第11話 『虹色の唄』
アンケートにご協力頂き、ありがとうございました。
見事勝利を収めた片桐沙耶のSSは、現在活動報告にて公開中です。こちらもどうぞよろしくお願いします。
スペードからの挑戦状編〈上〉が終わったところで、本編のページに移そうと考えております。
☆
T・メイカー 様
七属性の守護者杯運営委員会です。
この度は、アギルメスタ杯へエントリー頂きまして、誠にありがとうござます。
厚く御礼申し上げます。
T・メイカー 様 の出場される予選グループが決定しましたので、ここに通知致します。
【 予選 B グループ です 】
また、以下に今月のアギルメスタ杯の大会スケジュールを通知致します。
グランダール49 開会式 (09:00~)
予選Aグループ (10:00~)
50 予選Bグループ (10:00~)
51 予選Cグループ (10:00~)
52 予選Dグループ (10:00~)
アギルメスタ01 本戦 (10:00~)
02 本戦 (10:00~)
03 スペシャルマッチ(10:00~)
グランダール49の予選Aグループ開始前に、アギルメスタ杯開会式を執り行います。
参加は強制ではございませんが、極力足をお運びくださいますようお願い申し上げます。
本大会において発生した事故について、当委員会は一切の責任を負いません。
怪我(程度は問わない)・死亡事故についても同様とします。大会会場には、高レベルの治癒術師も多数ご用意してはありますが、全ての事故に対処できるものではございません。
遺書等が必要な場合は、大会参加前にご用意頂きますようお願い申し上げます。
T・メイカー 様 のご健闘をお祈り申し上げます。
☆
「と、いう内容のメールが届きました」
「あらBグループってことは猶予が延びたわね。良かったじゃない」
地上の教会奥にある生活スペースで呑気に朝食をパクついていた師匠に報告したところ、そんな答えが返ってきた。
「……やっぱり延びてるんですか。タイムスケジュールを見て1日2日で終わるものじゃないとは思いましたけど。グランダール50ってのは何です?」
「グランダール50よ。貴方、暦すら読めずに魔法世界に来たの?」
なんで俺がこんなにも準備不足知識不足の状態でここにいるか知ってるか?
あんたのせいだよ。
「魔法世界は1年7ヶ月。1ヶ月は52~53日。週の概念は無いわ」
ほう。
じゃあグランダールってやつが日本で言う『月』で、50が『日』ってわけか。50って言わないんだな。どうでもいいけど。
「じゃあ今日の日付は?」
「グランダール48」
「正解」
食パンをペロリと平らげた師匠がつまらなそうにそう口にした。
日本の暦で大会の日程を勝手に計算していたせいで、予選は1日しかないものだと思っていた。日本で言うなら今日は10月30日。明日は10月31日だ。
師匠の言う通り、1日だけだが猶予が延びたことになる。
「さて、と」
師匠が席を立つ。
「地下に潜るんですか?」
「いーえ」
ハンカチで口元を拭きながら師匠は言う。
「最初にMCの調整からかしらね。外、出るわよ」
★
魔法世界エルトクリアにお住いのみなさん、こんにちは!!
DJのマークです。いかがお過ごしかな?
時刻は午前10時を回ったところ。
いやー、今日は過ごしやすい気候だねぇ。秋って感じ。風も良い具合に冷たいし、こんな日は外でスポーツでも楽しみたいねぇ。
あー、でも今日って昨日と同じで、午後から真夏の気候になるんだっけ。これからお出かけの予定がある人は、半袖1枚を鞄に忍ばせておくと吉かも。
ったく、1日で気温が15度以上上がるとか冗談じゃないよね。2種類の服を用意して持ち歩くの大変なんだっつの。
おっと。気象予報して愚痴る時間じゃなかった。
さーて、みなさん!!
ついに前日になりましたねー、アギルメスタ杯!!
出場者一覧、本命がどの予選グループに入ったかの確認したかな?
出場者には0時に一斉メール、公式発表は今日の朝9時にエルトクリア大闘技場正面のボード、もしくは公式サイトの専用ページにアップされているよ。まだの人は大至急確認してくれ。
うーん。今回もそうそうたる面々が揃ってるねぇ。
じゃあ、まずはアギルメスタ杯の流れについて軽くおさらいしておこうかな。在住の方はご存じだとは思うけど、観光で訪れてくれている人たちも聞いているだろうからね。
この魔法世界では、1ヶ月に一度、大規模な魔法大会が行われているんだよね。そしてその大会には『七属性の守護者』の名前が割り振られ、大会ごとによって種目の性質が変わるんだ。
今回の大会はアギルメスタ杯。
アギルメスタ様と言えば、問答無用、攻撃特化の『火』!!
そう!! ここで求められるのは力のみ!!
細かい戦略やら小細工やらは一切不要のガチンコ対決だー!!
まだ種目自体は発表されていないものの、どうせ今回も倒した者勝ちのサドンデスとかそんな感じだろうね――って、やべ、どうせって言っちゃった。
んん。
今のカットーって言いたいところだけど言えないところが生のつらいところだよね、って言い訳をして流そうと思います。
んで、だ。
今回も定員いっぱい命知らずな輩が400名も参戦するそうで、各グループ100名計4グループに分かれて競い合うことになるね。
予選は1日1グループを4日間。本戦を2日間。
そしてその後のお楽しみ、優勝者と『トランプ』によるスペシャルマッチで1日。
計7日間に渡ってアギルメスタ杯は行われるよ。
えー、現段階では……、っと。
スペシャルマッチのチケットは既に完売。例年通りだねー。
本戦の1、2日目は半々といったところかな。
予選の方はー、……。
……お、おお? え、あれ? これってマジ?
ちょっと、これ間違いじゃない?
(何かが擦れたりする音)
失礼。
本当でした。
現在、既に予選Bグループのチケットは完売しております。
理由も分かりましたー。
いやー、あれです。出るんですよ。今回、Bグループに。
かの有名な“旋律”リナリー・エヴァンスが率いる『黄金色の旋律』より、その構成員の1人が!!
つい先日に『情報求む』な緊急クエストがハート様より出されていましたが、何か繋がりがあるのかね?
まあいいや。
ともかく、世界最強の“旋律”以外が謎に包まれていた集団が、遂にベールを脱ぐのかっていうので相当な注目を集めているようだねぇ。
だって、グループが公式発表されてまだ1時間ちょいでしょ?
予選にも拘わらず、それがもう完売してるってんだから注目度やばいよこれ。“旋律”本人が出るわけでもないってのに。
あ、でも俺は行くよ。取材枠でもう席確保してるから。いやぁ、良かったわーこの仕事やってて。はっはっはー。
……ん?
あ、何か苦情の電話が殺到し始めたようです。
今、俺カンペでめっちゃ怒られてんだけど。
あとで会議室に集合だってさ。
だから許してほんとごめんなさい。
えー、さて。
あぁ、そうそう。
Bグループ単体のチケットは完売なんだけれども、まだ『予選通しチケット』とか『アギルメスタ杯通しチケット』は若干数残ってるみたいだよ。
どーしても気になるよって人は、……え?
あー、ごめん。今、売り切れたって。今、今。今、完売ですって。
みなさん気が早いよー。
とにかく、これで予選Bグループのチケットは完売したわけなんだけれども。
まだ他のブロックと本戦のチケットは余りがあるんで。とはいえ、この調子じゃ本戦チケットもすぐ完売しそうだな。
だって『黄金色の旋律』が出場する大会だもんね。本戦行くじゃんそこはもうどう考えても。いくら『トランプ』に敬語使わない“旋律”様だってヘボは寄越してこないでしょうよ。
まあ、そこらへんはお楽しみに、ってことで。
うーん。
とはいえ他の予選グループも見どころは結構あるんだぞ?
というわけで、ここからは各グループに注目してみていこうか。
まずは予選Aグループから。
ここでの見どころは最近勢力を伸ばしてきたパーティのリーダーかな。『猛き山吹色の軍勢』で、牙王って人。この人に、自分、ひそかに注目してまして
★
美月は垂れ流していたラジオを止めて、ゴリゴリと何かを一心不乱にすり潰しているルーナへ目を向けた。
「なんかすんごいやばそうな感じになってるんですけど」
「アギルメスタは、もともとそういうもの」
「いや、そっちじゃなくて」
「?」
ルーナは手を止めて首を傾げた。
「『黄金色の旋律』プッシュが激しくない?」
「あぁ……」
ルーナは「なんだそんなことか」と言わんばかりに、止めていた手を再開した。
「それこそ、もともとそういうもの」
☆
今日は電車で移動だった。
「公共機関を利用して大丈夫なんですか?」
緊急クエストは取り下げられたと聞いたが、それだけで納得してしまっていいのだろうか。
「問題無いわ。話はつけておいたから」
……つっこまない。つっこまないぞ。
誰に話をつけてきたのかを聞いたら卒倒しそうだ。
「大丈夫なんですか?」
「何度も言わせないでちょうだい」
「いや、そっちじゃなくて。このタイミングで師匠の用意したMC持って調整しに行ったら、俺が『T・メイカー』だってバレると思うんですけど」
「あぁ、そっちね」
師匠は車窓から見える景色をぼーっと眺めながら言う。
「問題無いわ」
☆
3駅目で下車した。この駅、というか街はメルティというらしい。
乗車料金は4E。割れたお面と同額だ。
これで残りは992E。ウィリアム・スペードはこの偽造カードに日本円にして10万円も振り込んでくれていたことになる。美月には20万だから、合わせて30万円。後半は自業自得か。
「こっちよ」
音も無く進む師匠とはぐれないよう歩調を速める。人通りの多い場所から、すぐに路地裏へと突入した。
「何か怪しそうな雰囲気なんですけど」
「そういうところにこそ名店はあるのよ」
左様ですか。
やがて、看板すら出されていない古びた建物の前で立ち止まった。
「ここが?」
「そ」
一音で返答した師匠が、躊躇い無く扉を開く。
「いらっしゃってあああああああ!? リ、リナリナリナ!?」
いきなり店の中からそんな叫び声が聞こえてきた。
師匠の後から店の中に足を踏み入れた俺は、そんな声の主を見るべく壁となっている師匠の横へ首を伸ばす。
こちらへ突き付けるようにして指差す少女は、既に涙目だった。まるで酸欠にでもなっているかのように口をパクパクとさせている。
赤毛で髪はぼさぼさ。年の割に胸はあるようで、着ている服を押し上げるようにして主張している。ただ、着ている服は無地で白のシャツ1枚。とても汚れている。それでいいのか女の子、と思ってしまうほどお洒落レベルがゼロだった。
そんな少女のことは眼中に無いのか、師匠は何も応えずにその少女が店番をしていたカウンターへと歩み寄り、置かれていたベルを手に取る。
そして鳴らした。店員がちゃんといるのに。本当に眼中に無いらしい。
店の中はとても狭い。入って5歩でカウンター。そんな大きさだ。ただ、木製で落ち着いた木の匂いがする。灯りも複数の蝋燭で照らしているだけ。魔法の店って感じだ。カウンターの後ろはこの建物の造りと同じ、木製の螺旋階段がある。それがギシギシと鳴り出した。ベルを鳴らした結果だろう。
「お客さんかい、ナーニャ」
ご老人がゆっくりと姿を現した。白髪頭で分厚い眼鏡を掛けている。手すりに掴まりながら降りてきているのに、危なっかしくて手を貸したくなるほどのご老人だ。
「じ、じじ様っ!! あ、悪魔が、……悪魔がっ!!」
はっ、と我に返ったのか、螺旋階段を駆け上がりながらそんなことを言う赤毛の少女。
「……誰が悪魔よ」
悪魔だろ。もはやあんたは魔王の域だよ。
師匠の呟きに心の中だけでつっこむ。
「おぉ、リナリーか。どうしたどうした」
赤毛の少女をさり気無く上へと逃がし、ご老人がカウンターまで降りてきた。
「この子のMCの調整をして欲しくて」
師匠が俺の背中を押して前に立たせる。
「ど、どうも」
「んむ? ほっほう、これはこれは」
カウンター越しに眼鏡を押さえながら乗り出してきたご老人は、面白そうに笑った。
「凄まじい潜在能力を秘めた子じゃあないか。底が見えん。魔法聖騎士団、……いや。『トランプ』にでも潜り込ませるつもりかな?」
「そんなことするわけないでしょう。必要も無いし」
ご老人の質問に、師匠は鼻を鳴らしながら答える。
「ほっほっほ。お前さんならそうじゃろうて」
乗り出していた身体を戻し、ご老人はもう一度笑った。
「どれ。MCを出してごらん。名前は何といったかな」
「中条聖夜」
俺が答えるよりも先に、師匠が口にする。T・メイカーの方じゃなくていいのか。ご老人に目で問われたので、首肯して自分からも「中条聖夜です」と答えておく。
カウンターにMCを置いた。
「んん、ゼロクス社のブレスレット型か。二世代前のじゃな」
「あそこ、最近のはフィードバックが強すぎて肌に合わないのよね」
「お前さんには聞いとらんよ」
ご老人が新品のMCをべたべたとさわりながら言う。師匠が口を尖らせた。
「ブレスレット型、ということは近接術メインかの。身体強化魔法?」
「そうです」
頷く。
「ふむ。武器一体型は敬遠しとるのか?」
「武器頼りだと、いざその武器が無い時に困るから、と」
「なるほど」
ご老人はそう頷くと、どこからか取り出したドライバーを使ってMCを解体し始めた。
「ちょ、ちょっと!?」
「ん? 調整するんじゃろ?」
止めようとしたら不思議そうな表情で尋ねられてしまった。
「いや、そうですけど……」
MCの調整は、専用の機械がいる。使用者の魔力の波長を測定し、コンピューターとMCを配線で繋いで弄るのだ。決して解体は必要ない。
「いいのよ、聖夜。じじ様はね、中の発動体に通る魔力の流れを直接見てから弄るから」
「そういうことじゃよ。安心せい。ちゃんと調整機も用意してあるわい」
ご老人がカウンターを手の甲でノックするように鳴らす。すると、カウンターの一部が開いて中からモニターの付いた機械が顔を覗かせた。
「し、失礼しました……」
じゃあ俺の魔力の波長は、MCを通して直接目で確認するのか。身体中に電極みたいなのを張り付けられて測定されるよりは万倍も良いが、そんなことができるなんて。
このご老人、……できる。
「それじゃあ始めるとするかの」
ご老人の言われた通りに俺は手を伸ばし、魔力をMCに流し始めた。
☆
「ふーむ」
2分と経たずに調整は終了してしまった。
早い。普通だと、波長の測定を抜いても30分くらいは掛かるはずなのに。
しかしご老人は納得していないのか、眼鏡を上げて唸り出した。
「どうしたの。何か問題?」
師匠が問う。
「いんや、調整に問題は何も無いぞい。ただ、このMCではこの子の発現量についていけん」
「市販の物はみんなそうよ。じじ様も確認できたでしょう? この子のスペックに合うものがあるはずないわ」
ちょっと待って何その言い方。
俺の視線に気付いた師匠がジト目を向けてくる。
「貴方の発現量・発現濃度・魔力容量はどれをとっても馬鹿みたいに多いってこと。簡単に言うと魔力おばけ」
おばけとかふざけんな。
「魔力容量もか……。これは、……たまげたの」
計測で、一度に発現できる魔力量とその濃さまでは確認していたものの、俺が持つ魔力の容量までは見せていなかったので、ご老人が呻くようにそう言う。
いや、これでも発現量は割と抑えていたんだぞ。
本気出して魔力放出すると、多分意図せずして不可視の弾丸みたいな爆発が起こる。
あ。
そうか。
昨日、師匠が使っていた身体の周囲を纏っていた魔力を爆散させる“解放”ってやつ、これのことか。じゃあ、“不可視の装甲”は……。
「聖夜ー。聞かれてるわよー」
「え?」
師匠の声で我に返る。目の前にはにこやかな表情をしたご老人の顔があった。
「す、すみません。聞いてませんでした」
「素直で実によろしい」
穏やかな声でそう言われた。
すみません。
「お前さんの得意属性を教えとおくれ」
「……どうだろう。火、かな」
使う比率が高いのは火だろう。攻撃特化だからな。得意不得意は作るな、でまんべんなく使わせるのが師匠の教えだ。正直、得意属性を聞かれても困ってしまう。
「ふむ……。では、苦手な属性はあるかの」
「光と闇は無理ですが、基本五大属性ならどれでも大丈夫です」
「ほぉ」
ご老人の目が細められる。
というか、さっき調整の時、基本五大属性は全て発現してみせたはずだ。精神的な質問だったのだろうか。〇〇属性が苦手に感じてる、とか。
「これ、ナーニャや」
「っ!?!?!?」
頭上から凄い音がしたのでそちらに目を向ける。
そこには、先ほどの赤毛ちゃん(仮称)が足を踏み外して、階段で尻餅をついていた。
……そこから覗き見してたのかよ。
「いたたたたた……」
お尻を押さえながら赤毛ちゃんが呻く。
「戸棚の奥、ひとつめの箱を持ってきてくれんかの」
「へ? じじ様、それはっ」
赤毛ちゃんは口をぱくぱくさせた後、階段を駆け上がって行った。
「少しだけ、待っておくれ」
「は、はぁ……」
それは構わないんだが。
何を持って来させるつもりなのだろうか。
「じじ様、いいのかしら」
「何がかの」
師匠からの問いかけに、ご老人が師匠へと目を向ける。
「持ってくるの、アレ、でしょ」
「ほっほっほ。埃を被らせておくよりも、よっぽど有意義じゃろうて」
☆
赤毛ちゃんは古めかしい直方体の箱を持ってくると、すぐに階段を駆け上がって消えてしまった。いや、いるいる。見てる見てる。こっそりと覗いているつもりなんだろうが、めちゃくちゃこっち見てる。
「さて」
ご老人が、その箱の上にあった埃を手で払い、そっと蓋を開けた。
「MC、ですね」
「左様」
中に入っていたのはMCだった。それも古い。傷だらけだ。
しかも。
「木製のMCですか。初めて拝見しました」
そんなんで大丈夫なのか。いや、大丈夫じゃないから傷だらけなんだな。むしろ、魔法使用で発火しなかっただけ儲けものだろう。
ただ、……何か言葉にできない独特の存在感のようなものを感じる。それに、……なんかこのMC自体から異質な魔力を感じるような気が。
「中条聖夜君、君はガルダーへ足を運んだことはおありかな?」
ガルダー。
魔法世界において、とびっきりに魔力濃度の濃い密林地帯だったはずだ。
「いえ」
「そうかそうか。ガルダーはの、魔力濃度の濃い魔法世界において、更にその上をいく魔力が充満した密林の名称じゃ。特別警戒地区とも呼ばれており、ガルダーの中でも特に警戒が必要とされてる地区から順に、『S』『A』『B』『C』『D』の5段階に分けられておる」
へぇ。
そりゃ知らなかった。行く機会も無いと思ってたからな。
「このMCの外装に使用されている木材はのぉ、ガルダーのもっとも危険とされる地帯『S』に生える、妖精樹と呼ばれる樹なのじゃ」
ほう。
何だか分からんが、とりあえず凄いのだろう。危険地帯の一番上だって言うくらいだ。一般人が行って帰れるような場所では無いのだろう。
「その樹は光合成のように自ら魔力を生み出す樹でな、闇夜にはそれはもう綺麗に輝く樹なのじゃよ」
遠くを見つめるかのように語るご老人。まるで自分の目で見てきたかのような口ぶりだ。
「のう、リナリーや。思い出すのう」
「そうね。結構綺麗だったわね」
本当に見てきてんのかよ!! すげぇなこの爺さん!!
「何よ聖夜、その眼は」
「……いや、別に」
この女が無理やり連れだしたとかじゃありませんように。危険度が5段階中の最大で『S』なんだろ。無理やりとかだったら普通に虐待だ。
「このMCはの、生きておるんじゃよ」
「はぁ…、……はぁ?」
……生きてる?
「無論、言葉を介せるわけではない。ただ、感じるじゃろう? この樹は、木材として使用された今でも魔力を放出し続けておる」
「……確かにこのMCからは魔力を感じますけど」
異質だと感じたのは、どうやらこの妖精樹とやらが放出しているからのようだ。
「通常、MCの動力源には魔法石を使用するのは知っているわよね」
「ええ、知ってます」
後ろから師匠が聞いてきたので答える。
魔法石とは、それ自体が微弱な魔力を放出する石のことを指す。
もとはただの石ころだが、魔力濃度の高い所にある石は、長い間その魔力に侵されることで自らも魔力を放出するように変質する。もちろん一番採取量が多いのは魔法世界で、各国の供給源となっている。
MCの動力源には、まさにこの魔法石が使われているわけだ。
魔法石に人工の魔法回路を繋ぎ、そこへ術者が魔力を通すと、魔法石はその魔力の流れを整える役割を果たしてくれるようになる。術者は、一度魔力を魔法石へ経由させ、均一の流れとなった魔力を再び身体へと戻し、魔法へと発現させる。
魔法使いの魔力循環のサポートする。
これがMCの役割。無くても魔法は発現できるが、あった方が発現しやすいという理由である。
「このMCに魔法石は使われておらん」
「妖精樹、とやらがその代わりを果たしていると?」
「正解ではあるが、この中身の理解はしておらんな」
俺の答えに、ご老人は口の端を吊り上げた。
「妖精樹の外装、この中にはのぉ、妖精樹の『種』と『根』が組み込まれておる」
根。根っこか。
樹木それ自体が魔力を放出するような代物だ。そりゃあ種も根っこも凄まじいのだろう。
「まあ、実際に生えているアレを見たことがないこの子の感想といえば、こんなものよね」
師匠がため息混じりにそう言う。
悪かったな。
「これに他の材料は一切使用されておらん。動力源に種を、魔法回路に根を。外装に幹を。持ってごらんなさい」
ご老人に差し出されたそれを受け取ってみる。
最初に言った通り、本当に傷だらけだ。歴戦の武器って感じ。
うーむ。材料が妖精樹とかいう樹だって聞いてしまうと、何か神聖な感じまでしてしまうな。
「魔力を通してみなさいよ」
師匠が急かしてきた。
「いいんですか?」
ご老人から頷かれたので、早速通してみる。
……。
お、おお?
おおおおおお?
「す、すげぇ」
通常のMCに魔力を流している感じと明らかに違う。
すんなり通る。
通常のMCで感じる“つっかえ”のようなものがほとんどない。
スルスルと流れ込んでいく。
そして。
「おおぉぉ……」
流し込んだ魔力が、妖精樹の種を経由して戻ってきた。
これは……。
この妖精樹のMCを通すと、更に魔力の流れが加速する感じがする。それに、魔力も強化されているような……。不思議な力で漲ってくる感じだ。
そうか、これが妖精樹が放出する魔力か。
……?
でも、なんだろう。
何か違う。
それだけじゃない。
耳元に……。
何だ?
何か雑音のようなものが……?
「どうかしたの? 聖夜」
「え? あ、あぁ、いや、何でもないです」
咄嗟に耳周りを払う仕草をしてしまった。当然、手は空を切るだけだ。怪訝な顔をした師匠にそう返しておく。
……師匠には、この雑音が聞こえていないのだろうか?
「今度は、魔力を遮断してみてごらんなさい。完全に閉じるイメージで」
ご老人に言われた通り、放出していた魔力を抑えてみる。
すると。
「……お、おお?」
魔力を放出していたはずの妖精樹のMCも、俺の魔力の動きに呼応するかのように魔力の放出を止めた。
「すげぇ」
先ほどまでこのMCから放出されていた異質な魔力までもがピタリと止んだ。
俺に合わせているのか。これは凄い。
「言ったじゃろう。生きている、と」
ご老人が俺の感想を聞いて笑う。
もう一度魔力を込める。妖精樹のMCも微弱ながら異質な魔力を放出する。
魔力を止める。妖精樹のMCも魔力の放出を止める。
これは本当に凄い。
伐採されて、加工されて。
それでもまだ、こいつは生きているのか。
ただ、雑音も魔力の放出に合わせて鳴り出すようだ。
何なんだろう。魔力の流れに障害があるのだろうか。市販のMCと比べてみると、むしろこちらの方が“つっかえ”のような違和感は少ないのだが。
「どう思うかの? リナリーや」
「……順応しているわね。どう見ても」
「そうかそうか。ほっほっほ」
ひとしきり笑うと、ご老人は妖精樹のMCはそのままに箱だけ片付けてしまった。
「それは君にやろう」
「いいんですか?」
もらえるのならばもらってしまいたいくらいに、使い心地が良い。
いや、でもこれ。お高いんでしょう?
俺の言わんとすることが分かったのか、師匠がため息を吐きながらも口を開いた。
「ま、出すところに出したら、億はいくわね」
「お返しします」
丁重にカウンターの上へとお返しした。
「ほっほっほ。お代はいらんよ」
そういう問題じゃねぇ。
億単位の一品を肩に付けて街中歩けるか。それも木製だ。いとも簡単にカチ割れそうで怖い。
「何を心配しているのか容易に想像がつくけどね」
師匠は俺の後ろから手を伸ばし、ひょいと妖精樹のMCを掴み取る。
そして。
「ばっ!?」
その手に魔力が集中するのを見て、思わず手を伸ばしたが遅かった。
凄まじい音を立てて妖精樹のMCが師匠の手から吹き飛ぶ。
それは目にも留まらぬスピードでご老人の頭上を通過して――、
「うひゃいっ!?」
赤毛ちゃんの潜む螺旋階段へと突き刺さった。
「……リナリー」
ご老人がやれやれと頭を振る。
いやいやいや!? そんなリアクションだけじゃ駄目でしょう!!
「ちょっと何してんスか師匠!? 億ですよ億!! なんてことを!!」
あろうことかこの女、“不可視の弾丸”で吹き飛ばしやがった!!
もう粉々に違いない。
「ナーニャ、持ってきてくれんかの」
「は、はいぃぃぃぃ……」
突き刺さったそれを引っこ抜く赤毛ちゃん。腰でも抜けたのか、おっかなびっくりといった風情でそれを持ってくる。凄い内股だ。
「ありがとう。もう下がっていいから、着替えてきなさい」
「うぅ……、もうお嫁に行けません」
漏らしたのか。
俺の視線に気が付いたのか、赤毛ちゃんは髪よりも顔を真っ赤にして脱兎のごとく階段の上へと消えて行った。今度こそ本当にいなくなった。
「中条聖夜君」
階段の上へと向けていた視線を戻す。
そこには、先ほどと変わりない様子の妖精樹のMCがあった。
「壊れてないんですね」
「妖精樹の耐久力をあまく見てはいかんよ。火で炙ろうが、雷で貫こうが、風で切り刻もうが、水で腐らせようが、土で圧し潰そうが、死ぬことは無い」
「それはまた……」
何という生命力。
ん? 待てよ。
「じゃあなんでこんな傷だらけなんです?」
俺の質問に、ご老人の視線が師匠へと向いた。
「……いや、その。……耐久力のテストを、と思ってね」
そっぽを向いた師匠がそう答える。
あんたの仕業か。
何してんだあんた。それとも、これに傷を付けられるということで、流石は世界最強と言った方がいいのだろうか。
「ともあれじゃ」
外れた話を戻すべく、ご老人が咳払いと共にそう口にした。
「これは君にやろうと思う。使ってやってくれ」
「えーと、本当にいいのでしょうか? お話を聞く限りじゃあ、とても貴重な物であるはずですが」
「わしの家にあっても、もう使うことはあるまいて。ならば使われた方が、その子にとっても幸せじゃろうよ」
……“その子”、か。
多分、深く考えず、自然に出た言葉なのだろう。
だからこそ伝わってしまう。
大切なものだろうに。
「もらっておきなさい、聖夜」
師匠が俺の後ろから言う。
「そのMCはね、ただ貴重ってだけじゃないわ。とても気まぐれなのよ」
「気まぐれというよりも、気難しいと言った方が正解かのぅ」
ご老人が師匠の言葉を訂正する。
「そのMCの性能の良さは、万人が理解できることじゃろう。しかしのぅ、その性能の全てを発揮できる存在はそうおらん」
まるで意思があるかのような口ぶりだな。
「性能の全てが発揮できるとどのようなことができるのでしょう?」
「分からん」
すっぱり切り捨てられた。
「それは、わしとリナリー、その他数人で作り上げたものなのじゃが……。設計段階の当初では、もっと高い能力を発揮できると踏んでおったのじゃよ」
「だからこそ、わざわざ警戒地区『S』まで足を延ばしたわけ」
腕を組んで師匠が続ける。
「ところが思ったほど性能が伸びない。設計に不備は無かったはずだし、本体の樹木から切り離した後のパフォーマンスにも不満は無かった。だから私たちはこう結論付けたのよ。『この妖精樹に、私たちでは順応できていない』、ってね」
「俺が順応できている、と?」
さっき、師匠はそう言っていた。
「聖夜、それに魔力を通してみて、どう感じた?」
「いや、そりゃ市販のそれより遥かにスムーズに通せましたけど」
「もうちょい詳しく」
もうちょい詳しくって言われてもな。
どう表現しろってんだ。
「下手なりで良いから言ってごらんなさい」
下手は余計だこのアマ。
「うーん。MCって本来、魔力の流れを制御するものじゃないですか。不安定な魔力の流れを均一のスピードに整える感じで」
俺の言葉に、師匠とご老人が頷く。
「通常の……、俺が今まで使っていたMCだと、魔力を流すとどうにも“つっかえ”のようなものがあるように感じるんですよ」
「それはお前さんの発現量・魔力濃度に、魔力石の性能が追い付いていないからじゃな」
「魔力おばけだものね。仕方ないわ」
張り倒すぞこの女。
「えーと、それがこのMCだとですね。感じないんです。その……、“つっかえ”のようなものを、ほとんど感じないんです」
「……ほとんど、のぉ」
「……妖精樹の性能でもカバーできないのね。おばけなのは間違いないわ」
まだ言うか。
「……それにこのMCだと、自分の魔力の流れを均一に整えるだけじゃなくて、更に加速させてくれるというか、強化されているようにも感じますし、……うーん?」
高性能すぎて、どう説明していいか分からん。
駄目だ、下手ですね。すみません。
「……強化、ね」
師匠がほとんど聞こえない音量で呟く。
「ほっほっほ。そうかそうか」
ご老人は、とても興味深そうな目をこちらに向けながら笑った。
とても温かい笑みだった。
同情してくれているんですね、分かります。
「……でも、順応しているとは個人的に思えないんですけど」
「どうして?」
「市販の物よりもスムーズに魔力が通せる、っていうのは間違いないです。でも、それはおそらく誰が使っても同じ感想を抱くと思いますし……」
師匠からの質問に答えながら、妖精樹のMCを手に取って魔力を込めてみる。
……。
やっぱり、聞こえる。
「雑音のようなものが聞こえるんです。ざわざわ、とまではいかないですけど。“つっかえ”が無いと感じるのは気のせいってことですかね?」
雑音が聞こえるということは、どこかしらで魔力の流れが阻害されているということだろう。耳を澄ませば聞こえてくる、くらいの音量。ストレスには感じないが、だから平気、というわけにもいかないだろう。
この雑音、師匠やご老人にも聞こえているのだろうか?
「聞こえます?」
……。
返答は無かった。
怪訝に感じて師匠を見る。
師匠は何も言わずに俺を見ていた。
しばらく見つめ合った後、根負けした俺が視線を外してご老人の方へ向ける。
「その子の名を、『虹色の唄』という」
ご老人は俺の質問には答えず、そう口にした。
「お前さんなら……。もしかすると、もしかするかもしれんな」
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午後3時のニュースをお伝えします。
『七属性の守護者』の名を冠するアギルメスタ杯を前日に控え、アオバの駅では観光客向けに臨時電車の運行を開始しております。今年度も前日に訪れる観光客が後を絶たず、空港でも臨時便を手配するなどの対応に追われています。
入国許可証を所持していない観光客を対象とした簡易発行ブースは、3日前から空港内に設置しておりましたが、身分証、許可証を持たない観光客は今月も相当数に上っており、アオバの門は第3門まで開放したとのことです。空港でも人員を増員して対応にあたってはおりますが、依然として混乱は解消されていない模様です。
アギルメスタ杯開催期間中に諸外国へお出かけになられる方につきましては、時間に余裕を持って移動されることが賢明でしょう。