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第10話 バリエーション

アンケートの期限が残りわずかとなっております。

まだの方は是非、ご協力をお願いします。




 日が落ち、人気が無くなったのを見計らってから、俺とシスター・マリアは再び地下へと潜った。

 そして地獄の特訓の再開となったわけだ。

 わけなのだが。


 ……。

 ……、……。

 ……、……、……。


「誠に申し訳ございません」


 深々と、シスター・マリアが土下座をしている。

 俺の目の前で。

 正直、困る。

 神罰とか下りそう。

 いや、まあ女性に土下座をさせている時点で男としてアウトなわけだが。


「あー、いや、別にシスター・マリアが悪いわけじゃないので……」


 そう言ってみるものの、シスター・マリアは一向に頭を上げようとしない。

 どうしたものか、と頬を掻きながら視線を逸らす。その視線の先には、先ほど買ったばかりの真新しい黒塗りの仮面が真っ二つになって転がっていた。







「何してるの、貴方たち。そういうプレイ?」


「……プレイとか言うのやめてください」


 教会の地下にある訓練場。そこへ足を踏み入れるなりそんなことをのたまう師匠へ苦言を呈する。結局、シスター・マリアに土下座をさせた挙句宥めることにすら失敗した俺は、一番見られたくない存在にこの現場を目撃されてしまった。


「プレイって何の話をしているんです? お師匠サマ」


 師匠のローブの陰からひょっこり顔を出す美月。さらにその陰からルーナまで顔を出した。


「……せ、聖夜、君」


「……さすが、せーや」


「待て待て待てお前ら。お前らは今とんでもない勘違いをしているぞ」


 信じられないモノでも見たかのように表情を凍らせる美月と、目を丸くした後なぜか納得顔で頷くルーナに待ったをかける。

 そりゃシスターを土下座させてるシーンを見せられたら色々と思うところもあるだろうが、とにかく一回落ち着け。話せば分かってくれるはずだ。


 その間に、師匠がシスター・マリアのもとへと歩み寄り、半ば強引にシスター・マリアを立たせていた。

 ……なるほど、ちょっと強引なくらいで良かったのか。


「何があったのよ」


「私が悪いのです私が」


 師匠の質問をスルーし、呪詛のようにぶつぶつ呟いているシスターが怖い。


「よく分かんないけど、なんか大変そうだねぇ。よっと」


「いや、事柄自体はそんな大事ではないんだが、……お? その荷物」


 美月が肩から下ろした荷物には見覚えがある。それもそのはず、クランベリー・ハートに襲撃された電車で置き去りにしてしまった俺たちの荷物だ。

 ルーナも同様に持っていた荷物を床に下ろした。


「どうしたんだこれ。落ちてたのか?」


「まほうせかいは、そこまでちあん、よくない」


 だよな。


「お師匠サマが受け取りに行ってきたんだって」


「へぇ。どこに?」


 遺失物センターでもあんのか。


「王城に」


「はぁ……。……、……はぁ?」


 オウジョウ? 立ち往生の往生か? 意味が分からん。

 まあいいか。


「助かったよ。『T・メイカー』として大会に出るには、『黄金色の旋律』用のローブが必要だったからな」


 旅行鞄から白いローブを取り出しながら言う。


「白がグループカラーってこと?」


「いつの間にかそうなっていた、が正しいけどな」


 ルーナの着ている白いローブを見ながら聞いてきた美月に、そう答えた。


「聖夜」


 師匠に呼ばれて振り返る。放られたそれをキャッチした。


MCマジック・コンダクターじゃないですか。誰のです?」


「貴方の新しいやつよ」


「え」


 いつの間に。

 いや、それよりも。


「俺、測定してないですよ?」


 MCは魔法使いが魔法を発現させるときに用いる補助ツールだ。当然、各人に合った調整(チューニング)が施されているものを使用する。


「貴方の波長は私が憶えてるから。私が言った通りに作らせた」


 ……作らせた、って。それ結構無茶なんじゃあ。


「ただ、前回の測定結果をもとに作らせてるから、誤差はあるでしょうね。それは明日にでもなんとかしましょう」


 前回のってことは年単位で前ってことだ。それなりに誤差はあるだろう。それでも、無い時とは雲泥の差であることには変わりない。


「……MCの発注って本人いなくてもできるんだ」


 美月が引いている。もちろん、俺もだ。


「さて」


 未だにぶつぶつ呟いているシスター・マリアを美月へ押しやり、師匠が俺へと向き直る。


「今はどういう状況なの」


「えーと、俺が大会で使うお面を買ってきて、慣れるためにそれを使って訓練しましょうってなったんですけど」


「それでマリアがカチ割ってしまった、と」


「そういうことです」


 答えに辿り着いた師匠へ頷いた。その視線は真っ二つになったお面へと向いている。


「あれ安物でしょう?」


「ええ。俺もそう言ったんですが……」


「はぁー。しょうがないか。この子もこれがなければねぇ」


 腰に手をあてながらそんなことを言う師匠。頭を振った後、改めて俺へと目を向ける。


「じゃあ、始めましょうか」


「……始めるとはなんでしょう」


 既に俺の頭の中では最悪な答えが導き出されている。だが、聞かずにはいられない。ルーナも同じ答えに行き着いているのか、美月とシスター・マリアを連れて隅へと移動し始めていた。


「既に分かっている内容を質問するのは減点ねぇ、聖夜」


 師匠の顔に、音も無く影が宿る。


「さあ、私に見せてちょうだい。日本の魔法学園で腐りに腐っていた貴方の腕がどこまで戻ったのかを」


「……手合わせをするのはもちろん願ってもないことですが。言っておきますけど、師匠が無系統を使うのは禁止ですよ」


 いつ仕掛けられても対応できるよう、構えをとりながら言う。


「あら、怖気づいているのかしら」


そういう意図で(、、、、、、、)言っている(、、、、、)わけじゃないことは(、、、、、、、、、、)貴方が一番(、、、、、)良く分かっている(、、、、、、、、、)はずだ(、、、)


「はいはい。分かってるわよ」


 おざなりな感じでそう答えながら、師匠は何気無い仕草で俺へと人差し指を向けた。

 瞬間。


「かっ!?」


 身体中の関節という関節が悲鳴を上げる。肝心の口からは痛みのあまり悲鳴すら出せずに、俺はその場で崩れ落ちた。


「な、……んっ、……っ!!」


 痙攣が抑えられない。痛い。苦しい。呼吸しているはずなのに、うまく空気が吸えていない。


「聖夜君っ」


「く、来るなっ!!」


 慌てた様子で駆け寄ろうとする美月を制して、痛む身体に力を入れる。


「お、耐えたのね。流石は私の弟子」


 起き上がろうとする俺の邪魔をしようとはせず、師匠は嬉しそうに微笑んだ。


「今のが何か分かった?」


「……全然」


 分かったのは人差し指を向けられたことだけだ。

 幻術?

 違う。この痛みは本物だ。

 身体の節々が悲鳴を上げている。立つ足が震える。


 魔法発現の兆候は師匠に見られなかった。いくら師匠が強いとはいえ、発現の兆候そのものを消すことは不可能だ。無詠唱であろうとも、どれだけ痕跡を消そうとしても、ゼロにすることだけはできない。

 だとすると、何だ。

 魔法発現のプロセスを辿らずに発現できる何か。


 ……、……。

 まさか。


「……“魔法の一撃(マジック・バーン)”?」


「正解」


 指先で器用に魔力を弾かせながら、師匠は頷く。


「せっかくなんだし、色々な使い方を試してみるべきだと思うけどね、私は。馬鹿みたいな威力で一点集中型だけなんて華が無いじゃない?」


 その指先を再び俺へと向けた。


「“不可視の十字架インビジブル・クロス・アート”ってね」


「うぐっ!?」


 再び走る激痛。耐え切れずに膝を付く。


「あら、今度は倒れないのね。……身体強化魔法、か。よく間に合ったものだわ」


 本気で感心したのか、拍手されてしまった。

 くそっ、何だよこの技。足首、膝、股関節、肩、肘、……他にもあるか? もう全身が痛くて分からん。本当に関節だけに狙いを定めてやがる。凶悪すぎるぞ……。


「面白いでしょう。“不可視の弾丸インビジブル・バレット”、ああ、貴方の言う“魔法の一撃(マジック・バーン)”ね。名前に惑わされて複数個所に同時攻撃なんてできないと思った? ついでに連射でも見せてあげましょうか」


「――――っ!?」


 跳んだ。

 乾いた音が連続で響き渡る。目視で確認できないが間違いない。これは、“魔法の一撃(マジック・バーン)”を連射している!?

 しかも。


「ほらほらほら~。追い付いちゃうわよ~」


「悪魔かっ!?」


 逃げる先々まで途切れることなく連射してきた。全身強化魔法で移動速度を上げているにも拘わらず、振りきれない。それもそのはず、師匠はまだ組手を開始してから一歩も動いていない。人差し指で“魔法の一撃(マジック・バーン)”を発現させる座標を指示しているだけだ。


「追い付いちゃう追い付いちゃうぞ~」


 軽い口調で言っていい内容じゃない。効果音がおかしい。逃げる俺のすぐ後ろで「ドガガガガ」とか鳴ってやがるんですが。一発でも当たったらやばいぞ。単発なら威力はそう無いだろうが、そのまま袋叩きにされるのは目に見えている。

 ならば。


「お?」


 師匠の呆けた声を、俺は師匠の背後から聞いた。

 “神の書き換え作業術(リライト)”。

 すぐに感知されただろうが、何かされるよりも先にこっちが仕掛ける!!

 放った拳は師匠の無防備に見える背中へと吸い込まれて、


 ――――いかなかった。


「はっ!?」


 師匠の身体まで、あとほんの少し。残り10センチにも満たないギリギリのところで、俺の拳は“何か”によって止められてしまった。

 耳障りな甲高い音が、俺の拳の先から響き渡る。


「どうしたの? 届いてないけど。チャンスなのに攻撃しなくていいの?」


 視線だけを俺に向けて、師匠はそんなことを言ってきた。

 わざとらしい!! 性格悪すぎだ!!


「にゃろう!!」


 乗ってやるよ!! ああそうだ挑発に乗ってやる!!

 風属性を付加させて、機動力を限界まで底上げする。


 今度は障壁を張られる前に、物量で叩き潰す!!

 地面を蹴る。蹴る。蹴る。

 師匠の周囲を、縦横無尽に駆け巡る。


 頭を。顔を。首を。胸を。肩を。腕を。

 掌を。脇を。背を。腹を。膝を。足を。


 目にも留まらぬスピードで打ち付ける。

 なのに。


 どれ1つとして、目で追えているものはないはずだ。

 身体強化していない、生身の体でついていくのは不可能な速さ。

 観戦している美月やルーナだって、連撃の数は正確に数えられていないだろう。

 それ、なのに。


「あああああああああああああ!!!!」


 渾身の力で師匠を殴りつける。

 それでも。


「嘘だろ……」


 届かない。


「いいのー?」


 お気楽な、間延びした声が聞こえる。

 師匠の人差し指が、ゆっくりと俺の目と鼻の先へと向けられる。


「動きを止めちゃってさ」


 言いようのない悪寒が身体中を駆け巡った。

 脊髄反射の域だった。

 咄嗟に顔をガードすべく腕を交差させ、防御を固めるべく風属性を解除し土属性を付加した。


「“弾丸の雨(バレット・レイン)”」


 凄まじい衝撃の嵐が身体中を襲う。

 だが。


「へぇ。随分と素早く『属性変更(カラー・チェンジ)』できるようになったじゃない」


 ……耐え、……られるっ!!

 近くにいるはずの師匠の声が、とても遠くから聞こえるような気がする。継続して俺の身体を襲っている衝撃の波に呑まれそうになりながらも、座標を固定する。

 まだだ。

 もっと引き付けてから。


 もっと、早く――――。


 “神の書き換え作業術(リライト)”。

 跳んだ先は師匠の真上。不意を突けるとは思っていない。

 それでも。


「これならどうだあああああああああああああああああ!!!!」


 土属性を解除。

 火属性を付加。

 渾身の踵落としを、師匠の頭上へと叩き込んだ。

 が。


「……っ、展開が間に合ったのか!? しかも攻撃特化でも貫けないのかよっ!?」


 届かない。

 耳障りな不協和音が耳を穿つ。

 師匠の人差し指の先から、逃れるようにして身体をずらす。

 それを冷めた目で見つめながら、師匠は言う。


「障壁と勘違いしている時点で不正解。ねえ、聖夜。“不可視の弾丸インビジブル・バレット”とは、自らの魔力を生成・圧縮・放出・解放の手順で爆散させる技法。ここで問題。手順4つめの『解放』を、『固定』に代えたら、……どうなると思う?」


 は?

 何の話だ。


 固定?

 固定……、固定。

 ……固定。

 ……、……まさか。


「はい、タイムアップ」


 師匠が手を叩く。

 乾いた音と同時に、師匠が周囲に纏っていたであろう(、、、、)魔力が凄まじい音を立てて爆散した。


「ぐっ!? くそっ!!」


 すぐさま“神の書き換え作業術(リライト)”を発現させて、その衝撃から逃れる。いや、少しもらってしまった。爆散した後に発現したのだから、間に合うはずもない。

 そのせいで、転移した先の座標がかなりズレた。師匠から離れた上空へと身体が放られる。


「“不可視の装甲(クリア・アルマ)”。そして“解放(ブラスト)”。私が何をやっているのか。ちゃんと理解が追い付いてる?」


 もはや視線すら向けず、師匠の人差し指だけが追尾しているかのように俺へと向けられた。途絶えそうになる思考に鞭を打ち、座標を固定する。

 師匠に一撃をくれてやるには、もう一度近付く必要がある。“神の書き換え作業術(リライト)”によって再び師匠の背後を取った。

 人差し指は、まだ転移前の俺の居場所を指している。


「がっ!?」


 拳を握りしめるよりも先に、頬へ衝撃が来た。

 そして。


 ……。







「聖夜君っ!! 聖夜君っ!!」


 う……。

 朦朧としていた意識が浮上する感覚。ぐわんぐわんする思考に嫌気が差してきたところで、それは物理的に肩を揺らされているのだと悟った。


「……大丈夫、だ」


 俺の両肩を掴む美月の手を押しのけて座り込む。

 身体中が痛い。


 そうか。最後は綺麗に顎を打ち抜かれたか。

 特別に痛む顎を撫でながら、思わず笑ってしまう。

 完全に弄ばれた。結局、俺が気絶するまで師匠は一歩も動いていない。


「師匠、最後のは……」


「ただの“不可視の弾丸インビジブル・バレット”よ。単体で2発撃ちこんだだけ。1発目は顔。2発目は顎」


 だよな。


「貴方、私の人差し指のトリックに釣られてたでしょ」


「……はい」


 その指摘には頷くことしかできない。

 師匠と組手をしたことは、それこそ数えきれないほどある。だが、師匠が“魔法の一撃(マジック・バーン)”……いや、もうこっちで統一するか。“不可視の弾丸インビジブル・バレット”を使用してきたのは初めてだった。

 シスター・メリッサが『秘匿技術』と称していたことから、おそらく俺が知らない間は使えることを隠していたのだろう。


 だからこそ。

 師匠がそれを使った時、人差し指で座標を固定しているのを見て、俺はそれが無ければ師匠は発現できないのだと無意識のうちに錯覚してしまっていた。


 そして、だからこそ。

 師匠の人差し指が向いていないことで無意識のうちにガードが緩んでいた俺へ、師匠は最後の2発を放ったのだ。


「でも、随分と勘も戻ってきたみたいじゃない。なかなか良い動きだったわ。青藍(あそこ)に送ったのは私だし、少し責任を感じてたんだけど……。これなら、大会も多少は良いところ見せてくれそうね」


 ……そりゃどうも。ボコボコにされた後に言われても嬉しくねーよ。

 力が出なくて言葉を返す気にもなれない。


「で。感想は?」


「……何の話です?」


 もう会話することも億劫なほど疲れたんだが。


「感想よ感想。“不可視の弾丸インビジブル・バレット”を基本とした技しか使われなかったにも拘わらず、“書き換え”有りでここまでボロボロにされた感想を聞いてるの」


 鬼かあんた。

 美月も隣で苦笑いしていた。


「……正直、凄いとしか言えないです」


 本当にその一言に尽きる。俺が単発で打っていたあれに、これほどのバリエーションがあるなんて考えたこともなかった。


「自分が使っていた技に、これほどのバリエーションがあるなんて思わなかった、なんて考えていそうな顔ね」


 俺の心を読んでんのかこの女は。

 ……読んだのは表情か。


「まあ、その考え方は盛大な勘違いなんだけどね」


 ……は?

 思わず、座り込んだまま師匠を見上げる。

 師匠はつまらなそうにため息を吐いた。


「聖夜、貴方の戦い方はね。教科書通りなのよ」


 ……。

 教科書、……通り?


「貴方は呪文詠唱ができないながらも良くやっていると思うわ。その特異体質とうまく付き合いながらここまで成長してくれたのは、私としても本当に嬉しい。これは本心よ」


 腕を組んで師匠は続ける。


「けどね、貴方は教えた魔法や技術を教えた通りにしか使用しない。はっきり言ってつまらない」


「ズバリ言いますね」


 結構堪えた。精神的に。


「最後のだってそう。人差し指に釣られたのは、……まあ仕方ないとして。貴方、“書き換え”で跳ぶ時、絶対に避けている場所があるの気付いてる?」


「え」


 そんなところあるか……?


「相手の正面よ」


「……いや、そりゃまあ回避手段での使用を除けば、跳ぶ時は相手の隙を突くのが目的なので」


「なんでそれで正面が除外されるのよ。身体強化魔法と違って、文字通り一瞬で目と鼻の先に敵が現れたら、敵は十分驚くでしょうが」


 ……、……た、確かに。


「むしろ、貴方がその能力を持っていることを知っている敵と戦うことがあれば、下手に背後に回るよりもよっぽど意表を突けると思わない?」


 ……そうですね。


「“不可視の弾丸インビジブル・バレット”もそう。打ち方教えてもらったら、それを花火みたいに単発でポンポン打つだけ。本当につまらない」


 ……、……すみません。


「貴方の戦い方には、華が無い」


 あの、もう心が折れそうなので。

 やめて。


「カス、と言い換えてもいいわね」


 ……なぜ言い換えた。

 わざわざ。


「はぁー」


 師匠が俺を見て露骨なため息を吐く。


「少し、休憩にしましょうか」


「はい?」


 RankSの魔法を習得するまで死ぬ気で組手はどうなった。


「貴方、私が席を外している間、寝てたでしょ。表情がすっきりしてるし。本当にマリアは甘いんだから」


 バレてた。

 けれどひとつだけ訂正しておきたい。

 シスター・マリアが甘いんじゃない。あんたが鬼畜なだけだ。


「1時間後に再開ってことでー」


 手をひらひら振りながら出口へと向かう師匠。


「ちょ、ちょっと師匠! さっきの技法はっ」


 本当にいなくなりそうだったので、慌てて立ち上がる。

 連射とか不可視のバリアーみたいなやつとか気になるのがたくさんあるぞ。


「言っとくけど。教えないわよ」


「へ?」


 その返答に、駆け出そうとした姿勢のまま固まる。


「貴方、教えた通りにしか魔法も技法も使わないんだもの。つまらない。だから教えない」


「えええええ……」


 嘘ですよね。

 そんな子どもみたいな。


「ねえ、聖夜」


「っ」


 もう一度ため息を吐きた師匠は、腰に手をあてながら振り返った。その、俺に見せた表情がいつものそれと違って、思わず息を呑む。


「貴方、最初に魔法が使えた時のこと、憶えてる?」


 慈愛に溢れているような、いつもの師匠らしくない穏やかな笑みを浮かべてそんなことを聞いてきた。


「最初に……」


「そう。最初に」


 俺が最初に発現させた魔法。

 魔法球か。無属性の。それも見るに堪えないレベルのひょろひょろしたやつだ。


「どうだった?」


 笑顔のまま師匠は聞いてくる。

 どうもクソもない。


 俺は呪文詠唱で魔法は発現できない。初っ端から無詠唱で発現させた魔法球に威力なんかあるはずもなく、ふらふらと飛んで目標の木にも届かず霧散したのだ。

 慣れてくれば威力も上がるかと思ったが、初心者に無詠唱のハードルは高過ぎてうまく要領も得られず、諦めて身体強化系に専念することになった。

 苦い思い出だ。


「ふふふっ」


 そんな感情が表情に出ていたのだろう。師匠は口元を手で隠しながら笑った。

 何がおかしいんだよ。他人の不幸は蜜の味ってやつか。ちくしょう。


「それは今の貴方の感想でしょう」


「え」


 今の?

 当時も相当悔しい思いをしたんですが?

 それを間近で見ていた人の発言とは思えない。


「そうじゃないそうじゃない」


 師匠は頭を振りながら言う。


「初めて貴方が魔法球を発現させることができた時、どう感じたのかって聞いてるのよ」


 ……。

 初めて。

 そんなの、嬉しかったに決まってる。


「でも、そんなの本当に最初だけですよ」


「それでいいのよ」


 明確な答えを口にしたわけではない。

 それでも、俺の思っていることは師匠に筒抜けのようだ。


「初めて魔法を使えた時、ゾクゾクしなかった? 新しい魔法を使えた時、ドキドキしなかった? 魔法を、技法を。試行錯誤しながら生み出して、身に付けていくのって、ワクワクしてこない?」


 ……。


「貴方を美麗の学園に預けたのはね、そういった魔法の楽しさを知って欲しかったから、でもあったのよ。仕事柄、私のもとで魔法を教えている間、貴方はそういった楽しさとは無縁だったでしょうから」


 ……。


「RankSの魔法を身に付けさせるって目的も忘れたわけじゃあない。けど、これを機会に貴方は一度、自分の魔法スタイルを見直してみるのも手かもしれないわね」


 師匠はそう言って訓練場から姿を消した。

 現在、『テレポーター』のブックマーク登録10000件突破を記念しまして、アンケートを実施中です。

 以下がそのURLとなります。


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※直接ジャンプできなかった方は、お手数ですが私のブログ経由での投票をお願いします。

 ブログURL:http://sola.bangofan.com/


 質問はズバリ『好きなキャラを選んでください』のみ。見事1位になったキャラの短編を記念ssとして書く予定です。皆さまのお気に入りキャラを知るいい機会だと考えているので、ぜひご協力ください。


 アンケートの期限は残りわずか、7月末までとなっております。

 まだ投票されていない方は、是非ご協力をお願いします。


 記念ssは、8月中旬までには公開する予定です。

 よろしくお願いします。

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