識かは知りませんが、……貴方は随分と浅草に詳しいようですね」
「隠すようなものでもないだろう。浅草流免許皆伝のための資格については聞いている。知っていたとしても、その全てを発現できるような輩はそうはいまい」
……口調が安定しないな。ちゃんとキャラづくりしてくれば良かった。個人的にはクールな仮面キャラが良かったが、残念ながら既に結構素で叫んじゃったしな。
「……『大地散焼』」
「ん?」
「土の型二式、ですよ。自らの硬度を高めて純粋に防御するだけの『大地』とは違い、『大地散焼』は、硬度を高めた上で、敵の攻撃を自らに接触している地面へと受け流す魔法が付与されています」
……受け流す、って。
前言撤回。どうやら決戦フィールドの約半分が滅茶苦茶になった原因は、やっぱり俺にあるらしい。
「奥義の説明をそんな正確にしてしまって良かったのか?」
「構いませんよ。貴方の言った通り、隠すものでもありません。それに、そもそも知ったところでどうにかできるものでもありません」
そりゃそうだな。
「まあ、いいか。さて、どうするかな」
「……何がですか」
独り言のつもりだったが、問われてしまったので女剣士へと答える。
「いや、面倒くさい2人が残ったな、と」
後方から突き出された槍を躱す。
「T・メイカーァァァァ!!!! 相棒をよくもォォォォ!!!!」
“雷神”。
女剣士の奥義を耐えきったか。場数の違いだったのかね。
先ほどとは違い、“雷神”の身体には雷属性の全身強化魔法である『迅雷の型』が発現されている。全身強化魔法を使えるとは思っていなかった。奥の手だったのかもしれないな。
「出し惜しみしていたか。それで足元を掬われたわけだ」
「ほざけ仮面野郎がァァァァ!!!!」
咆哮。
そのまま地面を蹴ろうとした“雷神”よりも早く、俺の“神の書き換え作業術”が発現する。
「お前なら、もうちょい威力を上げても大丈夫だよな」
「――――な」
火属性を纏った俺の拳が、“雷神”の顎を打ち抜いた。
「かっ!? ……、あごっ!?」
“雷神”の身体が宙に浮く。
「さっきと同じ回し蹴りだ。もう一度防いでみろよ」
さっきよりも魔力を込めた膝を抉り込ませながら言う。
「ごあああああああああああああああ!?」
横っ飛びに吹き飛び、派手に決戦フィールドを滑る“雷神”。
決まったか?
……まだか。
「あああああああああがああああああああああああああああああ!!!!」
渾身の一撃。
“雷神”は手にしていた雷属性の状態強化が付与された槍を、俺に向けて投擲する。それを火の全身強化が発現している俺の右手が迎え撃ち、握りつぶした。
「はっ!?」
「発現量が圧倒的に足りてないな。これで俺を倒そうなど笑わせてくれる」
「があっ!?」
その光景を見て呆気に取られている“雷神”の隙を突いて“神の書き換え作業術”を発現。背後へと回り込んだ俺の蹴りが、“雷神”を再び吹き飛ばす。
そして。
「ぐっ、ぐぞぉぉぉぉ!!」
「体勢を整える暇なんて与えねーよ。じゃあな」
俺の“不可視の弾丸”が決戦フィールドを転がる“雷神”を叩き潰し、その動きを止めた。
☆
短く息を吐く。
終わったか。
腰に手を当てて空を見上げる。
『きっ、決まったー!! アギルメスタ杯予選Bグループ!! 勝ち残ったのは「黄金色の旋律」T・メイカーと「王立エルトクリア魔法学習院の院生」浅草唯ィィーっ!!』
耳が痛くなるほどの拍手と歓声が鳴り響いた。
良かった。どうやら客受けは悪くなかったらしい。これでゴミとか投げ込まれるほどの悪役になっていたら、本戦は仮病を使っていたかもしれない。
そんなことを考えながら、エルトクリア大闘技場によって円形に切り取られた青空を眺めていると。
「T・メイカーッ!!」
倒れ伏す脱落者が次々と運ばれていく中で。
女剣士・浅草唯は、肩を怒らせながらやってきた。
「なぜ私を残したのですか!? あの距離!! 貴方の実力なら、私を真っ先に無力化できたはずです!!」
「俺の勝手だ」
「勝手!? 勝手ってなんですか!!」
「そのままの意味だが」
なんかこいつ、雰囲気が片桐に似てるな。生真面目そうな感じとかはそっくりだ。
「お前を残そうと思ったことに、深い意味などない」
聞けばこの浅草は学生の身でありながらこの大会に参戦したらしい。
どんな目的かは知らないが(先ほど狙いは『黄金色の旋律』だというニュアンスの何かを聞いた気もするが)、同じくらいの年の奴がここまでデキるというのは、素直に嬉しいし励みになる。
あるいは。
俺と同じような境遇にいるであろうこいつに、共感を覚えたのかもしれない。
これほどの戦闘能力。普通に学生生活を送っているだけでは、決して身に付けられないだろうから。
比べるまでもなく、この女剣士の実力は片桐よりも数段上だ。蔵屋敷先輩の実力がこれより上だとするならば、背筋が寒くなるような気がするので深く考えないようにしておく。あの人、なんで学生なんてやってるんだろうな。
全然納得できてなさそうな浅草へ言う。
「一番強い奴が試合をコントロールして何が悪い。悔しければ力づくで主導権を奪い返せよ。アギルメスタ杯だぞ」
浅草の瞳に剣呑な色が宿った。
「私を敢えて残したことを、……本戦で後悔させて差し上げます」
「面白いな。させてみろ」
「……メイカー」
そんな会話をしていたら、後ろから声がかかった。振り向くと、そこにはローブですっぽりと顔を隠したルーナがいた。というか、浅草に顔を見られないようやたらと気を使っている仕草だ。そこまで神経質にならなくても。
会ったことないだろう。
ないよな?
更に後ろでは、何やら警備員や大会運営者が揉めていた。関係者ではないルーナがこうして来れてしまっているあたり、大会側のセキュリティに疑いを持たざるを得ない。これも師匠権力によるものなのだろうか。魔法世界に来て、『黄金色の旋律』というネームバリューの大きさが想像以上で困る。
「……何者ですか」
ルーナは浅草からの誰何に、一言。
「『こがねいろのせんりつ』」
「っ、このような幼子まで!!」
「あのー、浅草さん? そんな誘拐犯を見る目で俺を見ないでほしいんですが?」
「誰が私の名を呼ぶことを許しましたか!!」
じゃあなんて呼べばいいんだよ。もう駄目だこれ。
「行くか」
「ん」
差し出されたルーナの手を握る。
「それに貴方、どこかで聞いたような声――」
『ちょっとちょっと!! 勝手に帰られちゃあ困るんですよ!! これからヒーローインタビューなんですから!!』
浅草の声を遮った声の主は、先ほどまで実況解説をしていた男だった。その後ろには、実況解説のもう1人もついてきている。ニヒルな笑みを浮かべられた。
「いや、インタビューとか結構なんで。興味無い」
『いやいやいや!! 興味あるのはこっちなんです!!』
面倒くさい奴だ。
観客もノッて声をあげなくていい。
『まずは試合開始前に姿を現した魔法についてなんですが!!』
ぐいぐい来る。浅草のジト目も痛い。なぜそんなにルーナを見る。会ったことあるのかこいつら。
少しだけ考えた上で結論を出した。
……逃げるか。面倒くさい。
「それなら、せっかくなので実演してみせましょう」
『ええ!? いいんですか!?』
「もちろん。いきますよ」
『あ、ちょっと待っ――』
後ろでニヒルな笑みを浮かべていた男は、俺の真意に気付いたらしい。
でも、もう遅い。
“神の書き換え作業術”。
ルーナが来た通路へと座標を合わせた俺は、ルーナと共に転移。突然の出来事に目を白黒させる周囲を他所に、そのままルーナを抱えて逃走を図った。
★
眼下から聞こえてくるT・メイカー逃走に対するブーイングを聞き流し、リナリーはゆっくりと席を立った。
「帰りましょうか」
シスター・マリアと美月が頷く。
「うれしそうでございますね」
「そう見える?」
シスター・マリアからの指摘に、リナリーは微笑みながら返した。
「あの子が“不可視の弾丸”をあそこまで仕上げてくるとは思ってなかったわ。“不可視の装甲”、“解放”、“不可視の十字架”、他にもいくつか。手当たり次第に形を変えて名前付けて、ってのはどうかと思うけどね」
「それだけではございませんでしょう?」
その指摘に、リナリーの動きが止まる。好き勝手に騒ぐ観客を見据えながら、リナリーは短く息を吐いた。
「『虹色の唄』との適合率については、驚きの言葉すら出てこないわ。あの子が普段、MCに対してどれほどストレスを感じていたのかがよく分かった」
「あれでも、まだ中条様の全てをカバーし切れているわけではないのでございましょう?」
「そうよ。ただ――、……お客様のようね」
リナリーが口を噤む。
同時にスイートルームの扉が乱暴に開かれた。
「リナリー・エヴァンス!!」
「誰かと思えば……。“賞品”アルティア・エースじゃない」
「……」
訪問客の素性を知った美月が、音も無く自らのMCに手を伸ばす。しかし、それはシスター・マリアによって制された。
「無駄な争いはいけません。あの方が本気でわたくしたちを襲う気構えだったならば、MCに触れることすらできずに始末されていたでしょう」
つまりは、会話の余地があるということ。
そう解釈したシスター・マリアへと鋭い視線を投げつけた上で、
「無駄な争いに発展するかどうかは、今後の“旋律”次第だ」
エースは唸るようにそう吐き捨てた。
「用件は何かしら」
そんなエースの怒気に怯むことはなく、リナリーが問う。エースは視線をリナリーへと戻した。
「……なぜあの男が、……あの技法を使える。貴様が教えたな」
「違うわよ」
美月が「あの技法?」とハテナマークを浮かべるが、それに答えてくれる者はこの場にいない。
「嘘を吐くな!! なら他に誰が――」
「違う。何度も言わせないでちょうだい。あの子が青藍から戻ってきた時には、すでに使えていたわ。驚いたのはこっちよ」
その言葉に、エースの表情が固まる。
「……青、……藍。……そうか、……あの男か。……“解除者”ァ」
怨念に近い声色で呟くエースの間違いを、リナリーは指摘しなかった。
「分かったのなら、私は行くわ。試合はもう終わったし、こんな乱入者がやってくるのなら、長居する意味も無い」
シスター・マリアと美月に目だけで合図したリナリーが歩き出す。ちょうどすれ違ったところで、エースが再度口を開いた。
「……なら、お前が伝えておけ。あの技法をこのような場で使うな、と」
「お断りするわ」
「なんだと?」
断られると思っていなかったエースは、リナリーの答えに怒気を滲ませる。
「貴様……、あの技法を我が一族がどのように扱っているか知らぬわけではあるまい」
「関係無いわ」
「“旋律”、貴様っ!!」
思わず言葉に詰まるエースに、リナリーは凍てついた視線を向けた。
「貴方たちは、呪文詠唱ができないあの子の体質を知っていた。にも拘わらず、あの子を半ば強引にこの大会へと参戦させた。ならこの程度のリスクは織り込み済みのはずでしょう?」
「それとこれとはっ」
「関係無い? そんなことないわよねぇ。まさか、命の保証がされない力が全てのアギルメスタ杯で、無系統魔法や無詠唱で扱える魔法以外使用しないで戦えと? せっかく使えるあの技法を隠して戦えと? はははっ」
乾いた笑いを漏らすリナリー。
そして一言。
「ふざけんじゃないわよ?」
それは。
それは本当に。
ただただ囁くように放たれた一言。
その一言で。
スイートルームの一室の空気が、完全に凍結する。
自らに向けられたものではなかったにも拘わらず、美月は全身の毛穴が逆立ち、震え上がるのを感じた。
「由緒正しきアギルメスタ杯。せっかくの機会だし、こっちはこっちで好きにやる。不都合は全てそちらで片を付けなさい。それが招待した側の責任でしょう。あぁ、そうそう。念のために言っておくわね」
シスター・マリアに背中を押され、先に退出していく美月の姿を視界の端で捉えながら、リナリーは続ける。
「片を付ける方法が、あの子に手を下すことだとするのなら……」
無意識に構えをとるエースに向けて、リナリーは躊躇うことなく告げた。
「その時は相手になるわ。『黄金色の旋律』が、じゃない。この私、リナリー・エヴァンスがね」
★
「んー」
エルトクリア大闘技場の19階。
カガミ・ハナの名義で予約されている『19-H』とは別の部屋で。
アギルメスタ杯予選Aグループの勝者である藤宮誠は、自らの顎を撫でながら目を細めた。
「どうするでござるか」
鼻を鳴らす音。
藤宮の問いへ気怠そうに応じた男は、手にしていたグラスをゆっくりとした動作でテーブルに置いた。
「方針は変わらない。馬鹿が逸らないようにだけ注意しておけ」
「本戦で1対1という展開もあり得ると思うでござるが」
「そうなったら棄権しろ。奴は“出来損ない”だが馬鹿力のようだ。相手取るにはそれなりに手の内を晒す必要がある。……が、そのリスクを背負う必要はない」
そこまで口にしてから、男が藤宮を睨む。
「……本来なら、『空蝉』も『泡沫』も使うべきではなかった」
「予選を抜けるには、やむを得なかったのでござるよ」
藤宮の弁明に、男はため息を吐いた。
「サメハ・ゲルンハーゲンとの対戦時は、使用していなかったと?」
「もちろんでござる」
「お前の言うこと為すことは、嘘か真かよく分からん」
「いずれにせよ、あれが属性魔法によるものだと気付けた者は少数でござるよ」
「その少数が気付いてしまったことが問題だと言っているんだ。己の希少性を理解しろ。光属性と闇属性の両属性を使いこなせる魔法使いは、この世界でほんの一握りだ」
「希少性で言うなら、Bグループにもいたでござろう」
「……浅草か。だが、あの女も“出来損ない”だろう。浅草の後継者は蔵屋敷鈴音だ」
男が藤宮から視線を外す。
「……話が逸れたな。まあ、くじ運が悪かったのも事実だ。枠が二席しか無かったのも痛かった。牙王と同じグループになったばかりか、“断罪者”まで出張ってくるとは。それも隊長格……。USAも何を考えているのやら。いや、そこまで読み切れなかったこちら側の責任か。『黄金色の旋律』の動向を注視しているのは、どこの国も同じだというのに」
そこまで口にして、男が立ち上がる。
「中条聖夜が自滅してくれるのが一番だったが、そうはいかないようだ。予選と同じくバトルロイヤル形式ならば、あの男をうまく補佐してやれ。だが、逆に隙があるなら先にとどめを刺せ。結局は早々にリタイヤしてもらうのが一番だ」
「アリサ・フェミルナーが邪魔してきた場合は……?」
「潰せ。総隊長でないのなら、俺の家名でどうとでもなる」
「承知したでござる」