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第10話 真夜中の戦闘

 駆けつけた時には、まだ戦闘は開始されていなかった。


 理由は知らないが、可憐は魔法服を身に纏っており既にMCを起動している。


 周囲には20人程度の黒いローブを被った男たち。

 それぞれが片腕に手を添えているところから見て、全員が魔法使いでありそこにはMCが隠されているとみていい。


「そこをお退きなさい。邪魔をするのならば、痛い目を見ますよ」


 普段の彼女からは考えられぬ程、冷たい声色でその言葉は発せられた。


 しかし、震えている。普通に学生やっていればこんな事態に遭うこともないだろうし、当然だろう。


「ははっ。そう言われて退くくらいなら、最初からこんなことはしねぇよ」


「お嬢ちゃん。いくら君に魔法の心得があるからって、この人数に勝てると思っているのかい?」


 その言葉に、可憐の顔がしかめられる。

 どうやら自身の実力と現状から、結果は推察できたらしい。思ったよりパニックに陥っていないようで安心した。


 それだけ確かめられれば、十分。

 俺はその輪に無理矢理介入することにした。


「はいはい、ちょっと失礼しますよ」


「は?」


「何っ!?」


 身体強化魔法により機動力・打撃力を上げた身体で、瞬時に襲撃者たちとの距離を詰める。囲まれている可憐の元へ駆け寄る間に、2~3人の顎を殴打し戦闘不能にしておいた。


「あ、貴方っ!?」


「よっと」


「きゃっ!?」


 可憐を抱きかかえて地面を蹴る。輪になっている襲撃者たちの頭上を軽々と飛び越え、離れた場所に着地した。


「あ、貴方……どうして」


 急に現れた俺に対して、どう声をかけていいのか分からないのだろう。可憐は目を白黒させて俺を見つめている。


「よう。また明日って言ってたが、今日の内にまた会っちまったな」


「え? ええ……。え?」


 うまく頭が回っていないようだな。


「てめぇ、何者だ!?」


「あん?」


 いかにも悪者っぽい声色でそう叫びながら、男たちが皆こちらの方へ振り向く。


「どこから現れやがった!!」


「こいつらに何したんだ!!」


「……質問は1つずつ、ゆっくりと言ってくれるか。何言ってるのか分からん」


「ふざけんなぁ!!」


 男が火属性の魔法を放ってくる。


「へぇ。無詠唱の割にはなかなかの威力だな。だが、その程度じゃ牽制球にもなりゃしねぇよ」


 片腕を振るった。

 それだけ。

 それだけで炎の魔法球が粉々に霧散した。


「なっ!? なんだとっ!?」


 発現した男の顔に驚愕の色が浮かぶ。


 身体強化魔法によって魔力を宿した片腕は、それ自体に魔法への対抗力も付く。男の放った炎の魔力よりも、俺の片腕に宿していた魔力の方が大きかった。攻撃特化と称される火属性を付加された魔法球よりも、俺が無詠唱で展開していた身体強化の方が、強かった。


 ただ、それだけ。

 この結果はそれを雄弁に物語っていた。


 真正面から放たれた一撃。避けようと思えば簡単に避けれた。しかし、そこは敢えてしなかった。


 理由は簡単。


「ふ、ふざけんっ、がっ!?」


 信じ難い状況下に耐え切れなくなったのか。堪らず殴りかかってきた男を返り討ちにして黙らせた。

 絶対的有利の立場から一転すると、人の心情は思いの外脆くなる。


 ――――だからこそ、そこが付け入る隙になる。


「なにこれくらいで動揺してんだよ。お前の魔法より、俺の魔法の方が強かった。ただそれだけだろうが」


 にやり、と。周囲にいる相手を威圧してみせる。


「あんたら、自分たちがどこに侵入してきてるのか分かってるか? 魔法学園だぞ。そりゃ魔法を使うさ」


 指を鳴らしながら、続ける。


「それとも簡単に勝てると思ってたか? 相手はただの学園生だから、小手先だけで潰せる奴らばかりと? 馬鹿言ってんじゃねーよ。そんなわけないだろうが」


 ごくり、と。誰かが喉を鳴らす音が聞こえた。


「お前ら程度に負けるほど、ここの学園生は弱くないぞ」


 その言葉に、何人かが僅かに後退する。


 ……おいおい。たったこれだけの威嚇がここまで効くか。どれだけ甘ちゃんを寄越してんだよ。何ともいえぬ脱力感に浸されたところで、離れたところからおそるおそる声を掛けられた。


「……中条さん?」


 自分を守ってくれる味方に対する声色じゃないよね、間違いなく。どうやら俺の威圧に可憐までもが委縮してしまっているのか。理解が追いつかず、どう接していいか分からなくなっているんだろう。


 ここまで大々的にやってしまえば、もはや護衛の件など隠す必要もない。


「下がっててくれるか。あまり近寄られるとうまく戦えない」


「で、でもっ!! 貴方攻撃魔法も防御魔法も使えないって!!」


「……それを大声で言うのか。敵に囲まれたこの状態で」


「っ!?」


 可憐は急いで口を手で覆う素振りを見せたが、もう遅い。


「へ、へへっ……。なるほどなぁ。攻撃魔法が使えない、か」


 その事実は、絶望の淵に囚われていた襲撃者たちを見事救い出したようだ。一変して、再び殺伐とした雰囲気を纏い始める。


「だから、お前の情報なんて無かったわけだ……。攻撃できないなら――」


 その男のセリフはそこで途切れた。


「話は簡単だ。そう思ったのか?」


 ぐるんと眼球が回り、白目を剥いて男が倒れる。無防備な顎に一撃を決められ、意識を保つことがてきなかったらしい。その光景を見て、再び襲撃者たちの間にざわめきが走った。


「攻撃魔法が使えなかろうが、防御魔法が使えなかろうが。関係ないだろ?」


 本当は呪文詠唱ができないってだけだけどな。詳しく教えてやる必要もない。

 俺はここぞとばかりにドスの効いた声色で次の言葉を放った。


「俺にはそんなもの無くても、お前らを皆殺しにできるんだからよ」


「ひっ!?」


 その言葉に耐えきれなくなったのだろう。襲撃者の1人が突然、背を向けて逃げ出した。


 ……いや、逃げ出そうとした、か。

 どさり、と。その男は音を立てて力なく地面へと倒れた。もちろん俺が意識を刈り取ったわけだが。


「俺に背を向けた奴、俺に向かってくる奴から順に仕留めていく。次は誰が行く?」


「う、うぁぁぁぁぁ!!」


 静寂は一瞬だった。侵入者たち全員が、散り散りになって逃げて行く。まさか本当に逃げ出すとは。逃げられるはずもないのに……。


「……面倒臭ぇなぁ」


 ついため息が零れる。


「待って下さい!!」


 仕方無しに処理を開始しようとしたところで、制止の声が掛かった。

 振り返って見ると、可憐が驚愕だか混乱だかわけの分からない顔をしていた。


「何をしようとしているのです!!」


「何って……残党狩り」


 うん。表現としては悪くないだろう。


「ざ、残党って……。相手にはもう戦意は無いのですよ!?」


 軽口を叩いたつもりが、思わぬ言葉のアッパーを喰らってしまった。


「おいおい。戦意も何もお前を狙っていた輩なんだぞ」


「そ、それでも……もうその気は無いではありませんか!!」


「その気って……。お前なぁ……」


 ゆらりと。

 可憐の後ろでうごめく影。俺が転移魔法を発現するよりも、その男が目的を達成する方が早かった。


「捕えたぞ!!」


「きゃっ!?」


 各々が任務を放り出し、逃亡を図った中で。

 1人だけは未練がましくこの場に残っていたようだ。


 可憐を羽交い絞めにした男が、勝ったという顔でこちらを睨んでくる。


「……捕まったな。その気は無いんじゃなかったのか?」


「くぅ!!」


 俺の言葉に、可憐は悔しげに表情を歪める。


「お前ら!! 構えろ!!」


 人質を取ったことで再び立場が逆転したと思ったか、逃げ出していた侵入者たちは全員足を止めてこちらに振り返った。


「いいか、ガキ。少しでも魔法を使う素振りを見せれば、この女は殺す」


「ひっ!?」


 可憐の首を片腕で絞めながら、男はナイフを取り出した。


「ナイフって……。お前、魔法使いだろう?」


「詠唱するよりも手っ取り早く結果が出せるだろ?」


「ああ。それは確かに」


 刺せば終わりだからな。それ。


「お前は危険だ。ここで死んでもらうことにしよう」


 男の言葉と同時に、周囲を包囲していた男たちがMCに手を添えたのを視界の端に捉える。


 ……蜂の巣になれってか。冗談じゃない。


「お逃げ下さい!!」


「あ?」


 この距離なら、直ぐに始末できる(もちろん、息の根は止めないが)。忠告を無視して跳ぼうとしたところで、可憐が叫んだ。


「貴方の身体強化魔法なら逃げられるはずです!! 私のことは構わず早く!!」


「何好きなこと言ってんだ!! 黙れ女!!」


「うっ!?」


 男が、ナイフの柄で可憐の頬を殴った。羽交い絞めにしている状態で、振りかぶりもせずに与えた一撃。そう威力は無いだろう。それでも温室育ちのお嬢様じゃ耐えられないかもしれない。


 そう考えていたのだが。


「……こ」


 痛みに耐えながら、


「これは、私の過失です。……私なら、平気ですから」


 可憐はそんなことを口にした。


「……へぇ」


 驚いた。

 この場面で、そのセリフが吐けるか。


 白い肌に赤い鮮血が映える。おそらく口の中を切ったのだろう。それでも気丈に振舞おうとするその根性は――。


「喋んなって言ってん――」


「勇気あるな、お前」


「え?」


 可憐が驚きの声を上げたのと、羽交い絞めにしていた男が崩れ落ちたのはほぼ同時。

 無理な体勢から、突如支えを失った可憐がよろけそうになったところを、できる限り優しく肩を抱くことで支えてやる。


「あ、貴方……いったいどうやって……」


「話は後にしようか」


「え? あ」


 周囲の侵入者たちは、既に各々の詠唱を始めている。

 どうやら、ここまできたらやってしまえという無茶な境地に達したらしい。


「わ、私の後ろに下がってください!!」


 可憐が自らのMCに手を伸ばそうとしたところを、俺が抑えた。どうしてという表情を向けてくる。


「可憐。お前が凄腕の魔法使いだってのは知ってるが、この人数に1人の障壁じゃ無茶だ。だから俺の魔法を使う(、、、、、、、)。信じてくれるか?」


 我ながら、無茶な話だと思う。ついこの間転校してきた男子生徒。膨大な魔力は所持するものの、魔法らしい魔法は一切使えず、魔法実習でも醜態を晒したばっかりだ。


 一瞬、何を言われたのか分からなかったのだろう。しかし、そのきょとんとした表情は直ぐに押しこめ、可憐は力いっぱい頷いてきた。


「はいっ」


 物好きなものだ。俺よりも遥か高みにいるであろうお嬢様がだ。

 自分で信じろと言っておきながら、この考えは失礼だけれど。


 ここまでがタイムリミット。

 俺たちを包囲していた侵入者たちから、次々と魔法が放たれる。火・雷・風等使用された魔法はバラバラだが、全てが同じ目的を持ち俺たちに向かって飛んでくる。


 一瞬、可憐と目が合う。にっこりと笑ってくれた。こんな状況で笑う度胸があるのか。


「少しでも魔法を使う素振りを見せれば、ね。前提から間違ってるよ、アンタら」


 そこまで信頼されては、全力で応えてやらなければならない。


「俺がそんな素振りを見せた時には――」


 その場から、可憐ごと転移して消える。


 可憐にはバレるかもしれない。

 それでもいいと思った。

 俺の言葉に全幅の信頼を置いてくれた可憐なら。

 周囲の侵入者たちには分からないだろう。


 それで十分。

 だからこそ、俺は躊躇いなく発現する。


「もう全部終わってんだよ」







「……凄い」


 気が付いた時には、先ほどとは全然違う場所に立っていた。


 いきなり私を襲ってきた人たちが放った魔法が。

 私たちを狙っていたはずの魔法が。


 全然、違うところで着弾している。


 彼がどんな魔法を使ってくれたのか、見当もつかない。


 ……いえ、それは嘘。彼はいつの間にか私の隣から姿を消し、侵入してきた人たちの中で縦横無尽に動き回っている。早いだけじゃない。消えて(、、、)また現れる(、、、、、)。たぶん、目で追えていないわけではない。

 あれは……。


「転移、魔法……」


 あり得ないと思いつつ、その言葉はするりと私の思考の中へと入ってきた。


 本当に使える魔法使いが存在するなんて。


 ワープは空想上のもので、実用できるなんて思いもしていなかった。

 呪文詠唱ができないと言った彼の使う魔法。非属性無系統による先天的な能力。

 もしかすると彼が呪文詠唱できないというのは、この力の副作用なのかもしれない。


 彼を襲う火球が、当たる直前に空を切る。彼を殴ろうとする腕が、突如目標を失いバランスを崩す。真正面から対峙するのかと思いきや、いつの間にか彼は相手の背後を取っていた。

 遠目からでも見ていれば分かる。圧倒的な人数の差は彼の障害には成り得ない。


 魔法の、魔法使いとしてのスペックが違い過ぎる。

 そう呆然と戦況を見つめているうちに。


 彼の前に立っていた最後の1人が崩れ落ちた。







「……手ごたえの無い奴らだ」


 汚れた魔法服を手で払いながら、吐き捨てるようにそう呟く。


 この学園のセキュリティをどう破ったのかは知らないが、これだけの人数だ。ほぼ完全に隔離されたこの空間にこれだけの侵入を可能にしたという事実から、少しはやる奴らだと思ったんだが。

 とんだ買いかぶりだったようだ。


 地面に伏す男たち。

 一番近くで伸びていた男の胸倉を掴んで引き寄せる。


「おい、起きろ」


 ……。

 返事が無い。完全に気を失っているようだ。


 くそ、1人くらい残しておくべきだったな。聞きたいことも聞けやしない。


 手を離す。男は重力に従い、そのまま地面へと崩れ落ちた。

 うむ。気絶した振りとかではなかったようだな。

 顔面から落ちたのにまったく受け身を取らなかったのだから。


 ……仕方が無い。後は師匠に引き渡してから、じっくりと聞き出すとするか。

 そう考えて、懐から携帯電話を取り出したところで。


「あ」


 ダメじゃん。

 俺、師匠のアドレス知らないじゃん。どうすんだよ、こいつら。泰造氏にでも引き渡せとでも?


「な、中条さんっ!!」


 どうしようかと悩んでいたところで可憐が駆け寄ってきた。


「おう。怪我は無いか? 可憐」


「え、ええ。私は平気です。それより、貴方……いったいどうして」


「そりゃこっちのセリフだ。お前、こんな夜中に魔法服着こんで何してるんだ?」


 バレることを覚悟した上で転移魔法は使った。しかし、質問にまで答えてやるつもりはない。

 そう考えて敢えて違う話題を口にしただけのつもりだった。


「あっ!? そ、そうですっ!!」


 しかし。

 俺の言葉に何か思い出したのか、急に可憐が狼狽し始める。


「お、お願いしますっ!! 中条さん、助けてくださいっ!!」


「は? お、おいちょっと落ち着け」


 いきなり距離を詰めてきた可憐の肩を掴み、引き剥がす。


「あ、す、すみませんっ」


「いいから。で、何の話なんだ?」


「さ、咲夜が……」


 可憐からその言葉が漏れる前に、嫌な予感がした。


「咲夜が、誘拐されてしまったのですっ!!」







「……なるほどね」


 可憐からの説明を受け、舞が神妙な顔で頷く。


 あれから。

 咲夜を連れ去ったという何者かの連絡を受けた可憐からの報告を聞き、ひとまず舞を呼び戻した。


 まだ不審な輩が学園にいる可能性がある以上、舞を1人でぶらつかせるのは得策ではない。可憐には、相手が可憐を呼び出そうとしている以上、可憐自身がその場にいくまでは咲夜に手出しはされないだろうと説明し、何とかパニック状態から回復してもらっていた。


 舞は、最初はこの付近一帯に転がっている気絶した男たちを見て目を真ん丸にしていたが、可憐からの報告を受けて声を荒げた。


「……女の子相手にこんな人数を送ってくるなんて……。挙句に誘拐? ホント最低ね」


「まあ、善人は誘拐なんてしないだろうな」


「うっさい。姫百合可憐。貴方、顔の怪我は平気なの?」


「……は、はい。私は……。そう強く殴られたわけでもないですし」


 それに今は妹の方が気がかりだと、その表情が告げている。


「……そう。強いのね」


 それっきり関心を無くしたようで、舞は可憐から視線を外した。


「それで、どうする気?」


「どうもこうも。色々と不安材料はあるが、乗り込む他ないな」


 可憐の話では、今は体育館を根城に立て籠もっているようだ。


 おそらく可憐に咲夜誘拐の情報を伝えたのは、安全圏である寮から引っ張り出すだけでなく、ここで襲わせた第一波が失敗してもきちんと自らの足で自分たちの領域まで来て欲しかったからだろう。


「いいじゃない。シンプルで好きよ? そういうの」


 舞がにやりと笑う。


「いや、お前と可憐は寮に帰れ」


「なっ!? 何でよ!!」


「狙われているのは姫百合姉妹だけじゃないからだ」


 俺の言葉に舞が眉を吊り上げる。


「どういうこと?」


「俺が与えられた情報は、『魔力が高い学生が狙われている』ということだけ。分かるか? 対象を姫百合姉妹に(、、、、、、、、、)限定した誘拐犯(、、、、、、、)ではないってことだ」


 つまり相手はお前でも良いんだよ、と言外に伝えてやる。しかし、引導を渡せるはずだったこの言葉は思わぬ墓穴に繋がった。


「……聖夜。貴方、自分が言っていることをもう一度自分に言ってごらんなさい。『魔力が高い学生』なら、貴方も十分素質ある(、、、、、、、、、)のよ」


 至近距離で睨み合う。


 お互い、譲れないことは百も承知。

 どうしたものかと考えていたところで、思わぬ横やりが入った。


「……中条さん。さっきから、貴方はいったい何をお話になっているのですか? 花園さんも。この件について、何かご存じなんですか?」


 会話についていけない可憐からしてみれば、この疑問はもっともであると思う。


 舞が、どうすんのよという目を投げかけてくる。どうするも何も、可憐の前で堂々と魔法戦闘をやらかした以上、もう隠すつもりも無かった。


「お前たち姉妹が狙われるかもしれないという話は、初めから知っていた。情報源(ソース)は、お前たちの父親・姫百合泰造氏だ」


 俺の言葉の中から、自分の父親の名が出てくるとは思わなかったのだろう。可憐は目を白黒させた。


「お、お父様が……? あ、貴方いったい……」


「想像は付いてるんじゃないのか?」


 皆まで言わせるなと思うものの、それが場違いな感情であることは自分が一番良く知っている。自分が蒔いた種なのだ。自分で刈らなければならない。


「俺はお前たちの護衛役なんだよ。転校生なんかじゃない。その立場を利用して、お前たちに近付いただけだ」


 その言葉に、可憐の動きがぴたりと止まる。

 けど、それは可憐だけじゃない。俺も同じだ。自分が自分の役割を口にしただけなのに、ここまで苦しい思いをするとは。


「……そ、そんな。そ、それでは……、咲夜は、咲夜はどうなるのです? あの娘は貴方のことを友達だと……」


 核心を突かれ、ずきりと心が痛む。


 たかが1日。

 にも拘わらず、咲夜のお友達発言は自分の中で想像以上に重いものだったらしい。


 舞は何も発さない。冷徹な目で、傍観を決め込んでいる。

 俺の言葉の意味と現状が飲み込めてきたのだろう。可憐はふるふると身を震わせながら、ぽつりと呟いた。


「……さ、最低です」


「ああ、自覚してる」


 予想通りの発言。けれど、予想外の痛みだった。

 咲夜が誘拐されているかもしれないという状況下では、こんなことを話している場合ではない。それでも、どう事態を収拾すればいいのか誰も分からなかった。

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