第16話 グランダール49 ④
もうなんとなくお気づきの方もいると思いますが、発現キーにあたる部分をルビ付きに変更してます。
登場する呪文が増えてきて、意味の無いカタカナだけだと「何が何やら」になってしまうためです。
ルビに振られているカタカナは、これまで通り私が感覚で付けた適当な奴で意味はありません。
爆音。
オレンジ色の炎と黒煙が噴き出した。
その現象を引き起こした張本人であるMr.Mは、あくまでも冷静に牙王との距離を取る。
攻撃特化と称される火属性の、貫通や追尾といった追加性能のない純粋なる魔法球は3つの種類がある。
RankC『火の球』。
RankB『業火の弾丸』。
RankA『業火の砲弾』。
今回Mr.Mが発現したのは、RankBに相当する『業火の弾丸』。
それも、ゼロ距離で。
もうもうと立ち昇る黒煙の中、牙王の上半身がぐらりと傾いた。
倒れる、と。
決戦フィールドにいた誰もが、そして息を呑むようにしてその光景を見つめていた会場の全ての人間がそう思った。
しかし。
「……が」
牙王の口から。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
身体の芯まで揺さぶられるほどの咆哮が轟くのとほぼ同時。
「むっ!?」
藤宮は瞬時に足へと身体強化魔法を発現し、全力で後退した。
「げっ!?」
意識を取り戻した瞬間に状況を把握したアリサは、牙王へとどめを刺すのを諦めて障壁を発現した。
「っ」
Mr.Mはシルクハットを深く被り直し、無造作にステッキを振るった。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
そして。
牙王の拳が、決戦フィールドを叩き付けた。
★
エルトクリア大闘技場。
その中央の決戦フィールド。
直径400mもあるそれが、凄まじい音を立てて隆起する。
不意を突かれた出場者たちは、そのほとんどが牙王の怒気の余波によって吹き飛ばされ、その意識を手放した。
観客席から悲鳴があがる。
決戦フィールドと観客席の間には、魔法障壁が展開されている。
先ほど実況のマリオが説明したとおり、魔法世界内の高濃度の魔力を吸い上げて展開される非常に高度なものだ。それは魔法はもちろんのこと、物理攻撃も遮断してくれる優れものである。
しかし、この地響きまでもを吸収してくれるわけではない。
魔法世界在住の観客やこの大会常連の観客は慣れたもので、平然と試合を見守っている。しかし、初めて観戦に来た人間は別だ。観客席の一部では、この大地震を思わせる揺れにパニックを起こしていた。
『はいはい!! 観客席のみなさん!! 繰り返しますが観客席は安全です!! 観客席は安全ですから!! むしろそうやって騒いだ方が危険ですよ!!』
決戦フィールドから鳴り響く轟音に負けじと、マリオが叫ぶ。そんな気苦労へは見向きもせず、カルティは目を輝かせながらマリオの肩を叩きながら言った。
『戦局が一気に変わりそうだね~』
★
二度目の牙王の咆哮によって、その周囲にいたアリサ、藤宮、Mr.Mは成す術無く吹き飛ばされた。
ぎょろり、と眼球を巡らせる牙王。
彼が一番最初の標的として選んだのは。
「まずは貴様だペテン師がァァァァ!!」
身体強化魔法。
その巨体に似合わない俊敏な動きで以って、牙王はMr.Mへと肉薄する。吹き飛ばされた反動で体勢が整っていないMr.Mは、顔をしかめながらステッキを牙王へと向けた。
「『火の球』っ!!」
直接詠唱。
自らの魔力を活性化させるための始動キーは使用せず、直接発現させるための放出キーのみを叫ぶようにして唱える。
しかし。
「そんな小細工が、この俺様に効くかァァァァ!!!!」
それは流れるような魔力の移動。
足に掛かっていたはずの身体強化は解け、牙王の身体強化はいつの間にか振り被られた右こぶしに発現していた。
「くっ!?」
自らの身体を護るようにして、ステッキを掲げるMr.M。
しかしそれが何の意味も持たぬことは、誰よりもMr.Mが理解していた。
「くたばれェェェェ!!!!」
振り抜かれた拳が、ステッキを突き破ってMr.Mの腹へと突き刺さる。堪らず赤黒い何かを吐き出したMr.Mは、そのまま地面へと叩き付けられた。
その反動は周囲にいた他の出場者をも巻き込み、またしてもエルトクリア大闘技場が揺れる。
牙王は三度咆哮した。
無音で彼の背後へと接近し、今まさに魔法を発現させようとしていたアリサが、不可視の衝撃を受けて再び吹き飛ばされる。
牙王が用いているのは、聖夜やリナリー、シスター・メリッサが使用する“不可視の弾丸”ではない。
彼は、ただ自らの魔力を開放しているだけ。
“不可視の弾丸”のように隠密性もなければ、一点に凝縮させて打ち込むといった小細工も何も無い。
ただ、物理的な効力を及ぼすまでの濃密な魔力を、力任せに放出しているだけ。
絶対的な発現量を誇る牙王だからこそできる芸当。
この芸当に、相手へ致命的なダメージを与えるような力は無い。ただ単に相手のバランスを崩させ、吹き飛ばす程度の威力しかない。
それでも。
達人同士の決闘では、その一瞬が勝敗を分かつこともある。
「次は貴様だ小娘ェェェェ!!!!」
「っ、『迅雷の貫通弾』!!」
瞬時に発現された30の貫通弾その全てが、牙王の身体へと殺到した。
が。
「嘘っ!? 貫けないっ!?」
全身強化魔法も、身体強化魔法でさえ纏っていない牙王の身体。にも拘わらず、アリサの放った雷属性の貫通弾は、その全てが弾かれて無に帰した。
牙王は、単に放出しただけの魔力でその全てを防ぎ切ったのだ。
「化け物っ!!」
「……そりゃァ最高の褒め言葉だぜ小娘ェ」
牙王が至近距離で拳を振り被る。
アリサが下唇を噛む。
観客がその光景を目にして息を呑む。
予想された決着は直ぐに訪れようとして。
★
『カルティさん。……これは』
『うぅ~ん。とんだダークホースがいたものだねぇ』
司会者と解説者は、その光景を見て共に眉をしかめた。
★
――――訪れなかった。
「……『五光』の犬が何の真似だァ、糞餓鬼」
「拙者の身分を知っているでござるか。それは嬉しいことでござるな」
今にも射殺されそうな殺気を目の当たりにしても、藤宮の飄々とした態度は変わらない。抜身の刀身で自らの肩を叩きながら、藤宮は朗らかに笑った。
「……礼は言わないわよ」
「端から期待してはござらんよ」
目も合わせることなく悔しそうに吐き捨てるアリサへ、藤宮はそれだけ返す。
「おめェの上は岩舟だったはずだな。あれはこういった場に一番興味がねェと踏んでいたんだが」
「ははは。その考えは間違ってはござらん。かく言う拙者もこの大会へ参加しろと命ぜられた時はどうしたものかと思ったものでござる」
「なら何の目的だ」
「言わねば理解できないでござるか?」
「……貴方も、ってわけね」
牙王と藤宮の会話から正解を知ったアリサは、肩で息をしながらもうんざりしたかのように首を振った。
「“旋律”の首は俺様が取る。邪魔はさせねぇぜ」
「私は首が欲しいわけじゃない。不安分子としての実力を調査したいだけよ」
「できれば、双方共に遠慮して頂きたいでござる」
最後に発言した藤宮に、牙王とアリサの視線が集まる。
「主は、アレにあまり余計なことをして欲しくないと考えているでござるのでな」
「『黄金色の旋律』を配下にでもしたいのかしら。それはちょっと夢見がちなんじゃない? あの集団は『トランプ』ですら手に負えない怪物揃いって噂よ」
「噂に尾ひれが付いているだけだろう。全員が“旋律”クラスの実力者なわけねぇ」
アリサの指摘に牙王が喰い付いた。
「それもこの大会で判明するでしょうね。それを自分で確かめるためにも、私は負けない」
アリサの大きな瞳が、細く鋭く光る。
「誰も降りる気は無いでござるな?」
刀を地面へと振り下ろし、藤宮は自然体で構えをとる。
「ははっ!! 上ォ等ォじゃねぇか!!」
牙王が、両手を広げて大声で吠える。
「アギルメスタ杯だ!! 主張は拳で通そうぜェ!!!!」
アギルメスタ杯予選Aグループ。
残り3名。
最後の戦いの火蓋を切ったのは――――。
「藤宮流剣術――」
腰を落とし、深く構える藤宮。
牙王とアリサは、共にそれを良しとしなかった。
「させるかァァァァ!!!!」
共に手負いのみでありながら、先に藤宮へと距離を詰めたのは牙王。その剛腕で以って、牙王は藤宮を叩き潰そうとする。
しかし、射程圏内に入ったのは牙王も同じだった。
「『五月雨斬り』」
空気を斬り裂く音が、幾重にも轟く。
目にも留まらぬ斬撃が、牙王の身体に纏わりつく魔力の装甲を剥ぎ取っていく。
だが。
「届かねぇよ糞餓鬼」
牙王には届かない。
握りしめた拳が藤宮へと向けられる。
藤宮の奥義を使用し、一時的な硬直状態となっている藤宮。
藤宮へ必殺の一撃を見舞おうと、拳を振り抜く牙王。
そして。
「『迅雷の弾丸』!!」
アリサの詠唱が完了した。
雷属性の魔法球、中級に位置するRankB『迅雷の弾丸』。
アリサが標的としたのは。
「っ、ちぃっ!!」
牙王。
下級魔法『雷の球』よりも遥かに高い電圧を備えた弾丸が、牙王の横腹を打ち抜く。
「がァァァァ!?」
藤宮によって強引に削られていた魔力の層。
新たな魔力を補給する前に来た衝撃に、牙王の身体は堪らずよろめいた。
藤宮が牙王のみを見据えて一歩を踏み出す。
雷撃によって硬直状態となっている牙王。
魔法発現によって一時的な硬直状態となっているアリサ。
共に僅かな硬直時間。
しかしそれでも。
藤宮が標的としたのは牙王だった。
この瞬間。
牙王、アリサ、藤宮の三者間で。
言葉にせずとも各々が理解した。
共闘。
アリサと藤宮は、この予選で牙王を蹴落とす。
「笑わせるなよ虫けら共がァァァァ!!!!」
強引に雷属性の付加能力から抜け出した牙王が、再び膨大なまでの魔力を爆散させた。
即座に身体強化魔法を発現させたアリサが、強化された脚力によって瞬く間に後退し、その衝撃を避ける。
「『泡沫』」
藤宮は退かなかった。
闇属性。
その付加能力は、吸収。
牙王から発せられた膨大なる魔力の塊を、藤宮の剣が霧散させる。
「ゴルリア・メルギダ・ギーリ・アグニアーラ」
「エル・ライクネルティ・コーク・ウェルスラー」
牙王とアリサ、両者が詠唱を開始した。
牙王の詠唱を阻止すべく、藤宮が一歩を踏み出す。
それに合わせるかのようにして、牙王の脚が振り上がった。
「っ、――ウーツ・レイスラ―」
直撃。
牙王の強靭な回し蹴りが藤宮の懐を抉る。その光景を遠目から確認したアリサの詠唱が、一瞬ではあるが鈍る。
牙王の詠唱が先に完了した。
「『疾風の型』」
RankA。
風属性の全身強化魔法。
「ははははははっ!!!! これで終わりだ!! どっちから潰してやろ、う、か……」
牙王の回し蹴りを受け、宙に浮いていたはずの藤宮の身体が。
ブレた。
「なんだと……、確かに、直撃を……」
光属性。
その付加能力は、反射。
光の屈折によって偽物を掴まされていた牙王は気付いていない。
簡単なトリック。
しかし、それは高度な魔法戦。
「『空蝉』、そして、『泡沫』。アリサ殿、後はお任せするでござる」
牙王の背後。
その巨体から吹き荒れる暴風は、音も無く突き出された一本の刀によって消失した。
「『迅雷の槍』!!」
アリサが叫ぶ。
『迅雷の槍』。
RankA。
雷属性の魔法球に、貫通性能を加えた高等魔法。
直視できぬほどの凄まじい稲妻が、牙王の身体を貫いた。
★
『……カルティさん』
『……うん』
『決まり、……ましたね』
『……そうだね』
★
その巨体は、隆起した決戦フィールドに横たわったまま微動だにしない。
それを確認したアリサは、天を仰ぎ大きく息を吐いた。
一瞬の静寂。
そして。
『決まったーっ!!!! 本戦へと駒を進めたのはアリサ・フェミルナーと藤宮誠ーっ!!!! 「猛き山吹色の軍勢」のリーダー・牙王はまさかの予選敗退ーっ!!!!』
『……これはちょっと予想できなかったねぇ』
唾を撒き散らすかの勢いで叫ぶマリオの隣、カルティは腕を組んだまま唸るようにしてそう言った。
静まり返っていた観客席からも、凄まじいまでの声量が発せられる。
興奮して叫ぶ者、拍手をしながら笑う者、怒り狂ったかのように吠える者、様々だ。
『牙王に賭けていた人、結構いたよねぇ。これは全財産吹っ飛んじゃった人もいるんじゃない?』
その怒声に向けて、カルティが苦笑いをしながら言う。
『優勝候補筆頭でしたから!! 私も危うく賭けるところだったごほごほっ!! はいみなさん!! 荒れないで荒れないで!! 会場には魔法聖騎士団の方々にもお越し頂いていますからね!! 荒事はご法度ですよ!!』
『人生終わっちゃっても知らないよ~』
『とりあえず、勝者2人のインタビューに移りまして』
★
「……みつき?」
会場の騒ぎを無言で見つめ続けていた美月が音も無く立ち上がったのを見て、隣に座っていたルーナは怪訝な顔をしてその名を呼んだ。
「帰るよ」
「……わかった」
有無を言わせぬ雰囲気に、ルーナは抵抗することなく従う。
差し出された手を取り、ルーナは美月に引かれてスイートルームを後にした。
★
大闘技場の外は相変わらずの大混雑だった。
大闘技場内ではまだ勝者2人のインタビューが行われているし、観客のほとんどは興奮冷めやらぬその思いを大闘技場内で発散している。
大闘技場の外で騒いでいるのは、チケットが取れなかった面々だ。
アギルメスタ杯で行われている試合内容は、全てカメラに収められており、魔法世界全域にて生中継されている。
そしてその映像は、大闘技場外のモニターでも公開されていた。
チケットが取れなかった面々は、大闘技場の外でその映像を見て盛り上がっているというわけだ。
今もインタビューを受ける2人の選手の姿を見て、「まじかぁ~牙王負けたのかぁ~」だの「もうおしまいだぁ」だの「アリサちゃんまじかわいい」だの「Mゥ、Mゥ~」だの「借金が……、借金が……」だの「ごらんのありさまだよ!!」だの「アリサ様マジ天使」だの「あの冴えない剣士をぶっ殺せ!! あいつのせいで俺は!! 俺はぁー!!」だの、好き勝手に騒いでいる。
そんな観衆などまるで眼中に無いかのように、美月は険しい表情で人混みの隙間を縫って歩く。
「みつき、どうしたの? ぐあい、わるい?」
その豹変ぶりに、ルーナは恐る恐る問いかけた。
美月は、スイートルームの外で待機していたアル・ミレージュの声掛けにも反応しなかった。最初にスイートルームへ足を踏み入れた時とは、まるで態度が異なっている。
「……知ってたの?」
「なにが?」
その短い質問では、美月が何を問いかけたのかルーナには分からなかった。
「ルーナは知ってたの? この大会がこんなにも危険なものだ、って」
「しってた」
ルーナの返答に、美月の足が止まる。
「っと、危ねぇな!! 急に止まんな!!」
ホルン駅へと向かう大通り。
ひしめき合う雑踏の中、急に足を止めたことで罵声が飛ぶ。
しかし、美月は見向きもしなかった。
「リナリー、いってた。みつきも、しっていたはず」
「知らないっ!! あんなに危険なものだなんて思わなかったっ!!」
振り返り、怒鳴るようにして否定してきた美月に、ルーナは僅かに眉を吊り上げる。
「……アギルメスタは、『ひ』をつかさどるまほうつかい。『ひ』とは、こうげき。ななぞくせいのしゅごしゃはいで、いちばんきけんなルールがさいようされるのは、あたりまえ」
「そんなの知らないもんっ!!」
「なら、それは……、みつきのべんきょうぶそく」
冷徹に告げられたその言葉に、今度は美月の眉が吊り上った。それを知ってか知らずか。ルーナは臆する様子も無く首を傾げる。
「なんで、そんなにおこってるの?」
「なんで? なんで、って……」
美月は信じられないモノでも見るかのような目つきになった。
「怒るに決まってるじゃんっ!! この大会に聖夜君も参加するんだよ!?」
「……だから?」
「っ」
淡々と返されるそのルーナの言葉と、美月の抱いている想いには何か決定的な食い違いがある。思わず美月は次の言葉に詰まってしまった。
ルーナは美月が抱いている感情には本当に気付いていないようで、本心から訳が分からないといった表情で続ける。
「せーやがさんかするから、みつきはおこるの?」
美月はその手を乱暴に掴んだ。暴力を振るうわけではない。早くこの場から離れ、寝泊まりしている教会へと帰るためだ。
ルーナとの話し合いは無意味だと悟った。
ならば。
話が分かる人間に話すしかない。
★
「あら、ルーナと美月じゃない。早かったわね」
リナリーがひらひらと手を振り、マリアが会釈する。
まだお昼頃の時間帯にも拘わらず、教会にはリナリーとマリアを除いて誰もいなかった。「それでこの教会は大丈夫なのか」と美月は思ったものの、リナリーが堂々と姿を現していることから何か魔法的な仕掛けがあるのだろうと思い直す。
「せっかくのスイートルームなんだから、もっと満喫してくれば良かったのに。あれ、日暮れまで開放されているのよ? 知らなかったの?」
美月からの返答は無い。
自らへと無言で距離を詰めてくる美月へ、リナリーは怪訝そうな顔をした。
「どうしたの? 何かあった?」
「お師匠サマ」
相対する。
仮に知らない人間にここまで近付かれたら、嫌悪感を示してしまいそうなまでの距離。ただ生憎とリナリーは、道を譲るだとかそういった謙虚な心を持ち合わせてはいない。一歩退くこともなく、相対した美月を正面から見据えた。
「何かしら」
「聖夜君を棄権させてください」
「はぁ?」
美月からの進言に、リナリーは素っ頓狂な声をあげる。視線を美月の後ろに控えているルーナに送ったが、ルーナはやれやれといった表情で首を横に振るだけだった。
「なんでかしら」
「言わなくても分かるはずです」
「言わなければ分からないわね」
リナリーと美月の視線が交差する。
「あの大会のレベルは異常です。おまけにルールだって有って無いようなものじゃないですか。危険すぎます」
「アギルメスタ杯なんだから当たり前でしょ。むしろウリウム杯とかだったら出場したいって言ってきても却下するわよ」
ウリウム杯がどのようなルールを用いて行われる大会なのか、美月は知らない。それでも、自分の思いが全く伝わっていないことだけは良く理解した。
「聖夜君を殺す気ですか」
美月自身、自分で驚くほどに冷たく震えた声で問う。その美月の感情へは欠片の配慮もせず、リナリーは返答した。
「まさか。……もっともあの程度の大会で落とすような命なら、その程度の器だったと残念には思うでしょうけどね」
美月は下唇を噛み締めた。
「話に、……なりません」
「会話にしようとしていないのは貴方の方でしょう。いったいどうしたのよ、美月」
「失礼します」
リナリーの問いかけを遮るようにして、美月はリナリーの横をすり抜ける。祭壇へと手を伸ばし、それを横へとスライドさせた。
「か、鑑華様っ!! 今、下に降りるのはっ」
「好きにさせなさい」
慌てて押し留めようとするマリアを、リナリーが制する。
「美月。降りるなら、障壁の準備だけはしておきなさいよ」
美月は、リナリーからの助言を無視して地下の訓練場へと姿を消した。
「で、説明してもらえる?」
「よくわからない」
リナリーの質問に、ルーナは端的にそう答える。
「大会、そんなに凄かったの? まだ映像見れてないんだけど」
「がおうが、まけた」
「誰それ。そんな奴いたかしら」
「『猛き山吹色の軍勢』のトップでございますね。ガルダー行きのクエストを片っ端からこなして回っている、今大会優勝候補の一角だったはずですが……」
「ふぅん。記憶に無いわね」
それっきり牙王へは興味を失くしたようで、リナリーは信者用の長椅子に置いていたティーカップへと手を伸ばした。
★
「あ~、しんど~い」
聞いている人間までやる気を失くしてしまいそうな声色が響いた。
「聖夜君」
訓練場に足を踏み入れた美月が声を掛ける。
訓練場の中央で大の字になっていた聖夜は、顔だけを美月へと向けた。
「おう、美月か。もう今日の予選は終わったのか?」
「う、うん」
「まじかよぉ、時間が経つのは早いなぁ」
そんなことを呟きながら、ごろりと横になる聖夜。
とんでもなくだらけた声と態度だった。
障壁の準備をしておけ、とリナリーが言うものだから警戒していただけに、美月は肩透かしにでもあったかのような気分にさせられる。
「で、誰が勝ったの?」
「……アリサ・フェミルナーってやつと、フジミヤマコトってやつ」
「知らねーな。結構強かったか? そいつら」
「っ」
美月は押し黙り、聖夜へと歩み寄る速度を上げた。雰囲気の変わった美月に気付いた聖夜が、それとなく上半身を起こす。
美月が十分に近付くのを待ってから、聖夜が口を開く。
「何かあったか?」
「聖夜君、棄権して」
聖夜の問いには答えず、美月は言った。
「お願い。聖夜君、絶対に死んじゃうよ」
「絶対に、って。……そんなに強かったのかよ。ははっ、まずいなそりゃ」
「聖夜君っ!! 私は本気で言ってるんだよ!?」
苦笑いを浮かべながら軽い口調で言う聖夜に、美月は思わず声を荒げる。その声が、広い訓練場に反響した。
無言で見つめ合う。
「……棄権して」
そして、美月はもう一度言った。
「勝った2人だけが凄かったわけじゃない。RankBの魔法を直接詠唱で連射して、RankAの魔法ですら平然と発現してくるような人たちが出てくるような大会なんだよ。学生が腕試しで出場するような大会なんかじゃない。お師匠サマは頭がおかしいよ」
震える声で続ける美月。その双眸が潤んでいるのを見て、聖夜は苦笑いを引っ込めた。真面目な表情でローブの裾を払い、起き上がる。
「ありがとな。心配してくれて」
「じゃ、じゃあ」
「悪い。でも俺、出るよ」
美月の言葉を遮るようにして、聖夜は告げる。自らの感謝の言葉に勘違いし、一瞬だけ笑顔を見せた少女に申し訳ないと思いつつ、聖夜は続ける。
「この大会は、俺が今後も魔法使いとして生きていく上で、大切な糧になってくれると思ってるから」
「そんなのわけ分かんないよ!! 死んじゃったら意味ないじゃん!!」
「まあ、死んだら意味無いのは間違いないな」
頭を掻きながら聖夜は言う。
「でも大丈夫だ。俺は死なない」
「なっ!? そんな自信どこからっ」
「なあ、美月」
美月の言葉を制し、聖夜は魔法を発現させた。
無属性の全身強化魔法。
予備動作も何も無い。美月の不意を突く完璧なる発現だった。
「全身強化魔法の難易度、知ってるか?」
「RankAでしょ!! 知ってるよそんなの!! 今日の大会だって当たり前のように使われて……」
美月の言葉が止まる。
美月は属性付加がされたその技法を、大会で何度か目にしていた。
アリサ・フェミルナーの『迅雷の型』と牙王の『疾風の型』。
アリサと牙王がそれぞれ発現していた光景は、美月も憶えていた。
そこで美月は引っ掛かりを憶える。
アリサや牙王は、それを詠唱して発現していた。
しかし。
今、目の前の聖夜は。
いや。
これまでこの訓練場でマリアを相手にして戦っていた聖夜は。
その技法をどのようにして発現していたか。
「まあ、呪文詠唱ができないってハンデの中で、死に物狂いで鍛えた魔法だからな。こんなことができるのは身体強化系の魔法だけだけど」
聖夜はニヤリと笑いながら口にする。
「良い機会だからしっかりと見といてくれよ。学生としてじゃない、『黄金色の旋律』としての中条聖夜って奴をさ」
ようやく私事がひと段落したので、おそらくここからは週一で更新できると思います。
挑戦状編<上>はもう少しで終わっちゃうんですけどね。