第14話 グランダール49 ②
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「ご来場の皆さま、お待たせ致しました。七属性の守護者杯が一、アギルメスタ杯。これより開会式を執り行います」
各箇所に設置されたスピーカーから流れ出るその声に反応し、会場を地鳴りのような歓声が包み込んだ。
「大会の開催に先立ちまして、エルトクリア王家代理、王族護衛『トランプ』所属クィーン・ガルルガ様より、お言葉を賜ります」
歓声が一瞬にして止む。
エルトクリア大闘技場の最上階。
20階の一室。
エルトクリア王家。
始まりの魔法使い、メイジ。
七属性の守護者、アギルメスタ。
それぞれの紋章が刺繍されている3枚の垂れ幕を下げた一室から、真紅のドレスを身に纏った妙齢の女性が姿を現した。
吹き抜けの大闘技場へと差し込む日差しが、その女性の金髪を煌びやかに照らす。
「皆の者、よくぞ集まってくれた。王に代わり、心より御礼を申し上げる」
優雅に一礼した。その姿にまばらな拍手が響く。
「此度も中々に面白い兵が揃ったと聞いておる。健闘を期待しておるぞ」
咆哮。
クィーン・ガルルガの視線が、遥か下の決戦フィールドに集合している出場者へと注がれるのとほぼ同時、出場者たちの鬨の声が鳴り響いた。
少し間を空けた後、ガルルガが手を振ってそれを制する。会場が再び静まり返った。
「優勝者には富と名誉を。一部の者にはもう知られているようじゃが……、此度の大会、頂きではアルティア・エースが待っておる」
ガルルガが視線を後ろへと投げる。そこには、参加者や観客からは見えないが、無表情で坐すアルティア・エースの姿があった。ガルルガからの視線に気付いたエースは、軽く目礼をして返す。
ガルルガは視線を前方へと戻した。
「諸君。我ら『トランプ』が世界最高戦力と称され、担ぎ上げられ、いかほどの月日が経ったと思う?」
その質問に、答える者はいない。
「その実力は、未だ健在か? 待遇に見合う実力を、我らは未だ有しておるか? 我らがこの地位に留まり続けておることに、皆が納得しておるか?」
突然の質問に、会場がざわめき始めた。
「よかろう」
その反応を楽しむかのように、ガルルガはニヤリと笑う。
「ならば!! この大会で頂きまで登り詰めた者に!! それを確かめる権利を与えよう!!」
両手を広げ、10万を軽く超える視線を一身に浴び、ガルルガは続ける。
「倒せ!! 潰せ!! 薙ぎ倒せ!! そなたらの眼前に立ちはだかる者!! その全てをねじ伏せよ!!」
その視線をねじ伏せるかのように、吠える。
「我ら『トランプ』!! 逃げも隠れもしない!! そなたらの価値は力で示せ!! 己が力で我らの牙城!! 見事突き崩してみせるがいい!! アギルメスタ杯っ!!」
ほんの寸瞬の間。
天を仰ぎ、ガルルガは謳うように宣言した。
「開戦じゃっっ!!!!」
もはや地鳴りに近いまでの歓声が、会場を揺るがした。
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『さあ!! 興奮の冷めやらぬ中!! さっそく予選Aグループの試合へと移りましょう!! 実況は私、マリオとーっ!!』
『解説はカルティのまったく変わり映えのしない2人でお送りするよ~』
歓声と共に、会場の一部で笑いが起こった。
マリオとカルティの実況解説コンビは、1階席専用のブースに居を構えている。
『えー、現在、中央決戦フィールドでは予選Aグループ以外の出場選手が退出をしているところですので暫しお待ちをー。とは言っても300人ですからね、そんな時間は掛からないでしょう』
『んん~? けど何かモメてるみたいだよ~? ちょっとアリーナにマイク向けてくれる?』
カルティの指示のもと、会場のマイクが決戦フィールドへと向けられた。
瞬間。
「ビビってんじゃねーぞおい!! 『黄金色の旋律』のT・メイカー!! てめーが出場してんのは分かってんだ!! 面見せろや!!」
「姿を見せろ!! T・メイカー!!」
「『黄金色の旋律』よ!! 正々堂々姿を現せ!!」
会場中に決戦フィールドで交わされている怒号が聞こえるようになる。しかし、自らの声が会場中に聞こえていると知ってなお出場者はそれを止めようとはしなかった。
『んーと? この状況、どう思いますかカルティさん』
『大会一注目を集めているT・メイカー選手を炙り出そうとしているようだね~』
カルティの指摘通り、退出はまったくと言っていいほど進んでいなかった。
「出てきやがれ!!」
「怖気づいたのか!?」
「T・メイカーかかってこいや!!」
「潰してやる!! お前を一番最初に潰してやるぞ『黄金色の旋律』!!」
「てめーを生け捕りにして“旋律”をおびき出す!! さっさと出てきやがれT・メイカー!!」
「大会ルールに則り、正々堂々勝負をしようじゃないか!! 挨拶すらもできないのかT・メイカー!!」
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「うわぁぁぁぁ……」
ウェルカムドリンクのオレンジジュースを片手に持ち、眼下に広がる光景を目にしながら美月が呻き声に近い声をあげる。
「これはまずいんじゃないかなぁ?」
「こんなもの」
ルーナは眼下の惨状にも眉ひとつ潜めず、オレンジジュースを置いてオペラグラスを手に取った。
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退出はまったくもって進まず、むしろ出場者の勢いに煽られた観客までもが騒ぎ出す事態になった。
「T・メイカー!! T・メイカー!! T・メイカー!! T・メイカー!!」
「T・メイカー!! T・メイカー!! T・メイカー!! T・メイカー!!」
『おおっと!? これは凄い!! ついには観客席からもメイカーコールだー!!』
『はっはっは~、こりゃ凄い人気者だね~!!』
カルティの緩い発言もあながち間違いではない。出場者の多くは怨念と共に叫んでいるが、観客の多くは純粋なる興味に惹かれてだ。
良くも悪くも、リナリー・エヴァンスは有名。
そして、彼女が率いるグループ『黄金色の旋律』も有名だということ。
そのグループの働きによって助けられたり、利益を得た者は大勢いる。ただ反対に、その働きによって不利益を被った者がいることもまた事実。
この会場での反応の格差は、まさにその事実を的確に表していると言えた。
『これはもう素直に名乗り出ておいた方がいいんじゃないかな~』
『うーん。これは私もそう思いますねぇ。それじゃあ手を挙げて頂けますか? 「黄金色の旋律」所属T・メイカーさーん!!』
解説者2人の提案に、出場者と観客共に一瞬にして静まり返る。
しかし。
……。
『……あれ? 無視? それとももしかして本当にいない?』
直後。
マリオの不用意な発言がトリガーとなり、大闘技場は再び怒号と歓声に包まれた。
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「……ふん。実力はどうあれ、このような場で臆して逃げるようなタマには見えなかったが」
会場の騒ぎを冷静な視線で観察しつつ、エースは呟く。その視線を横にスライドさせて、相席している女性の様子がおかしいことに気が付いた。
「頬が痙攣しているぞ。クィーン」
「……“旋律”めがぁぁ、不要な混乱を招きおってぇぇ」
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結局、予選Aグループの試合開始時間が迫っていることを理由に、他のグループの面々は決戦フィールドから追い出された(逆に言うと、開始時間ギリギリまで本当に誰も退出しようとはしなかった)。
『さあ!! 時間も差し迫ってはおりますが!! 開始時間になる前にアギルメスタ杯予選のルールを説明致します!!』
『本当ならもうちょっと時間に余裕があるはずだったんだけどね~』
観客席からは歓声と拍手、そして笑い声が上がった。
『この度も、制限いっぱいの出場者が集まってくれました!! 魔法世界在住の方はもちろん、諸外国よりお越し頂いた魔法使いの方々も、誠にありがとうございます!!』
マリオのトークに続いて、観客席から拍手が鳴り響く。
『今アギルメスタ杯の定員は400名。出場者にはそれぞれ事前にエントリーナンバーを割り振っていたんだけれども~、それをこの大会ではランダムに振り分け、4つのグループを作っているわけなんだね~』
『AグループからDグループまで!! 各グループは100名ずつ!! 現在、決戦フィールドに待機している猛者たちはAグループの面々だー!!』
再び観客席から拍手があがる。
『100名が一度に決戦フィールドへ介して何をするのか? 答えはひとつしかないよね~?』
カルティの言葉に、観客席の一部がわざとらしくどよめいた。
その間をご丁寧に作っていたマリオが、思いっきり息を吸う。
そして。
『その通りいいいいぃぃぃぃ!!!! 予選の競技内容はサドンデス!! 火の守護者・アギルメスタ様が追い求め続けたモノ!! それは力!! 言い訳無用!! 全てを飲み込む力です!!』
『各グループ、本戦に進めるのは2名だよ~』
『そうです!! 決戦フィールドで構えるは100名の猛者!! しかし、その中で生き残れるのは僅か2名のみ!!!!』
観客席からは歓声と拍手が、決戦フィールドからは鬨の声があがる。
『マリオ君、最後に戦う上での注意事項をよろしく~』
『了解です!! 既に戦闘不能を宣言、もしくは意識無しと判断された者への故意の攻撃禁止!! 以上っ!!!!』
会場全体のボルテージが、ぐんぐんと上がっていく。
『一応、決戦フィールド脇には魔法世界自慢の高治癒術師たちが控えているので、有事の際はお助けするけれども~、あくまで自己責任なのでそこのところをよろしくね~』
1人だけこんな時でも緩い解説者がいるが、会場の上昇している温度はそんなことでは下がらない。
『拳ひとつで戦うも良し!! 大規模殲滅魔法で塵芥も残さず吹き飛ばすも良し!! 拳銃でも刀でもなんでも持って来い!! 死んだらそいつの責任だ!! この大会を何だと思ってる!? そうだ!!』
会場全体が、マリオと共に叫ぶ。
『力を示せ!! アギルメスタ杯!! 開戦だァァァァ!!!!』
アギルメスタ杯予選Aグループ。
試合開始。
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歓声。
怒号。
剣戟音。
炸裂音。
全ての音が、この一瞬で同時に起こった。
『さあさあさあさあ!! 始まったぞアギルメスタ杯!! 見どころを順に追っていきたいところですがーっ!?』
マリオの実況を遮るほどの轟音が、決戦フィールドの一部から鳴り響いた。鋭い雷が、周囲の出場者を次々に穿つ。術者を中心としてまるでウニのように周囲へと伸び、猛威を振るうその雷の弾丸に、近くにいた出場者は成す術なく戦闘不能に陥っていく。
『い、いきなり来たー!! 今大会の大本命か!? かの超大国アメリカより!! 最強の魔法兵集団「断罪者」三番隊隊長!! アリサ・フェミルナーだーっ!!』
『まちがいなく優勝候補の1人には挙がるだろうね~』
「『迅雷の貫通弾』!!」
アリサの全身から、再び雷の貫通弾が射出された。
ある者は成す術も無く貫かれた。
ある者は詠唱中に貫かれた。
ある者は障壁ごと貫かれた。
ある者は他の対戦者と対峙中に後ろから貫かれた。
『人が飛ぶ飛ぶ!! 面白いくらいに飛んでいくー!!』
『これは、ちょっと圧倒的だねぇ~。……お?』
そして。
ある者は。
「がははははっ!! 威勢がいいなァ小娘ェ!!」
素手で『雷の貫通弾』を叩き落とした。
『おぉっと!? 恐るべき断罪者に待ったの声がー!?』
「ようやくお出まし? 女を待たせるなんてオトコとして失格ね」
「今のうちに出番を作ってやったのさ。どうせここで退場になるんだからなァ」
アリサからの挑発に、着流し姿の男が不敵に笑う。
『アジア大陸の猛者!! 現在、魔法世界にて「猛き山吹色の軍勢」を結成し!! 猛威を振るう最強の剛腕!! その名も牙王ーっ!!!!』
「はっはァァー!! すぐにミンチになるんじゃァねーぜ?」
「野蛮な猿ねぇ。せっかくだから、躾でもしてあげましょうか!!」
観客席からの熱狂的な歓声をその身体に受け、アリサと牙王が激突した。
『いきなり激突!! 今大会の本命同士がいきなり激突だー!!!!』
『マリオ君、マリオ君。こっちも凄いよ~』
乗り出していた肩をカルティに叩かれ、マリオがそちらへと目を向ける。
『おお!? 派手にやらかすアリサと牙王に隠れ!! ひっそりと敵を潰して回る猛者がここにもー!?』
「まとめてかかれ!!」
「一度に襲っちまえば怖くねぇ!!」
1人の男に対して、襲撃者は7人。
とんっ、と。
その男は、ステッキの先端を地面に突き立てた。
瞬間。
「うわっ!?」
「な、なんだっ!! がっ!?」
7人の襲撃者は、例外なく足元を掬われる形で転倒する。そのうちの1人の腹へとステッキを突き付け、男は呪文を詠唱した。
「『火の球』」
ステッキの先端が襲撃者の1人に接触した状態で爆発を起こす。
ゼロ距離での一撃。RankCとはいえ攻撃特化。
喰らった襲撃者は堪らず悲鳴を上げて気を失った。
『誰もこの男には触れられない!? 黒一色のタキシードにシルクハット!! ステッキで小粋なリズムを刻むこの男はーっ!?』
観客席の一部から歓声と黄色い声があがる。
『そうだー!! 奇術師Mr.M!!!!』
「さあ、お立ちなさい!! 次の生贄はどなたです!!? ショータイムですっ!!」
Mr.Mは残る6人の襲撃者へ順にステッキの先端を向けながらそう言った。
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「『迅雷の貫通弾』!!」
「面倒くせぇ女だなァてめぇは!!」
肩口にヒットした雷の貫通弾で、牙王は再びバランスを崩された。アリサを抑え込もうとした両手が空を切る。後ろによろめいた牙王へ、アリサは更に一歩を踏み出し距離を詰めた。
「むっ!?」
「『雷の球』!!」
アリサの背後に5つの雷球。
迸る電撃は、発現直後に牙王の四肢へと直撃した。
「がァァァァ!?」
牙王の身体を電流が駆け巡る。雷属性の付加能力は、対象者の身体を痺れさせるというもの。RankCとはいえ、超至近距離で放たれた5つの雷球に牙王が呻く。
「もらった!!」
「なァにがもらっただナメるなよ小娘ェ!!」
アリサが拳を握りしめるより先に、痺れから解放された牙王の蹴りがアリサの腹部をまともに捉えた。
「ぐっ、……ぷっ!?」
「もう一発もらっとけ、……お?」
牙王が拳を振り被った時には、既にアリサの姿は牙王の正面に無い。距離を空けたアリサは、腹を押さえながら苦笑いを浮かべた。
「けほっ。付加能力の有効時間が短すぎでしょう。どれだけ丈夫な身体しているのよ……」
「……ちょこまかと面倒くせぇ女だ」
吐き捨てるように言いながら、牙王がアリサへと目を向ける。
「雷の身体強化、それに属性付加させたRankCの魔法球とRankBの貫通弾。それだけでここまで翻弄されるたァ思っていなかったぜ」
「基本魔法も使い方次第、ってことよ。脳筋のアナタでは理解できなかったかしら」
「はは……、なら、脳筋じゃないお前さんは理解できたか? 小手先だけの魔法じゃァ俺様は倒せないってことがよ」
対峙する2人の瞳に、剣呑な光が宿る。
直後。
「もらったぞ!! アリサ・フェミルナー!!」
「戦場で余所見してんじゃねーよ牙王ォォォォ!!」
ほぼ同時に、両者は襲撃にあった。
この戦いは1対1ではない。100人が決戦フィールドに放り込まれた上でのサドンデスなのだ。どこからどのような攻撃を仕掛けられようが、文句は言えない。
しかし。
アリサを背後から襲撃した男は、無詠唱の雷に打ち抜かれた。
牙王を横から襲撃した男は、牙王を殴り付けたはずの拳が砕けた。
「エル・ライクネルティ・コーク・ウェルスラー」
倒れ行く襲撃者の末路を確認することなく。
アリサ・フェミルナーは、今大会において初めて完全詠唱を始めた。
倒れ行く襲撃者の末路を確認することなく。
牙王は、アリサの詠唱を止めようともせず不敵な笑みを浮かべた。
「『迅雷の型』」
アリサの身体から、直視できないほどの閃光が迸る。決戦フィールドの地面が余波だけで隆起した。
「なるほど。全身強化魔法もお手の物ってわけだ。流石は暗殺部隊の隊長様だな」
「何度訂正しても分からないようね」
青白い電撃を全身に纏わせながら、アリサが目を細める。
そして。
「戦闘部隊よっ!!」
跳躍と同時にその姿を消した。
魔法の各属性には、それぞれ基本となる魔法球の詠唱がある。そして、それと同じ詠唱で身体に魔法を纏わせれば、それは身体強化の魔法となる。雷属性で言えば『雷の球』と『雷の身体強化』である。
同じ詠唱ではあるものの、攻撃力を持った魔法を自らに纏わせる難しさから、身体強化の方が魔法の難易度は高い。属性付加の魔法球はRankCで、属性付加した身体強化はRankBだ。
身体強化魔法の用途は、身体の一部に魔力を付与することによって身体能力を上げることである。足に掛ければ脚力が上がるし、腕に掛ければ腕力が上がる。但し、先ほども述べた通り、もともと攻撃のために生み出された魔法を自らの身体に付与するのだ。当然、それには高度な技術が必要となる。
そして、それよりも更に高度な技術。
身体強化魔法として、身体の一部に魔法を付与するのではなく、自らの身体全体にその魔法の効力を付与する技術。
全身強化魔法。
魔法の難易度は、RankA。
接近戦を主体とする魔法使いならば、是非とも身に付けておきたい技術でありながら、才能が無ければ到達できない領域の魔法。
牙王がカウンター気味に繰り出した拳は、何も無い空を突いた。サイドへと回り込んだアリサの肘打ちが、牙王の脇腹を穿つ。
「ぐっ!? この――ぶっ!?」
「そっちじゃない、こっちよ」
腕を払い、アリサを牽制しようとした牙王だったが既にその場にアリサはいなかった。牙王の知覚できない速度で正面に回っていたアリサの膝蹴りが牙王の顔面を捉える。受け身のひとつも取れず、まともに喰らった牙王が仰向けに地面へと倒れた。
「はあああああああああああああっ!!!!」
そこへ。
アリサの雷を纏った踵落としが炸裂した。