第1話 グランダール50 ④
これまでの主な登場人物
これまでに登場した呪文・契約詠唱
第0話 ナニカ
以上3つを同時公開しています。
★
『こ、これはっ、どう表現すればいいのやら……』
アギルメスタ杯実況のマリオは、眼前に広がる光景を見てそう呟いた。隣に座る解説のカルティも苦笑いを隠せない。
『圧倒的、という言葉がこれほどぴったりの展開も、そう無いかもしれないね』
白仮面に白のローブを纏ったT・メイカーは、その場から一歩も動いていない。
にも拘わらず、彼に向けられた数多の攻撃魔法は、どれ1つとして彼に届いていなかった。
いや。
届いてはいる。
届いてはいるのだが、ダメージは与えられない。
障壁のような防御魔法が発現されているようには見えない。魔法発現のプロセスはまったくと言っていいほど感じられない。大闘技場内にいる数々のプロがそう考えているのだから、それは間違っていないだろう。
しかし。
T・メイカーにはかすり傷1つとして負わせることができていない。
攻撃特化である火属性の魔法球は、T・メイカーの胴体へと直撃して霧散した。
まずは動きを封じようと発現された水属性の拘束魔法は、T・メイカーの全身を覆い尽くしたところで弾け飛んだ。
貫通性能を付与された雷属性の魔法球は、T・メイカーの肩口へと直撃して軌道を逸らされた。
堅牢な防御力を誇る付加能力を応用し鈍器のような力を持った土属性の魔法球は、T・メイカーの脚に直撃して粉々になった。
後ろならば無防備かと誘導の性能を付与された風属性の魔法球は、思惑通りT・メイカーの背中へと直撃したものの結局傷を付けることはできなかった。
圧倒的なまでの物量作戦。
たった1人に対し、数えるのも億劫になるほどの人数から放たれる無数の魔法。
それでも。
数は決して絶対的な力とは言い切れない、と言わんばかりの光景がそこにあった。
『当たらない!? いや、当たっている!! 当たっているにも拘わらず!! 誰1人としてT・メイカー選手に傷を付けられないーっ!!』
マリオが実況解説席から乗り出さんばかりの勢いで叫ぶ。
観客は、その非現実的な光景に異様なまでの盛り上がりを見せていた。
「すげー!! 『黄金色の旋律』やっぱりすげー!!」
「……これで『黄金色の旋律』は噂だけの集団ではないと証明されたな」
「こんなことになるならT・メイカーに賭けときゃよかったぁ!! 何だよT・メイカーって!! ネーミングセンスふざけすぎだろ!! オモシロ枠じゃねーのかよ!!」
「“旋律”の嫌がらせじゃなかったのかー」
「そういうことをする人じゃないだろ。傍若無人ではあるけどさ」
「まだ本命達は攻撃に参加していないし、あいつの実力が試されるのはこれからじゃないのか?」
「違いない。不可思議な技を使うようだが、案外呆気なくやられちまうかもしれないぞ」
好き勝手な批評は、当人には届かない。
☆
……妙だな。
色とりどりの魔法球を“不可視の装甲”で弾き返しながら思う。
勝負内容がバトルロイヤル形式であるにも拘わらず、統制がとれ過ぎている。
最初は、『黄金色の旋律』というネームバリューからくるものだと思っていた。
遅刻寸前に来て神経を逆撫でしてしまったのもそう。
挙句、試合開始前に1人潰して悪目立ちしてしまったのもそう。
そういった事情から、先に潰してやるという考えが生まれるのはおかしくはない。
しかし、開始からそれなりに時間が経った今でも、俺以外が誰も魔法の標的とならないのは妙だ。獲物の取り合いのようなものが起こってもいいはずじゃないか。この大会は友達同士で出場するようなものではない。
それなのに、まるで誰かに指示されているかのように、執拗に俺のみを標的にしている。
様々な攻撃により明滅する視界の中、周囲へと目を走らせてみる。
大多数の出場者が俺を囲み、好き勝手に魔法をぶっ放していた。
しかし、全員ではない。
良く見てみると、一部の出場者はまるで我関せずと言わんばかりに、決戦フィールドの隅へと移動し成り行きを見守っている。
まるで、この状況が終わるのを待っているかのように。
そしてそういう奴らほど、俺を囲っている出場者たちよりも余程強そうなオーラを醸し出していた。
なんとなく状況が見えてきたな。
仮面越しに、壁に寄り掛かり状況を静観している待機組の少女と目が合った。
片目を黒髪で隠した少女は、冷笑と共に視線を外した。完全に「その包囲網、抜けられるものならやってみろ」といった雰囲気だったが、その割には反応が淡白だ。
こいつじゃないな。
「……どうするかなぁ」
襲い来る魔法球を“不可視の装甲”で弾き返しながらそう呟く。
現状のまま進めても押し切られることはないだろうが、問題なのは待機組が動き出してからだ。見たところ、今攻撃を仕掛けてきている集団よりも明らかに実力が上だ。この集団戦で魔力を使い過ぎると、待機組から勝負を挑まれた時にきついかもしれない。待機組の中には俺が疲弊するのを待っている輩もいるだろう。
謎の指揮者の思惑通りに一対多数に持ち込まれている現状も、正直なところ面白くない。アギルメスタ杯予選グループはランダムで割り振られているはずだから、全てが元から指揮者の従順な部下だった、というわけでもないはずだ。魔法で無理矢理従えているようには見えない。もっとも、合縁奇縁のような無系統魔法の可能性もあるから、目で見ただけでは信用できないかもしれないが。
「……よし」
いつまでも受け身の姿勢でいるのもつまらない。
引っ掻き回して指揮者を丸裸にしてやるか。
★
T・メイカーが決断した瞬間から。
試合は、一気に動き出す。
『お? ついにメイカー選手、動いたね』
T・メイカーが一歩を踏み出すのを見て、カルティが目敏く指摘する。
魔法球の雨の中、T・メイカーは悠々たる面持ちで歩き出した。
「なっ、なんなんだよこいつ!?」
「さっきからビクともしねぇ!! 不死身!?」
「攻撃が当たってるのに当たってねぇ!! くそ、意味が分からねぇよ!!」
出場者たちが次々に喚く。
歩み寄るT・メイカーに罵声を浴びせる者もいるが、決して正面に立とうとはしない。まるでモーゼの如く、大闘技場の決戦フィールドを歩くT・メイカーに皆が道を譲る。
魔法球の雨は降り止まない。T・メイカーを囲う集団は道を譲りながらも攻撃の手は緩めない。
歩くT・メイカーを中心として、取り巻きが一緒について回りながら魔法球を打ち込むという奇妙な光景は、T・メイカーが決戦フィールドのほぼ中央で立ち止まるまで続いた。
急に立ち止まった標的の様子を怪訝に思いながらも魔法球を発現し続ける出場者たち。そんな出場者たちへ、T・メイカーは軽い調子でこう言った。
「打たれ強くない奴はちゃんと障壁を展開しておけよ」
その言葉は、T・メイカーの“不可視の装甲”へと次々に直撃する魔法球の炸裂音で、ほとんどの出場者が聞き逃した。
しかし。
不思議と次の言葉だけは、どの出場者の耳にも嫌と言うほど響いた。
「“不可視の衝撃”」
パンッ、と。
T・メイカーは己の両手を胸の前で合わせる。
瞬間。
T・メイカーを中心として、不可視の何かが吹き出した。
包囲していた出場者たちが、皆一様にして為す術も無く後方へと吹き飛ばされる。
『なっ!?』
マリオがマイクを握りしめたまま言葉に詰まった。
魔法が発現される兆候は無かった。魔法が発現されるプロセスは一切感じ取れなかった。それなのに、T・メイカーを包囲していた出場者たちは、何の前触れも無く円状に吹き飛ばされたのだ。
いや、強いて言うならば。
包囲していた出場者たちが吹き飛ばされる前。
T・メイカーが己の手を打ち合わせていたのが兆候と言えば兆候か。
しかし。
『……あれが不可思議な魔法の発現条件とは思えないんだよねぇ。どんな理屈で発現しているのか説明ができない』
呪文詠唱ではない。詠唱破棄をしているわけでもない。無詠唱でも説明がつかない。なぜなら、魔法が発現されるまでの魔力の動きがまるで感じ取れないから。
カルティは観客に向けてではなく、あくまで独り言のようにそう呟いた。
「……何人か耐えた奴がいるな。不意打ちだったにも拘わらず良く耐えたもんだ」
実況解説、そして観客や出場者の動揺を無視し、T・メイカーはマイペースな調子で言う。そして、何気無い所作で、打ち合わせていた右手を振り払った。
ガラスを砕いたような音と低く鈍い音が断続的に響き渡る。
障壁を張りT・メイカーからの攻撃を凌いでいた出場者は、不可思議な現象による動揺から立ち直る前に、“不可視の弾丸”によって障壁ごと打ち抜かれた。
「……薄っぺらい障壁だな。ちゃんと魔力込めてんのか?」
T・メイカーからの苦言は、被害者たちには届かない。
事実上、T・メイカーは自らが攻勢に移ってから1分も満たないうちに、予選Bグループの大半を沈めてしまった。
『強い!! 強い!! 強いーっ!! その評価は伊達じゃなかった!! 「黄金色の旋律」所属!! T・メイカーが止まらないーっ!!』
マイクを握りしめ、マリオが声を枯らして叫ぶ。
その声に煽られた観衆から、地を揺るがすほどの歓声が鳴り響く。
しかし、その声にT・メイカーは反応しない。
彼の眼は、とある1人の青年へと向けられていた。
「……あいつか」
☆
予選Bグループの出場者は、俺を除いて2つのグループに分かれていた。
誰かの指揮によって集団で俺を攻めるグループ。
そして、その様子を傍観し待機しているグループ。
前者はあらかた潰し終えた。俺の周囲には、“不可視の衝撃”と“不可視の弾丸”で潰れた出場者たちがあちらこちらに転がっている。
その向こう。
重なった脱落者たちを外へ運び出そうと動き出した治療班の先。
待機組とは違い、集団で襲ってきていた出場者たちの直ぐ後ろに控えていたであろう場所に、1人の青年が立っていた。
「お見事、と言う他無いな。『黄金色の旋律』」
人の神経を逆撫ですることを目的とした緩慢な拍手。青年の口から発せられたのは、どこか人を小馬鹿にしたような声色だった。
紫色の高そうなローブを纏った、オールバックの金髪の青年。背中には金色のロッドを差している。
青年が更に口を開こうとしたところで。
「……ちく、……しょう、が」
俺のすぐ近くに倒れていた出場者が、震える足でゆっくりと立ち上がった。俺とオールバックの青年、2人に挟まれる位置で倒れていた男だった。立ったは良いが、膝が笑っている。恐怖からではなく痛みからか。限界が近いらしい。
今までは抑制しながら使っていたせいで自覚していなかったが、今回の戦闘では『虹色の唄』のおかげで相当量の魔力を放出できている。立ち上がれただけ称賛してやるべきだろう。
だが。
「悪いな。お前じゃ相手にならねーよ」
告げてやる。
俺とこの男には絶対的な魔力の差がある。どれだけやろうが時間の無駄だ。
「なん、だと。……馬鹿に、……しやがっ――」
「目障りだぞ、愚民。『疾風の弾丸』」
「があっ!?」
後方から介入があった。
言うまでも無く、オールバックの青年によるものだ。俺に挑みかかろうとしていた男が、背後からの魔法球に打ち抜かれた。
風属性の魔法球、RankB『疾風の弾丸』か。それを直接詠唱で発現したところを見ると、オールバックの青年の実力は決して低くはないらしい。
「ぐ、……く、あ」
俺の足元へ崩れ落ちた男が、俺へと必死に手を伸ばそうとしている。
まだ意識があるのか。
「タフだな。早く棄権しておけ。追撃を受けたら大怪我では済まないぞ」
「だ、……まれ、お、……俺は」
「うるさい蠅だ。まだ意識があるのか?」
オールバックの青年の声が聞こえてくる。
そして。
「身の程を弁えろよ。誰の前に立っていると思っている? 『風の球』」
その数は、50。
風属性を付与された魔法球は、躊躇いも無く倒れ伏す男へと殺到した。
いや、しようとした。
「……ほう」
嘲りの色が前面に押し出された声。
倒れる男の壁となった俺を見て、オールバックの青年はニヤリと嗤った。
いけ好かない男だ。
「……なん、で、……俺を庇って――ぐぶっ!?」
「いいから沈め。お前はもう退場だ」
なにやら口にしようとした男の後頭部を踏みつけて意識を奪う。
「おいおいおい……。結局潰すのか。ならボクがやっても結果は変わらなかっただろうに」
オールバックの青年はそう言った。
……全然変わるだろ。お前の魔法球全部喰らってたら死んでたかもしれないんだぞ。
大会のルールでは、意識の無い者、戦闘不能を宣言した者への故意の攻撃を禁止している。これ以上、この倒れた男が手を出されることはないだろう。
流れ弾までは面倒見切れんが。
『おーっと!! ここでメイカー選手を集団で襲っていた最後の1人もリタイヤのようです!!』
『ふむ。そして、やっぱりこういう構図になったねぇ……』
実況解説の声が良く聞こえるほどに大闘技場が静まり返った。
「ふふふ。みな、立場を弁えているということさ」
オールバックの青年は、周囲を見渡しながら嘲笑うようにして言う。
「ボクの名前はアーネルト・ブリュンハート。エルトクリア王家に仕える由緒正しき第3級貴族さ」
……。
第3級貴族?
まずい。なにがまずいって、魔法世界の政治関係の知識が無いせいでどのくらい偉いのかが分からん。
素人的な考えで言うなら、上にあと2つも位の高い貴族がいるようだし大したことないんじゃないか、ってところだが。
ああいや待て。
最底辺の貴族が5級だとするなら、3級はちょうど真ん中だ。そしたらこいつはそこそこ偉いということになる。もし10級まであるのだとすれば3級は相当偉い。
『ここで唯一の貴族街からの出場、ブリュンハート選手!! メイカー選手との一騎打ちになるようです!! 混戦となっていた決戦フィールドが嘘のように静まり返っています!!』
『まあ、立場を考えるとそうなるようねぇ。邪魔して打ち首にされても文句は言えないし』
実況解説の話を聞いても「偉い」ってことしか分からなかった。
使えないやつらめ。
うーん。でも貴族なんだから最底辺って言ってもやっぱり貴族なわけで。それを言っちゃうと何級であろうが偉いものは偉いってことに……。
「ははは。ようやく気付いたようだね。このボクの偉大さに」
俺が悩んでいるのをいいことに、オールバックの青年、アーネルトなんとかは勝手に解釈したらしい。アーネルなんとかは次々と医療班に運ばれていく出場者たちを目で追いながら言う。
「……玉石混交。栄誉あるアギルメスタ杯だが、出場者たちはピンキリさ。皆が皆、ボクのように優れているわけではない。そうは思わないかい?」
「……何が言いたいかは理解できるが」
こいつは、分かってて言っているのか?
「理解しているか? その言い分だと、お前の指示に従って動いたのは石のみだ」
大闘技場には、もう10人にも満たないが出場者はまだ残っている。そいつらの雰囲気から察するに、さっきまで俺を集団で襲ってきていた奴らとは段違いの強さを持っているだろう。
つまり。
「お前が従えることができたのは石のみ、ってことになるんだが」
俺の言葉を聞いて。
このやりとりを傍観していた待機組の誰かから、噴き出す音が聞こえた。
アーネなんとかの頬が僅かに歪む。
「『黄金色の旋律』。噂通り、どうやらお前も身の程が理解し切れないクズの1人だったようだな」
「実力の程をはき違えているのがどちらなのか、……試してみるか?」
アーなんとかが、背中に差していたロッドに手を添えた。
「見たところ、貴様は自らの不可思議な魔法壁に絶対なる自信を置いているようだが……」
僅かな間。
そして。
「だが……、ボクの攻撃も防げるか?」
アなんとかの姿が消えた。
身体強化魔法か。
間合いを詰められた、と感じた時には、風属性の状態強化魔法が掛けられたロッドが振り上げられていた。
状態強化魔法。
身体強化魔法が身体に魔法を掛けることによって強化するように、状態強化魔法は物質に魔法を掛けることによって強化することを指す。
そしてそれに風属性の付与。
風の付加能力は、切断。
なるほど。でかいのは決して口だけではないってことだ。
ならば。
「“不可視の十字架”」
「かっ!?」
急接近してきたなんちゃらの関節という関節に向けて、細かい“不可視の弾丸”を放つ。
……何発か若干外したな。やっぱり師匠のように繊細にはいかないか。動く的に当てるのは難しい。
ただ、効果としては十分だった。
握る力が無くなった掌から放られたロッドを、“不可視の弾丸”で弾き飛ばす。いきなり俺の攻撃を受けたなんちゃらは、まともな受け身すら取れずに顔から地面へと突っ込んだ。
そのまま顔面スライディングの状態で俺の足元までやってくる。
大闘技場は沈黙を保ったままだ。実況解説すら仕事をしていない。
気まずいから仕事をしてくれよ。
そんなことを考えていたら、足元から呻き声が聞こえてきた。
「ぐ、ぐぅ……、ぐ、ぐぞ、……が、……う、うぐぅ、なにが、どうだっで……」
「意識があるのか。やるじゃねーか」
まともに喰らって顔面スライディングまで決めておきながら、まだ喋れるとは。本当に見直してやる必要がありそうだ。案外、骨がある。
「ぎ、ぎざま、……ボグがだれだが、……わがっでるのが」
息も絶え絶えにそんなことを言ってくる。足元で蹲り、そして涙目でそんなことを言われても正直困る。
「ばんぎゃ、ぐ、……反逆罪だど、こでは」
……はぁ?
「ボグは、ぎぞ、……貴族、だ。ぎざま、のようだ愚民が、ごんな、ごんな……」
……。
訂正。
やっぱりつまらない奴だった。
「お前こそ、今日が何の大会だか知ってるか?」
伏すなんちゃらへと掌を向ける。
「やっ、……やべどぉ!!」
「“不可視の弾丸”」
一瞬で解放された俺の魔力がなんちゃらの身体を叩き潰した。フィールドが隆起し、轟音が鳴り響く。
音が鳴りやみ、煙が晴れた先には、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにした貴族様が地面にめり込んでいた。
『う、うわあああああああああああああああああああ!? メイカー選手!! ブリュンハート選手を一蹴ーっ!!』
『こ、これはちょっと予想できなかっ、……いや、あの方に手を掛けるとしたら「黄金色の旋律」くらいだろうとは思っていたから、ある意味予想通りだったかも……』
『予選突破は確実だと思われていた選手だったのですが!!』
『良くも悪くも、アギルメスタ杯は力が全てということを知らしめるワンシーンとなったね』
ようやく硬直状態から抜け出せたのか、実況解説が喚き出す。
思わずため息が出た。
「アギルメスタ杯だろ。つまらねぇ権力振りかざしてないで力を示せよ」
周囲に目を走らせて、問う。
「そうは思わないか。なぁ?」
7人。
壁を背に傍観していた待機組は、各々ゆっくりとした所作で身体を起こす。
ある者は刀を。
ある者は銃を。
ある者は槍を。
ある者はMCを。
「……さて。仕切り直すか」
それぞれが得物に手を伸ばすのを見据えながら、短く息を吐く。
俺を入れた8人でのバトルロイヤルか。
先ほどまでと同じ一対多数か。
はたまた俺を標的として順番に攻めてくるか。
今度はどう出てくるかね。
★
T・メイカーによって戦闘不能へ追い込まれた出場者の数、92名。
その全てが治療班の手で退場させられていく。
これから始まるであろう激しい魔法の攻防戦にある程度の覚悟を決めていた治療班だったが、それは意味の無いことだった。残った8名は、治療班の作業が終わるまで誰1人として動かなかったからだ。それが各々の矜持によるものだったのか、それともただ単に巻き込むことで反則負けになることを恐れたのかは分からない。ただ、作業が終わるまで待機していた、ということは間違いなかった。
なぜなら。
最後の1人が運び出された瞬間に。
☆
悪寒。
好奇心や嫉妬、羨望など。様々な視線に晒されていながらも、はっきりと首筋に感じたそれ。
身体は勝手に動いた。
首を反らし、後方からの一撃をやり過ごす。
“不可視の装甲”を展開していたのだから、これは余計な動作。しかし、反射で回避行動をとってしまうほどの一撃だった。
「……とんだ茶番でしたね」
その声は、不思議なくらいに良く通り、俺の耳へと届いた。
視線を向ける。
そこには。
★
『メ、メイカー選手が初めて回避行動を取ったー!! その行動を取らせた対戦者はーっ!?』
『むむ? あれは王立エルトクリア魔法学習院から、今大会初、特別に参加を認められた学院生だねー』
『そういえばそんな話もありましたね!! BグループとCグループ、それぞれ1名ずつの参加であったと記憶しております!! メイカー選手を狙う集団戦に参加しなかったが故に生き残ったか!? それとも特例参加が認められるくらいですから、本当の実力者か!? 大変興味深いところであります!!』
☆
「好き放題に言われているな、お前」
背後からの一閃を回避した俺に対し、距離を空けた女剣士へ言う。
「私の名前は浅草唯。貴方をこの場で斬り伏せ、当主の下へと連行します」
「連行、ねぇ」
この顔に記憶は無いんだが。どこかでやらかしたか?
こちらは偽名にローブ、白仮面と完全装備で身分を隠しているし、個人的な恨みではないだろう。考えるまでも無く『黄金色の旋律』絡みと言えそうだ。つまりは師匠のせいである。あの人、どんだけ恨みを買ってるんだよ。
それに……。
「……浅草か」
見慣れない学生服で刀を構える女剣士。その苗字には聞き覚えがあった。
「そう、その浅草ですよ」
女剣士が手にした刀を使い、目に見えない速度で空を斬る。
「『風車』」
直後に、俺の“不可視の装甲”に衝撃があった。