第3話 お尋ね者
☆
「なにこれー!?」
クリアカードの言語を『日本語』に設定した瞬間、美月が叫んだ。
いくら活気のある居酒屋の隅の席を押さえられたとはいえ、目立つ行動は避けてほしいところだが、気持ちは一緒なので黙っておく。
【緊急クエスト】
難易度 :S
依頼主 :トランプ
成功条件:潜伏中のリナリー・エヴァンスに関する情報(捕獲に繋がる有益な情報のみ)
受注金 :―(滞在中のグループ全てに権利と義務が発生します)
報酬金 :10000E
内容 :
先ほど、魔法世界に“旋律”リナリー・エヴァンスが入国しました。現在、彼女には登城命令が発令されておりますが、彼女はそれを無視して逃走中です。
トランプは有益な情報を募集しています。『黄金色の旋律』の構成員に関する情報でも結構です。発見次第、お近くの魔法聖騎士団までご連絡ください。
なお、発見しても手は出さないこと。特にリナリー・エヴァンスには勝てません。それによって被った被害について、国は一切の責任を負わないものとします(本人の負傷はもちろん、周囲が受けた被害についても同様とします)。難易度はSとしますが、余計なことをしない限り安全なクエストであると思われます。
選択 :受注 / 拒否
※このクエストに拒否権はありません
着ているローブが急に震え出したという美月が取り出したのは、本人も知らないカード2枚。良く見ると、それは師匠が持っているクリアカードと一緒のものだった。先ほどまで相対していたクランベリー・ハートが忍ばせたのだろう。
タイミング的にはあの子が美月と接触した時か。
クリアカードが反応したのは、このクエストが伝達されたから。
魔法世界では、気の合う魔法使いがパーティを組み、ギルドが提示するクエストをこなしていくのが生計を立てるひとつの道だ。クエスト内容も今回のように人探しから始まりジャングルに潜む魔法生物の狩猟や素材の採取など多岐にわたる。
師匠率いる『黄金色の旋律』も、実際のところ魔法世界の慣習に則って組織されたパーティである。
もっとも、ギルドに登録をしていないので正式なパーティというわけではない。だからこそ『黄金色の旋律』は、師匠を除き誰1人として素性が明かされていないわけだ。
俺に渡されたカードに書かれている『T Maker』とはどういう意味だろう。一番上に書かれていることから、これが偽名のようなのだが。
「それが貴方の偽名よ」
フードを深く被り、かつ周囲には背を向ける位置に座っている師匠が答える。
予想は当たっていた。だけど意味が分からない。
「名前については私が申請しておいたわ。トラブルメイカー。だからT・メイカーってこと」
「トラブル引き起こしてんのはあんただよ!!」
吠える。
せっかく魔法世界に来たんだから、大会前に色々と観光でもして回ろうと思っていた矢先、いつの間にやらお尋ね者になってしまっているのだ。信じられない。
そりゃあ日本ではちょこちょこ起こしてたかもしれないけど。トラブル。
「私なんて『HANA KAGAMI』だよ」
美月がそんなことを言う。
鑑華美月。鑑華。カガミ・ハナ。苗字そのまんまじゃねーか。
名前 :T・メイカー
職業 :魔法使い
職業位:B
所属名:黄金色の旋律
所属位:S
所持金:1000E
備考 :【緊急クエスト】受注中
【アギルメスタ杯】エントリー中No.378
伝達 :【既読】緊急クエストが1件届いています。
名前 :ハナ・カガミ
職業 :日本学生・魔法使い
職業位:―
所属名:―
所属位:―
所持金:2000E
備考 :【緊急クエスト】受注中
【アギルメスタ杯】観戦チケット
伝達 :【既読】緊急クエストが1件届いています。
以上が2人にそれぞれ与えられた偽造のクリアカードである。あくまで日本語訳の、だが。
クランベリー・ハート経由とはいえ、ウィリアム・スペードが用意したクリアカードだ。偽造といいつつも本物と同じ用途で扱えるのだろう。違うのは名前だけだ。
ところで名前って本当にこれ? これで確定なの?
当然だが名前変更の機能などあるわけがない。
……確定かよ。これから俺、この名前名乗るのかよ。
俺の方は所属名がちゃんと『黄金色の旋律』になっているが、美月の方は無い。ただの学園での友達だと思われているのだろう。実際にあの時はまだ構成員ではなかったしな。
所持金で1000Eをくれたのは感謝だが、なぜ美月は俺の2倍なのか。
いや、理由はなんとなく分かる。あの野郎、下心みえみえじゃねーか。
美月のカードは備考欄にアギルメスタ杯の観戦チケットがあった。良いところ見せたいんだろうな、多分。俺の方はといえば頼んでもいないのにアギルメスタ杯へ勝手にエントリーされている。大会で本当にぶっ飛ばしてやろうか。
改めて伝達された緊急クエストに目を通す。クエストの文章は、クリアカードからホログラムで映し出されている状態だ。
それにしたって初めてクリアカードを手にして、一番最初に表示させたクエストが自分を捕えるクエストってどうだよ。いやまあ『黄金色の旋律の構成員』と謳ってはあるものの、そのメンバーは一般的に公開されていないわけで。今までも顔が割れないように活動してきたので、おそらく俺やルーナが街中を歩いていても、面識のある『トランプ』の面々でなければスルーされるだろう。現に、今もフードで顔を隠しているのは師匠だけだ。
電車で直接手を出したのは美月だったわけだが、クランベリー・ハートは黙認してくれたようだ。悪者として担ぎ上げたのは師匠だけ。いい奴じゃないか。むしろ、師匠を売って小遣い稼ぎでもしてやろうか。
そこまで考えたところで、師匠と目が合う。
にっこりと笑われた。
すみません。何も考えてませんよ。
ルーナが戻ってきた。
「ぎんいろのひとたち、いた」
「そう」
ルーナからの報告に、師匠は「予想通り」という表情を隠さずに頷いた。
銀色の人たちとは、銀の甲冑に身を包んだエルトクリア魔法聖騎士団のことだ。ウィリアム・スペードには、大会期間中に泊まる宿について教えてしまっていたのだから仕方が無い。別の場所を探すしかないか。
「ルーナ、貴方と美月はリスティル街以外の街へ。あそこは下町じゃあ一番栄えている中心街だし、ギルドもあるから人が多い。貴方の行きつけのところで良いわ。必ず貴方のカードで会計すること。それから、電車は使っちゃ駄目」
「ん」
ルーナが頷く。
美月の偽造カードはウィリアム・スペードの手によるものだ。そのカードを使えば履歴が特定されかねない。師匠の判断は間違っていないだろう。
「美月。貴方もルーナと一緒に宿へ」
「分かりました」
状況が状況だけに2人とも嫌がらない。2人とも馬鹿ではないし、そこは弁えているということだろう。
……ただ。
「お師匠サマと聖夜君はどうするんですか?」
「私たちはリスティル街にある教会へ」
「ちょっと待ってください」
思わず口を挟む。
「なぜ俺たちだけ教会へ? 今後の命運を神にでも祈りたくなりましたか?」
「貴方、面白いこと言うようになったわね。褒めてあげるわ」
じゃあせめて笑ってくれ。
「そこのシスターは顔馴染みなの。私はそこで匿ってもらうことにするわ」
「なら1人で行ってください」
俺は素性が割れてないんだから。命令違反もしていない。悪いところは1つもないのだ。
俺だって宿でのんびりしたい。ついでに魔法世界をぶらついてみたい。
「聖夜、なんで私が今回の件を受けたと思う?」
師匠が急に話を変えてきた。
今回の件っていうと、シャル=ロック・クローバーから持ち出されたあれか。
「……なんでって。俺の無系統魔法を引き合いに出されたからでしょう」
いきなり話が変わったな。いつも通りのことではあるが。
「違うわ」
しかし、師匠ははっきりと首を横に振った。
「バレたのは、言いつけを守らなかった貴方の責任。それで厄介事が降りかかってくるのなら、それは自業自得でしょう」
「うぐ」
もっともなことを言われて言葉に詰まる。
「貴方には、そろそろ次のステージに進んでもらおうかと思ってね」
「……次の?」
「蟒蛇雀。強かったでしょう?」
その人物の名前を聞いて、美月の顔が強張った。
……。
ただ、俺も似たような表情をしていることだろう。
不意打ちに近かった“神の書き換え作業術”を、回避してみせた女だ。
文化祭最終日。あの日の夜のことが頭を過ぎる。
「いつまでも私が守ってあげられるわけじゃない」
そう言いながら師匠は、ゆっくりと立ち上がった。
「大会は貴方が思っている以上の手練れで溢れかえってるわ。それを全て踏み越えて優勝することが、今回の目標」
「『トランプ』に、……いや。おそらく魔法世界中から追われているこの状況下で、まだ出場する必要があると?」
無系統魔法の件を、俺の責任、自業自得と割り切るのなら、もうこれは切っても構わない話だ。出場するということは、会場に『黄金色の旋律』の構成員たる俺が閉じ込められるということ。俺の偽造クリアカードにも、『黄金色の旋律』の文字は表記されている。
隠し通せるものではない。
リスクが高すぎる。
いつもの師匠らしくない。
「教会には、地下がある」
「は?」
地下?
「言ったでしょう。貴方には、そろそろ次のステージに進んでもらう、ってね」
俺の疑問を受け流し、師匠は笑う。
「大会の予選まであと3日。たるみ切った貴方には、一度地獄を見てもらいましょうか」
☆
美月、ルーナと別れて市街地を歩く。
既に日は傾き、王家の住まう白い山を赤く染めていた。電車である程度の距離は走ったとはいえ、まだ距離がある。もっとも、エルトクリア大闘技場も、今向かっている教会もあの白い山にはないので、俺があの付近に近付くことはないだろう。
お近づきになりたいとも思わない。
市街地は日本の風景とあまり変わり無かった。ごくごく一般的な家々が建ち並んでいる。ただ、区画整理がされていないようで、道は直線ではない。一人でうろついたらすぐに迷子になりそうだ。
たまに姿を見せる商店街のような場所だけは、店が綺麗な列を成しているようだが。
緊急クエストが発令されているにも拘わらず、この辺りは静かなものだ。標的がよりにもよってリナリー・エヴァンスだから、『トランプ』の言いなりである魔法聖騎士団以外は萎縮でもしているのだろうか。
「聖夜」
「はい」
転移魔法で近くの家の屋根へと退避した。先ほどまで歩いていた道の様子をひっそりと窺う。
すぐにお目当ての人物たちが現れた。ガシャガシャと金属が金属を鳴らし合う音が聞こえる。
魔法聖騎士団だ。
結構な人数を捜索へ割いているように思える。これまで既に、2人1組のパーティに3回遭遇していた。
救いなのは、彼らの鎧のおかげで鉢合わせする前に接近していると分かることだ。自慢の鎧は捜索には向いていない。圧力をかけるという目的では間違っていないかもしれないが。
「騎士団の人数ってそんなにいるんですか?」
「王城の守護を任されている人数を除外したら、100人くらいかしら。全体でも200人ちょっとだったはずよ」
意外と少ない。
「精鋭揃いだからね。この辺りでやたらと遭遇するのは、私たちが行方を晦ましたのがこの辺りだからでしょ」
なるほど。緊急クエストとして駆り出されているパーティに、この辺りの情報は与えられていないのだろう。少なくとも全員一斉送信のような手段で貼り出されたクエストの内容に、そういった情報はなかった。
「魔法聖騎士団なんて、精鋭揃いとはいえ他国への牽制の意味合いが強いだけよ。本当に厄介な敵対者がいるなら『トランプ』が出張ればいいだけ」
いずれにせよ、その全てが集約されている王城は化け物揃いということだ。
「さ、行くわよ」
「了解です」
☆
陽はすっかりと落ちてしまったがようやく目的の地へと辿り着いた。
リスティル街。下々の者が暮らす下層で、一番栄えている場所。
中央部はやや開けた広場になっていた。中心には立派な石造がある。
こんな時間にも拘わらず、この辺りは非常に活気づいていた。魔法服であろうローブを身につけた魔法使いが、あちらこちらをうようよしている。日本では見られない光景だ。絶対数が少ないと言われているのが嘘のようにいる。
「リスティルにおいて、ここは特に中心と呼べる広場よ。エルトクリアに滞在する魔法使いを仕切るギルド本部、魔法具を扱う専門店、宿、教会。ここに来れば大抵の物は揃うレベルのね」
色々と視線を動かしていたせいか、師匠が簡単に説明してくれた。
「何だよ金にならねぇのかよ!!」
バンッ、という大きな音と共に、白塗りの一際大きな建物からとある一団が出てきた。男2人に女2人。ローブを身に纏っているが、フードは被っていない。20~30歳くらいのパーティだろう。
「有益な情報かどうか決めんのが向こうなら、こっちは従うしかねぇじゃねーか!!」
「落ち着きなよ、グロー。実際に発見されていないんだ。主張を通すのは難しいよ」
どうやら緊急クエストを熱心にこなすグループだったらしい。
緊急クエストの報酬は10000E。1Eを日本円で100円とするなら、100万円ということになる。情報提供だけで100万だ。師匠は犯罪を犯している人間というわけでもないだろうし、破格の報酬と言えるだろう。
……それだけ師匠の持つ力が絶対的だ、とも取れるわけだけど。
「あぁん? 何見てんだてめぇ!!」
そんなことを考えながら見ていたせいか、照準を合わせられてしまった。怒声を上げていた男が鼻息荒くこちらへとやってくる。他のメンバーはどうしたものかと困り顔だ。
いつも通りの光景ということか。
「何か用か? 言ってみろおら」
用なんてねーよ面倒臭い。
「行くわよ、聖夜」
師匠も同じだったようで、最初から視線を向けていなかったかのような自然さで歩き出す。
「あ? 待てよ!!」
その仕草に腹が立ったのか、男の手が師匠へと伸びた。
本当に面倒臭い奴だな。
男の腕を掴む。
怒りのあまり視野が狭まっているのだろう。足を払い、硬直した身体をそのまま転がしてやった。
「がっ!?」
「あまり無礼を働くなよ。死にたいのか?」
ドスの効いた声で告げてやる。
師匠が不機嫌になれば困るのは俺だ。つまりこの男が今したことは、俺の生死に拘わる一大事だったということになる。
看過できない。
そこでようやくこの男のパーティがやってきて頭を下げてきた。それを無視し、師匠のもとへと追いつく。
「血の気の多い場所ですね」
「そうでなきゃ、ここの魔法使いは務まらないわ。ガルダーにクエストで出て行って、帰ってこないなんてのもざらにあるんだから」
日本と違い、死が隣り合わせにあるような国か。まあ日本は平和すぎるのかもしれないけど。
「そんな危険な場所なら、駆逐してしまえばいいのでは?」
いたずらに被害を拡散しているだけのように聞こえる。『トランプ』が複数人で出張れば、脅威一網打尽にできそうな気がするのだが。先ほどのクランベリー・ハートを思い出しながらそう考えてみる。
「それを踏み止まらせる環境が、あそこにはあるってことよ」
その一例がルーナの言うホリウミーの葉、ってわけか。
よくある事情だ。
「ここがギルドの本部ですか」
絡んできた男たちが出てきた建物を見上げる。4階建ての白塗りの壁に黒の簡易的な装飾が加えられただけの、質素な建物だった。
「ええ。だから急ぎ足でよろしく」
「分かりました」
師匠はお尋ね者だからな。むしろ、よくもまあ平然とこの通りを歩いているものだ。
広場の脇にある建物へと近付く。そこは装飾すら加えられていない真っ白な建物だった。
「ここよ」
師匠が躊躇いなく、木造りの扉を開ける。
ついていこうとしたところで、懐が震えた。携帯電話を取り出してみたが、画面には特に着信を知らせる表示は無い。『圏外』という文字を見て、もう1つの心当たりに手を伸ばした。
偽造されたクリアカード。
それでも身分証明書に乗車券、携帯電話の代わりもこなす万能カードである。
備考欄にメールの着信を知らせる文章があった。差出人はハナ・カガミ。
開いてみる。
クエストの時と同じく、文面はホログラムによって表示された。
『明日は秋のち夏で、晴れのち雨だって。ひゃー。』
意味が分からない。
頭がイカれたか?
「聖夜ー」
中から催促の声が飛ぶ。
俺はため息交じりにクリアカードを仕舞い、教会へと足を踏み入れた。
☆
顔を狙った一撃を、身体を反らすことでやり過ごす。同時に、首を捻って投擲された何かを回避した。
後方で何かが刺さる音がする。放たれた拳を左手で受け流し、後ろ手に先ほど投擲された何かを壁から引っこ抜いた。
再び投擲された何かを、手にした得物で弾く。
ナイフだ。
金属音と共に、後方で軋んだ物音。教会の扉が閉められた音だろう。少量の魔力を感じ取ったから、目の前の襲撃者が閉めたものとしてみていい。
回し蹴りをバックステップで躱し、手にしたナイフを薙ぐ。牽制としての役割は果たしたようで、突進して来ようとしていた襲撃者が間合いを空けた。
身軽だな。バク転した――ぞっ!?
「あっぶな!?」
襲撃者の脚にも仕掛けがあったらしい。バク転の最中、二本の脚からそれぞれ一本ずつナイフが飛んできた。それも前二本と違って黒塗りされて光を反射しないやつだ。
完全に殺しにきているとしか思えない。
ふと、襲撃者の向こう側に師匠の姿が見えた。フードを脱ぎ、人の悪い笑みを浮かべている。
そうかよ。公認かよ。
ナイフを持たない左手を掲げる。再度突っ込んでこようとする襲撃者は、異変を感じ取ったのか真横へと飛び退った。
予想通りに。
轟音。
着地に合わせてナイフを投擲する。『魔法の一撃』の回避に意識を傾けていたせいで、こちらの対応は後手に回ったらしい。五本目のナイフを抜いた襲撃者が、投擲したナイフを弾く。
「うっ!?」
金属音が教会内へ鳴り響いた時には、襲撃者の腹に俺の拳が刺さっていた。
この感触、……女か。
距離を取ろうとする襲撃者のローブの襟首を掴み、強引に引き寄せる。女から突き出されたナイフは、『神の書き換え作業術』ですぐさま宙へと放った。
「えっ!? きゃあ!?」
急に握っていた得物が無くなり、驚いたのだろう。硬直した女の身体を引き寄せて足を払い、地面へと組み伏せる。
もがく相手を押さえつけてフードを剥ぎ取った。
「げっ!?」
その良く見たことがある顔に、思わず声が出る。
襲撃者の正体とは――――。
次回の更新予定日は、5月31日(土)です。