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第20話 “神の上書き作業術”

※注意※

 今回は2話連続投稿をしています。

 “神の上書き作業術(オーバーライト)”に、座標演算は必要ない。


 これは“神の書き換え作業術(リライト)”に無い大きなメリットの1つだ。

 “神の書き換え作業術(リライト)”と“神の上書き作業術(オーバーライト)”。

 両者共にA地点からB地点へ転移する際に利用できる能力だが、そのプロセスはまったく異なる。


 “神の書き換え作業術(リライト)”。

 これは対象物の座標を書き換えることで、転移という結果をもたらす。A地点にある対象物をB地点へ転移させるため、座標Aを座標Bに書き換えるという形だ。

 メリットとして、目視で確認さえできればすぐにでも発現できる。だから普段使用しているのはこちらだ。

 デメリットとしては、目視で確認できないところには利用しにくいことが挙げられる。目に見えない場所の座標を指定するためには、情報が曖昧過ぎて座標が狂う。結果として壁や地面にめり込んでしまう恐れが生まれる。もっとも、例えめり込んでも書き換えられた対象物が勝つので、障害物を破壊するという結果で終わるだけだが。


 “神の上書き作業術(オーバーライト)”。

 これはあらかじめ用意した魔法具を媒介とし、その魔法具がある座標へ自分の座標を上書きすることで転移する魔法だ。魔法具とは、俺が魔力を込めて紋章を刻んだものなら何でも構わない。

 今回の場合は、ルーナが持っていたうさぎのぬいぐるみがそれだ。

 メリットとして、座標演算をする必要がないため、目視で確認できないところにも転移できる。どの魔法具の場所へ転移するかを思い浮かべてしまえば、すぐにでも使える。ちなみに、登録しておける魔法具は5つまでだ。鍛錬次第では、今後もう少し増やせるかもしれない。

 デメリットとしては、魔法具を用意しておかないと使えない。また、魔法具の座標に自分の座標を上書きすることで転移することになるので、その魔法具は「そこに無かったこと」になる。つまり、一回使用するとその魔法具は消えるということだ。あと、転移するまでその魔法具がどのような状況下におかれているか分からないので、「転移したらその魔法具は東京湾に沈められてました」とかだったら普通に死ぬ。

 流石に東京湾は無いとしても、極力その魔法具がどこにどんな状態で置かれているかくらいは確認しておきたい魔法だ。勝手に移動されて想像以上に遠い場所に設置されていた場合、跳ぶ距離が長すぎて魔力が枯渇しサヨウナラという展開も当然あり得る。


 今回は想定よりも随分と魔力の消費が少ない。ナニカを追って俺が迷っていた場所とこの大闘技場との距離は、そこまで開いていなかったらしい。

 正直、助かった。


「さて」


 試合開始のコールが緩すぎたせいか、未だに硬直状態から抜け切れていない出場者の面々に告げる。


「始めるか?」


「……ふ」


 ふ?


「ふざけんなやこらあああああああああああああああああ!!!!」


「あれ?」


 試合形式はバトルロイヤルだったはずだ。

 なのに、なぜか出場者がみんな俺のところへと殺到してくる。

 ……弱い者いじめかよ。

 まあ、もっとも。


「ぎゃあああああああああああああああ!?」


「う、腕がっ!! 腕がぁぁぁぁ!!」


「足がぁぁぁぁ!?」


 普通にやったんじゃ俺には届かないけどな。

 対策も立てずに俺の“不可視の装甲(クリア・アルマ)”へ思いっ切りぶつかった面々は、各々隙丸出しで足元に蹲る。相手が身体強化魔法を発現していても届いていないようだ。


 魔力濃度や発現量の差か。いいね、自信になる。

 とどめを刺してやってもいいが、わざわざ手を下さなくても勝手にくたばるだろう。

 もう周囲は戦場だ。戦場と言っても、狙われてるの俺だけな気もするけど。


「うぎゃああああ!?」


 また1人、また1人と勝手に潰れて倒れていく。


『ま、また1人!! また1人、T・メイカーにやられたー!!』


『圧倒的だね~。T・メイカーが手を出したのって、試合開始前……、あーいや、試合開始時間に1人撃退した時くらいでしょ? 何なんだろうね、あの魔法。身体強化の類を発現しているようには見えないんだけど』


『それにどうやってこの大闘技場内へと足を踏み入れたのかも不明であります!! 入場を管理していた係員はチェックしていなかったようですし!!』


『あの最初に現れた子どもの魔法だったのかな。召喚魔法とか? でも、それじゃ子どもが急に姿を消した理由が分からないんだよねぇ~』


 マイクを握る実況解説が好き勝手に騒いでいる。

 それにしても強いな、“不可視の装甲(クリア・アルマ)”。

 もう何人撃退したか分からん。手を出さなくても勝手に自滅してくれるんだから楽で良い。

 見よう見まねで練習しておいて良かった。もっとも、こういうのに余計な時間を割いてしまったせいでRankS習得も全然進まなかったんだけど。


 ……後で師匠にめちゃくちゃ怒られるかもしれないなぁ。

 まあ、そんなこと今は置いておこう。


 いつの間にやら接近戦は諦めたのか、四方八方から魔法球が飛んでくる。視界360度を埋め尽くさんとする魔法球の群れが、一目散に俺目掛けて向かって来る様は圧巻の一言だ。

 今までなら大慌てで転移するところだが。

 俺の“不可視の装甲(クリア・アルマ)”が魔法球を次々と弾いていく。

 決戦フィールドが俺の立っている場所を除いて砕けていく。

 その光景を眺めながら、俺は仮面の下で笑いを噛み殺した。


「ぼちぼち楽しんでいこうぜ。なあ?」







「エース、もう少し下がれ。みっともないぞ」


「黙れクィーン。……なぜあの男があの技法を使える。このような公の場でよくも……」


 クィーンへは目もくれず、身を乗り出して決戦フィールドを見つめていたエースが唸るように言う。


「口にせずとも答えは知っていよう。どうせあやつの入れ知恵であろうよ」


「“旋律”……、ふざけた真似を……」


 歯を喰いしばり、肩を震わせるエース。

 それをしり目に、クィーンは煙管へと手を伸ばし愉快そうに笑った。


「ふふっ」


「……何がおかしい」


「いや、別に。ただ、やけに素直に手札を開示したものだと思っただけじゃよ……、っと?」


 その時、クィーンのクリアカードが着信を知らせた。

 表示された相手の名前を見て、クィーンが眉を吊り上げる。


「……クローバー?」


 券面に片目にモノクルを付けた男性のホログラムが表示された。

 クィーンにクローバーと呼ばれた男が優雅に一礼する。しかし、その表情は険しいものだった。


「取り急ぎ、ご報告を。魔法聖騎士団(ジャッジメント)より連絡がありました。魔法を用いた乱闘が発生していた模様です。被害は、エルトクリア高速鉄道メルティ、ホルン間の高架下。かなり酷い被害のようで、高速鉄道は一時的に上下線で運転を見合わせ、現在安全の確認を行っている状態です。また、リスティルからホルンまでの民家数軒からも被害報告が上がっているようで、その関連についても現在調査中です」


「目撃者はどうした」


「呼びかけをしているようですが、現段階では」


 その結果に、クィーンの双眸が細められる。


「ふはは……。エルトクリア王の御膝元で、随分と愉快な真似をしてくれる輩がいるようじゃな……」


 冷たい笑みだった。

 通話越しのクローバーですら思わず息を呑んでしまうほどの、深く暗い笑みだった。


「俺が出るか」


 会話を聞いていたエースが進言する。

 しかし、クィーンは首を横に振った。


「ならぬ。そなたはこの大会の主役じゃ。たとえ出番は無くともここへ居よ」


「……ちっ。だから賞品に担ぎ上げられるのは嫌いなんだ」


 エースは鼻息荒くソファへと腰かけた。


『私が直接現地で指揮を執ろうと考えておりますが』


「それもならぬ」


『では、全てを魔法聖騎士団(ジャッジメント)に?』


「いや。時期が時期だけに、あまり被害を拡散させたくはない」


 クィーンはゆっくりと煙を吐きながら言った。


『それでは』


「スペードに行かせろ。あやつの、……多少の血抜きにはなるじゃろうて」

第4章 スペードからの挑戦状編〈上〉・完


※〈中〉は11月下旬からの公開予定です※

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